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第1章/
第31話:犬山ことり、10年越しの想い
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「……ううん、……お兄ちゃんは、私のヒーロー……」
先輩と守のデートの後、帰りの電車で不安になった私の、意を決した質問は麻実ちゃんの寝言に掻き消された。
……麻実ちゃん。お兄ちゃんは、……守は、私のヒーローでもあるんだよ。
家の前で別れる時に、守が折角訊き直してくれたのに、誤魔化してしまった。
ダメだな……。
最近、守の事を思うと、弱気の虫が頭を擡げて来る。
訊きたかった事なんて、決まっている。
――ねえ、まあくん。まあくんの中で、私は今でも一番で居られている?
これも、弱気の虫の仕業、か。
一番を勝ち取って行く為に、頑張らなければならない事――。
その翌日、今朝は中学校に上がって分団登校が無くなって以来、約3年と2カ月振りにまあくんと一緒に登校した。
ずっと、偶然家を出るタイミングが同じになって会ったとしても、挨拶を交わすだけで、さっさとまあくんの前を歩いて行ってしまっていた私が。
何で、そんな事をしていたのか。
……だって、表情を見られたくなかったから。
多分だけど、その頃の私は酷い表情をしていた。……何て言うか、複雑な。
でも。
今日は、まあくんが家から出て来るのを待った。
まあくんの意識に、少しでも多く入れる様に。
中村先輩はああやって、お芝居の為だって言って誤魔化していたけれど……。
……遠目に見ていた2人切りの時の表情は百歩譲って演技だとしても、少なくとも私達が合流してからの守を見る時のその目は、間違いなく愛おしい人を見る時のそれだった。
ミモちゃんも先輩も良い人だし好きなのだけれど、それはそれ、これはこれ。
負ける訳にはいかないの。
「何やってるの? ことり?」
……だから、背後から感じるお母さんのニヤついた笑いなんて、気にしている場合じゃなかった。
守がお家から出て来たのを少しだけ開けたドアの隙間から確認して、さも丁度家から出て来た風を装って、ドアを開けて外に出る私。
「あ、守、おはよう」
まあくんはもう、何と無く私の呼び分けを判っている節が有るから、気を付けないと。
「おはよ、ことり」
まあくんは、私の内心なんて御構い無しに、サラッと挨拶を返して来た。ちょっと、口惜しい。
「今日は、このまま一緒に行かない?」
小走りで駆け寄って、まあくんに上目遣いに言った。
恥ずかしかった。……まあくん、不自然に思ったりはしていないかな。
「……ダメ?」
……まあくんは断る訳が無いとは思っているけれど、緊張で声が震えてしまった。
「良いに決まっているでしょ。こっちからお願いしたかった位だよ」
まあくんは、笑顔でそう言ってくれた。
瞬間的に顔が緩んでしまいそうになって、慌てて引き締める。
私がまあくんを追い掛けているのだなんて、微塵にも見せない様に。
「良かった! でも、今の守だから一緒に登校しても良いかなって思うんだよ?」
こんな事を言ってみせる。『何様だよ』と、内心だけで嘲笑した。
「分かっているって。頑張り続けるよ」
まあくんは、そう言ってくれた。
今のまあくんは、私が欲しい言葉をくれる。
何番目かなんて関係ない。それだけで心が満たされる。
だから、軽口を叩いた。
「うん、よろしい。期待しているからね」
私の言葉に笑うまあくんの、その遥か後ろで爽やかに輝く朝陽は、まるで後光の様に眩しかった。
●●●
「あれ? 珍しいな、2人一緒なんて」
まあくんに続いて教室に入ると、先に来ていた清須君が驚きの声を上げた。
私自身そう思っているし、その気持ちは分かるけれど、そんなに大声を出すと……。
……ああ、ほら。
清須君のその声に反応して、教室内の皆の視線が、一斉に私達2人に集まったじゃない。
皆それぞれに仲が良い女の子達は兎も角、男の子達の好奇の視線に怯みそうになったけれど、すんでの所で踏み止まる。
いつまでも、こんなのじゃいけないし。不躾な視線にも負けない様に、私はもっと、頑張らなくてはならない。
「うん、信行と知り合ってからは初めてかな」
「じゃあね、守、清須君」
まあくんは自分の席に座って清須君と話し始めたので、2人にだけ見える様に小さく手を振って、窓際の自分の席に急ぐ。
私の動きに合わせて、皆の視線がしっかりと私に纏わりついて来るのを感じる。
私の中の弱い部分が、まあくんに向かってSOSを発信しようとするけれど、今はダメ。
今頼ってまあくんが何かしてくれても、もっと強い視線が集まってしまうから。
「おはよ、ことり!」
自分の席に就くと、直ぐに隣の席のユズが声を掛けて来てくれて、知らない内に強張っていた表情が緩んだのを感じた。
「うん、おはよう、ユズ」
「今日は一緒に来たんだね。初めて見た気がするよ」
「ああ、うん、まあね」
この前私にカミングアウトして以来、ユズも着々とまあくん、……美浜守君を分かり易く意識する様になって来ている。
だから、私の気持ちを、……増してや今朝に至ってはまあくんを待ってまで一緒に来た事を知られる訳にはいかない。
――あれ? こう云う時は寧ろ、私の気持ちをちゃんと伝えて牽制した方が良いのかな?
中学の時はまあくんがそれ処では無かったから、考えた事が無くて、どうするのが正解かが分からない。
一度、真剣に考えてみないと。
まあくんと私の大須でのデート記事は、ちゃんと報道部がカモフラデートだったって訂正してくれたのだけれど、今思えばやっぱりそのままにして貰ったり、何ならそのまま付き合っちゃった方が良かったのかな。
…………って違うでしょ、ことり。ちゃんと、勝ち取らないと。
内心だけでも“まあくん”って呼んでいると、つい昔の様に弱気に負けて甘えてしまいたくなる。
でも、それじゃあダメなんだ。
頑張っているまあくんと、頑張っている私。
その上で、並び立たないと。
私がずっと一方的に甘えていたから、まあくんは無理して1人で思い悩んで、中学の頃にはああなってしまった。
だから、まあくんが甘えたい時には、ちゃんと甘えさせてあげられる様にならないと。
「ねえ、ことり? 訊いてる?」
「あ、ごめん、何?」
「もう、最近そんなんばっかだよ。大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがと。それで何だって?」
「うん、ことりも別に何にも無いって言ってるしさ、私、今度美浜君とデートしてみようかなって」
………………えっ?
●●●
メッセージアプリの美術部のグループトークルームに、
『今日は大事な話が有るから、皆、出席する様に』
と来ていたから、授業後は美術部室に顔を出した。
「夏に県のアート展が有るから、各自、今月中に作品を提出して下さい。以上」
部長は端的にそれだけを告げ、自分は帰って行ってしまった。
……アート展か。
どう云うのを出すのかはこれから考えるとして、折角だから、序に何か描いて行こうかな。
▼▼▼
ついこの間、……私の為って云う前置きでだけど……、まあくんが頑張り出してから、周りの色々な人がまあくんに興味を持ち始めた。
まあくんの良い所を皆に知って貰える事、そのこと自体は素直に嬉しいのだけれども、それでライバルが増えてしまうのは、正直痛し痒し。
まあくんが私にそれを伝えてくれた時の事を思い出す。
体育館裏に来てって言ったまあくんに、『…………何、その呼び出し。私、ボコられるの?』って返すとか、緊張していたにしても、酷いな、私。
そのちょっと前、悩んでいる処に偶然通りかかった中村先輩が声を掛けてくれて、つい正直にまあくんの相談をして……。
……そう、知っている癖に。
私の気持ちを、中村先輩は誰よりも知っている癖に……。
なんて云う風に思ってしまう私は、性格が悪いのだろうか。
……ううん。
私の気持ちを知っているからこそ、自分の気持ちを隠して誤魔化してくれたんだよね。
ありがとうございます、先輩!
▲▲▲
昨日の話の通り、まあくんは演劇大会で主役をやる事になるんだろうか。
きっとやる事になるんだろうな、あの感じだと。
先輩も自信に溢れていたし。
……私も負けない様に、アート展に向けて、頑張って良い作品を作ろう。
そう意気込んで、目の前に広げたスケッチブックの上に、窓から見える夕景を写し取って行く。
差し当たって頑張りが分かり易いのは、期末テストと、アート展かな。
この夕陽に、私は誓う。
テストでは、出来るだけ前よりも良い結果を出す様に頑張ると。
アート展に向けて、今の私の出来るだけをぶつけた作品を描き上げる、と。
――物心が付いてからずっとその背中を見ていただけの間に開いていた、けれど中学3年間で埋めてからも頑張って付けて来た、幼馴染との差を覆させないために。
<第1部・了>
先輩と守のデートの後、帰りの電車で不安になった私の、意を決した質問は麻実ちゃんの寝言に掻き消された。
……麻実ちゃん。お兄ちゃんは、……守は、私のヒーローでもあるんだよ。
家の前で別れる時に、守が折角訊き直してくれたのに、誤魔化してしまった。
ダメだな……。
最近、守の事を思うと、弱気の虫が頭を擡げて来る。
訊きたかった事なんて、決まっている。
――ねえ、まあくん。まあくんの中で、私は今でも一番で居られている?
これも、弱気の虫の仕業、か。
一番を勝ち取って行く為に、頑張らなければならない事――。
その翌日、今朝は中学校に上がって分団登校が無くなって以来、約3年と2カ月振りにまあくんと一緒に登校した。
ずっと、偶然家を出るタイミングが同じになって会ったとしても、挨拶を交わすだけで、さっさとまあくんの前を歩いて行ってしまっていた私が。
何で、そんな事をしていたのか。
……だって、表情を見られたくなかったから。
多分だけど、その頃の私は酷い表情をしていた。……何て言うか、複雑な。
でも。
今日は、まあくんが家から出て来るのを待った。
まあくんの意識に、少しでも多く入れる様に。
中村先輩はああやって、お芝居の為だって言って誤魔化していたけれど……。
……遠目に見ていた2人切りの時の表情は百歩譲って演技だとしても、少なくとも私達が合流してからの守を見る時のその目は、間違いなく愛おしい人を見る時のそれだった。
ミモちゃんも先輩も良い人だし好きなのだけれど、それはそれ、これはこれ。
負ける訳にはいかないの。
「何やってるの? ことり?」
……だから、背後から感じるお母さんのニヤついた笑いなんて、気にしている場合じゃなかった。
守がお家から出て来たのを少しだけ開けたドアの隙間から確認して、さも丁度家から出て来た風を装って、ドアを開けて外に出る私。
「あ、守、おはよう」
まあくんはもう、何と無く私の呼び分けを判っている節が有るから、気を付けないと。
「おはよ、ことり」
まあくんは、私の内心なんて御構い無しに、サラッと挨拶を返して来た。ちょっと、口惜しい。
「今日は、このまま一緒に行かない?」
小走りで駆け寄って、まあくんに上目遣いに言った。
恥ずかしかった。……まあくん、不自然に思ったりはしていないかな。
「……ダメ?」
……まあくんは断る訳が無いとは思っているけれど、緊張で声が震えてしまった。
「良いに決まっているでしょ。こっちからお願いしたかった位だよ」
まあくんは、笑顔でそう言ってくれた。
瞬間的に顔が緩んでしまいそうになって、慌てて引き締める。
私がまあくんを追い掛けているのだなんて、微塵にも見せない様に。
「良かった! でも、今の守だから一緒に登校しても良いかなって思うんだよ?」
こんな事を言ってみせる。『何様だよ』と、内心だけで嘲笑した。
「分かっているって。頑張り続けるよ」
まあくんは、そう言ってくれた。
今のまあくんは、私が欲しい言葉をくれる。
何番目かなんて関係ない。それだけで心が満たされる。
だから、軽口を叩いた。
「うん、よろしい。期待しているからね」
私の言葉に笑うまあくんの、その遥か後ろで爽やかに輝く朝陽は、まるで後光の様に眩しかった。
●●●
「あれ? 珍しいな、2人一緒なんて」
まあくんに続いて教室に入ると、先に来ていた清須君が驚きの声を上げた。
私自身そう思っているし、その気持ちは分かるけれど、そんなに大声を出すと……。
……ああ、ほら。
清須君のその声に反応して、教室内の皆の視線が、一斉に私達2人に集まったじゃない。
皆それぞれに仲が良い女の子達は兎も角、男の子達の好奇の視線に怯みそうになったけれど、すんでの所で踏み止まる。
いつまでも、こんなのじゃいけないし。不躾な視線にも負けない様に、私はもっと、頑張らなくてはならない。
「うん、信行と知り合ってからは初めてかな」
「じゃあね、守、清須君」
まあくんは自分の席に座って清須君と話し始めたので、2人にだけ見える様に小さく手を振って、窓際の自分の席に急ぐ。
私の動きに合わせて、皆の視線がしっかりと私に纏わりついて来るのを感じる。
私の中の弱い部分が、まあくんに向かってSOSを発信しようとするけれど、今はダメ。
今頼ってまあくんが何かしてくれても、もっと強い視線が集まってしまうから。
「おはよ、ことり!」
自分の席に就くと、直ぐに隣の席のユズが声を掛けて来てくれて、知らない内に強張っていた表情が緩んだのを感じた。
「うん、おはよう、ユズ」
「今日は一緒に来たんだね。初めて見た気がするよ」
「ああ、うん、まあね」
この前私にカミングアウトして以来、ユズも着々とまあくん、……美浜守君を分かり易く意識する様になって来ている。
だから、私の気持ちを、……増してや今朝に至ってはまあくんを待ってまで一緒に来た事を知られる訳にはいかない。
――あれ? こう云う時は寧ろ、私の気持ちをちゃんと伝えて牽制した方が良いのかな?
中学の時はまあくんがそれ処では無かったから、考えた事が無くて、どうするのが正解かが分からない。
一度、真剣に考えてみないと。
まあくんと私の大須でのデート記事は、ちゃんと報道部がカモフラデートだったって訂正してくれたのだけれど、今思えばやっぱりそのままにして貰ったり、何ならそのまま付き合っちゃった方が良かったのかな。
…………って違うでしょ、ことり。ちゃんと、勝ち取らないと。
内心だけでも“まあくん”って呼んでいると、つい昔の様に弱気に負けて甘えてしまいたくなる。
でも、それじゃあダメなんだ。
頑張っているまあくんと、頑張っている私。
その上で、並び立たないと。
私がずっと一方的に甘えていたから、まあくんは無理して1人で思い悩んで、中学の頃にはああなってしまった。
だから、まあくんが甘えたい時には、ちゃんと甘えさせてあげられる様にならないと。
「ねえ、ことり? 訊いてる?」
「あ、ごめん、何?」
「もう、最近そんなんばっかだよ。大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがと。それで何だって?」
「うん、ことりも別に何にも無いって言ってるしさ、私、今度美浜君とデートしてみようかなって」
………………えっ?
●●●
メッセージアプリの美術部のグループトークルームに、
『今日は大事な話が有るから、皆、出席する様に』
と来ていたから、授業後は美術部室に顔を出した。
「夏に県のアート展が有るから、各自、今月中に作品を提出して下さい。以上」
部長は端的にそれだけを告げ、自分は帰って行ってしまった。
……アート展か。
どう云うのを出すのかはこれから考えるとして、折角だから、序に何か描いて行こうかな。
▼▼▼
ついこの間、……私の為って云う前置きでだけど……、まあくんが頑張り出してから、周りの色々な人がまあくんに興味を持ち始めた。
まあくんの良い所を皆に知って貰える事、そのこと自体は素直に嬉しいのだけれども、それでライバルが増えてしまうのは、正直痛し痒し。
まあくんが私にそれを伝えてくれた時の事を思い出す。
体育館裏に来てって言ったまあくんに、『…………何、その呼び出し。私、ボコられるの?』って返すとか、緊張していたにしても、酷いな、私。
そのちょっと前、悩んでいる処に偶然通りかかった中村先輩が声を掛けてくれて、つい正直にまあくんの相談をして……。
……そう、知っている癖に。
私の気持ちを、中村先輩は誰よりも知っている癖に……。
なんて云う風に思ってしまう私は、性格が悪いのだろうか。
……ううん。
私の気持ちを知っているからこそ、自分の気持ちを隠して誤魔化してくれたんだよね。
ありがとうございます、先輩!
▲▲▲
昨日の話の通り、まあくんは演劇大会で主役をやる事になるんだろうか。
きっとやる事になるんだろうな、あの感じだと。
先輩も自信に溢れていたし。
……私も負けない様に、アート展に向けて、頑張って良い作品を作ろう。
そう意気込んで、目の前に広げたスケッチブックの上に、窓から見える夕景を写し取って行く。
差し当たって頑張りが分かり易いのは、期末テストと、アート展かな。
この夕陽に、私は誓う。
テストでは、出来るだけ前よりも良い結果を出す様に頑張ると。
アート展に向けて、今の私の出来るだけをぶつけた作品を描き上げる、と。
――物心が付いてからずっとその背中を見ていただけの間に開いていた、けれど中学3年間で埋めてからも頑張って付けて来た、幼馴染との差を覆させないために。
<第1部・了>
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