45 / 49
あなたが分からないです
④
しおりを挟む
「最近ここに入り浸りだな」
「すぐ吸いたくなるんだよ」
「ま、理由が理由だしな」
村田は唇にタバコを咥えながらくくっと笑った。
「理由」とやらに言及するのはやめた。
どうせ一昨日の出来事もコイツの耳にまで届いているということだろう。
「…」
煙をくゆらせながら、ニコチンに頼りきりの自分に辟易する。
先輩達も色々と察しているのか口を出すことは無いが、ここに入り浸りすぎていると自分でも分かっている。
「はぁ」
「疲れてんなあ」
疲れるのも当たり前だ。
一連の環さんとの出来事に加え、あの食堂事件の後も環さんからの視線は絶えない。
あの人が何を考えているのか全く分からない。
「どうする、今週も…あ、お疲れ様です」
「お疲れー」
「!げほっ」
伸びをしながら喫煙室に入ってきた人物を目にして、変なところに煙が入った。
男は相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。
「おー犬飼!久々だな」
「研修ではお世話になりました」
笑いながら俺と対峙している本川先輩を見る限り、やはり泥酔していた時の記憶はないのだろう。
だが、環さんに対する過去の言動を考えると笑顔で接する気にはなれない。
少しだけ目を合わせ、すぐに視線を逸らした。
「犬飼、なんで副部長と別れたんだよ」
あまりにも不躾な質問に室内が静まり返る。
「先輩…コイツ傷心中なんでほっといてやってください」
村田のフォローに助けられた。
この人、自覚があるのかないのか、よりによって人が一番触れられたくないところに土足で踏み込んでくる。
悪びれる様子もなくタバコをふかしている先輩にどうしようもなく苛立つ。
駄目だ。この人と話していたらそのうち手を出しかねない。
タバコを乱雑にしまい、無言で出口へと向かった。
「おいおい、もうちょい話そうぜ?」
「…大した話もないですよ」
「いいからいいから!」
本川先輩に腕を掴まれた。
明らかに不機嫌そうな雰囲気の俺を目の前にして依然と笑い続ける男を見て、背筋に寒気が走る。
この人は、こんなにも楽しそうに笑っていただろうか。
「なあ、副部長処女だったろ」
「…は?」
「数か月前まであんな色気なかったよな、あの人。犬飼が開発したんじゃねえの?」
「さ、さすがにデリカシーなさすぎですよ先輩!」
「まーいいじゃんそーいうのはさ。男同士無礼講ってやつだろ?」
村田は懸命に話題を変えようとしているが、この男は動じない。
それどころか、目を三日月形に変えて心底楽しそうに笑っている。
「俺さー、人のもんだった奴を俺好みに変えるの大好きなんだわ。だから犬飼に色々と聞いときたいんだよね」
「…え?俺なんか変なこと言った?」
歪な笑みを浮かべて世間話でもするかのようにつらつらと話し続ける先輩。
俺も、あの村田でさえも凍り付いていた。
村田の口元からタバコの灰が落ちていく。
「女癖が悪い」なんて言葉では済まされない。
自分が育て上げた後輩をダシにして、自分の欲望を満たそうとするこの男は間違いなく狂っている。
タチが悪いことに、この人はそれを悪だと思っていない。
この人にとって女を落とすことは、昼飯を食べることと同列くらいに認識しているのだろう。
研修時、先輩は時間が許す限り俺たちに構ってくれた。
業務内容だけではなく、社会人としての振る舞い方とか、息の抜き方とか、有益な情報を惜しむことなく教えてくれた。
先輩の人柄の良さや仕事ぶりを考えれば、女癖が悪いのも納得できた。
どんなに素敵な人間でも欠点の一つや二つ存在するのだから。
今までなら先輩の話に同調して笑うことができた。
女癖の悪さも仕方ないだろうと思えた。
だが、この人が環さんを狙っているのなら話は別だ。
「あ、ごめん、俺行くわ」
何を言葉にするべきかもわからず、ただ胸の内に滾るどす黒いものを抱えていると、先輩はまだ半分以上残っているタバコを消してすぐに外へと出ていった。
あの人にとって女は落とすもので、付き合うものではない。
女を「落とす」ことが好きな人だ。
俺が言えた義理ではないのは分かっている。
だけど、あの男の毒牙にだけはかかってほしくない。
アイツに渡すくらいなら、いっそ俺が―――
「犬飼、犬飼っ」
「あ?」
「あれ、行った方がいいんじゃねえの!」
焦る村田が指さす先には、自販機の手前に見える二つの人影。
先程まで喫煙室にいた先輩が誰かと話し込んでいる。
隣では見覚えのあるポニーテールが揺れている。
その光景を認識した瞬間、体が勝手に動いていた。
「すぐ吸いたくなるんだよ」
「ま、理由が理由だしな」
村田は唇にタバコを咥えながらくくっと笑った。
「理由」とやらに言及するのはやめた。
どうせ一昨日の出来事もコイツの耳にまで届いているということだろう。
「…」
煙をくゆらせながら、ニコチンに頼りきりの自分に辟易する。
先輩達も色々と察しているのか口を出すことは無いが、ここに入り浸りすぎていると自分でも分かっている。
「はぁ」
「疲れてんなあ」
疲れるのも当たり前だ。
一連の環さんとの出来事に加え、あの食堂事件の後も環さんからの視線は絶えない。
あの人が何を考えているのか全く分からない。
「どうする、今週も…あ、お疲れ様です」
「お疲れー」
「!げほっ」
伸びをしながら喫煙室に入ってきた人物を目にして、変なところに煙が入った。
男は相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。
「おー犬飼!久々だな」
「研修ではお世話になりました」
笑いながら俺と対峙している本川先輩を見る限り、やはり泥酔していた時の記憶はないのだろう。
だが、環さんに対する過去の言動を考えると笑顔で接する気にはなれない。
少しだけ目を合わせ、すぐに視線を逸らした。
「犬飼、なんで副部長と別れたんだよ」
あまりにも不躾な質問に室内が静まり返る。
「先輩…コイツ傷心中なんでほっといてやってください」
村田のフォローに助けられた。
この人、自覚があるのかないのか、よりによって人が一番触れられたくないところに土足で踏み込んでくる。
悪びれる様子もなくタバコをふかしている先輩にどうしようもなく苛立つ。
駄目だ。この人と話していたらそのうち手を出しかねない。
タバコを乱雑にしまい、無言で出口へと向かった。
「おいおい、もうちょい話そうぜ?」
「…大した話もないですよ」
「いいからいいから!」
本川先輩に腕を掴まれた。
明らかに不機嫌そうな雰囲気の俺を目の前にして依然と笑い続ける男を見て、背筋に寒気が走る。
この人は、こんなにも楽しそうに笑っていただろうか。
「なあ、副部長処女だったろ」
「…は?」
「数か月前まであんな色気なかったよな、あの人。犬飼が開発したんじゃねえの?」
「さ、さすがにデリカシーなさすぎですよ先輩!」
「まーいいじゃんそーいうのはさ。男同士無礼講ってやつだろ?」
村田は懸命に話題を変えようとしているが、この男は動じない。
それどころか、目を三日月形に変えて心底楽しそうに笑っている。
「俺さー、人のもんだった奴を俺好みに変えるの大好きなんだわ。だから犬飼に色々と聞いときたいんだよね」
「…え?俺なんか変なこと言った?」
歪な笑みを浮かべて世間話でもするかのようにつらつらと話し続ける先輩。
俺も、あの村田でさえも凍り付いていた。
村田の口元からタバコの灰が落ちていく。
「女癖が悪い」なんて言葉では済まされない。
自分が育て上げた後輩をダシにして、自分の欲望を満たそうとするこの男は間違いなく狂っている。
タチが悪いことに、この人はそれを悪だと思っていない。
この人にとって女を落とすことは、昼飯を食べることと同列くらいに認識しているのだろう。
研修時、先輩は時間が許す限り俺たちに構ってくれた。
業務内容だけではなく、社会人としての振る舞い方とか、息の抜き方とか、有益な情報を惜しむことなく教えてくれた。
先輩の人柄の良さや仕事ぶりを考えれば、女癖が悪いのも納得できた。
どんなに素敵な人間でも欠点の一つや二つ存在するのだから。
今までなら先輩の話に同調して笑うことができた。
女癖の悪さも仕方ないだろうと思えた。
だが、この人が環さんを狙っているのなら話は別だ。
「あ、ごめん、俺行くわ」
何を言葉にするべきかもわからず、ただ胸の内に滾るどす黒いものを抱えていると、先輩はまだ半分以上残っているタバコを消してすぐに外へと出ていった。
あの人にとって女は落とすもので、付き合うものではない。
女を「落とす」ことが好きな人だ。
俺が言えた義理ではないのは分かっている。
だけど、あの男の毒牙にだけはかかってほしくない。
アイツに渡すくらいなら、いっそ俺が―――
「犬飼、犬飼っ」
「あ?」
「あれ、行った方がいいんじゃねえの!」
焦る村田が指さす先には、自販機の手前に見える二つの人影。
先程まで喫煙室にいた先輩が誰かと話し込んでいる。
隣では見覚えのあるポニーテールが揺れている。
その光景を認識した瞬間、体が勝手に動いていた。
0
お気に入りに追加
308
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる