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 2本はすぐに見つかったが、慌てて射た3本目が、なかなか見つからない。

「どこに飛んで行ったのかしら」

 カターナが草をかき分け進んでいると、木を見上げている見慣れぬ男を発見した。

 なにを見ているのだろうと、男の目線を追ったカターナの目には、枝葉しか見えない。もっとよく見ようと前にのめったカターナは、足元への注意をおこたった。

「あっ」

 子どもの頭ほどの岩に足をとられ、倒れこむ。

「いたた」

 顔をしかめ、起き上がろうとしたカターナの前に、大きな手のひらが差し出された。

「大丈夫か」

 顔を上げると、精悍な顔つきの青年が、親しみの持てる笑みを浮かべていた。

「ありがとう」

 手を取り起き上がったカターナは、服についた土や草を払いながら、男を見た。

 身長は、ニルマとおなじくらいだろうか。彼と比べれば細身だが、むきだしの腕はたくましく引き締まっている。革製の胸当てには、鉄の板が縫いつけられていた。褐色の肌は、もとからではなく、日焼けのせいだろう。リズとおなじ、黒い髪に赤い瞳をしている。

「魔人?」

 カターナのつぶやきに、男は笑みを深めた。

「そういう君は、エルフだな。ちょうどよかった。あの木の上に、鳥の巣が見えるだろう。大切な指輪を奪われてしまってな。エルフの歌で、取り返してくれないか」

 カターナは顔をしかめた。たしかにエルフは、魔力のこもった声で鳥をあやつることができる。しかしカターナは、すこしも魔力を持っていなかった。エルフらしいところは見た目だけで、エルフの特性と言われるものは、すべて苦手としている。

 それを知らない男はカターナの反応を、失礼な頼みだと思われた、と解釈した。

「初対面の相手に頼みごとをするにしては、説明が足りなかったな。オレはアルテ・シク。旅の剣師だ。この先の川で顔を洗っているときに、あの指輪を奪われてな。追いかけていたら、巣に持ち帰られてしまった。雛がいるかはわからないが、もしもいたなら不要な恐怖と警戒をさせてしまうだろう。それで困っていたところに、エルフの君が現れたのは、女神ヴィリアスの助けと思って、頼んだんだ。どうだろう、助けてくれないか」

 アルテの申し出に、カターナはなるほどとうなずいた。

「もしも雛がいて、あそこから落ちてしまっては大変だから、私に頼んだのね」

「そういうことだ。やってできないことはないが、無用な不安を与えたくはないし、取り返すために傷つけるというのも、しなくて済むならありがたい」

 カターナはアルテに好意を持った。

「いいわ」

「そうか。助かる」

 ニッコリとしたアルテに、カターナもおなじ笑顔を向ける。

「でも、エルフの歌は使わないわ」

「え」

「使いたくても、使えないの」

 カターナの言うことが理解できないと、アルテの顔に書いてある。それも仕方ないわねと、カターナはため息をつきながら鳥の巣を見上げた。

 木の枝を確かめて、そこまでの道を決めたカターナは跳躍した。

「おお」

 アルテの感歎を背中で聞きながら、カターナは枝を蹴り、風が巻き上がるように巣を目指した。

「ごめんねっ」

 巣の上へ飛び上がったカターナにおどろき、鳥が羽ばたく。小枝でできた巣の中に、緑に輝く宝石を見つけると、落下の動きに合わせて手に取った。

「返してもらうね」

 鳥に声をかけたカターナは、木の枝を交互に踏んで落下の衝撃をやわらげながら、着地した。

「はい、これでしょう? 雛はいなかったわ」

「……おどろいたな」

 心底から呆然としているアルテに、カターナは自嘲気味に胸をそらした。

「見た目はこうだけど、純潔のエルフじゃないの。残念だけど、魔力はちっとも持っていないわ」

「そうだったのか。失礼なことを言ってしまったな」

「気にしないで。誰でもはじめは、私をエルフだと思うもの」

「そうか。すまなかった、ありがとう」

「どういたしまして。でも、どうして指輪を鳥に盗られてしまったの? 指にはめているものを、鳥が盗ってしまうなんて、聞いたことがないわ」

「顔を洗うために、外したんだ。こんなに大きなものをつけたまま、顔を洗えば痛いとは思わないか」

 指輪をはめた手を見せられて、それもそうねとカターナは納得した。

「ごつごつして、洗いにくそうだわ」

「そういうことだ。ところで君は、こんなところでなにをしているんだ。指輪を取り返してもらった礼に、手伝えるものなら協力をしたいんだが」

「弓の練習をしていたの。トカゲを相手にね。薬の材料に使うのよ」

「なるほど。それで、どのくらい捕まえた? これから、あとなん匹必要なんだ」

「ゼロよ」

「ゼロ?」

「まだ捕まえていないの。なん匹いるのかは、聞くのを忘れていたわ」

「これから捕まえに行くところなのか」

 ふうっと鼻から息を吐き出し、カターナはうんざりと言った。

「捕まえそこねたの。弓で狙ったんだけど、うまくいかなくて」

「それで、次のトカゲを探している途中ということか」

「探しているのは、このあたりに飛んできたはずの矢よ。練習もかねてトカゲ獲りをしているから」

「なるほど。それなら矢を探すのを手伝おう」

「いいの?」

「これといった目的のある旅を、しているわけじゃないからな。生きているかぎり、ヒマを持てあましている」

「変わった言い方ね」

「君は予定がつまっているのか。ええと」

「カターナよ。カターナ・トイ」

「そうか、カターナ。トカゲをいつまでに、どのくらい捕まえる予定なんだ?」

「お昼ご飯までに、捕まえられるだけ。お弁当を持ってきていないから」

「昼食までに村に帰る予定なら、ちょうどいい。保存食や野草ばかりで、飽きていたところだ。カターナの住んでいる集落に、招待をしてくれないか。豊穣の祭までに、どこかに寄宿したいと考えていたから、そういう施設も教えてもらえると助かる」

「それなら、うちの屋根裏か納屋でよければ、泊めてあげられるわ。うちの村には宿がないから、旅人や行商人がきたら、はじめに見つけた人の家に、泊まってもらう決まりになっているの」

「それじゃあ、カターナはオレを見つけてしまったから、泊めなくてはいけなくなってしまった、ということか」

「そんな後ろ向きな決まりじゃないのよ。――まあ、ちょっと迷惑だなって思う人を、見つけてしまうこともあるけど。でも、旅をしてきた人をもてなす家は、いちばんに他の土地の話を聞かせてもらえるから、取り合いになってしまうのよ。村の人たちは、そういう話を聞くのが大好きだから。私をふくめてね」

「それでケンカにならないように、はじめに見つけた人の家に、という決まりができたわけか」

「そういうこと」

 カターナはうれしくなった。会話が心地いいリズムで流れている。こういう人は多くの土地を旅して、受け入れられるための呼吸を学び、身につけているものだと知っていた。さきほどの鳥の雛を心配していたことといい、会話の汲み取り方といい、きっとすてきな会話ができるに違いない。両親も祖母もよろこぶだろう。

 カターナの胸が、期待にふくらむ。

「あなたは運がいいわ」

「なぜだ」

「今日は、隣の家のおばさまが、シードケーキを焼いて、おすそ分けをしてくれるの。おばさまのシードケーキは、とってもおいしいのよ。それに、おかあさまは村でも評判の料理上手だし、おばあさまは昔、帝都の剣師と竜退治に出かけたこともある、魔力の強い弓師なんだから」

 感心したように、アルテの眉が上がった。

「それは、楽しみだな」

「でしょう?」

「それなら、手土産も必要になるな。まずはカターナの矢を探して、トカゲ狩りをしよう。その後、なにか手土産になりそうな獲物でも、捕らえるとするか」

 カターナは困った顔になった。

「どうした」

「村は皆で、仕事を分担しているの。もちろん、より働いた人が、分け前を多くもらえる決まりなんだけど」

「なるほど。自分の家だけに手土産があるのは、心苦しいというわけか」

「まあ、そうね」

 ふうむとアルテは腕を組み、森を見回した。

「どの程度の規模の村かは知らないが、わずかずつでも分けられるものがあれば、いいんだな」

「でも、あんまりたくさんあると、困るわ」

「難しい問題だな」

「だから、手土産はいらないっていうことよ。旅人を迎える最大の楽しみは、いろんな土地の話を聞かせてもらえることなんだから。そういう話を、たっぷりとしてくれたら、誰だって歓迎するわ」

「おおらかな村なんだな」

「私にとっては、それが普通よ」

「手土産か支払いをしなければ、泊めてもらえない土地のほうが多いんだ」

「聞いたことがあるけれど、本当に、そんな村じゃないから安心して。だまそうとしているわけじゃないわ」

 カターナはアルテが、だまされて、ひどい目に遭ったことがあるのではと、心配になった。

「本当に、あちこちの話を聞かせてくれるだけでいいの。不自由なく暮らしているし、困っている人がいれば、そこは補い合っているから。ただ、話をねだられすぎて、声が枯れてしまうかもしれないけど」

 気軽に立ち寄り、宿泊してもらいたい。
 思いを込めてアルテを見つめるカターナの青い瞳に、グレーがかった光が走る。アルテはそれに気づき、心中で首をかしげた。

「珍しい目の色をしているな」

「え。……ああ。そうみたいね。きっと人間の血が混じっているからだわ。だから、見た目はこうだけど、中身はちっともエルフらしくないの。きっと中身は人間なのね」

「さきほどの跳躍は、とても人間には思えなかったがな」

「私の幼馴染は人間だけど、魔力が強いわ。人間だって、すごい人はいるのよ」

「人間を軽視しているわけじゃない。すまなかった」

「ううん。いいの」

 カターナは首を振って、あらためてアルテを見た。彼の荷物らしい荷物は、腰にある細身の長剣のみだ。

「旅人なのに、ずいぶんと荷物がすくないのね」

「鳥を慌てて追いかけたからな。荷物はそのまま、野宿をした場所に置き去りにしてある」

「だったら、それを取ってくればいいわ。私は矢を探しておくから。ここで合流しましょう」

「先に見つけたら、待っていてくれるのか」

「そっちが先に、戻ってくるかもしれないわよ」

 ふたりは笑みを交わし、それじゃあと言い合って別れた。

「おもしろい話が聞けそうだわ」

 カターナはワクワクとしながら、矢を探した。アルテの様子から、旅慣れている感じがうかがえた。鉄の板付きの胸当てや指輪などからして、なかなかに腕の立つ剣師に違いない。きっと、祖母の冒険譚に負けずとも劣らない話を、聞かせてもらえるはずだ。

「ああ。はやく聞きたいなぁ」

 矢の練習よりも、彼の持つ旅の話に心を奪われたカターナは、ふと目を向けた先にトカゲがいるのを見つけた。

 すこし迷って、腰の短剣に手をかける。

「お客様は、はやめに連れて帰らないと。おかあさまが、お昼の仕度に困っちゃうわよね」

 自分に言い訳をしたカターナは、狙いを定めて飛びかかり、短剣を引き抜いてトカゲに突き立てた。

「やった。……ああ、やっぱり弓より、こっちのほうがはやいのね」

 よろこびつつ落胆をこぼし、皮袋を取り出してトカゲを入れる。そうして次々とトカゲを仕留めながら、矢を探した。

「こんなところに落ちていたのね」

 矢は、想像した場所よりも左にそれたところで見つかった。

「どうして左にそれるんだろう」

 唇が飽きるほど繰り返している言葉をぼやき、矢を拾う。なにか堅いものに当たったらしく、矢は少し曲がっていた。

「もとに戻るかしら」

 湾曲した矢を指で確かめ、矢筒に入れたカターナの皮袋には、トカゲが4匹、収まっていた。


「おまたせ」

 アルテの足元に麻袋が置いてあるのを見ながら、カターナは待ち合わせ場所に戻った。

「矢は見つかったのか」

「ええ」

 言いながら、カターナは腰の皮袋を示した。

「トカゲも捕まえたから、村に行きましょう」

「それで遅かったのか」

「そうじゃないの。矢を探していたら、トカゲを見つけたから、ついでに仕留めただけよ」

「ずいぶんと、大きなトカゲだな」

 皮袋のふくらみを見て、アルテが言う。

「普通の大きさよ。4匹いるから、ふくらんでいるだけ」

「4匹? オレと会うまでには、1匹も捕まえられなかったと聞いたぞ」

「弓じゃなく、短剣で獲ったのよ。そっちのほうが、だんぜんはやかったわ」

 なるほどなと、アルテがうなずく。

「トカゲのような獲物は、弓よりも短剣を使うほうが、ずっと楽だろう。どうして、そうしなかったんだ」

「目的は、弓の練習だったからよ」

「そういえば、そう言っていたな。それならどうして、短剣でトカゲを捕まえたんだ?」

「あなたを村に迎えるためよ。矢を探しているついでに、トカゲも捕まえてしまえば、合流してからすぐに、村に戻れるでしょう。お昼ご飯までには、戻るって言っているのよ」

「だが、昼まではまだじゅうぶんすぎるほどに、時間がある。……村は、それほど遠いのか」

「近いわ。私はまだ、森の奥に入る許可をもらえないから、湖より先には行けないの」

「それなら、どうして。――オレが疲れているだろう、という気遣いなら、無用だぞ」

「そうじゃないわ」

 言いながら、カターナは話し聞きたさに逸る気持ちを抑え切れず、村へ向かって歩き出す。

「おかあさまが、お昼の仕度をはじめる前に、お客様がいるってことを、伝えたいのよ。アルテさんは体が大きいから、いっぱい食べそうなんだもの」

 カターナの編まれた金髪が、背中で楽しげに揺れている。アルテはそれをながめながら、温かな苦笑をもらした。

「ということは、すばらしいもてなしを期待して、かまわないのか」

「ええ。きっと、おかあさまは大よろこびで料理を作るわ。誰かをもてなすのが、大好きなの。それに、いまから村に戻れば、途中でリズと会えるはずよ。はやくトカゲを渡してしまいたいの」

「リズ?」

「魔導師なの。トカゲはリズが、薬にするのよ」

「村に戻ってからでも、渡せるだろう」

「だめよ」

「なぜだ」

「旅の話を、はやく聞きたいからよ。夢中になって聞いていて、トカゲのことをすっかり忘れてしまっては困るし、あなたを家に置いてリズのところへ行っている間に、私より先に旅の話を聞く人がいたら、イヤだもの」

「見つけた人間が、はじめに話を聞く権利があるからか」

「そうよ」

 答えながらカターナは、自分の足がどんどんはやくなっていくのを感じた。帰り道にリズと会えなければ、家までトカゲを届けに行かなくてはならなくなる。そのときにアルテについてきてもらうのは、あまりいいとは思えない。リズの家はカターナの家よりも、ここから遠い位置にある。まず客人を自分の家へ案内してから、リズの家へ行くほうがいいだろう。

 でも、とカターナは背後のアルテを意識した。カターナの早足に、アルテは余裕のある足取りでついてくる。

 旅慣れているふうなアルテから、いちばんに話を聞きたい。

 村に近づくにつれて、その思いはカターナの内側でふくらんでいった。

 なので――。

「リズ!」

 小柄な背中を見つけたときに、カターナは自分で思うよりも大きな声を出していた。ビクリとこわばったリズに向かって、カターナは走った。

「ああ、よかった」

「カターナ。……どうしたの」

 おどろきが消えぬまま、リズはカターナの背後から近づくアルテを見て、顔をひきつらせた。

「カターナ」

「大丈夫よ、リズ。彼は旅の剣師なんですって。豊穣の祭まで、村で過ごすことに決まったの。あなたとおなじ魔人よ」

「さっき言っていた相手か」

「ええ、そうよ」

 アルテに答えながら、カターナは皮袋ごとリズに渡した。

「4匹いるわ。足りるかしら」

「じゅうぶんよ。……ありがとう、カターナ」

 言いながら、リズはアルテに恐怖と好奇心の入り混じった視線を向ける。

「カターナの家に泊めるの?」

「ええ。屋根裏か納屋のどちらかに、泊まってもらうつもりでいるわ」

「屋根裏はだめよ、カターナ」

 細い悲鳴のように、リズはとがめた。

「どうして?」

「だって、カターナの部屋は2階でしょう。屋根裏まで、すぐだわ」

「大丈夫よ、リズ。ねえ、アルテ」

「男女のことに、きびしいんだな。はじめまして。……リズ、でいいのかな」

 アルテが右手を差し出すと、リズはおそるおそる握手をした。

「リズが心配をしているから、納屋に泊めてもらうとするか」

「どこに部屋を作るかは、おとうさまが決めるわ。私としては、屋根裏にしてもらったほうが、話を聞きに行きやすくていいんだけど」

「だめよ、カターナ。そんなこと、いけないわ。だって……、あなたは女の子なのよ。それなのに、初対面の男の人と、部屋が……、近いなんて」

 こわごわとアルテを見るリズに、カターナはほほえんだ。

「心配してくれて、ありがとう。でもね、リズ。それを言ったら、宿屋になんて泊まれないわ。宿屋って、面識のない男女が、隣の部屋になるのは当たり前なんですって。ずっと前に村に泊まった人から、そう聞いたもの。――ねえ、そうなんでしょう?」

 カターナが振り返って確認すれば、アルテがうなずく。

「カターナの家は宿屋じゃないわ。それに……、カターナはいつか、宿屋に泊まるつもりなの?」

「わからない。でも、そんなことになるかも、しれないでしょう?」

 口をつぐんでうつむいたリズの肩を、カターナは軽く叩いた。

「宿屋ごっこも、いいと思うの。旅に出たつもりでいれば、いつもの自分の部屋も、違ったふうに見えるかもしれないし。そういうの、楽しいと思わない?」

「……気をつけてね、カターナ」

「大丈夫よ」

「女神ヴィリアスと、この剣に誓って、カターナに危害をくわえないと約束する。それでかまわないか、リズ?」

 アルテが大人らしく、余裕のある態度で告げれば、リズはうなずいた。

「君は友達思いなんだな」

「カターナは、たまに……、無茶をするから」

「それで心配をしているのか。たしかに、無茶をしそうに見える」

 楽しげなアルテに、カターナはわざとふくれた顔を作った。

「失礼ね」

 リズは様子をうかがうように、アルテを見た。

「おなじ魔人だ。仲良くしよう、とは言わないが、もうすこし警戒を解いてもらえないか」

 アルテが笑いかけると、リズはカターナの腕にしがみついてしまった。

「リズは人見知りなのよ。旅人がきたら、いつもこうなの。たまに、リズに変な目を向ける人がいるから」

「リズは魅力的だからな。男心をそそるものがある」

「だめよ」

 アルテの感想に、カターナは硬い声を出した。

「そういう意味じゃない」

「なら、いいんだけど」

 険しくとがったカターナの瞳が、灰色に輝く。興味深そうにそれを見ながら、アルテは言った。

「ふたりとも、それぞれに魅力的だが、手を出す気にはならないさ。オレの興味は、カターナの母親の料理に向いているからな」

 わざとらしく腹をなでたアルテに、カターナとリズは吹き出した。

「それじゃあ、はやく村に戻らなくっちゃね。リズもいっしょに帰りましょう」

「うん」

「美人ふたりに案内されるなんて、アルテさんは幸せね」

「これが悪魔の誘いじゃないことを、祈らなければならないな。とんでもない目に遭わなければいいんだが」

「ふふ」

 アルテのかろやかな雰囲気に、リズのこわばりがほぐれる。

 彼はきっとこんなふうに、いろんな土地の人々に受け入れられてきたのだろう。カターナはますます、アルテの話を聞くのが楽しみになった。
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