スキの気持ち

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「あらあら、まぁまぁ」
出迎えてくれたお母さんは、岡崎を見ると大袈裟に声を上げた。
「…ただいま」
手を繋いだままだったことに気付いて、慌てて離そうとするのに岡崎の手は離れない。
え?力つよ。

「お邪魔します。岡崎蓮です。かなえ、さんと今日からお付き合いしています」
にこやかにそう言う岡崎。
私はどんな顔をすれば良いの?
微妙に気まずい。

というか、変な所で区切る岡崎に違和感を感じる。
かなえって呼び捨てでも良いけど。
お母さんに気を遣っているのかな?
そんなことを考える私とは別に、お母さんはご機嫌だった。

「まぁまぁ、こんなにぼんやりした子なのにね?蓮君は良いのかしら?」
「はい、彼女・・が良いんです」
お母さんの呑気な問いかけ。
それに答える岡崎。
「ま、立ち話もなんだし上がってちょうだい?」

お母さんは特に変わりなく私を見た。
でも何か、恥ずかしい気がする。
自分の家なのに。
いや、自分の家だからだ。

「はい、ありがとうございます。お邪魔します」
岡崎は何事もないように家に上がった。
私も渋々続く。
「お母さんって呼んでも良いんですか?」
岡崎の言葉に、お母さんが『キャ』と首を竦める。

「こんなにカッコいい子に、お母さんとか言われるの嬉しいわね。息子になってくれるの?夢みたい」
いや、兄貴いるじゃん。
男の子がいなくて、岡崎のことを息子に見立てるのとはまたわけが違う。
「お母さん?あまり浮かれないでね?」

私の言葉に、お母さんは『そうね』と笑った。
だけど、格段に機嫌は良さそうだ。
「飲み物は何が良いかしら?」
「何でも飲みます」
「良い子だし、家の子達と大違い」

「それは、流石に失礼でしょ?」
私の言葉にお母さんはふふと笑った。
「かなえの部屋、掃除機かけといたから」
お母さんの余計な一言に少しもやっとする。

「また勝手に」
「だって、初めてお付き合いした彼氏でしょ?」
お母さんのケロリとした言葉。
「…まぁ、それはそうだけど…」

「じゃ、綺麗な部屋の方が良いじゃない」
「そういうことじゃなくて」
「かなえの部屋は、ほとんど散らかってないから良いじゃない?あずさの部屋なんて、酷いものよ?」
妹の部屋は、何と言うか多趣味と言う感じの部屋だ。

アニメキャラのポスターに、ゲームのキャラクターぬいぐるみ、漫画や雑誌などが常に部屋に散りばめられている。
妹の中では、ちゃんとした配置らしいけれど。
私は妹の部屋に行くと、色と情報量が多いことに毎回驚く。

「それこそ、余計なお世話かと思うけど」
「え?じゃあ、かなえはリビングで良いの?」
お母さんの不思議がる響きに頷く。
「え?良いけど?」
逆に聞かれるけれど、何か私の部屋に岡崎がいるのは少し困る。

そう、これは困るという感情だ。
急に今日からお付き合いすることになって、いきなり岡崎が「彼氏」になった。
流れとはいうけれど、そんなに普通に私の家に来ることに気持ちが追いついていない気がした。
だから、気持ちで“嫌だな”と思うことは譲らないようにしないと。
そんなことをぼんやりと考える。

「そうなの?なら良いけど」
お母さんは私の考えが分かったのか、無理に私の部屋を進めはしなかった。
そのことにホッとする。
「じゃあ、おやつね」
お母さんは、先にリビングに向かう。
私は手洗いをしたいから洗面台に、と思い岡崎がいることを思い出す。

繋いだままの手に意識が向く。
結局お母さんの前でも手は繋いだままだったし。
こういう所は、少し強引だなぁ。
だけど、お母さんとのやりとりを聞かれたのは何か照れてしまう。

「…恥ずかしいなぁ。ごめん」
「何で?俺、やっぱかなえの家好きだわ」
「…逆に何で?」
「時間がゆったりしてるっていうの?そういうの、落ち着く」

岡崎の言葉に、曖昧に頷く。
「私は、手洗いに行きます」
「じゃ、俺もそれに続きます」
揶揄っている口調の岡崎に、やっぱりもやっとする。
もやっと、というかイラっと?

「怒った?ごめん?かなえの家、というかかなえが可愛いからつい」
消化不良の気持ちを表しても、岡崎は気にしていなかった。
私だけが気にしてるの?
可愛いって言えば、何でも済むと思ってる?
「可愛い?それは流石に違くない?」
「誤魔化すんじゃなくて、実際に可愛いと思ってるから言ってる」

「ほらほら、いちゃいちゃするなら先にやること済ませなさい」
お母さんの言葉にハッとする。
いちゃいちゃしていたわけじゃない。
少し、というか確実に揉めそうな流れだった、多分。
「もう」

繋がれた手から力を抜き、手を離してほしいことを暗に訴える。
電車の中みたいに、あっさりと手は解かれた。
何だろう。
線引きが難しい。

だけど、まずは洗面台に向かい手洗いをすることに気持ちが向かっていた。
手を洗っている内に、少しだけ気分が落ち着く。
岡崎は、何で私の家が良いなんて言うんだろう。
不思議な気持ちになる。

手を洗ったついでに、うがいも済ませる。
「ふぅ」
落ち着いて鏡を見ると、後ろにいる岡崎に気付く。
というか、家に来て不機嫌になる彼女はどうなんだろう?
岡崎が好きだと言ってくれた言葉に、少し疑問が湧く。
折角好意を寄せてくれたのに、今ので取り消しになってるかも。
そんな不安が顔を覗かせる。

「態度が悪くてごめんなさい」
私の言葉に、岡崎は意外そうな顔をした。
鏡越しではなく、振り返る。
振り返っても、岡崎はやはり何とも言えない顔をしていた。
「どうしたの?」

「かなえって、本当に謎」
「何が?」
「…怒ってたのに、謝れないから俺は」

“謝れない”何でだろう?
岡崎の言葉に首を傾げる。
クスリと笑う岡崎。

「家なんて、本当の意味での自分のホームじゃん?」
「うん」
「そんな場所でいつもと違うとか、確かに嫌だなって」
「うん」

「それで揶揄われたら余計に腹立つし」
「うん」
「だから、かなえはもっと怒っても良いのに」
「うん?」

「結果、俺はかなえが好きだってこと」
「何で?」
分からない。

岡崎の言葉が、理解できない。
同じ言葉を話しているはずなのに。
何でかな?

「で、俺も手を洗って良い?」
ハッとして場所を譲る。
そして、棚から新しいタオルを探す。
新しいタオルないかな?
「このタオルで良いけど?」

岡崎の言葉に、慌てて元々セットされていたタオルを引っ張る。
だって、私いつも通りに口とか拭いてた。
やだやだ、私が嫌だ。

新しいタオルを差し出すと、じっと私が引っ張った古い方のタオルを見る。
「新しいの洗濯することになるけど?」
「良いよ別に」
「駄目か…」

岡崎は新しいタオルを受け取り手を拭いた。
「かなえのポイントが分からない」
「何が?」

「手を繋ぐ場所が限定」
それは仕方ないでしょう。
「家に来るのは良いのに、部屋は駄目」
だって、それは駄目でしょ?

え?私が変なの?
普段から自分の過ごす場所に、予定もなく人を入れるのはちょっと。
そう思ってしまう。

「岡崎は、自分の家でも部屋の方が良いの?」
「勿論」
即答だった。
何でだろう。

「だって、2人で過ごせるし…。その人のテリトリーに入れたって思えるし、何か良いじゃん?」
「…分からない」
テリトリー。
家に招いた時点でそれはクリアになっていると思うけど。

「でも、家に来れただけでもラッキー。だから、今日は諦める」
岡崎のにこやかな言葉に、ひっかかる。
「今日は?」
「次に来た時はよろしく」
「…善処します」

「おーい、飲み物何が良いのかしら?」
お母さんの声がした。
2人で顔を見合わせて思わず笑う。
さっき、私が怒りかけたこともこれで流してくれるのかな?

「はい、今行きます」
お母さんには、少しだけ良い顔をする岡崎。
何でだろう?
お母さんの機嫌は良いから、別にそれ以上気を遣わなくても良いのに。

「かなえは?何が良い?」
「私はウーロン茶が良い」
慣れている業務用のパックを取り、それをマグカップに入れる。
お湯を注げば、湯気と共に慣れた香りが広がる。

「本当にマイペース」
岡崎の笑う声に、さっきまで揉めそうだったことが薄らいだ。
「椅子と座卓どっちが良い?」
お母さんの言葉に、椅子で良いのではないかと私はさっさとダイニングテーブルに座る。

「蓮君の意思も確認しなさいよ」
「どっちでも大丈夫です」
「まぁ、良い子」
何が?
高校生にもなって親に良い子とか言われるの、通常なのかな?

「失敗したな」
家に岡崎を連れて来たこと。
「何が?というか、どこが誰の席か教えてくれると嬉しいんだけど。俺、どこに座れば良い?」
岡崎の言葉に、開いている席に座れば良いと思うのは私の性格なのだろうか。

「だって、開いてる席だらけじゃん?好きな所に座ったら?」
今、ダイニングのテーブルは6脚ある。
私が1人座っても、残り5つ分あるんだし。

「かなえって、こういう所は気遣いが出来ないんだから。ごめんなさいね?蓮君」
「いいえ。こういう所好きです」
聞こえないフリ。
ウーロン茶に息を吹きかけ、冷ますしぐさで誤魔化す。
「あらあら。じゃ、蓮君はお父さんの席かお兄ちゃんの席かしら?それともお客様用の場所?」
「ひとまず、お客様用でお願いします」

「じゃ、かなえの右側ね」
「はい」
岡崎の手には、グラスに入ったオレンジジュース。
学校ではお茶とか飲んでなかったっけ?
ちらりと見てしまった私に岡崎が笑った。
「好きなんだし良いじゃん?」
「…そうなんだ」

「蓮君は、和菓子と洋菓子どっちが良いかしら?」
お母さんは、箱を2つ用意していた。
「俺はどっちでも好きです」

「そうなの?困ったわね、蓮君そんなに気を遣わなくても良いのよ?」
お母さんの声はイキイキしている。
「本当に、家は和菓子が多かったので味には慣れていますし、ケーキも特に苦手な物はないですから」
へー、家で和菓子が多いんだ。
初めて知った岡崎のこと。

だけど、洋菓子もあるってことはケーキがあるはずだ。
「私はチョコレートケーキが良い」
私の言葉にお母さんが苦笑する。
「じゃあ、俺もそれが良いです」
更にお母さんは苦笑した。
何で?

「本当にこの子は、何でもマイペースで」
お母さんの言葉に、それはお母さんもでしょうと思う私。
「はいはい、誰かさんに似てなんでしょうね」
「あら、私かしら?」
「さぁ?」

でも、確かにお母さんの言う通り岡崎が無理をしていないか少しだけ気になった。
「岡崎、遠慮してない?」
「してない」
私の言葉にも岡崎はにこやかだ。

「かなえの家、過ごしやすいから平気」
「そうなの?」
「かなえが横にいるから」
ここなら邪魔されないし。

岡崎の呟きは私には届かなかった。
「じゃあ、2人ともチョコレートケーキね?」
「やった」
私の意識はケーキに向く。

「本当に、チョコレートケーキ好きなのね?」
お母さんの言葉にもこくこくと頷く。
「かなえはチョコレートケーキが好きなんだ。苺のクレープが好きだから、ショートケーキだと思ってたけど」

前にりかと話をしていたからかな?
何で岡崎が知っているんだろうと思ったけれど、まぁ良いかと流してしまう。
「クレープは苺が良いだけ」

岡崎の言葉に返答し、自分の前に用意されたケーキに嬉しくなる。
何でこんなにおいしい食べ物があるのだろう。
幸せ。
ケーキを前に、るんるんしている私。

「ただいまー」
妹の声がした。
あれ?今日遅かったんだ。

「あら、あずさも帰って来たのね」
お母さんの声はとても機嫌が良い。
「ねー?誰か来てるの?」
あずさがリビングに顔を出す。
「ただいま、今日誰か来る予定って…」

言葉が止まった妹に私は小さく手を振る。
「おかえり、今日は遅かったんだ?」
「まずは、こんにちはでしょ?それと先に手洗いしてきて?」
言葉が途中で止まった妹は、私と岡崎を見て固まっていた。
お母さんの促しで、妹はふらふらと洗面台に向かう。

今日、そんなに疲れることあったのかな?
そんなことを考える。
「本当に、かなえはマイペースね」
お母さんは溜め息をついていた。

妹の手洗いが終わったのだろう。
またふらふらと戻って来た妹は私の左隣に座る。
「こんにちは」
岡崎に言ったのだろう挨拶に、岡崎も『こんにちは』と返事をしていた。

「おねえちゃんの彼氏?」
「え?…あぁ、まあ」
曖昧に誤魔化してしまう。

「何で?今日来るなんて聞いてないけど?」
「なんかごめん」
「というか、私もチョコが良い」
「あら、ごめんなさいね?あとは苺のショートケーキとチーズケーキしかないの」

チョコレートケーキは私の好物、イチゴのショートは妹の好物、チーズケーキは兄貴の好物。
わかりやすいチョイス。
多分それを2個ずつ、計6個買ってきてるんだろうかとぼんやり考えた。

「あずさはショートケーキだと思ったから」
「えー」
妹の声は不満そうだ。
何で?
いつも、仲良く分かれてるじゃん。

妹の眼差しが私のお皿に注がれる。
これは食べたいと見ている眼差し。
仕方ないなぁ。

「少し、食べる?」
「いる!」
「あらあら、あずさは苺のケーキのほうが好きじゃない?」
「…今日はチョコの気分だったの!」

妹の食い気味の返答に私も苦笑する。
流石反抗期、気分がコロコロ変わるなぁ。
「上のチョコはいらないから、スポンジのとこ頂戴?」
妹の言葉に「はいはい」と三角になっている部分を少しだけフォークでカットする。

「食べたい食べたい」
「はいはい」
慣れたように妹が口を開けている所にケーキをあげる。
「おいしい!」
「それは良かった」

「お母さん、私のケーキは?」
「あらあら、食いしん坊さんなんだから」
お母さんは困ったように妹のケーキを準備する。
目の前に来たケーキに機嫌が直った妹は自分のケーキも食べ始める。
結局ショートケーキで良いんじゃん。

私の呆れた視線を勘違いし、妹はハッとする。
「どこが良い?」
妹の言葉に、食べかけのケーキをちらりと見る。
特に嫌いというわけでもないけれど、ショートケーキは好きでも嫌いでもない食べ物だ。

あれば食べる。
そんなケーキ。
「うーん、どこでも良いかな?」
「じゃあ、生クリーム多めのとこね」

「ありがとう」
自分の手にしたフォークで食べようとすると、妹は『ちょっと待って』と少し切り分けてくれた。
というか大きくない?

無理だよ。
口に入らないサイズなんだけど。
妹の大雑把な所に苦笑する。
「流石に大きいと思うんだけど」

「え?いけるっしょ?」
「無理無理」
どうやって口の中に納めろと?
妹の顔は楽しそうだ。
これはあれか?

人生初の彼氏を連れて来た姉に、精一杯の嫌がらせをしたいと?
「嫌がらせじゃないよ?」
妹の言葉に首を傾げる。
「おねえちゃんに、いっぱいおかえししたいだけ」

隣に座る妹の、こういうところが可愛いと思う。
可愛いとはこういうことを言うのだ。
岡崎。

そうしてはたと考える。
何で、岡崎は私のことを可愛いと言ったんだろう?
妹の方が、多分何倍も可愛いと思うのに。

ちらりと反対に座る岡崎に視線を動かす。
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