AIとエゴ

水戸けい

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後半

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 変な店、つまり性的サービスなんかを提供する所ではないかと警戒をしてみたが、逸見さんは「それはないよ」と即座に否定した。

「そういうことは、うちは認めていないから」

 どうだか。まあ、でも興味があるので見てみたいから、行くことにする。こういう機会はめったに訪れないから、くすぐられた好奇心が止まらない。普通は、ここで危険を察知して逃げ出すんだろう。それとも、流れで階段を上ってしまうのか。

 私以外の誰かについて、つらつらと考えながら階段を上る。逸見さんは私の後。逃げられないよう、背後を抑えているってことかな。

 お店のドアはナチュラルな色合いの木枠にガラスをはめ込んだ、ちょっとこじゃれたカフェっぽいものだった。真鍮の取っ手をひねれば、ジャズミュージックが耳に触れた。

「いらっしゃいませ……あれ? ああ、逸見さん」

 出迎えてくれた人は、白いシャツに黒いズボン。ハーフエプロンを身に着けた、いかにもカフェの店員ですと言いたげな格好の青年だった。瞳の色は青色で、髪は黒。石鹸の匂いがしそうなほど、さわやかな笑顔をしている。この人も、まあまあイケメンだ。というより、逸見さんによく似ている。

「ただいま、倉石。新しいバイト候補の子を連れてきたんだ」

 倉石さんが私の全身を確認して、軽くうなずく。納得をしたっていうより、合格だと言っているみたいだ。

「それじゃあ、奥へどうぞ」

 猫耳を着けた女の子が振り向いて、視線が合った。ふんわりと毛先を巻いた栗色の髪の、ちょっとキツ目な雰囲気のある女の子。その前には、五十代くらいの男性が座っている。テーブルの上にはカップとグラス。男の人のお腹が、テーブルの端にくっついている。

 にこっとされて、手を振られたから真似をした。

 スタッフオンリーと書かれたドアを開けて、中に入る。そこにいた女の子は三人で、全員が猫耳を着けていた。

「あ、お疲れ様でーす」

 気だるげに声をかけてきたのは、黒髪ショートの女の子。それに続いて、ポニーテールの子と、ハーフアップの子も挨拶をした。

「うん、お疲れ」

 逸見さんが返事をして私が会釈をすると、彼女たちは興味を失ったらしく自分たちの手元に視線を落とした。皆の手の中にはスマコンが収まっている。サイズは色々あるけれど、まあ、簡単に言えば手のひらサイズのパソコンで、通話も可能な機械だ。四角い板状のものもあれば、腕時計タイプ、眼鏡タイプなんていうものもある。一般的なのは四角い板状のもので、彼女たちが持っているのもそれだった。私が持っているものは、腕時計タイプだ。画面はとても小さいけれど、カバンから取り出したりせずに、すぐに操作ができるところが気に入っている。

「それじゃ、ここに座って」

 奥のテーブルを示されて、ソファに座った。座り心地は悪くない。

「何か飲む?」

 首を振れば、「そう」と言われた。テーブルの上にデジタルボードを置かれて、専用ペンを差し出された。

「ええと」

 画面には、個人識別番号と顔登録の電子書類が表示されている。

「これにサインをするだけで、契約は完了だから」

 サインをすれば、自動的にカメラが顔認証をして、スマコンに入っている個人識別番号を自動で読み込み、一瞬で履歴書登録が完了する、政府公認の雇用画面だ。つまり、この店は合法で真っ当なお店の証拠ということになる。

「いえ、でも私、まだ働くって決めたわけじゃないですし」

「気楽に考えてくれていいんだ。シフトが分かればそれが一番いいんだけど、そうじゃなくても自由に、自分の好きな時間帯に来てくれればいい。ここにいる間は、お店の飲み物は好きに飲んでくれていいし、食事メニューは、好きなだけとは言えないけど、食べてもらってかまわない。ちょっとしたカフェに行って、ついでに仕事をするって感じの、のんびりした職場だよ」

「何をするのか、全然教えてもらってませんし」

「さっき、見ただろう? あんなふうに、お客様と話をしてくれるだけでいいんだよ」

「猫耳を着けて、ですか」

 眉根を寄せると、何もおかしいことは言っていないのに、逸見さんは軽く声を立てて笑った。

「そうそう。あれだね、コンセプトカフェっていうやつだね。ネコカフェとガールズカフェを混ぜているんだ」

「……はぁ」

 趣旨はわかるのだけれど、そんな店が儲かるのかと不思議になる。しかも、シフト制じゃなくて、好きな時に出勤できるっていうのが、疑問すぎる。

「世の中、アンドロイドと人間が、ごちゃまぜになっているだろう?」

 身を乗り出して、逸見さんは真剣なトーンで語りだした。肘をついて、指を組んで、そこに唇を当てている。映画やドラマなんかで見る、重要なことを発言する重役のポーズだ。

「技術はとても進化して、ぱっと見では人かアンドロイドかわからなくなっている。色々な分野の研究の成果が詰め込まれているからね」

 それは誰もが知っている。人工知能とか、ロボット技術とかだけじゃなくて、医療の研究の成果なんかも使われて、リアルなアンドロイドが誕生して、普及した。だけど重さだけはどうしようもなくて、ぱっと見でわからなければ、体重計に乗せればいい、なんてことが言われるくらい、アンドロイドと人間は同じ空間で同じように生活をしている。

 さっきいたコーヒーショップには、人間用のメニューと、アンドロイド用のメニューがあった。それが当たり前になっているくらい、アンドロイドは普通の存在だ。

「だからこそ、人と人との交流というか、そういうものが求められているんだ」

 きょとんとしてしまった。まさか、こんな場所でそんな話をされるなんて、想像もしていなかった。

「人工知能は、いくら人間に似せていると言ったって、あくまでも人工知能でしかない。生身の人間ではないんだよ。わかるだろう? それはプログラミングの結果であって、本当の人間同士のやりとりとは、ほど遠い。ぬくもりが感じられないんだ」

 声をワントーン落としたのは、引き込むため。共感を無理やりにでも引き出そうとして、逸見さんは真剣な姿を演出している。

 ぶっちゃけ、そんなことを言ったら介護の現場はどうなるのだと、突っ込みたくて仕方ない。介護や医療の現場では力仕事が大変で、だからロボットを導入しようということになって、開発が進められた。介護・医療用のアンドロイドが発達して広まったから、身近にアンドロイドのいる生活に繋がったんだと小学生のころに誰もが習う。ああいう仕事こそ、人との繋がりやぬくもりが大切だと言われているのに、一番アンドロイドを求めている業界の根本を否定する発言を真面目な顔で言ってのけるなんて。

 最後まで聞きたかったので、思っていることを顔に出さずに、真剣に聞いているフリをする。

「だから、人は人らしい交流を求めている。プログラムされた、望む答えを与えてくれる人工知能ではなくて、予想とは違った反応をしてくれる人間とのコミュニケーションを欲しているんだ」

「それと猫耳と、どう関係があるんですか?」

「それは、コンセプトカフェということにしておけば、青臭い人間同士のやりとりを求めているというよりも、恥ずかしくはないからだよ。なにより、可愛い女の子と会話をするのは、楽しいからね」

 たしかに、同性であっても、可愛い子と会話をするのは楽しいけれど、コンセプトカフェに通っている、というほうがずっと恥ずかしくはないだろうか。まあ、感覚は人それぞれか。

「どうかな。仕事は、ここにやってくる人とお茶をするだけ。手を握ったりそれ以上のことをしたりするのはNG。もし、そういうことをされそうになったら、男性スタッフがすぐに止めに入るから」

「相手が格闘家でも、アンドロイドなら取り押さえられるから安心ですよね」

 ちょっと身を引いた逸見さんが、目をパチクリさせた。

「アンドロイドですよね? 逸見さんも、倉石さんも」

「驚いたな。どうしてわかったの」

「なんとなく、です」

「なんとなくかぁ」

 うれしそうに、逸見さんは肩をそらした。

「初対面で見破られたのは、はじめてだなぁ」

「そうですか。それで、ここの従業員……というか、バイトの女の子以外はみんな、アンドロイドなんですか?」

「うん、まあ、そうだね。経営者は人間だけど、正社員はアンドロイドだよ」

「さっきのは、経営者の受け売りですか」

「いいや、俺が考えた」

「アンドロイドを否定するようなことを言って、なんとも思わないんですか?」

「俺の心が痛んだかどうかってことかな。面白いね、君は。アンドロイドの気持ちを考えているんだ」

「そういう人って、少なくないと思います。アンドロイドの恋人を持つ人だって、いっぱいいますし」

 うん、とまぶたの動きだけで、逸見さんは返事した。

「でも、アンドロイドじゃない、人間だけを雇っているっていうのは、ウリになっていいアイディアだと思いますよ。今はどこでも、混在していますから」

 言いながら席を立ったら、逸見さんも腰を上げた。

「それじゃあ、そろそろ待ち合わせ相手が着いていると思うので」

 軽く頭を下げれば、逸見さんは晴れ晴れとした顔で送り出してくれた。どんな感情を選択して、その表情にしたのかはわからないけれど、気持ちのいい雰囲気だった。

 階段を降りて、足早に駅前に戻る。もうとっくに到着して、私を待っているだろう。

 コーヒーショップに入ると、店内を見回すより先に相手が私を見つけて手を上げる。外が見えるカウンター席ではなく、奥のテーブル席に落ち着いていた。

 手を上げ返して近づいて、向かいのイスの背を掴んだ。

「お待たせ……っていうか、私が待たされてたんだけど」

 ちょっと拗ねてみせながら、遅刻の原因となった首元でひとつにまとめられている相手の栗色の髪をにらむ。

「そんなふうにするんだったら、髪型が決まらないとかなんとか、ないじゃん」

「しかたがないから、これにしたの。あんまり遅れると悪いと思って」

「だったら、最初からそれに決めて出てこればよかったじゃん」

 肩をすくめた相手は、まったく悪びれた様子がない。良くも悪くも自由すぎる相手に、許しを交えたため息をこぼした。

「だけど、私が遅刻したおかげで、おもしろいことがあったんでしょ?」

 話を聞く体勢になられて、ちょっと待ってと注文カウンターに向かった。すぐには店から出ないつもりなら、飲み物くらい注文しておかないと。

「アイスティーひとつ」

 待っている間はコーヒーだったから、違うものを注文して席に戻った。

「それがさ、変な店のスカウトだった」

 かいつまんでしゃべると、相手は手を叩いてゲラゲラ笑った。

「なにそれぇ! わっけわかんない」

「まあでも、言いたいことはわからんでもないよ」

「だけどさぁ、いまどきちょっと遅れすぎじゃない? アンドロイドは相手の望むようにして、人間だとそうじゃないってことでしょ。ありえなさすぎるって」

「たしかに。相手の顔色をうかがう人間はいるし、空気を読まないアンドロイドだっているのにねぇ」

「そうそう。私みたいにさぁ」

 ああ、おかしいと笑い続ける待ち合わせ相手はアンドロイドだ。大学で知り合った、設定年齢が二十歳の人工知能を搭載している。名前は安藤香苗。

 隣の席の人が、ちらっと香苗を見たのを目の端で捕らえた。一瞬なので、どんな感情があったのかはわからなかった。ただ単に、見てみただけかもしれない。

「だけど、そういう神話的なもの? っていうのは、なくならないんじゃないかなぁ」

 ストローをつまんだ香苗が視線を落とす。微笑を口許に漂わせつつ、寂しげな目をする彼女と人間の違いって、なんだろう。

 彼女のグラスに入っているのは、コーヒーとそっくりなオイルだ。アンドロイドが日常生活に入り込み、人が人工知能と会話をすることも珍しくなくなったころに、誰かが「自分だけが飲み物を飲んでいるのは、落ち着かない」と言いだして、アンドロイドも飲食ができるように開発された。あのオイルがどういう役割を果たすのか、よくは知らない。

「こんなに、人間そっくりになっているのに?」

「うーん……そっくりだけど、似ているだけで、やっぱり違うんだと思う」

 どこが、と聞いても、すぐに答えは出てこない。もう長いこと、偉い人たちが議論しているけれど、答えはちっとも出ていないから。

 動物と機械、という部分じゃなくて、もっとこう、なんて言ったらいいんだろう。心とか、魂とか、そういう部分での問題に正解を出せる人はいるんだろうか。

「人も人工知能もさ、環境とか人間関係とか、そういうもので勉強して成長していくじゃん。一緒だと思うんだけどなぁ」

 ひとりごとっぽく同意を求めてみたけれど、香苗は乗ってくれなかった。

「愛とエゴってやつなんじゃない」

 ニヤリとした香苗は、うまいこと言ったと思っているらしい。ちょっと考えてから、軽く叩く真似をした。

「やだぁ、なにそれ。ダジャレのつもり? オッサンくさーい」

 あははと笑ってみたけれど、気持ちはズシリと重たくなった。図書館で大学のレポートをするのはやめにして、ふたりでじっくりと語り合いたくなる。

 愛とエゴ――AIと自我について。

「レポートの題材、変えようかな」

 ぼそりと言えば、香苗がちょっと首をかしげた。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

匿名性
2019.03.07 匿名性

落ちが強烈過ぎます!
静かな文章、冷静な観察眼で引っ張り、ラストでコレですか。

                  怖。

解除

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