大便戦争

和スレ 亜依

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外伝「妹と脱糞」2-②

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 聖ウンピリス女学院。池谷桃香が在籍している学校はそれなりにお嬢様学校である。桃香が公立の中学に行かなかったのは、なるべく兄や妹と離れたところで穏やかに学校生活を送りたかったからだ。
 聖ウンピリス女学院中等部では、いわゆるお嬢様言葉を使う生徒も一定数いるが、地方の学校だけあってそこまでハードルの高い会話は繰り広げられていない。事実、桃香はそこら辺にいる野良中学生と変わらないスタイルで過ごしている。
 先ほど穏やかに学校生活を送りたいと述べたが、彼女の生来の性格のせいか学校の中では割と目立っている。兄と妹が秀才寄りだとすれば、桃香は天才肌だ。特にガリ勉という訳でもないが、成績は上位、部活動に入っているわけでもないのに体育の成績も良い。加えて、明るく飾らない性格が人気を呼んでいた。女子にもモテるタイプだ。
 そして、昼休みを迎えた桃香の周りには今日も何名かの生徒が集まって談笑をしている。
 話題は女子中学生らしく恋バナだ。
 その内の一人が微笑む。
「ふふふ」
 鞭城ヶ崎べんじょうがさき海子うみこ。ウェーブのかかった栗色の髪、長めのスカート、上品な雰囲気。いかにもお嬢様という感じの少女だ。
「あー鞭城ヶ崎さんは許嫁がいるからあんまり興味ないよね?」
 桃香が聞くと、海子は首を横に振る。
「いいえ。皆さんのお話を聞いているのはとても楽しいですわ」
「そう? ならいいけど。……あ、じゃあ鞭城ヶ崎さんの許嫁の話聞かせてよ」
「良いのですか? 退屈なお話になってしまいませんか?」
「いいよいいよ。というかみんなすごく興味あるし」
「そうですか? では―」
 要約すると、両者の婚約は両家の両親が決めたことだそうだ。それでも、せっかくの素敵な縁なので海子は婚約を決めたということだ。実際に会ったことも何度かあるそうで、優良物件なのは間違いないようである。お互い燃えるような想いはないが、仲を深め合っていこうということになっているらしい。
 海子の話が終わる頃、ちょうど昼休み終了の鐘が鳴った。



 その次の日。桃香は海子の様子が変であることに気がついた。
「えっと……鞭城ヶ崎さん?」
 彼女は机に突っ伏して微動だにしない。
「おーい、鞭城ヶ崎さーん」
 少し大きめの声で呼びかけてみると、彼女はようやくのそりと頭を起こした。
「うわっ」
 その顔を見て驚く桃香。
「ど、どうしたの?」
 海子の目は赤く腫れ、涙が頬を伝っていた。
「桃香さん、どうしましょう……!」
 いつものほほんとして穏やかな彼女が桃香にしがみついてきた。
「と、とりあえず落ち着いて訳を話してよ」
「…………はい」
 海子は何とか冷静になると、事情を話し始めた。


 海子は昨日、家の車で帰宅途中に川でおぼれかけている男児を目撃した。彼女はすぐに運転手の中村に車を止めさせ、車の外に出た。
「早く助けないと……!」
 海子が男児を救助するために川に飛び込もうとすると、運転手が遮った。
「いけません、お嬢様!」
 海子は憤った。
「何をするの!? 早くしないと溺れてしまうわ!」
「私が行きます!」
 運転手は上着を脱ぐと、そのまま川に飛び込んだ。
 しかし、彼はすぐに慌てた様子で引き返し、岸にしがみついた。
「どうしたの、中村?」
 中村は苦しそうに言った。
「申し訳ありませんお嬢様! 持病の痔が……!」
 見ると、川の一部が赤く染まっていた。
「何てことなの!」
 海子は動揺した。
「わ、私が行かないと……!」
 しかし、海子の足は前に出ない。それもそのはず、川には今も中村の痔が尾を引いているのだ。仮にも良家のお嬢様がジジイの痔を浴びるなどとてつもない屈辱だ。
「で、でもこのままでは……」
 海子が躊躇していたとき。
 ドボン。
 大きな水しぶきが上がった。橋から誰かが飛び込んだのだ。
 その誰かはすぐさま男児を抱え、岸に引き上げた。
 海子は駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
 助けたのはどうやら高校生らしい。彼は制服をジジイの痔で赤く染めていたが、息をつきつつも冷静に言った。
「はぁ……はぁ……ああ、大丈夫だ……それより、この子を……」
「はい!」
 少年に促され、海子はすぐさま男児の容態を見る。
「ゲホッ、ゲホッ!」
 激しく咳き込む男児。海子は男児を抱き起こそうとする。だが、その手が途中で止まった。
「……どうした?」
 少年が訝しんで見つめる。
「…………ます」
「何だって?」
 海子は震える唇で告げる。
「この子! 脱糞していますっ」
 男児は溺れたときの恐怖で糞便をまき散らしていたのだ。
 しかし、少年は怒りを露わにした。
「何を言ってるんだ! そんなの今はどうだっていいだろ!」
 まさに糞便やるかたなしといったところか。
「大丈夫か!?」
 少年は男児を助け起こした。すると、男児は何とかそれに答えた。
「……だ、大丈夫」 
 少年は胸をなで下ろした。
「念のため、病院に連れて行こう」
「それは私が。ちょうど、発作が治まりましたので」
 立ち上がった中村がそう申し出た。
「分かりました。宜しくお願いします」
「承りました。……お嬢様、申し訳ありませんがこの子をお送りするので少々ここでお待ち頂けますか?」
「……いえ、私は自分の足で帰れます」
「ですが……」
「それなら俺が送っていきますよ」
「よろしいのですか?」
「見たところお嬢様っていう感じですよね。誘拐でもされたら大変ですから」
 中村はしばらく逡巡したが、糞便にまみれた男児をためらいなく助けた少年だ。心配はいらないだろうと判断した。
「それでは宜しくお願い致します」


「あの」
 帰宅途中、海子は少年の横で、居心地の悪さを感じながら声をかけた。
「どうしたの?」
「すみませんでした」
 少年は首を傾げる。
「何のこと?」
 海子は言いにくそうにしながらも口を開いた。
「先ほど、私は体裁を気にして男の子に手を差し伸べることを躊躇しました」
「ああ、そのことか」
 少年は納得して答えた。
「まぁ、普通は躊躇するのかもな。俺の方こそきつく言い過ぎたよ。ごめん」
 海子は慌てて手を横に振った。
「い、いえ! 人命を第一に考えれば躊躇うことなど浅ましい限りでした!」
 少年は少し間を置いてから語り始めた。
「俺もあの子と似たような境遇で辛くてどうしようもなくなった時、手を差し伸べてくれた人がいたんだ。それが、すごく嬉しくて温かかった。だから、助けないなんて選択肢はなかったんだ。でも、それを経験してなければ自分もどうしてたか分からない。だからさ、君が後悔してるなら、次に同じことがあったら今度こそ手を差し伸べてあげればいい。人間ってそうやって学んでいくもんでしょ?」
 そう言う少年の微笑みは温かく、中村の痔を纏った姿は太陽のようで……海子はドキリとした。
「ん? どうしたの?」
 気づけば海子は少年の顔を惚けたように見つめていたのだ。
「い、いえ。何でも……ありません」
 少年は小首を傾げたが、特に気にした様子はなかった。
「そう?」
「それより、あそこが私の家ですわ。宜しければ少し休憩されていってはいかがでしょうか?」


「げっ」
 その日の夜。桃香は帰宅した和人と鉢合わせた。最初はそのままスルーしようとしたが、目に入ったものを見て、仰天した。
「そ、それどうしたの!?」
 和人は血に染まったワイシャツを脇に抱えていた。上半身はTシャツのみだった。いくら関わり合いになりたくないからといって、さすがの桃香も心配した。
 対して、和人は何でもないことのように言う。
「ああ、これはちょっとな。人を助けるときについた他人の血だよ」
「え、ああ。そうなの?」
「それとこれは成り行きでお金持ちの家からもらったお土産だ。やるよ」
「うわ、ちょっと……!」
 和人が投げて寄越したものを慌てて受け取る桃香。妙に重量感のあるそれは、どうやらお菓子のようだ。
「じゃ、そういうことで」
「あ、ちょ……え?」
 そのまま和人はすたすたと部屋に行ってしまった。
「……」
 兄と言葉を交わしたのが数ヶ月ぶりだったせいもあってか、桃香はしばらくそこを動けなかった。
 因みに、もらった菓子はバウムクーヘンで、とても美味だった。きっと高い。



「…………」
 海子の話を聞いて、桃香の額からは途中から冷や汗がだらだらと流れていた。 
「へ、へーそれで何で泣いてるの?」
 海子は唇を噛む。
「そうなんです。私は許嫁がいるという立場でその殿方に恋をしてしまったのです」
「え、あ、うん……え?」
「私は卑しい女になってしまったのです」
「あ、別にいいんじゃない? 誰しも気の迷いはあるもんだし」
「私も一度はそう考えました……でも、どう気を紛らわそうとしてもこの胸の高鳴りは消えてくれないのです」
「―その相談私が乗った!」
 海子が胸の内を告白したところで突如眼鏡女子が会話に乱入してきた。彼女の名前は鈴木ベニー。ハーフ系女子にしてお節介系女子である。
「乗った?」
 海子は困惑顔で聞き返す。
「相談に乗るよ、という意味デス」
「はぁ?」
「まず、あなたは件の男と許嫁、どちらの方が好きなのデスカ?」
「それは……昨日出会った殿方です」
 小さな声で告げる海子に、ベニーは食い気味に訴えた。
「それではその男に乗り換えるデス!」
「の、乗り換えっ!? いえ、それでは許嫁に対してあまりにも不誠実ではありませんか?」
「そんなの聞いてみなくちゃ分からないデス! いいからお父さんお母さん、それから前の男に話してみるデス!!」
 桃香は思った。ここで止めなくては海子が押し切られてしまうと。それだけは断固として阻止しなければならない。いろんな意味で。
「や、やめた方が良いよ! そんなどこの馬の骨とも限らない男にだなんて……絶対後悔するよ!」
「……そうですよね。桃香さんの言うと―ふがっ!?」
 再び正常な方向へ舵を取り直したかに見えた海子だったが、ベニーがその口を塞ぐ。どころかそのまま胸倉を掴んだ。
「甘いデス! 己の気持ちを便所に捨てるなんてナンセンスデス! それではその気持ちはう○こデス! う○こじゃだめデス!」
「え、あ、はい」
「分かったらとっとと話してみるデス! 分かったデスカ?」
「わ、分かりました……!」
 桃香はベニーを止められなかった。何故なら彼女はそいった大便がらみの件から離れたくてこの学校に通うことを決意したのだ。突っ込めば全てが台無しになる。
 その選択が無意味だったと知るのはそう遠くない先の話だ。 


 雲一つない秋の日。今日は聖ウンピリス女学院体育祭。この行事で部外者の見学はできないが、親族の入場は認められている。
 桃香の両親も見に行くと言っていたが、その姿はまだ見えていない。しかし、もっと気がかりなことがあった。
「そういえばさ」
 桃香はそれとなく海子に声をかける。
「何でしょうか?」
「例の件ってどうなったの?」
「例の件……とおっしゃいますと?」
「ほら、許嫁の件。話したの?」
「ああ、そのことですか。もちろん話しました」
「で、どうだったの?」
「お父様は『その男、見込みがある!』と。お母様は『昔のパパみたいね』と言って、二人とも賛成してくれましたわ」
(いやいやおかしいでしょ!)
 心の中で激しく突っ込みを入れる桃香。
「へ、へぇ……個性的なご両親だね」
「それから、許嫁側のご家族も納得してくれました。元々、良家の両親が決めた縁談ということもありましたから」
「あ、へー。でも名前も居場所も分からないんでしょ、その人?」
「ええ。でも、必ず見つけて―」
「おーここにいたか。父さんと母さんが急用で来れなくなったから弁当運ぶついでに見学に来たぞ」
「応援に来ました」
 海子の言葉を遮る形で聞こえた二つの声。
「え?」
 海子は振り向いた。そして、目を見開く。
「あ、あなたは!」
 そこにいたのは。
「お? 君はいつかの」
 そう、彼は池谷和人。溺れていた男児を助け、海子が惚れた相手でもある。
「兄さん、お知合いですか?」
 隣にいたのは妹の梨香。
「ああ、ちょっとな」
 海子は目を輝かせる。
「何ていう奇跡でしょう!」
「奇跡? まぁそんなもんかもな」
「はい!」
 海子はこの感動を桃香に伝えようと振り返った。
「……あれ?」
 だが、そこにいたはずの桃香は忽然と姿を消していた。
『次の種目は台風の目です。出場選手は集合してください』
「あ、私の出場種目ですわ。すみません、またあとでお話ししましょう!」
 そう言い残して駆けていく海子。
「あ、おい」
 桃香の居場所を聞こうとした和人は海子に呼びかけたが、その声は届かなかった。
「ま、いっか。昼の休憩の時に会えるだろうし」


(ありえないありえないありえない)
 海子が競技に参加していた頃、桃香は一人トイレに籠っていた。
(何でよりによってあいつが来てるの!?)
 桃香は親指の爪を噛む。脱糞している訳ではないので衛生的にはセーフだ。たぶん。
(私の平和な学校生活が……)
 彼女は割と本気でこの世の終わりのような表情をしていた。1週間便秘になった時より険しい顔だ。
(とにかく徹底的に無視しよう!)
 苦し紛れの打開策しか思いつかないあたり、相当なテンパり様だった。


 そして、運命の競技が始まった。
 その名は「障害物競走」。
 ルールは平均台などいくつかの障害をクリアしていく一般的なものだが、その最後に借り物競走が加わっている。借り物競走では机の上に用意されているタブレット端末でルーレットによってお題が決定する。決定されたお題は本部に伝わり、放送委員が発表するという流れになっている。
「桃香さん、どこに行ってらしたのですか?」
「あ、うん。ちょっとね」
「……どこか具合が悪いとかでは?」
「ううん。大丈夫」
「下着が体操着ズボンの上になってますわよ?」
「ううん、気にしないで。大丈夫、今引きちぎるから」
 ビリビリ。
 海子はかくしてノーパンとなった。
「そうですか? ではお互い頑張りましょうね」
「ええ。負けないわ」
 二人のクラスは同じだが、各クラスで三つの組に分かれており、彼女たちは別々の組になっている。障害物競走で同じグループになった二人は健闘を祈り合う。
 そして、スタートの号砲が鳴った。
 
 運動神経の良い桃香はスタートしてから瞬く間に後方を置き去りにしていった。それは海子も例外ではない。あっという間に数々の障害を乗り越え、最後の借り物競走へと到達する。
「お願いだから簡単なのきてよ……」
 桃香がそう呟くのには理由があった。何故なら、この借り物競走、人によっては達成不可能なお題も用意されており、達成できない時は十秒のペナルティーが科せられ、再度ルーレットを回すことになるからだ。因みに不正が発覚したときは所属の組が減点をされてしまう。
(えいっ)
 画面をタップするとルーレットが回り出す。「ピッピッピ……」と音の間隔が開いていき、ルーレットが止まる。
「さぁ、ここまでトップで独走してきた茶組の一年生、噂ではその人にできないことはないという天才桃香さんはいったい何を引いたのでしょうか! おっと? お題は『家族』! これは家族が応援に来ている人にとっては楽勝ですが……? 果たして……!」
 桃香の動きが止まった。よりによってお題が家族だったからだ。
(十秒待って引き直す? でも海子が来てる……誰かに頼んで「私にとって○○は家族です」作戦をする? でも不正扱いされたら点数が減っちゃうし……)
 妙なところで律儀な彼女は大いに悩んだ。この間、三秒。
(ううん、ちょっと気まずいけど梨香がいるじゃない)
 桃香は意を決して顔を上げると妹の姿を探した。
(……いない?)
 しかし、和人の姿は見えても、梨香の姿は見えない。
(でも、あいつの近くにいるはず!)
 桃香はそのまま和人のいる所へと向かった。
「……ねぇ、梨香は?」
 桃香は小声で和人に聞いた。
「梨香なら今トイレでう○こ中だよ」
(…………)
「桃香? 確かお題は『家族』だったよな? 行こうよ」
(……終わった) 
 桃香はその場で膝をついた。絶望に打ちひしがれる彼女の後ろでは海子のお題が決定したようだ。
「現在二位の鞭城ヶ崎さんのお題は……『運命の人』! きゃーこれはまさかのお題です! 学院でも屈指のお嬢様の特別な人が誰なのか非常に興味あります! さて、会場内にはいるのでしょうか?」
 沸き立つ周囲の黄色い声。桃香は嫌な、それもすごく嫌な予感がした。
「おっと? 鞭城ヶ崎さんが誰かを探しているようです! ひょっとして……? そして一目散に駆け出しましたー!」
 どう見ても桃香の方に向かって走ってきている。正確に言えば和人の方だ。
(まずいまずいまずい)
 桃香は焦る。自分はもう順位はどうでもいいのでルーレットを回し直せばいいが、このままでは友人が魔の手に落ちてしまう。かといって、自分が和人を引っ張っていけば平穏な学校生活が破壊される上に、結局海子にも和人が兄だとばれる。
 そうこうしているうちに海子が追いついた。
「あ、あの!」
「うん? ああ、さっきぶり。どうしたの?」
「私のお題、聞いてました?」
「お題? 聞いてなかったな。もしかして俺を連れて行けばいいの?」
「ええ、お願いします!」
 少し残念そうな顔をしつつも、頼み込む海子。
「うーん。行ってあげたいけど……。うん、分かった。お菓子のお礼もあるしな!」
 和人は海子の手を取った。
 結局、桃香は自分で判断を下すことができなかった。真横を通り過ぎていく海子と兄。
 チクリ。
(え?)
 それが桃香には何なのか分からなかった。ただ、胸が少しだけ痛かった。思えば、なぜ兄は海子の方を選んだのだろうか。
(決まってる)
 桃香はずっと兄を避けてきた。今さら家族だと胸を張って言える関係ではない。
(これで、いい)
 海子には悪いが、桃香は和人が兄であることを隠す決意をした。和人にはあとで釘を刺しておこう。そう思ったとき。

「何ぼーっとしてるんだ?」

「え?」
 急に前から腕を引っ張られた。
「単独一位にはさせてやれないけど、同着でいいだろ?」
 腕を引っ張ったのは和人だった。桃香は自分が今まで何を考えていたのか綺麗さっぱり忘れて、頭が真っ白になった。
 和人は腕を一度放し、桃香の手を握った。
「ほら、行くぞ」
「え、あ……うん」
 和人を真ん中にして両脇に海子と桃香。
「いったいどういうことでしょうか! 一人の男性と天才桃香、鞭城ヶ崎お嬢様が手を繋いでゴールへと向かっていきます! そして……今ゴール! これは後で根掘り葉掘り尋問する必要がありそうです!」


「むー姉さんずるいです!」
 梨香が頬を膨らませて抗議する。
「え、何が?」
「私も兄さんと手を繋ぎたかったです!」
「何だ? 手を繋ぐだけなら今でもできるだろ? ほら」
 和人が梨香の手を握ると、彼女は幸せそうに微笑んだ。
(ああ、いいな)
 二人の様子を見て、桃香は自然とそう思った。
「姉さんも繋ぎましょう!」
「え?」
 梨香が桃香の手を引っ張った。
「えへへ」
「梨香お前、最近子供っぽくなってないか?」
「兄さんと姉さんと仲良くできるなら子供でもいいです!」
「全くしょがないやつだな」
 和人は笑ってそう言う。
「あ」
「ん。どうした、桃香」
「ううん、何でもない」
 桃香も久しぶりに兄と妹の前で笑った。
 今踏んでしまった犬の糞も、生暖かくべちょっとした妹の手も、家族の繋がりを祝福しているかのように感じた。
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