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それほど
それが全て
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「康ちゃん、ドンマイ」
笑う私に、呆れたように溜め息をつく愛しい人。
友成 康史さん。
「真理は、ほんとマイペースだな」
返す言葉にも、いつもの元気がない。
私よりも5歳年上の、社会人。
康ちゃんが働く会社に、入社した私 要 真理。
今年、大学を卒業してめでたく新社会人になりました。
地元の会社に入社して、無事に総務課に配属された。
ちなみに康ちゃんは、公報課だった。
入社してから、康ちゃんはずっと広報課だ。
同期には、「是非!〇〇課で!」と熱い希望をする人もいたけれど、私はどこでも良かった。
何故なら、ずっと好きな人と同じ会社にいられることが全てだったから。
これで、朝から夕方までいっしょにいられる。
本音は広報課に行きたかったけれど、それをしてしまうと公私混同が発生する。
そう思ったから、まずは入社できたことで満足する。
“まずは、入社!”
そんな目標しかなかった私。
だから、総務課というところがどんなところかも良く分からずに任命書をいただいた。
結果、入社式後にすぐ入社式の撤収作業が始まり、真新しいスーツをやや埃まみれにしお母さんにお小言を言われてしまったけれど。
「あれから、高田は?」
気にするのは、私の同期で入社した女性だった。
康ちゃんは、少し気まずそうだ。
「え?気にしてないみたいだったけど…?」
「…相変わらず、のんきだな。真理は」
言う声には、慣れ親しんだ響きがある。
本当に、今日のお昼に会った高田さんは特に気にしている雰囲気じゃなかった。
「本当か?」
「康ちゃんには悪いけど、話題にも出なかったよ?康ちゃんが不憫過ぎて」
言う私も思わず笑ってしまった。
「…そうかよ。なら良い」
ふっきれた言い方に、この人のことを好きだな、と改めて思う。
潔い生き方。
私が好きな人は、本当にまっすぐだと感じる。
康ちゃんとは、産まれた時から一緒だった。
家がお隣同志だから。
兄よりも年上だったことで、私がこの世に現れた時にはすでに認識されていた。
多分。
そんな康ちゃんは、1人暮らしもせずにいまだに実家に暮らしている。
勿論、私も。
だから、出勤から退勤までほぼ一緒。
あ、退勤はまちまちか。
私はほぼ定時で上がれるからか、時々康ちゃんから「今日は残業」とか「今日は飲み会」というラインが来る。
そういう時は、気にせずに先に帰る。
終わるまで待っても良いけれど、それじゃ重い女になってしまう。
多分。
「高田が気にしていないなら、な」
康ちゃんの言葉に、私は頷いて賛成した。
「そう、良いのよ。こうやって一緒にいられるなら」
「真理は、観点が違うな」
それ以上は私も言わない。
そんな康ちゃんは、今日落ち込んでいる。
仕事で失敗なら、まあ仕方がないけれど。
後輩社員を泣かせた男と言う、なんとも不名誉なレッテルを貼られて…(笑)
それも、会社でも最も怖いと恐れられている、倉橋女史を怒らせてしまったのでは?
という尾ひれも付いて。
笑ってしまった。
見ていた人の中には、康ちゃんに同情する人もいたけれど、先に始めたのは康ちゃんだったというので、じゃあ、仕方ないじゃん?と私は思ってしまった。
見ていないので、どちらの味方もしない。
ちなみに、泣いたのは私の同期ではない。
去年入社した先輩の女性社員を泣かせてしまったらしい。
しかも、年は私の年下。
めんどう!その情報。
といっても、経緯を聞くと不思議だったのだから仕方ない。
喫煙所で、私の同期にいる広報課に配属された、高田さんという女性の話をしていたらしい。
内容は、まあ新人社員なら、あるあるかもしれないけれど、その新人社員の態度や様子などを他の課の人と話していた、らしい。
いわゆる、新人社員の情報交換のような空間。
その場に年下の先輩社員が乱入し、康ちゃんの言い方や高田さんへの少しの不満などを耳にし、泣いてしまったらしい。
感情の振り幅が大きかったのか、康ちゃんへ食って掛かりながら泣いてしまったとのこと。
まあ、仕方ない。
生きていたら、泣く時もあるでしょう。
でも、それが始業後の喫煙所なんて、まあついていない。
それにより、会社にいた女性社員に事あるごとにお小言を言われてしまったらしい。
だから、終業後のこの時間ですでに疲れ切っている。
各女史達からの、圧力ともいえるお小言から、後輩社員の先輩最低という眼差しも、一身に受けてしまったのだろう。
総務課でも、何なら文句を言われていた。
それを受け流しながら、1日聞いていた私。
でも、言えることはどれだけ評価が下がっても、私の中の康ちゃんの好感度が下がることはない。
「どんな康ちゃんでも、私は好きよ?」
変わらず言い続けた言葉は、するりと口から出てくる。
「…そうかよ。ありがとな」
珍しく、感謝の言葉が返って来た。
今だって、肩を並べて歩く距離感。
その距離は、近い方だろう。
多分。
これで付き合っていないのは、どうなのかという関係に見えると思う冷静な自分。
「…好きなのに」
そう、この告白は本当に私の癖だ。
初めて口にしたのは、保育園の時。
多分。
「こうちゃん、すき」
康ちゃんの名前も良く知らない時から、私は言い続けていた。
そんな私に、康ちゃんは優しい眼差しで聞き入れてくれる、それが日常だった。
お兄ちゃんがいた私と違って、康ちゃんは1人っ子だ。
だから、妹のように可愛がってくれた。
「まりちゃん」
と優しく呼んでくれた。
それは惚れるでしょう。
兄よりも優しくて、兄よりも格好良くて、私を大事にしてくれる存在。
それは、そうでしょう。
当たり前の、なるべくしてなった展開ですよね。
足手まといにしかならない私を、邪険にもせず兄の相手をしながらも、私のこともきちんと可愛がってくれた。
5歳年上は、すごく離れていると思っていたけれど、社会人になるとあまり意識はなくなる。
そう、私が1年生の時に6年生だった康ちゃん。
その時は、流石年上、流石6年生なんて感動していた。
でも、それが私の成長に伴い、少しずつ変化していった。
その後の進級で同じ学校に通うことはなくなるけれど、それでも康ちゃんの進級先を追いかけるようになぞっていった。
おかげさまで、私はとても優秀になれたみたい。
性格はのんびりしていたけれど。
私のお母さんとお父さんはすごく喜んでくれた。
「康ちゃんのおかげ」と私が言うことで、康ちゃんの株もきちんと上がっていった。
でも、そんな康ちゃんは今日、会社で1番のヘイトを集めた。
笑ってしまう。
私の家族もきっと、「運が悪かっただけ」と言うだろう。
そのくらい、彼は誠実だ。
受け取り方は人それぞれだろうが、彼は誠実で優しい。
正直で善良。
そう表現できるほど、彼は現実主義だ。
現実主義にならざるを得なかったのは、私のせい…かもしれない。
私が「好き」という度、笑っていた表情は本当に年数をかけて少しずつ変化していった。
笑いの度合いが減り、やや照れたようになり、その内悩むように…。
そして、私が10歳の時に彼は決意したのだろう。
康ちゃんが15歳、高校受験を控えた時に言われたのだ。
「真理のそれは、思い込みだ」
と。
でも、私は言い返した。
「思い込みじゃいけないの?」
と。
その時の空気は、何とも形容しがたいものだった。
必死に、私の思い込みを訂正して伝えたい康ちゃんと、好きでいて何か問題があるのか、という私の攻防戦。
時間の経過で、お互いの家族も巻き込んだ。
今思い出しても、ずっと面白い。
康ちゃんが、必死にお父さんに説明を重ねるという謎の時間になった。
結果、お父さんが「康史君はしっかりしてるなぁ。理もこうなると良いのに」と言って終わりになった。
理は私のお兄ちゃんだ。
そのくらい、私にとって康ちゃんは特別だ。
好きなのも、一緒にいたいのも変わりはない。
10歳の時に、思い込み論を講じた康ちゃん。
「俺を優しいと思い込んでいる」と言った康ちゃん。
「真理は、それを勘違いしているだけだ」と言った康ちゃん。
「好きなのは、錯覚だ」と言った康ちゃん。
それよりも、初めて呼び捨てにされた衝撃の方が強くて…。
とても、良かった。
嬉しい、という感情。
思い込み論と共に、アイデンティティを確立しようとしたのだろう。
それすらも、ずっと恰好良かった。
必死で私に伝えるその姿。
そんなことを、10歳の頭でぼんやりと考えていた。
「本当は優しくもないし、面倒だってもう見切れない」
そう言っていた時の、康ちゃんの必死な顔。
でも、その頃には私はもう盲目的に、康ちゃんが好きだった。
康ちゃんが優しいのは、私が誰よりも知っている。
だから、「何が?」の一言だった。
お兄ちゃんには叩かれたり、命令されたり、嫌なことを言われたり、おやつを取られたり、いじめとも言えるようなことを数えきれないほどされていた。
泣かされたことも、覚えていないくらい無限にあった。
でも、康ちゃんにされたことは1度もない。
嫌だと思うことなんて、1つもなかった。
呆れた顔をするのも、失望された顔をすることも、詰られたことも、だ。
いつでも、優しくてきちんと私の面倒を見てくれて、忙しくても必ず相手をしてくれた。
だから、好きでいけないのか?思い込みは悪いのか?錯覚は間違いなのか?を聞き返した。
お兄ちゃんに力では勝てないから、口だけは達者になった私。
そんな私にたじたじになる康ちゃん。
それを生暖かい目で見る、両家族。
あ、お兄ちゃんだけは「付き合いきれね」っていなくなったっけ。
でも、それで良い。
私が康ちゃんを好きで、誰かに迷惑をかけたり、何か問題が起こったことはない。
いつも私だけが好きだった。
康ちゃんは、あの時から私に愛想を振りまかなくなった。
それはそうだろう。
私が康ちゃんを好きだと思い込んでいる、ということで自分を責めていたから。
だけど、私は元々のマイペースさで、言い続けた。
私が言わなくなったことで、康ちゃんの罪悪感が減るのなら言わなかった。
でも、そうではない。
言わなければ言わないで、康ちゃんはすごく気にするのだから。
そのくらい、康ちゃんは真面目だった。
だから、同級生に告白をされても、少しだけ年上の男性に好意を寄せられても、何とも感じない私になった。
だって、康ちゃんじゃないと意味がないから。
康ちゃんにヤキモチを焼かせるのも、康ちゃんに私のことを考えてもらうのも、私の押し付けだ。
私じゃない人と、付き合っても構わなかった。
いや、それは嘘か。
流石に落ち込むか。
だけど、私のドキドキを他所に、康ちゃんに彼女ができたという話は聞いたことがない。
康ちゃんママから、そんな情報は入って来ていない。
会社に入社して、その後プレゼントやバレンタインのチョコなどはもらっていたようだけど…。
彼は、やはり真面目だったのだろう。
私に不義理をしてはいけないとでも、思っていたのかもしれない。
気にしなくて良いのに。
私は逆に申し訳なくなった。
だから、康ちゃんには言ったことがある。
他に好きな人が出来たら、しっかりと応援すると。
それを聞いた康ちゃんは、少しだけ不機嫌になった。
私が本心を言っていないと思ったのだろう。
だけど、それは違う。
先に、社会人になった康ちゃんが楽しみを見出せないのは、何か申し訳ない。
恋愛だけが、社会人の楽しみではないとは思う。
でも、全くないのはどうなのだろう。
私のせいで、楽しみの割合が減るのは違うから。
私にとって、結局康ちゃんが幸せなら良いのだ。
極論だけど。
ここで、私が康ちゃんに告白をするのも、好きだというのも日常と変わらない。
でも、今日のこのタイミングで好きだと言うのは、私なりに励ましたいという気持ちが強かった。
落ち込む様子はあるものの、1人できちんと立っている彼に、それでも何かを伝えたかった。
私が康ちゃんに嘘をつかないということは、もう決まりきったことだ。
康ちゃんは、私の言うことを疑わない。
だからなのか、他者にもそれを要求する。
いつでも、本音を言うことは重要ではない。
嘘と思われなければ良いのだ。
私は、そう思っている。
それほどの意思を見せれば、康ちゃんは納得してくれる。
私はそれを知っている。
だから、康ちゃんが好きなのだ。
笑う私に、呆れたように溜め息をつく愛しい人。
友成 康史さん。
「真理は、ほんとマイペースだな」
返す言葉にも、いつもの元気がない。
私よりも5歳年上の、社会人。
康ちゃんが働く会社に、入社した私 要 真理。
今年、大学を卒業してめでたく新社会人になりました。
地元の会社に入社して、無事に総務課に配属された。
ちなみに康ちゃんは、公報課だった。
入社してから、康ちゃんはずっと広報課だ。
同期には、「是非!〇〇課で!」と熱い希望をする人もいたけれど、私はどこでも良かった。
何故なら、ずっと好きな人と同じ会社にいられることが全てだったから。
これで、朝から夕方までいっしょにいられる。
本音は広報課に行きたかったけれど、それをしてしまうと公私混同が発生する。
そう思ったから、まずは入社できたことで満足する。
“まずは、入社!”
そんな目標しかなかった私。
だから、総務課というところがどんなところかも良く分からずに任命書をいただいた。
結果、入社式後にすぐ入社式の撤収作業が始まり、真新しいスーツをやや埃まみれにしお母さんにお小言を言われてしまったけれど。
「あれから、高田は?」
気にするのは、私の同期で入社した女性だった。
康ちゃんは、少し気まずそうだ。
「え?気にしてないみたいだったけど…?」
「…相変わらず、のんきだな。真理は」
言う声には、慣れ親しんだ響きがある。
本当に、今日のお昼に会った高田さんは特に気にしている雰囲気じゃなかった。
「本当か?」
「康ちゃんには悪いけど、話題にも出なかったよ?康ちゃんが不憫過ぎて」
言う私も思わず笑ってしまった。
「…そうかよ。なら良い」
ふっきれた言い方に、この人のことを好きだな、と改めて思う。
潔い生き方。
私が好きな人は、本当にまっすぐだと感じる。
康ちゃんとは、産まれた時から一緒だった。
家がお隣同志だから。
兄よりも年上だったことで、私がこの世に現れた時にはすでに認識されていた。
多分。
そんな康ちゃんは、1人暮らしもせずにいまだに実家に暮らしている。
勿論、私も。
だから、出勤から退勤までほぼ一緒。
あ、退勤はまちまちか。
私はほぼ定時で上がれるからか、時々康ちゃんから「今日は残業」とか「今日は飲み会」というラインが来る。
そういう時は、気にせずに先に帰る。
終わるまで待っても良いけれど、それじゃ重い女になってしまう。
多分。
「高田が気にしていないなら、な」
康ちゃんの言葉に、私は頷いて賛成した。
「そう、良いのよ。こうやって一緒にいられるなら」
「真理は、観点が違うな」
それ以上は私も言わない。
そんな康ちゃんは、今日落ち込んでいる。
仕事で失敗なら、まあ仕方がないけれど。
後輩社員を泣かせた男と言う、なんとも不名誉なレッテルを貼られて…(笑)
それも、会社でも最も怖いと恐れられている、倉橋女史を怒らせてしまったのでは?
という尾ひれも付いて。
笑ってしまった。
見ていた人の中には、康ちゃんに同情する人もいたけれど、先に始めたのは康ちゃんだったというので、じゃあ、仕方ないじゃん?と私は思ってしまった。
見ていないので、どちらの味方もしない。
ちなみに、泣いたのは私の同期ではない。
去年入社した先輩の女性社員を泣かせてしまったらしい。
しかも、年は私の年下。
めんどう!その情報。
といっても、経緯を聞くと不思議だったのだから仕方ない。
喫煙所で、私の同期にいる広報課に配属された、高田さんという女性の話をしていたらしい。
内容は、まあ新人社員なら、あるあるかもしれないけれど、その新人社員の態度や様子などを他の課の人と話していた、らしい。
いわゆる、新人社員の情報交換のような空間。
その場に年下の先輩社員が乱入し、康ちゃんの言い方や高田さんへの少しの不満などを耳にし、泣いてしまったらしい。
感情の振り幅が大きかったのか、康ちゃんへ食って掛かりながら泣いてしまったとのこと。
まあ、仕方ない。
生きていたら、泣く時もあるでしょう。
でも、それが始業後の喫煙所なんて、まあついていない。
それにより、会社にいた女性社員に事あるごとにお小言を言われてしまったらしい。
だから、終業後のこの時間ですでに疲れ切っている。
各女史達からの、圧力ともいえるお小言から、後輩社員の先輩最低という眼差しも、一身に受けてしまったのだろう。
総務課でも、何なら文句を言われていた。
それを受け流しながら、1日聞いていた私。
でも、言えることはどれだけ評価が下がっても、私の中の康ちゃんの好感度が下がることはない。
「どんな康ちゃんでも、私は好きよ?」
変わらず言い続けた言葉は、するりと口から出てくる。
「…そうかよ。ありがとな」
珍しく、感謝の言葉が返って来た。
今だって、肩を並べて歩く距離感。
その距離は、近い方だろう。
多分。
これで付き合っていないのは、どうなのかという関係に見えると思う冷静な自分。
「…好きなのに」
そう、この告白は本当に私の癖だ。
初めて口にしたのは、保育園の時。
多分。
「こうちゃん、すき」
康ちゃんの名前も良く知らない時から、私は言い続けていた。
そんな私に、康ちゃんは優しい眼差しで聞き入れてくれる、それが日常だった。
お兄ちゃんがいた私と違って、康ちゃんは1人っ子だ。
だから、妹のように可愛がってくれた。
「まりちゃん」
と優しく呼んでくれた。
それは惚れるでしょう。
兄よりも優しくて、兄よりも格好良くて、私を大事にしてくれる存在。
それは、そうでしょう。
当たり前の、なるべくしてなった展開ですよね。
足手まといにしかならない私を、邪険にもせず兄の相手をしながらも、私のこともきちんと可愛がってくれた。
5歳年上は、すごく離れていると思っていたけれど、社会人になるとあまり意識はなくなる。
そう、私が1年生の時に6年生だった康ちゃん。
その時は、流石年上、流石6年生なんて感動していた。
でも、それが私の成長に伴い、少しずつ変化していった。
その後の進級で同じ学校に通うことはなくなるけれど、それでも康ちゃんの進級先を追いかけるようになぞっていった。
おかげさまで、私はとても優秀になれたみたい。
性格はのんびりしていたけれど。
私のお母さんとお父さんはすごく喜んでくれた。
「康ちゃんのおかげ」と私が言うことで、康ちゃんの株もきちんと上がっていった。
でも、そんな康ちゃんは今日、会社で1番のヘイトを集めた。
笑ってしまう。
私の家族もきっと、「運が悪かっただけ」と言うだろう。
そのくらい、彼は誠実だ。
受け取り方は人それぞれだろうが、彼は誠実で優しい。
正直で善良。
そう表現できるほど、彼は現実主義だ。
現実主義にならざるを得なかったのは、私のせい…かもしれない。
私が「好き」という度、笑っていた表情は本当に年数をかけて少しずつ変化していった。
笑いの度合いが減り、やや照れたようになり、その内悩むように…。
そして、私が10歳の時に彼は決意したのだろう。
康ちゃんが15歳、高校受験を控えた時に言われたのだ。
「真理のそれは、思い込みだ」
と。
でも、私は言い返した。
「思い込みじゃいけないの?」
と。
その時の空気は、何とも形容しがたいものだった。
必死に、私の思い込みを訂正して伝えたい康ちゃんと、好きでいて何か問題があるのか、という私の攻防戦。
時間の経過で、お互いの家族も巻き込んだ。
今思い出しても、ずっと面白い。
康ちゃんが、必死にお父さんに説明を重ねるという謎の時間になった。
結果、お父さんが「康史君はしっかりしてるなぁ。理もこうなると良いのに」と言って終わりになった。
理は私のお兄ちゃんだ。
そのくらい、私にとって康ちゃんは特別だ。
好きなのも、一緒にいたいのも変わりはない。
10歳の時に、思い込み論を講じた康ちゃん。
「俺を優しいと思い込んでいる」と言った康ちゃん。
「真理は、それを勘違いしているだけだ」と言った康ちゃん。
「好きなのは、錯覚だ」と言った康ちゃん。
それよりも、初めて呼び捨てにされた衝撃の方が強くて…。
とても、良かった。
嬉しい、という感情。
思い込み論と共に、アイデンティティを確立しようとしたのだろう。
それすらも、ずっと恰好良かった。
必死で私に伝えるその姿。
そんなことを、10歳の頭でぼんやりと考えていた。
「本当は優しくもないし、面倒だってもう見切れない」
そう言っていた時の、康ちゃんの必死な顔。
でも、その頃には私はもう盲目的に、康ちゃんが好きだった。
康ちゃんが優しいのは、私が誰よりも知っている。
だから、「何が?」の一言だった。
お兄ちゃんには叩かれたり、命令されたり、嫌なことを言われたり、おやつを取られたり、いじめとも言えるようなことを数えきれないほどされていた。
泣かされたことも、覚えていないくらい無限にあった。
でも、康ちゃんにされたことは1度もない。
嫌だと思うことなんて、1つもなかった。
呆れた顔をするのも、失望された顔をすることも、詰られたことも、だ。
いつでも、優しくてきちんと私の面倒を見てくれて、忙しくても必ず相手をしてくれた。
だから、好きでいけないのか?思い込みは悪いのか?錯覚は間違いなのか?を聞き返した。
お兄ちゃんに力では勝てないから、口だけは達者になった私。
そんな私にたじたじになる康ちゃん。
それを生暖かい目で見る、両家族。
あ、お兄ちゃんだけは「付き合いきれね」っていなくなったっけ。
でも、それで良い。
私が康ちゃんを好きで、誰かに迷惑をかけたり、何か問題が起こったことはない。
いつも私だけが好きだった。
康ちゃんは、あの時から私に愛想を振りまかなくなった。
それはそうだろう。
私が康ちゃんを好きだと思い込んでいる、ということで自分を責めていたから。
だけど、私は元々のマイペースさで、言い続けた。
私が言わなくなったことで、康ちゃんの罪悪感が減るのなら言わなかった。
でも、そうではない。
言わなければ言わないで、康ちゃんはすごく気にするのだから。
そのくらい、康ちゃんは真面目だった。
だから、同級生に告白をされても、少しだけ年上の男性に好意を寄せられても、何とも感じない私になった。
だって、康ちゃんじゃないと意味がないから。
康ちゃんにヤキモチを焼かせるのも、康ちゃんに私のことを考えてもらうのも、私の押し付けだ。
私じゃない人と、付き合っても構わなかった。
いや、それは嘘か。
流石に落ち込むか。
だけど、私のドキドキを他所に、康ちゃんに彼女ができたという話は聞いたことがない。
康ちゃんママから、そんな情報は入って来ていない。
会社に入社して、その後プレゼントやバレンタインのチョコなどはもらっていたようだけど…。
彼は、やはり真面目だったのだろう。
私に不義理をしてはいけないとでも、思っていたのかもしれない。
気にしなくて良いのに。
私は逆に申し訳なくなった。
だから、康ちゃんには言ったことがある。
他に好きな人が出来たら、しっかりと応援すると。
それを聞いた康ちゃんは、少しだけ不機嫌になった。
私が本心を言っていないと思ったのだろう。
だけど、それは違う。
先に、社会人になった康ちゃんが楽しみを見出せないのは、何か申し訳ない。
恋愛だけが、社会人の楽しみではないとは思う。
でも、全くないのはどうなのだろう。
私のせいで、楽しみの割合が減るのは違うから。
私にとって、結局康ちゃんが幸せなら良いのだ。
極論だけど。
ここで、私が康ちゃんに告白をするのも、好きだというのも日常と変わらない。
でも、今日のこのタイミングで好きだと言うのは、私なりに励ましたいという気持ちが強かった。
落ち込む様子はあるものの、1人できちんと立っている彼に、それでも何かを伝えたかった。
私が康ちゃんに嘘をつかないということは、もう決まりきったことだ。
康ちゃんは、私の言うことを疑わない。
だからなのか、他者にもそれを要求する。
いつでも、本音を言うことは重要ではない。
嘘と思われなければ良いのだ。
私は、そう思っている。
それほどの意思を見せれば、康ちゃんは納得してくれる。
私はそれを知っている。
だから、康ちゃんが好きなのだ。
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