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 羊たちはそれぞれに行動をし、草を食んで満足そうに見える。羊たちが群れからはぐれないよう、風の魔法で囲っていたディルの横で、カターナは体をほぐしたり、軽く駆けたり、羊たちとふれあいながら過ごした。

 空はカターナの瞳とおなじ色から、温かくトロリとしたオレンジに変わりはじめている。

「そろそろ帰ろう」

 弓の弦の張り具合を確かめていたカターナは、風の向きを変えたディルにうなずいた。

「そうね。はやくしないと、あっという間に暗くなってしまうわ」

 気を引き締めて、矢筒を肩にかけたカターナは、森にきびしい目を向けた。夕暮れ時から、狼の動きが活発になる。カターナは護衛として、ディルとともに羊の放牧をするよう、村の大人に言われていた。

 いつでも弓を射られるよう、準備を整えて森に目を凝らす。ディルはたくみに風をあやつり、羊たちを村へと導いた。

「ディル!」

 カターナは森から黒い影が飛び出したのを見たと同時に、鋭く叫んで矢をつがえ、放った。ヒョウッと鋭い音を立てて空気を切り裂いた矢は、狙いから大きく外れて地に落ちる。

「カターナ。いつもどおりに」

 ディルは風で羊を追い立て、つづけざまに矢を放つカターナに呼びかける。彼女の矢はどれも、狙いよりも左にそれて飛んで行った。

「わかってる」

 黒い影は狼であると視覚できるほど、近くに迫っていた。恐怖にかられた羊たちが、声を上げながらディルの指示どおりに走る。狼はカターナの弓に警戒をしつつ、羊を狙っている。

「ディル!」

 カターナは空になった矢筒を投げ捨て、弓を握って疾走した。倒れこむほど身を低くして草を蹴り、狼に迫る。

 カターナに気づいた狼が、鼻面を羊からそらした。牙をむき、ひと声上げてカターナをにらみつける。カターナはそのまま狼に突進した。

「ふっ」

 短い気合の声を上げて、狼に向かって飛ぶ。狼は様子を見るために、横に身をひるがえした。カターナは弓を地面につき立てて、たわみを利用し速度を落とすと、弓を軸に回転して、狼めがけてふたたび飛んだ。

「ガウッ」

 狼が身を沈め、カターナを待ち受ける。跳躍の初動に入った狼が飛び上がる前に、カターナの足元につむじ風が生まれた。それを蹴って飛んだカターナの下に、狼の背が飛び込んでくる。

「ごめんねっ」

 謝罪しながら狼の首を狙い、弓を打ち下ろした。

「ギャンッ」

 甲高く短い悲鳴を上げた狼は、地面に足をつけるとすぐさま反転し、森へと逃げ帰る。それを見ながら、カターナは土に足をつけた。

「ふう」

 ひとつに編まれたカターナの金髪が、しっぽのように揺れて、背中におさまる。

 狼の姿が黒い影となって、森に吸い込まれる。カターナは森に目を向けつつ、射た矢を拾って歩いた。

「なさけないなぁ」

 どれほど練習をしても、弓は左にそれてしまう。姿勢も道具も問題ないのに、カターナの矢は狙った場所に飛んだことはなかった。カターナの矢はいつも、狼の気をそらせるだけの道具であり、実際に撃退をするのは、弓を使ったカターナ渾身の殴打だった。

 矢をすべて拾ったカターナは、それぞれを夕暮れの灯りに透かすようにしながら、点検をした。どれにも不具合はない。それらを投げ捨てた矢筒に戻して、今度は弓を点検した。カターナの身体能力と、射的の腕をかんがみて作られた弓は、しなやかで頑丈だった。どこにもヒビや欠けている部分など、見当たらない。

「はあ。やっぱり、私の腕が問題なのね」

 弦をはじくと、低めの音が響いた。

「カターナ」

 ディルが丘を登ってくる。カターナは片手をあげて応えた。

「ケガは?」

「ないわ。ディルがつむじ風で、足場を作ってくれたおかげよ」

「カターナの俊敏さがなかったら、あんな作戦、できっこないよ。カターナ自身が風みたいだ。本当にすごいよ、カターナは」

 カターナはほほえんで首を振った。

「羊たちは?」

「村に戻したよ。いまごろ、それぞれの飼い主の手で寝床に戻っているさ」

「そう。じゃあ、今回も私たちは、立派に仕事をし終えたってことね」

「そうさ、カターナ。いまでは僕らよりもずっと、上手に羊の番ができる人は、村にはいないだろうね」

 ディルの言葉になぐさめが含まれていると気づいて、カターナは軽く肩をすくめた。彼はカターナが、弓の腕について多少なりとも落ち込んでいると知っている。

「ええ、本当に。いばり屋のニルマが護衛なら、狼をやっつけられるかわりに、羊たちが怯えて、のんびりと過ごすなんて無理でしょうし。マヒワがいくら腕のいい操獣師であっても、操られてあやつられていたんじゃ、羊だって肩がこっちゃうものね。ディルのように、おだやかな人じゃないと、羊もくつろげないと思うわ」

「カターナのように、羊たちにほほえんで接せられるような護衛じゃないと、羊たちも緊張をしちゃうだろうしね」

 ふたりはおなじ笑みを交わした。

「帰ろう、カターナ。そのニルマたちが、野鶏を仕留めてきたらしい」

「今夜は鶏のシチューか、丸焼きかしら」

「香草を詰めた蒸し焼きだったら、ありがたいんだけどね」

 さきほどオレンジに染まりはじめたばかりの空は、もうすでに藍色のとばり帳を広げている。またたく星の下を、のんびりと歩きながら村に戻ると、ニルマの姿があった。

「よう。お互い、今日も仕事をきちんと、やりおおせたみたいだな」

 しなやかでたくましい筋肉が布の下ではちきれんばかりにふくらんでいる、褐色の肌のニルマが、紫の目にからかいの光を浮かべて、声をかけてきた。

「僕たちをねぎらうために、出迎えてくれたわけじゃないよね」

 ディルがニルマの手元を見る。彼の手には、丸々とした野鶏が逆さに握られていた。

「ああ。今日いちばんの獲物を、分けてやろうと思ってな」

 ニルマがカターナに向けて、野鶏をつき出した。

「おまえの家のランダばあさんは、この村の知恵者だからな。たっぷりと栄養をつけて、長生きをしてもらわなくちゃ、ならないだろう」

 カターナはニルマの傲岸な色をした微笑に警戒をしながら、両手で野鶏を受け取った。

「ありがとう、ニルマ。おばあさまはきっと、よろこぶわ」

 満足そうに、ニルマが胸をふくらませる。みっしりとした胸筋が、さらに強調された。長身の彼と並ぶと、カターナの顔は胸元に届くほどでしかない。ディルもカターナより背は高いが、ニルマの肩を少し越える程度の身長でしかなかった。

「それじゃあ」

「狼が出たらしいな」

 去りかけたカターナの背に、ニルマの声が触れる。

「羊たちが大急ぎで戻ってきたぞ」

「ええ、そうよ。でも、1頭も犠牲になっていないわ」

「行こう、カターナ」

 ディルがカターナの腕を掴む。

「その弓は、棍棒よりもしなやかで丈夫だからな。殴る弓師には、最高の武器だろう」

「“殴る弓師”ですって?」

「カターナ」

 カターナの声が跳ね上がる。それをなだめようと、ディルが呼んだ。

「そうだろう? 射的の腕はまったくだが、身体能力の高さでそれを補っているんじゃないか。弓は威嚇程度にしか使えないが、狼を追い払えるだけの体術を持っているものを、殴る弓師と呼んで、なにが悪い。ほかに、適切な呼び方があるか? カターナ」

 カターナは唇を引き結び、ニルマをにらんだ。ニルマはニヤニヤとしながら、青い髪をかきあげる。

「いいかげん、弓師をあきらめたらどうだ。おまえほどの俊敏さがあれば、闘師になれる。そうなれば狩りの仕事だって、与えられるだろう。オレのように、自分にあったものを選べばいい」

 カターナはニルマの腰に下がっている、剣に目を落とした。身幅の広いそれは、たくましく長身なニルマにふさわしい。ニルマは獣人の父より受け継いだ、強靭な肉体と長身を活かして、剣師を選んでいた。もっとも、この村での剣師は、狩人としての仕事しかないが、。それでも、剣師は剣師だ。

「そこの人間も、自分にあった職業に決めただろう。昔はオレとおなじ、剣師になると言っていたのにな」

 ニルマがアゴでディルを指す。ディルは気分を害したふうもなく、受け止めた。

「僕には、魔力があったからね。魔力は望んで得られるものじゃないから、もったいないと思っただけだよ」

「かしこい選択だ。カターナも、女神ヴィリアスがお与えくださった能力を、活かした職を選べばいい」

「私は弓師が気に入っているの。自分にあった弓も、持っているしね。殴る弓師なんて、めずらしくていいじゃない。仕事をきっちりこなせているんだから、問題はないわ。立派な野鶏を、ありがとう。――帰りましょう、ディル」

 きびすをかえしたカターナの背に、ふたたびニルマが声をかける。

「自分にあった職業になれば、狩りの仕事もまかせられるんだぞ。森の奥に入ってみたいんだろう、カターナ。闘師になれば、行動の範囲を広げられる。弓ではなく、短剣を持てばいい」

 カターナはそれを無視して、家へ向かった。逃げたと思われたくはないので、いつもとおなじ足取りを心がける。

「気にしなくてもいいよ、カターナ」

 けれどディルには、見透かされていた。

「ニルマはニルマで、カターナを気にかけているんだ。カターナが森の奥に興味を持っていると、知っているから」

「わかっているわ、ディル」

 カターナは深呼吸をして、笑顔を作った。

「ニルマはなんでも、自分の判断が正しいと思っているだけよ。適材適所がすばらしい、という合理主義者なのかもしれないわ。けど、私が弓師を名乗っていても、村の誰もが悪く言わないし、仕事だってきちんとこなしているんだもの。射的の腕は自覚しているから、殴る弓師と言われても、反論をしなかったでしょう?」

「それどころか、めずらしくていいと言い返していたね」

 カターナは笑みを、満足そうなものに変えたげに笑みを深めた。

「だって、めずらしいでしょう? 殴る弓師よ。私専用のこの弓があれば、私はこの村でずっと、弓師としてやっていけるのよ。射的が苦手でも、弓師には違いないわ」

 たのもしそうに弓を見て、カターナは自分に言い聞かせるように答えた。

「だから、大丈夫」

 ディルはもの言いたげにほほえんで、うなずいた。

「今日は、おつかれさま。明日は魔法の練習日でしょう? あとでおすそ分け、届くと思うわ。それを食べて、がんばってね」

 カターナが野鶏をわずかに持ち上げると、ディルは目じりを細くした。

「楽しみだな。おばさんの料理はおいしいからね。母さんに伝えておくよ」

「期待していていいわよ。私も明日は弓の練習をするつもりなの。しっかり食べて、ぐっすり眠っておかなくちゃ」

「うん。それがいいよ。おやすみ、カターナ」

「おやすみ、ディル」

 村道からそれて庭に入り、扉を開ける前に顔を見合わせ、仕草であいさつを交わしてから、ドアを開ける。

「ただいま。りっぱな鶏をもらったわ」

「おかえり、カターナ。すばらしいお土産ね。ミィリの家に、おすそ分けに行かなくちゃ」

「だろうと思って、ディルにはそう言っておいたわ。あとでそっちに、料理が届くってね」

「まあ、カターナ」

 母のズィーラが目を丸くする。その背後で、父のルーエイが軽やかな笑い声を立てた。

「そんなことを言って、母さんがはりきりすぎて、うちの食卓には、ほんの切れ端しかのらなかったら、どうするつもりだ」

「そんなことには、ならないでしょう? きっと向こうも、料理を持ってうちに来るわよ」

「ミィリはきっと、鶏と木の実の炒め和えを作ってくるわね。それならこちらは、香草を詰めて丸焼きにでも、しようかしら」

 野鶏を受け取ったズィーラが、ウキウキと台所に姿を消す。

「どの家にも、まるごと1羽ずつ、鳥鶏が行きわたったの?」

 狩りの仕事をしてきた父に問うと、静かな声で「いいや」と返ってきされた。

「狩りの仕事が割り振られていた家を優先に、野鶏が配られた。あとはいつものように、魚や小動物さ」

「そうなの」

 カターナは台所に目を向けた。

「あの野鶏は、ニルマにもらったんだろう」

「えっ」

「分配のときに、ニルマが持って行ったヤツだ」

「おとうさまも、鶏をもらってきたの?」

「ああ。今夜は野鶏づくしの食卓になるな」

「それじゃあ、ニルマの家は鶏じゃないのかしら」

「ウサギがあったからな。それを持って帰ったよ。あれは、ニルマが仕留めたからな。ニルマに所有権があった」

「でも、村の仕事は等分に分けられるものでしょう。だったら、獲物だってそうなるはずじゃない。鶏もウサギも手にするなんて、贅沢よ」

「贅沢なんかじゃないさ。ニルマはそれだけの働きをした。当然、それに見合った獲物を受け取る権利がある。人にはそれぞれ、向き不向きがあるからな。自分にあった仕事をして、ほかの人よりもすこし余分に報酬を得られれば、次のヤル気にもつながるし、サボろうとする気持ちの歯止めにもなるだろう。なまけるとそのぶん、分け前がもらえなくなるからな」

 それに、と言いながらルーエイはカターナの傍に寄った。

「彼は報酬をカターナに、そっくりプレゼントした。そんな彼を非難する理由が、なにかあるのか」

「それは……。さっきニルマに、殴る弓師と言われたわ」

 カターナがむくれると、ルーエイは高らかに笑った。

「殴る弓師か。それはいい」

「笑いごとじゃないわ。私、すっごく傷ついたんだから」

「はは。それはすまなかった。けれど、カターナ。彼はそう言いながら野鶏をくれた。カターナをはげまそうとしてくれていたんじゃ、ないのかな」

「そんなんじゃないわ。自分の力量を、見せびらかしたかっただけよ。だってニルマは、私に闘師になれって言ったのよ。そうすれば、森の奥にも入る許可が出るし、狩りにも行かせてもらえるだろうって。自慢をして、弓師をあきらめろって言いたかったんだわ」

 怒りをのせたカターナの肩を、父の手がやさしくなだめる。

「彼には彼の考え方があるさ。それに納得ができないのなら、そういう道もあるだろうねと、受け流してしまえばいい。カターナは弓師として村に受け入れられているんだから、気にする必要はないよ」

「わかっているけど……」

 唇を尖らせたカターナに、ルーエイは「弓と矢をかたづけておいで」と、やわらかく伝える。幼い動作でうなずいたカターナは、2階の自室に弓矢を置くと、階段を降りて1階奥にある祖母の部屋の前に立った。

 ノックをすると、すぐに返事があった。カターナはそっとドアを開けて、中をのぞく。

「入っても大丈夫?」

「ええ、どうぞ」

 やわらかな祖母の声にまねかれて、カターナは室内に足を入れ、ドアを静かに閉めた。祖母の部屋には、さまざまな薬の材料が並んでいる。なかなか手に入らないものもあるので、うっかりとそれらを倒して床にぶちまけてしまわないよう、この部屋に入るときは誰もが慎重な行動を心がけていた。

「おかえり、カターナ」

「ただいま。おばあさま」

 カターナの祖母ランダは、藍色に沈んだ部屋の中、ランプの灯りに白い肌をほの赤く浮かび上がらせていた。

「いらっしゃい」

 イスに腰かけたまま、ランダが腕を開く。カターナは、はにかみながら祖母の体に腕を回して、頬を重ねた。甘くみずみずしい、若い草のような香りがした。

「今日も弓は、狙った場所に飛んでくれなかったわの」

「あらあら。それはきっと、女神ヴィリアスが、あなたにいたずらをしかけたのね」

「そうだとしたら、女神はずっと、私にいたずらをしっぱなしだわ」

 むくれたカターナは、祖母の膝に甘えた。シワの目立つ細い指が、カターナの髪をなでる。カターナは祖母の白い肌と、とがった耳。淡い金髪を見て、ため息をこぼした。

「おばあさまは、薬を調合できるし、魔法も使える。弓だって、とても上手だったっていうのに、どうして私はこうなのかしら」

「それは、カターナが私ではないからよ」

「わかっているけど……」

 カターナは目を伏せた。純潔のエルフであるランダは若いころ、その特性をあますところなく有していた。薬の調合に長け、魔法も扱い、弓の腕もすばらしい。そんなランダと人間である祖父が結ばれ、ルーエイが誕生した。ルーエイは人の特性を、強く持って生まれた。白くも黒くもない肌に、鳶色の髪と青い瞳をしていた。耳も人間とおなじで、上部が丸い。薬の調合はできるが、魔法は使えない。身体能力が高いので、闘師を選び、村では狩人として働いている。そのルーエイが人間のズィーラと結婚し、生まれたのがカターナだった。

「どうして私、弓も魔法もからっきしなのかしら」

「あなたのおとうさんまも、弓も魔法もできないわ。おかあさまんだってそうよ」

「でも、おばあさまは上手でしょう? いまだって、おばあさまより魔法薬がうまく作れる人は、この村にはいないわ。……私、こんな見た目なのに、ちっともできやしないんだもの。人間のディルに魔力があるのに、エルフのおばあさまにそっくりだって言われる私は、まったく魔力がないなんて。女神はとっても意地悪ね」

「あらあら」

 コロコロと少女のように、ランダが笑う。軽やかな笑い声に、カターナはまるごと包まれているような、温かな心地になった。

「……殴る弓師って、言われたの」

 ポツリとこぼすと、ランダの手は先をうながすように、カターナの頬をなでた。

「私に弓師は向いていないって。今日だって、狼を弓で叩いたわ。獣のように大地を蹴って、狼と戦ったの」

「まあ。それは、とても勇敢ね」

「でも、弓師はそうじゃないでしょう? 本来なら、矢で狼を仕留めなくちゃいけないんだわ」

「カターナは矢を使わなかったの?」

「使ったわ。でも、全部が狙いよりも左にそれてしまうの」

「それは、なんの意味もなかったのかしら」

「狼を警戒させることは、できたわ。そのスキに、ディルが風を強めて羊たちを村に走らせたの」

「そのあとは、どうしたの」

「矢を射つくしてしまったから、弓で狼を叩いたの」

「獣のように大地を蹴って?」

「そうよ。さっき言ったとおりにね」

 深い息を、うんざりと吐き出したカターナは、ランダの膝で顔をかくした。さわやかな草の香りに、強がりが溶けていく。

「私は、おばあさまみたいな弓師になりたいのに」

 弱々しく吐き出すと、目頭が熱くなった。にじむ涙が、ランダのスカートに吸い込まれる。どこからどう見ても、エルフらしい容姿の自分なのに、エルフが得意とすることは、ことごとく苦手であるのがくやしくて、情けないなさけない。大好きな祖母の若いころに、うりふたつだと言われるたびに、ほこらしさと悲しみがカターナの胸を満たした。

 カターナは下唇をかんで、ランダの膝に甘えた。

 ランダの手が、むずかる赤子をあやすように、カターナの背中を叩く。

「おばあさま」

「なあに」

「昔のお話を聞かせて。りっぱな鶏をもらったから、おかあさまがはりきっているの。夕食ができるまで、きっといつもより時間がかかるわ」

「あら、それは楽しみね。……そうねぇ。なんの話がいいかしら」

 ランダの目じりに慈愛のシワがきざまれる。カターナは幼い顔で、希望の話をねだった。

「竜の話がいいわ。竜と、帝都からきた剣師との物語。おばあさまの初恋のお話よ」

「そして悲恋の冒険譚ね」

 いたずらっぽく目を輝かせたランダに、クスクスとカターナは首をすくめた。

「あれは、まだ私がカターナくらいの娘だったときのことよ」

 カターナは、まるで自分の記憶のように、目を閉じて想像力をふくらませ、音楽のように紡がれる昔話に耳をかたむけた。
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