妖育―忠義の果てにー

水戸けい

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再会

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 蜜酒を飲みほしたリュドラーは、口から象牙の器を抜かれると、ぼんやりとした目で中空を見つめてうつむいた。

 淡い快楽の衣をまとっているようだ。胸の尖りと脚の間にだけ、それが強く巻きついている。痛むほどに脈打つ下肢は、刺激を求めて蜜を垂らし続けていた。意識は淫靡なうずきに滲み、呼気は浅く短かった。

「……はぁ、はぁ」

 自分の呼吸音が頭蓋に響く。人の気配が動いて、象牙の器を持っていたものが背後の従僕と入れ替わった。胸に先ほどとは違う指が置かれる。さっきまでの指は皮が厚く、力仕事などをしている者の手だったが、今度の指は絹のようになめらかな肌をしていた。

「はっ、ぁ、あ……、あ」

 クルクルと色づきをなぞられて、リュドラーはわなないた。性欲に満たされた体は、より強い快感を求めながらも、与えられないわびしさに慣らされていた。数時間におよぶ淡い愛撫は、拷問よりも深い部分に無力感を植えつける。なによりも、抵抗をしてはトゥヒムに対する庇護を失うことになるという意識が、リュドラーのプライドを蝕む効果を高めていた。

 騎士としての矜持と、それとは真逆の淫靡な堕落。

 そのはざまに置かれて、炭火でじわじわと調理される肉のように、リュドラーは淫らな熱にあぶられている。

「っ、ふ、ぁ……、んっ、ぅう」

 色づきをなぞっていた指が、尖りをつまんだ。指の腹でつぶされて、小刻みにリュドラーの体が揺れる。逃れようとしているのか、もっともっとと求めているのか、リュドラーは自分でもわからなくなっていた。

 ただ、心地いい。

 けれど、もどかしい。

「ふっ、あ、ああっ、あ、あ……」

 尖りをねじられて、リュドラーは背をそらした。

 壁に向かって訴える姿勢になる。

 覗き穴から見ていたトゥヒムの心と股間が、ドクリと強く脈打った。

「は、はぁ、あ……、あ、ああ、あ」

 リュドラーがだらしなく唇を開き、舌先を覗かせあえいでいる。鋭利な刃物のように知性の輝きをたたえていた瞳が、淫らな熱に濡れている。潤んだ瞳はどこも見ておらず、鼻からは甘い悲鳴が漏れていた。

 ――彼が君の足元でひざまずき、口を開いてしゃぶるんだ。

 想像をしてみたまえと、サヒサの声がトゥヒムの理性を揺さぶった。

(リュドラーが、私を……)

 あの唇でしゃぶられる。ちらりと覗く舌の上に、熱くなっている男の証を乗せて、リュドラーにしゃぶらせる。

「っ……」

 熱い息の塊がトゥヒムの胸から漏れた。

「いきなり交合というのも気がはやい……。彼はまだ、充分に秘孔の訓練を受けてはいないからな。まずは彼にしゃぶらせてみてはどうかね」

「わ、私は……」

「象牙の器だけでは、訓練には不十分だ。無垢な唇を君にまず汚してもらおうと思うのだが、どうだろう。――君が辞退をするというなら、適当な従者をあてがい、しゃぶらせるが。それをながめているほうが、いいかね?」

 サヒサが優しい笑みを浮かべる。トゥヒムは唇を引き結んだ。

「彼も、見ず知らずの男のものが初体験になるよりも、その身を堕としてでも守ると決めた、大切な主のものをくわえるほうが、ずっと心が救われるはずだがね」

「――そういう、ものだろうか」

 トゥヒムの声が迷いに揺れる。極上の笑みを浮かべて、サヒサはトゥヒムの手を取った。

「そういうものだ。――君は、リュドラーがはじめてしゃぶる相手が、自分以外でもいいと思えるかね」

 まっすぐに瞳の奥を見据えられ、トゥヒムは眉根を寄せた。苦悩するトゥヒムに、サヒサは砂糖菓子のように甘い誘惑を与える。

「リュドラーの唇を、はじめて犯す人間になりたくはないか」

 ブルッとトゥヒムは体を震わせ、サヒサの視線を受け止めた。

「それで、リュドラーの気持ちをわずかでも軽くできるのなら」

 サヒサは猫のように目を細めた。

「もちろん、軽くなるに決まっている。どこの誰とも知らぬ相手のものよりも、命よりも大切な主のもののほうが、抵抗感は少ないからな」

 トゥヒムはうなずいた。サヒサが従僕に目配せをする。トゥヒムは足の傷が悪化しないよう、従僕に抱えられて移動した。

 隣室にトゥヒムがいるとは夢にも思わないリュドラーは、従僕の巧みな指使いに断続的な嬌声を上げていた。

 扉が開き、気配が三つ現れる。壁の向こうの気配が消えたので、見学していた者たちだろうと判断したリュドラーは、苦々しく唇をゆがめた。

 これほど淫らに肌をわななかせていながらも、理性は完全に失われてはいない。

 いっそ消滅してくれと、リュドラーは責め苦に股間をうずかせた。もういい加減、イかせてほしい。思考が絶頂への望みで埋め尽くされそうだ。

「従者たちの指使いはどうだね、リュドラー」

 予想通りのサヒサの声に、リュドラーは上気した頬を皮肉にゆがませた。

「っ、見ての……、とおり、だ」

「ふむ」

 サヒサはリュドラーの下肢をながめた。

「ずいぶんと濡れているな。座面に水たまりができている。この様子だと、ずいぶん前から絶頂を与えてほしくてたまらなかったんじゃないのかね」

 そのとおりだと答えられるほど、リュドラーは堕ちきってはいなかった。解放への渇望が腰のあたりに渦巻いてはいるが、懇願するほど理性を失ってはいない。

 サヒサが指を鳴らすと、従僕の指がリュドラーの胸から離れた。とたんに切なさが湧き上がる。刺激を求める自分の肌を忌々しく思いつつ、リュドラーは顔をうつむけた。

 手の戒めが外されて、リュドラーは感覚の失せた手をだらりと脚の間に垂らした。目の前に、隆々とそびえている濡れた己の陰茎がある。いますぐ掴み、しごきたい。その情動を必死に抑えていると、イスから床に下ろされた。

 ぺたりと座り込んだリュドラーを、トゥヒムは従者に抱かれたまま見下ろした。

(リュドラー……)

 間近で見るリュドラーの姿に、トゥヒムの股間は興奮でキリキリと痛んだ。覗き穴から見るよりも、強烈な刺激がある。隅々までじっくりと視線と指先で観察し、甘美な声を上げさせたい。

 そんな思考に捉われたトゥヒムは、リュドラーのしたたりが拭われたイスに座らされた。ここでリュドラーが乱されていたのだと思うと、自然と息が荒くなる。

 背後にトゥヒムがいるとは夢にも思わないリュドラーは、これからなにをされるのかと身構えた。

(どんな要求でも、受け入れる)

 トゥヒムを守るためならばと、泡立つ肌に気合を込める。

「さて、リュドラー」

 床を見据えるリュドラーの視界に、サヒサの靴先が入った。

 顔を上げたリュドラーに、サヒサは不気味なほど柔和な笑みを向けた。うっすらと汗ばんだリュドラーの額に張りつく、こげ茶色の髪をかきあげて額をあらわにさせながら、サヒサは顔を近づけた。

「何度も象牙をしゃぶって、だいたいの具合はわかっただろう。次は、ほんものの肉と欲液を味わってもらうとするよ。――性奴隷としての、はじめての奉仕だ。相手は、君の背後にいる」

 リュドラーの広い背中を見つめるトゥヒムは、頭が割れそうなほど興奮した。

(相手が私だと知ったら、リュドラーはどんな顔をするだろう)

 快楽に苦悶するリュドラーの表情を意識に描き、トゥヒムは体を硬くした。

 リュドラーは意識の端で考える。

(おそらく、サヒサの商売相手だろう。――俺の知っている相手だろうか)

 知っている顔だとしても、関係ない。覚悟を決めておこなうまでだ。

「さあ、振り向いて相手を見たまえ」

 リュドラーはゆっくりと振り向いた。

 ゴクリ、とトゥヒムが喉を鳴らしてこぶしを握る。

 ふたりの視線が重なった。

 リュドラーの目がゆっくりと、こぼれんばかりに開かれる。

「……トゥ、ヒム…………様」

 リュドラーの渇いた声に、トゥヒムは悲しい顔でほほえんだ。

「君がはじめてしゃぶる相手だよ、リュドラー」

 サヒサの声が、リュドラーの意識に響いた。
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