2 / 8
不器用な奴だと思ってくれたのなら、助かる。庇護欲を掻き立てられたということだから。
しおりを挟む
彼女がうんと悪い女なら、さりげなく邪魔をするよう仕向けるけれど、特別に問題がある人じゃない。だったら、応援をしなくっちゃ。
愛する人の幸せが、私にとっての幸せだから。
ぬるめのシャワーで体を流す。ドライヤーで髪を乾かして、きっちりと身支度を整えてからベッドに戻ると、苦しそうな表情の笠部さんがいた。
「どうしたんですか、笠部さん」
「いつになったら、君の部屋に呼んでくれるんだ」
うめくような声に、目をパチクリさせて小首をかしげる。
「何度も言っているじゃないですか。誰かに見られて会社で噂になると困りますし、ここならお互いに気兼ねなくいられるでしょう? それに……はじめに部屋ではなくホテルに誘ったのは、笠部さんですよ」
「それは、そうだが……もうそろそろ、打ち解けた関係になってもいいんじゃないか」
「充分、打ち解けていると思いますけど」
軽くまつ毛をふせて、恥じらいを見せる。ブラウスの胸元を軽く握ってはにかむと、笠部さんは私の肩に手を置いた。
「せめて、ふたりの時は名前で呼んでくれ」
「うっかり、会社で出てしまっては困るので」
「香澄」
切ない響きに、上目遣いを返す。
「怖いんです……変な風に噂をされて、関係がぎくしゃくしてしまうのが。会社内で居心地が悪くなったら、笠部さんの迷惑になるんじゃないかって」
「俺のことは気にしなくてもいい」
「気になります! だから……ごめんなさい。切り替えがうまくできなくて」
辛そうに声を詰まらせて、視線を外すと抱きしめられた。
不器用な奴だと思ってくれたのなら、助かる。庇護欲を掻き立てられたということだから。
おずおずと笠部さんの背に手を添えて、体をあずける。しばらくして、笠部さんは私を離してシャワールームへ入った。
やれやれと息を吐いて、鏡に向かって軽く化粧をする。ファンデーションと口紅。あとは……帰るだけだからしなくてもいいか。
週に二度か三度の、平日だけの逢瀬。休日には会わない。デートをしたいと誘われる時もあるけれど、おなじ手で断り続けている。
係長の次は、課長の座がある。その前に課長代理になることも。出世を続けるために、上司や周囲の心象を悪くする行為は避けたい。すべては、あなたのため。あなたが大切だから、邪魔になりたくないの。
言い方を変えながら訴えれば、笠部さんは折れてくれる。彼は出世に意欲的だから。社内での地位と私をかけた天秤を、私の側に倒す人ではないから。
別々にホテルを出て、家に向かう。先に私が出て、後から笠部さん。先に出られて待ち伏せされて、やっぱり家に……なんて誘われないように。あとから追いかけて来られる心配もあるけれど、待ち伏せよりもずっと安全度は高い。
付き合っているなんて、誰にも知られたくない。だって、付き合ってはいないから。変な風に進んでしまって、笠部さんと結婚をするなんて事態になるのは避けたかった。
だって私が好きなのは、勝昭さんだから。
愛する人の幸せが、私にとっての幸せだから。
ぬるめのシャワーで体を流す。ドライヤーで髪を乾かして、きっちりと身支度を整えてからベッドに戻ると、苦しそうな表情の笠部さんがいた。
「どうしたんですか、笠部さん」
「いつになったら、君の部屋に呼んでくれるんだ」
うめくような声に、目をパチクリさせて小首をかしげる。
「何度も言っているじゃないですか。誰かに見られて会社で噂になると困りますし、ここならお互いに気兼ねなくいられるでしょう? それに……はじめに部屋ではなくホテルに誘ったのは、笠部さんですよ」
「それは、そうだが……もうそろそろ、打ち解けた関係になってもいいんじゃないか」
「充分、打ち解けていると思いますけど」
軽くまつ毛をふせて、恥じらいを見せる。ブラウスの胸元を軽く握ってはにかむと、笠部さんは私の肩に手を置いた。
「せめて、ふたりの時は名前で呼んでくれ」
「うっかり、会社で出てしまっては困るので」
「香澄」
切ない響きに、上目遣いを返す。
「怖いんです……変な風に噂をされて、関係がぎくしゃくしてしまうのが。会社内で居心地が悪くなったら、笠部さんの迷惑になるんじゃないかって」
「俺のことは気にしなくてもいい」
「気になります! だから……ごめんなさい。切り替えがうまくできなくて」
辛そうに声を詰まらせて、視線を外すと抱きしめられた。
不器用な奴だと思ってくれたのなら、助かる。庇護欲を掻き立てられたということだから。
おずおずと笠部さんの背に手を添えて、体をあずける。しばらくして、笠部さんは私を離してシャワールームへ入った。
やれやれと息を吐いて、鏡に向かって軽く化粧をする。ファンデーションと口紅。あとは……帰るだけだからしなくてもいいか。
週に二度か三度の、平日だけの逢瀬。休日には会わない。デートをしたいと誘われる時もあるけれど、おなじ手で断り続けている。
係長の次は、課長の座がある。その前に課長代理になることも。出世を続けるために、上司や周囲の心象を悪くする行為は避けたい。すべては、あなたのため。あなたが大切だから、邪魔になりたくないの。
言い方を変えながら訴えれば、笠部さんは折れてくれる。彼は出世に意欲的だから。社内での地位と私をかけた天秤を、私の側に倒す人ではないから。
別々にホテルを出て、家に向かう。先に私が出て、後から笠部さん。先に出られて待ち伏せされて、やっぱり家に……なんて誘われないように。あとから追いかけて来られる心配もあるけれど、待ち伏せよりもずっと安全度は高い。
付き合っているなんて、誰にも知られたくない。だって、付き合ってはいないから。変な風に進んでしまって、笠部さんと結婚をするなんて事態になるのは避けたかった。
だって私が好きなのは、勝昭さんだから。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
春を売る少年
凪司工房
現代文学
少年は男娼をして生計を立てていた。ある時、彼を買った紳士は少年に服と住処を与え、自分の屋敷に住まわせる。
何故そんなことをしたのか? 一体彼が買った「少年の春」とは何なのか? 疑問を抱いたまま日々を過ごし、やがて彼はある回答に至るのだが。
これは少年たちの春を巡る大人のファンタジー作品。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる