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しおりを挟む草葉に身を隠したまま、カターナたちはバ・ソニュスを見上げた。
「あれが……」
リズが瞳をうるませる。
「そうよ、リズ。とうとう、到着したの」
木の上からカターナが答えると、リズがうれしそうに目を細めた。
「村のソニュスより、なんだかかわいい」
「私も思った。色も薄いし、ああやって、ところどころに生っているのって、模様みたいじゃない?」
うんうんとリズが同意し、ふたりはあんな部屋飾りや細工ものがあったら、欲しいかもと声をはずませる。それを耳で拾いながら、ニルマはそびえる大木に感心を寄せていた。
「村中の大人が囲って、やっとってぐらいの大きさだな。雷に打たれる前の姿を、見てみたかったぜ。バ・ソニュスを採るついでに、てっぺんからの景色をながめてみたいな」
「僕も……。村からこの木は見えなかったけど、あの上からなら、村が見えるかもしれないね」
ため息交じりに、ディルが答える。
「風の魔法で、ちょちょいっと飛べないのか?」
「できないことはないけど」
語尾を濁して、ディルはマヒワに目を向けた。マヒワがニルマに向けて、口を開く。
「まずは、銀狼を退治。それから」
「銀狼と戦った後、魔力が残っていたら、そうすりゃいいって言いたいのか」
「そう」
銀狼と聞いて、バ・ソニュスの姿に目を輝かせていたリズが、不安に眉をひそめた。
「やっぱり、出るのかしら」
「いまのうちに、さっさと登って、採ってこくればいいんじゃない? 私が全速力で走って、もいで戻ってくるっていうのは、どうかしら」
マヒワが首を振る。
「危険」
「でも、銀狼の姿なんて、見えないじゃない」
「見えないからって、いないわけじゃないぜ」
ニルマが鼻をうごめかす。マヒワが強い目でカターナを見た。
「そう。……ここから飛び出すと、現れる」
「どうして、そんなことがわかるの」
「木の穴に、住んでる。教えてもらった」
「匂いがするんだよ。普通の狼とは違う、でかい獣の匂いがな」
マヒワとニルマの返事に、カターナはバ・ソニュスを見上げた。
「草の中にいたら、銀狼は出てこないという解釈で、いいのかな」
ディルがマヒワに問う。マヒワはうなずいた。
「それって、番人みたいじゃない」
カターナは木の上から、リズの隣に移動した。
「バ・ソニュスに近づくものがいたら、現れるなんて」
「……もしもそうなら、退治をするのは、よくないことかも」
リズが顔をくもらせると、「大丈夫」とマヒワが言った。
「番人、違う。縄張りなだけ」
「あの木を巣にしてんだから、木に近づかれると、縄張りを荒らされたって思うに決まってんだろ。番人なんて、たいそうなモンじゃねぇよ」
ニルマが同意を求めて、ディルに「なぁ」と声をかけた。
「バ・ソニュスの番人だなんて、なんだか冒険物語の最後の強敵みたいだね」
ディルが村を訪れた旅人から、茶を飲みながら話を聞いているときのような、おだやかな調子で言う。すると皆の顔に、ちょっとした緊張と興奮が生まれた。
「ただ縄張りを荒らされたから、立ち向かってくるだけって考えるよりも、そっちのほうが、ずっとロマンチックだわ」
「番人を退治して、貴重な宝を手に入れるって筋書きか。悪くないな」
カターナが背筋を伸ばすと、ニルマは不敵に唇を舐める。リズが真剣な顔で胸元の赤い石を握りしめ、マヒワはバ・ソニュスを見上げた。
「作戦を立てよう」
ディルが言えば、皆が彼に体を向ける。
皆が当然のようにディルをリーダーとして認め、指示を聞こうとしている姿を、アルテは離れた木の上から、満足そうに見守っていた。大岩の崖を登ってから、彼等のうちの誰ひとりとして、アルテがどこにいるのかを、確認しようとはしなくなっている。すっかり自分たちだけの冒険として、目的をこなそうとしている彼等の成長ぶりに、アルテはまぶしく目を細めた。
「半日で、これほどまとまりがよくなるとはな」
予想をしなかったわけではないが、勝気で自信過剰ともいえるニルマが、どうなるのか。気がやさしいあまりに、誰かを立てて前に出ようとはしないディルが、皆を牽引できるのか。彼等を指導しながら、それぞれが誰をどのように評価しているのかを見定めてきたアルテは、その2点が心配だった。だが、ニルマは憎まれ口を叩きながらも、ディルを信頼し、ディルも臆さず自分の意見を皆に伝えている。そうなれた理由に、さりげない調停役をはたしているマヒワの存在があった。
ニルマはもともと、マヒワに強い信頼を向けていた。そのマヒワがディルを立てることで、ニルマはディルを認めるきっかけを得ることができ、ディルも意見を言いやすくなっている。
「たいした奴だよ」
アルテは、おそらく無意識でそれをおこなっているであろうマヒワに、賛辞を送贈った。
そんな感想をアルテに持たれているとも知らず、マヒワは皆と同様、ディルの策に耳をかたむけている。
「使わないものは、まとめて置いておこう。身軽なほうが動きやすいからね」
「木の上にでも、荷物をまとめておくとするか。地面に置いて、草で隠れちまったら、どこに置いたか、わかんなくなりそうだしな」
ニルマが腕を伸ばし、手近な枝を掴む。空いた手をカターナに差し出して、手のひらを動かした。
「リュック。使わないだろう」
「うん」
カターナからリュックを受け取ったニルマは、木の枝にそれをひっかけた。それを合図に、皆がニルマに荷物を渡す。ニルマはそれらを、枝にかけていった。
「なんだか、荷物の実みたいね」
カターナが言うと、リズがクスクスと喉を震わせた。
「リズ。皆に、影の鎧の魔法をかけてくれないか」
「うん」
笑顔をひっこめたリズが、深呼吸をして意識を集中する。胸元の赤い石が輝き、その光を導いたリズの指がディルに触れると、ディルの影が起き上がり、彼の体を覆った。そうしてリズは、カターナ、マヒワ、ニルマにも魔法をかけ、自分も影の鎧を身にまとうと、ホッと緊張を吐き出した。
「ニルマ。荷物とおなじように、僕とリズを木の上へ乗せてくれないか」
「銀狼の攻撃から、逃れるためか」
「なさけないことに、僕もリズも、ニルマたちのように、すばやく動けないからね。それに、そのほうが状況を見やすいから」
「安全な場所にいられるほうが、こっちも安心して思いきり敵に挑める。気にすんな」
ニルマはヒョイとディルを持ち上げ、太い枝に乗せた。
「リズは違う枝に乗せてくれないか」
リズを抱き上げたニルマは、ディルの注文に首をかしげた。
「いっしょのほうが、いいんじゃねぇのか」
「離れていたほうが、なにかあったときに動きやすいよ。僕とリズはおなじ魔導師でも、役目が違うから」
「魔法の発動のときに、邪魔をしないでいられるし」
リズが続けると、そういうもんかと納得し、ニルマは別の枝にリズを乗せた。
「それじゃあ、決行ね」
カターナがいまにも飛び出しそうな勢いで、バ・ソニュスを見上げる。
「うん。カターナはまっすぐ、バ・ソニュスを目指して。この中で、いちばん身軽ではやいのは、カターナだからね」
「銀狼が現れたら、オレがブッ叩けばいいんだな」
ニルマが身幅の広い剣を抜いて、獰猛に唇をゆがめる。
「マヒワはニルマの援護を。リズは魔法で銀狼を狙って。僕は――」
「回復と指示を頼むぜ、リーダー」
ニルマがディルの乗っている木の幹を、強く叩いた。
「うん。ニルマも、皆をよろしく」
「おう」
「それじゃあ、行くわよ」
「カターナ。気をつけて」
ディルが目元を険しくする。カターナは気楽に答えた。
「大丈夫よ。皆がいるんだから」
十字弓を強く握ったカターナは、矢をつがえて飛び出した。疾駆するカターナが、大木の根に足をかけたと同時に、銀色に輝く獣が2頭、現れた。
「出た!」
ディルが叫ぶ。
名前のとおり、銀色に輝く体毛をまとった獣は、通常の狼よりもずっと大きい。体長はニルマとおなじか、ひとまわりほど大きく見えた。
「おぉおおおおおっ!」
気合を発したニルマが、水平に剣を構えて走り出す。カターナは銀狼の姿を視認しながら、バ・ソニュスを目指した。
吼えるニルマに、1頭が向かってくる。もう1頭はカターナを追った。
「えいっ」
リズが炎の塊を放つ。それはカターナに迫った銀狼の鼻先をかすめて、大木の幹をえぐり、はじけた。銀狼の足が止まる。カターナはひたすら上を目指す。爆発に飛びすさった銀狼が、ふたたびカターナを追おうとするのを、リズが炎の魔法を連発して、足止めした。
ディルが杖を振りかざす。リズの炎に風の魔法を合わせて、銀狼の前に炎の壁を生み出した。
「おもしれぇこと、すんじゃねぇか」
鋭い犬歯をむき出しにしたニルマが、剣を振った。うなりをあ上げる切っ先を、跳躍でかわした銀狼がニルマの首を狙う。
「しゃらくせぇ!」
剣を振り上げ、両断しようとしたニルマの攻撃を、銀狼は身をよじってかわした。刃がかすり、銀狼の毛が舞った。ニルマのわき腹が無防備になる。そこに、銀狼が飛び込んだ。
銀色の細い光が銀狼の鼻を狙う。頭を振って、銀狼はマヒワの針から逃れた。ニルマが腕を振り下ろす。注意がそれていた銀狼は、それをかわしきれなかった。尾が両断される。
「ギャンッ」
短い悲鳴を上げて、銀狼は転がった。すかさずマヒワが、次の針を投げる。態勢を立て直し、銀狼はそれを避けた。
「たすかったぜ、マヒワ」
「まだ、終わってない」
「わかってる」
ニルマが正面から銀狼に向かう。マヒワはニルマの背後に隠れて、走った。
「おおりゃあぁあ」
ニルマが剣を振りかぶり、銀狼が構える。剣が下ろされると、銀狼は横へ飛んだ。剣が地面を叩き、土ぼこりが舞う。それを浴びる銀狼の前に、マヒワが飛び出した。
「避けられない」
宣言をしながら放った針が、銀狼の顔に吸い込まれる。
「ギャッ」
片目をつぶされた銀狼の声を聞き、カターナを狙っていた銀狼が身をひるがえした。
「ニルマ!」
ディルが叫ぶ。
「どっちもかよ!」
全身を高揚させて叫んだニルマは、腰を落として剣に力を溜め、銀狼を迎えた。
「オレに斬られちまえよ」
物騒な言葉とともに繰り出された攻撃を、銀狼はひらりとかわし、剣の面を走ってニルマに迫った。
「やべっ」
ニルマの頬がひきつる。
「私を狙ってたんでしょう!」
カターナの叫びとともに、矢が放たれた。銀狼は剣から飛び下り、矢はニルマの頬をかすめた。
「っ! あぶねぇな」
「銀狼にかみつかれるよりは、マシでしょう」
走りながら、カターナは矢をつがえる。
「やっぱり、やっつけてからでないと、バ・ソニュスを採れないわ」
「そのようだ」
2頭の銀狼が、ニルマを標的と定めてうなる。どうやら銀狼は、ニルマがボスだと判断したらしい。
「上等だ」
低くうめいて、ニルマは剣をなぎ払った。1頭は飛び、傷を負っているほうは身を伏せる。飛んで避けた銀狼に、カターナは矢を向けた。身を伏せた銀狼には、マヒワの針が飛ぶ。
どちらも仕留めたと、誰もが思った。しかし矢も針も、むなしく地面に刺さって終わった。
「まだまだっ」
カターナが銀狼の横っ腹に飛び込む。銀狼が跳躍して迎え撃った。矢を放つ間もなく、牙がカターナに襲いかかる。
「甘いわよっ」
目前に迫った銀狼の口に、カターナは十字弓を突っ込んだ。
「避けられないでしょ」
至近距離で放たれた矢は、銀狼の喉を突き破った。それでも銀狼は、十字弓ごとカターナを噛み砕こうとあがく。
おそるべき生命力と闘争心に、カターナの心臓が恐怖になでられた瞬間、銀狼の横腹が爆発した。
爆風にあおられて転がったカターナが、身を起こして確認すると、銀狼の胴が焦げていた。
「ありがとう、リズ!」
声をかけると、木の上のリズは青ざめながらも、笑みを浮かべた。
「まだ、もう1頭いるんだぞ」
ニルマの声に、カターナは気を引き締める。片目をやられた銀狼は、身をかがめてうなり、飛びかかるタイミングを計っていた。ニルマがにらみをきかせて、銀狼にスキを与えない。左右から、マヒワとカターナが銀狼を囲む。うなる銀狼は、あくまでニルマから狙いを外さない。
しばらく、そのまま誰も動かなかった。
時間が遅々として進まない。世界中が動きを止めたかのように感じて、カターナは矢をつがえた。
「このままじゃ、夕方までに帰れなくなるわ」
殺気を感じた銀狼が、カターナに向かって走る。狙いを定めたカターナの矢が飛ぶ前に、銀狼の牙がカターナに迫った。
「えいっ」
カターナは身を沈めて、十字弓で銀狼を殴った。ギャッと銀狼が叫ぶ。
「カターナ、伏せて!」
ディルの声にカターナが身を倒すと、風がうなって銀狼を包んだ。はじき飛ばされた銀狼に、ニルマが襲いかかる。
「っしゃあぁ!」
銀狼は、ニルマの剣で大木の幹に縫い止められ、絶命した。
「……終わった」
カターナがつぶやくと、やれやれとニルマが剣を引き抜く。
「思ったより、はやく片付いたな」
「連携」
「ああ。そのおかげた」
マヒワに答えながら、ニルマがカターナに手を差し伸べる。
「さすが、殴る弓師だな」
「接近戦もできる弓師なんて、カッコいいでしょう?」
「ヒヤヒヤしたぜ」
「夢中だったの」
「カターナ!」
ディルとリズが駆け寄ってくる。
「ケガは?」
「大丈夫よ、ディル。このとおり、ピンピンしてるわ。ありがとう」
「カターナ……、よかった」
リズが涙ぐむ。
「カターナが食べられちゃうと思って、怖かったわ」
「リズ。……ありがとう。私もちょっと、そう思ったけど、リズの魔法のおかげで、無傷のままよ」
「私、必死で」
「私も、必死だったわ。リズの影の鎧があったから、大胆なことができたの。これがあれば、ちょっとくらい噛みつかれたって、ケガをしないって思ったから」
「それで、オレに向かって矢を放ったのかよ」
ニルマが苦笑しながら、頬をなでた。
「ニルマに向かってじゃなく、銀狼を狙ったのよ。避けられちゃったけど」
「恐ろしいヤツだな。狙いがずれていたら、オレに刺さっていたんだぞ」
「大丈夫よ。リズの魔法があったし、ディルだっていたんだから」
ねぇ、とカターナにほほえみかけられ、ディルは苦笑した。
「信頼してくれるのは、とてもありがたいけれど。いつもの狼相手のように突進されて、ヒヤヒヤしたよ」
「でも、いつもの狼相手のように、ディルは魔法で助けてくれたわ」
「ああやって、動きを封じられるんなら、もっとはやくやってくれよな」
「2頭いたんだ。そう簡単には、いかないよ。それに、マヒワが銀狼の足を止めてくれていなければ、避けられていたかもしれない」
「え?」
ニルマとカターナがマヒワを見る。マヒワは淡々と、投げた針を回収していた。
「カターナが銀狼を殴ったときに、マヒワが銀狼の後ろ足に、糸をつけた針を刺してくれていたんだよ」
「ディルも我も、おなじ考え。ニルマの剣」
「仕留めさせるために、動きを止めようとしたってことか」
ニルマの問いに、マヒワがうなずく。
「戦闘の確認は後にして、バ・ソニュスを手に入れよう。任務は、夕方までに村に持ち帰ることなんだから」
ディルの言葉に、皆がうなずき上を見た。明るい空に、バ・ソニュスの葉と実が照らされている。
「なあ、ディル。てっぺんに、風で運ぶのは、やっぱ無理か? オレ等は走って登れるけどよ。おまえとリズくらいなら、行けるんじゃないか」
見上げたまま、ニルマが言う。
「できなくはないけど、どうして?」
「てっぺんまでじゃなくっても、いいんだけどよ。……ここまできたら、全員でバ・ソニュスを収穫するってのも、いいんじゃないかと思ったんだよ」
急にぶっきらぼうな口調になった、ニルマの首が赤い。
「それ、いい! ねえ、ディル。そうして。せっかくだし、皆で収穫しましょうよ」
カターナがはしゃぎ、リズが期待に目を輝かせた。
「よくない」
それに、マヒワの冷静な声が水を差す。
「どうして?」
唇を尖らせたカターナに、マヒワは縄を見せた。
「魔法で上がるより、背負う」
「マヒワがリズを背負うの? でも、ディルは――」
マヒワとカターナがニルマを見る。ニルマは渋面になった。
「オレが、ディルを背負うのかよ。なんで、魔法で上がっちゃならないんだ」
「帰り、疲れている。魔法で川」
「あ、そっか。あの川を魔法で越えるために、いまは使わないでおいたほうがいいって、言いたいのね」
「登るほうが、川を渡るより、楽」
「たしかに、そうかも。あれ、すごく疲れたもの。ねぇ、ニルマ。ニルマが言い出したんだから、責任持ってよね」
カターナが腰に手を当てて、胸をそらす。ニルマは舌打ちをして、ディルを見た。
「オレに背負われても、いいのか」
「僕は気にならないよ」
「決まり」
マヒワがニルマに縄を渡す。
「おまえは、どうやってリズを背中に縛るんだよ」
「荷物。まだ縄、ある」
マヒワは荷物から、予備の縄を取ってきた。ディルがニルマの背に、リズがマヒワの背に、しっかりと縄で固定される。
「それじゃあ、行きましょうか」
カターナが先導する形で、大木の幹を登り、バ・ソニュスの実へ手を伸ばした。
「普通のソニュスより、実が小粒ね」
「色も薄いわ。すごく、かわいい」
マヒワの背から手を伸ばし、実をもいだリズが感動に涙ぐむ。
「ほら。おまえも収穫しろよ」
ニルマに言われて、ディルも手を伸ばした。
「ありがとう、ニルマ」
「ったく、世話のかかる」
ぼやくニルマの声は、どこか楽しそうだった。それぞれがひと房ずつ、バ・ソニュスをもいで、ながめる。
「まだ、信じられないな」
カターナのつぶやきに、ディルが応じた。
「じゃあ、食べて実感してみればいいよ」
「えっ」
「豊穣の祭に捧げるバ・ソニュスの数は、決まっていないんだ。ひと房、みんなで分けて食べよう」
「そんなら、食べるように、もうひとつ採ろうぜ」
言いながら、ニルマは腕を伸ばした。
「全部もぐのは、気が引けるけどよ。人数分とひとつぐらいなら、かまわないだろう」
「そうね。ここまでがんばってこられたご褒美をもらっても、いいわよね」
「……女神様に捧げるよりも先に、私たちが食べちゃっても、いいのかな」
「平気。女神は、きっと心、広い」
「うん。女神ヴィリアスも、きっと大目に見てくださるさ」
「なら、さっさと下りて食おうぜ。のんびりしていると、日が暮れちまう」
「うわわっ」
ニルマが飛び下り、ディルは慌ててしがみつく。カターナがそれに続き、マヒワはリズを気遣って、慎重に下りた。
輪になって座ると、ニルマはディルにバ・ソニュスを突き出した。
「おまえから、先に食べろよ。リーダー」
「え」
「それがいいわ。先に食べて、リーダー」
クスクスとカターナが言う。うれしそうにリズがうなずき、マヒワも同意した。照れながらバ・ソニュスを受け取ったディルが、森に向かって声をかける。
「アルテさん! いっしょに、バ・ソニュスを食べませんか」
森は、しんとしていた。
「アルテさん」
カターナもそれに続いた。
「おおい、アルテ!」
ニルマも叫ぶ。するとアルテが姿を現した。全員が立ち上がり、アルテに向く。
「オレは――」
「言いたいことは、わかります。戻るまで終わりじゃないということは、僕たちもわかっています」
皆の気持ちを代表して、ディルがアルテに伝えた。
「でも、ここまでこられたのは、アルテさんのおかげです。バ・ソニュスを得るための冒険という目的は、おなじはずです。銀狼も倒しました。だから、村に戻るよりも前に、この場所で、いっしょに目標に到達したよろこびを、味わいましょう」
ディルの声が風に溶けて消えるまで、アルテは動かなかった。拒絶されませんようにと、カターナは祈る。するとアルテは苦笑して、歩み寄ってきた。
「まったく……」
どういう意味のつぶやきなのか、カターナたちはわからなかった。
「仲間として、オレにもバ・ソニュスを分けるというわけか」
「そうです」
ディルが答える。
「食べ終えたら、ちゃんと自分たちの力だけで、村に戻るわ。アルテさんを頼ったりしない。だから――」
カターナの声を、アルテが手のひらで制した。
「貴重な誘いを断る理由は、どこにもない。ありがたく、いただくよ」
カターナはよろこびに身をふくらませて、リズを見た。リズもうれしそうに、カターナを見る。
「だが、はじめに食べるのは、ディルだからな」
ニルマが鼻を鳴らす。
「ニルマ。僕は、皆で同時に食べるのが、いいと思うんだけど。どうかな」
「同時?」
「そう。ひとつの房から、それぞれひと粒。せーので口に入れるんだ」
「なんだか、乾杯みたいね」
カターナが言えば、「乾杯か」とニルマが腕を組んだ。
「悪くないな」
「私も、いいと思う」
「異論、なし」
リズとマヒワも同意して、皆の視線がアルテに向いた。
「反対をする理由が、思いつかないな」
「それじゃあ、決まりだね」
6人はあらためて円になって座り、真ん中にバ・ソニュスを置くと、ひと粒ずつ手に取った。
「それじゃあ、無事に銀狼を倒して、バ・ソニュスを手に入れたことの祝いと、無事に夕方までに村に帰りつくことを誓って」
「かんぱーい!」
つまんだ実を高くあげて、口に含む。
野生の、女神の祝福を受けた果実は、疲れを吹き飛ばすほどに酸っぱくて、おいしかった。
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