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第1章/

第25話:東山動植物園・守's side

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 開園の15分前、8時45分に待ち合わせて東山公園駅の改札前で合流した僕達は、2人で正門に向かった。
 歩いて何分も掛からないので門はまだ当然閉まっていて、先客達はマップを見たりスマホを見たりして、この後の事に胸を弾ませている。
「まあくん、こっちこっち!」
 ミモは楽しそうに僕の手を取って、チケット売り場に引っ張った。
 高校生になってからここに来るのは初めてだから、チケットを買うのは生まれて初めてで、少し、緊張する。
 ――これは何も親に買って貰っていたとかそう云う事では無く、ここは、中学生以下は入園料が無料だから。
 そう思うと、後ろを向いてしまっていた中学生時代が惜しまれるけど、当時はアレが最善の策だと思っていたのだから仕方が無い。
 過去の仮定には何の意味も無いけど、あの時に誰も傷付かない劇的な方法で解決出来ていたら、皆で一緒に、……時にはことりと2人だけで来ていたんだろうな。
 僕もことりも、本当に小さい頃からここが好きだったから。
「私、年間パスポートを買おうかな」
「あぁ、それも良いよね」
 この動物園の年間パスポートは年に4回来ればイーブンの価格設定になっているので、元を取るのは簡単だ。
 日本一と言われる種類の動物達をじっくりと満喫しようと思ったら、それ位は余裕で掛かる。
 見所の一つでもあり、園内の、……と言うか遠くからでもその姿が目に入りその下にこの動物園が在る事を教えてくれるスカイタワーの観覧料は別料金になっているので、動植物園に来る度にタワーに昇るのならどうするのが得なのかと、スマホでググってみる。
 どうやらタワーにも年間の定期観覧券が有って、セット券5回分が両方の年パスをかったのとイーブンらしいので、結論、タワーに行きたくなった時にタワーの定期を買えば良いな。
 何よりも、年パスにしておけば、入園料が掛からない中学生の麻実を電車代だけで連れて来られる。
 ……何なら、家から自転車でもそんなに掛からない。
 いきなり『東山に行こう!』って言ったらあいつ、喜んでくれるかな。
 先週の大須の時も一緒に行動していた訳では無いし、もう何年も真面に一緒に出掛けて無いから。
 ……その時には、ことりも誘ってみようかな。
 僕が一緒に出掛けたいって云うのも勿論有るけど、麻実もその方が絶対に喜ぶし。ことりだって、麻実と一緒だと云うのは嬉しい筈だ。
「ねえ、まあくん、買ったよ!」
 ミモの声で、僕の意識は目の前の事に引き戻された。
 嬉しそうな顔で、両手で持って見せてくれている。
「今日はこのままで入れるけど、今度来る時は名前を書いて、写真を貼って来てって!」
「……へえ、そう云うのが有るのか」
 ミモに続いて、僕も年パスを購入する。
 貰ったマップを広げてどう云う風に回ろうかと話し合っている内に、開園時間を迎えて門が開いた。

 中に踏み入ると、何だか凄く懐かしい感じがした。
 小さい頃はうちと犬山家で一緒に来ていたし、少し大きくなって自分達だけで出掛ける様になると、ことりと麻実との3人でもしょっちゅう来ていた。
 ……けど、小学6年の頃から最近迄の4年弱の間には、学校の行事等で来た位で、その回数も片手で数えられる。
「一緒に来るのは6年位振りかな。懐かしいね、まあくん」
「うん」
 並んで歩きながら、ミモは嬉しそうに言った。
 先に言葉に出されると、何だか照れ臭い。

   ○○〇

 全国ネットのテレビ番組でも紹介されたフクロテナガザルのケイジ君のおっさんっぽい鳴き声を人集りの中でもその姿ごとしっかりと動画に収めて、イケメンゴリラのシャバーニ、オランウータン、コビトカバなんかを観察してから、ゾウ舎に入った。
 ゾウ舎では象が観られるだけでは無く、その中には象に関するデータ等の色々な展示がされていて、ミモはそれを見て頻りに「へー、ほー」と感心している。
 報道部員は、伊達じゃないらしい。
「そう言えばさ、ミモは何で報道部に入ったの?」
 不意の僕からの質問に、ミモは「そうだねぇ……」と少しの間考えた後、はにかみながら、また、口を開いた。
「やっぱり、色々と知らない事を知りたいし、私が知って嬉しかった事や楽しかった事、周りの人の良い所を皆に知って貰いたいからかな!」
 その様子が何だか可愛らしくて、揶揄いたくなる。
「そうなんだ。……あんな記事を書く様な報道部なのに?」
「あぁ、ぁははは……。それを言われると何も言えないんだけど……。でもアレは非正規の記事だし、普段はちゃんと真面目な記事を書いているんだよ?」
「へえ、そうなんだね。アレ以外は、まだ余り見た事が無いからなぁ」
 ミモの顔が苦笑いから、悲しみのそれに変わる。
「1年生は、そうだよね。……でもね、本当だよ?! アレは、藤枝先輩の暴走だったの! 勝手に書いて、勝手に貼っちゃったの! まあくんもハンコが押してなかったの、見たでしょ?! いつもはっ! いつもはっ!!」
 その瞳はとても必死で、今にも泣きそうで……。
「やり過ぎちゃったね、ごめん」
 素直に謝って、その頭を撫でる。
 ……と、しまった、麻実じゃ無かった。
 めないと……。
「ああ、ごめん、つい!」
「ううん、そのままで良いよ。何だか、心がポカポカするし」
 手をどけようとした僕に、ミモは笑いながら言った。
 ……そう言われてしまうと、直ぐには止め辛い。
「じゃあさ、今度、ミモが書いた記事を見せてよ」
「えーっ? 良いよ! ……恥ずかしいけど」
 照れ隠しにそんな事を言いながら、暫くそのままミモの頭を撫で続けた。

   ○○〇

「でも、本当に懐かしいな」
 ゾウ舎を出てカンガルーを観に向かっている時、周りを見渡しながら、ミモは感慨深げに言った。
「出会った年は来なかったけど、翌年から3年、毎年1回は皆で来たよね」
 そう言って笑うミモは、歩きながら隣を歩く僕の顔をジッと見る。
「ん? どうしたの? 前を見ないと危な……」
「……まあくんって、妹が居たっけ」
 …………ああ、それを思い出していたのか。
「うん、居るよ。麻実の事、憶えていた?」
 さっきの今で少しドキッとしたけど、冷静を装って答える。
「そうそう、麻実ちゃん! 朧気ながら、まあくんの後ろにくっ付いている子が居たなって」
 スッキリした顔で言う、ミモ。最後にミモと会った時にはまだ小1だった麻実は、ミモの事を覚えているのかな。
 そう思った時、背後から。

「おぼえてる! ここに来たよ」

 ……と、そんな大声が聞こえて来た。
 何だか声に聞き覚えが有る様な気がして、立ち止まって振り返る。
 するとそこでは、つばの大きな帽子を被った女性が2人、話をしていた。
 こっちには背中を向けているし、帽子のつばで隠れているしで顔は全く見えないけど、2人共同じ様な格好をしているし、仲の良い姉妹だろうか。
 背の高いお姉さんと思われる方の女性が、もう1人の子の口を押さえ、辺りを伺っている。
 だとすると、大声を出したのは、口を押えられている小さい子の方なのかな。
 首を傾げながら考えていると、隣のミモも同じ様にしていた。
「ねえ、まあくん」
 不意に、ミモは僕の顔を見上げて口を開いた。
「どうしたの?」
「今日さ、ことちゃんと麻実ちゃんも誘えば良かったかな」
「え?」
 僕とデートをしたいと言ったのはミモなのに、急にどう云った風の吹き回しだろう。
「あの2人を見ていたら、ことちゃんと麻実ちゃんもあんなに仲が良かったっけって、少し思い出してさ。今日まあくんと2人で来たいって思ったのは、例の記事を見て『ことちゃんだけズルい!』って思ったからなんだけど、……今は今で凄く楽しいんだけど……、4人で来たら、また違う楽しみとか感慨が有ったのかもなって思ったの」
 そう言ったミモの表情は、真剣な物だった。
 だから。
「じゃあ、訊いてみよっか」
 僕は、スマホを取り出しながらそう応えた。
「うん!」
 嬉しそうに笑ったミモの顔を見ながら、メッセージアプリのことりとのトークルームを開いて、メッセージを打って送信する。
『ことりって、今、どこに居る?』
 近ければ誘えば良いし、遠かったり用事が有りそうならまた今度一緒に来る事にしよう。年パス買ったし。
 ……送るのを麻実では無くことりにしたのは、用事があるとすればことりの方だから。
 何せ、麻実は今朝、母さん達と一緒に喫茶店のモーニングに行っていた程だし。
 母さんがモーニングに行く時はご飯の用意がされていないから仕方無く僕も大体は一緒に行くんだけど、一度行くと母さん達2人の話が長いんだ。
 酷い時には、そのまま昼御飯になる。
 幸い、僕も中学の頃とか、休日の用事は無かったから良かったんだけど。
 バーガー類も美味しいし。
「取り敢えずことりにメッセージを送っておいたから、カンガルーを観に行かない?」
 スマホからミモに視線を移して、次に観る動物を提案する。
「うん、行こう!」

「まもる?!」

 ミモの返事を聞いて歩き出した時、また後ろの方からそんな素っ頓狂な声が聞こえて来た。
 再び足を止めて声がした方を見ると、さっきの2人が居て、小さい子の方が大きい方の人にくっ付いている。
 そして2人はそのまま、くっ付いたまま正門の方にゆっくりと歩き出した。
 何かを言い聞かせている様にも見える。
 ……そうするとあの2人は親子で、娘さんの聞き分けが悪くて何だかの約束を守らなくて、お母さんが怒って帰ろうとする処に縋って謝っているのかも知れないな。
 いや、それは、姉妹でも成立し得るか。
 ともあれ、そう考えると自業自得にはなるけど、あの小さい方の子が少し可哀想に思えて来た。
「あの子達、帰っちゃうのかな。まだ来てそんなに経ってないのに」
 同じ様に考えたのか、ミモはそう呟いた。

 ……とその時、僕の手の中でスマホが震えた。
『麻実ちゃんと遊んでいるよ! ミモちゃんとの東山デート、楽しんでね!』
 確認してみると、ことりからのそんな返事と、『Good Luck!』とウサギが親指を立てているスタンプ。
 ……はて。
「もしかして、ことちゃん?」
「うん、麻実と遊んでいるんだって。……でも東山デートってどうして知っているんだろう? 今日は偶々モーニングについて行っていて、母さんにでも聞いたのかな?」
 背伸びをしながらスマホの画面を覗き込もうとするミモに、開いたままの画面を見せる。
 ……モーニングから帰ってそのまま2人で遊んでいるのだとすれば、一応、流れは自然に繋がる。
「……あ、今日の場所がここなのは、私が昨日ことちゃんに教えちゃったの。……ダメだったかな……」
「ああ、そうなんだ。いや、どうして知っているのかなって不思議に思っただけだから。全然問題無いよ」
 申し訳無さそうに言ったミモの頭を軽く撫でてやると、ホッと安堵の息を吐いた。
 ……良くないのは分かっているけど、何だか並んでいると麻実みたいに思えて、つい。何でだろう。
「それじゃあ、……今度こそ、カンガルーを観に行こうか」
「ことちゃんもデート楽しんでねって言ってくれているし、今日の処はお言葉に甘えて、誘うのはまた今度にして、2人で楽しもうね!」
 悪戯な笑みを見せたミモは、元気良く前後に手を振って歩き出した。
 慌てて追いかけて、その横に並んで歩く。

 折角だし、2人に、何かお土産でも買って行ってあげようかな。
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