霧衣物語

水戸けい

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疑いと信用

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 意味が判らないと、眉間にしわを寄せて示す晴信に、克頼はさらに声をひそめた。

「立場をわきまえているという事は、自分の利用価値を理解しているという事です。自分の父が隣国と通じていると白状をするのも、おかしいとは思いませんか」

「それは、この国を憂いているからじゃないのか」

「晴信様はこの国を憂いていながら父君の事を思い、心を痛めておられますな」

 問いの言葉を断定的に向けられて、晴信は目をそらした。

「他の者達にそのような事を気取られてはならないと、気をつけておられる事は重々に承知しております。ですが、幼き頃より共に過ごした、この克頼の目はごまかせません。……晴信様。貴方様が父君の事を思うように、栄姫殿も父を思う心があれば、国主に父の謀反を教えられぬのでは」

「それは……」

「あの方が何ゆえ、あのような話をなされたとお考えです」

「それは……だから、それだけ思い極めていたんじゃないか? 俺のように、父上をなんとかしなければ民が危ういと感じたからこそ、意を決して告白をしたんだろう」

「晴信様は甘うございます」

「何故だ。栄殿も言っていただろう。民のためだと」

「それを信用なさるのですか」

 晴信は、しっかりと首を縦に動かした。彼の脳裏に、真摯な輝きを放つ栄の瞳が浮かんでいる。あれは嘘や偽りで、人を騙そうとしているものではなかった。

「俺は、彼女を信じる」

 克頼は眉をひそめて太い息を吐いた。

「わかりました。では、晴信様はそうなさってください。私は、彼女を疑い尽くします」

「克頼」

「そうすれば、均衡が取れるでしょう」

 馬を後方に下がらせた克頼が、晴信の馬前から離れる。もやもやとした心地を顔に乗せた晴信は振り向いた。

 凛とした栄の姿が、道の先に浮かび上がる。

「克頼も、いずれわかるさ」

 ぽつりとつぶやいた晴信は、馬の腹を軽く蹴った。


 栄と彼女の世話をしている侍女以外の、愛妾の館に住まわされていた者や、人質として集められた者たちがすべて出立したとの報告が、晴信の元に届いた。

 蘇芳の館にいた者が送り出されるのを眺めた晴信は、手のひらを天に向けて伸ばし、背の強張こわばりをほぐした。

「お疲れですか」

 微笑を含んだ克頼の声に、まあなと晴信が答える。

「これほど長く頭と筆を使ったのは、初めてだ」

 父を追放してから今日まで、晴信は次々に出てくる案件に追い立てられ、ろくに外出もしていなかった。外に出たと言えば、栄に会いに行った時くらいだ。

「少し、体を動かしたいな」

 萌える若さを有した晴信にとって、館の中で重臣たちと顔を突き合わせ、話をしては筆を取るという日々は、忙しくとも退屈だったろう。そう考えた克頼は、彼に提案した。

「それでは、近隣の里へ視察にまいりましょうか」

「視察?」

「ええ。そういう事にすれば、出かけられても、誰も文句は言わないでしょう」

「だが、視察となれば大勢で移動をする事にならないか」
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