フェロ紋なんてクソくらえ

水戸けい

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第二章 紋の疼きと心の揺れと

(せっかく、言い訳にできるもんがあるってぇのに)

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 * * *

 薄目を開けて、カヒトはリアノの様子を探った。

(なんだったんだ、いまの)

 気を失って、気がついたら研究室のベッドに横になっていた。それは、まあいい。だが、リアノが自分をしゃぶっていたのは、なぜなのか。

(すげぇ気持ちよくて目を開けたら、リアノが俺を呑んでいて、そんで)

 キスをして、机に向かった。紋のせいで滾った体をなぐさめた、というのは、まあ、治療の一環と言えなくもない。だが、キスは? する必要など、あったのだろうか。

(あるから、したんだよな)

 なんとなく眠っているフリをしたほうがいい気がして、おとなしくしていたが目を開けて問えばよかったのだろうか。耳朶に触れた、やわらかなリアノの声の理由が知りたい。

(俺を、めちゃくちゃ心配してるってことか? けど、それでもキスって)

 うれしい。うれしいが、理由がわからない。なぐさめ、だろうか。紋に支配されて本能のままに暴走した。リアノが欲しくてたまらなくなって、彼の姿を追い求めた。そんな自分を哀れんで、キスをしてくれたのかもしれない。

(けど、なんでリアノは森にいたんだ?)

 薬草を採りに来ていたのか。自分を心配して演習場の近くにいたのだと思いたいが、どうだろう。

(なんだかんだで、心配性だからなぁ)

 可能性は否定できないと頬をゆるめる。だとすれば、さらに心配をさせることになってしまったなと反省した。これほど紋の力が強く作用するなんて、思ってもみなかった。せいぜい、フェロモンを発して体の動きが鈍くなり、性欲が増す程度のことで対応は可能だと考えていた。

(リアノのことで頭がいっぱいになっちまうなんざ、予想外だ)

 コントロールできるかもしれないと、リアノとの情交を思い出した。その結果が、制御どころか暴走するはめになってしまった。彼に襲いかかって、欲しがったところまでは覚えている。だが、その先はわからない。激しい衝撃を浴びてから、心地よい刺激に目を覚ますまでの記憶が飛んでいる。

(誰かが俺をぶん殴りでもして、リアノを助けたのか?)

 迷惑をかけてしまったなと、記憶のない間に自分を抑えてここまで運んでくれた誰かに謝罪する。後でリアノに聞いて、本人に礼を言おう。

 ふうっと息を吐いて、体の隅々にまで意識を行き渡らせる。ケガをしている様子はない。紋も存在を忘れるほどに、変化はなかった。手指も足指も問題なく動く。尻の奥がたっぷりと濡れている。ここに欲しがったんだよなと、リアノのズボンを引き裂いてまたがった自分を思い出すと、笑いがこみ上げてきた。

(どんだけ飢えてんだよ)

 羞恥は感じない。あれは紋のせいではなく、本心からの望みだった。欲が増幅された結果ではあるものの、心の底にある望みが表面化してしまっただけのこと。

(俺は、リアノが欲しい)

 抱かれる側になるとは想像もしていなかったが、彼と特別な関係になれるのならばどちらでもかまわない。

(リアノが好きだ)

 自覚がさらに強くなる。彼のしあわせを願って、ほかの誰かとリアノが結ばれる姿を見守ろうという覚悟は粉々に砕け散っていた。

(リアノとしあわせになるのは、俺だ)

 そして彼を幸福にする。自信はないが、やってやれないものはない。肉欲をなぐさめてくれるのだから、憎からず思ってくれているのだろう。それともリアノは、誰に対しても治療の一種であれば、性的行為をするのだろうか。

(まさか、な)

 しないとも断言できず、カヒトは複雑な気分になった。性愛と治療のための性交を、リアノなら分けて考えそうな気がする。

(研究のためなら、感情なんて二の次でしそうだよな)

 とすると、自分に対する行為にはどんな気持ちも動いていないのか。

(けど、キスは違うよな)

 関係ないよなと、落ち込みかけた気持ちを支えた。

 キスも、かすかな切ない呼び声も、紋への対処とは別のはず。そうであってほしい。幼馴染であるという、惰性的な愛着だったとしても、好意があると思いたい。

(女々しいなぁ)

 部下たちに知られたら、情けないと愛想をつかされるだろうか。兵団長でも恋の悩みがあるんですねと、無邪気に驚かれるかもしれない。

(なんにせよ、じっとしてんのも飽きてきたし)

 目を開けて、むっくりと起き上がったカヒトは「よう」と、なにげない声音で呼びかけた。書物を紐解いていたリアノが顔を上げる。

「迷惑かけちまったな」

「具合は?」

「なんともねぇよ」

 腰のあたりで山を作っている、魔術の施された布を手に取った。

「いい仕事したなぁ、この布」

 これがなければ、今頃はリアノと繋がっていたかもしれないと恨みを込めつつつぶやけば、リアノがフンと鼻を鳴らした。

「役立つ場面にならなければ、よかったんだがな」

「怒ってんのか」

「無鉄砲なことはするなと言ったはずだ」

「無鉄砲はしてねぇよ。まあ、ちっとばかし軽く考えちまったけどよ」

「演習相手はオティの兵団だったらしいな。あれはおまえに含むところがある。逆恨みだ」

「好かれてねぇとは思ってたけどよ、俺を標的にして、なんか得でもすんのか?」

「いくらおまえでも、兵士たちに抑え込まれたら逃げられないだろう。部下との乱交など、充分すぎるほどの醜聞だ」

「なるほどなぁ」

「感心するな」

「ま、そうはならなかったんだから、いいだろ。てか、俺はどうなったんだ? 記憶がねぇんだけど」

 服を着ながら質問をするカヒトに、本のページをめくりながらリアノが答える。

「薬草を摘みに出ていたら、おまえが現れた。暴走している紋に魔封じの術を押し当てたら、意識を失った。フェロモンの匂いを追ってきたおまえの部下に、ここまで運ばせた」

「ふうん。後で、礼を言わねぇとな」

「おまえは、私に呼び出されたことにしてある」

「なんで」

「紋が暴走したと広まったら、混乱が起きるだろう。どこから漏れるかわからんからな」

「慎重だな」

「おまえが雑すぎるんだ」

「違ぇねぇ」

 笑って、カヒトはリアノの傍に立った。

「ズボン、破いちまって悪かったな」

「肩を潰されるかと思ったぞ」

「痛かったか? 見せてみろ」

「問題ない」

「痣になってるかもしんねぇだろ」

「自分で処置できる」

「俺にさせてくれよ」

「必要ない」

「俺の気持ちが収まらねぇ」

 しゃがんで、イスに座るリアノと目線を合わせたカヒトは、眉をキリリと引き締めた。ふうっと諦めの吐息をこぼしたリアノが、シャツを脱ぐ。肩にはくっきりと指の痕がついていた。

「痛むか」

 顔をゆがめたカヒトに、リアノはそっけなく「どうってことない」と視線を外した。顔を寄せたカヒトが痣を舐める。

「獣か。舐めて治るものじゃない」

「わかってるけどよ。してぇんだ」

 やめろと言われるかもしれない。そう思ったが、リアノは無言だった。白い肌に、青紫の痕は目立つ。

(俺のせいで……俺がリアノを襲ったから、俺の痕がついた)

 ズクンと腰が疼いた。彼に自分の痕がある。なんて甘美な響きだろう。もっと己の証を刻みたい。誰が見ていなくとも、自分のものだと主張できるものをリアノにつけたい。

「っ、カヒト」

 無意識に歯を立てていたカヒトは、慌てて身を引いた。

「歯形とは、どんな嫌がらせだ」

「や、悪い。なんか、ぼんやりしちまって」

「紋の影響か?」

 眉をひそめたリアノの案じ顔に、カヒトはあいまいに首を動かした。紋は関係ない。これはカヒト自身の気持ちがさせた行動だ。

 珍しく明快な答えを返さないカヒトを、リアノはいぶかしんだ。

(気に病んでいるのか?)

 紋が暴走したのは、カヒトのせいじゃない。だが、きっかけとなる提案を受け入れたのは、カヒトだ。反省して、気まずくなっているのだろう。

(まあ、いい)

「座れ」

 顎をしゃくって、リアノはカヒトをうながした。研究室は診療室も兼ねている。なので、リアノ愛用のイスとは別に、もう一脚が忘れ去られたように壁際に置かれていた。座り心地がいいとは言い難い、木の丸椅子を引き寄せて尻を置いたカヒトに質問した。

「暴走をした原因を知りたい。なにをしていた。また、汗の匂いに反応したのか」

「いや……ぜんぜん。俺ぁ標的だからよ。見つけるところからはじめるってことで、森に身を潜めてた」

「それで?」

「あいつらの匂いを嗅ぎまわるわけにもいかねぇし、自分で匂いを出せるようになりゃあ、扱い方もわかるんじゃねぇかと思って考えて、エロい気分になりゃあ、紋が反応するんじゃねぇかと……その、リアノとの昨日のアレをだな、思い出してた」

「昨日の」

「おう、昨日の」

 顔を見合わせて、無言で視線を重ねる。おなじものを、ふたりは脳裏に浮かべていた。カヒトの瞳に淫靡な炎がチラリと揺れて、リアノの目の奥に飛び火した。

「思い出しているうちに、体がだんだん熱くなって、頭ん中がエロいことでいっぱいになって、そしたらすげぇしたくなって、リアノが欲しくなって……森にいるのが見えたんだ」

「見えた?」

「おう。そう言うしかねぇな。クッキリと、リアノがどこにいるのかが見えたんだ。気づいたら走ってた。紋にリアノの場所を教えられてるって感じだったな」

「なぜだ」

「わかんねぇよ。リアノのことを考えていたから、見つけられたんじゃねぇか?」

「誰かを思い浮かべれば探索ができる能力だとしたら、便利だが」

「別の誰かでやってみるか? たとえば、そうだなぁ……オティ団長がどこにいるか、考えてみるか」

 目を閉じて、オティの姿をまぶたに浮かべるが、紋は無反応だった。

「エロいことをした相手とかでなきゃ、無理なのかもしんねぇな」

「ならば、性欲をあおられたことのある相手を思い出してみろ」

「あー、ううん……そうだなぁ」

 まいったなと首に手を当てて、カヒトはうつむいた。

(リアノのほかに、いねぇからなぁ)

「どうした」

「具体的な相手ってなると、難しいな」

 ごまかせば、そうかとリアノは納得した。追及されなくてよかったと安堵するカヒトを見つめ、リアノは脚を組んで顎に手を当てた。

(具体的な相手が私しか思いつかないのは、私以外の誰とも性交をおこなっていないということか? いや、まさかな。その時々で遊ぶ程度はしているだろう。遊びだから、具体的な姿を浮かべられないというのなら、試しようがないな。しかし、そうか……私との行為を思い出して、暴走したのか。それほど、興奮をしていたのか)

 襲い掛かってきたカヒトの余裕のない態度や叫びを思い返したリアノの唇に、うっすらと笑みが浮かぶ。

「なんか、思いついたのか?」

「いや……まあ、私のほかに思い当たらないのなら、被害が最小限で済む」

「実験はできねぇけどな。あ、そっか。リアノがどっかに隠れて、俺がまた思い出せばいいのか」

「それだと、紋の変化が観察できない」

「うーん、じゃあ、目隠しでもして、リアノがなにをしているか当てる、とか?」

 発想に感心して、リアノは立ち上がった。

「リアノ?」

「本当に紋が見せるかどうかを調べるだけなら、有効な方法だな」

 目隠し用にタオルを取って、カヒトに渡す。受け取ったカヒトは、リアノの肩の痣を見た。

「飛びかからねぇように、俺を縛ってくれ」

「なんだと?」

「ケガさせるかもしんねぇからさ。部屋のもん、壊しちまうかもしれねぇし」

 ベッドに向かったカヒトは、結界を染ませた布を手にした。

「ちょうどいいや。魔法が利いている布で後ろ手に縛っておきゃあ、時間が稼げるだろ。そんで、リアノはなんだっけ? 紋を打ち消す布ってのを持っておきゃあ、問題ねぇんじゃねぇか」

「体に負担がかかるだろう」

「問題なかったんだから、今回だって大丈夫だろ。あ、具合を見るんなら、脱いでおくか」

 こだわりなく裸身になったカヒトは、ベッドの上であぐらをかくと、目隠しをして腕を後に回した。

「ほら、縛れよ。不安なら、足も縛ってくれ」

「いいんだな」

「俺だって、知りてぇんだからよ」

「わかった」

 うなずいて、リアノは結界を含ませた布でカヒトの手首を硬く縛った。

「足は、縛らなくていいのか? 体当たりするかもしれねぇぞ」

「おまえが不安なら、縛っておこう」

「そうしてくれ。ケガ、させたくねぇからよ」

 タオルがなかったので、薬草を縛るための縄でカヒトの両足首を固定する。

「できたぞ」

「そんなら、ちょっくら集中するから、リアノは離れていてくれ」

「ああ」

 下がったリアノは、案じ顔でカヒトをながめた。ムッと唇を引き結んだカヒトは、眠ったふりをしていたときにされたキスを思い出す。そこから記憶をさかのぼり、しゃぶられた心地よさと秘孔をまさぐられた快感を引き寄せた。

 意識を集中させているカヒトをながめるリアノは、彼より先に興奮してしまいそうだと、緊縛趣味はないはずの自分に苦笑した。視線を感じれば、カヒトは相手がどこにいるのか把握してしまう。なにより、彼を見ていれば、手を伸ばしたくなってしまう。だが、紋の反応を知るためには、見ていなければならない。

(なんとも矛盾しているな)

 細く長い息を吐きだして、リアノは実験用に使っている手鏡があったと、机の引き出しを開けた。背を向けて、これにカヒトを映せばいい。

 手鏡を肩越しにカヒトに向けて、リアノは鼓動をせわしなくさせながら観察した。

 甘い香りが室内に広がっていく。ヘソの下が熱いことで、カヒトはフェロモンが放たれているのだと知った。やはり自分では匂いがわからない。しかし鼓動を打つように熱を発する紋が、確実に誘う香りを生み出していると理解していた。

「リアノ……ああ、見えた……俺に背を向けて、鏡ごしに……視線でどこにいるのかわかっちまうって考えたんだな」

 つぶやいたカヒトは、リアノの表情を、彼の下肢を見たいと願った。頭の中の視点が移動する。

「ずいぶんと険しい顔だなぁ、リアノ。なあ、俺が言っていることは、あってるか? 見えてんだよ、リアノが。なぁ、リアノ……もう、いいか。なぁ」

 これ以上意識を集中させると、また暴走がはじまりそうだ。

「リアノ」

 紋を通じての視界で、カヒトはリアノの陰茎がたくましくなっているのを確認する。自分に興奮しているわけではない。紋の影響で性欲を滾らせているだけだ。

(でも、あれを咥えるのは、俺だ)

 キュウッと秘孔が収縮し、カヒトはニヤリとした。あれが欲しい。奥に深く呑み込んで、思うさましゃぶりつくしたい。内側の肉が濡れて、ヒクッヒクッと淫靡にうごめく。

「リアノ……その、でっかくしているモンで、俺を犯せよ……なぁ、いいだろう? そんなにしてんだし、俺はもうたっぷりと濡れてんだしさぁ」

「カヒト」

 ここまでだと、リアノは手鏡を下ろして振り向いた。甘い香りを放つ紋が、カヒトの陰茎の影に見え隠れしている。ビクンビクンと脈打っているそれを扱き、快感に乱れるカヒトの姿を見たい。手鏡を机に置いたリアノは、彼に近づいた。

「俺の前に立ってるな。リアノ、なぁ、俺はちゃんと“視”えているだろう?」

「そうだな。紋は、獲物と認めた相手を視せる能力があるらしい。私のほかに、対象として実験ができるものがいればいいが」

 言いながら、そんな人間がいてたまるかと、リアノは自分に吐き捨てた。カヒトが強く心に描くのは、自分だけでいい。自分だけがいい。

 言葉と内心を乖離させているリアノに気づかず、目の前にいるのに触れられないもどかしさに、カヒトは身じろぎした。

(リアノ以外に、思い描ける相手なんざ、いるわけねぇよ)

 触れたいのも、触れられたいのも、リアノだけなのだから。

「リアノ、なぁ、触れよ。俺に」

 体が熱い。リアノに触れられたい。戒めを解いてほしい。彼にのしかかって、腰にそびえているものを体内に埋め込みたい。情欲に駆られて、カヒトは体を揺らした。

「もうひとつ、確かめておくことがある」

「え」

 手を伸ばしてカヒトの頬に触れたリアノは、彼の肩に手を滑らせて顔を寄せた。

「紋に精を吸わせれば落ち着くのか、確認しておく」

「ん」

 うなずいて、カヒトは紋の目でリアノの自慰をながめた。肩に触れるリアノの指が皮膚に浅く沈む感覚に心が震える。リアノの欲望の先端が紋に向けられ、カヒトの陰茎とぶつかった。

「んっ、ぁ……リアノ」

「じっとしていろ」

「は、ぁ」

 まつ毛を軽く伏せて自慰をするリアノの姿は、とてつもなく煽情的だった。荒い息を吐いたカヒトは、リアノの理性が壊れてしまえと願った。欲望のままにむさぼりつくされ、リアノの精にまみれたい。体の外側も内側もねっとりとリアノの精を浴びて、彼から与えられる快楽に溺れたい。

 紋の視界は便利だなと、カヒトは脳に直接映し出されるリアノに集中する。目であれば、顔か体のどちらか、あるいは全体的に見ることしかできないが、紋の視界はリアノの表情をありありと、陰茎を扱く手つきも間近でながめられる。

(すげぇ、たまんねぇ)

 腰を揺すって、カヒトは欲を彼に示した。ヒクつく秘孔からはトロトロと液がこぼれている。陰茎も先走りをあふれさせているのに、直接的な刺激は与えられない。

「は、ぁ、リアノ……っ、リアノ」

 触れてほしい。陰茎を扱く手で、自分の欲も彼のものと重ねて握られたい。

「カヒト……体の具合は、どうだ」

「熱い……どこもかしこも疼いてんだ……リアノ、なぁ、わかるだろ? ガマンできねぇ」

「耐えろ」

「ふ、リアノ」

 濃艶な息を吐きだすカヒトの唇に吸いつきたい情動をこらえて、リアノは自慰を続けた。肩に乗せた手のひらから、カヒトの高まる体温が伝わってくる。呼吸のたびに膨らみしぼむ胸筋をわしづかみ、存在を主張している突起を無茶苦茶にしてしまいたい。当たらぬようにしている彼の陰茎を、たっぷりと扱き上げて快感の声を上げさせたい。そして、濡れそぼっているであろう尻に己を突き立てて、グチャグチャにかき回したい。

「カヒト……耐えろ、もう少し……そのまま」

 言いながら、リアノは渦巻く欲望を押さえつけた。自慰をしながら情欲を堪えるとは、なんとも奇妙だと唇を歪める。

「は、ぁ……っ、あ、リアノ……っ、リアノ、なぁ」

「待て……もうすぐだ……っ、く、ぅ」

 訴えてくるカヒトの切羽詰まった艶声にうながされて、リアノは紋に精のしぶきを吹きかけた。

「あっ、リアノ」

 ゾクッと背筋を伸ばしたカヒトは、精の匂いに舌を伸ばした。紋が精を吸うと同時に、頭の中のリアノの姿が霧散する。

「目隠しを外してくれ、リアノ。見えなくなった」

 絶頂を迎えたリアノは、息を整えながら縛られたカヒトをもっと見ていたいと思った。

(いまのカヒトは、私のものだ)

 戒めを解けば、カヒトはまた人々に好かれ、多くの人に笑みを振りまく彼に戻る。

「紋の具合はどうだ、カヒト」

「熱は落ち着いているけどよ……わかんだろ? まだ、治まっちゃいねぇ」

「ああ、わかる」

 怒張している陰茎の先から、タラタラといやらしい液が流れている。なんて情欲をそそる姿なのかと、リアノはカヒトの首に顔を押しつけた。

「リアノ? なん……っ、は、ぁ」

 唇が肌を滑り、指が胸筋に沈んで、カヒトは愛撫がはじまったのだと歓喜に震えた。まだリアノは、調べ終わっていないと考えている。彼がなにを探っているのか知らないが、歓迎すべき状況だ。

(動きを封じているうちに、いろいろと試すつもりなのかもしんねぇな)

 純粋な力の差を考えれば、リアノはカヒトにかなわない。いまのうちにできることを、しておくつもりなのだろう。

「んっ、ぁ……は、リアノ……ぅ、くぁ」

 胸筋を揉まれ、突起を指の腹でくすぐられて、カヒトは声を上げた。胸への刺激をうらやむように、陰茎と秘孔が疼いた。

「ぁ、リアノぉ……っ、ふぁ、あっ、あ」

 舌が乳首に絡む。たっぷりとねぶられて濡れた乳首を指でつままれ、ひねられると陰茎の先から欲液が吹き出した。

「ひっ、ぁう」

「変化は、あるか」

「んっ、いい……から、もっと」

「そうじゃない。紋は?」

「は、ぁ……リアノにぶっかけられてから、ちったぁ落ち着いてるけどよ」

「けど? なんだ」

「すげぇ、ズキズキする」

「痛いのか?」

「違う……もっと、ぁ、やらしいことされてぇ」

「紋にうながされているのか」

(俺がされてぇんだ)

 喉から飛び出しかけた本音を呑み込んで、カヒトはうなずいた。紋のせいにしておかなければ、リアノは離れてしまう。想いを向けていると知られれば、距離を取られるのではないか。

(せっかく、言い訳にできるもんがあるってぇのに)

 台無しにするわけにはいかない。正直な気持ちのままで向き合えない歯がゆさと、伝えられない臆病な自分が腹立たしい。

 しかし、この時間が続くのならと考えているのは、リアノもおなじだった。自由を奪ったカヒトの肌を手のひらと唇で味わいながら、彼をこのまま永遠に閉じ込めてしまいたいと考えている。自分以外の誰も見せずに愛したい。いっそ森の奥深くに堅牢な家を建てて、ふたりでこもって暮らそうか。紋の影響を外に出さないためだと、もっともらしい理由をつけて許可を得て、ふたりきりの生活を手に入れようか。

(魔導士長に願い出て……ああ、いや、そうか。あそこなら、古い魔術の記録が残っている。紋について、わかる可能性が高い)

 思い出さなければよかったと、リアノは心中で舌打ちをした。カヒトの肌をまさぐって、彼に求められて過ごす日々を夢想できなくなってしまった。

(だが、カヒトのためを思えば)

 己の欲に流されてはいけないと、リアノは愛撫をやめてカヒトの目隠しを取った。

「リアノ?」

「紋について、魔導士長に話すつもりでいる。かまわないか」

「なんで聞くんだよ」

「屈辱的な報告もしなければならないからな」

「屈辱? 紋のせいでエロくなったってことか」

「極力、抽象的な表現をする」

「俺の油断が招いた結果だからな。具体的にしゃべってもかまわねぇよ」

 カラッと笑ったカヒトに、こだわりは見えない。

「兵団長としてのプライドがあるだろう」

「そんなもん、あるとしたら守るもんを守れなかったってこと以外は、どうでもいい」

「外聞が悪くなるぞ」

「魔導士長ってのは、口が軽いのか?」

「いや」

「なら、平気だろ。それに、俺が紋をつけられたってことを知ってんのは、俺達だけじゃねぇんだ。オティ団長にもざっくりと説明してあるからな。世間体の悪い話が広まるかもって心配なら、もうとっくにそうなってるかもしんねぇぜ。いまさら気にしたって、しょうがねぇだろ」

 不敵に片頬をゆがめたカヒトは、本心から言っていた。

(たしかに、オティなら話を大げさにして吹聴している可能性が高いな)

 なおさら紋の対処を急がなければと、リアノは気を引き締めた。戒めを解かれたカヒトは手首と足首をさすって、リアノを抱き寄せる。

「っ、なんだ」

「途中だっただろ。だから、相手してくれよ。体、疼いてんだ」

 獰猛さを含んだ艶冶な笑顔に、リアノの欲が刺激される。

「本能に忠実な獣みたいだな」

「本気で忠実になってたら、腰にまたがってケツにリアノを入れてるぜ」

「疼くのか」

「ずっと、疼きっぱなしなんだよ。なんとかなんねぇのか」

「指でなぐさめてやる」

「欲しい場所に届かねぇだろ」

「なら、剣の柄でも突っ込んでおけ」

「げぇっ」

 冗談めかして舌を出したカヒトが笑う。彼が己の剣で自分を慰める姿を想像したリアノは、自分に呆れた。

(いつから私は、特殊な趣向を好むようになったんだ)
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