宙の蜜屋さん

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お昼寝

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「おなかいっぱい」
魚にパクついていたら、すぐに満たされてしまった。
「2杯はいけるはずだったのに…」
私の言葉に、奥さんが笑った。

え?
何でさ?
「サーヤちゃんの、その自信はどこから来るんだろうね?」
自信?
「おなかすいてたから、いけると思っただけだけど?」

「そうかいそうかい、じゃあ次は2杯頑張るんだよ」
「うん!」
食器を持って、流し台に行く。
「サーヤ、洗い物なら…」

ランがそう言って、腕まくりをした。
「違うの。ランにお茶を淹れて欲しいなって思って。ランのお茶、おいしいから」
私の言葉に、ランが少しだけ目尻を下げた。
「…そういうことなら」

「ラン君も、サーヤちゃんの前では形無しだね…」
「何がですか?俺は助手なので、紡ぎ司の言うことなら何でも聞きますよ?」
「嘘だー。私がお願いしても、蜜をどかしてくれなかった」
「それは、必要がなかったから」
ランの言葉に、奥さんがふふっと笑う。

「本当にそうしてると、偉い人と高貴な人なんて見えないんだけどねぇ…」
偉い人と高貴な人?
誰が?
「ランが、偉い人で高貴な人?」
「サーヤでしょ?」

「私?偉くないよ?」
「偉いでしょ?」
「何で?」
「紡ぎ司だから」

そうなの?
「紡ぎ司は偉いの?」
「偉いというよりは、尊い、かな?」
「とうとい?」
難しい。

「…うん、いいや」
洗い物に戻る。
「これだもの、サーヤちゃんはなぁ…」
奥さんの言葉も聞かず、洗い物をする。
少なかったので、すぐに綺麗になった。

ランが淹れてくれたハーブティー。
「少し渋くて、おいしいんだよね」
香りが良いので、時々飲みたくなる。
「お褒めに預かり光栄です」

「本当だ。何でだい?」
「少し蒸らすのがコツなんですよ」
「へぇー、じゃあ今度見習ってみようかね?」
「是非」

奥さんはハーブティーを飲んで、家に戻って行った。
じゃあ、私は…。
奥さんがくれたピルクを2つ持って、裏口に回る。
裏の泉に向かう。

祈りの場は、どの地でも涼しいのだろうか?
それは、空気や水が澄んでいるからだろうか?
そんなことを考え、ピルクを祠の上に置く。

南の地では滝のあちこちにピルクを置いていた。
子ども達みんなが。
そして、遊び疲れたらピルクで水分補給をする。
滝や泉の水で薄めても、それはそれでおいしい。

精霊や妖精へのお供え物とか、こうしておくと甘みが増すとか色々言ってたなぁ。
ピルクしか受け付けないらしいとか、実際は分からないこととかも…。
年上の幼馴染が。
「南の地では、当たり前だったけど」
北の地でも、祠にはランが毎日綺麗な水を置いている。

私は、時々気まぐれに果物を置くだけ。
北の地では、果物は高級品だ。
だけど、奥さんが商会で取り扱ってくれるようになったから、この地でも果物は割と手に入りやすくなった。
今日は実質タダのピルク。

「甘いから、ビックリするよ?」
誰に向けての言葉か分からないけれど、するりと口から出た。
本当は口の中に放り込みたかったけれど、勿体ないと思ったのか1口だけ齧った。
まだ固い物だったから、汁が飛び出すことはなかった。

口の中に入ったピルクを噛むと、じわりと甘い汁が出て来る。
久しぶりに食べるからか、とてもおいしいと思った。
懐かしい味。
ピルクの味を感じながら、風の気持ち良さに目を閉じる。
「うーん、風が気持ち良いなぁ。お天気に感謝」

手にピルクを持っていたけれど、そのまま草の上に横になる。
生えたばかりの柔らかい緑が心地良い。
仰向けになると、空が目いっぱいに広がる。
ゆっくりと動く雲の動き。
今日は、朝から色々あったなぁ。

思い出そうとするけれど、どれが一番とかはなかった。
そのくらい、どの情報も多かった。
でも何か、もうどうでも良いなぁ。
気持ち良さに身を委ね、目を閉じる。

クスクス聞こえる声は、誰のものだったか。
『サーヤ、遊ぼう』
『遊ぼうよ!』
今はもう眠たいよ…。

だけど、夢の中なら良いかとも思った。
『やった!何して遊ぶ?』
『サーヤがくれたピルクおいしいね!』
『ピルク!懐かしい』

『泉に潜る?』
『潜水しようよ!』
まだ、寒いって。

『じゃあ、蜜吸い』
『花はまだ少ないよ?』
『希少だからね』
ピルクがあるよ。

『じゃあ!僕らの庭に行こう?』
『そうだ!花がいっぱいだもん』
『温かいから、眠るにはピッタリ!』
今だって、十分心地良い。

『サーヤ!少しなら良いでしょ?』
『行こうよ。僕らの庭に!』
『日が暮れる頃には終わるからさ!』
日が暮れる…。

その頃には、今日の仕事が始まるなぁ…。
『サーヤ!起きてよ』
『起きて行こうよ!』
夢の中なら、良いよってば…。
きゃいきゃいと聞こえる声に、相槌を打ちながら私は意識を手放した。

「サーヤ…」
軽く揺すられる感覚。
何だっけ?
芽生えたばかりの蜜を吸って、泉に潜って、ふかふかの綿帽子の中に沈むような…。

南の地で遊んでいたようなことを思い出す。
あれ?
私、何でここにいるんだっけ?
「起きた?」
「…ラン?」

目を開けた先に、私を覗くランの顔があった。
横になる私の側。
隣に座りながら、私の腕を揺らしていたのだろう。

少し呆れたような顔のラン。
「こんなとこで寝るなんて…」
「…ごめん、何か寝てた」

「ま、テリトリー内なら良いか…」
ランの早口は聞き取れなかったけれど、怒ってはいない?
横になったまま、おそるおそる口を開く。
「心配した?」
問いかける私に、ランは器用に片方の眉を上げた。
「…少しだけ」

「ごめん。気を付ける」
「満腹になって、気温も良くて、ま、仕方ないか…」
ランはやっぱり呆れたような声だった。
「あれ?ピルク…」
私、手に持ってた気がするんだけど。

横になった時は、手に持っていた。
はっきりとした感覚。
なくなったのを確かめるように、グーパーを繰り返す。
右手に握っていたはずの存在。

「持って行ったんじゃなかったの?」
「…持って行った」
はず。
「食べたんじゃないの?」
1口は。

「…うん」
だけど、手に持っていたと思ったけど、寝ぼけて食べたのかもしれない。
私は食いしん坊だから。
眠っていても食べるくらいは出来るだろう。
種もないし、食べ慣れてるし。

眠っている時のことまでは覚えてない。
口の中に残る、微かな甘み。
うん、きっと食べた。
懐かしい甘さにつられて、夢を見たなぁ。

「まだ眠るなら、ちゃんとベッドで」
ランの言葉に、「うん」と頷く。
いや、寝ないけど。

「サーヤ?」
「なに?」
「動けないなら部屋まで運ぶ?」
ランの言葉に、慌てて体を起こす。
「動けるよ」

「そ。なら良いよ」
クスクス笑う声に、揶揄われたのだと知る。
ランは、時々寝落ちする私を部屋に運んでくれる。
ソファやラグの上、時にはこうやって外でも寝てしまう私。
外で寝るのは、最初の頃ランに驚かれた。

『何でこんな所で…?』
初めて見られた時は、恥ずかしいが勝った。
気まずいとか、説明をしなきゃとか色々考えたけど。
『田舎者が』と思われたのかと、少しだけ顔が熱くなった。

南の地では割と地面に横になっていた。
子どものみんなは。
大人だって、土の上で座って休んだりしてたし。
そのくらい、座ることや横になることは特別なことじゃなかった。

だけど、候補生で来た東の地では、あまり見かけなかった。
不思議だったのを覚えている。
町の中で、疲れた時にはどうするんだろうと思ってた。
私は寮の近辺しか移動していなかったけど。
町の端から端に移動する時とか、他の地に移動する時とか。

ランに聞いたら、東の地ではあまりしない行為だと言われた。
東の地は、舗装されている地面が多いこと。
地面で座ることは、恥ずかしいとされていること。
休む時は休憩所や専用の場所がきちんとあること。
などなど。

住む場所が違うと、そうなるんだね。
北の地で初めて見た草が嬉しくて、そこが祈りの場だって知って。
南の地を思い出して、横になったんだっけ。
その時のランの戸惑った顔。
でも、今は慣れてくれた。

「サーヤは、緊張感がないからなぁ」
「ごめんて」
「良い意味で言ってるんだけど」
「そうなの?」

てっきり、お説教かと。
「サーヤ?ラン?」
ノアさんの声だ。
戻って来たんだ。

「気配がするから来てみれば…」
ノアさんは、草の上に座る私とランを見ると途中で固まった。
あ、ランと同じだ。
恥ずかしいと思われているのだろうか?

「何をしている?」
「何って…」
言葉に困る私。
「休憩だけど?」

ランが何でもないことのようにそう言う。
「祈りの場で?」
ノアさんの表情は、やや険しい。
「してはいけない決まりでも?」
だけど、
ランは気にしていない。

「…特にはないが」
「なら、良いじゃないか?」
ランの返答に、ノアさんは小さく溜め息を吐いた。
「そうだ。昼の準備ありがとう」
「…サーヤの優しさだからな」

「あの魚は…」
「サーヤが買ってくれたんだ」
ランの言葉に、ノアさんが私を見る。
「なるほど」
おいしくなかった?

「駄目でした?」
あ、“お口に合う”だっけ?
駄目でしたって、何さ?

「いや、おいしかった」
「だろう?今年の初物だ。おいしくないわけがないだろう?」
ランが得意そうに言った。
「高かったんじゃないか?」
ノアさんは、東の地の人だ。

「うーん…銀貨3枚くらい?」
「そんなに安く!?」
「ノア、何を驚いてるんだ?流通の基本だろう?」
「だって、あの白身魚じゃないのか?」

「ふふ、おいしかったのなら良いや」
私の言葉に、2人が黙る。
「あとね、ピルクもあるよ?ノアさんも…」
「サーヤ」

私の言葉を遮るラン。
「ピルクは、サーヤの好きな物だろう?今日来たばかりの人間にまで、あげる必要はない」
そりゃそうだけど。
「…言い方」

「俺とノアは、別に食べなくても良いんだ」
「でも、あんなにおいしいのに…」
「また機会があるだろうから、その時で良いよ」
機会、あるかな?
「…大丈夫。きっとすぐに来るから」

ランのにっこりとした顔に、思わず頷く。
そうなら良いな。
そう言えば、エリザさんは?
「あれ?ノアさんだけ?」

「あぁ、エリザはもう家に帰らせた」
「え?」
ノアさんの淡々とした言い方に、少しだけ朝のランが重なった。
「…俺は、説教なぞしていない。今日は着任のみだから、目的は果たしただろう?」

え?
ノアさんも私の言いたいこと分かるの?
思わず首を傾げる。
「サーヤは分かりやすいな」
ノアさんの言葉は、馬鹿にしている響きはない。
怒られている感も、だ。

「…じゃあ、今日はもうエリザさんはいないんだ」
思わず呟く。
エリザさんも疲れただろう。
ゆっくり休めると良いんだけど…。

「明日には、何食わぬ顔で来るさ?」
ノアさんの言葉に、“そうなら良いけど”と思う。
「候補生にも、色々いるから大丈夫」
ランの言葉にも、コクリと頷く。

「ところで、いつまでその場にいるんだ?」
まだ、草の上に座っていたことを思い出す。
さっきランに向かって慌てて体を起こしたことを思い出す。
寝転がっていたなんて知られたら、ノアさんにも驚かれるだろう。
きっと、エリザさんにも。

気を付けようっと。
明日から、こんな風に過ごせなくなるのかな?
そう思うと、少しだけどしっかりしようと思う気持ち。
田舎者の私が、都会の人3人の中で恥ずかしい思いをしないように…。

「…そうですね、恥ずかしいですもんね」
「良いだろう?ここは、東の地じゃない。草の上で座ろうが寝転がろうが、それは自由だろう?」
ランの言葉に、ノアさんは納得がいっていない様子のまま頷いていた。
無理矢理納得したような感じだ。

「ノア、ここは紡ぎ司の工房で、紡ぎ司の住居。つまりは生活圏内だ」
「だから?」
「紡ぎ司の生活にまで介入するのは、流石におかしいと思うが?」
「…そういうお前は、助手だから良いって?」
「そうだが?」
ノアさんの溜め息交じりの問いかけに、ランは当たり前のように返事をしていた。

そうなの?
「紡ぐことをしっかりしている。しかも、今の司の筆頭に対してあまりに失礼だと思うが?」
筆頭?
ってなんだっけ?
ランもノアさんも、難しい言葉を使うから時々意味が分からない。

失礼なの?
何が?
私のこと?
私が失礼なのかな?

「サーヤ?サーヤが失礼なんじゃなくて、サーヤ失礼だって意味だから、気にしなくて良い」
「そう、なの?」
私の意味が分かっていない表情に、ノアさんは少しだけ気まずそうだ。
「ランの言う通り、サーヤが失礼とは思ってない」
「…はい、すみません。私、あまり言葉を知らなくて…」

私の言葉に、ノアさんは細い溜め息を吐いた。
「言葉を知らなくても、紡ぐことはできる」
「…はい」
「君の紡ぎ司としての働きぶりは見事だ。何も謝ることはない」
「…は?」

偉そうなノアさんが口にした言葉に、ポカンと口を開ける。
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