鷹村商事の恋模様

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それは、何で?

だから?

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結局、狭い世界でしか人間は馴れ合えない。
そこが、少し窮屈だったとしても…。

「高橋ー、さっき頼んだ背景の画像。やっぱ明るい方で」
「えー、もうレイアウトまで決めたのに…。分かりました。仕方ないので、やり直しますよー」
「すまんな」
「残業になったら、主任のせいですからね」
「だから、すまんと思っているって」

斜めから聞こえてくる声と、少し離れた所から聞こえてくる声に、少しうんざりする。
話すなら、どちらかが側に行けば良いのに。
他の人間のことなどお構いなしの、会話の応酬。

「パワハラ主任め」
「何か言ったか?」
「言ってませーん」

軽いやり取りにも、イライラする。
ここは学校じゃない、仕事場だ。
バイト仲間と話すような雰囲気にも、少しイラつく。
仕事をする気がないなら、帰れば良いのに。

「大丈夫?光ちゃん」
「あ、平気でーす」
「何なら手伝うけど?」
「大丈夫ですって、こんなのすぐですよ」

「そう?ほら、僕は後輩だから、先輩を手伝わないと」
「よっ!…、やめてくださいよ。錦織さん…」
「本当に、呼ばなくなっちゃったんだね?残念」
「…高橋は降参ですから、そう毎日のように言わないでください。…もう、いじめないでくださいよぅ…」
「ごめんごめん、光先輩?」

今度は、すぐ目の前(と言っても、ファイルがあるから姿は確認できない位置)から、そんなやり取り。
だから、ここは仕事場。
何度でも言うわ。
ここは働く場なの。
いちゃいちゃしたいなら、アフターにしなさいよ!
私、高田 ゆずの日常はイラつきと共に経過している。

今年、新卒で採用された会社。
中小企業だけれど、地元ではそこそこ長い歴史があり、評判も良い。
面接に来た時の雰囲気も良かったから、第一希望にしたのに。
配属先は、まさかの広報課。

私の希望は営業課だったのに、何で公報なんかに。
面接の時も、その後の新人研修の時も、私「営業課を希望します」って言ったよね?
言ったはずなのに、見事にスルーされて広報課に配属された。
あの時にいた同期に、「早く営業に行けると良いね」とか言われるし。
何で私が、こんな“暇”を表したような課に…?

私の仕事は今の所、過去の広報誌を確認しデジタル化にするため、毎日パソコンに取り込む仕事。
これって、私じゃなくても良くない?
と言うか、これこそシステム化して人力じゃなくせば良いのに。

毎日毎日飽きもせず、古い広報誌のスキャンのみ。
1人立ちした途端、こんな仕事にがっかりする。
もはや化石と化した“お茶汲み”に匹敵するくらい、意味があるのか疑問な仕事。
何も考えずに、スキャンする日々。

かたや、同期で入社した錦織くんは、すでに広報誌の1部を任されているとのこと。
男性に仕事が回りやすいのは、いまだに昭和の風情がどことなく残っているから?
女性だって、同じように仕事を割り振ってくれれば良いのに。
暇を持て余しながらも、真面目に取り組んでいるように見せるのはもう慣れた。

午前中も、何も問題なく(それはそうでしょうよ?)済みお昼の時間になった。
同期で仲良くなったのは、採用試験の時に一緒に励まし合った如月きさらぎ 智花ともか
入社してから交流が出来た、かなめ 真理まりと、田中たなか 美月みづき、4人で何となくご飯に行くことが増えた。
如月さんは企画課、要さんは総務課、そして田中さんは営業課に配属された。
不況という割に、今年度の採用は多かったとのこと。

筆記試験の時にはもっといたはずが、面接の段階で今年の採用者はほとんど揃っていたから。
道理で、見覚えのある顔ばかりだと思った。
そのためか、入社式ではお互いに「あー」となり、距離も近くなった。
研修を終える頃には、“同期”として、それなりに交流が可能になっていた。

会社の側のお店も良いけれど、社食が便利なのはありがたい。
毎日、何となくで行き先を決めている。
今日は、社食にした。
4人で世間話をしながら社食に入る。

「えー、佐藤さん若い!」
「そうよ?若い子に負けないようにしないと!」
「勝てない勝てない、佐藤さんに勝てる人いないって」
「もう、調子が良いんだから光ちゃんは!」

「今日も、おいしいうどんありがとうございます」
「毎日うどんばっかり食べているから、そんな細っこいままなのよ!」
「えー、うどんおいしいじゃないですか?好きなんです」
「好きで食べてるなら、文句は言えないわね」

「もう、お出汁が絶妙で絶品で、何度飲んでも本当においしくて」
「そんなに褒めてもらっても、お出汁しか出せないよ!」
「じゃ、ピッチャーとかで出してください」
「アハハ、どんだけ好きなのよ。ほらいっぱいあげるから」
「あざまーす!」

社食の厨房で働く、年配の女性とはしゃいでいるのは…。
「高田さんのところの先輩じゃない?」
「そうみたいね」
要さんの言葉に、曖昧に頷いた。

広報課で私の先輩にあたるという、高橋 光さん。
いつでもノリが軽く、会社の人たちに愛想を振りまいている。
専門学校を卒業したため、年は下なのに先輩という、なんともやりにくい相手だ。
もっとも、やりにくいのは向こうも同じのようだけど。

「あ、また錦織くんと一緒だ」
如月さんの何気ない言葉に、“ご愁傷様”という言葉が浮かぶ。
同期で何か、『ズバ抜けています』というオーラを放っていた彼は、高橋さんと顔見知りだった。
入社式の後は、同期で固まっていることが多く、研修の時も私たちはほとんど一緒に行動していた。
その中で、波長が合うというか思考が少し似ているとのことで、如月さんと錦織くんは良い雰囲気だった。

如月さんは、これ見よがしに「錦織くん」と呼び、何でもないことを確認したり、研修での資料を読み返したりと、分かりやすいアプローチをしていた。
当の錦織くんは、当たり障りのない対応を繰り返していた。
何なら、本当に私や田中さんや要さんが相手でも、態度は変わらなかった。

でも、如月さんからの声掛けには少し苦笑を浮かべていたり、「また?」「今度は何?」なんて、ミリ単位の気安さを表していた。
だから如月さんは、錦織君と交際でも始めるのかと思っていたのに…。

しかし、配属先が分かれ、それぞれの課に振り分けられた後は、男性陣は見事に離れた。
未だに固まっている私達を「幼い」と言わんばかりに。
交流がないわけじゃない、会えばお互いの課の近況報告や上司や先輩などの情報共有を行っているよう。
だけど、男性陣はみんな個別に成り立つことが当たり前と言わんばかりに、それぞれの課で頑張っている。

昼食時やアフターまで一緒に、なんて分かりやすい行動は取らなくなった。
課での仕事や、上司や同僚との付き合い方など、個別に分かれたようだった。
対して女性陣は、ほぼ定時で上がれるのが日常のため、帰り道も沿線が同じ者同士で動いている。

しかし、錦織くんは少し違った。
課で1人頑張っているというより、高校時代の後輩にあえてついて回っている。
そう感じる程、「光ちゃん」「光ちゃん」と何かにつけて呼んでいた。

高橋さんも、高校時代に憧れていたんだか、付き合っていたんだか知らないけれど、「耀先輩」と恥ずかしげもなく呼んでいた。
でも、最近名前ではなく名字で呼ぶようになった。
この間、もう先輩と呼ぶのはやめるみたいなことを、仕事場でわざわざ言っていたから。

鬱陶しいままごとのようなやり取りを見ずに済むと思って、私は1人で少しホッとしていた。
なのに、それからだ。
錦織くんの雰囲気が変わったのは。

私も面接の時は、少しドキドキした。
顔立ちも奇麗だし、雰囲気も穏やかで、何よりも優しい。
そんな彼は、公報で働く年下の先輩が好きなようだ。
一見穏やかなのも、優しいのもその他に対するのと同じだ。

でも気付いてしまった。
この優しさは、彼女に優しくするためのもの。
彼女以外との差を設けないことで、彼女をどうにでも甘やかせる。
そのことに気付いてしまったら、芽生えそうになった恋心をすぐに摘み取った。

そうじゃなくても、如月さんと良い雰囲気だったのに、それをあっさりとなかったことにしたのも軽く引いた。
まるで、高橋さんに誤解を与えないためだとしたら、相当の熟練者か恋の玄人だ。
そんな相手、私にはどうもできない。
見なかったフリをする方が、よっぽど楽だもの。

「光ちゃん、大丈夫?」
「はい、すみません。今行きます」
「良いよ、急ぐとこぼれちゃうからゆっくりで」
「はいぃ、ありがとうございます。優しいなー、錦織さんは」
2人で座るのが当たり前のような動きに、如月さんは恨みがましいように目で追う。

如月さんは、課が違うことで就業中の錦織くんを見ていないから、どれだけ高橋さんのことを好きなのか知らないのだろう。
私もあえて教えるつもりはない。
だって、協力を願われたわけではないから。

もう子どもではないんだし、協力を乞うのならきちんと話を通してほしい。
「察して」なんて都合の良い話を、私に求めないでほしいから。
というか、他人の恋愛事情に巻き込まれるのなんて、絶対に嫌だ。

社会に出たら、もう少し人間関係って簡素化されるんじゃないの?
学生時代じゃあるまいし、人間関係くらいもっとクリアになれば良いのに。
何で、こんな煩わしそうな関係に近い所に、私はいるんだろう。

如月さんは、企画課で昭和を体現したような係長の無茶振りに、割と迷惑していると言っていた。
「すごくやりにくい。何もかもが古い」
そう言って、少し小馬鹿にしている風潮がある。
しかし、それでも企画課での“仕事”に必要な、資料集めやらプレゼン用の資料準備やら、聞く話は充実しているようだった。

要さんは、「何でも屋よ」と言うほど、入社した日から総務での仕事を担っている。
新人でも、会社のための物事や行事、商談などをスムーズに行うための準備やセッティングを行う日々のよう。
他の課にも行き来し、順調に「総務の新人の…」と他職員と交流をしているようだった。
毎日、忙しなくあちこちに出入りしているのを見ると、“働いている”んだなぁと、羨ましくなる。

そして、私が行きたかった営業に配属された田中さんは、毎日顔色は悪い。
仕事の重圧ではなく、「人間関係で少し神経質になっている」とのこと。
営業にいるという中堅社員の恋愛事情で、毎日営業では和田女史の神経がピリついているらしい。
優秀な社員さんのはずだったのに、公私混同で少し課での評判は悪い。
そこにもいたみたい、仕事場を勘違いしている人間が。

だけど、新人にはそんな発言権はないようだった。
「憧れます」も「会社で、それはどうなんですか?」も言えない緊張感。
何だそれはと思うけれど、日に日にやつれている田中さんを見ていると、営業ではなかった方が良いのか、疑問が湧く。

なんなら、如月さんと交代してもいいくらい。
広報での私の仕事なんて、恥ずかしくて同期には何も言えない。
総務で、早めに異動願いを出そう。

そんなことを思うのが、私の日常だった。
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