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お客様
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コロンコロン
木のベルが鳴り、誰かが来たことを知らせる。
顔見知りかと、ふと顔を上げるが、そこには見たことのない人がいた。
「いらっしゃい…ませ」
ぎこちなくなってしまったけれど、お出迎えをする。
「ここね?シーラという職人がいるって言うのは?」
すごく上品な女性だ。
お貴族様の奥様、その言葉がぴったり似合う。
「はい、シーラは私です」
「あら?あなたが?」
「…はい」
私がシーラだと名乗ると、意外だという顔をしている。
「失礼、今年で17歳って聞いていたから」
その声には、私が17歳には見えないという響きがあった。
苦笑する声に、私も苦笑する。
「間違いなく、私がシーラです」
だって、成長しなかったのは仕方ない。
毎日引きこもっていたから、身長も体重もそんなに増えなかった。
しっかりとした体格の勇者様と並ぶと、子どもと大人くらいの差があると思われる。
「いえ、ごめんなさいね?」
「大丈夫です」
「私は、セリーヌと言うの」
「初めまして、セリーヌ様。ようこそおいでくださいました」
聞き覚えもないけれど、とりあえず繰り返す。
そして、遅ればせながら来店を歓迎する。
そんな私の焦りにも、とても優しい微笑みでセリーヌ様は「よろしくね」と言ってくださった。
「先付けもなく来たのは急いでいたからなんだけど、本題に入るわね」
セリーヌ様が、布の包みに包まれた物を取り出した。
少し嫌な予感がする。
このドキドキは、緊張ではない。
少しの怖さを感じている。
「まずは、これを見てほしいの」
ゆっくりと開かれた布の包みから、欠けたブローチが出てきた。
『…少し無茶をしたみたいだ』
ゆっくりと、そう言うエメラルドがいた。
「これを作ったのは貴方よね?」
「はい!私が作りました。すみません!」
思わず頭を下げる。私が数年前に作ったこのエメラルドのブローチは縦に細長く、とても繊細な細工を望んでいた。
これも毎日少しづつ磨いて、表面に草の蔓のような装飾を刻んでいった。
形としては三日月のような、柔らかい婉曲を描いている。
『違う』
「違うのよ?」
「え?」
エメラルドの声に重ねるように、セリーヌ様がそう言った。
恐る恐る顔を上げると、とてもやさしい顔で微笑んでいる。
「このブローチはね、私の友人を守ってくれたの」
はっきりと、そう言った。
「私の友人はね、騎士をしているの。女性だって騎士の仕事をする人はいるわ。でもね、時々危ないことがあるの。だって騎士ですもの」
セリーヌ様は自分にも言い聞かせているようだった。
「でも、このブローチの加護が咄嗟に働いて、その代償なのかしら?左端が欠けてしまったの」
『名誉の負傷というやつだ』
言い方に自信がある。
エメラルドは、加護が効いたこと。
主を守れたことを、とても誇らしいと思っている。
その代償が破損なのだろう。
これは、すぐにでも修復を。
いや、新しく加工をした方が良いのかもしれない。
エメラルドも、意志は強い。
まだ、持ち主と共にいたいと強く願っているのが、ひしひしと伝わってくる。
まだ、このエメラルドは輝ける。
その証拠に、エメラルドも『加工に時間をかけるのはやめてほしい』と繰り返し言っている。
元々、私が時間をかけすぎることを咎めるような石だった。
だから、1日でも早く持ち主の元に帰りたいのだろう。
「修復でよろしいですか?」
「えぇ、頼めるのかしら?」
「勿論です」
即答する私に、トパーズが少し気分を害したのが伝わってくる。
そんなトパーズと私の気持ちを知ってか、セリーヌ様が口を開く。
「でも良いの?貴方のお仕事は、別にあったんじゃなくて?」
ちらりと、私が作業する台に置かれたトパーズを見るセリーヌ様。
それは、確かにそうだ。
でも、これはすぐにでも加工をしないと破損が進むかもしれないから。
「確かに、今回の加工は始めたばかりです。でも、このエメラルドを放っておくことも、私にはできないから」
私の考えながらの言葉に、トパーズが黙る。
『申し訳ない。新しいお嬢さん』
エメラルドの言葉に、トパーズが更に沈黙する。
『見たところ、まだこの工房に来て日が浅いようだ』
エメラルドは、作業工程を知っている。
トパーズが、まだ加工前だということも分かったのだろう。
自分が先に入ってしまったことを、本当に申し訳ないと思っているから、せめてもの気持ちが出ている気がした。
『君の迷惑にならないように…』
エメラルドは、トパーズの役に立てる方向を見つけようとしていた。
持ち主の騎士に似たのか、簡潔な言い方だった。
『私の加工を見ながら、君の行く先の参考になればどうかと思うんだが、どうだろうか?』
エメラルドの言葉に、トパーズの興味が刺激されたのだろう。
『そういうことなら、飛び入りも認めないことはないわ』
「ありがとう」
思わずトパーズにお礼を言う。
『感謝する』
そんな私に安心したのか、エメラルドもトパーズにお礼を言った。
鉱物同士の話は済んだようだ。
ホッとした私を、不思議そうに見るセリーヌ様がいた。
「あっ、あの!すみません…。修理は、すぐにでも取り掛からせていただきます。その間ご不便はないでしょうか?」
「ないと思うわ。というか、すぐにでも取り掛かったら、今日中に終わるの?」
『終わらせてもらわないと困る』
私の想定では3日間くらいもらおうかと思っていたのに、すぐにでも?
今日中に?
そんな、急いで加工をしたらエメラルドへの負荷がかかりそう。
『私は構わない。なんなら欠けた部分を削って、ひび割れが起こらないようにしてもらえば』
「そんな、突貫工事みたいなことはしないよ?」
『相変わらず、君は真面目だ』
「あなたがせっかちなんでしょう?」
クスクスと笑う声が聞こえた。
セリーヌ様に、変な所ばかりを見せている。
「あの、先ほどからすみません。変ですよね?」
「良いのよ。石が信頼している職人というのが、こちらにもちゃんと伝わって来るわ」
セリーヌ様も、勇者様のように良く見える目を持っている可能性があると感じた。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言いながら、今日中は止めた方がいいことを再確認する。
まずは、鉱物の破損状況と、その状態を鑑定してからだ。
「本日は、とりあえずお預かりでも構いませんか?」
「あら?今日じゃ無理かしら?」
「急いで加工を施して、何かあったらことなので…。すみません」
「良いのよ。噂に違わず、しっかりしているのね」
噂で?誰から?
ふと思ったが、詮索はしない。
私を知っていて、私に依頼されたことなら、責任をもって請け負わないと。
「明日には、お渡しできるよう頑張ります」
深々と頭を下げる私に、セリーヌ様はクスクスと笑った。
「じゃ、明日の夕方くらいなら良いかしら?」
多分大丈夫だろう。
「はい、お待ちしております」
「そう思ったけど、少し名残惜しいわね。少し加工を見てもよろしいかしら?」
え?それは、とても暇な時間じゃないのでしょうか?
「それは困ります」
ふと声が響いた。
ドアが開いたことに、まるで気付かなかった。
木のベルが鳴っていたか、思い出せない。
そのくらい、静かな足音と気配がなかった。
背の高い、綺麗な女性がいた。
「困りますセリーヌ様」
もう1度そう言い、女性はセリーヌ様の背後に控えた。
「あら、もう見つかっちゃったの?貴方も少し付き合わない?工房の見学」
セリーヌ様は、慌てる様子もなく女性を振り返る。
エメラルドが、急にそわそわし始めた。
もしかして?
「このブローチの持ち主の方ですか?」
私の言葉に、ぴくりと眉を動かすが表情は変わらなかった。
「今回は、すみませんでした!加工が不十分だったことで、ご迷惑をおかけしてしまい…」
頭を下げる私。
「いや、違う。頭を上げてくれ」
私の言葉を遮るはっきりとした声。
ゆっくりと頭を上げると、申し訳なさそうな表情の騎士様がいた。
「頭を下げられるようなことは何もない。逆に頭を下げるのはこちらの方だ。あなたの加護が本物だったこと、しっかりと込められた祈りだったからこそ、私の身は無事だった。しっかりと主も守れた。礼を言う、ありがとう」
「へ?」
言われた言葉も、下げられた言葉も良くは分からない。
でも、これはおかしい。
「やめてください!騎士様、頭を上げてください」
「しかし、礼をしたりないのは確かだ」
「良いんです、お役に立てれば。エメラルドも、とても喜んでいました。主を守れて、誇らしいとそう言っていました」
言った途端、騎士様の表情が少し和らいだ。
「そうか」
私の手元にあるエメラルドを見て、また元の表情に戻る。
「ちなみに、ご希望の加工等はございますか?」
「いや、君に任せよう。職人殿の良いようにしてほしい」
「はい、分かりました。では、早速取り掛かりたいと思いますので、失礼します」
私は2人に頭を下げ、作業台に戻る。
作業台に置かれたトパーズに断りを入れ、位置をずらす。
『どうやって加工するのか、確かに気になるわね』
早速、トパーズが持ち前の好奇心をくすぐられているようだ。
エメラルドは、流石の先輩ぶりだ。
『気が済むまで、見てもらって構わない』
「加工するのは、私なんだけど」
『でも、あなたって何でもかんでものんびりなんでしょ?』
トパーズの言葉に、少し頬を膨らませる。
「本当のことだけど、それをあなたが言う?」
『でも、良いわ。私の時はじっくり、ゆっくりやってくれて』
私たちの言葉に、エメラルドは溜め息をついたように感じた。
『作業がゆっくりすぎて、居眠りでもしてしまいそうだ』
「なら、ゆっくり休んで。あなたもノンストップで働き過ぎよ?」
そう言い鑑定をする。
“呪いの発動により、加護の一部が欠損”
恐ろしい言葉だ。
何か見てはいけない言葉が出ていた気がする。
「呪い…」
ぽつりと言った私に、2人が一斉に反応したのが分かった。
「何が視えている?」
騎士様の言葉に、私はハッとする。
「あ、すみません。石の状態を視たくて、鑑定を。といっても、私は初歩の鑑定しかできないので、呪いで欠損ということしか…」
私の言葉に、騎士様は緊張を解いた。
「破損がすすんでいなければ、そこから重ねての破損にはならないので…」
慌てて言う私に、騎士様は安心したように頷いた。
「まだ、そのブローチと共にいられるのだな?」
「はい、エメラルドもそう望んでいます」
良いな。
両想いだ。
私が加工した石が、持ち主を大事にしたいと思い、持ち主も石を大事にしてくれている関係。
これは、私が望む譲渡先の光景だ。
ただ、破損してしまうのは、やっぱり悲しい。
三日月エメラルドは、上の左端が欠けてしまいバランスが悪くなっている。
とりあえず、金具を外すところからか。
台座にブローチを固定し、固定していた金具を少しずつ緩めていく。
金具もこの際交換しよう。
鑑定しなくても、年季の入った金具のくたびれ具合いに、長いこと丁寧に扱われてきたことを知る。
金具も時々磨かれていたのだろう。
綺麗に鈍色に光っている。
石だけにした後、再度石の鑑定を行う。
加護も弱まっているが、何よりもそのバランスが崩れてしまい、石本来の輝きが不格好になっている。
少し磨いて、蔓の装飾も整えて、台座の大きさも変えないと。
「何か望む形はある?」
『いや、すでに浮彫をしているから構わないでくれ』
「そうは言っても、少し整えるからね」
『削るのか?』
「お望みなら」
『なるべく、浮彫はそのままに。主が、指先で感触を楽しんでいる時があるんだ。蔓の装飾を気に入って』
「なるほど」
『だから、指触りが変わるのは避けたい』
「分かった」
布で磨き、少しの艶が出てきた。
この欠けた部分、何かできないかな?
あ、新しい石を入れて補強することはできる。
「ちなみに…」
『何だ?』
「ここに、新しい石を入れて保護をするのはどう?」
『君が良いと言うのなら…』
「あなたが、嫌でなければ、色や効能のバランスを見たい。…そして、視たい」
効能だけで言うのなら、守りを強化できるオニキスや守護の強い水晶。戦いという点なら、ターコイズやカーネリアン、どうしよう?楽しくなってきている。
楽しんでいる場合ではないのに…。
『相変わらずだな』
「ん?」
『君は、本当に我々を前にすると、楽しそうにすると思って』
「あの時も、呆れていたのに?」
そう、私が、この形は生かしたい、でも、そのバランスも崩したくないとワクワクし、表面の細工もどうしようか迷いながら、色から植物系が良いと思案していたこと。
そんな私に、良いから急いで仕上げてほしいと毎日のように言い続けていた。
エメラルドの意思は本当にあまりなく、そのままの形を生かして三日月のように整えた。
そして、表面に弦のような蔓を浮彫のようにしたのは、私の意思だ。
珍しく私の気持ちが反映された加工に、私も珍しく進む手が止まらず早めに仕上がったことを覚えている。
木のベルが鳴り、誰かが来たことを知らせる。
顔見知りかと、ふと顔を上げるが、そこには見たことのない人がいた。
「いらっしゃい…ませ」
ぎこちなくなってしまったけれど、お出迎えをする。
「ここね?シーラという職人がいるって言うのは?」
すごく上品な女性だ。
お貴族様の奥様、その言葉がぴったり似合う。
「はい、シーラは私です」
「あら?あなたが?」
「…はい」
私がシーラだと名乗ると、意外だという顔をしている。
「失礼、今年で17歳って聞いていたから」
その声には、私が17歳には見えないという響きがあった。
苦笑する声に、私も苦笑する。
「間違いなく、私がシーラです」
だって、成長しなかったのは仕方ない。
毎日引きこもっていたから、身長も体重もそんなに増えなかった。
しっかりとした体格の勇者様と並ぶと、子どもと大人くらいの差があると思われる。
「いえ、ごめんなさいね?」
「大丈夫です」
「私は、セリーヌと言うの」
「初めまして、セリーヌ様。ようこそおいでくださいました」
聞き覚えもないけれど、とりあえず繰り返す。
そして、遅ればせながら来店を歓迎する。
そんな私の焦りにも、とても優しい微笑みでセリーヌ様は「よろしくね」と言ってくださった。
「先付けもなく来たのは急いでいたからなんだけど、本題に入るわね」
セリーヌ様が、布の包みに包まれた物を取り出した。
少し嫌な予感がする。
このドキドキは、緊張ではない。
少しの怖さを感じている。
「まずは、これを見てほしいの」
ゆっくりと開かれた布の包みから、欠けたブローチが出てきた。
『…少し無茶をしたみたいだ』
ゆっくりと、そう言うエメラルドがいた。
「これを作ったのは貴方よね?」
「はい!私が作りました。すみません!」
思わず頭を下げる。私が数年前に作ったこのエメラルドのブローチは縦に細長く、とても繊細な細工を望んでいた。
これも毎日少しづつ磨いて、表面に草の蔓のような装飾を刻んでいった。
形としては三日月のような、柔らかい婉曲を描いている。
『違う』
「違うのよ?」
「え?」
エメラルドの声に重ねるように、セリーヌ様がそう言った。
恐る恐る顔を上げると、とてもやさしい顔で微笑んでいる。
「このブローチはね、私の友人を守ってくれたの」
はっきりと、そう言った。
「私の友人はね、騎士をしているの。女性だって騎士の仕事をする人はいるわ。でもね、時々危ないことがあるの。だって騎士ですもの」
セリーヌ様は自分にも言い聞かせているようだった。
「でも、このブローチの加護が咄嗟に働いて、その代償なのかしら?左端が欠けてしまったの」
『名誉の負傷というやつだ』
言い方に自信がある。
エメラルドは、加護が効いたこと。
主を守れたことを、とても誇らしいと思っている。
その代償が破損なのだろう。
これは、すぐにでも修復を。
いや、新しく加工をした方が良いのかもしれない。
エメラルドも、意志は強い。
まだ、持ち主と共にいたいと強く願っているのが、ひしひしと伝わってくる。
まだ、このエメラルドは輝ける。
その証拠に、エメラルドも『加工に時間をかけるのはやめてほしい』と繰り返し言っている。
元々、私が時間をかけすぎることを咎めるような石だった。
だから、1日でも早く持ち主の元に帰りたいのだろう。
「修復でよろしいですか?」
「えぇ、頼めるのかしら?」
「勿論です」
即答する私に、トパーズが少し気分を害したのが伝わってくる。
そんなトパーズと私の気持ちを知ってか、セリーヌ様が口を開く。
「でも良いの?貴方のお仕事は、別にあったんじゃなくて?」
ちらりと、私が作業する台に置かれたトパーズを見るセリーヌ様。
それは、確かにそうだ。
でも、これはすぐにでも加工をしないと破損が進むかもしれないから。
「確かに、今回の加工は始めたばかりです。でも、このエメラルドを放っておくことも、私にはできないから」
私の考えながらの言葉に、トパーズが黙る。
『申し訳ない。新しいお嬢さん』
エメラルドの言葉に、トパーズが更に沈黙する。
『見たところ、まだこの工房に来て日が浅いようだ』
エメラルドは、作業工程を知っている。
トパーズが、まだ加工前だということも分かったのだろう。
自分が先に入ってしまったことを、本当に申し訳ないと思っているから、せめてもの気持ちが出ている気がした。
『君の迷惑にならないように…』
エメラルドは、トパーズの役に立てる方向を見つけようとしていた。
持ち主の騎士に似たのか、簡潔な言い方だった。
『私の加工を見ながら、君の行く先の参考になればどうかと思うんだが、どうだろうか?』
エメラルドの言葉に、トパーズの興味が刺激されたのだろう。
『そういうことなら、飛び入りも認めないことはないわ』
「ありがとう」
思わずトパーズにお礼を言う。
『感謝する』
そんな私に安心したのか、エメラルドもトパーズにお礼を言った。
鉱物同士の話は済んだようだ。
ホッとした私を、不思議そうに見るセリーヌ様がいた。
「あっ、あの!すみません…。修理は、すぐにでも取り掛からせていただきます。その間ご不便はないでしょうか?」
「ないと思うわ。というか、すぐにでも取り掛かったら、今日中に終わるの?」
『終わらせてもらわないと困る』
私の想定では3日間くらいもらおうかと思っていたのに、すぐにでも?
今日中に?
そんな、急いで加工をしたらエメラルドへの負荷がかかりそう。
『私は構わない。なんなら欠けた部分を削って、ひび割れが起こらないようにしてもらえば』
「そんな、突貫工事みたいなことはしないよ?」
『相変わらず、君は真面目だ』
「あなたがせっかちなんでしょう?」
クスクスと笑う声が聞こえた。
セリーヌ様に、変な所ばかりを見せている。
「あの、先ほどからすみません。変ですよね?」
「良いのよ。石が信頼している職人というのが、こちらにもちゃんと伝わって来るわ」
セリーヌ様も、勇者様のように良く見える目を持っている可能性があると感じた。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言いながら、今日中は止めた方がいいことを再確認する。
まずは、鉱物の破損状況と、その状態を鑑定してからだ。
「本日は、とりあえずお預かりでも構いませんか?」
「あら?今日じゃ無理かしら?」
「急いで加工を施して、何かあったらことなので…。すみません」
「良いのよ。噂に違わず、しっかりしているのね」
噂で?誰から?
ふと思ったが、詮索はしない。
私を知っていて、私に依頼されたことなら、責任をもって請け負わないと。
「明日には、お渡しできるよう頑張ります」
深々と頭を下げる私に、セリーヌ様はクスクスと笑った。
「じゃ、明日の夕方くらいなら良いかしら?」
多分大丈夫だろう。
「はい、お待ちしております」
「そう思ったけど、少し名残惜しいわね。少し加工を見てもよろしいかしら?」
え?それは、とても暇な時間じゃないのでしょうか?
「それは困ります」
ふと声が響いた。
ドアが開いたことに、まるで気付かなかった。
木のベルが鳴っていたか、思い出せない。
そのくらい、静かな足音と気配がなかった。
背の高い、綺麗な女性がいた。
「困りますセリーヌ様」
もう1度そう言い、女性はセリーヌ様の背後に控えた。
「あら、もう見つかっちゃったの?貴方も少し付き合わない?工房の見学」
セリーヌ様は、慌てる様子もなく女性を振り返る。
エメラルドが、急にそわそわし始めた。
もしかして?
「このブローチの持ち主の方ですか?」
私の言葉に、ぴくりと眉を動かすが表情は変わらなかった。
「今回は、すみませんでした!加工が不十分だったことで、ご迷惑をおかけしてしまい…」
頭を下げる私。
「いや、違う。頭を上げてくれ」
私の言葉を遮るはっきりとした声。
ゆっくりと頭を上げると、申し訳なさそうな表情の騎士様がいた。
「頭を下げられるようなことは何もない。逆に頭を下げるのはこちらの方だ。あなたの加護が本物だったこと、しっかりと込められた祈りだったからこそ、私の身は無事だった。しっかりと主も守れた。礼を言う、ありがとう」
「へ?」
言われた言葉も、下げられた言葉も良くは分からない。
でも、これはおかしい。
「やめてください!騎士様、頭を上げてください」
「しかし、礼をしたりないのは確かだ」
「良いんです、お役に立てれば。エメラルドも、とても喜んでいました。主を守れて、誇らしいとそう言っていました」
言った途端、騎士様の表情が少し和らいだ。
「そうか」
私の手元にあるエメラルドを見て、また元の表情に戻る。
「ちなみに、ご希望の加工等はございますか?」
「いや、君に任せよう。職人殿の良いようにしてほしい」
「はい、分かりました。では、早速取り掛かりたいと思いますので、失礼します」
私は2人に頭を下げ、作業台に戻る。
作業台に置かれたトパーズに断りを入れ、位置をずらす。
『どうやって加工するのか、確かに気になるわね』
早速、トパーズが持ち前の好奇心をくすぐられているようだ。
エメラルドは、流石の先輩ぶりだ。
『気が済むまで、見てもらって構わない』
「加工するのは、私なんだけど」
『でも、あなたって何でもかんでものんびりなんでしょ?』
トパーズの言葉に、少し頬を膨らませる。
「本当のことだけど、それをあなたが言う?」
『でも、良いわ。私の時はじっくり、ゆっくりやってくれて』
私たちの言葉に、エメラルドは溜め息をついたように感じた。
『作業がゆっくりすぎて、居眠りでもしてしまいそうだ』
「なら、ゆっくり休んで。あなたもノンストップで働き過ぎよ?」
そう言い鑑定をする。
“呪いの発動により、加護の一部が欠損”
恐ろしい言葉だ。
何か見てはいけない言葉が出ていた気がする。
「呪い…」
ぽつりと言った私に、2人が一斉に反応したのが分かった。
「何が視えている?」
騎士様の言葉に、私はハッとする。
「あ、すみません。石の状態を視たくて、鑑定を。といっても、私は初歩の鑑定しかできないので、呪いで欠損ということしか…」
私の言葉に、騎士様は緊張を解いた。
「破損がすすんでいなければ、そこから重ねての破損にはならないので…」
慌てて言う私に、騎士様は安心したように頷いた。
「まだ、そのブローチと共にいられるのだな?」
「はい、エメラルドもそう望んでいます」
良いな。
両想いだ。
私が加工した石が、持ち主を大事にしたいと思い、持ち主も石を大事にしてくれている関係。
これは、私が望む譲渡先の光景だ。
ただ、破損してしまうのは、やっぱり悲しい。
三日月エメラルドは、上の左端が欠けてしまいバランスが悪くなっている。
とりあえず、金具を外すところからか。
台座にブローチを固定し、固定していた金具を少しずつ緩めていく。
金具もこの際交換しよう。
鑑定しなくても、年季の入った金具のくたびれ具合いに、長いこと丁寧に扱われてきたことを知る。
金具も時々磨かれていたのだろう。
綺麗に鈍色に光っている。
石だけにした後、再度石の鑑定を行う。
加護も弱まっているが、何よりもそのバランスが崩れてしまい、石本来の輝きが不格好になっている。
少し磨いて、蔓の装飾も整えて、台座の大きさも変えないと。
「何か望む形はある?」
『いや、すでに浮彫をしているから構わないでくれ』
「そうは言っても、少し整えるからね」
『削るのか?』
「お望みなら」
『なるべく、浮彫はそのままに。主が、指先で感触を楽しんでいる時があるんだ。蔓の装飾を気に入って』
「なるほど」
『だから、指触りが変わるのは避けたい』
「分かった」
布で磨き、少しの艶が出てきた。
この欠けた部分、何かできないかな?
あ、新しい石を入れて補強することはできる。
「ちなみに…」
『何だ?』
「ここに、新しい石を入れて保護をするのはどう?」
『君が良いと言うのなら…』
「あなたが、嫌でなければ、色や効能のバランスを見たい。…そして、視たい」
効能だけで言うのなら、守りを強化できるオニキスや守護の強い水晶。戦いという点なら、ターコイズやカーネリアン、どうしよう?楽しくなってきている。
楽しんでいる場合ではないのに…。
『相変わらずだな』
「ん?」
『君は、本当に我々を前にすると、楽しそうにすると思って』
「あの時も、呆れていたのに?」
そう、私が、この形は生かしたい、でも、そのバランスも崩したくないとワクワクし、表面の細工もどうしようか迷いながら、色から植物系が良いと思案していたこと。
そんな私に、良いから急いで仕上げてほしいと毎日のように言い続けていた。
エメラルドの意思は本当にあまりなく、そのままの形を生かして三日月のように整えた。
そして、表面に弦のような蔓を浮彫のようにしたのは、私の意思だ。
珍しく私の気持ちが反映された加工に、私も珍しく進む手が止まらず早めに仕上がったことを覚えている。
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王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
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