上 下
18 / 80

フェリスの頬を、花を挿した手で撫でてリューイがにっこりと笑う。

しおりを挟む
 遠慮がちにガラス戸がノックされる。顔を向けると、逆光の中で手を振る人影が見えた。ソファから立ち上がり傍に寄れば、バスケットを手にしたリューイが

「まだ少し早いけれど、庭を歩いてから、お昼にしようと思って」
 約束どおりに訪ねてきた。フェリスは、庭に出るのだからと与えられたドレスの中で一番シンプルなものを選び、髪をひとつに編んで用意をしていたが、本当にリューイがくるのかどうかを疑っていたので、顔をほころばせた。

「何か、私が持っていくものは、あるかしら」

「草花を愛でる心さえあれば、大丈夫」
 さあ、とリューイが手を差し伸べてフェリスが手を添える。ガラス戸を越えて草の上に降り立つと、あるかなしかの風に緑の香りが含まれてフェリスを包んだ。思わず深く息を吸いこんだフェリスの姿に、リューイの目がまぶしそうに細められる。

「おいで……フェリス」

 指を絡めて手を引かれ、柔らかな草の上を進んでいく。日に照らされた緑がまぶしいほどに輝いていた。開放感に心が浮き立ち、足取りは軽くなる。

 見事に選定された庭の低木には白い花が咲き、はちみつのように甘い香りを漂わせている。見たことも無い花に顔を近づけ、レースを集めたドレスのような姿に吐息を漏らした。

「きれい」

 うっとりとつぶやいたフェリスの横から手が伸びて、花を一輪ほろりと枝から奪うと彼女の髪に挿した。え、と顔を上げたフェリスの頬を、花を挿した手で撫でてリューイがにっこりと笑う。

 ぽわ、とフェリスの頬が赤く染まった。

「行こう」

 手を取られて再び歩きはじめる。高い庭木の傍を抜けると、噴水が見えた。

「わぁ……」

 スアル王国には、噴水は無かった。城内の庭に添えつけられている池に小さな滝があり、水が落ちる姿は見たことがあるフェリスだったが、水が空に向かって吹き出すところを見るのは初めてで、こぼれるほどに目を開く。言葉を失うほどに驚き、動きを止めてしまったフェリスの姿にリューイは控えめな自慢をにじませた。

 噴水を凝視したまま、フェリスは夢の中に居るような足取りで進んでいく。噴き上がった水が上げるしぶきが顔にかかるほど近づき足を止め、呆然と眺める。空に向かう水がこぼれ、きらきらと日の光を含んで舞う姿は現実とは思われず、フェリスは両手を伸ばして弾ける水に触れようとした。

「危ないッ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...