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Bar12本目:服屋にて
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その服屋は、メインストリートを少しだけ街の中心に向かって戻った方に有った。
市に向かっていたさっきは、知らずに通り過ぎていた形になる。
全面ガラス張りなんて洒落た事は流石に無く、他の店と同じ様に、武骨な煉瓦がその店を形作っている。
中に入ってみないと、どう云う系統の服が有るか、分からないタイプの店か。
「こんにちはー!」
尻込みする俺を横目に、元気に挨拶をしながら扉を開けた七妃は店の中に入って行った。
「いらっしゃいませ!」
店の中から元気な声が返って来て、俺は慌てて七妃に続いて店に入った。
店内の棚には畳まれた服が置かれ、一部の服は人の身体を模したマネキンの様な物に飾ってあった。『様な物』と云うのは、そこ迄立派な物では無いからだ。
展示方法は、元居た世界と余り変わらない。
しかし矢張り、商品の質はかなり異なる様だ。まあ、化学繊維とか無いんだろうしな。
「へー、覚悟してたより、カラフルなんだね」
棚の服を手に取って広げながら、七妃は満足そうな声を上げる。
「そうだな」
着心地は試着してみないと分からないが、色味が無いと結局今着ている物を着回す事になってしまっていた処だろう。
ただ、街中の人が着ているのを見て、何と無く色味が有るのだろうとは予想していた。
多くの人が着ている服は、世界史の資料集やそう言った時代を探るテレビ番組なんかで見たのと比べて、とても色彩に溢れていたからだ。
「あ、このブラウス可愛い!」
そう言った七妃が手に取って広げているのは、襟元や袖口がレースであしらわれた、鮮やかな菜の花色のブラウスだった。
「ね、ねっ、どう? 似合うっ?」
その服を自分の体に当て、七妃は上機嫌に俺の意見を伺って来た。
「ああ、良いと思う。元気な高茶屋七妃のイメージにピッタリだな――」
……とそこで、俺は急に照れ臭さを感じて、口を噤んだ。
この状況、普通にデートだよな。さっきの市でもそうだったけど、女の子と2人で買い物するのなんて、相手をまだ異性と意識していなかった小学校低学年の時以来だ。……あの時仲が良かった子、元気かな。
「ちょーっ! 善哉、急に照れんなし! そう云うの無しって言ったばっかじゃん!」
……うん、ぐぅの音も出ない。
「いやー、女子と2人切りの買い物に慣れてなくてさ。悪かったな」
「そんなの、あーしだって慣れてないんだから! バカ善哉っ!」
謝ったのに、バカだと罵られた。……と。
「あれ? お前、高校に入ってからは男子ともよく遊びに行ってたんじゃ?」
七妃の所属するギャルグループと、クラスのイケメン陽キャグループは、よく一緒に遊びに行っていた筈だ。
俺は七妃がクラスの皆と普通に打ち解けられているのに満足して、その輪の中には敢えて入ろうとはしなかったが。
……これは何も聞き耳を立てていた訳では無く、その約束の日や次の日に教室内で大声で話していたから聞こえて来た事だ。繰り返すが、断じて聞き耳を立てていた訳では無い。
「……2人っ切りは無いから」
「えっ?」
「いつもグループで行ってたから、2人っ切りだった事は無いって言ったのっ!」
上手く聞き取れずに訊き返すと、七妃は何故だか声を張り上げた。
店員はと言うと、さっきまでは近くに居た筈なのに、いつの間にか入り口脇のカウンターの向こうに引っ込んでいる。
それにしても、こんなに声を張り上げるなんて、何か癇に障って怒らせてしまったのだろうか。
ただ、良く聞こえなかったから訊き直しただけなのに。
「あ、悪い、疑ってるとかじゃ無くてな、ただ最初よく聞こえなくてさ」
俺の言葉にさっきまで表情豊かに全身を動かしていた七妃は、急にピタと止まった。
「……『疑ってる』って、何?」
徐に口だけを動かし、七妃は訊き返して来た。
勢いで慌てて出た言葉だけど、どう云う事だろう。自分でも分からん。
「あの中の誰かと2人で出掛けてたとしても、善哉には関係無くない? あーしら、そういうんじゃないしぃー」
至極御尤も。
「まあそうだな、そう云うのじゃ無いからな。言葉を間違えたわ。ごめん」
「……」
俺が非を認めて謝りはしたものの、七妃は頬を膨らませて怒ったままだ。
「そ、そうだ高茶屋、そのブラウスに、このスカートはどうだ?」
「良いぢゃん、それっ!」
気まずい空気を変えようと近くの棚に有った若草色のスカートを広げて見せると、七妃は途端に目を輝かせて食い付いた。広げて気付いたけど、これ、ジャンパースカートってやつだ。どう考えても響き的に和製英語だから、他に良い表現が有るかは知らないが。
「ねっ、ねっ、これ、試着して来て良いっ?!」
「ああ、勿論」
「やたっ! すいませーん――」
笑顔を弾ませた七妃は、トテテテと小走りに店員に駆け寄りながら声を掛け、奥に有る試着室に連れていかれた。
その間に、男物を物色する。
しかし、落ち着いた色の物が殆どだった。
「この世界でも、地味なのが多いのかよ……」
思わず溜め息交じりに呟いた時、七妃が試着に行った服の色の組み合わせが不意に浮かんだ。
菜の花色のブラウスに、若草色のジャンパースカート。
「あれ、ブラウスを『菜の花色』って言っている場合じゃなくて、そのまま菜の花じゃないか?」
「善哉ーっ!」
とその時、試着室の方から七妃の元気な声が聞こえて来た。
「着替え終わったか?」
近寄りながら声を掛けると、試着室のカーテンが勢い良くシャッと開けられた。
「どうかな、善哉?」
姿を現した七妃は……。
「買います」
その姿を見た俺は、間髪を入れず傍に居た店員に告げる。
「ちょっ、善哉っ! どーゆーことっ?!」
とても似合っていると云う事だ――とは、恥ずかしくてとても言えないけど。
菜の花の様なのは間違い無いが、それが春の陽の様に温かい笑顔を浮かべる七妃に、間違い無くピッタリだった。
ただ一つ難を言うなら、フワッとした足元まで有るスカートが、これからの旅の中で邪魔にならないかと云う処。
「……うん、良いと思う。でもやっぱり、それだとちょっと動き辛いんじゃないのか?」
「あー……」
声を漏らした七妃は、両手でスカートの脇を軽く摘まみながら、左右に何回か身体を揺すった。
「確かに。これぢゃ、善哉の足を引っ張っちゃうかな……」
理解はしつつも、納得は行かないと云った感じの七妃。そんなに気に入ったのか。
「じゃあ、そう云うのは旅が終わった後に買うとしてさ。……店員さん、似た様なのでパンツスタイルなのって有りませんか?」
「御座いますよ。少々お待ち下さい」
問い掛けると、店員さんは恭しく頭を下げて、商品棚の方に歩いて行った。
「有るってさ」
「良かったっ。これも可愛くて良いけど、やっぱりあーしには似合わないしねっ!」
お道化て笑う七妃。その笑顔に、中学の時の高茶屋七妃ならバッチリ似合っていたんだけどなと云う言葉が口を突きそうになり、慌てて飲み込む。
今の姿が変わろうとして実際に結果を出した高茶屋七妃の姿であって、本人が問わない限りは安易に前の姿を誉めるべきでは無いと思うからだ。
「そんな事は無いと思うけどな」
「ふぇっ?」
「――お待たせしました」
七妃が変な声を上げた所で、店員さんが戻って来た。……いや、気付いていなかっただけで、戻って来ていて声を掛けるタイミングを計っていたのかも知れないが。
「ぢゃ、着替えるから、ちょっと待っててね」
店員さんが持って来たのを受け取って、七妃はまた勢い良くカーテンを閉めた。
カーテンのこちら側で、ニコニコ顔の店員と2人で待たされる。
「先程聞こえたのですが、お客様は旅に出られるんですか?」
と、間を埋める為か、試着室の方を見たまま店員さんは訊ねて来た。
「ああ、ええ」
丁度良い。このまま訊いてみようか。
「北に住むって云う魔王とやらを倒しに行きたいんですけど、何か知りませんか?」
「魔王……。存在は存じ上げているのですが、詳しくは……。そう言えば、王都から来た仕入れ業者が、『王様が魔王討伐に挑む者を募っている』と言っていましたね。行かれてみては如何です?」
「王都で?! 行ってみます!」
「着替えたよーっ!」
話が進んだ処で、七妃の元気な声と共にカーテンが開いた。
「これならどうかなっ! 大分動き易いし、良いと思う!」
言いながら、ヒョコヒョコと足を跳ね上げる七妃。
「お似合いですよ。ね、お客様」
「うん、似合ってる」
「ふぁっ?!」
――うん。今度のは、今の七妃にバッチリ似合ってる。
市に向かっていたさっきは、知らずに通り過ぎていた形になる。
全面ガラス張りなんて洒落た事は流石に無く、他の店と同じ様に、武骨な煉瓦がその店を形作っている。
中に入ってみないと、どう云う系統の服が有るか、分からないタイプの店か。
「こんにちはー!」
尻込みする俺を横目に、元気に挨拶をしながら扉を開けた七妃は店の中に入って行った。
「いらっしゃいませ!」
店の中から元気な声が返って来て、俺は慌てて七妃に続いて店に入った。
店内の棚には畳まれた服が置かれ、一部の服は人の身体を模したマネキンの様な物に飾ってあった。『様な物』と云うのは、そこ迄立派な物では無いからだ。
展示方法は、元居た世界と余り変わらない。
しかし矢張り、商品の質はかなり異なる様だ。まあ、化学繊維とか無いんだろうしな。
「へー、覚悟してたより、カラフルなんだね」
棚の服を手に取って広げながら、七妃は満足そうな声を上げる。
「そうだな」
着心地は試着してみないと分からないが、色味が無いと結局今着ている物を着回す事になってしまっていた処だろう。
ただ、街中の人が着ているのを見て、何と無く色味が有るのだろうとは予想していた。
多くの人が着ている服は、世界史の資料集やそう言った時代を探るテレビ番組なんかで見たのと比べて、とても色彩に溢れていたからだ。
「あ、このブラウス可愛い!」
そう言った七妃が手に取って広げているのは、襟元や袖口がレースであしらわれた、鮮やかな菜の花色のブラウスだった。
「ね、ねっ、どう? 似合うっ?」
その服を自分の体に当て、七妃は上機嫌に俺の意見を伺って来た。
「ああ、良いと思う。元気な高茶屋七妃のイメージにピッタリだな――」
……とそこで、俺は急に照れ臭さを感じて、口を噤んだ。
この状況、普通にデートだよな。さっきの市でもそうだったけど、女の子と2人で買い物するのなんて、相手をまだ異性と意識していなかった小学校低学年の時以来だ。……あの時仲が良かった子、元気かな。
「ちょーっ! 善哉、急に照れんなし! そう云うの無しって言ったばっかじゃん!」
……うん、ぐぅの音も出ない。
「いやー、女子と2人切りの買い物に慣れてなくてさ。悪かったな」
「そんなの、あーしだって慣れてないんだから! バカ善哉っ!」
謝ったのに、バカだと罵られた。……と。
「あれ? お前、高校に入ってからは男子ともよく遊びに行ってたんじゃ?」
七妃の所属するギャルグループと、クラスのイケメン陽キャグループは、よく一緒に遊びに行っていた筈だ。
俺は七妃がクラスの皆と普通に打ち解けられているのに満足して、その輪の中には敢えて入ろうとはしなかったが。
……これは何も聞き耳を立てていた訳では無く、その約束の日や次の日に教室内で大声で話していたから聞こえて来た事だ。繰り返すが、断じて聞き耳を立てていた訳では無い。
「……2人っ切りは無いから」
「えっ?」
「いつもグループで行ってたから、2人っ切りだった事は無いって言ったのっ!」
上手く聞き取れずに訊き返すと、七妃は何故だか声を張り上げた。
店員はと言うと、さっきまでは近くに居た筈なのに、いつの間にか入り口脇のカウンターの向こうに引っ込んでいる。
それにしても、こんなに声を張り上げるなんて、何か癇に障って怒らせてしまったのだろうか。
ただ、良く聞こえなかったから訊き直しただけなのに。
「あ、悪い、疑ってるとかじゃ無くてな、ただ最初よく聞こえなくてさ」
俺の言葉にさっきまで表情豊かに全身を動かしていた七妃は、急にピタと止まった。
「……『疑ってる』って、何?」
徐に口だけを動かし、七妃は訊き返して来た。
勢いで慌てて出た言葉だけど、どう云う事だろう。自分でも分からん。
「あの中の誰かと2人で出掛けてたとしても、善哉には関係無くない? あーしら、そういうんじゃないしぃー」
至極御尤も。
「まあそうだな、そう云うのじゃ無いからな。言葉を間違えたわ。ごめん」
「……」
俺が非を認めて謝りはしたものの、七妃は頬を膨らませて怒ったままだ。
「そ、そうだ高茶屋、そのブラウスに、このスカートはどうだ?」
「良いぢゃん、それっ!」
気まずい空気を変えようと近くの棚に有った若草色のスカートを広げて見せると、七妃は途端に目を輝かせて食い付いた。広げて気付いたけど、これ、ジャンパースカートってやつだ。どう考えても響き的に和製英語だから、他に良い表現が有るかは知らないが。
「ねっ、ねっ、これ、試着して来て良いっ?!」
「ああ、勿論」
「やたっ! すいませーん――」
笑顔を弾ませた七妃は、トテテテと小走りに店員に駆け寄りながら声を掛け、奥に有る試着室に連れていかれた。
その間に、男物を物色する。
しかし、落ち着いた色の物が殆どだった。
「この世界でも、地味なのが多いのかよ……」
思わず溜め息交じりに呟いた時、七妃が試着に行った服の色の組み合わせが不意に浮かんだ。
菜の花色のブラウスに、若草色のジャンパースカート。
「あれ、ブラウスを『菜の花色』って言っている場合じゃなくて、そのまま菜の花じゃないか?」
「善哉ーっ!」
とその時、試着室の方から七妃の元気な声が聞こえて来た。
「着替え終わったか?」
近寄りながら声を掛けると、試着室のカーテンが勢い良くシャッと開けられた。
「どうかな、善哉?」
姿を現した七妃は……。
「買います」
その姿を見た俺は、間髪を入れず傍に居た店員に告げる。
「ちょっ、善哉っ! どーゆーことっ?!」
とても似合っていると云う事だ――とは、恥ずかしくてとても言えないけど。
菜の花の様なのは間違い無いが、それが春の陽の様に温かい笑顔を浮かべる七妃に、間違い無くピッタリだった。
ただ一つ難を言うなら、フワッとした足元まで有るスカートが、これからの旅の中で邪魔にならないかと云う処。
「……うん、良いと思う。でもやっぱり、それだとちょっと動き辛いんじゃないのか?」
「あー……」
声を漏らした七妃は、両手でスカートの脇を軽く摘まみながら、左右に何回か身体を揺すった。
「確かに。これぢゃ、善哉の足を引っ張っちゃうかな……」
理解はしつつも、納得は行かないと云った感じの七妃。そんなに気に入ったのか。
「じゃあ、そう云うのは旅が終わった後に買うとしてさ。……店員さん、似た様なのでパンツスタイルなのって有りませんか?」
「御座いますよ。少々お待ち下さい」
問い掛けると、店員さんは恭しく頭を下げて、商品棚の方に歩いて行った。
「有るってさ」
「良かったっ。これも可愛くて良いけど、やっぱりあーしには似合わないしねっ!」
お道化て笑う七妃。その笑顔に、中学の時の高茶屋七妃ならバッチリ似合っていたんだけどなと云う言葉が口を突きそうになり、慌てて飲み込む。
今の姿が変わろうとして実際に結果を出した高茶屋七妃の姿であって、本人が問わない限りは安易に前の姿を誉めるべきでは無いと思うからだ。
「そんな事は無いと思うけどな」
「ふぇっ?」
「――お待たせしました」
七妃が変な声を上げた所で、店員さんが戻って来た。……いや、気付いていなかっただけで、戻って来ていて声を掛けるタイミングを計っていたのかも知れないが。
「ぢゃ、着替えるから、ちょっと待っててね」
店員さんが持って来たのを受け取って、七妃はまた勢い良くカーテンを閉めた。
カーテンのこちら側で、ニコニコ顔の店員と2人で待たされる。
「先程聞こえたのですが、お客様は旅に出られるんですか?」
と、間を埋める為か、試着室の方を見たまま店員さんは訊ねて来た。
「ああ、ええ」
丁度良い。このまま訊いてみようか。
「北に住むって云う魔王とやらを倒しに行きたいんですけど、何か知りませんか?」
「魔王……。存在は存じ上げているのですが、詳しくは……。そう言えば、王都から来た仕入れ業者が、『王様が魔王討伐に挑む者を募っている』と言っていましたね。行かれてみては如何です?」
「王都で?! 行ってみます!」
「着替えたよーっ!」
話が進んだ処で、七妃の元気な声と共にカーテンが開いた。
「これならどうかなっ! 大分動き易いし、良いと思う!」
言いながら、ヒョコヒョコと足を跳ね上げる七妃。
「お似合いですよ。ね、お客様」
「うん、似合ってる」
「ふぁっ?!」
――うん。今度のは、今の七妃にバッチリ似合ってる。
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