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残り十か月
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「それで?」
「そっからアイツらとなーんか気まずくなっちゃってさ。しかも森が大声で騒いだせいで爆速で噂が広まってて、おれ大学行くと有名人かよってくらいジロジロ見られんの。なんかもー全部ダルくなったから最近大学行ってない」
「だから今日はアンタ一人なのね……」
「そーなの」
マスターはおっきい溜息をつきながら、ハイボールをバーカウンターに置いた。マスターが作ってくれるハイボールはガチでうまい。具体的に何がうまいかって聞かれると首を傾げるしかないんだけど、とにかくうまいの。うまいったらうまいの。
おれが店に入ると、マスターはすぐにウイスキー瓶を手に取ってくれる。なんかさ、常連って感じがしていいよね。そーゆーの。まあ、はじめは「うちは居酒屋じゃないのよ」とか悪態をつかれることもあったけど。ハイボールはマスターのビトク?に反するらしい。よくわからん。
周りを見渡しても、相変わらずここには客がいない。たまーにくたびれたおっちゃんがいるくらい。だからおれと森、田中、山田はここでダベることが多かった。ダラダラくだらない話したり、女連れ込んでわちゃわちゃしたり。「うちは学生のたまり場じゃないのよ」とか口うるさい人のことを無視しつつ。まあ、そうやってダベることももうないけどね。
「余命一年、ねえ」
「お、信じてくれんの?」
「アンタ平気で嘘つくけど、ある程度の弁えはあるじゃない」
「それなー」
マスターの言うとおり。おれはテキトー120%で構成されてる人間だけど、さすがに言っていいことと悪いことの区別くらいはつくわけ。なーんであいつらはそれを分かってくんないかな。
「てかいまさらムカついてきたんだけど。おれ怒られて大学も行けんくなって散々じゃね?」
「そうねえ、折れるべきはあの子たちだったと思うわ」
「でしょ?」
「ただ、アンタにも非はあるわよ」
「はぁ?なんで?」
「それは自分で気付きなさい」
こういうときだけ大人ヅラしやがってムカつく。目を細めて睨んだけど、マスターはしらーっとした顔でグラスを拭いてる。
「まあいいや」
「良くないでしょ」
「いーの」
ぐっとハイボールをあおったら、空っぽの胃がかっと熱くなった。
まあでも、マスターの指摘はちょっとだけ耳の痛い話だったりする。おんなじようなことをダチとか元カノにも言われたことがあるから。「なんで分かんないの?」とか。「お前って人の心ないよな」とか。仲良くなったやつから結構な確率で言われる。
けどおれ、向上心ないんだよね。ゆるーく生きてたいわけですよ。だから、おれは何言われても多分一生このまんま。まあ、こんなおれが嫌なら離れてってもらって、どうぞ。って感じで。
おれ、あんまり執着もしないタイプ。だから趣味もダチも彼女もコロコロ入れ替わるし、去ってったやつらに戻ってきて欲しいとか思ったこともない。だから森と田中と山田には悪いけど、アイツらが離れてったのもおれにとっては日常の一部って感じ。てかこーゆーの慣れてる。
ハクジョーだって言われることもあるけど、おれ、そもそもハクジョーの意味よく分かってねえし。
ま、要するに、生きてはいるんだけど、ただ息吸ってるだけなんだよね、おれ。だから別に余命六十年だろうが一年だろうがあんま変わんない。むしろ一生働くより、早めに死んだ方がラッキーじゃね?とか思ったり。
「そういえば、アンタお酒なんて飲んでいいの?」
「うん、なにしてもいーって」
「そんなわけないじゃない」
「ほんとほんと。なんかね、弱ったりとか苦しんだりとかあんま無いらしいよ。心臓が止まる瞬間はちょい苦しいかもって言われたけど。ラッキーだよね」
マスターは口を開いたけど、結局なにも言わなかった。
代わりに空いたグラスが下げられて、新しいハイボールが出てきた。マスターは何も言わないけど、多分これは「サービス」ってやつだ。
「……うん。いきなり逝っちゃうよりは、一年間の猶予がある方がお得なのかもね」
「でしょ?」
「じゃあこれからの計画立てなきゃ」
「え、何の」
「例えば旅行行くとかね。とにかく、やりたいことは全部やりなさいよ。一年なんてあっという間なんだから毎日楽しく生きなさい」
ハイボールを喉に流し込みながらやりたいことってのを考えてみたけど、一つも思いつかん。親孝行って言ってもとっくの昔に親死んでるし、なんかやるって言ってもね。ダチとスケボーやったりとか、元カノとフェス行ったりとかしたけど、一人で行こうとは思わんし。
こうやって考えると、おれってまじで自分無いな。ヘコむわー、とか言ってみたりして。
「海は?」
「おれ海きらい」
「あら、それは皮肉な話ね」
自分が無いことに定評があるおれだけど、マジで海だけは無理。本気で無理。ゴキブリよりも無理。
基本的におれはイエスマン。けど、ダチとか彼女とかに「海行こ」って誘われても絶対断ってる。これだけは絶対に譲れん。
「自分の名前なのにね」
「それが嫌なの!」
おれが珍しく声を荒げたからかマスターは目を丸くしてた。急いでほっぺたをぐにぐにと揉んで、いつもみたいにへらっと笑う。
「マスター」
「なによ」
「ハイボールもう一杯サービスしてよ」
「調子に乗るな」
でも、マスターはなんだかんだでもう一杯サービスしてくれた。最高。
大学も行ってないし、おれやることないし、あと十か月ここ通いまくるか。ハイボール飲み放題だし。
「そっからアイツらとなーんか気まずくなっちゃってさ。しかも森が大声で騒いだせいで爆速で噂が広まってて、おれ大学行くと有名人かよってくらいジロジロ見られんの。なんかもー全部ダルくなったから最近大学行ってない」
「だから今日はアンタ一人なのね……」
「そーなの」
マスターはおっきい溜息をつきながら、ハイボールをバーカウンターに置いた。マスターが作ってくれるハイボールはガチでうまい。具体的に何がうまいかって聞かれると首を傾げるしかないんだけど、とにかくうまいの。うまいったらうまいの。
おれが店に入ると、マスターはすぐにウイスキー瓶を手に取ってくれる。なんかさ、常連って感じがしていいよね。そーゆーの。まあ、はじめは「うちは居酒屋じゃないのよ」とか悪態をつかれることもあったけど。ハイボールはマスターのビトク?に反するらしい。よくわからん。
周りを見渡しても、相変わらずここには客がいない。たまーにくたびれたおっちゃんがいるくらい。だからおれと森、田中、山田はここでダベることが多かった。ダラダラくだらない話したり、女連れ込んでわちゃわちゃしたり。「うちは学生のたまり場じゃないのよ」とか口うるさい人のことを無視しつつ。まあ、そうやってダベることももうないけどね。
「余命一年、ねえ」
「お、信じてくれんの?」
「アンタ平気で嘘つくけど、ある程度の弁えはあるじゃない」
「それなー」
マスターの言うとおり。おれはテキトー120%で構成されてる人間だけど、さすがに言っていいことと悪いことの区別くらいはつくわけ。なーんであいつらはそれを分かってくんないかな。
「てかいまさらムカついてきたんだけど。おれ怒られて大学も行けんくなって散々じゃね?」
「そうねえ、折れるべきはあの子たちだったと思うわ」
「でしょ?」
「ただ、アンタにも非はあるわよ」
「はぁ?なんで?」
「それは自分で気付きなさい」
こういうときだけ大人ヅラしやがってムカつく。目を細めて睨んだけど、マスターはしらーっとした顔でグラスを拭いてる。
「まあいいや」
「良くないでしょ」
「いーの」
ぐっとハイボールをあおったら、空っぽの胃がかっと熱くなった。
まあでも、マスターの指摘はちょっとだけ耳の痛い話だったりする。おんなじようなことをダチとか元カノにも言われたことがあるから。「なんで分かんないの?」とか。「お前って人の心ないよな」とか。仲良くなったやつから結構な確率で言われる。
けどおれ、向上心ないんだよね。ゆるーく生きてたいわけですよ。だから、おれは何言われても多分一生このまんま。まあ、こんなおれが嫌なら離れてってもらって、どうぞ。って感じで。
おれ、あんまり執着もしないタイプ。だから趣味もダチも彼女もコロコロ入れ替わるし、去ってったやつらに戻ってきて欲しいとか思ったこともない。だから森と田中と山田には悪いけど、アイツらが離れてったのもおれにとっては日常の一部って感じ。てかこーゆーの慣れてる。
ハクジョーだって言われることもあるけど、おれ、そもそもハクジョーの意味よく分かってねえし。
ま、要するに、生きてはいるんだけど、ただ息吸ってるだけなんだよね、おれ。だから別に余命六十年だろうが一年だろうがあんま変わんない。むしろ一生働くより、早めに死んだ方がラッキーじゃね?とか思ったり。
「そういえば、アンタお酒なんて飲んでいいの?」
「うん、なにしてもいーって」
「そんなわけないじゃない」
「ほんとほんと。なんかね、弱ったりとか苦しんだりとかあんま無いらしいよ。心臓が止まる瞬間はちょい苦しいかもって言われたけど。ラッキーだよね」
マスターは口を開いたけど、結局なにも言わなかった。
代わりに空いたグラスが下げられて、新しいハイボールが出てきた。マスターは何も言わないけど、多分これは「サービス」ってやつだ。
「……うん。いきなり逝っちゃうよりは、一年間の猶予がある方がお得なのかもね」
「でしょ?」
「じゃあこれからの計画立てなきゃ」
「え、何の」
「例えば旅行行くとかね。とにかく、やりたいことは全部やりなさいよ。一年なんてあっという間なんだから毎日楽しく生きなさい」
ハイボールを喉に流し込みながらやりたいことってのを考えてみたけど、一つも思いつかん。親孝行って言ってもとっくの昔に親死んでるし、なんかやるって言ってもね。ダチとスケボーやったりとか、元カノとフェス行ったりとかしたけど、一人で行こうとは思わんし。
こうやって考えると、おれってまじで自分無いな。ヘコむわー、とか言ってみたりして。
「海は?」
「おれ海きらい」
「あら、それは皮肉な話ね」
自分が無いことに定評があるおれだけど、マジで海だけは無理。本気で無理。ゴキブリよりも無理。
基本的におれはイエスマン。けど、ダチとか彼女とかに「海行こ」って誘われても絶対断ってる。これだけは絶対に譲れん。
「自分の名前なのにね」
「それが嫌なの!」
おれが珍しく声を荒げたからかマスターは目を丸くしてた。急いでほっぺたをぐにぐにと揉んで、いつもみたいにへらっと笑う。
「マスター」
「なによ」
「ハイボールもう一杯サービスしてよ」
「調子に乗るな」
でも、マスターはなんだかんだでもう一杯サービスしてくれた。最高。
大学も行ってないし、おれやることないし、あと十か月ここ通いまくるか。ハイボール飲み放題だし。
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