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それとも
三人
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「護さん?」
俺を呼ぶ春子の声。
「ん?どうした?」
それに応える俺の声。
「そんなに近くにいなくても…」
さっきから本を手にしている春子は、横にいる俺にそう苦笑する。
確かに、近いのか?
自分では、違和感に気付かない。
離婚する前は、このくらいの距離感じゃなかったか?
「あの、折角の休日なんだから、のんびりして…ね?」
「そうだな」
春子の言葉に、相槌を打つ。
俺の休日。
前までは相手の会社やプレゼンする商品の詳細など、頭に入れるだけ情報をこれでもかと蓄える日だった。
今は、そういうのは良い。
春子が、また隣にいる。
その奇跡を噛みしめる。
それだけで、満たされる。
今までの俺は、何てつまらない人間だったのかと。
義兄の言葉を思い出す。
遠回りに告げてくるそのマイナスな言葉。
だが、今なら分かる。
俺は義兄の言う通り、つまらない矮小な人間だった。
仕事だけをしていれば良いんだと思い込んでいた。
人生の楽しみなんてないような、そんな狭い世界で生きている男だった。
だけど、春子がいなくなって。
当たり前の家庭がなくなって。
その当たり前と思っていたことが、どれだけ恵まれたことだったのかと思い知る。
「春子?」
「なぁに?」
俺が呼ぶ唯一の名。
それに返事をする妻。
なんて、当たり前じゃない。
「ありがとう」
俺の言葉に、春子は目を丸くする。
「…いいえ、こちらこそありがとう」
そんな言葉を返してくれる。
そんなささやかな幸せ。
それが、こんなにも嬉しい。
「今日は、もう何もしないで過ごそう」
「…賛成」
俺の提案に、春子がふっと笑う。
「ビール飲んじゃおうかな?」
「良いんじゃないか?」
たまには。
「駄目に決まってるでしょ!」
なのに、そんな2人の空間に1人っ子の娘が入って来る。
「あら、結衣。おかえりなさい」
「ただいま!ママ、会いたかった。土曜日のお昼からお酒なんて不健康だよ?」
結衣の言葉に、春子は少し考えるそぶりをする。
「そうかしら…?」
「そうだよ!どこかにお出かけをしてとか、行事で、なら良いと思うけど。家にいるだけなのに、お酒なんて飲んでたら、アル中になっちゃうよ!」
「それも、そうね…」
結衣の言葉に、春子はおっとりと頷いた。
折角の、のんびしりた休日が。
「結衣、毎週家に帰って来なくても。大学生なんだから、それこそサークルやら、集まりなんかあるんじゃないのか?」
「パパってば、ママのこと独り占めできなくなるからってそんなこと言わないでよね?それこそ、パパは平日の朝と夜ママとずーっと一緒にいるんだからさ、休日くらい私に譲ってよね?大人げないなぁ」
俺の言葉に3倍位の言葉を返し、結衣は反対側の春子の隣にいそいそと座る。
今年成人する娘と、リビングの座卓の一辺に3人が密集する。
普段は四辺あるから、3人で散らばって座るのだろうが。
長方形の長い部分なら、2人で座ってもゆとりがある。
ソファもあるが、春子はソファの椅子部分を背もたれにして座るのがお気に入りになっていた。
それに倣って、俺も隣に腰を降ろしていた。
ゆっくりと朝食を摂って、のんびりしていたはずなのに…。
口達者な娘が言うように、大人げない俺が顔を出す。
「そう言うが、平日の朝と夜で3時間も一緒にいられていないんだぞ?それを5日にしたって20時間にも満たないじゃないか?休日のこんな9時頃から家に来ている結衣の方が、春子と過ごす時間が多いと思うけどな」
「あーはいはい、そういう理屈っぽいのは良いから」
俺の言葉に、負けじと結衣は言い返す。
流石、義兄の教育の賜物だ。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて…。少し早いけれど、10時のお茶にでもしましょうか?」
「えー。まだ良いでしょ?もう少ししたら、ダディがお勧めしてたカヌレ、私がオーブンで温めるからさ」
「そう?ありがとう」
「いいえ、どういたしまして!」
春子のお礼に結衣は嬉しそうに返事をしていた。
「お昼は何を食べたい?」
結衣の言葉に、春子は首を傾げる。
「お昼…。さっき、朝ごはんを食べたばかりなのよね…」
のんびりした言葉に、結衣が口を尖らせる。
「じゃあ、お昼ご飯の時間もずらせば良いじゃん。そしたら、夜も遅くなるし、一緒にいられる時間が長くなる」
呑気な娘の言葉に、春子は笑う。
「夜も、あんまり遅いと今度は眠くなっちゃうのよね」
可愛いことを言う春子。
俺は口を挟まないでそれを聞いているだけだ。
「えー、一緒にゲームしようよ!ドラマを観るのでも良いけど!マミィとか、めちゃめちゃ夜型なのに」
「そうね、姉さんは夜に強いから」
「ママはドラマ観ないの?」
「そうね、毎週観るのは続かないわね」
「ネットで、一気に観れるのとかあるよ?」
「でも、結衣は1回観たんでしょう?」
「そうだけど…」
「じゃあ、どうせなら、違う物を観た方が良いじゃない?」
「それでつまんない話だったら損するじゃん」
「それもそうね」
「…もう、ママは本当にのんびりね」
「そうね」
「でも、そんなママが好き」
「あらあら」
今までだったら、結衣が春子を責めてそれで春子が謝る。
それが日常だったはずなのに。
春子がギブアップしたことで、俺も結衣も春子のことを気遣えるようになった。
春子が無理をしないように、考えるようになった。
それは、本来意識しなくても出来るはずだったのに。
俺と結衣が間違えたせいで、春子だけに辛い思いをさせてしまった。
それがどうだろう。
今では、きちんと“家族”の形になっている。
そんなことを嬉しいと思う。
「ちゃんとパパのことも好きだからね」
俺が黙っているのが気になったのか、結衣がそんな言葉を付け加えた。
「ありがとう。俺も春子と結衣が好きだ」
お礼ついでに春子を見ると、春子はふんわりと笑った。
「あらあら」
結局、義兄の元で育ったことが結衣を大きく変えてくれたのは間違いない。
俺のことを邪険に思っているが、憎くは思っていない。
そんな優しい娘になった。
少し口が立つ娘と、優しい妻と過ごす俺の休日。
土曜日の午前中に、暇を持て余しているだけの大人3人。
でも、それで良い。
こんな休日が俺にも来るなんて。
本当に、幸せだと感じるのだから。
俺を呼ぶ春子の声。
「ん?どうした?」
それに応える俺の声。
「そんなに近くにいなくても…」
さっきから本を手にしている春子は、横にいる俺にそう苦笑する。
確かに、近いのか?
自分では、違和感に気付かない。
離婚する前は、このくらいの距離感じゃなかったか?
「あの、折角の休日なんだから、のんびりして…ね?」
「そうだな」
春子の言葉に、相槌を打つ。
俺の休日。
前までは相手の会社やプレゼンする商品の詳細など、頭に入れるだけ情報をこれでもかと蓄える日だった。
今は、そういうのは良い。
春子が、また隣にいる。
その奇跡を噛みしめる。
それだけで、満たされる。
今までの俺は、何てつまらない人間だったのかと。
義兄の言葉を思い出す。
遠回りに告げてくるそのマイナスな言葉。
だが、今なら分かる。
俺は義兄の言う通り、つまらない矮小な人間だった。
仕事だけをしていれば良いんだと思い込んでいた。
人生の楽しみなんてないような、そんな狭い世界で生きている男だった。
だけど、春子がいなくなって。
当たり前の家庭がなくなって。
その当たり前と思っていたことが、どれだけ恵まれたことだったのかと思い知る。
「春子?」
「なぁに?」
俺が呼ぶ唯一の名。
それに返事をする妻。
なんて、当たり前じゃない。
「ありがとう」
俺の言葉に、春子は目を丸くする。
「…いいえ、こちらこそありがとう」
そんな言葉を返してくれる。
そんなささやかな幸せ。
それが、こんなにも嬉しい。
「今日は、もう何もしないで過ごそう」
「…賛成」
俺の提案に、春子がふっと笑う。
「ビール飲んじゃおうかな?」
「良いんじゃないか?」
たまには。
「駄目に決まってるでしょ!」
なのに、そんな2人の空間に1人っ子の娘が入って来る。
「あら、結衣。おかえりなさい」
「ただいま!ママ、会いたかった。土曜日のお昼からお酒なんて不健康だよ?」
結衣の言葉に、春子は少し考えるそぶりをする。
「そうかしら…?」
「そうだよ!どこかにお出かけをしてとか、行事で、なら良いと思うけど。家にいるだけなのに、お酒なんて飲んでたら、アル中になっちゃうよ!」
「それも、そうね…」
結衣の言葉に、春子はおっとりと頷いた。
折角の、のんびしりた休日が。
「結衣、毎週家に帰って来なくても。大学生なんだから、それこそサークルやら、集まりなんかあるんじゃないのか?」
「パパってば、ママのこと独り占めできなくなるからってそんなこと言わないでよね?それこそ、パパは平日の朝と夜ママとずーっと一緒にいるんだからさ、休日くらい私に譲ってよね?大人げないなぁ」
俺の言葉に3倍位の言葉を返し、結衣は反対側の春子の隣にいそいそと座る。
今年成人する娘と、リビングの座卓の一辺に3人が密集する。
普段は四辺あるから、3人で散らばって座るのだろうが。
長方形の長い部分なら、2人で座ってもゆとりがある。
ソファもあるが、春子はソファの椅子部分を背もたれにして座るのがお気に入りになっていた。
それに倣って、俺も隣に腰を降ろしていた。
ゆっくりと朝食を摂って、のんびりしていたはずなのに…。
口達者な娘が言うように、大人げない俺が顔を出す。
「そう言うが、平日の朝と夜で3時間も一緒にいられていないんだぞ?それを5日にしたって20時間にも満たないじゃないか?休日のこんな9時頃から家に来ている結衣の方が、春子と過ごす時間が多いと思うけどな」
「あーはいはい、そういう理屈っぽいのは良いから」
俺の言葉に、負けじと結衣は言い返す。
流石、義兄の教育の賜物だ。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて…。少し早いけれど、10時のお茶にでもしましょうか?」
「えー。まだ良いでしょ?もう少ししたら、ダディがお勧めしてたカヌレ、私がオーブンで温めるからさ」
「そう?ありがとう」
「いいえ、どういたしまして!」
春子のお礼に結衣は嬉しそうに返事をしていた。
「お昼は何を食べたい?」
結衣の言葉に、春子は首を傾げる。
「お昼…。さっき、朝ごはんを食べたばかりなのよね…」
のんびりした言葉に、結衣が口を尖らせる。
「じゃあ、お昼ご飯の時間もずらせば良いじゃん。そしたら、夜も遅くなるし、一緒にいられる時間が長くなる」
呑気な娘の言葉に、春子は笑う。
「夜も、あんまり遅いと今度は眠くなっちゃうのよね」
可愛いことを言う春子。
俺は口を挟まないでそれを聞いているだけだ。
「えー、一緒にゲームしようよ!ドラマを観るのでも良いけど!マミィとか、めちゃめちゃ夜型なのに」
「そうね、姉さんは夜に強いから」
「ママはドラマ観ないの?」
「そうね、毎週観るのは続かないわね」
「ネットで、一気に観れるのとかあるよ?」
「でも、結衣は1回観たんでしょう?」
「そうだけど…」
「じゃあ、どうせなら、違う物を観た方が良いじゃない?」
「それでつまんない話だったら損するじゃん」
「それもそうね」
「…もう、ママは本当にのんびりね」
「そうね」
「でも、そんなママが好き」
「あらあら」
今までだったら、結衣が春子を責めてそれで春子が謝る。
それが日常だったはずなのに。
春子がギブアップしたことで、俺も結衣も春子のことを気遣えるようになった。
春子が無理をしないように、考えるようになった。
それは、本来意識しなくても出来るはずだったのに。
俺と結衣が間違えたせいで、春子だけに辛い思いをさせてしまった。
それがどうだろう。
今では、きちんと“家族”の形になっている。
そんなことを嬉しいと思う。
「ちゃんとパパのことも好きだからね」
俺が黙っているのが気になったのか、結衣がそんな言葉を付け加えた。
「ありがとう。俺も春子と結衣が好きだ」
お礼ついでに春子を見ると、春子はふんわりと笑った。
「あらあら」
結局、義兄の元で育ったことが結衣を大きく変えてくれたのは間違いない。
俺のことを邪険に思っているが、憎くは思っていない。
そんな優しい娘になった。
少し口が立つ娘と、優しい妻と過ごす俺の休日。
土曜日の午前中に、暇を持て余しているだけの大人3人。
でも、それで良い。
こんな休日が俺にも来るなんて。
本当に、幸せだと感じるのだから。
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