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それほど
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帰り道でも、康ちゃんはいつも通りだった。
違うか、いつも通りになった、が正しい。
家に着く頃には、もう見慣れた康ちゃんだった。
それが、嬉しい。
「そう言えば。田中さんが、自炊するようになったんだって」
思い出した、同期の情報を口にする。
私の言葉に、康ちゃんは少しだけ笑った。
「真理は?しないの?」
えー、めんどうな。
料理はすでに、一通りできるようにしている。
やる気だった時に、お母さんや康ちゃんママに教えてもらった。
だから、私の炊事力は普通以上のはずだ。
いつかのため、に備え済みだ。
まだ、その時は訪れていないままだけど。
康ちゃんが好ましいと思うのなら、明日からお弁当でも…。
でもそうすると、朝早く起きないといけなくなる。
「しないこともないけれど、まだ朝は寝ていたい、かなぁ」
正直に言った私に康ちゃんは声を出して笑った。
「そうか」
「康ちゃんは?朝から自炊する女性が良い?」
なら、頑張れるけど。
「いや、特に何も思わない」
「そう?まぁ、やる気になったら、するかな?田中さんとお弁当の日を決めようかって、話も出たし。…高田さんが反対したから、なくなったけど」
「あいつは、やらないだろ?」
口調も、もういつも通りだ。
それにこっそりホッとする。
「そんなことはないと思うけど?女性なんだし」
「それこそ、女だからって家事をするのは違うだろ?」
そうか。
料理男子とかいるくらいだし。
「まぁ、錦織君は料理上手だって言ってたかな?如月さんが」
「あー、あいつはマジでダメな男だ。高橋しか見てない」
康ちゃんがしみじみと言った。
「そうなんだ。如月さん、残念だなぁ」
同期の如月さんは、多分同期の錦織君が好きだ。
研修中、割と良い雰囲気だったのになぁ。
勿体ない。
でも錦織君が、高橋さんと一緒に行動しているのは、明らかに錦織君の意思なんだろうし。
錦織君は、同期の中で前評判が高いという噂の男性だ。
特に如月さんと何かがあったわけではない。
如月さんと錦織君は、あくまで同期として仲良くなっただけのこと。
錦織君としては、そうしたいのだろう。
「まぁ、仕方ないでしょ。錦織君、皆に優しいし」
見た目も王子様のようだし、優しい。
表面上の優しさ。
万人に対して優しい。
私が欲しい優しさではない。
だって、私が欲しいのは康ちゃんからの優しさだけだから。
「真理?」
「ん?」
「お前も、錦織みたいな男の方が良いのか?」
「どうして?」
「仕事も出来て、女には優しくて、私生活がきちんとしている、みたいな?」
「とりあえず社会の中で働いて、女性に乱暴じゃなくて、人としての生活が保たれていれば、十分」
康ちゃんとの、この言葉遊びのような攻防。
というか、康ちゃんしか示していないけど。
「あとは、ギャンブル狂いとか」
「康ちゃんのは、ゲームセンターでしょ?お金は使うけど、身を滅ぼすほどの散財はしていないんだし、良いんじゃない?趣味の範囲で」
「…本当に、真理はそれで終わりなんだから。普通は、嫌じゃないのか?」
「あんまり?趣味があった方がいいじゃない」
パチンコや、競馬より充分可愛いしマシだと思うけど。
「そうかよ」
見慣れた家が見えて来た。
駅からの道も、慣れたものだ。
「私がお小遣いあげようか?」
「いや、そこまでして遊びたいとは思わない」
ほらね。
だから、好きなのだ。
康ちゃんは、ゲームセンターに異常なほどのめり込んでいる。
いつ頃から?
康ちゃんが高校生になった時辺りに、急に大きなぬいぐるみや限定のグッズなどを持ち帰ってくるようになったんだっけ。
元が器用だから。
毎週のように、入り浸っていたらしい。
康ちゃんママがすごく心配していたのを覚えている。
でも、ゲームセンターに通う日々は変わっていない。
私も中学生になってから、康ちゃんが行くから、ではなく康ちゃんと一緒に行くことを目的に着いて行ったことがある。
でも、ずっとゲームとしか向き合っていない時間。
私がいても、いなくても成立する時間。
そのことにすごく落ち込んだ。
行く前は、あんなにウキウキしていたのに。
回りにいても邪魔にはされなかったけれど、話しかける度に何だか気まずい思いをした。
康ちゃんのお楽しみを邪魔して、康ちゃんに気遣われることを目の当たりにしたんだっけ。
あれから、私は康ちゃんのゲームセンターに付き合わなくなった。
康ちゃんから自立した瞬間だ。
その後、何回かゲームセンターに誘われたけれど、「興味がない」と断って着いて行かなかった。
康ちゃんは、特に何も言わなかった。
いつでも側にいたいけれど、私のことを考えていないことは地味に傷つく。
それを望んだくせに。
康ちゃんの世界が、きちんと構築されたことを喜ばないといけないのに。
家の前まで到着し、お互いの家の前で「じゃ」と別れる。
「ただいまー」
荷物を部屋に置き、手洗いとうがいを済ませて、キッチンの椅子に座る。
「手は洗ったの?」
キッチンにいると、お母さんが来たようで私に気付く。
「洗いました。ただいま」
「おかえり、今日も早いわね。康ちゃんは?」
「一緒に帰って来たけど?どうして?」
「何か、会社の創業祭で、康ちゃん忙しいって」
康ちゃんママ情報か。
「それを言うなら、私も忙しいよ?」
「毎日毎日、定時で帰って来ているのに?」
「あのね、お母さん?世の中の社会人がみんな残業するわけじゃないんだから」
「そうだけど、お父さんなんていつも時間通りじゃ終わらないって」
「お父さんとは、仕事の内容が違うんだし。それに、同期の中では営業とか、企画課の子達はすでに残業とかしているし」
「あなただけ、暇なの?」
「人聞きが悪い。私の課は、日中だけが忙しいの」
「そうよね、入社式から働くなんて、聞いたことないもの」
「まだ言う」
藪蛇で、スーツを汚したことに飛び火するのがめんどう。
付き合いきれないと思い、そういえばと思い出したことがあった。
高田さんの呟きを、今日は確認していなかったことを。
「あ、今日の呟き確認しよ」
「お友達がやっているっていう?」
「同期の子ね?お友達とは少し違う」
「そういうもの?」
「そういうもの」
アフターまで一緒に過ごす人なんて、今の所会社には康ちゃんしかいない。
お母さんは、そう言いながら私が早く帰って来ることに安心している。
それを知っているので、私も意地を張らずに早く帰って来れる。
「そうだ、私のお弁当箱とかまだあったっけ?」
「なあに、お弁当持ちでも始めるの?」
「まだ未定。同期の子がお弁当で昼食代を浮かせるって言っていたから…」
「あら、しっかりした子なのね?」
どうでしょう?
そもそも、その昼食代が捻出できないから、始めるって話だし。
でもそんなことを言ったら、お母さんは心配してしまう。
だから、そこには触れないでおく。
「しっかり、かどうかは分からないけど…」
「そうでしょう?毎日毎日、5日分も昼食代を出していたら?1日500円だって、毎週…」
あー、始まっちゃう。
経済観念は、嫌というほどしっかりしているつもりだ。
私にとって昼食代ではなく、交遊費に振り分けている物だし。
「だから、毎日500円なんてかかっていないから」
「そうは言ってもね」
「はいはい。ちゃんとお給料の中でやりくり出来ていて、毎月家にも入れているんだから、文句は言わないでよね?」
私の言葉に、お母さんは笑う。
「まあ、そうね?真理はしっかりしているから、平気ね。それよりも、理の方が心配だったわ」
どうにか、回避できた。
私の方が手がかからないから、お父さんもお母さんもあまりうるさくはない。
でも、それは康ちゃんに嫌な子と思われないために行動した結果だ。
「私も、ある程度貯金したら、1人暮らしとかしてみたいし」
「…そんな。家を出たいの?」
私の言葉に、お母さんが少しだけ悲しそうな顔をした。
いやいや、いつかは出て行くでしょう?
康ちゃんの家とか。
予定はないけど…。
「え?予定はないけど?同期の子が、1人暮らししているのを見たら、やっといた方が良いのかなって思う時があるから。まだ、どこに住むとかも考えていないけど」
私の言葉に、お母さんはホッとした表情をする。
「そうね。いつかは必要だと思うけど、まだ社会人になったばかりだし、慣れてからで良いんじゃないかしら?きっと、お父さんもそう言うと思うし」
お父さんを出すのはずるい。
「お父さんを口実にしないでよ?」
「あら、分かっちゃう?」
「もう良い。今日の夜ご飯は何にするの?」
私の方から、話題を切り替える。
お母さんと話しながら、夜ご飯の支度をする。
そうね、この状態はすごく良い。
仕事をしながら、それなりに自分の時間も保てて、お隣に康ちゃんが住んでいる環境。
あれ、最高じゃない。
康ちゃんが家を出るとか言ったら、私も慌てて追いかけるけど。
追いかけたら、ストーカーになっちゃう?
いや、そんなことはないか。
康ちゃんに相談して、お隣さんになるのも悪くない。
そんな都合の良い展開にはならないか。
自分で想像して、自分で笑ってしまう。
じゃあ、もういっそ一緒に住めば良い話。
だけど、お付き合いもしていない私達が一緒に住むのは問題がある。
心配性なお父さんとお母さんだから、ルームシェアとかきっと許してはくれない。
康ちゃんも、そんな提案はしない。
だから、このまま一緒に住むことは現実的ではない。
あーぁ、残念。
翌日、早速康ちゃんに尋ねる。
「康ちゃん?康ちゃんは家を出る予定とか、今の所ある?」
「は?」
私の脈絡もない話題に、康ちゃんは欠伸したままポカンと口を開ける。
「何?真理は家を出たいの?」
「ううん。出たいんじゃなくて、康ちゃんは1人暮らしする予定とかないのか興味があっただけ」
「だから、真理は?家を出る生活に、興味が出たのか?」
「もう、康ちゃん私の話ちゃんと聞いている?私は家を出る予定はないの。康ちゃんは出たいのかどうなのか、知りたいだけ」
「…1人でなんて、あるわけねーじゃん」
康ちゃんの言葉に、とりあえず胸を撫でおろす。
「なら良い。家を出る時は教えてよね?」
「何で?」
「何でって…」
言葉に困る。
着いて行きたいから、なんて言おうものならもうストーカーだ。
それは避けないと。
「知りたいだけ」
苦しい言い訳を言う。
「何だそりゃ」
そんな私に、康ちゃんは何とも言えない顔をした。
「真理こそ、家を出る時はちゃんと言えよ?」
「何で?」
私が知りたいならまだしも、どうしたんだろう?
「何でって、立地とか、沿線とか、治安とか、色々あるだろ?」
「そこまで、康ちゃんにお世話になるつもりはないよ?」
笑いながら言った私に、康ちゃんは少しだけムッとした。
歩いていたのに、急に止まる康ちゃんに首を傾げる。
あ、まずかった?
そんなに考えないで良かったのか。
失敗、したかな?
「そうかよ。余計なお世話だったな」
「違うよ?康ちゃんが、心配してくれて嬉しいに決まってるじゃん。でも、現実的じゃない話なのに、そこまで考えてくれてありがとう」
康ちゃんのことを想ってのこと、でもそれは康ちゃんにはあまり好まれないこと。
難しいなぁ。
「康ちゃんにされて嫌なことなんて、何もないのになぁ。そんなに怒らないでよ」
「怒ってねーじゃん。真理こそ、急にそんなことを言うな」
「ごめんなさい」
「いや、そこまで気にすんなって」
「気にするよ。康ちゃんに嫌われたら嫌だし」
「…嫌わないだろ?今更」
そうなら良いけど。
「ま、良いよ。もう行こうぜ」
「うん、そうだね」
気にしないように、歩き出した康ちゃんに続く。
嫌ではない。
気を遣われていると思ってしまうのは、もう習慣でしょう。
康ちゃんに気を遣われると、少しむず痒い気持ちになる。
ふと、高校生の時のことを思い出した。
友達と一緒に海に行くことになった時、康ちゃんが送迎を申し出てくれた。
プールではなく、海。
友達と、新しい水着とかで少しウキウキしていた時に。
何で、そんなことを言い出したのか不思議だった。
ただ、効率が悪いので断ったら、珍しく不機嫌になった康ちゃん。
何で康ちゃんが不機嫌になるのか、その時の私は気付いていなかった。
心配してくれて、申し出たのかもしれない。
はしゃぎ過ぎる私に釘を刺そうと、申し出てくれたのかもしれない。
移動距離が長いから、疲れると思って申し出てくれたのかもしれない。
もしかしたら、私のことを女性として認識してくれて、申し出てくれたのかもしれない。
最後のはないか。
私の、ただの願望。
だけど、その時は頑なに断っていた。
康ちゃんに迷惑をかけることはないと、終始それを貫いた。
康ちゃんは渋々受け入れ、何故かお兄ちゃんかお父さんに送迎をお願いすることになった。
結局、お父さんが送迎してくれたんだっけ?
その時のことを、ふと思い出した。
違うか、いつも通りになった、が正しい。
家に着く頃には、もう見慣れた康ちゃんだった。
それが、嬉しい。
「そう言えば。田中さんが、自炊するようになったんだって」
思い出した、同期の情報を口にする。
私の言葉に、康ちゃんは少しだけ笑った。
「真理は?しないの?」
えー、めんどうな。
料理はすでに、一通りできるようにしている。
やる気だった時に、お母さんや康ちゃんママに教えてもらった。
だから、私の炊事力は普通以上のはずだ。
いつかのため、に備え済みだ。
まだ、その時は訪れていないままだけど。
康ちゃんが好ましいと思うのなら、明日からお弁当でも…。
でもそうすると、朝早く起きないといけなくなる。
「しないこともないけれど、まだ朝は寝ていたい、かなぁ」
正直に言った私に康ちゃんは声を出して笑った。
「そうか」
「康ちゃんは?朝から自炊する女性が良い?」
なら、頑張れるけど。
「いや、特に何も思わない」
「そう?まぁ、やる気になったら、するかな?田中さんとお弁当の日を決めようかって、話も出たし。…高田さんが反対したから、なくなったけど」
「あいつは、やらないだろ?」
口調も、もういつも通りだ。
それにこっそりホッとする。
「そんなことはないと思うけど?女性なんだし」
「それこそ、女だからって家事をするのは違うだろ?」
そうか。
料理男子とかいるくらいだし。
「まぁ、錦織君は料理上手だって言ってたかな?如月さんが」
「あー、あいつはマジでダメな男だ。高橋しか見てない」
康ちゃんがしみじみと言った。
「そうなんだ。如月さん、残念だなぁ」
同期の如月さんは、多分同期の錦織君が好きだ。
研修中、割と良い雰囲気だったのになぁ。
勿体ない。
でも錦織君が、高橋さんと一緒に行動しているのは、明らかに錦織君の意思なんだろうし。
錦織君は、同期の中で前評判が高いという噂の男性だ。
特に如月さんと何かがあったわけではない。
如月さんと錦織君は、あくまで同期として仲良くなっただけのこと。
錦織君としては、そうしたいのだろう。
「まぁ、仕方ないでしょ。錦織君、皆に優しいし」
見た目も王子様のようだし、優しい。
表面上の優しさ。
万人に対して優しい。
私が欲しい優しさではない。
だって、私が欲しいのは康ちゃんからの優しさだけだから。
「真理?」
「ん?」
「お前も、錦織みたいな男の方が良いのか?」
「どうして?」
「仕事も出来て、女には優しくて、私生活がきちんとしている、みたいな?」
「とりあえず社会の中で働いて、女性に乱暴じゃなくて、人としての生活が保たれていれば、十分」
康ちゃんとの、この言葉遊びのような攻防。
というか、康ちゃんしか示していないけど。
「あとは、ギャンブル狂いとか」
「康ちゃんのは、ゲームセンターでしょ?お金は使うけど、身を滅ぼすほどの散財はしていないんだし、良いんじゃない?趣味の範囲で」
「…本当に、真理はそれで終わりなんだから。普通は、嫌じゃないのか?」
「あんまり?趣味があった方がいいじゃない」
パチンコや、競馬より充分可愛いしマシだと思うけど。
「そうかよ」
見慣れた家が見えて来た。
駅からの道も、慣れたものだ。
「私がお小遣いあげようか?」
「いや、そこまでして遊びたいとは思わない」
ほらね。
だから、好きなのだ。
康ちゃんは、ゲームセンターに異常なほどのめり込んでいる。
いつ頃から?
康ちゃんが高校生になった時辺りに、急に大きなぬいぐるみや限定のグッズなどを持ち帰ってくるようになったんだっけ。
元が器用だから。
毎週のように、入り浸っていたらしい。
康ちゃんママがすごく心配していたのを覚えている。
でも、ゲームセンターに通う日々は変わっていない。
私も中学生になってから、康ちゃんが行くから、ではなく康ちゃんと一緒に行くことを目的に着いて行ったことがある。
でも、ずっとゲームとしか向き合っていない時間。
私がいても、いなくても成立する時間。
そのことにすごく落ち込んだ。
行く前は、あんなにウキウキしていたのに。
回りにいても邪魔にはされなかったけれど、話しかける度に何だか気まずい思いをした。
康ちゃんのお楽しみを邪魔して、康ちゃんに気遣われることを目の当たりにしたんだっけ。
あれから、私は康ちゃんのゲームセンターに付き合わなくなった。
康ちゃんから自立した瞬間だ。
その後、何回かゲームセンターに誘われたけれど、「興味がない」と断って着いて行かなかった。
康ちゃんは、特に何も言わなかった。
いつでも側にいたいけれど、私のことを考えていないことは地味に傷つく。
それを望んだくせに。
康ちゃんの世界が、きちんと構築されたことを喜ばないといけないのに。
家の前まで到着し、お互いの家の前で「じゃ」と別れる。
「ただいまー」
荷物を部屋に置き、手洗いとうがいを済ませて、キッチンの椅子に座る。
「手は洗ったの?」
キッチンにいると、お母さんが来たようで私に気付く。
「洗いました。ただいま」
「おかえり、今日も早いわね。康ちゃんは?」
「一緒に帰って来たけど?どうして?」
「何か、会社の創業祭で、康ちゃん忙しいって」
康ちゃんママ情報か。
「それを言うなら、私も忙しいよ?」
「毎日毎日、定時で帰って来ているのに?」
「あのね、お母さん?世の中の社会人がみんな残業するわけじゃないんだから」
「そうだけど、お父さんなんていつも時間通りじゃ終わらないって」
「お父さんとは、仕事の内容が違うんだし。それに、同期の中では営業とか、企画課の子達はすでに残業とかしているし」
「あなただけ、暇なの?」
「人聞きが悪い。私の課は、日中だけが忙しいの」
「そうよね、入社式から働くなんて、聞いたことないもの」
「まだ言う」
藪蛇で、スーツを汚したことに飛び火するのがめんどう。
付き合いきれないと思い、そういえばと思い出したことがあった。
高田さんの呟きを、今日は確認していなかったことを。
「あ、今日の呟き確認しよ」
「お友達がやっているっていう?」
「同期の子ね?お友達とは少し違う」
「そういうもの?」
「そういうもの」
アフターまで一緒に過ごす人なんて、今の所会社には康ちゃんしかいない。
お母さんは、そう言いながら私が早く帰って来ることに安心している。
それを知っているので、私も意地を張らずに早く帰って来れる。
「そうだ、私のお弁当箱とかまだあったっけ?」
「なあに、お弁当持ちでも始めるの?」
「まだ未定。同期の子がお弁当で昼食代を浮かせるって言っていたから…」
「あら、しっかりした子なのね?」
どうでしょう?
そもそも、その昼食代が捻出できないから、始めるって話だし。
でもそんなことを言ったら、お母さんは心配してしまう。
だから、そこには触れないでおく。
「しっかり、かどうかは分からないけど…」
「そうでしょう?毎日毎日、5日分も昼食代を出していたら?1日500円だって、毎週…」
あー、始まっちゃう。
経済観念は、嫌というほどしっかりしているつもりだ。
私にとって昼食代ではなく、交遊費に振り分けている物だし。
「だから、毎日500円なんてかかっていないから」
「そうは言ってもね」
「はいはい。ちゃんとお給料の中でやりくり出来ていて、毎月家にも入れているんだから、文句は言わないでよね?」
私の言葉に、お母さんは笑う。
「まあ、そうね?真理はしっかりしているから、平気ね。それよりも、理の方が心配だったわ」
どうにか、回避できた。
私の方が手がかからないから、お父さんもお母さんもあまりうるさくはない。
でも、それは康ちゃんに嫌な子と思われないために行動した結果だ。
「私も、ある程度貯金したら、1人暮らしとかしてみたいし」
「…そんな。家を出たいの?」
私の言葉に、お母さんが少しだけ悲しそうな顔をした。
いやいや、いつかは出て行くでしょう?
康ちゃんの家とか。
予定はないけど…。
「え?予定はないけど?同期の子が、1人暮らししているのを見たら、やっといた方が良いのかなって思う時があるから。まだ、どこに住むとかも考えていないけど」
私の言葉に、お母さんはホッとした表情をする。
「そうね。いつかは必要だと思うけど、まだ社会人になったばかりだし、慣れてからで良いんじゃないかしら?きっと、お父さんもそう言うと思うし」
お父さんを出すのはずるい。
「お父さんを口実にしないでよ?」
「あら、分かっちゃう?」
「もう良い。今日の夜ご飯は何にするの?」
私の方から、話題を切り替える。
お母さんと話しながら、夜ご飯の支度をする。
そうね、この状態はすごく良い。
仕事をしながら、それなりに自分の時間も保てて、お隣に康ちゃんが住んでいる環境。
あれ、最高じゃない。
康ちゃんが家を出るとか言ったら、私も慌てて追いかけるけど。
追いかけたら、ストーカーになっちゃう?
いや、そんなことはないか。
康ちゃんに相談して、お隣さんになるのも悪くない。
そんな都合の良い展開にはならないか。
自分で想像して、自分で笑ってしまう。
じゃあ、もういっそ一緒に住めば良い話。
だけど、お付き合いもしていない私達が一緒に住むのは問題がある。
心配性なお父さんとお母さんだから、ルームシェアとかきっと許してはくれない。
康ちゃんも、そんな提案はしない。
だから、このまま一緒に住むことは現実的ではない。
あーぁ、残念。
翌日、早速康ちゃんに尋ねる。
「康ちゃん?康ちゃんは家を出る予定とか、今の所ある?」
「は?」
私の脈絡もない話題に、康ちゃんは欠伸したままポカンと口を開ける。
「何?真理は家を出たいの?」
「ううん。出たいんじゃなくて、康ちゃんは1人暮らしする予定とかないのか興味があっただけ」
「だから、真理は?家を出る生活に、興味が出たのか?」
「もう、康ちゃん私の話ちゃんと聞いている?私は家を出る予定はないの。康ちゃんは出たいのかどうなのか、知りたいだけ」
「…1人でなんて、あるわけねーじゃん」
康ちゃんの言葉に、とりあえず胸を撫でおろす。
「なら良い。家を出る時は教えてよね?」
「何で?」
「何でって…」
言葉に困る。
着いて行きたいから、なんて言おうものならもうストーカーだ。
それは避けないと。
「知りたいだけ」
苦しい言い訳を言う。
「何だそりゃ」
そんな私に、康ちゃんは何とも言えない顔をした。
「真理こそ、家を出る時はちゃんと言えよ?」
「何で?」
私が知りたいならまだしも、どうしたんだろう?
「何でって、立地とか、沿線とか、治安とか、色々あるだろ?」
「そこまで、康ちゃんにお世話になるつもりはないよ?」
笑いながら言った私に、康ちゃんは少しだけムッとした。
歩いていたのに、急に止まる康ちゃんに首を傾げる。
あ、まずかった?
そんなに考えないで良かったのか。
失敗、したかな?
「そうかよ。余計なお世話だったな」
「違うよ?康ちゃんが、心配してくれて嬉しいに決まってるじゃん。でも、現実的じゃない話なのに、そこまで考えてくれてありがとう」
康ちゃんのことを想ってのこと、でもそれは康ちゃんにはあまり好まれないこと。
難しいなぁ。
「康ちゃんにされて嫌なことなんて、何もないのになぁ。そんなに怒らないでよ」
「怒ってねーじゃん。真理こそ、急にそんなことを言うな」
「ごめんなさい」
「いや、そこまで気にすんなって」
「気にするよ。康ちゃんに嫌われたら嫌だし」
「…嫌わないだろ?今更」
そうなら良いけど。
「ま、良いよ。もう行こうぜ」
「うん、そうだね」
気にしないように、歩き出した康ちゃんに続く。
嫌ではない。
気を遣われていると思ってしまうのは、もう習慣でしょう。
康ちゃんに気を遣われると、少しむず痒い気持ちになる。
ふと、高校生の時のことを思い出した。
友達と一緒に海に行くことになった時、康ちゃんが送迎を申し出てくれた。
プールではなく、海。
友達と、新しい水着とかで少しウキウキしていた時に。
何で、そんなことを言い出したのか不思議だった。
ただ、効率が悪いので断ったら、珍しく不機嫌になった康ちゃん。
何で康ちゃんが不機嫌になるのか、その時の私は気付いていなかった。
心配してくれて、申し出たのかもしれない。
はしゃぎ過ぎる私に釘を刺そうと、申し出てくれたのかもしれない。
移動距離が長いから、疲れると思って申し出てくれたのかもしれない。
もしかしたら、私のことを女性として認識してくれて、申し出てくれたのかもしれない。
最後のはないか。
私の、ただの願望。
だけど、その時は頑なに断っていた。
康ちゃんに迷惑をかけることはないと、終始それを貫いた。
康ちゃんは渋々受け入れ、何故かお兄ちゃんかお父さんに送迎をお願いすることになった。
結局、お父さんが送迎してくれたんだっけ?
その時のことを、ふと思い出した。
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