霧衣物語

水戸けい

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己の目で

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「俺が国主になってから、克頼の珍しい顔をよく見るようになった」

「からかわれておいでか」

「そうじゃない。俺は克頼の事ですら、知らない部分が沢山あるのだなと思っただけだ」

 晴信の目が山と詰まれた書面に移る。

「ずっと共に育ってきた克頼に対しても、そうなんだ。知ろうともせずにいた国の事は、わからない事だらけ。館の中の事ですら、だ。母上は父上に対して無関心でいる事を決めた。俺は言われるがまま、それが当然の事として考えもせずにいた。民の苦しみは、俺や母上にも責任がある」

「晴信様」

 晴信は書面を膝に引き寄せた。

「この数字の奥にいる民を、見に行きたいな。――克頼。全ての里を視察したいが、難しいか」

「できない事はありませんが、時間がかかります」

「知らぬ事を知ろうとするのに、時間がかかるのは当然だ」

「各所に送った者たちからの報告もございます。まずは、それらと記述を比べる事が肝要かと」

 晴信は、ちらりと克頼を見た。やる事が沢山あるぞと顔に書いてある。

「……無関心であった俺の罪を、早く償わなければならないな」

「晴信様のみの罪ではございません」

 克頼が硬い声を出す。

「晴信様のお耳に入らぬよう努めてきた、我らもまた同罪。ですから、お一人で全てを抱え込まれませぬよう」

 頭を下げた克頼に、晴信は心の底から「ありがとう」と声をかけた。


 再び晴信が馬上の人となったのは、それから十日あまり経ってからの事だった。近隣の里に送った者たちからの報告を、書面ではなく対面で求めた上に、疑問を投げかけて確認をするといったやり方をしたので、時間がかかった。克頼はその後、晴信との対話を終えた者に、里の者たちの心情はどういったものかを聞き取り、晴信が出かけても問題がなさそうな、日帰り可能な里を選び出した。

 克頼がそんな手配りをしているとは知らず、晴信はただ見回りに出るのが遅くなった事だけを気にしていた。克頼は、それでいいと思っていた。身辺の安全に気を配るのは自分の役目。晴信はただ、この国をどうするかという事柄だけに集中をすればいい。

 二人は前回同様、さわやかな空の下に馬を進めていた。

「今度の里も、長谷部の里のような状態だと聞いていたが」

「あの者のように、荒れた田畑を見せるような者がいるとは、思われますな」

「あの者とは、隼人の事か」

 少々の不機嫌を頬のあたりに漂わせた克頼に、晴信は目じりをゆるめた。

「克頼は感情が豊かになったな。主に、不機嫌な方面でだが」

 克頼は答えず、黙々と馬を進める。

「隼人の何が気にいらないんだ」

「あの者だけではございません。栄姫殿も同様です」

「栄殿が、どうかしたか?」

 じろりと克頼が晴信を見る。

「出歩くのも自由と、申されたそうですな」

「ああ。その事か」

 さして重要事ではなさそうな晴信に、克頼はため息を吐いた。

「一言、ご相談いただきたい」

「相談をすれば、反対をしただろう」

「晴信様」

「俺の身を案じてくれているのは、うれしいと思う。だが、彼女をそう警戒しなくとも良いと思うぞ」
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