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あなたが分からないです

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「最近ここに入り浸りだな」

「すぐ吸いたくなるんだよ」

「ま、理由が理由だしな」

村田は唇にタバコを咥えながらくくっと笑った。
「理由」とやらに言及するのはやめた。
どうせ一昨日おとついの出来事もコイツの耳にまで届いているということだろう。

「…」

煙をくゆらせながら、ニコチンに頼りきりの自分に辟易する。
先輩達も色々と察しているのか口を出すことは無いが、ここに入り浸りすぎていると自分でも分かっている。

「はぁ」

「疲れてんなあ」

疲れるのも当たり前だ。
一連の環さんとの出来事に加え、あの食堂事件の後も環さんからの視線は絶えない。
あの人が何を考えているのか全く分からない。

「どうする、今週も…あ、お疲れ様です」

「お疲れー」

「!げほっ」

伸びをしながら喫煙室に入ってきた人物を目にして、変なところに煙が入った。
男は相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。

「おー犬飼!久々だな」

「研修ではお世話になりました」

笑いながら俺と対峙している本川先輩を見る限り、やはり泥酔していた時の記憶はないのだろう。
だが、環さんに対する過去の言動を考えると笑顔で接する気にはなれない。
少しだけ目を合わせ、すぐに視線を逸らした。

「犬飼、なんで副部長と別れたんだよ」

あまりにも不躾な質問に室内が静まり返る。

「先輩…コイツ傷心中なんでほっといてやってください」

村田のフォローに助けられた。
この人、自覚があるのかないのか、よりによって人が一番触れられたくないところに土足で踏み込んでくる。
悪びれる様子もなくタバコをふかしている先輩にどうしようもなく苛立つ。

駄目だ。この人と話していたらそのうち手を出しかねない。
タバコを乱雑にしまい、無言で出口へと向かった。

「おいおい、もうちょい話そうぜ?」

「…大した話もないですよ」

「いいからいいから!」

本川先輩に腕を掴まれた。
明らかに不機嫌そうな雰囲気の俺を目の前にして依然と笑い続ける男を見て、背筋に寒気が走る。
この人は、こんなにも楽しそうに笑っていただろうか。

「なあ、副部長処女だったろ」

「…は?」

「数か月前まであんな色気なかったよな、あの人。犬飼が開発したんじゃねえの?」

「さ、さすがにデリカシーなさすぎですよ先輩!」

「まーいいじゃんそーいうのはさ。男同士無礼講ってやつだろ?」

村田は懸命に話題を変えようとしているが、この男は動じない。
それどころか、目を三日月形に変えて心底楽しそうに笑っている。

「俺さー、人のもんだった奴を俺好みに変えるの大好きなんだわ。だから犬飼に色々と聞いときたいんだよね」

「…え?俺なんか変なこと言った?」

歪な笑みを浮かべて世間話でもするかのようにつらつらと話し続ける先輩。
俺も、あの村田でさえも凍り付いていた。
村田の口元からタバコの灰が落ちていく。

「女癖が悪い」なんて言葉では済まされない。
自分が育て上げた後輩をダシにして、自分の欲望を満たそうとするこの男は間違いなく狂っている。

タチが悪いことに、この人はそれを悪だと思っていない。
この人にとって女を落とすことは、昼飯を食べることと同列くらいに認識しているのだろう。


研修時、先輩は時間が許す限り俺たちに構ってくれた。
業務内容だけではなく、社会人としての振る舞い方とか、息の抜き方とか、有益な情報を惜しむことなく教えてくれた。

先輩の人柄の良さや仕事ぶりを考えれば、女癖が悪いのも納得できた。
どんなに素敵な人間でも欠点の一つや二つ存在するのだから。

今までなら先輩の話に同調して笑うことができた。
女癖の悪さも仕方ないだろうと思えた。

だが、この人が環さんを狙っているのなら話は別だ。

「あ、ごめん、俺行くわ」

何を言葉にするべきかもわからず、ただ胸の内にたぎるどす黒いものを抱えていると、先輩はまだ半分以上残っているタバコを消してすぐに外へと出ていった。

あの人にとって女は落とすもので、付き合うものではない。
女を「落とす」ことが好きな人だ。

俺が言えた義理ではないのは分かっている。
だけど、あの男の毒牙にだけはかかってほしくない。

アイツに渡すくらいなら、いっそ俺が―――

「犬飼、犬飼っ」

「あ?」

「あれ、行った方がいいんじゃねえの!」

焦る村田が指さす先には、自販機の手前に見える二つの人影。
先程まで喫煙室にいた先輩が誰かと話し込んでいる。
隣では見覚えのあるポニーテールが揺れている。

その光景を認識した瞬間、体が勝手に動いていた。
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