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【迷い】

12.

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 呼びながら見回しても、気配も影もなかった。寝室に息づいているのは、ふたりだけ。

 シキタカは自分の血の気が引く音を聞いた。

(まさか兄者は、死ぬつもりで――?)

 体が表皮から冷えていく。色を失ったシキタカの腕を掴んだトヨホギも、彼とおなじ危惧を抱えた。

「そんなはず、ないわ」

 ホスセリが自ら死を選ぶなど、あってはならない。

 トヨホギはホスセリが天に愛されているのだと、信じて疑ってはいなかった。それは短期間で、信仰に近いものに育っている。

「ホスセリがああなったのは、天が人を超越したものにしたからよ。……肉欲という獣の本能は、ホスセリには不必要だと考えたから傷を負ったの。だから、ホスセリが死ぬはずないわ。――ねえ、そうでしょう? シキタカ」

 祈るように、トヨホギはシキタカを見上げた。シキタカは腕を握るトヨホギの手に手を重ねて、トヨホギの言葉を吟味した。

(兄者がああなったのは、天の思し召しだとトヨホギは考えているのか。俺のせいではなく、すべては天の望まれた運命であると)

 そう考えられたならどれほどいいだろうと、シキタカは思いながら気づいた。

(兄者を大君のように、現人神として奉じればいい)

 これならば、子を授けられぬ体であっても、ホスセリは王でいられる。

 シキタカは未来に光が差したと感じた。

「ああ、そうだ。……トヨホギの言うとおりだ。天が人よりも優れたものになれと、兄者に言っているに違いない。だから兄者は不幸に見舞われた。だがそれは天の導きだったのだ」

 そうであればいいという思いを、そうに違いないという確信に変えるために、シキタカは祈るように言葉を紡いだ。

「エミナの王は、兄者だ。地獄のような戦で傷ついた大地を大君とともに救えと、天は兄者に言っているのだ。ゆえに兄者は男の機能を失ったわけではない。兄者はエミナという国そのものの父となったから、その機能は不要と天がお取りになったのだ」

「そうよ。……そして私たちは、供物なんだわ。ホスセリという、神に近い存在となったあの人のための供物なのよ。だから私たちは、三人一緒じゃなきゃいけないんだわ。――ねえ、シキタカ。いますぐにそれをホスセリに伝えてきて! きっとホスセリは気づいていないわ。自分のことを王の資格はないなんて言っていたもの。ホスセリはわかっていないのよ。死ぬつもりはないと言っていたけど、私たちをなだめて説得をする、ウソだったのかもしれない」

「ああ……、兄者」
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