余命一年のおれの話

サラダ菜

文字の大きさ
上 下
3 / 8

残り十か月

しおりを挟む
「それで?」
「そっからアイツらとなーんか気まずくなっちゃってさ。しかも森が大声で騒いだせいで爆速で噂が広まってて、おれ大学行くと有名人かよってくらいジロジロ見られんの。なんかもー全部ダルくなったから最近大学行ってない」
「だから今日はアンタ一人なのね……」
「そーなの」

マスターはおっきい溜息をつきながら、ハイボールをバーカウンターに置いた。マスターが作ってくれるハイボールはガチでうまい。具体的に何がうまいかって聞かれると首を傾げるしかないんだけど、とにかくうまいの。うまいったらうまいの。
おれが店に入ると、マスターはすぐにウイスキー瓶を手に取ってくれる。なんかさ、常連って感じがしていいよね。そーゆーの。まあ、はじめは「うちは居酒屋じゃないのよ」とか悪態をつかれることもあったけど。ハイボールはマスターのビトク?に反するらしい。よくわからん。

周りを見渡しても、相変わらずここには客がいない。たまーにくたびれたおっちゃんがいるくらい。だからおれと森、田中、山田はここでダベることが多かった。ダラダラくだらない話したり、女連れ込んでわちゃわちゃしたり。「うちは学生のたまり場じゃないのよ」とか口うるさい人のことを無視しつつ。まあ、そうやってダベることももうないけどね。

「余命一年、ねえ」
「お、信じてくれんの?」
「アンタ平気で嘘つくけど、ある程度のわきまえはあるじゃない」
「それなー」

マスターの言うとおり。おれはテキトー120%で構成されてる人間だけど、さすがに言っていいことと悪いことの区別くらいはつくわけ。なーんであいつらはそれを分かってくんないかな。

「てかいまさらムカついてきたんだけど。おれ怒られて大学も行けんくなって散々じゃね?」
「そうねえ、折れるべきはあの子たちだったと思うわ」
「でしょ?」
「ただ、アンタにも非はあるわよ」
「はぁ?なんで?」
「それは自分で気付きなさい」

こういうときだけ大人ヅラしやがってムカつく。目を細めて睨んだけど、マスターはしらーっとした顔でグラスを拭いてる。

「まあいいや」
「良くないでしょ」
「いーの」

ぐっとハイボールをあおったら、空っぽの胃がかっと熱くなった。

まあでも、マスターの指摘はちょっとだけ耳の痛い話だったりする。おんなじようなことをダチとか元カノにも言われたことがあるから。「なんで分かんないの?」とか。「お前って人の心ないよな」とか。仲良くなったやつから結構な確率で言われる。
けどおれ、向上心ないんだよね。ゆるーく生きてたいわけですよ。だから、おれは何言われても多分一生このまんま。まあ、こんなおれが嫌なら離れてってもらって、どうぞ。って感じで。

おれ、あんまり執着もしないタイプ。だから趣味もダチも彼女もコロコロ入れ替わるし、去ってったやつらに戻ってきて欲しいとか思ったこともない。だから森と田中と山田には悪いけど、アイツらが離れてったのもおれにとっては日常の一部って感じ。てかこーゆーの慣れてる。
ハクジョーだって言われることもあるけど、おれ、そもそもハクジョーの意味よく分かってねえし。

ま、要するに、生きてはいるんだけど、ただ息吸ってるだけなんだよね、おれ。だから別に余命六十年だろうが一年だろうがあんま変わんない。むしろ一生働くより、早めに死んだ方がラッキーじゃね?とか思ったり。

「そういえば、アンタお酒なんて飲んでいいの?」
「うん、なにしてもいーって」
「そんなわけないじゃない」
「ほんとほんと。なんかね、弱ったりとか苦しんだりとかあんま無いらしいよ。心臓が止まる瞬間はちょい苦しいかもって言われたけど。ラッキーだよね」

マスターは口を開いたけど、結局なにも言わなかった。
代わりに空いたグラスが下げられて、新しいハイボールが出てきた。マスターは何も言わないけど、多分これは「サービス」ってやつだ。

「……うん。いきなり逝っちゃうよりは、一年間の猶予がある方がお得なのかもね」
「でしょ?」
「じゃあこれからの計画立てなきゃ」
「え、何の」
「例えば旅行行くとかね。とにかく、やりたいことは全部やりなさいよ。一年なんてあっという間なんだから毎日楽しく生きなさい」

ハイボールを喉に流し込みながらやりたいことってのを考えてみたけど、一つも思いつかん。親孝行って言ってもとっくの昔に親死んでるし、なんかやるって言ってもね。ダチとスケボーやったりとか、元カノとフェス行ったりとかしたけど、一人で行こうとは思わんし。
こうやって考えると、おれってまじで自分無いな。ヘコむわー、とか言ってみたりして。

「海は?」
「おれ海きらい」
「あら、それは皮肉な話ね」

自分が無いことに定評があるおれだけど、マジで海だけは無理。本気で無理。ゴキブリよりも無理。
基本的におれはイエスマン。けど、ダチとか彼女とかに「海行こ」って誘われても絶対断ってる。これだけは絶対に譲れん。

「自分の名前なのにね」
「それが嫌なの!」

おれが珍しく声を荒げたからかマスターは目を丸くしてた。急いでほっぺたをぐにぐにと揉んで、いつもみたいにへらっと笑う。

「マスター」
「なによ」
「ハイボールもう一杯サービスしてよ」
「調子に乗るな」

でも、マスターはなんだかんだでもう一杯サービスしてくれた。最高。
大学も行ってないし、おれやることないし、あと十か月ここ通いまくるか。ハイボール飲み放題だし。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...