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娘から手を離せば、娘はまた頭を下げて許しを乞うた。晴信は全体を見回し、熊の敷物から下りて、床に手を着いた。克頼がわずかに目を開く。彼に止められる前にと、晴信は腹に力を込めて声を出した。
「すまなかった!」
響いた声に、怯えていた者たちが硬直した。彼らの目に、頭を下げている晴信が映っている。何が起こっているのか判らずに、里の者たちは呆然と晴信を見つめた。
「謝って済む事ではないと、理解している。だが、謝らせてくれ。父が酷い事をして、すまなかった」
晴信の謝罪に接した彼らが、押さえつけられていた恐怖を怒りに変えて、襲いかかってくるかもしれない。そう懸念した克頼は目を光らせ、すぐにでも刀を抜けるよう片膝を立てた。
「俺は、安穏と守られてきた。我が父がどれほどの事をしていたのか、知らずにいた。無知という罪を、俺は犯していた。それを知った今、償いをしたい。父上を追放し、国主となったからには、国を、民を守るよう努めたい。だから、どうか怯えおもねるのではなく、皆の窮状をありのままに教えてくれ」
晴信は顔を上げ、困惑している顔ひとつずつに目を置いた。全員の目が自分に向いている事を確認すると、晴信は腕を広げ、にっこりとして敵意の無い事を示した。
「せっかく用意してくれたものを、食べないと言うのも失礼だ。俺が来ると知り、朝から苦労をしてくれたのだろう?」
晴信の目に、やせ細った者たちが映っている。自分が当たり前のように口にしていたものを、彼らは搾取され続けていたのだと、その姿から容易に知る事が出来た。目の前にある品々も、なけなしの食料を集め、朝から狩りなどをして必死に用意をしたものだろう。
「共に食そう。食べながら、色々な話を聞かせてくれ。その後で、手入れの者がいなくなり荒れてしまった田畑や、里の米蔵などを、隠さずに見せてくれ」
「食べていいの?」
庭先からの声に、皆が顔を向けた。子どもが四人、寄り固まって立っている。様子を伺いつつ、餅に目を向けている子どもたちに、晴信は笑いかけた。
「ああ。一緒に食べよう」
晴信は子どもらに、餅の乗った皿を示した。恐る恐る近付いてきた彼らに、晴信は餅を掴んで差し出した。子どもが晴信と餅を見比べる。晴信が「ほら」と勧めるように手を動かすと、わあっと歓声を上げて走り寄った子どもたちが、我先にと頬張った。うれしそうに食べる子どもの頭をなで、晴信は大人に顔を向けた。
「俺が用意をしたものでは無いのに、こんな事を言うのも妙だが。……遠慮せずに、食べてくれ」
晴信は怯える娘に餅を差し出した。恐る恐る受け取った娘は晴信を見、子どもたちを眺め、再び晴信を見てから餅をかじった。
「……ふ、ぅ、うう」
胸に溜まっていたものを瞳から零す娘に、晴信が労わりの目を向ける。克頼は立てていた膝を収め、ヨモギ茶に手を伸ばした。晴信と克頼、大喜びで食べる子どもと泣きながら頬張る娘を声なく見つめる人々は、誰一人として近寄ろうとはしなかった。
胸に苦い味を抱えたまま、晴信は久谷の里を後にした。
里の大人たちは、誰も晴信を案内しようとはしなかった。里を案内してくれたのは、晴信が餅を勧めた子どもたちだった。
晴信が庭から上がってきた子どもたちと食事をしていると、どこかで様子を伺っていたのだろう。里中の子どもが次々と現れて、晴信の前に並べられている料理に飛びついた。よほど腹が減っていたらしい様子に、晴信は胸を痛ませながら、子どもらが料理をむさぼるのを眺めた。晴信に餅を渡された娘は、手にした分は口にしたが、それ以上を食べようとはせず、居心地が悪そうにしていた。餅を食べるのは久しぶりだと、子どもたちは大喜びだった。普段は何を食べているのかと晴信が問うと、雑穀か芋だと言う。雑穀も無い時があると口を尖らせた子どもに、遠巻きに見ていた大人が、余計な事を言うなと気配を怒らせ、殴りかからんばかりの目を向けた。
「あの子どもたちは今頃、叱られてはいないだろうか」
ぽつりと晴信がこぼすと、叱られているでしょうと克頼が答える。
「ですが、どうしようもありません」
「子どもは素直だ」
「彼らの発言に、大人はさぞ肝を冷やしていたでしょうな」
「ああ」
「すまなかった!」
響いた声に、怯えていた者たちが硬直した。彼らの目に、頭を下げている晴信が映っている。何が起こっているのか判らずに、里の者たちは呆然と晴信を見つめた。
「謝って済む事ではないと、理解している。だが、謝らせてくれ。父が酷い事をして、すまなかった」
晴信の謝罪に接した彼らが、押さえつけられていた恐怖を怒りに変えて、襲いかかってくるかもしれない。そう懸念した克頼は目を光らせ、すぐにでも刀を抜けるよう片膝を立てた。
「俺は、安穏と守られてきた。我が父がどれほどの事をしていたのか、知らずにいた。無知という罪を、俺は犯していた。それを知った今、償いをしたい。父上を追放し、国主となったからには、国を、民を守るよう努めたい。だから、どうか怯えおもねるのではなく、皆の窮状をありのままに教えてくれ」
晴信は顔を上げ、困惑している顔ひとつずつに目を置いた。全員の目が自分に向いている事を確認すると、晴信は腕を広げ、にっこりとして敵意の無い事を示した。
「せっかく用意してくれたものを、食べないと言うのも失礼だ。俺が来ると知り、朝から苦労をしてくれたのだろう?」
晴信の目に、やせ細った者たちが映っている。自分が当たり前のように口にしていたものを、彼らは搾取され続けていたのだと、その姿から容易に知る事が出来た。目の前にある品々も、なけなしの食料を集め、朝から狩りなどをして必死に用意をしたものだろう。
「共に食そう。食べながら、色々な話を聞かせてくれ。その後で、手入れの者がいなくなり荒れてしまった田畑や、里の米蔵などを、隠さずに見せてくれ」
「食べていいの?」
庭先からの声に、皆が顔を向けた。子どもが四人、寄り固まって立っている。様子を伺いつつ、餅に目を向けている子どもたちに、晴信は笑いかけた。
「ああ。一緒に食べよう」
晴信は子どもらに、餅の乗った皿を示した。恐る恐る近付いてきた彼らに、晴信は餅を掴んで差し出した。子どもが晴信と餅を見比べる。晴信が「ほら」と勧めるように手を動かすと、わあっと歓声を上げて走り寄った子どもたちが、我先にと頬張った。うれしそうに食べる子どもの頭をなで、晴信は大人に顔を向けた。
「俺が用意をしたものでは無いのに、こんな事を言うのも妙だが。……遠慮せずに、食べてくれ」
晴信は怯える娘に餅を差し出した。恐る恐る受け取った娘は晴信を見、子どもたちを眺め、再び晴信を見てから餅をかじった。
「……ふ、ぅ、うう」
胸に溜まっていたものを瞳から零す娘に、晴信が労わりの目を向ける。克頼は立てていた膝を収め、ヨモギ茶に手を伸ばした。晴信と克頼、大喜びで食べる子どもと泣きながら頬張る娘を声なく見つめる人々は、誰一人として近寄ろうとはしなかった。
胸に苦い味を抱えたまま、晴信は久谷の里を後にした。
里の大人たちは、誰も晴信を案内しようとはしなかった。里を案内してくれたのは、晴信が餅を勧めた子どもたちだった。
晴信が庭から上がってきた子どもたちと食事をしていると、どこかで様子を伺っていたのだろう。里中の子どもが次々と現れて、晴信の前に並べられている料理に飛びついた。よほど腹が減っていたらしい様子に、晴信は胸を痛ませながら、子どもらが料理をむさぼるのを眺めた。晴信に餅を渡された娘は、手にした分は口にしたが、それ以上を食べようとはせず、居心地が悪そうにしていた。餅を食べるのは久しぶりだと、子どもたちは大喜びだった。普段は何を食べているのかと晴信が問うと、雑穀か芋だと言う。雑穀も無い時があると口を尖らせた子どもに、遠巻きに見ていた大人が、余計な事を言うなと気配を怒らせ、殴りかからんばかりの目を向けた。
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ぽつりと晴信がこぼすと、叱られているでしょうと克頼が答える。
「ですが、どうしようもありません」
「子どもは素直だ」
「彼らの発言に、大人はさぞ肝を冷やしていたでしょうな」
「ああ」
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