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「もう一度、殴ってやろうか」
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「おら! さっさと行け。遅刻すんぞ」
顎でしゃくられ、成留はヨロヨロと歩いて靴を履いた。
「先輩、もっかいキスください」
「もう一度、殴ってやろうか」
にらまれて、ヘラッと笑った成留は「いってきます」と出て行った。階段を降りる足音を聞きながら、奏はふうっと息を吐く。
(あぶなかった)
あのまま流されていたら、嬌態をさらしていただろう。あのときは背後から突かれたので顔を見られなかったが、乱れた顔を見た成留は萎えるかもしれない。そうなったら、しばらくは立ち直れない自信がある。
奏は片手で顔をおおった。
(もうとっくに、引き返せなくなってるじゃねぇか)
成留がいない間に、なんとか気持ちを整えておかないとな。
そんなふうに思われているとは夢にも思わず、成留は痛む腹をさすりつつニヤニヤしていた。あの調子なら、しばらく離れている間に先輩は俺が恋しくなるに違いない。一週間くらいは、うるさいのがいなくてせいせいする、とか思われそうだが、半月も過ぎたら静かすぎる生活にさみしくなって、戻るころには会いたかったと迎えられるかも――なんて都合よくはいかないだろうが、そこそこには歓迎してくれるだろう。そうであってほしい。
「はあ。……けど、先輩の飯としばらくお別れとか、つらすぎる」
途中で音を上げそうだなぁと早々に気弱になりつつ、成留はカートを引いて駅へと向かった。
◇
成留の予想よりもはやく、奏は静まり返った部屋にさみしさを感じていた。店を閉めて二階に上がると、室内は暗くひんやりと静まりかえっている。
まずそれで初日に違和感を覚えたが、すぐに慣れるだろうと奏は高を括っていた。だが、日が経つにつれて、じゃれてくる相手のいないさみしさは日に日に募り、十日もすれば落ち着かなくなった。
(前の生活に戻ったってだけじゃねぇか)
たったひと月半ほど前の生活に戻った。それだけなのに落ち着かないのは、成留の名残がそこかしこにあるからだ。だから存在を意識して、さみしいと思ってしまうんだ。
そう結論づけた奏は、なんとなく成留の部屋に入った。冷え切った室内に顔をゆがめて、ベッドに倒れ込む。
顎でしゃくられ、成留はヨロヨロと歩いて靴を履いた。
「先輩、もっかいキスください」
「もう一度、殴ってやろうか」
にらまれて、ヘラッと笑った成留は「いってきます」と出て行った。階段を降りる足音を聞きながら、奏はふうっと息を吐く。
(あぶなかった)
あのまま流されていたら、嬌態をさらしていただろう。あのときは背後から突かれたので顔を見られなかったが、乱れた顔を見た成留は萎えるかもしれない。そうなったら、しばらくは立ち直れない自信がある。
奏は片手で顔をおおった。
(もうとっくに、引き返せなくなってるじゃねぇか)
成留がいない間に、なんとか気持ちを整えておかないとな。
そんなふうに思われているとは夢にも思わず、成留は痛む腹をさすりつつニヤニヤしていた。あの調子なら、しばらく離れている間に先輩は俺が恋しくなるに違いない。一週間くらいは、うるさいのがいなくてせいせいする、とか思われそうだが、半月も過ぎたら静かすぎる生活にさみしくなって、戻るころには会いたかったと迎えられるかも――なんて都合よくはいかないだろうが、そこそこには歓迎してくれるだろう。そうであってほしい。
「はあ。……けど、先輩の飯としばらくお別れとか、つらすぎる」
途中で音を上げそうだなぁと早々に気弱になりつつ、成留はカートを引いて駅へと向かった。
◇
成留の予想よりもはやく、奏は静まり返った部屋にさみしさを感じていた。店を閉めて二階に上がると、室内は暗くひんやりと静まりかえっている。
まずそれで初日に違和感を覚えたが、すぐに慣れるだろうと奏は高を括っていた。だが、日が経つにつれて、じゃれてくる相手のいないさみしさは日に日に募り、十日もすれば落ち着かなくなった。
(前の生活に戻ったってだけじゃねぇか)
たったひと月半ほど前の生活に戻った。それだけなのに落ち着かないのは、成留の名残がそこかしこにあるからだ。だから存在を意識して、さみしいと思ってしまうんだ。
そう結論づけた奏は、なんとなく成留の部屋に入った。冷え切った室内に顔をゆがめて、ベッドに倒れ込む。
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