鷹村商事の恋模様

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それはそれ

決心

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「それで?田中ちゃん、とうとう金欠から脱出できたの?」
面白がる声に、私もコクコクと頷く。
西城さいじょうさん、他人事だと思って馬鹿にしてるっしょ?」

嬉しいので、そう言う私の声も弾んじゃう。
「そんなことないよ?これで、晴れて自由の身になったってことでしょ?」
そう言いながら、ココアを淹れてくれる落ち着いた声。

休憩時間の、本当に少しの時間。
ここは、会社の食堂。
まだ食堂には、社員はいない。
何故なら営業時間外だから。

私の前に座る西城さんは、栄養士兼調理員さん。
4月にお金がないと嘆いていた私に、調理場で余ったお菓子やココアをくれた人。
「あらあら?」
そう困ったように言いながら、おなかが空いたと泣く私に調理場で浮いた食材や、西城さんの取り分になった物を恵んでくれた。

乞食じゃん。
今考えたら、社会人としてマジで恥ずかしい。
でも、そのくらい必死だった。
会社は、唯一安全が保障されている。

本当に、マジで神様はいると思った。
おなかが空いて泣き過ぎて、本当に何かも嫌になった私。
それを微笑んで助けてくれたのが、西城さんだ。
私のお金がない話に始まり、あのダメ男の愚痴、営業課にいると具合が悪くなるって、本当に何もかも垂れ流しにしていた私。

そのくらい、天使に見えた。
医務室なんて役に立たなかった。
食堂にくれば、絶対に西城さんはいる。
だから、毎日のように会いに行った。
優しい、マジで優しい人。

勿論、私の話だけじゃない。
西城さんの話も、色々聞いた。
でも、私とは全っ然違う。
ちゃんとした、というかきちんとした社会人?と言うのかな?

元々は、地元の商店街の定食屋さんの人だったらしい。
実家が、定食屋さん。
もう、何か良い。

駅前の、商店街にあった定食屋さんだったんだって。
私も行きたかった。
でも、もうその定食屋さんはなくなってしまった。
悔しい。

調理の専門を出て、そのまま色々なレストランとか割烹?って言うの?なんかすごい料理を出す所で修業してたんだって。
西城さん、すごく料理が好きで色々とのめり込み過ぎるらしい。
好きな物に、傾倒できるって素敵。

あー、あのクズも音楽活動とかのめり込んでたけど。
だから、付き合ったはずなのに…。
いや、全然違うか。
考えていて、あいつのことを思い出した自分にうんざりする。
もう、終わったんだし思い出すなよ。

いつの間にか、西城さんのパパさんが実家兼定食屋を手放した。
土地改良区になっていたので、すぐに賛同して違う場所に家を建てていたらしい。
西城さんに似て、決断も早いし行動も素早いパパさん。

それを機に、パパさんは早期定年。
家を継ごうと思っていた西城さんと、継ぐつもりがないと思っていたパパさんのすれ違い。
家兼定食屋さんは、気が付いたらなくなってたんだって。
ウケたけど。
気が付いたら実家がないって、割と地獄だけどね。

西城さんは、自分が満足するまで修行をしていたのがいけなかったと言っていた。
いや、単純にお互い言葉が足りなかっただけじゃないの?
思わず言ってしまった。
西城さんは、「そっか、そうかもね」と笑ってくれた。
でも、実際問題勤め先が無くて困っていたらしい。

でもタイミング良く、地元にあった会社で栄養士を募集していることを知った。
それが、この鷹村商事だ。
名前は知っている会社だったので、面接に来たらそのまま採用されたとか。
それが、4年前のこと。

私よりも、10歳上。
でも、おじさんじゃない。
全然、オジサンではない。

シンプルな服装に、清潔そうな身だしなみ。
食堂にいる時は、いつでも白衣だけど…。
白衣でもカッコいい。

だって、カッコ良いもん。
あんなヒモと比べられないくらい。
あぁ、また思い出してる。
最悪。

「で?結局、そのお嬢様が元カレを引き取ってくれて、大団円ってことね?」
西城さんは、昼食の準備らしいけど私が来ると少しでも付き合ってくれる。
マジで天使。
「そ。これで、またみんなとお昼できる!やった」

「じゃあ、もう田中ちゃんがお弁当をせっせと作って来るのも終わり?」
調理場さんが、おばさんが多いからか西城さんも話し言葉は丁寧だ。
いや、下町のおばちゃんみたい。
「いや、何で?節約にこしたことはないでしょ」
「…そう?」

そう。
お金は大事。
マジで、生きてくのに絶対必要。

ヒモのせいで、お金がなかったのも事実だけど。
ミラクルが起きて、一気に金欠から脱出できた。
伊達さんは、本当に私の通帳と照らし合わせて聡の購入品の合計金額を小切手でくれた。
初めて見た、本物の小切手。
その場で、サラサラって。
初めて間近で見て、なんか感動したもん。

小切手とか、滅茶苦茶上流階級だけのアイテムと思ってたけど。
ビビり散らかす私に、伊達さんは苦笑しながらもわざわざ銀行に付いてきてくれた。
年下なのに。

面倒見良すぎじゃね?
初対面の私のこと、ウザいとか思わなかったのか?
だから、聡のことも情が湧いたのかな?
ま、知らんけど。

あっという間に、大金が差し出されていた。
私が間抜けにポカーンとしている内に、残高215円が一気に大金持ちになった。
ボーナス2回分くらい。
給料日前なのに。

ヤバい、テンション上がる。
すっごく良い気分。
因みに、残っていたリボも綺麗さっぱり片付けてくれた。
お嬢様はお金のことに詳しかった。

余計に、あのクズとの関係に疑問。
ま、もう私には関係ないけど。
「お金を貯める大事さを覚えたもん」
自分の生活を見直す、良いきっかけになったのも事実だった。
と、いうのも西城さんのパスは的確だったので、お礼を言いに来たのも事実だった。

「だって、西城さんのボーナス回避!マジで役に立ったから、ほんとありがと!」
「いえいえ、役に立てたなら良かったわ」
西城さんは苦笑している。
通帳にお金があるから、クズが引き落としに甘えてるって西城さんは言ってた。
だから、『経理に、振込先を替えれないか相談してみたら?』って言ってくれた。

行きたくなかったけど、西城さんが付いてきてくれるからって、渋々言ったんだもん。
事情を話すと、経理の人は困っていた。
私だって困ってたけど。
でも、西城さんが補足というかきちんと話を繋いでくれて…。

話を聞いている内に、経理の人もすっごい真剣に聞いてくれて、マジで嬉しかった。
親身になってくれるというか、どうしたら良いのか本当に考えてくれた。
一緒に。
それだけで、割と生き返った。

そして、なんと部長が助けてくれた。
経理部の人と話してると、回りにいた総務課の人も困っていると判断したんだろう。
いつの間にか、部長にヘルプを出していたらしい。
すぐに来た部長に、マジでビビった。

部長召喚で、死んだと思ったはずなのにめっちゃ親切だった。
だから、恥とか考えずに本当に助けてもらおうと思って、通帳を見せながら必死に説明した。
話している内に泣いちゃったけど。

でも、それにも構わないくらい、この生活から抜け出たかった。
同期はみんな、ちゃんとしてるのに。
何で私だけこんな地獄なの?ってマジで呪われてると思ったもん。

泣いて話せない私に、西城さんは背中を撫でてくれた。
マジで惚れる!
いや、惚れた!

泣いてしまった私なのに、怒らないで話をきちんと聞いてくれて…。
部長、めちゃ優しかった。
何なら弁護士とか相談できるって言ってくれた。
神なの?
とりあえずの回避で、手取りか振込先変更を教えてくれた。

目から鱗だった。
泣き止むくらい。
ビックリした。

だって、通帳にお金がないなら引き落としができなくなるって、当たり前のことを気付かせてくれた。
これで、クズにお金を勝手に使われなくなる。
すでに、引き落とし方法がおかしいから、このクレカを使えなくすることもできるって、引き落としの設定を低くできることとかも…。

そのことで、すっごいワクワクが生まれた。
マジで困っていたから、みんながすごい神様に見えた。
本当に、ありがてぇ。

そこで、警察に相談に行くという選択肢も増やしてくれた。
部長は怖いだけじゃなかった。
ちゃんと、私のことを守ろうとしてくれた。
感動したもん。

怖かったはずの部長が、一気に恩人になった。
リスペクト。
マジで。
そして、好きになった。
部長が。

それに、私も人のことは言えない。
だって、可愛いと買った雑貨、使わない文房具、中々使用頻度のない百均グッズ。
数えきれないほどの物がマジでいらないくらいあった。
あのマンションに。
嘘のように出て来た。

伊達さんと話をしながら、聡の物を捨てる引き取る話をした時に、断捨離の話になった。
この際、聡の物に混ぜて私の私物も渡した。
伊達さんは、快く聡の物と一緒に不要物を引き取ってくれた。

マジで面倒見
聡ごと。
面倒しかないはずなのに。
感謝しかない。

そのまま日曜日は、断捨離に明け暮れた。
そして今日の月曜日。
すっごい気分が良い。
「田中ちゃん?」

西城さんの声に、気分が明るいことを自覚する。
「見の回りがスッキリするのって、最高だね」
「え?うん」
「おかげで、今日のお弁当はまぁまぁなんで」

「そうなの?それは楽しみ」
「あ、じゃあまたお昼過ぎに」
「そうだね」

会社に来て、早く西城さんに言いたいからとすぐの休憩を取った。
営業課に戻るのも、全然億劫じゃない。
足取り軽く、自分のデスクに戻る。

「田中さん」
聞こえて来た静かな声。
和田さんではなく、真澄さんだ。
「はい、何でしょ?」

真澄さんは、私のデスクを見て私を見る。
「あ、すみません。今日中には片付けます」
冗談ではなく、座った状態で胸の位置辺りまで書類やらバインダーやらが積み上がっている。

「私、昨日家の断捨離したんです。だから、今日ならやれる気がするので」
和田さんには言えないけど、真澄さんになら言える。
話し言葉にならないように、気を付けてそう言う。
そうだ、今ならやれる気がする。

「あ、そうなんだ。頑張ってね。私の用件は、先々週の出張旅費についてなんだけど」
あれ?何かあったっけ?
「出張、旅費?…ですか?」
「出先で、電車を利用したんだよね?」

「そうだった…、じゃない。そうでした」
「切符を、きちんと取っておいてくれたでしょう?」
「はい」
「なので、それで請求してください」
「はい」

そうだ。
営業先で、担当の人と近くに自社工場があるって話になって、駅が近いから車より電車で行こうってなったんだ。
ワンチャン、返ってくるんじゃないかってコスい考えをしたんだっけ。
たかが、140円。
だけど、140円。

帰りは、電車代をケチって歩いたから片道のみ。
我ながら貧乏過ぎた出来事。
「ありがとうございます」
「いいえ、用紙は分かる?」

「はい、立て替えの時と同じ紙ですよね」
「そう」
「じゃ、出します!」
「よろしくお願いします」

真澄さんは静かに席に戻って行った。
やった。
お金が戻って来るって。
ラッキー。

やっぱ、あのクズと縁が切れて何か悪い気が断たれたんだろうな。
最高。
あとは、和田さんに気を付ければ…。
「戻りました。…田中さん、まだその机?」

思った側から。
「違いますよ、和田さん」
なので、とりあえず今日の私はやる気があることをアピールする。
「何が違うの?」

食い気味に返事をされて、すぐビビる。
ダメだ、ビビるな。
でも、取り合ってくれない雰囲気だ。
だる。
「今日の私は、ちゃんとデスクを片付ける気でいます」

私の言葉に、和田さんは胡散臭そうな表情を浮かべる。
「本当ですって」
なので、重ねてやる気があることを伝える。

「先週、やるやるって言ってそのまま帰ったくせに?」
うあ、そんなこと言わないでよ。
「…すみませんでした」
こわ。

でも、とりあえず、謝る。
謝っとけば、何とかなるだろ。
「和田?田中さん、家の断捨離で、目覚めたんだって。だから、今日は大丈夫なんだよね?」
真澄さん、ナイスパスです。

「はい!」
なので元気に返事しとく。
とりあえず、やる気はあることを示す。
示しときゃ、何となるだろ?

「ふうん。なら、何とかしなさい」
「はい」
こわ。
命令されると、余計にやる気が削がれてたのに。
不思議。
今日は『ぜってー綺麗にしてやる』という気持ちになった。

「デスク上の倒壊は、回りに被害が大きくなるから気を付けて」
「はい、今後気を付けます」
なので、とりま謝っておく。
これで、何とかなるだろ?

午前中は、書類を書くため、そして少しずつ積み上がった物を、要・不要に分ける時間で終わった。
本当は、ストップしていた営業先にいくためのパワポ作るはずなのに。
まあ、そのパソ置けないから作れないんだけどね?

片付けって、学校の掃除の時間に似てる。
ウケるんだけど、回りは仕事してるのに私だけ片付け。
でも、課長に何も言われないから、黙々とそれに集中した。

でも、私やれば出来るじゃん?
3セットあった、平積みしたまま横に並べただけの束が1セットに落ち着いた。
これで、私の机は半分以上綺麗。

提出書類も書けるし、ノートパソコンも出したままで良い。
すごい、“社会人の机“って感じ。
アンケート用紙も発掘した。
もう遅いけど。

あとは、デスクの上でどう置くか。
他の社員さんみたいに、立てかける?
でも、それって何をどこにあるかインデックス付けないと分からなくなりそう。

真澄さんは、ポケットタイプのバインダーに、1枚ずつ必要な書類や用紙を入れている。
必要な物とか、なくさないで済むらしい。
いや、私はそんな細かいことできない。
かと言って、これは置いておかないと。

営業で使う資料に、取引先の一覧ファイル、新たに開拓する予定の会社等々。
あれ、私ちゃんと社会人してる。
必要なものとか、判断できてる。
すご。

和田さんみたいにクリアファイルに入れて積み上げるのも、何かできそうにない。
だって和田さんのデスクも、いつ見ても用紙5枚分くらいしか置いてない。
常に必要な物、処理しないといけない物のみにしているんだとか。

はー、むず。
机の上、綺麗にするだけで午前中終わるとか、私今仕事できてない人?
やべ、課長に見られてたのに。
自主的に謝った方が良いのかな?

もう、分からん。
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