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追い込み
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「道明様の謎かけ、この克頼が解いてみせましたぞ。道明様は今、為則殿に目を向けられた。女性の事とかけて、先代の思うようにならなかった者。つまり、命をかけて先代に抗った者をと示されたのではないでしょうか。先代の威光を持ってしても手に入らなかったというのは、処罰も恐れず民を救うため、他国へ人を流すという重罪を行った為則殿の事。すなわち、為則殿の器量を見込み、ご自身の郎党に加えたいという含みでございますな」
思わぬなりゆきに、道明と為則が絶句する。克頼はその隙に話をまとめてしまおうと、言葉を続けた。
「国を支えるには、民の力が必要。民を思い、機転を利かせて人を逃がす手はずを整えた為則殿ならば、こちらにとっても得がたき存在。その為則殿に話の途中で目を向けられたのは、為則殿が欲しいと暗に示されたからでございましょう」
克頼が隼人に目配せをする。
「なるほどなるほど。為則殿はその知恵と勇気を持って、隣国に民を逃した方。国境のいさかいも幾度となく治めてきた手腕もある。その力量に目をつけるとは、紀和の殿様は人を見る目がおありなのだなぁ!」
感心したと隼人が大声で褒めれば、なんだかよくわからないままに義孝も追随した。
「意に添わぬ相手は切り捨ててしまうという孝信様の目をかいくぐり、知られればご自身のみならず一族郎党をも危うい目に合わせるとわかっていながら、覚悟を決めて人々の安全を優先させた度胸は、どの里長も持ち合わせていなかった。恥ずかしながら宿老である我が父でさえもできなかった事をなされたは、あっぱれとしか言いようがない。それを成しえた男を失うのは、こちらにとっても大きな損失。それほどの人物であれば、道明様が欲したとしても納得というもの」
それらの声を背に受けて、晴信は心底の困り顔をしてみせた。
「たしかに。為則殿は度胸も知恵も、民を思う気持ちも強く、年の頃も重責を任せてかまわぬ人物。道明様のお目に留まるのも頷けます。こちらとしては惜しい人材ですが、弟君をお出しになられるとなれば受けるしかございません」
晴信の言葉の後に「流石は佐々様だ。民を思う気持ちの強さが、人選にも表れている」などという声が上がる。その声を聞いた、庭に控えている双方の従者らが、なるほどという顔で道明と為則を見た。違う者をと言えぬ雰囲気が出来上がる。
そこに、信成が戻ってきた。
「為則様の心配りには、感服いたしました。疲れた民のために寝床だけではなく、あたたかな食事までご用意なされておいでとは」
それは栄が安治を通じて命じたもので、為則が用意をしたものではなかった。だが、それを知っているのは晴信と克頼、栄と安治のみ。心底の尊敬を滲ませた信成の声に、場にいる者たちが感心の唸りを発する。こうなってしまっては、道明はどうしようもなかった。
「その通り。そこに控えている為則殿をこちらにお送りいただきたい」
苦虫を噛み潰したような道明に、承知いたしましたと晴信は頭を下げた。
その後は、軽い宴会となった。道明は終始、苦々しげなものを口辺に漂わせていた。晴信は事が成ったと安堵し、少々の緊張を残しつつも穏やかな心地で過ごした。
翌朝、道明は為則を連れて帰路に着いた。紀和から戻った民は、よき日を選んでもとの里に送られる事と決まった。
何もかもが無事に終わり、晴信はほっと息をついて克頼を見た。目元をゆるめた克頼が頷いてみせる。それを見て、晴信は「話がある」と義孝と信成に声をかけた。あらたまった声に、二人は顔を見合わせた。隼人が、話をするのなら栄も共にいたほうがいいだろうと、彼女を呼びに行った。戻ってきた隼人は、ささやかな内輪の祝いをしながらではどうかという栄の申し出を告げ、そうする事となった。
上座に晴信が座り、右には克頼、隼人、信成が並んだ。左には栄と義孝が腰を下ろした。栄は凛々しく髪を結い上げ、青磁色の小袖に濃紺の袴姿だった。ここに送られたときとは違う姿の、はつらつとした美しさを放つ栄の横で、義孝が落ち着かなさげにしている。栄はそれを気にする風もなく、侍女に茶と炒り餅を運ばせた。
「信成様は甘いものが得意ではないと、お伺いいたしましたので」
甘味が良ければ用意はあると言外に匂わせる栄に、晴信は礼を言った。そして咳払いをし、居住まいを正して座にいる者らに目を向けた。
「無事に事が運んだのは、皆の助力のおかげだ。礼を言わせてほしい。ありがとう」
晴信が頭を下げ、面々もそれに倣う。
「実は、今回の事は前々からひそやかに計画をしていた話なんだ」
バツの悪そうな顔をして、晴信は栄から村杉に謀反の兆しがある事を聞き、克頼と共に策を練ったと白状した。そのたくらみを宿老の三人と克頼、晴信が煮詰め、隼人と栄が影で動いて今回の引き渡しの運びとなったと説明をする。義孝は目を丸くし、信成は何事かあるとは思っていましたと冷静な顔で答えた。
思わぬなりゆきに、道明と為則が絶句する。克頼はその隙に話をまとめてしまおうと、言葉を続けた。
「国を支えるには、民の力が必要。民を思い、機転を利かせて人を逃がす手はずを整えた為則殿ならば、こちらにとっても得がたき存在。その為則殿に話の途中で目を向けられたのは、為則殿が欲しいと暗に示されたからでございましょう」
克頼が隼人に目配せをする。
「なるほどなるほど。為則殿はその知恵と勇気を持って、隣国に民を逃した方。国境のいさかいも幾度となく治めてきた手腕もある。その力量に目をつけるとは、紀和の殿様は人を見る目がおありなのだなぁ!」
感心したと隼人が大声で褒めれば、なんだかよくわからないままに義孝も追随した。
「意に添わぬ相手は切り捨ててしまうという孝信様の目をかいくぐり、知られればご自身のみならず一族郎党をも危うい目に合わせるとわかっていながら、覚悟を決めて人々の安全を優先させた度胸は、どの里長も持ち合わせていなかった。恥ずかしながら宿老である我が父でさえもできなかった事をなされたは、あっぱれとしか言いようがない。それを成しえた男を失うのは、こちらにとっても大きな損失。それほどの人物であれば、道明様が欲したとしても納得というもの」
それらの声を背に受けて、晴信は心底の困り顔をしてみせた。
「たしかに。為則殿は度胸も知恵も、民を思う気持ちも強く、年の頃も重責を任せてかまわぬ人物。道明様のお目に留まるのも頷けます。こちらとしては惜しい人材ですが、弟君をお出しになられるとなれば受けるしかございません」
晴信の言葉の後に「流石は佐々様だ。民を思う気持ちの強さが、人選にも表れている」などという声が上がる。その声を聞いた、庭に控えている双方の従者らが、なるほどという顔で道明と為則を見た。違う者をと言えぬ雰囲気が出来上がる。
そこに、信成が戻ってきた。
「為則様の心配りには、感服いたしました。疲れた民のために寝床だけではなく、あたたかな食事までご用意なされておいでとは」
それは栄が安治を通じて命じたもので、為則が用意をしたものではなかった。だが、それを知っているのは晴信と克頼、栄と安治のみ。心底の尊敬を滲ませた信成の声に、場にいる者たちが感心の唸りを発する。こうなってしまっては、道明はどうしようもなかった。
「その通り。そこに控えている為則殿をこちらにお送りいただきたい」
苦虫を噛み潰したような道明に、承知いたしましたと晴信は頭を下げた。
その後は、軽い宴会となった。道明は終始、苦々しげなものを口辺に漂わせていた。晴信は事が成ったと安堵し、少々の緊張を残しつつも穏やかな心地で過ごした。
翌朝、道明は為則を連れて帰路に着いた。紀和から戻った民は、よき日を選んでもとの里に送られる事と決まった。
何もかもが無事に終わり、晴信はほっと息をついて克頼を見た。目元をゆるめた克頼が頷いてみせる。それを見て、晴信は「話がある」と義孝と信成に声をかけた。あらたまった声に、二人は顔を見合わせた。隼人が、話をするのなら栄も共にいたほうがいいだろうと、彼女を呼びに行った。戻ってきた隼人は、ささやかな内輪の祝いをしながらではどうかという栄の申し出を告げ、そうする事となった。
上座に晴信が座り、右には克頼、隼人、信成が並んだ。左には栄と義孝が腰を下ろした。栄は凛々しく髪を結い上げ、青磁色の小袖に濃紺の袴姿だった。ここに送られたときとは違う姿の、はつらつとした美しさを放つ栄の横で、義孝が落ち着かなさげにしている。栄はそれを気にする風もなく、侍女に茶と炒り餅を運ばせた。
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甘味が良ければ用意はあると言外に匂わせる栄に、晴信は礼を言った。そして咳払いをし、居住まいを正して座にいる者らに目を向けた。
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晴信が頭を下げ、面々もそれに倣う。
「実は、今回の事は前々からひそやかに計画をしていた話なんだ」
バツの悪そうな顔をして、晴信は栄から村杉に謀反の兆しがある事を聞き、克頼と共に策を練ったと白状した。そのたくらみを宿老の三人と克頼、晴信が煮詰め、隼人と栄が影で動いて今回の引き渡しの運びとなったと説明をする。義孝は目を丸くし、信成は何事かあるとは思っていましたと冷静な顔で答えた。
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