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お昼寝
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「おなかいっぱい」
魚にパクついていたら、すぐに満たされてしまった。
「2杯はいけるはずだったのに…」
私の言葉に、奥さんが笑った。
え?
何でさ?
「サーヤちゃんの、その自信はどこから来るんだろうね?」
自信?
「おなかすいてたから、いけると思っただけだけど?」
「そうかいそうかい、じゃあ次は2杯頑張るんだよ」
「うん!」
食器を持って、流し台に行く。
「サーヤ、洗い物なら…」
ランがそう言って、腕まくりをした。
「違うの。ランにお茶を淹れて欲しいなって思って。ランのお茶、おいしいから」
私の言葉に、ランが少しだけ目尻を下げた。
「…そういうことなら」
「ラン君も、サーヤちゃんの前では形無しだね…」
「何がですか?俺は助手なので、紡ぎ司の言うことなら何でも聞きますよ?」
「嘘だー。私がお願いしても、蜜をどかしてくれなかった」
「それは、必要がなかったから」
ランの言葉に、奥さんがふふっと笑う。
「本当にそうしてると、偉い人と高貴な人なんて見えないんだけどねぇ…」
偉い人と高貴な人?
誰が?
「ランが、偉い人で高貴な人?」
「サーヤでしょ?」
「私?偉くないよ?」
「偉いでしょ?」
「何で?」
「紡ぎ司だから」
そうなの?
「紡ぎ司は偉いの?」
「偉いというよりは、尊い、かな?」
「とうとい?」
難しい。
「…うん、いいや」
洗い物に戻る。
「これだもの、サーヤちゃんはなぁ…」
奥さんの言葉も聞かず、洗い物をする。
少なかったので、すぐに綺麗になった。
ランが淹れてくれたハーブティー。
「少し渋くて、おいしいんだよね」
香りが良いので、時々飲みたくなる。
「お褒めに預かり光栄です」
「本当だ。何でだい?」
「少し蒸らすのがコツなんですよ」
「へぇー、じゃあ今度見習ってみようかね?」
「是非」
奥さんはハーブティーを飲んで、家に戻って行った。
じゃあ、私は…。
奥さんがくれたピルクを2つ持って、裏口に回る。
裏の泉に向かう。
祈りの場は、どの地でも涼しいのだろうか?
それは、空気や水が澄んでいるからだろうか?
そんなことを考え、ピルクを祠の上に置く。
南の地では滝のあちこちにピルクを置いていた。
子ども達みんなが。
そして、遊び疲れたらピルクで水分補給をする。
滝や泉の水で薄めても、それはそれでおいしい。
精霊や妖精へのお供え物とか、こうしておくと甘みが増すとか色々言ってたなぁ。
ピルクしか受け付けないらしいとか、実際は分からないこととかも…。
年上の幼馴染が。
「南の地では、当たり前だったけど」
北の地でも、祠にはランが毎日綺麗な水を置いている。
私は、時々気まぐれに果物を置くだけ。
北の地では、果物は高級品だ。
だけど、奥さんが商会で取り扱ってくれるようになったから、この地でも果物は割と手に入りやすくなった。
今日は実質タダのピルク。
「甘いから、ビックリするよ?」
誰に向けての言葉か分からないけれど、するりと口から出た。
本当は口の中に放り込みたかったけれど、勿体ないと思ったのか1口だけ齧った。
まだ固い物だったから、汁が飛び出すことはなかった。
口の中に入ったピルクを噛むと、じわりと甘い汁が出て来る。
久しぶりに食べるからか、とてもおいしいと思った。
懐かしい味。
ピルクの味を感じながら、風の気持ち良さに目を閉じる。
「うーん、風が気持ち良いなぁ。お天気に感謝」
手にピルクを持っていたけれど、そのまま草の上に横になる。
生えたばかりの柔らかい緑が心地良い。
仰向けになると、空が目いっぱいに広がる。
ゆっくりと動く雲の動き。
今日は、朝から色々あったなぁ。
思い出そうとするけれど、どれが一番とかはなかった。
そのくらい、どの情報も多かった。
でも何か、もうどうでも良いなぁ。
気持ち良さに身を委ね、目を閉じる。
クスクス聞こえる声は、誰のものだったか。
『サーヤ、遊ぼう』
『遊ぼうよ!』
今はもう眠たいよ…。
だけど、夢の中なら良いかとも思った。
『やった!何して遊ぶ?』
『サーヤがくれたピルクおいしいね!』
『ピルク!懐かしい』
『泉に潜る?』
『潜水しようよ!』
まだ、寒いって。
『じゃあ、蜜吸い』
『花はまだ少ないよ?』
『希少だからね』
ピルクがあるよ。
『じゃあ!僕らの庭に行こう?』
『そうだ!花がいっぱいだもん』
『温かいから、眠るにはピッタリ!』
今だって、十分心地良い。
『サーヤ!少しなら良いでしょ?』
『行こうよ。僕らの庭に!』
『日が暮れる頃には終わるからさ!』
日が暮れる…。
その頃には、今日の仕事が始まるなぁ…。
『サーヤ!起きてよ』
『起きて行こうよ!』
夢の中なら、良いよってば…。
きゃいきゃいと聞こえる声に、相槌を打ちながら私は意識を手放した。
「サーヤ…」
軽く揺すられる感覚。
何だっけ?
芽生えたばかりの蜜を吸って、泉に潜って、ふかふかの綿帽子の中に沈むような…。
南の地で遊んでいたようなことを思い出す。
あれ?
私、何でここにいるんだっけ?
「起きた?」
「…ラン?」
目を開けた先に、私を覗くランの顔があった。
横になる私の側。
隣に座りながら、私の腕を揺らしていたのだろう。
少し呆れたような顔のラン。
「こんなとこで寝るなんて…」
「…ごめん、何か寝てた」
「ま、テリトリー内なら良いか…」
ランの早口は聞き取れなかったけれど、怒ってはいない?
横になったまま、おそるおそる口を開く。
「心配した?」
問いかける私に、ランは器用に片方の眉を上げた。
「…少しだけ」
「ごめん。気を付ける」
「満腹になって、気温も良くて、ま、仕方ないか…」
ランはやっぱり呆れたような声だった。
「あれ?ピルク…」
私、手に持ってた気がするんだけど。
横になった時は、手に持っていた。
はっきりとした感覚。
なくなったのを確かめるように、グーパーを繰り返す。
右手に握っていたはずの存在。
「持って行ったんじゃなかったの?」
「…持って行った」
はず。
「食べたんじゃないの?」
1口は。
「…うん」
だけど、手に持っていたと思ったけど、寝ぼけて食べたのかもしれない。
私は食いしん坊だから。
眠っていても食べるくらいは出来るだろう。
種もないし、食べ慣れてるし。
眠っている時のことまでは覚えてない。
口の中に残る、微かな甘み。
うん、きっと食べた。
懐かしい甘さにつられて、夢を見たなぁ。
「まだ眠るなら、ちゃんとベッドで」
ランの言葉に、「うん」と頷く。
いや、寝ないけど。
「サーヤ?」
「なに?」
「動けないなら部屋まで運ぶ?」
ランの言葉に、慌てて体を起こす。
「動けるよ」
「そ。なら良いよ」
クスクス笑う声に、揶揄われたのだと知る。
ランは、時々寝落ちする私を部屋に運んでくれる。
ソファやラグの上、時にはこうやって外でも寝てしまう私。
外で寝るのは、最初の頃ランに驚かれた。
『何でこんな所で…?』
初めて見られた時は、恥ずかしいが勝った。
気まずいとか、説明をしなきゃとか色々考えたけど。
『田舎者が』と思われたのかと、少しだけ顔が熱くなった。
南の地では割と地面に横になっていた。
子どものみんなは。
大人だって、土の上で座って休んだりしてたし。
そのくらい、座ることや横になることは特別なことじゃなかった。
だけど、候補生で来た東の地では、あまり見かけなかった。
不思議だったのを覚えている。
町の中で、疲れた時にはどうするんだろうと思ってた。
私は寮の近辺しか移動していなかったけど。
町の端から端に移動する時とか、他の地に移動する時とか。
ランに聞いたら、東の地ではあまりしない行為だと言われた。
東の地は、舗装されている地面が多いこと。
地面で座ることは、恥ずかしいとされていること。
休む時は休憩所や専用の場所がきちんとあること。
などなど。
住む場所が違うと、そうなるんだね。
北の地で初めて見た草が嬉しくて、そこが祈りの場だって知って。
南の地を思い出して、横になったんだっけ。
その時のランの戸惑った顔。
でも、今は慣れてくれた。
「サーヤは、緊張感がないからなぁ」
「ごめんて」
「良い意味で言ってるんだけど」
「そうなの?」
てっきり、お説教かと。
「サーヤ?ラン?」
ノアさんの声だ。
戻って来たんだ。
「気配がするから来てみれば…」
ノアさんは、草の上に座る私とランを見ると途中で固まった。
あ、ランと同じだ。
恥ずかしいと思われているのだろうか?
「何をしている?」
「何って…」
言葉に困る私。
「休憩だけど?」
ランが何でもないことのようにそう言う。
「祈りの場で?」
ノアさんの表情は、やや険しい。
「してはいけない決まりでも?」
だけど、
ランは気にしていない。
「…特にはないが」
「なら、良いじゃないか?」
ランの返答に、ノアさんは小さく溜め息を吐いた。
「そうだ。昼の準備ありがとう」
「…サーヤの優しさだからな」
「あの魚は…」
「サーヤが買ってくれたんだ」
ランの言葉に、ノアさんが私を見る。
「なるほど」
おいしくなかった?
「駄目でした?」
あ、“お口に合う”だっけ?
駄目でしたって、何さ?
「いや、おいしかった」
「だろう?今年の初物だ。おいしくないわけがないだろう?」
ランが得意そうに言った。
「高かったんじゃないか?」
ノアさんは、東の地の人だ。
「うーん…銀貨3枚くらい?」
「そんなに安く!?」
「ノア、何を驚いてるんだ?流通の基本だろう?」
「だって、あの白身魚じゃないのか?」
「ふふ、おいしかったのなら良いや」
私の言葉に、2人が黙る。
「あとね、ピルクもあるよ?ノアさんも…」
「サーヤ」
私の言葉を遮るラン。
「ピルクは、サーヤの好きな物だろう?今日来たばかりの人間にまで、あげる必要はない」
そりゃそうだけど。
「…言い方」
「俺とノアは、別に食べなくても良いんだ」
「でも、あんなにおいしいのに…」
「また機会があるだろうから、その時で良いよ」
機会、あるかな?
「…大丈夫。きっとすぐに来るから」
ランのにっこりとした顔に、思わず頷く。
そうなら良いな。
そう言えば、エリザさんは?
「あれ?ノアさんだけ?」
「あぁ、エリザはもう家に帰らせた」
「え?」
ノアさんの淡々とした言い方に、少しだけ朝のランが重なった。
「…俺は、説教なぞしていない。今日は着任のみだから、目的は果たしただろう?」
え?
ノアさんも私の言いたいこと分かるの?
思わず首を傾げる。
「サーヤは分かりやすいな」
ノアさんの言葉は、馬鹿にしている響きはない。
怒られている感も、だ。
「…じゃあ、今日はもうエリザさんはいないんだ」
思わず呟く。
エリザさんも疲れただろう。
ゆっくり休めると良いんだけど…。
「明日には、何食わぬ顔で来るさ?」
ノアさんの言葉に、“そうなら良いけど”と思う。
「候補生にも、色々いるから大丈夫」
ランの言葉にも、コクリと頷く。
「ところで、いつまでその場にいるんだ?」
まだ、草の上に座っていたことを思い出す。
さっきランに向かって慌てて体を起こしたことを思い出す。
寝転がっていたなんて知られたら、ノアさんにも驚かれるだろう。
きっと、エリザさんにも。
気を付けようっと。
明日から、こんな風に過ごせなくなるのかな?
そう思うと、少しだけどしっかりしようと思う気持ち。
田舎者の私が、都会の人3人の中で恥ずかしい思いをしないように…。
「…そうですね、恥ずかしいですもんね」
「良いだろう?ここは、東の地じゃない。草の上で座ろうが寝転がろうが、それは自由だろう?」
ランの言葉に、ノアさんは納得がいっていない様子のまま頷いていた。
無理矢理納得したような感じだ。
「ノア、ここは紡ぎ司の工房で、紡ぎ司の住居。つまりは生活圏内だ」
「だから?」
「紡ぎ司の生活にまで介入するのは、流石におかしいと思うが?」
「…そういうお前は、助手だから良いって?」
「そうだが?」
ノアさんの溜め息交じりの問いかけに、ランは当たり前のように返事をしていた。
そうなの?
「紡ぐことをしっかりしている。しかも、今の司の筆頭に対してあまりに失礼だと思うが?」
筆頭?
ってなんだっけ?
ランもノアさんも、難しい言葉を使うから時々意味が分からない。
失礼なの?
何が?
私のこと?
私が失礼なのかな?
「サーヤ?サーヤが失礼なんじゃなくて、サーヤに失礼だって意味だから、気にしなくて良い」
「そう、なの?」
私の意味が分かっていない表情に、ノアさんは少しだけ気まずそうだ。
「ランの言う通り、サーヤが失礼とは思ってない」
「…はい、すみません。私、あまり言葉を知らなくて…」
私の言葉に、ノアさんは細い溜め息を吐いた。
「言葉を知らなくても、紡ぐことはできる」
「…はい」
「君の紡ぎ司としての働きぶりは見事だ。何も謝ることはない」
「…は?」
偉そうなノアさんが口にした言葉に、ポカンと口を開ける。
魚にパクついていたら、すぐに満たされてしまった。
「2杯はいけるはずだったのに…」
私の言葉に、奥さんが笑った。
え?
何でさ?
「サーヤちゃんの、その自信はどこから来るんだろうね?」
自信?
「おなかすいてたから、いけると思っただけだけど?」
「そうかいそうかい、じゃあ次は2杯頑張るんだよ」
「うん!」
食器を持って、流し台に行く。
「サーヤ、洗い物なら…」
ランがそう言って、腕まくりをした。
「違うの。ランにお茶を淹れて欲しいなって思って。ランのお茶、おいしいから」
私の言葉に、ランが少しだけ目尻を下げた。
「…そういうことなら」
「ラン君も、サーヤちゃんの前では形無しだね…」
「何がですか?俺は助手なので、紡ぎ司の言うことなら何でも聞きますよ?」
「嘘だー。私がお願いしても、蜜をどかしてくれなかった」
「それは、必要がなかったから」
ランの言葉に、奥さんがふふっと笑う。
「本当にそうしてると、偉い人と高貴な人なんて見えないんだけどねぇ…」
偉い人と高貴な人?
誰が?
「ランが、偉い人で高貴な人?」
「サーヤでしょ?」
「私?偉くないよ?」
「偉いでしょ?」
「何で?」
「紡ぎ司だから」
そうなの?
「紡ぎ司は偉いの?」
「偉いというよりは、尊い、かな?」
「とうとい?」
難しい。
「…うん、いいや」
洗い物に戻る。
「これだもの、サーヤちゃんはなぁ…」
奥さんの言葉も聞かず、洗い物をする。
少なかったので、すぐに綺麗になった。
ランが淹れてくれたハーブティー。
「少し渋くて、おいしいんだよね」
香りが良いので、時々飲みたくなる。
「お褒めに預かり光栄です」
「本当だ。何でだい?」
「少し蒸らすのがコツなんですよ」
「へぇー、じゃあ今度見習ってみようかね?」
「是非」
奥さんはハーブティーを飲んで、家に戻って行った。
じゃあ、私は…。
奥さんがくれたピルクを2つ持って、裏口に回る。
裏の泉に向かう。
祈りの場は、どの地でも涼しいのだろうか?
それは、空気や水が澄んでいるからだろうか?
そんなことを考え、ピルクを祠の上に置く。
南の地では滝のあちこちにピルクを置いていた。
子ども達みんなが。
そして、遊び疲れたらピルクで水分補給をする。
滝や泉の水で薄めても、それはそれでおいしい。
精霊や妖精へのお供え物とか、こうしておくと甘みが増すとか色々言ってたなぁ。
ピルクしか受け付けないらしいとか、実際は分からないこととかも…。
年上の幼馴染が。
「南の地では、当たり前だったけど」
北の地でも、祠にはランが毎日綺麗な水を置いている。
私は、時々気まぐれに果物を置くだけ。
北の地では、果物は高級品だ。
だけど、奥さんが商会で取り扱ってくれるようになったから、この地でも果物は割と手に入りやすくなった。
今日は実質タダのピルク。
「甘いから、ビックリするよ?」
誰に向けての言葉か分からないけれど、するりと口から出た。
本当は口の中に放り込みたかったけれど、勿体ないと思ったのか1口だけ齧った。
まだ固い物だったから、汁が飛び出すことはなかった。
口の中に入ったピルクを噛むと、じわりと甘い汁が出て来る。
久しぶりに食べるからか、とてもおいしいと思った。
懐かしい味。
ピルクの味を感じながら、風の気持ち良さに目を閉じる。
「うーん、風が気持ち良いなぁ。お天気に感謝」
手にピルクを持っていたけれど、そのまま草の上に横になる。
生えたばかりの柔らかい緑が心地良い。
仰向けになると、空が目いっぱいに広がる。
ゆっくりと動く雲の動き。
今日は、朝から色々あったなぁ。
思い出そうとするけれど、どれが一番とかはなかった。
そのくらい、どの情報も多かった。
でも何か、もうどうでも良いなぁ。
気持ち良さに身を委ね、目を閉じる。
クスクス聞こえる声は、誰のものだったか。
『サーヤ、遊ぼう』
『遊ぼうよ!』
今はもう眠たいよ…。
だけど、夢の中なら良いかとも思った。
『やった!何して遊ぶ?』
『サーヤがくれたピルクおいしいね!』
『ピルク!懐かしい』
『泉に潜る?』
『潜水しようよ!』
まだ、寒いって。
『じゃあ、蜜吸い』
『花はまだ少ないよ?』
『希少だからね』
ピルクがあるよ。
『じゃあ!僕らの庭に行こう?』
『そうだ!花がいっぱいだもん』
『温かいから、眠るにはピッタリ!』
今だって、十分心地良い。
『サーヤ!少しなら良いでしょ?』
『行こうよ。僕らの庭に!』
『日が暮れる頃には終わるからさ!』
日が暮れる…。
その頃には、今日の仕事が始まるなぁ…。
『サーヤ!起きてよ』
『起きて行こうよ!』
夢の中なら、良いよってば…。
きゃいきゃいと聞こえる声に、相槌を打ちながら私は意識を手放した。
「サーヤ…」
軽く揺すられる感覚。
何だっけ?
芽生えたばかりの蜜を吸って、泉に潜って、ふかふかの綿帽子の中に沈むような…。
南の地で遊んでいたようなことを思い出す。
あれ?
私、何でここにいるんだっけ?
「起きた?」
「…ラン?」
目を開けた先に、私を覗くランの顔があった。
横になる私の側。
隣に座りながら、私の腕を揺らしていたのだろう。
少し呆れたような顔のラン。
「こんなとこで寝るなんて…」
「…ごめん、何か寝てた」
「ま、テリトリー内なら良いか…」
ランの早口は聞き取れなかったけれど、怒ってはいない?
横になったまま、おそるおそる口を開く。
「心配した?」
問いかける私に、ランは器用に片方の眉を上げた。
「…少しだけ」
「ごめん。気を付ける」
「満腹になって、気温も良くて、ま、仕方ないか…」
ランはやっぱり呆れたような声だった。
「あれ?ピルク…」
私、手に持ってた気がするんだけど。
横になった時は、手に持っていた。
はっきりとした感覚。
なくなったのを確かめるように、グーパーを繰り返す。
右手に握っていたはずの存在。
「持って行ったんじゃなかったの?」
「…持って行った」
はず。
「食べたんじゃないの?」
1口は。
「…うん」
だけど、手に持っていたと思ったけど、寝ぼけて食べたのかもしれない。
私は食いしん坊だから。
眠っていても食べるくらいは出来るだろう。
種もないし、食べ慣れてるし。
眠っている時のことまでは覚えてない。
口の中に残る、微かな甘み。
うん、きっと食べた。
懐かしい甘さにつられて、夢を見たなぁ。
「まだ眠るなら、ちゃんとベッドで」
ランの言葉に、「うん」と頷く。
いや、寝ないけど。
「サーヤ?」
「なに?」
「動けないなら部屋まで運ぶ?」
ランの言葉に、慌てて体を起こす。
「動けるよ」
「そ。なら良いよ」
クスクス笑う声に、揶揄われたのだと知る。
ランは、時々寝落ちする私を部屋に運んでくれる。
ソファやラグの上、時にはこうやって外でも寝てしまう私。
外で寝るのは、最初の頃ランに驚かれた。
『何でこんな所で…?』
初めて見られた時は、恥ずかしいが勝った。
気まずいとか、説明をしなきゃとか色々考えたけど。
『田舎者が』と思われたのかと、少しだけ顔が熱くなった。
南の地では割と地面に横になっていた。
子どものみんなは。
大人だって、土の上で座って休んだりしてたし。
そのくらい、座ることや横になることは特別なことじゃなかった。
だけど、候補生で来た東の地では、あまり見かけなかった。
不思議だったのを覚えている。
町の中で、疲れた時にはどうするんだろうと思ってた。
私は寮の近辺しか移動していなかったけど。
町の端から端に移動する時とか、他の地に移動する時とか。
ランに聞いたら、東の地ではあまりしない行為だと言われた。
東の地は、舗装されている地面が多いこと。
地面で座ることは、恥ずかしいとされていること。
休む時は休憩所や専用の場所がきちんとあること。
などなど。
住む場所が違うと、そうなるんだね。
北の地で初めて見た草が嬉しくて、そこが祈りの場だって知って。
南の地を思い出して、横になったんだっけ。
その時のランの戸惑った顔。
でも、今は慣れてくれた。
「サーヤは、緊張感がないからなぁ」
「ごめんて」
「良い意味で言ってるんだけど」
「そうなの?」
てっきり、お説教かと。
「サーヤ?ラン?」
ノアさんの声だ。
戻って来たんだ。
「気配がするから来てみれば…」
ノアさんは、草の上に座る私とランを見ると途中で固まった。
あ、ランと同じだ。
恥ずかしいと思われているのだろうか?
「何をしている?」
「何って…」
言葉に困る私。
「休憩だけど?」
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「祈りの場で?」
ノアさんの表情は、やや険しい。
「してはいけない決まりでも?」
だけど、
ランは気にしていない。
「…特にはないが」
「なら、良いじゃないか?」
ランの返答に、ノアさんは小さく溜め息を吐いた。
「そうだ。昼の準備ありがとう」
「…サーヤの優しさだからな」
「あの魚は…」
「サーヤが買ってくれたんだ」
ランの言葉に、ノアさんが私を見る。
「なるほど」
おいしくなかった?
「駄目でした?」
あ、“お口に合う”だっけ?
駄目でしたって、何さ?
「いや、おいしかった」
「だろう?今年の初物だ。おいしくないわけがないだろう?」
ランが得意そうに言った。
「高かったんじゃないか?」
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「うーん…銀貨3枚くらい?」
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「だって、あの白身魚じゃないのか?」
「ふふ、おいしかったのなら良いや」
私の言葉に、2人が黙る。
「あとね、ピルクもあるよ?ノアさんも…」
「サーヤ」
私の言葉を遮るラン。
「ピルクは、サーヤの好きな物だろう?今日来たばかりの人間にまで、あげる必要はない」
そりゃそうだけど。
「…言い方」
「俺とノアは、別に食べなくても良いんだ」
「でも、あんなにおいしいのに…」
「また機会があるだろうから、その時で良いよ」
機会、あるかな?
「…大丈夫。きっとすぐに来るから」
ランのにっこりとした顔に、思わず頷く。
そうなら良いな。
そう言えば、エリザさんは?
「あれ?ノアさんだけ?」
「あぁ、エリザはもう家に帰らせた」
「え?」
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「…俺は、説教なぞしていない。今日は着任のみだから、目的は果たしただろう?」
え?
ノアさんも私の言いたいこと分かるの?
思わず首を傾げる。
「サーヤは分かりやすいな」
ノアさんの言葉は、馬鹿にしている響きはない。
怒られている感も、だ。
「…じゃあ、今日はもうエリザさんはいないんだ」
思わず呟く。
エリザさんも疲れただろう。
ゆっくり休めると良いんだけど…。
「明日には、何食わぬ顔で来るさ?」
ノアさんの言葉に、“そうなら良いけど”と思う。
「候補生にも、色々いるから大丈夫」
ランの言葉にも、コクリと頷く。
「ところで、いつまでその場にいるんだ?」
まだ、草の上に座っていたことを思い出す。
さっきランに向かって慌てて体を起こしたことを思い出す。
寝転がっていたなんて知られたら、ノアさんにも驚かれるだろう。
きっと、エリザさんにも。
気を付けようっと。
明日から、こんな風に過ごせなくなるのかな?
そう思うと、少しだけどしっかりしようと思う気持ち。
田舎者の私が、都会の人3人の中で恥ずかしい思いをしないように…。
「…そうですね、恥ずかしいですもんね」
「良いだろう?ここは、東の地じゃない。草の上で座ろうが寝転がろうが、それは自由だろう?」
ランの言葉に、ノアさんは納得がいっていない様子のまま頷いていた。
無理矢理納得したような感じだ。
「ノア、ここは紡ぎ司の工房で、紡ぎ司の住居。つまりは生活圏内だ」
「だから?」
「紡ぎ司の生活にまで介入するのは、流石におかしいと思うが?」
「…そういうお前は、助手だから良いって?」
「そうだが?」
ノアさんの溜め息交じりの問いかけに、ランは当たり前のように返事をしていた。
そうなの?
「紡ぐことをしっかりしている。しかも、今の司の筆頭に対してあまりに失礼だと思うが?」
筆頭?
ってなんだっけ?
ランもノアさんも、難しい言葉を使うから時々意味が分からない。
失礼なの?
何が?
私のこと?
私が失礼なのかな?
「サーヤ?サーヤが失礼なんじゃなくて、サーヤに失礼だって意味だから、気にしなくて良い」
「そう、なの?」
私の意味が分かっていない表情に、ノアさんは少しだけ気まずそうだ。
「ランの言う通り、サーヤが失礼とは思ってない」
「…はい、すみません。私、あまり言葉を知らなくて…」
私の言葉に、ノアさんは細い溜め息を吐いた。
「言葉を知らなくても、紡ぐことはできる」
「…はい」
「君の紡ぎ司としての働きぶりは見事だ。何も謝ることはない」
「…は?」
偉そうなノアさんが口にした言葉に、ポカンと口を開ける。
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編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
魔法のステッキ
ことは
児童書・童話
小学校5年生の中川美咲が今、夢中になっているもの。それはバトントワリングだ。
父親の転勤により、東京のバトン教室をやめなければならなくなった美咲。だが、転校先の小学校には、放課後のバトンクラブがあるという。
期待に胸を膨らませていた美咲だが、たった三人しかいないバトンクラブはつぶれる寸前。バトンの演技も、美咲が求めているようなレベルの高いものではなかった。
美咲は、バトンクラブのメンバーからの勧誘を断ろうとした。しかし、クラブのみんなから、バトンクラブの先生になってほしいとお願いされ……。
【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。
https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
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