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第一章 淫紋なんて、知らねぇよ

(よりにもよって、抱かれる側になるなんざぁ、な)

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(どのくらい、カヒトの体が変化しているのかを早急に調べる必要がある)

 リアノは書棚の前に立って、魔物に呪を刻まれた例が載っているものを探した。おなじものでなくともいい。似た事例はないかと背表紙をながめていくが、膨大な本の中からすぐに見つかるわけもない。どうすればいいと焦るリアノの姿は、はたから見れば冷静な態度としか見えなかった。だからカヒトは彼の焦りに気づかない。

「探すんなら、俺も手伝うぜ」

 シャツ一枚の姿でリアノの背後に立ったカヒトは、書棚を見上げた。振り向いたリアノが見上げれば、ニッと白い歯を見せる。

「俺のせいで、迷惑をかけちまってんだしよ」

 人なつこい表情が淫靡に染まる姿を想像し、リアノはめまいを覚えた。軽く頭を振ったリアノに、カヒトが唇を尖らせる。

「なんだよ。俺の手伝いはいらないってことか」

「違う。手伝いよりも……そうだな、探すのは私ひとりでできる作業だ」

「けどよ、こんだけいっぱいの中からってのは、大変だろう」

「おまえがいる間に、できることをするほうがいい」

「俺の体を徹底的に調べるってことか」

「そういうことだ。わかったらベッドに戻れ」

 ちょっとためらってから、カヒトはベッドに戻った。わずかに濡れた太ももの内側がランプの明かりを含んできらめく。なまめかしい光景に、リアノの下肢に血が集まった。

(私が欲情していると知ったら、どんな顔をするだろうな)

 冗談だろうと笑い飛ばされるなと想像して、リアノは彼の鍛え抜かれた肉体の、しなやかなラインをながめた。獰猛な肉食獣の力強さと俊敏さを思わせる、生命力にあふれた美しい体つきは、誰もが手に入れられるものではない。だからこそ人を惹きつける。

 無防備なところもまた、情欲をそそる要因になっているとリアノは彼の豪放磊落な性格に、内心で舌打ちをした。

(だからこそ、私にかまってくるんだろうが)

 愛想のない、研究にしか興味がない人形のような魔導士だと言われているのは知っている。だから人は寄りつかない。馴れ合いが苦手なリアノにとっては好都合だった。だが、カヒトは気にせず遠慮なしに声をかけてくる。彼に「リアノとは親しくしないほうがいい」と耳打ちをする連中がいることも知っている。それでもカヒトは気にせずに、リアノにちょっかいをかけ続けている。

(同情か、幼馴染ゆえか……まあ、どちらでもかまわないが)

 己が心に抱えている気持ちとは別ものだろうと、リアノはシャツのみで下半身はむき出しのカヒトを見た。そういう恰好が劣情をあおるなどとは、みじんも考えていない。作為のなさが危険なのだと、リアノはカヒトのシャツに手をかけた。

「脱げ」

 命じられ、カヒトはシャツを脱いだ。素っ裸になってしまえば、覚悟が固まる。なにもかもリアノを信用して、さらけ出してしまおうと見つめてくる相手を見返した。

「カヒト」

 ささやいたリアノの手がカヒトの首にあてられる。さらりと鎖骨を撫でられて、胸筋の盛り上がりを下から支えるように揉まれれば、胸の芯がむず痒くなった。身をよじりかけ、じっとしていなければと全身に力を込めて耐えたカヒトの筋肉が膨らんで、そのたくましさにリアノは称賛に似た吐息を漏らした。

(まさか、リアノも匂いにやられてんのか?)

 リアノの反応を、カヒトはいぶかしんだ。自分ではわからないが、部下たちは甘い匂いがすると言っていた。それにリアノもやられているのだと、彼の想いを知らないカヒトは眉をひそめる。

「気持ちが悪いだろうが、ガマンしろ」

「そうじゃねぇよ。俺の体から、妙な匂いがするんだろう? だから、よ」

 気遣ってくれているのかと、リアノは苦笑した。

「私よりも、自分を心配すればいい」

「けどよぉ」

「触診をする。素直に答えろ」

「えっ、あ……ぅんっ」

 クリッと乳首を刺激され、カヒトは体を震わせた。両方の乳首を指先でもてあそばれれば、肌が熱くわなないて下肢に血が集中した。ほどなく陰茎が隆起して、先端が天を向く。

「どうだ。気持ちがいいか」

「んっ、妙な気分だ」

「どう、妙だ」

「どうって……っ、は、ぁ、ムズムズして……っ、なんか、痒いっつうか、あっ、その……も、もっといじられてぇって感じがする」

 正直すぎる答えに、リアノの喉が鳴った。見下ろせば、カヒトの陰茎は隆々とそびえている。先端からにじみ出る液体が、ランプの明かりを含んで幹を流れる姿は淫らだった。

「ほかに、なにか感じることはあるか」

 冷静さを装うリアノに、カヒトは首をかしげた。

「よくわかんねぇな。体中が熱いっつうか、ああ、その、見ての通りだしよ」

 照れを交えた苦笑に、リアノの心臓がギュッと絞られる。ドキリと跳ねた心臓をなだめようとしても鼓動は激しさを増すばかりで、カヒトにばれはしないかと不安になった。

(大丈夫だ。こいつは、人一倍どころではなく、鈍いのだからな)

 自分をなだめたリアノは、すぐに彼の陰茎に手を伸ばすのが惜しくなった。もっと、体のあちこちが熱いというのなら、わかりやすい場所以外にも触れて確かめたい。

 ベッドに膝を乗せたリアノは、カヒトを抱きしめるようにして背中を撫でた。

「リッ、リアノ?」

「男に抱きしめられる趣味はないと言いたいのなら、ガマンしろ」

 そうじゃねぇよと心の中でつぶやいたカヒトは、バクバクと緊張している心音が、肌を通じて知られはしまいかと心配した。

(俺に好かれているなんて、思ってもいないだろうからなぁ)

 単なる幼馴染であり、仕事に関する報告や相談ができる気安い間柄としかリアノは思っていないだろう。しつこいと言われても、なんだかんだで相手をしてくれることをいいことに、想いを隠して接しているなど、想像すらしていないに違いない。

(だから、あんまり情けない姿は見せたくないんだけどなぁ)

 けれど反対に、惚れている相手だからこそ信頼して、身を任せられるのだとも言える。リアノが人付き合いを嫌うのは、口下手で不器用な態度で相手を傷つけたくないからだ。彼が優しいことを、カヒトは知っていた。愛想笑いが苦手で、だから不愛想になってしまうだけで、人間が嫌いなわけでも、周囲を見下しているわけでもない。もしもそうなら、研究室に閉じこもって、魔物との戦いに出る兵士たちのために多くの時間を割いたりしない。

(不器用なんだよな)

 リアノの良さを多くの人に知ってもらいたいが、自分だけが知っているという優越感は手放したくない。矛盾していると思いつつ、カヒトはリアノの隣にいられるよろこびを誇らしく感じていた。優秀な頭脳を持つ彼がいるからこそ、兵団長を務めるまでになれたのだとも思っている。彼に恥じぬ人間であろうとした結果が、今の自分なのだ。

 背中を撫で上げられると、ゾワゾワと浮き上がる心地よさに見舞われた。

「ふ、ぁあっ、あ……リアノ……っ、ん」

「どうした」

「ゾクゾクする」

「そうか……では、これは?」

 次は脇腹を撫で上げられて、カヒトは首をのけぞらせた。

「あっ、ふ……んっ、そこも」

「ふん? 過敏になっているらしいな」

「ぁ……はぁ、あっ、リアノ……んっ、んっ」

「なんだ」

「ふ……し、扱きてぇ」

 ビクビクと脈打つ熱が刺激を求めている。袋に溜まったものを吐き出したくて、カヒトはうめいた。素直すぎる告白に、わずかに目を丸くしたリアノの股間がこわばった。

「なぁ……っ、いいだろ?」

 しばらく考えてから、リアノは首を振った。しかつめらしい顔つきで、もっともらしいことを言う。

「まだ、調査は終わっていない。私が触れる。それでいいな?」

 うなずいたカヒトは、下唇を噛んでうつむいた。男の陰茎など、触りたくないに違いない。けれど役目のために、自分を救うためにリアノは触れようとしてくれている。

(悪ぃな、リアノ)

 しかしリアノは、心を弾ませていた。

(まさか、私が不純な動機で言ったとは、思ってもいないだろうな)

 自分の指でカヒトをもっと喘がせたい。たっぷりと焦らして、淫蕩に溺れる顔を見てみたい。欲情にまみれた思考を冷静な表情の奥に抑えて、リアノは指先でクルクルと鈴口の周辺に円を描いた。

「は、ふぁ……あっ、ん」

「気持ちがいいか」

「んっ、けど、足んねぇ」

「耐えろ……どんな反応をするのか、確かめている」

「反応って……イキてぇってだけなんだけどな」

 バツが悪そうに笑うカヒトに、リアノはキュンとした。

「刻まれた紋に変化があるかを調べている」

「ああ、そっか。なるほどな……なら、ガマンする」

 リアノの目に浮かんだ獣欲の揺らめきを、カヒトは哀れみだと受け取った。こんなにも真剣な顔で心配してもらえるのなら、悪いばかりじゃないかもしれない。

(そんだけ、リアノは俺を大事に思ってくれてるってことだもんな)

 任務に忠実なだけかもしれないが、それでも親身になろうとしてくれていることに変わりはない。今までの記憶を振り返っても、リアノが自分に対して、こんなにまっすぐな目を向けてくれたことなんてなかったなと、うれしくなった。

「なにを笑っている」

「ん? いや、妙なことになっちまったもんだと思ってよ」

「油断をした、おまえが悪い」

「わぁってるよ。悪かったな」

 だが、そのおかげでカヒトの体を堪能できると、リアノは彼のうかつさに申し訳なさを抱えつつも感謝した。こんなことでもなければ、カヒトの肌に淫らな手つきで触れることなどできなかった。尻に指を入れたときは、まだ冷静だった。単に触診をするという気持ちだけだった。しかし今は、はっきりと性的な欲望を抱えている。自分の望みを治療という名で実現させようとしていた。

(だが、気づかれないようにしなければな)

 いくら寛容なカヒトでも、性的対象にされているとわかれば離れていってしまうだろう。侮蔑の視線を向けられるかもしれないと、リアノはひそかに自嘲しながら愛しい陰茎に指を這わせた。

「ふっ……っ」

 まつ毛を震わせて、カヒトはなまめかしい吐息を漏らした。リアノの指先が張り出しの裏側をくすぐっている。じりじりとした甘美な刺激に、落ち着かない尻の奥からトロリとあふれるものがある。

(ガキを産める体になっちまったかもしれねぇって、言っていたけどよぉ)

 にわかには信じられないが、濡れるはずのない場所が濡れるのだから、可能性は高いだろう。

「は、ぁ……っ、ううっ」

「どんな心地だ」

「どんなって……んっ、すげぇ、イキてぇ」

 もっと強く握ってほしい。ゴシゴシと擦ってイカされたいなんて、いくらなんでも言えやしない。呪いの紋のせいだとしても、さすがに引かれるんじゃないかと、カヒトは欲を抑え込んだ。

「まあ、そうだろうな」

「ひんっ」

 ピンッと先端を指先で弾かれて、カヒトは細い悲鳴を上げた。筒内のものがわずかに飛び出し、根元の疼きが激しくなった。

「は、ぁ……リアノ……っ、ん」

 憎らしいほどもどかしい指の動きにイライラしながら、それでも彼に触れられているのだとうれしくなる。痛いほどに張り詰めている陰茎に、リアノの細く長い指が触れている。欲望の塊を見られている。

(やべぇ、めちゃくちゃ興奮する)

 荒くなる息を整えようとしても無駄だった。快感を堪えるたびに、腹筋が波打って胸筋が盛り上がり、刺激を求めて乳首が震える。体中、どこもかしこも触れられたくてたまらない。ヘソの下の熱が、リアノの指が動くたびに温度を上げる。

「あっ、はぁ……リアノ、ぁ、俺は、どうなってんだ」

「紋がさらに濃くなっている。異変はないか」

「異変って……その、紋のあるあたりが、すげぇ熱い……っ、んっ」

 それと、とても気持ちがいいと心の中でつけ加えたカヒトは、下唇を噛んでこぶしを握った。

(リアノを押し倒しちまいそうだ)

 尻の奥がわなないて、埋めてほしいと訴えてくる。リアノを押し倒して、乱暴に服を引きちぎり、彼のイチモツを呑み込めば最高に気持ちがいいだろうと想像したカヒトはブルッと震えた。

「カヒト?」

「いや、なんでもねぇ」

(よりにもよって、抱かれる側になるなんざぁ、な)

 苦笑して、カヒトはシーツを握った。外で遊びまわるよりも、本を読むほうが昔から好きだったリアノ。外で遊ぼうと誘っても、木陰で本を読むばかりで、木登りも虫取りも魚釣りもしなかったリアノ。唯一、薬草摘みだけが、共にできた遊びだった。あの時、色々と薬草の知識を教わったことが、任務時に役に立っている。そんな相手に恋をして、どうにかなれるとは思ってもいなかった。ましてや、抱かれる側になるなんて想像もできなかった。

「は、ぁ……んっ、ぁ、リアノ……ぅ、くぅ」

 指の腹で形を確かめるように陰茎をなぞられれば、喉がグウッと鳴った。甘えるネコみたいだなと笑えば、尻の口がキュウッと締まった。

 おなじ遊びがほとんどできなくても、カヒトは昔からリアノが好きだった。自分とは違う彼を尊敬していた。色が白く細い腰をしたリアノはきっと、立派な学者か魔導士になるだろう。彼の役に立つために、危険な場所へ研究材料を取りに行けるほど強くなろう。カヒトはそう考えて、将来の目標を兵士に決めた。

「んぁっ、あ……リアノ……は、ぁあっ、あっ、ぁう」

 彼の一番役に立つものは、自分しかいないと考えてきた。いまでも、そう思っている。

(それなのに、やっかいな迷惑ごとを持ち込んじまった)

 申し訳ないと思いつつ、彼の意識をひとりじめできているよろこびに、心がクスクスと笑っている。

(どうしようもねぇな)

 真剣に案じてくれているリアノに知られたら、きっと呆れられる。呑気なことをと叱られるかもしれない。

(けどよぉ、うれしいもんは、うれしいんだからしかたねぇじゃねぇか)

 口の端を持ち上げたカヒトに、リアノは眉をひそめた。

「なにを笑っている」

「ん、くすぐってぇからだよ」

 乱れた息で余裕を見せるカヒトの笑みに、リアノはめまいを覚えた。なんて強い精神力かと感心する。同時に、彼の性質を利用している自分を嫌悪した。よこしまな考えで彼を焦らしているなどと、知られたら殴られるだろうか。あくまでも調査のために、快感を長引かせていると受け止められているはずだ。

(なんて、愚かなんだ)

 人を疑うことを知らない、純粋無垢なこの男が兵士になると言った時、どれほど驚いたことか。危なっかしくてたまらない。活発で、無鉄砲で、体力がいつも有り余っているような子どもだったカヒト。いまでも変わらない性格は、幼いころの少女のような愛らしさが男らしい体つきになったことで、兵士らしいと言えなくもない仕上がりになった。

 だからといって、心配の種が消えたわけではない。自分よりも他人を優先させるカヒトは、なるほど危険を冒してまでも民を守らなければならない兵士に向いている。兵団長になれたのも、力量もさることながら思いやりのある性格を認められ、慕われているからだ。

(だからこそ、私は)

 他の追随を許さぬほどの魔導士にならなければと気合を入れた。文句の出しようがないほどに優秀な魔導士であれば、カヒトの任務の事後処理や、彼の相談役でいられる。兵士になると宣言されたとき、よりいっそう勉強に身を入れなければと王立図書館に通い、知識を集めてさまざまな魔導士の元へ教えを乞いに出かけた。

(おまえと共にあるために、私が魔導士になったとは、つゆほども考えていないだろう)

 愛しい男の陰茎に指を絡めて、リアノはあふれる液体を塗り広げた。たっぷりと濡れた下生えが、ランプの明かりにテラテラと光っている。指の中の熱はこれ以上ないほどに張り詰めていて、苦しそうだ。それでも爽やかな気配を失わないカヒトの陽性がまぶしくて、リアノは頬をゆがめた。

「リアノ?」

(やっぱ、俺のイチモツをいじくるなんて、気持ち悪いよな)

 興奮の内側で、カヒトは罪悪感に心を冷やした。ふっと視線をそらしたカヒトに、リアノの心がズキリと痛む。

「なんでもない。苦しいか?」

(いくら幼馴染とはいえ……いや、だからこそ、屈辱だろうな)

 幼い頃から知っている相手に、陰茎をいじられて快楽を得るなど、兵団長にまでなった男のプライドを傷つけて当然だ。リアノはカヒトを憐れみながら、それでも指を止めなかった。

 考える間を開けてから、カヒトは言った。

「苦しいっちゃあ、苦しいけどよぉ……なんか、妙な気分だ。ケツがすげぇ、ヒクヒクする」

 予想外の答えに、リアノは目を丸くした。彼が驚く姿なんて、ここ何年も見ていないカヒトも驚く。

「っ、あ……いや、うん……そうか、尻が……そうだな、まあ、そうなっても、おかしくはない」

 しどろもどろになったリアノは、視線をさまよわせた。股間が熱く震えている。座っている彼を転がして、欲望を突き立てたい。

(だが、なにが起こっているのか、まだわかっていないんだ)

 もしもそれで子どもを授かることになれば、どうなるか。自分の欲を満たすために、カヒトを危険にさらすわけにはいかない。

「この紋が、どんどん熱くなってってんのが、原因なんだろうなぁ」

 息を乱しながらも、のんびりと言ったカヒトが腹をさする。うなずいたリアノは、片手をカヒトの肩に乗せて、陰茎を強く握った。

「うっ、はぁ」

「イケば治まるかもしれない。いいな?」

「んっ、頼む」

 いいも悪いも、望んでいたことだとカヒトはうなずいた。もどかしかった愛撫が、はっきりとした刺激に代わる。

「は、ぁっ、ああ……んっ、は、ぁう……っ、リアノ」

「苦しいか?」

「んっ、いい……も、すぐ、出そう……だ」

「遠慮をせずに、出せばいい」

 イク顔が見たくて、リアノはうつむくカヒトの顔を下からすくい上げるように見た。まつ毛を震わせ、快楽に瞳を潤ませる彼の姿に興奮が高まっていく。

「は、ぁ……っ、リアノ……も、イクっ、ぁ、あ」

「イケばいい……ほら、カヒト」

 グッと強く、筒内を絞るように扱き上げたリアノにうながされて、カヒトは顎をのけぞらせた。

「はっ、ぁあああっ!」

 ドクンと陰茎が跳ねて、白濁した液体が吹き上がる。独特の匂いが拡散されて、カヒトもリアノも濃密な精の香りに脳を揺らした。

 天井を向いて、絶頂の余韻を吐き出したカヒトは、ヘソの下の熱がわずかに落ち着いていることに気がついた。

「なぁ、リアノ」

 報告しようと顎の位置を戻して、ドキリとする。頬を紅潮させたリアノの薄く開いた口を見た瞬間、唇に痺れを覚えた。

(キス、してぇ)

 喉を鳴らして、心音を激しくさせながら言ってみる。

「口が、なんか妙なんだ」

 かすれたカヒトの声に、リアノは首をかたむけた。なんて色っぽい声を出すのかと、欲望を疼かせる。

「唇っつうか、口の中っつうか、ムズムズするんだよな」

 こんな言い方でキスをされるとは思えない。だが、触れてはくれるだろうと、カヒトはあくまでも状況を報告している風を装った。

「ちょっと、診てくれよ」

 ふっくらとしたカヒトの唇を見つめて、リアノは悩んだ。彼はあくまで調査治療の一環として、言っている。それなのにキスがしたくてたまらない。指を伸ばしたリアノは、彼の唇をそっとなぞった。

「ふ……っ」

 淡い息が漏れて、指に触れた。ゾクゾクと背骨が震えて、顔を近づける。

「カヒト」

 吐息交じりの呼び声に、カヒトは唇を動かした。

(やべぇ……キス、すげぇしてぇ)

 リアノを抱きしめたくなって、動いた指でシーツを握る。

(ダメだ……そんなこと、しちゃいけねぇ……けど、呪いのせいってことにしたら)

 許してくれるのではないか。

 都合のいい考えがよぎった瞬間、カヒトは耐えられなくなった。

「リアノ」

 自分よりもひとまわり小さな体を抱きしめて、頭突きの勢いで顔を寄せる。驚くリアノの瞳に、心中で謝罪しながら飢えた獣のように、彼の唇をむさぼった。

「んっ、ふ……ううっ、ん、んっ」

 舌を伸ばしたカヒトに、リアノが応える。彼の指が髪に沈んで、首の角度が変わった。拒絶されるどころか、より深いキスをしてくれた。うれしくなったカヒトは、ますますキスに没頭した。

「ふっ、うっ……んむっ、ふ、んぅうっ」

 心を甘く震わせて、リアノはカヒトの口腔を味わった。これは紋のせいだと考えても、よろこびがあふれて止まらない。舌を絡めて乱れた呼気を交換し、心を喰らう気持ちでおこなうキスの激しさに、ふたりは夢中になった。

「ふっ、んぅうっ、う……はふっ、うっ、ん、んぅうっ」

 キュウッとリアノが舌を吸えば、ビクンとカヒトが痙攣した。軽い極まりを迎えた彼に気がついて、リアノは顔を離した。

「は、ぁ……はぁ、は……ふぅ」

「具合は、どうだ」

 濡れた唇に引き寄せられながら、リアノは問うた。潤んだ瞳のカヒトが照れくさそうに言う。

「口ん中で、気持ちよくなれるなんざ、思わなかったな」

 ズクンとリアノの心臓が強く打たれた。気づかないカヒトは、恋しい人とのはじめてのキスを噛みしめる。

(まだ、これからどうなるかわかんねぇけど、悪いばっかの呪いじゃねぇな)

 ヘソの下をさすって、カヒトは目を閉じた。体の奥でなにかを求める声がする。

「どうかしたのか?」

「ん……まだ、満足してねぇみたいだ」

「もっと、イキたいのか」

「ん、うーん……それとはちょっと違うっつうか、すげぇ体が疼くってほどでもねぇけど、物足りないつうの? ああ、そうだ……足りてねぇんだ」

「なにが、足りない」

「そりゃあ、アレだろう」

 自分で言って、恥ずかしくなったカヒトはニヤニヤした。

「なんだ」

「あの魔物は、人を食うためにフェロモンまき散らして、男どもを誘惑してたんだろ? そんで、疑似餌の女と男がヤッてる間に、食ってたんだよな」

「報告では、そう聞いている」

「だったら、そういうことじゃねぇのか」

 ハッとしたリアノは、まじまじとカヒトをながめた。

(まさか、私に抱けと言っているのか)

 そんなはずはないと即座に打ち消したリアノの胸に、期待が居座っている。決定的な言葉がカヒトの口から出てこないかと待つリアノの硬い表情を、カヒトは拒絶と受け取った。

(そうだよな、そりゃそうだ。こんなゴツイ男なんて、抱きたくねぇよな)

 しかしせめて、リアノの肌に触れたかった。自分ばかりが気持ちよくなって、リアノに返せていないのが心苦しい。

(いや、俺がしてぇんだ)

 気持ちよくなってもらいたい。自分の手で、リアノに快楽を味わわせたい。だが、どうすればいい。呪いの紋のせいにしたとして、強引に迫るのは気が引ける。

「うーん、けど、すげぇ辛いってわけじゃねぇから、時間が経てば落ち着くかもな」

 ごまかせば、リアノの表情がゆるんだ。それが落胆のためだとカヒトは気づかない。安堵されたのだと、切なくなった。

(やっぱ、イヤだよなぁ)

 吐息をこぼして、カヒトは部屋の隅にあるテーブルに顔を向けた。ころりと小さな濃い紫の球体が、ランプの明かりを反射している。

(やっかいなもんを、着けられたもんだ)

 カヒトの視線を追いかけて、リアノは振り向いた。

(魔物の特性を、もっと深く調べなければ)

 自分の気持ちがカヒトに知られてしまう前に、ふたりの関係が壊れてしまう前に、なんとかしなければ。

「とりあえず、今日のところはこんなもんでいいか?」

 切り上げ時だと気がついて、カヒトが言う。

「そうだな。少しずつ様子を見ながら調べるほうがいいだろう」

 名残惜しさを隠して、リアノはいつもの表情を作った。

「じゃあ、とりあえず帰ろうぜ」

 ベッドから下りたカヒトは、シャツをタオル代わりに体を拭いて、ズボンを穿いた。

「先に帰っていろ。私はまだ」

「調べるのは、明日にすりゃいいだろう。ちゃんと寝ねぇと、まとまるもんもまとまんねぇぞ」

 放っておけば徹夜しそうだと、カヒトはリアノの腕を掴んでニッと笑った。グッと言葉を詰まらせたリアノは、やれやれと息を吐く。

「わかった。だが、片づけくらいはさせろ」

「ん」

 放したカヒトは手のひらに残るリアノの熱を、リアノは離れたカヒトの手の熱さを意識しながら、室内の空気に交じる性の残香に顔をゆがめた。
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