928保管庫

没ネタ供養

空腹に劇薬

見たくもないものを目撃してしまったとき、人はどうすれば記憶を消せるのだろう。
「あゆも交じらん？」
「結構です」
「あらぁ、残念やな」
芦花は私と男の関係性を知っていて、わざと言ってくる。意地悪な子なのはわかっていた。これほどまでとは思わなくて、言葉を失ってしまう。
これまで決定的瞬間に出くわさなかっただけで、案の定、今日いまこのタイミングで遭遇してしまったって話。
「あたしは総平さんのことを愛しとるし、この人は金づるぐらいにしか思っとらんから心配せんでええで」
組み敷かれている側は黙っている。いまどんな気持ちなのか、私にはわからない。
「私が何の心配をしないといけないんですか？」
「なんやろな？」
「勝手にしてください。ただ、時間と場所だけ気にしていただければと」
私は次の仕事のスケジュールを確認したくて扉を開けた。親友にして同期な芦花と血縁関係はあっても父親ではない男との現場を取り押さえたかったわけではない。不倫ではないにしろ複雑な心境なので、やはり記憶を抹消したい。
「キレてる？」
「キレてません」
「親子の仲直りのちゅーだけでも」
「しません！」

＊＊＊

「いいんですよ。わたしは。嫁と娘を捨てて、娘の友人に手を出したクズでも」