鷹村商事の恋模様

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それっていつから?

このままで

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現代にも、王子様は存在する。
いや、ちょっと違うか。あくまで、私にとっての王子様、だ。

「ちょっと、耀よう先輩!聞いてくださいよ!」
騒がしい私の声は、静かにパソコン操作をする人には迷惑だろう。
なのにも関わらず、この人は涼しい顔をして打ち込んでいる。
「おはよう、光ちゃん。じゃなかった。光先輩」

「っ!。おはようございます、耀先輩。もうそんな呑気なことを!大ニュースですよ。あの営業課の純愛カップル、ようやく付き合い始めたって。今、会社中が揺れてますから」
私の勢いにも、爽やかな表情は変化がない。
苦笑しながら「会社中が揺れる?」って冷静に聞き返している。
「というか、気になりません!?会社中が見守っていた関係が、ゴールインって」
私の下卑た笑いにも、この人は気にしないように「そうなの?」と聞き返す。

「えー。気になる!公報で、取り上げちゃダメかな?」
「ダメでしょ。個人的なことを、公的な文書に乗せちゃ…」
私の好奇心を、やんわりと抑えて耀先輩はふんわりと笑う。
長年見慣れた、王子様スマイルだ。
朝から見れるなんて、ありがとうございます!!

「やっぱり?でも、みんな食い付くと思うんですよね。対外じゃなくて、対内ならどうですかね?」
「そんなことを、新人の僕に相談しても…」
「いや、“デキる代”リーダーの耀先輩なら、何かこう名案を出してくれるんじゃないかって」
勢いに乗って喋っていたのに、主任の登場でげんなりする。

「ほらー、席に着け。朝会始めるぞ」
時間通りに出社した主任の声に、私は聞こえないように軽く舌打ちをして席に戻る。
「高橋、資料準備できてるか?」
席に着いて早々、主任に呼ばれる。
「できてますよー。主任のデスクにないですか?」

まず、自分のデスクを見てから聞いてほしい。
気付いた主任が、資料を手にし、ページをめくっていく。
あれ、これって一応上司の側にいた方が良いのかな?
席で座ったまま、主任を眺め、自分の仕事を始めるかどうか迷う。
「あー、こういう感じか」
「ダメでした?」

「いや、ダメじゃないけど、今までは表と文字を別々にしていたから、こうやって一緒にされると、何か情報がいっぱい入って来るなって思って」
ダメじゃないなら、一々口に出すなよ。
そう思いながらも、笑顔を作る。
「じゃ、もう1回やりますよ。今までみたいな資料にします?」
「いや、俺は良いと思うよ?紙も無駄にならないし。ただ、年配な人たちは戸惑うんじゃないかなって」

「えー?一昨日、ラウンジで副社長にあった時に、試しに見せたら『分かりやすい』って言ってましたけど?」
「そうか?じゃ、このままで良いか。副社長が言うなら」
「あざまーす」
とりあえずの合格ラインをもらい、隣に座る耀先輩の方に向かって舌を出す。
「ほんと、主任って流されやすいですよね?営業の東田課長とは大違い」
小さな声で呟き、先輩の反応を伺う。

「あー、あの人は掴めない感じだよね」
「分かります?数か月で伝わるなんて、やっぱ耀先輩は人を見る目があるなぁ」
こそこそと話をしていると、もう1度主任が「朝会するぞ」って言い始めた。
同じ部の人たちが席を立ち、主任の側に集まる。
ディスタンスがあるから、少しの空間を開けているけど。

というか、毎日朝会しているの、広報だけなんだって。
フロアで点在する他の課は、すでに業務を始めている。
本当に周知の出来事、もしくは一斉に伝達する時に朝会をするのが他の課の日常なのにな。
公報だけ、時代の波に乗れていない。
非効率的な、この時間。
そんな文句を1ミリも出さずに、私も何でもない表情で立つ。

「回覧メールで知っていると思うが、広報誌の〆切がもう目の前に迫っているから、各自、自分の担当をしっかり確認してミスがないように頼む」
チーフの言葉に、それぞれから「はい」「分かりました」の声があがる。
というか、〆切まであと1週間あるのに、目の前に迫っているって言うかな?
こういう所が多分、私の余計な所。

主任を除いても、6人しかいない公報課の人間は、みんな真面目だから〆切が間に合わないってことは絶対にない。
私以外、すごい真面目に仕事するもんな。
いや、私だって日々真面目に仕事をしているつもりなんすよ?
それでも、言わずにいられないんだろう。

「それから、今月が過ぎたら新人職員から補助を外すから、それまで分からないことや疑問に感じたことは、しっかり先輩たちに確認しておくように」
今年配属されたばかりの、“新人”の耀先輩と高田さんが「はい」と静かに返事をした。
「先輩職員は、引き継ぎ忘れがないように。それと、何かにつけて声をかけてやってくれ」
私を含め、残った4人が各々返事をする。

返事をしながら2人の様子を見る。
耀先輩の表情に変化はないけれど、女性の高田さんは不安そうだ。
そうだよね、私も去年補助が外れる時、すごい不安だったもんな。

でも、1人立ちしてみたら、意外に気楽だったのを覚えている。
高田さんに、伝えよう。
「じゃ、今日も仕事始めるぞ」
チーフの声に、各自席に戻って行く。

「耀先輩なら補助外れても、しっかりできそうですから」
「いや、まだ社会に出て3ヶ月じゃ流石に役に立たないでしょ?期待もされてないって言われたし」
「は?誰にですか?」
耀先輩の何でもない言い方に、私の怒りスイッチがパチンと入る。
「あ、違う違う。今のは告げ口とかじゃなくて、僕の気分を軽くしようとして」
「誰ですか?先輩?」

「うーん、ニュアンスって難しいなぁ」
呑気な声を聞きながら、イラつく自分。
「そういうの良いですから」
そう言いつつも、自分のパソコンから共有情報を引き出す。
「あー、企画の石鍋さんか。言いそう、デリカシーのかけらもない人だから」
「え!何で」

驚く顔すら美しい。
耀先輩の顔も声も、仕草も雰囲気も、全部が王子様だ。
「え?業務一覧覗いたら、耀先輩のメンターが石鍋さんだったから。あのおじさん、マジでデリカシーないので『それって、パワハラですか?』って聞いた方が良いですよ」
「そう言いながら、仲良いんだって?」
「そうですね、会ったらお喋りくらいはしますかね」

「今度会った時に、違うな…今日の昼に乗り込んで、文句言ってきますね」
「企画課待ってろや」と低い声で呟く私に、耀先輩は吹き出した。
クスクスと笑い、「光ちゃんならやりそう。本当にやめてよ?」と苦笑を浮かべた。
「やめませんよ。先輩のことを悩ませるなんて悪いおじさんには、文句の1つも言わないと。それかボディーに1発入れないと」

「それより、さっき騒いでいたのはもう良いの?」
耀先輩が、話題を逸らすように言った言葉に、さっきの自分のテンションを思い出す。
私が入社した時には、すでに恋愛好きな先輩がはしゃぎながら教えてくれた、営業課にいるというリアルリア充。
先輩たちがはしゃぐのも納得の、凛々しい男性職員の菊田さんと、いかにも儚げという印象の真澄さんは入社した時から、ずっとイイ感じの雰囲気とのこと。

付き合ってはいないけれど、お互いに好きなのは明白で、それでも6年という月日を過ごしたんだとか。
同じ課で6年も?すごくない?てか普通に考えて、ヤバくない?
毎日好きな人と一緒に過ごすなんて、何のご褒美って話。

私は、今年から一緒になった耀先輩と、6年も過ごすなんて無理なことをすぐに悟った。
というか、耀先輩は同期で入った如月さんと良い感じらしい。
如月さんは企画課に配属された、これまたパッキリした美人さんだ。
それを知って、ガッカリよりも納得を感じたのは仕方ないと思う。
だって、こんな時まで私は完璧なモブ属性なんだと再認識できたから。

「光ちゃん?」
「っ!はい?」
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ。耀先輩こそ、大丈夫ですか?」
「ぼくは大丈夫。というか、その耀先輩ってそろそろやめない?」
「何でですか?」

先輩の気まずそうな顔に、首を傾げる。
「確かに年は僕の方が上になるけど、会社人としては光ちゃんの方が先なんだから、ややこしくない?」
確かに、耀先輩が入社した時に私が耀先輩と呼ぶことで、他の課の方が「新人なのに先輩?」とはなっていましたね。
でも、良いんです。
「ややこしくないですよ!私の先輩が今年から働いているっていうのは、私のネットワークに流していますし、先輩がどれだけ優秀かっていうのも、同時に流しているので」
「何か、大袈裟なことになってそうで怖いなぁ」

「何も怖くないですよ!あの伝説の“デキる代”のリーダーが来るって、きちんと伝えていますから。私が繋がっている先輩たちは、ちゃんと地位もあるし噂になんか惑わされないんで」
「そうは言ってもさ」
「それに、あわよくば後輩に見てもらって、まだ新人枠にいたいって言うあざとさも演出できるんで!」
私のへらっとした笑いに、耀先輩は「そうかな?」と言いつつも、とりあえずの会話を終了させた。
「だって、高校時代に先輩は先輩だったのは間違いないんですし。今は私の方が先に入社したってだけで、1年なんて差、すぐにどうでも良くなりますよ」
小さく呟き、それ以上は口を噤む。

隣で何か言いたそうにしていた空気は、そのまま消えて行った。
何で、こんなことに。
私は平和な人生を、平和な環境でやっていこうって決めていたのに。
隣に、高校時代の王子様がやって来るなんて。
人生って、何があるか分からない。

私は、この会社で高校時代のリアル王子様と再会した。
と言っても、高校時代の繋がりは細々と続き、1~2ヶ月に1度はラインでやり取りをすることを繰り返していたから、会っていないだけで交流は確かにそこにあった。
でも、季節の挨拶や節目の報告だけのラインに、疑問を感じていたのも確かだった。
だから、今年先輩が大学を卒業して、会社員になるタイミングでそろそろライン仲間から退こうと決めていた。

高校時代の生徒会なんて、ベタなグループライン。
既読スルーも増えて、反応もなくなって、1度グループ自体が消えかけたことがあった。
先輩が管理していたこともあり、「そろそろ需要はないかな?」なんて来た時に、咄嗟に「寂しい」と雰囲気で言ってしまったのは、紛れもなく私だった。
他の先輩と同級生は退会したのか、グループラインと言いながら先輩と私しかメッセージをしていないラインになってしまった。

それでも、どこかで繋がっていたくて、区切りが付けられなかった。
社交的だと思っている自分には、他にも交流が多い方だし、広げられるネットワークはどこまでも拡大していったけれど、先輩とのラインは自分にとっても宝物のような、…違う。
紛れもない、宝物そのものだった。

たまに遡って、馬鹿みたいにみんなでワイワイしていた頃の物から、少しずつ人が減り、寂しい画面になって、日数も空いて、でも、それでも交流していたという事実を。
この数年を、大事にしている自分がいた。
まるで、ドラマの主人公のように青春していた記録を、ドキドキを捨てられない自分がいた。
全部をスクショして撮っておきたいような、そんなことをしてしまったら、人としてヤバいのではないのか、ストーカーになるのではないか、と検索して踏みとどまったりもした。

私が就職した去年に、さりげなく「これからは、夜とか休日しか見れなくなると思います」なんて送ってみたけれど、先輩からは「僕も卒論で忙しくなるから、この1年お互いに頑張ろう」と返って来たことで、部屋でジャンプとかしちゃうくらいに有頂天になっていた。
まだ続いて良いんだという事実に、仄かな熱を感じていた。

話をしながら昼食の時間になり、社食に向かう。
うちの会社の食堂、マジでお財布にも優しいし、味も良い。
言えば、調味料も貸してくれるから、いつでも味変もできて最高かよ!

視界の端に、菊田さんと真澄さんが来るのが見えた。
「あ、先輩」
「何?」
「あの2人の席によっては、座る位置を交換したいです」
私の野次馬根性が、これでもかと騒ぐ。
私は定番の素うどんを選び、先輩は日替わりランチを持っていた。

いつもなら、お水かお茶をサーバーでさっさと取り、空いている席に座るんだけど。
それは流石に申し訳ないので、先に先輩に座っていてもらう。
トレーを持ちながら意味もなくウロウロし、2人がトレーを持っているのを確認し再度ウロウロする。
回りから見たら、「あいつ何してんだろ?」って不審者ですね。はい、分かりますよ。

2人が座ったのを確認し、先輩が座る位置を見る。
このまま私が先輩の向かいに座ったらと位置を想像し、反対側の方が2人の表情が見えることに気付く。
とりあえず先輩の側に行き、日替わりランチの隣に私のトレーを置く。
「ごめんなさい先輩、本当に申し訳ないんですが、反対側の席に移動してもらっても良いですか?」
「うん、良いよ」

あっさり、先輩が席を交換してくれ、私は2人の様子を伺いながらうどんをすする。
細々と会話をしている2人の姿は、確かに去年見ていたものとあまり変わっていないことに気付く。
「なんかこう、“私達付き合ってます”みたいなオーラはないですね」
私の声に、後ろを気にする様子もなく、先輩はランチを食べている。
席が離れているし、他にも社員はいるし、BGMも流れているし、声なんか聞こえないだろう。

このご時世、テーブルごとの間隔も開いているし、密集していないから見やすいこと見やすいこと。
いつでも、あの2人には何となく近寄れない、うーん近寄っちゃいけない気がしていたけれど、今は側に行きやすい?かもしれないことに気付いた。
神々しいような扱いをされていたけれど、想像以上にこちら側に近い感じだ。
黙々と観察を続ける私に、「そういえば」と耀先輩が声をかけてくる。

「光ちゃんは、菊田さんみたいな男性はどう?」
「えー、甲子園に行っていたっていう、あの『怪物』?」
「それは、あくまでその当時の謳い文句ね。本当に怪物じゃないし、怪物の要素はないから、そんなことを気軽に言っちゃダメだよ」
耀先輩のぎょっとした表情に、思わず笑う。
言うわけないじゃないですか、小学生じゃないんだから。

「本人を目の前にしたら絶対に言いませんよ、そんなこと言ったら殺されそうだし」
「殺されないよ。本当に光ちゃんは言葉が過激だね」
「すみません」
耀先輩のホッとした表情に、私も苦笑する。
「先輩は知っていました?菊田さん」
「うん。当時、本当に騒がれていたからね。ベスト4まで行ったし、家族とか先生とか騒いでいなかった?」
「うーん、いまいち。甲子園って、毎年騒いでません?」

毎年、甲子園は盛り上がっていると思う。うちのパパもママも、夏になると地元の高校を無駄に応援している。
興味のない人間には、あまり関心がないけど。
「というか、耀先輩だってテニスでインハイ出てるじゃないですか?しかも優勝!その方がすごいと思うけどな」
「僕のは、毎年出てくるトーナメント戦。彼の場合は何て言うか、地元も巻き込んで、こう地域で盛り上がった思い出に残る試合だったし」
そんなもんかな?
良く分からないや。

「ま、一般的にはカッコいいと思いますけど、私にとっては耀先輩みたいな細マッチョが好みです」
「そう?体が大きい方が、頼りがいがあると思わない?」
「全然。全く、これっぽっちも思いません。前に側に行ったことあるんですけど、威圧感がすごいっていうか、単純に大きい人は少し怖いです」
だって、あの人。話しかけても、基本上の空だし。
真澄さん以外は“どうでも良い”って雰囲気がダダ洩れだし。

私の言葉に、耀先輩は「ふうん」と言ったのみだった。
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