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シーラの日常
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「うわぁ、今日も良く星が降りそうだね」
今日の作業を終え、シーラは工房の外に出た。
森の奥にある、工房の郷では光源が少ないから日が沈むと星が良く見えた。
作業で凝っていたはずの肩も腰も、瞬き始めた星を見ると一気になくなるような気がした。
そのくらい、シーラは星が好きだ。
シーラの村は、町からも遠く人も少ない。
でも、星が良く見えた。
家族もシーラも、星が大好きだ。
流星群の次の日には、“魔女の山”にたくさんの鉱物が生まれるから。
シーラの家族は、星が鉱物になった物を加工する職人だ。
シーラも、この12年お師匠様の元で修業し、ようやく職人のライセンスをもらえた。
兄も姉も、ライセンスの腕は良いらしくBかAなのに、シーラはようやくCをもらえたところだった。
しかも、Cの横には“ワケあり”を示す(e)が小さく付いている。
ワケありでも何でも、シーラは満足していた。
ライセンスCからじゃないと、商売ができなかったから。
だからシーラは必死で、修行の日々を過ごしていた。
今となっては、修行中も職人になってからも、やっていることは変わりなかったが…。
そのくらい、シーラは作業が好きだった。
鉱物になった星を使い、アクセサリーを作ることが。
装飾品を作る職人、それがシーラの仕事だった。
鉱物を見ていると、星たちが囁きだす。
『僕は指輪が良い』
『私はネックレスよ』
『どうせだったら、ピアスに加工してもらいたい』
人間に色んな人がいるように、星にも性格や性別があるようだ。
シーラは、巡り合った星の囁きを聞きながら加工する、珍しいタイプの職人だった。
物心付いた時には、両親が言うところの“星屑”をもらい、星たちの囁きを聞いていた。
今になれば分かるが、星屑なんて言葉は存在しない。
だって、そのものが星のカケラなんだから。
とても、貴重な物を目にし、手にしていた子ども時代。
両親は、加工で出る屑を、自然とシーラにくれるようになった。
シーラはそれをいつでも肌身離さず、自分のペンダントの中に集めるようになった。
シーラだけの、星の集まりの完成だ。
星たちの囁きは、子守歌のように安心できた。
小さな星がたくさんいると、それだけ囁きが増える。
小さい頃のシーラは、毎日その星の囁きに耳を傾けていた。
兄や姉が森に出かけても、星に関係する外出でなければ、全く興味を示さなかった。
兄と姉は、毎日楽しそうなシーラを遠目に見ていることが多かった。
それは、弟が増えた今も変わらない。
でも、決して仲は悪くない。
だって、シーラが1人前になったその日に、2人ともお祝いとして自分の作品を送ってくれたから。
弟も見習いながら、シーラのために加工品を送ってくれた。
認定をもらったら、その日から1人前を名乗っても良い。
それは、職人の常識だった。
父は星を家具などに多用し、様々な家具を作る職人だった。
腕は良いようで、村からも町からも遠い場所から注文が入る職人だった。
母は星を織物に加工し、村や町に卸していた。
衣類からカーペットなど、その加工品は手広い。
そのため、複数品を仕上げられる確実な腕を持っていた。
姉は、母のように織物を加工する職人に弟子入りしたが、その先で織物よりも衣類への特化が認められた。
衣類に施した装飾が評判を呼んだようで、町の工房でデザイナーをしている。
兄は、父のように家具を作る職人になりたかったようだが、家具よりも小さい食器や化粧箱などを作る才能を見出された。
細々とした作業を黙々とこなし、星を煌めかせる作家だと評判だ。
弟は、星を加工した武器を作ることに興味を持っている。
武器の良し悪しを決める一手に繋がるようで、弟子入り先でも兄弟子を脅かす存在になっているらしい。
こう見ると、シーラ以外はちゃんとした“職人”だ。
いや、シーラだって職人なんだが…。
自分以外の家族が、その名前を響かせる中シーラはマイペースだった。
シーラの致命的弱点は、その作業工程が遅いことだった。
幼いころ、兄や姉、弟と一緒に星のカケラを使った筆箱を作るのに、1人だけ1ヶ月も要していた。
それは、星の囁きに合わせて「あぁでもない」「こうでもない」を繰り返した結果だったが、両親も兄弟もゆっくりなシーラを責めたり怒ることはなかった。
それが、シーラの鉱物との付き合い方だったから。
シーラは家族が好きだ。
星の囁きに耳を傾けても、変な顔をしない家族。
1人でコソコソと言葉を発するシーラを、ただ見守ってくれた。
だからシーラの日常は、とても平和だった。
シーラは、3歳頃からお師匠様のところに出入りしていたけれど、お師匠様のところでも、平和な生活は継続された。
お師匠様が「それで良い」と肯定してくれたから。
だから、シーラは自分の作業が遅くても、修行に12年かかっても、ライセンスを取ることを諦めなかった。
「ようやく取れてホッとしたけど…」
この春から弟のイマスは、もう職人見習いをしている。
下手をしたら、弟にも抜かれていたかもしれない。
この村では、職人が多く輩出されるようで、子どもたちは10歳前後で興味を示した工房や加工場に弟子入りすることができる。
そこで数年修行し、師匠や親方に認められるとライセンスがもらえる。
やはり、相性はあるようで工房先で違う職種に出会う子どももいれば、最初に選んだ職業を極める子どもも多くいた。
勿論、職人にならなくても、この村は平和なようで農作物を作ったり家畜の世話をしたりと、村人はマイペースに働いている。
そう、兄や姉は15歳の頃はすでに職人見習いでどこかの工房に住み込みで働き始めていた。
シーラもそうなると思っていた。
でも、予想外に時間がかかってしまった。
何なら、兄や姉よりも先に修行を始めたのに。
そう、3歳頃からお師匠様の工房に出入りをしていた。
でも、修行を始めたのは5歳からだった。
兄や姉よりも、先にお師匠様に気に入られたようで、その工房に出入りを許された。
最も、兄と姉はお師匠様の造りだす装飾品には興味がなかったようで、工房にはあまり顔を出さなかった。
飽きずに通うシーラを、呆れた目で見てはいたけれど…。
そんなことに構わないほど、シーラにとってはお師匠様の工房は魅力的だった。
お師匠様の工房は、囁きではなく星たちの声がはっきり聞こえた。
シーラは、毎日お師匠様の元に通うのが楽しくて仕方がなかった。
鉱物の大きさも、米粒くらいではなくブルーベリーから卵くらいまで大きい物も良く見かけた。
それまでシーラが見ていた星たちは、本当に小さくてシーラのペンダントにしっかり収まっていたから。
そこで、鉱物たちとの付き合い方を学んだ。
加工する手順は、お師匠様に教えてもらった。
シーラは、来る日も来る日も星たちの声を聞き、作業をするようになった。
勿論、3歳の子どもが作業なんてできるわけがない。
お師匠様の加工を見習って、星の囁くままに装飾品に見えるように取り組む、おままごとのような毎日。
おままごとの集大成は、両親や姉や兄、弟にプレゼントした。
勿論喜んでくれ、いまだに大事にしてくれている。
自分でも、特に気に入ったものは自分の家に置いてある。
そうしている内に、年齢を重ね5歳頃にお師匠様が「お前さんもやってみるかい?」と誘ってくれた。
1も2もなく、飛びついたのは言うまでもない。
この12年間修業と言いながら、やっていることは物心付いた時と何ら変わりのない生活。
欲しかったライセンスは、ようやくお師匠様の許可が降りてもらうことができた。
ちゃんとギルドに登録もしている。
しかもありがたいことに、発注はお師匠様が段取りをしてくれている。
作業の遅いシーラを焦らせないように、シーラのことを考えてお師匠様が次に取り掛かるものを準備してくれる。
お師匠様から渡された鉱物を見て、初めてどんな装飾品にするか考え始める。
シーラにとって、レシピなどない加工物は手探りで作るしかない。
だけど、シーラは作業に集中できた。だって星が教えてくれるから。
『私はこうなりたい』
星になった鉱物が希望する形を作り出すこと、望む加工をすることはシーラには当たり前のことだった。
それが、どんなに時間のかかる研磨だとしても、少し値の張る金属を要求されても。
シーラには、お給料よりも星の満足した声を聞くことが何よりも嬉しかったから。
「良いかい?お前さんは、ようやく1人前になったんだ。だから、しっかりとしたものを作らないと職人なんて名乗れないんだからね?」
お師匠様はいつも、同じ言葉を言った。
そして、作業の遅いシーラをじっと待ち、出来上がった装飾品を見るとニッコリ笑って「良くできたね」といつも言ってくれた。
叱るわけでもなく、諭すわけでもなくシーラに鉱物ときちんと向き合うことを繰り返し教えていた。
ようやく努力が実り、お師匠様が「この春から、1人前になると良い」と言ってくれた。
結果は、ライセンスC。
平凡よりも、少し劣る評価だろう。
シーラはそれでも、このライセンスを大事にしていた。
お母さんが作ってくれた星のチョーカーの次に大事にしていた。
でも、仕方がない。
シーラはその性格から、工房での作業もゆっくりだったから。
お師匠様のところで修業を始めてから、シーラはよりゆっくりな作業になってしまった。
今までは家族のマネをして、見様見真似だったのに。
お師匠様の元で基本を学んでしまったら、我流ではなくきちんと工程を経て作業をするようになってしまった。
それでも、急かすことも、呆れることもなくシーラは星になった鉱物と過ごす日々を送っていた。
お師匠様は魔女の末裔と言っていたけれど、実は魔女そのものではないかとシーラは疑っている。
だって、シーラが出入りを始めた10年以上、お師匠様の風貌や雰囲気に変化がないから。
シーラに対する眼差しも、アドバイスも変わりがなかった。
「今日も、変わらずトパーズは気まぐれだったなあ」
今週になって、お師匠様から渡された鉱物は、何と言うか移り気だ。
街に出て、色んな加工品を見たいと良い、シーラはトパーズを町に連れ出した。
アクセサリーだけではない加工品を見て、『あの加工は良い』『こんな使われ方は嫌だ』とずっと喋っていた。
シーラとしても、原石の状態で渡され、その鉱物がどんな変身を遂げるのか、興味は尽きない。
でも、アクセサリーとかけ離れた物を見て、自分の工程に繋がるかは別の話だ。
しかし、トパーズはとても活気があった。
鉱物に活気は必要なのか、疑問だったが。
最初に見た時、トパーズの輝きについ息を呑んだ。
こんなに素敵な原石を加工できることを、とても嬉しいと思った。
それをそのままトパーズに言ってしまい、余計活気づかせてしまったのはご愛敬だ。
シーラに来る注文はいつもシンプルだ。
アクセサリーの基本、装着しやすい物であること。
時々、「カフスで」や「できればブレスレットが良い」というリクエストもある。
しかし、シーラは何よりも鉱物の気持ちを優先している。
その上で、リクエストに沿っても良いか、それとも他のなりたい形があるのか鉱物にじっくりと相談する。
意見のすり合わせが出来た段階で、加工に入る。
シーラの製作は、少なくとも3ヶ月はかかる。
それは、滅多に意見がない鉱物の時だけだ。
他の鉱物は最低3ヶ月であり、大体半年からそれ以上で納品となる。
他の職人が1ヶ月で仕上げる物でも、しっかりと星の声に耳を傾け半年費やすこともあった。
何なら注文の多い鉱物の時は、1年とはいかなくても10ヶ月かかったこともあった。
流石に鉱物も、1年以上納品されないのは居心地が悪くなるようだ。
元来、星の囁きを気に入っているシーラだ。
より多くの星の声が聞こえるこの仕事を、天職だと思っている。
「私としては、あのトパーズはあまりカットしないでネックレスにしたいなぁ」
最初に見た時に、イメージとでも言うのか、この星の未来を何となく想像し「作りたいなぁ」と思う形は浮かぶ。
しかし、シーラにとって、自分の希望なんてないに等しい。
星の声が何よりも大事だから。
だから、自分の中で浮かんだイメージは、鉱物に伝える時と伝えない時があった。
意見のない鉱物を相手にした時以外は、必要とされていないと自分でも信じていたから。
今回のトパーズには、このことは言わないままだろう。
シーラは、工房の外で伸びをすると、静かに中に戻って行った。
今日の作業を終え、シーラは工房の外に出た。
森の奥にある、工房の郷では光源が少ないから日が沈むと星が良く見えた。
作業で凝っていたはずの肩も腰も、瞬き始めた星を見ると一気になくなるような気がした。
そのくらい、シーラは星が好きだ。
シーラの村は、町からも遠く人も少ない。
でも、星が良く見えた。
家族もシーラも、星が大好きだ。
流星群の次の日には、“魔女の山”にたくさんの鉱物が生まれるから。
シーラの家族は、星が鉱物になった物を加工する職人だ。
シーラも、この12年お師匠様の元で修業し、ようやく職人のライセンスをもらえた。
兄も姉も、ライセンスの腕は良いらしくBかAなのに、シーラはようやくCをもらえたところだった。
しかも、Cの横には“ワケあり”を示す(e)が小さく付いている。
ワケありでも何でも、シーラは満足していた。
ライセンスCからじゃないと、商売ができなかったから。
だからシーラは必死で、修行の日々を過ごしていた。
今となっては、修行中も職人になってからも、やっていることは変わりなかったが…。
そのくらい、シーラは作業が好きだった。
鉱物になった星を使い、アクセサリーを作ることが。
装飾品を作る職人、それがシーラの仕事だった。
鉱物を見ていると、星たちが囁きだす。
『僕は指輪が良い』
『私はネックレスよ』
『どうせだったら、ピアスに加工してもらいたい』
人間に色んな人がいるように、星にも性格や性別があるようだ。
シーラは、巡り合った星の囁きを聞きながら加工する、珍しいタイプの職人だった。
物心付いた時には、両親が言うところの“星屑”をもらい、星たちの囁きを聞いていた。
今になれば分かるが、星屑なんて言葉は存在しない。
だって、そのものが星のカケラなんだから。
とても、貴重な物を目にし、手にしていた子ども時代。
両親は、加工で出る屑を、自然とシーラにくれるようになった。
シーラはそれをいつでも肌身離さず、自分のペンダントの中に集めるようになった。
シーラだけの、星の集まりの完成だ。
星たちの囁きは、子守歌のように安心できた。
小さな星がたくさんいると、それだけ囁きが増える。
小さい頃のシーラは、毎日その星の囁きに耳を傾けていた。
兄や姉が森に出かけても、星に関係する外出でなければ、全く興味を示さなかった。
兄と姉は、毎日楽しそうなシーラを遠目に見ていることが多かった。
それは、弟が増えた今も変わらない。
でも、決して仲は悪くない。
だって、シーラが1人前になったその日に、2人ともお祝いとして自分の作品を送ってくれたから。
弟も見習いながら、シーラのために加工品を送ってくれた。
認定をもらったら、その日から1人前を名乗っても良い。
それは、職人の常識だった。
父は星を家具などに多用し、様々な家具を作る職人だった。
腕は良いようで、村からも町からも遠い場所から注文が入る職人だった。
母は星を織物に加工し、村や町に卸していた。
衣類からカーペットなど、その加工品は手広い。
そのため、複数品を仕上げられる確実な腕を持っていた。
姉は、母のように織物を加工する職人に弟子入りしたが、その先で織物よりも衣類への特化が認められた。
衣類に施した装飾が評判を呼んだようで、町の工房でデザイナーをしている。
兄は、父のように家具を作る職人になりたかったようだが、家具よりも小さい食器や化粧箱などを作る才能を見出された。
細々とした作業を黙々とこなし、星を煌めかせる作家だと評判だ。
弟は、星を加工した武器を作ることに興味を持っている。
武器の良し悪しを決める一手に繋がるようで、弟子入り先でも兄弟子を脅かす存在になっているらしい。
こう見ると、シーラ以外はちゃんとした“職人”だ。
いや、シーラだって職人なんだが…。
自分以外の家族が、その名前を響かせる中シーラはマイペースだった。
シーラの致命的弱点は、その作業工程が遅いことだった。
幼いころ、兄や姉、弟と一緒に星のカケラを使った筆箱を作るのに、1人だけ1ヶ月も要していた。
それは、星の囁きに合わせて「あぁでもない」「こうでもない」を繰り返した結果だったが、両親も兄弟もゆっくりなシーラを責めたり怒ることはなかった。
それが、シーラの鉱物との付き合い方だったから。
シーラは家族が好きだ。
星の囁きに耳を傾けても、変な顔をしない家族。
1人でコソコソと言葉を発するシーラを、ただ見守ってくれた。
だからシーラの日常は、とても平和だった。
シーラは、3歳頃からお師匠様のところに出入りしていたけれど、お師匠様のところでも、平和な生活は継続された。
お師匠様が「それで良い」と肯定してくれたから。
だから、シーラは自分の作業が遅くても、修行に12年かかっても、ライセンスを取ることを諦めなかった。
「ようやく取れてホッとしたけど…」
この春から弟のイマスは、もう職人見習いをしている。
下手をしたら、弟にも抜かれていたかもしれない。
この村では、職人が多く輩出されるようで、子どもたちは10歳前後で興味を示した工房や加工場に弟子入りすることができる。
そこで数年修行し、師匠や親方に認められるとライセンスがもらえる。
やはり、相性はあるようで工房先で違う職種に出会う子どももいれば、最初に選んだ職業を極める子どもも多くいた。
勿論、職人にならなくても、この村は平和なようで農作物を作ったり家畜の世話をしたりと、村人はマイペースに働いている。
そう、兄や姉は15歳の頃はすでに職人見習いでどこかの工房に住み込みで働き始めていた。
シーラもそうなると思っていた。
でも、予想外に時間がかかってしまった。
何なら、兄や姉よりも先に修行を始めたのに。
そう、3歳頃からお師匠様の工房に出入りをしていた。
でも、修行を始めたのは5歳からだった。
兄や姉よりも、先にお師匠様に気に入られたようで、その工房に出入りを許された。
最も、兄と姉はお師匠様の造りだす装飾品には興味がなかったようで、工房にはあまり顔を出さなかった。
飽きずに通うシーラを、呆れた目で見てはいたけれど…。
そんなことに構わないほど、シーラにとってはお師匠様の工房は魅力的だった。
お師匠様の工房は、囁きではなく星たちの声がはっきり聞こえた。
シーラは、毎日お師匠様の元に通うのが楽しくて仕方がなかった。
鉱物の大きさも、米粒くらいではなくブルーベリーから卵くらいまで大きい物も良く見かけた。
それまでシーラが見ていた星たちは、本当に小さくてシーラのペンダントにしっかり収まっていたから。
そこで、鉱物たちとの付き合い方を学んだ。
加工する手順は、お師匠様に教えてもらった。
シーラは、来る日も来る日も星たちの声を聞き、作業をするようになった。
勿論、3歳の子どもが作業なんてできるわけがない。
お師匠様の加工を見習って、星の囁くままに装飾品に見えるように取り組む、おままごとのような毎日。
おままごとの集大成は、両親や姉や兄、弟にプレゼントした。
勿論喜んでくれ、いまだに大事にしてくれている。
自分でも、特に気に入ったものは自分の家に置いてある。
そうしている内に、年齢を重ね5歳頃にお師匠様が「お前さんもやってみるかい?」と誘ってくれた。
1も2もなく、飛びついたのは言うまでもない。
この12年間修業と言いながら、やっていることは物心付いた時と何ら変わりのない生活。
欲しかったライセンスは、ようやくお師匠様の許可が降りてもらうことができた。
ちゃんとギルドに登録もしている。
しかもありがたいことに、発注はお師匠様が段取りをしてくれている。
作業の遅いシーラを焦らせないように、シーラのことを考えてお師匠様が次に取り掛かるものを準備してくれる。
お師匠様から渡された鉱物を見て、初めてどんな装飾品にするか考え始める。
シーラにとって、レシピなどない加工物は手探りで作るしかない。
だけど、シーラは作業に集中できた。だって星が教えてくれるから。
『私はこうなりたい』
星になった鉱物が希望する形を作り出すこと、望む加工をすることはシーラには当たり前のことだった。
それが、どんなに時間のかかる研磨だとしても、少し値の張る金属を要求されても。
シーラには、お給料よりも星の満足した声を聞くことが何よりも嬉しかったから。
「良いかい?お前さんは、ようやく1人前になったんだ。だから、しっかりとしたものを作らないと職人なんて名乗れないんだからね?」
お師匠様はいつも、同じ言葉を言った。
そして、作業の遅いシーラをじっと待ち、出来上がった装飾品を見るとニッコリ笑って「良くできたね」といつも言ってくれた。
叱るわけでもなく、諭すわけでもなくシーラに鉱物ときちんと向き合うことを繰り返し教えていた。
ようやく努力が実り、お師匠様が「この春から、1人前になると良い」と言ってくれた。
結果は、ライセンスC。
平凡よりも、少し劣る評価だろう。
シーラはそれでも、このライセンスを大事にしていた。
お母さんが作ってくれた星のチョーカーの次に大事にしていた。
でも、仕方がない。
シーラはその性格から、工房での作業もゆっくりだったから。
お師匠様のところで修業を始めてから、シーラはよりゆっくりな作業になってしまった。
今までは家族のマネをして、見様見真似だったのに。
お師匠様の元で基本を学んでしまったら、我流ではなくきちんと工程を経て作業をするようになってしまった。
それでも、急かすことも、呆れることもなくシーラは星になった鉱物と過ごす日々を送っていた。
お師匠様は魔女の末裔と言っていたけれど、実は魔女そのものではないかとシーラは疑っている。
だって、シーラが出入りを始めた10年以上、お師匠様の風貌や雰囲気に変化がないから。
シーラに対する眼差しも、アドバイスも変わりがなかった。
「今日も、変わらずトパーズは気まぐれだったなあ」
今週になって、お師匠様から渡された鉱物は、何と言うか移り気だ。
街に出て、色んな加工品を見たいと良い、シーラはトパーズを町に連れ出した。
アクセサリーだけではない加工品を見て、『あの加工は良い』『こんな使われ方は嫌だ』とずっと喋っていた。
シーラとしても、原石の状態で渡され、その鉱物がどんな変身を遂げるのか、興味は尽きない。
でも、アクセサリーとかけ離れた物を見て、自分の工程に繋がるかは別の話だ。
しかし、トパーズはとても活気があった。
鉱物に活気は必要なのか、疑問だったが。
最初に見た時、トパーズの輝きについ息を呑んだ。
こんなに素敵な原石を加工できることを、とても嬉しいと思った。
それをそのままトパーズに言ってしまい、余計活気づかせてしまったのはご愛敬だ。
シーラに来る注文はいつもシンプルだ。
アクセサリーの基本、装着しやすい物であること。
時々、「カフスで」や「できればブレスレットが良い」というリクエストもある。
しかし、シーラは何よりも鉱物の気持ちを優先している。
その上で、リクエストに沿っても良いか、それとも他のなりたい形があるのか鉱物にじっくりと相談する。
意見のすり合わせが出来た段階で、加工に入る。
シーラの製作は、少なくとも3ヶ月はかかる。
それは、滅多に意見がない鉱物の時だけだ。
他の鉱物は最低3ヶ月であり、大体半年からそれ以上で納品となる。
他の職人が1ヶ月で仕上げる物でも、しっかりと星の声に耳を傾け半年費やすこともあった。
何なら注文の多い鉱物の時は、1年とはいかなくても10ヶ月かかったこともあった。
流石に鉱物も、1年以上納品されないのは居心地が悪くなるようだ。
元来、星の囁きを気に入っているシーラだ。
より多くの星の声が聞こえるこの仕事を、天職だと思っている。
「私としては、あのトパーズはあまりカットしないでネックレスにしたいなぁ」
最初に見た時に、イメージとでも言うのか、この星の未来を何となく想像し「作りたいなぁ」と思う形は浮かぶ。
しかし、シーラにとって、自分の希望なんてないに等しい。
星の声が何よりも大事だから。
だから、自分の中で浮かんだイメージは、鉱物に伝える時と伝えない時があった。
意見のない鉱物を相手にした時以外は、必要とされていないと自分でも信じていたから。
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