虹色の泡になりたくて

水戸けい

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不器用な奴だと思ってくれたのなら、助かる。庇護欲を掻き立てられたということだから。

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 彼女がうんと悪い女なら、さりげなく邪魔をするよう仕向けるけれど、特別に問題がある人じゃない。だったら、応援をしなくっちゃ。

 愛する人の幸せが、私にとっての幸せだから。

 ぬるめのシャワーで体を流す。ドライヤーで髪を乾かして、きっちりと身支度を整えてからベッドに戻ると、苦しそうな表情の笠部さんがいた。

「どうしたんですか、笠部さん」

「いつになったら、君の部屋に呼んでくれるんだ」

 うめくような声に、目をパチクリさせて小首をかしげる。

「何度も言っているじゃないですか。誰かに見られて会社で噂になると困りますし、ここならお互いに気兼ねなくいられるでしょう? それに……はじめに部屋ではなくホテルに誘ったのは、笠部さんですよ」

「それは、そうだが……もうそろそろ、打ち解けた関係になってもいいんじゃないか」

「充分、打ち解けていると思いますけど」

 軽くまつ毛をふせて、恥じらいを見せる。ブラウスの胸元を軽く握ってはにかむと、笠部さんは私の肩に手を置いた。

「せめて、ふたりの時は名前で呼んでくれ」

「うっかり、会社で出てしまっては困るので」

「香澄」

 切ない響きに、上目遣いを返す。

「怖いんです……変な風に噂をされて、関係がぎくしゃくしてしまうのが。会社内で居心地が悪くなったら、笠部さんの迷惑になるんじゃないかって」

「俺のことは気にしなくてもいい」

「気になります! だから……ごめんなさい。切り替えがうまくできなくて」

 辛そうに声を詰まらせて、視線を外すと抱きしめられた。

 不器用な奴だと思ってくれたのなら、助かる。庇護欲を掻き立てられたということだから。

 おずおずと笠部さんの背に手を添えて、体をあずける。しばらくして、笠部さんは私を離してシャワールームへ入った。

 やれやれと息を吐いて、鏡に向かって軽く化粧をする。ファンデーションと口紅。あとは……帰るだけだからしなくてもいいか。

 週に二度か三度の、平日だけの逢瀬。休日には会わない。デートをしたいと誘われる時もあるけれど、おなじ手で断り続けている。

 係長の次は、課長の座がある。その前に課長代理になることも。出世を続けるために、上司や周囲の心象を悪くする行為は避けたい。すべては、あなたのため。あなたが大切だから、邪魔になりたくないの。

 言い方を変えながら訴えれば、笠部さんは折れてくれる。彼は出世に意欲的だから。社内での地位と私をかけた天秤を、私の側に倒す人ではないから。

 別々にホテルを出て、家に向かう。先に私が出て、後から笠部さん。先に出られて待ち伏せされて、やっぱり家に……なんて誘われないように。あとから追いかけて来られる心配もあるけれど、待ち伏せよりもずっと安全度は高い。

 付き合っているなんて、誰にも知られたくない。だって、付き合ってはいないから。変な風に進んでしまって、笠部さんと結婚をするなんて事態になるのは避けたかった。

 だって私が好きなのは、勝昭さんだから。

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