虹色の泡になりたくて

水戸けい

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勝昭さん。これで、あなたの好きな人が恋している相手は、驚異ではなくなったわ。だから安心して、彼女に告白をしていいのよ。

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 安心して、勝昭さん。あなたが好きな人の想い人は、私の上で汗を滲ませて励んでいるから。単調に体を揺らして、必死になって、マラソンをしている人みたいに眉根を寄せて、唇を開いて、荒い息を吐いているから。

 体を硬直させて、小さく震えて、私の胸に落ちてきた短い髪を優しく撫でる。充足のため息が、舐られた乳首にかかってくすぐったい。

 うふふ。

 勝昭さん。これで、あなたの好きな人が恋している相手は、驚異ではなくなったわ。だから安心して、彼女に告白をしていいのよ。

 愛しい、愛しい勝昭さん。

 あなたのためなら、私は何でもするわ。もちろん、あなたに知られないように、細心の注意を払って。きっとあなたは、私がこんなことをしているなんて知ったら、心を痛めてしまうだろうから。頼んだわけでもないのに、自分の責任だと考えてしまう優しい人。

 愛しています。

 だから、あなたの役に立ちそうだと思いついたことを、できるだけしていくわ。私なりの愛情表現。あなたの役に立つことが、私の使命。いいえ、運命なのよ。

「香澄」

 熱っぽい声と息が、唇にかかった。ちっとも心を動かされないキスを、さもうれしそうに、照れくさそうに受け入れる。だいたいの男の人は、清楚で可憐で少し不幸そうなおとなしい子に惹かれるのだと知っている。社内で地味だと言われている小柄な私は、うってつけ。中身がどうであろうと、うわべを上手に作ればいい。男の人に守ってもらわないと、生きていけないようなふりをすればいい。

 でも、それだけじゃいけない。

 べったりと寄りかかって、手に入ったと油断をされたら逃げられる可能性がある。だから、体の深いところに受け入れても、完全になじんでいない態度が必要。

 心は与えていないのだから、自然にできる。

 自分のモノにしたはずなのにと不足を味わわせて執着心をあおりながら、保護者みたいに受け入れて甘やかす。

 ちっとも愛していないから、淡々とこなしていける。適当に受け入れて、ほどほどにあしらって。愛しているフリをしなくちゃいけないとなったら、しんどいかもしれないけれど、しなくていいから……愛想笑いを浮かべて、体と少々の時間と労力を使えばいいだけだから、大丈夫。

 勝昭さんの恋が成就するなら、いくらでも私を目の前の男に与えてあげる。ほんのわずかも心を動かされることのない人――係長の笠部裕二に。

 名残惜しそうに離れた笠部さんの頬を撫でて、ほほえみを残してシャワーに向かう。会うのはいつも、仕事を終えて二時間ほど適当に時間をつぶしてから。会社の誰かに見られたら困るからと、ホテルのロビーで待ち合わせをしている。携帯電話はこういう時にとても便利だ。

 どこに入るのかは、私が決める。事務員の私は、ほとんど残業がないから。

 ラブホテルなら、後始末が楽だからいい。誰かに姿を見られていたとしても、繁華街をうろついていたら偶然にラブホテル街に入ってしまったと言い訳ができるし、万が一にもロビーに入る姿まで見られていたとしても、近頃はラブホで女子会なんてプランを打ち出しているところもある。恋人ではなく女子会で来ているのだと説明ができるように、そういうホテルを選んでいた。

 笠部さんの相手が私だとばれないように。なんとなく女がいるなと気配をまとってもらえる程度の関係でいたい。

 社内で噂になると、めんどうだから。

 勝昭さんと同期で係長の笠部さんは、女子社員からそこそこの人気者。独身だから、狙っている人もいる。勝昭さんの想い人、三島友梨もそのひとり。ふんわりとカールした茶色の髪と、やわらかな雰囲気の服装。私より少し背が高くて、快活で、派手過ぎず地味過ぎないネイルをほどこしている彼女に、勝昭さんは恋している。

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