暁光の王と漂着した私

水戸けい

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第3章 当惑と模索

3.

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 今宵クラベスは来るのだろうかと、胸をわななかせていたカナミの心臓は、扉の開く音に跳ねた。弾んだ心臓につられて立ち上がったカナミに、クラベスが恥ずかしそうに小首をかしげて笑みを浮かべる。

「……共に眠っても、かまわないか」

 ふわりと頬を赤く染めて、カナミはうなずいた。喉元までせりあがってきた、来ないかと思った、という言葉を呑みこんでベッドに腰かけると、クラベスが近づいてくる。

「昨日は驚いただろう」

 肯定とも否定とも取れる動きで、カナミは首を動かした。驚いたが、そう伝えてクラベスを気まずくさせたくない。

 そんなカナミの気遣いを察したらしく、クラベスはカナミの髪を軽く指で梳き、指に絡めて唇を寄せてからベッドに上がった。

「今日は、なにをして過ごしていたんだ」

「部屋の中にいてもしかたがないから、スルドさんのところに行っていたの。……ちょっとだけ庭を散歩して、カバサが迎えにくるまでずっとあそこにいたよ」

「そうか」

 明日、パンデイロに連れられて町に出ることは内緒にしておかなくてはと、カナミは言いたい気持ちを封じ込めた。クラベスも行きたがるだろうから秘密にするようにと、パンデイロに言われている。

「ねえ、クラベス」

「ん?」

「その……、今日は忙しかったんだね。お昼、来なかったから」

 そのおかげで、パンデイロと町へ行く計画をゆっくりと立てられた。クラベスに隠れてコソコソとしている後ろめたさと、純粋に来なかった彼を残念がる気持ちとを半々に出すと、クラベスはちょっと迷って「きまり悪かったから」と目を伏せた。

「昨夜、あんなふうに出て行ってしまっただろう。だから……」

 苦笑するクラベスに、カナミは触れたいと思った。彼の心に彼自身が作り出したわだかまりがある。それをなごませたいと、カナミは湧き上がった情動のままにクラベスに手を伸ばして彼の髪に触れた。

 ふわりと指に触れたやさしい手触りに、カナミの胸が愛おしさとせつなさに詰まった。おだやかなほほえみが、泣きたいくらい愛しくてたまらない。どうしてこれほどクラベスに想いを寄せてしまっているのか、自分自身でもとまどうほどにカナミはクラベスを愛してしまっていた。

「カナミ? どうした」

 なんでもないと言おうとして開いた唇は、震えるばかりで音を出さなかった。しゃべれば、苦しいほどに心を苛む愛しさが、涙となって瞳からあふれてしまう。そんな確信を持つカナミのうるんだ瞳に、クラベスは悲しく眉をひそめた。

「私の仕打ちが、カナミにそんな顔をさせているんだな」

 違う、とカナミは首を振った。そうじゃない。そう言いたいのに、言葉が喉につかえている。音にできないのならばと、カナミはクラベスに顔を寄せて、そっと彼の唇に唇を押し当てた。

 クラベスが静かに驚く。想いが伝われと、カナミはふたたび唇を寄せた。クラベスの手がカナミの頭を支え、片腕が腰に触れる。しなだれかかる恰好になったカナミはクラベスの肩に手を乗せて、彼の唇をついばんだ。

「……カナミ」

 かすれたクラベスの息に、カナミはほほえむ。泣きそうなくらい好きなのだと、瞳に浮かべて。

「ああ……、カナミ」

 愛しい、とクラベスの息が伝えてくれる。彼もおなじ想いでいてくれているとわかり、カナミは喜びを全身に浮かべて力を抜き、クラベスの胸へと落ちた。クラベスの腕が、しっかりとカナミを包む。

 なんてすばらしい時間なんだろうと、カナミは感激に弛緩した。

 カナミはただのカナミとして、クラベスはただのクラベスとして、ここにある。なにがどう作用したのかはわからないが、むき出しの魂が寄り添っていた。

(クラベスが王じゃなくても、どこの誰だったとしても、きっと私は惹かれてた)

 確信したカナミは、自分をさらった高波は、クラベスに出会わせるための神の采配だと思った。そうでなければ、魂が奮えるほどに熱い想いをクラベスに感じはしない。クラベスもきっとそうだろう、そうであってほしいとカナミは願った。

 ほかの誰でもない。カナミだからこそ、クラベスは愛してくれている。

 それが知りたくてカナミが顔を上げると、愛しさをにじませたクラベスの瞳に見下ろされた。魂ごとくるむ慈愛に満ちた輝く瞳に、カナミは恍惚の吐息を漏らす。それをクラベスの唇が拾った。

「カナミ。――私は、どうかしてしまったらしい」

 どういうこと、とカナミが目顔で問うと、クラベスは幸福に目元をとろかせた。

「まだなにもカナミのことを知らないというのに、愛おしくてたまらないんだ。……そんな言葉さえ、陳腐に思えるほどに」

「クラベス」

 私も、と言いかけた唇が想いを乗せた唇にふさがれる。カナミは目を閉じ、クラベスの温もりと香りを味わった。唇が角度を変えながら幾度も重なり、甘くて淡い痺れを覚える。わずかも離れていたくなくて、カナミはクラベスの頭を腕に抱えるようにして、彼の唇を求めた。

「んっ、んん……、んっ、ふ……、ぅ、クラベス」

「カナミ……、愛しい人」

 強すぎる想いは、悲しみにも似たせつなさを湧き起こす。あふれる想いをもてあまし、ふたりは泣き笑いのように顔をゆがめて唇を重ね続けた。

 やがてクラベスの唇がカナミの顎を滑り、喉を通って鎖骨に触れる。薄絹のナイトドレスの肩がずれて、乳房の上部があらわとなった。ゆっくりと押し倒されたカナミの黒髪が、真っ白なシーツに不可思議な模様を描く。それに目を細めたクラベスの手が、ずれたドレスを引き下ろした。胸のいただきにドレスが引っかかり、カナミは期待に尖っているそこを自覚した。

「クラベス」

 下唇を軽く噛んで羞恥を堪え、カナミはクラベスのシャツのボタンに指をかけた。ひとつひとつ、震える指先で外すカナミを、クラベスが幼子を見守る親のような顔で見つめる。

 開かれたシャツの奥に、想像するよりもずっとたくましい胸筋が現れた。カナミは手のひらをクラベスの胸に這わせて、しなやかな筋肉におおわれた彼の肌を確かめる。クラベスの肩からシャツがこぼれて、力強い肩と二の腕が現れた。

 ほう、とカナミは息を漏らす。柔和な態度と着衣の姿から、華奢なイメージを持っていたが、それは彼がムダのない筋肉をまとっているからだった。

 なんてキレイな体なんだろうと、カナミはうっとりすると同時に、平凡すぎる自分の容姿が恥ずかしくなった。

「カナミ?」

 さきほどまで大胆にクラベスの肌に触れていたカナミが、いきなりモジモジしはじめたので、クラベスは首をかしげた。

「どうしたんだ」

「……なんでも、ない」

 やさしく問われても答えられるものではない。羞恥に身を縮ませていると、クラベスの唇があやすようにカナミの髪や額、頬に触れた。

「私にも、カナミの肌を見せてほしいな」

「ひゃっ」

 息の甘さにちいさな悲鳴を上げると、クラベスがクスクスと耳元で笑う。それすらも淡い官能をカナミから引き出す、蠱惑的な刺激になった。

 クラベスの手がナイトドレスの裾を引く。引っかかっていた布に胸先を弾かれて、カナミは喉奥でちいさくうめいた。揺れた乳房をクラベスの手に包まれて、やわやわとこねられながら乳頭を口にふくまれると、羞恥が快感に押しのけられる。

「ふっ、ぁ……、クラベス」

 目を細めて胸の色づきに甘えるクラベスに、カナミの心が熱くなる。指先で彼の紫のクセ毛をまさぐると、心地よさげにほほえまれた。つられて笑みを浮かべたカナミは、しっとりと紡がれる淫靡な刺激に身をゆだね、ゆるゆるとした愛撫に意識をたゆたわせた。

「ぁ、あ……、ふ、んぅ……、ぁ」

 ジワリジワリと湧き上がる劣情が、カナミの肌を粟立たせる。さざ波に似た快楽はカナミを浸し、眠りに入る直前のような浮遊感をもたらした。

「ぁ……、クラベス」

 ほんのりと下肢に湿り気を感じたカナミは、クラベスはどうなっているのかと気になった。乳房に伏せられていたクラベスの顔が持ち上がり、なまめかしく高揚している目じりを見たとたん、カナミはブルリと大きく震えて下肢を濡らした。

「っ、あ……」

 耳まで赤くしたカナミの頬に、クラベスの手が添えられる。

「大丈夫」

 ささやきにうなずき、キスを受け止める。クラベスの手がドレスをまくりあげ、恥丘に触れた。下生えをまさぐられ、秘裂をそっとなぞられたカナミの背中を、ゾワゾワと快楽が這い上る。息を詰めたカナミをほぐそうと、クラベスは丹念な指使いで女の花をまさぐり愛でた。

「っ、は、ぁ……、ぁ、クラベス」

「私に身をゆだねて。――大丈夫、カナミ。怖くないから」

 怖いのではなく、恥ずかしいのだと言いかけてやめる。どちらにしても、クラベスがほぐしてくれるとわかっているから。

 カナミはうなずき、クラベスの首に腕を回した。女の花はたっぷりと蜜を浮かべてクラベスの指を濡らしている。クラベスは指の動きを大胆にして、蜜道を掻きまわした。

「んぁ、はっ、ああ……、あっ、クラベス、ああっ……」

「……カナミ」

 水音が響くほどカナミを乱しながら、クラベスは熱っぽい息を吐いた。

「カナミ、すまない」

「――え? きゃっ」

 謝罪を受け止めるよりはやく、カナミはうつぶせに転がされた。腰を高く持ち上げられて、クラベスにのしかかられる。尻に硬く熱いものを感じて、カナミの心臓は跳ねた。

(これ、クラベスの……)

 いよいよ繋がるのかと、カナミは目を閉じ衝撃を待った。しかしクラベスはカナミの腰に腕を回し、秘裂にふたたび指を沈めて広げると、熱杭の先を花芯に当てた。

「カナミ」

 熱っぽく詰まったクラベスの声は苦しげで、濡れた下肢に触れる熱から彼がたぎっているのだとわかった。しかし、彼の角度は蜜道に入るそれではない。疑問を浮かべたカナミは、彼の律動に答えを知った。

「ひぁっ、あっ、ああ……っ、あ」

 クラベスが秘裂に熱杭を添わせて動くと、先端に押しつぶされた花芯が胎内に刺激を走らせ蜜液を引き出す。擦られる女の花がクラベスの情熱に絡み、そこではなく蜜道にほしいと招くのに、クラベスは角度を変えない。濡れた音が室内に響き、心地いいのにもどかしい。カナミは無意識に腰を揺らして、本能の望む場所にクラベスを求めた。

「っ、ダメだ……、カナミ、まだ……、その時期じゃない」

 切れ切れのクラベスの声は、彼も必死にガマンをしているのだとカナミに伝えた。それにいっそう劣情をあおられたカナミは、嬌声を上げながら体を揺らす。

「ああっ、あ……、クラベス、ああ、欲しいの……、っ」

 はしたないという意識はまったくなかった。ただひたすら、クラベスと繋がりたい。それだけを望むカナミの姿に、クラベスはますます勇躍する。

「くっ、カナミ」

「ああっ、あ、ああ――っ!」

 花芯に熱いものが吹きあたったと感じた瞬間、カナミの奥が白く弾けた。満たされなかった胎内から、多量の愛液があふれて落ちる。それがクラベスの熱杭を濡らし、彼の放った情愛の蜜と絡んだ。

「は、あ……」

 グッタリと弛緩したカナミのうなじに、クラベスの唇が触れる。

「まだ……、正式の妻としてカナミを披露するまでは、まだ」

 自分に言い聞かせるクラベスに、カナミは気だるい唇を動かした。

「気にしなくてもいいのに。――ラチェットさんに、止められているから?」

 私は繋がりたかったと言外に匂わせれば、頬にキスをされた。

「正式に認められないまま繋がれば、カナミに迷惑がかかるとラチェットはわかっていたんだ。浮かれた私は、そこまで気が回らなかった。――もしも諸侯が認めなければ、カナミはただの囲い者として扱われる。そんなことにはしたくない。けれどカナミに触れないではいられない。……矛盾しているとは自覚している。こんな私を、カナミは嫌いになるだろうか」

 ううん、とカナミは吐息で答えた。

「クラベスがクラベスなら、それでいい。嫌いになんて、ならないよ」

 安堵と感激を含んだクラベスの息が、カナミの唇をくすぐる。

「カナミ」

「うん」

 キスを返したカナミの指に、クラベスの指が絡む。彼もおなじ気持ちだと、指先から伝わった。

 気だるい恍惚に誘われるまま、カナミはまぶたを閉じた。

 クラベスの香りと温かな肌に包まれて、満ち足りた心地で夢の世界へと落ちていく。
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