霧衣物語

水戸けい

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立場と態度

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 隊列は隼人を先頭に、晴信を囲むように宿老の息子である克頼、義孝、信成の三人が騎馬で行き、槍を手にした徒歩(かち)の者が五人。その後に女駕籠が続き、それを運び守る者が十人と、返礼として渡す品を載せた荷車を引く馬が二頭。馬を扱うものと守護する者とで五人の、計二十五人。栄と侍女を合わせて、総勢二十七名と少数だった。

 一行はゆるゆると、村杉までの道中を十日あまりかけて進んだ。道中にある里の巡察も兼ねるというのが名目で、事実は村杉の里や紀和の動きを探る者から届く報告を吟味しつつ、慎重に事を進めるためであった。

 道中に立ち寄った里は、恐る恐る晴信らを迎え入れた。どの顔にも猜疑の色があった。それを隼人が調停し、里の者と晴信の間を取り持つ姿を、同道した者らは感心をしながら眺めていた。

 隼人が人質という名の奴隷として扱われていた事を、一行の誰もが知っていた。その彼が笑顔を振りまき晴信のために働いている姿は、新しい時代が来たと彼らに思わせるに十分だった。

 その効果も見越しての作戦だったのかと、晴信は感心をして克頼を見た。克頼は旅に出てから憮然とした顔のままで、笑みを浮かべたりはしなかった。

「克頼も緊張をしているのか」

 眠る前、ひそやかに先行させている者らの報告を受け、村杉の里や紀和の動きを確認し終えてから、晴信はなんとなく口にした。この座にいるのは、目的の全容を知る晴信、克頼、隼人のみだった。

「へぇ? 一応、アンタも人の子だったんだな」

 からかいの笑みを浮かべた隼人を、克頼がにらむ。

「おっかねぇ」

 おどけてみせた隼人に、克頼は深い息を吐いた。

「どうしたんだ、克頼」

 晴信が案じ顔で問えば、克頼はもう一度ため息を吐き、眉間にしわを寄せた。

「隼人の事を、どうなさるおつもりですか」

 何を言われているのか、晴信にはわからなかった。

「なれなれしすぎる態度を許せば、今後に響くのではと申し上げているのです」

「親しみのあるお館様だなぁって思われたら、いいじゃねぇか」

「貴様は黙っていろ」

 鋭く言われ、隼人は肩をすくめた。

「軽んじられては、後々のさわりになりましょう」

 克頼の目が「どうお考えか」と告げている。それを受け止め、晴信は軽く唸って頬を掻いた。

「俺は、隼人の態度が問題だとは思わない」

 克頼が静かな驚きに目を開き、隼人は得意げに背を伸ばした。

「父上は民との距離を開きすぎた。国主と民と言っても、人と人だ。相手がどんな人間か。親しみを持てる相手か。民はそれを探っているはずだ。隼人が俺に親しくする姿を見て、民はどう思うだろう。父上の非道に怯えていた民は、その子である俺も同じなのではないかと不安なんだ。そんな中、人質だった隼人が俺に親しくすれば、警戒をゆるめるきっかけになるのではないかと思う。もちろん、隼人が何かの理由で、そういう演技をしていると思う者もあるだろうが」

 晴信の心を見つめるように、克頼は彼の瞳に強い視線を向けていた。心中の全てを目に浮かべ、晴信は柔和に微笑む。

「俺は、隼人のおかげで民との距離を埋めていけると信じている。軽んじられるかどうかは、これからどう国を治めていくかで変わるだろう。――だから」

 言葉を切った晴信は、深く頭を下げた。

「俺が軽んじられるのではないかと案じるのなら、そうならないための国政を行うために、力を貸してほしい」

「晴信様」

 克頼の声が揺れる。隼人はガッシと克頼の肩に腕を回し、力強い笑みを浮かべた。

「おう。任せとけ」

 ほらお前もと促され、克頼は迷惑そうな顔を隼人に向けてから、手を着いた。

「まだまだ未熟者なれど、ぞんぶんにお使いください」

 晴信と克頼は同時に顔を上げ、破顔した。なごやかな雰囲気に、隼人が「よおし」と言って手を打ち合わせる。

「明日も早いんだ。道はまだまだ長ぇしな。さっさと寝て、元気一杯すっきりとした状態で、無事に成功させて、いい国を作っていこうじゃねぇか!」

「貴様の使い所を、しっかりと定めて働かせてやろう」

 うっすらと剣呑を刷いて克頼が言うのに、隼人が「うえぇ」と舌を出す。それを楽しく見ながら、晴信は出立前の頼継の言葉を思い出していた。
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