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2章

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ぎゅうぎゅうと感じるのが、みーちゃんの腕だと気付いた時に体は浮いていた。
「本当に、いつもいつも!どれだけぼくのことを振り回すの?」
振り回されているのは私の方だと思う程、浮いた体を左右に動かされる。

高い視線に、ちらりと回りを見る。
ポカンとしている乃田さんと布之さんと高杉君がいた。
驚かせてしまったみたい。

というか、この状態は苦しい。
抱っこと言うか、みーちゃんの身長に合わせて強く抱きしめられているような状態なのだろう。
すでに慣れてしまった感覚。

だけど、このままじゃ私が潰れてしまう。
「…みーちゃん、いたい」
ようやく言うと、慌てた様子のみーちゃんが私を地面に降ろしてくれる。

「ごめんごめん!だけど、ぼくもやっぱり大好き。本当に両思いだね、嬉しいな」
「とりあえず、玄関は出ませんか?」
布之さんの声だった。
確かに。

学校の玄関で、みーちゃんに抱っこされた状態で恥ずかしい。
思えば、毎日毎日抱っこされている状態なのに。
中学生にもなって、と改めて思ってしまった。

「あのね、みーちゃん一緒に下校しよう?」
歩き出されてしまったら、昨日と同じになってしまう。
なので、先に言う。
乃田さんと布之さんと、高杉君と一緒に帰りたい。
一昨日と昨日は出来なかったけど。

今日の私も見えている。
私の目は、私の大事な人達をきちんと見ることが出来る。
同じ空間で、一緒に過ごすことが出来る。
だから、一緒に帰りたい。

「うん、良いよじゃあ行こうか?」
昨日の態度とは違って、あっさり頷いたみーちゃん。
私のことを当たり前に抱き直す。
ぬいぐるみを抱えるように、赤ちゃんを支えるように。
みーちゃんの腕に乗っているような状態。

ここのところ毎日されているからか、違和感はない。
落ちるかもしれないという心配もない。
だけど、何かが気になった。

私の体は、みーちゃんの方に向いている。
だからかな?
3人がどんな顔をしているのか、気になってしまった。
乃田さんと布之さんと高杉君の顔を見て確認したい。
だけど、みーちゃんの体で見えない。

「あのね?みーちゃん」
私が気にして口を開いても、みーちゃんは気にしないように歩き出した。
「今は駄目、無理。降ろすって選択肢はなし。のんちゃんに何を言われても、のんちゃんが怒ってもこうしたい。だって、ようやく一緒に帰れるんだから。ある意味拉致だけど」

「らち?」
「うん、招待と言う名の誘拐かな?」
招待は分かる。
だけど、誘拐?

誰が?
私が?
「ぼく、誘拐犯でも良いや」
みーちゃんに?
どこに誘拐されるの?

「じぃじの家に決まってるじゃん?本当にのんちゃんは、可愛すぎ!で?そこの3人は歩きなの?自転車なの?」
みーちゃんの問いかけに、高杉君が『自転車です』と返事をしていた。
「自転車か、まぁいーや」

昨日は、話を聞いてもらえなかったのにと思った。
高杉君の返答に、みーちゃんが何でもないように返事をした。
みーちゃんが3人を意識してくれたことに、すごく嬉しさを感じる。

「ふうん、じゃあ少しずつ歩いてるから、自転車持って来たら?それまで、のんちゃんといちゃいちゃしながら先に行ってるからね?」
みーちゃんは、私の通学バックを肩に担ぎ直し本当に歩き出す。
見えないままの乃田さんと布之さんが気になる。

抱きかかえられたまま、玄関から離れていく。
私のことをどう思っていたのかな?
少し腕に力を入れて、みーちゃんの肩越しに様子を見る。
みーちゃんが歩き出したことで、3人とも駐輪場に向かうようでヘルメットを手に移動していた。

「みーちゃん!」
「だって、ぼくたちは歩きなんだし、先に行っておいた方があの子達も気にしないで自転車を取りに行けるでしょ?大丈夫、すぐに追いつくって」
みーちゃんの声は大きい。

「そうそう、春川先に行ってて」
だからかな?乃田さんが返事をしてくれた。
顔は見えなかったけれど、声はいつも通りの乃田さんみたいだった。
だけど、どうしたらとオロオロしてしまう私がいる。
「ほら、のんちゃん落ちちゃうから、しっかり掴まってないと。良い子にしていて」
みーちゃんの声は、優しいお兄ちゃんだった。

まるで、小さい子に言い聞かせるように。
抱っこされて歩く姿は、3人にどう思われていたのだろうか。
よく考えたら、昨日も一昨日も一昨昨日もされていた。
だけど、見えてなかったこともあって気にしていなかった私がいた。

でも、今考えるとこれは中学生の姿ではないのでは?
もしかしたら、恥ずかしい状態なのかもしれないという気持ちが湧く。
中学生になって、お兄ちゃんに抱っこされたまま歩くなんて。
さっき浮かんだ考えはこれだった。

もしかしたら恥ずかしいと思われているかもしれない。
乃田さんと布之さんと高杉君が、呆れていたらどうしよう?
中学生にもなって、自分で歩かないのかと思われてしまったら。

「みーちゃん、あのね?」
「なあに、ぼくのお姫様」
私が呼んだことで、みーちゃんが腕に力を入れたみたい。
視線が近くなった。

じっと覗き込まれ、思わず言葉が出て来なかった。
みーちゃんは、とても笑顔だったから。
何で、そんなに笑っているのか不思議な程。

「うん、昨日ぶりだね?久しぶり」
改めて、みーちゃんがそう言った。
みーちゃんの声に首を傾げる。
「みーちゃん、ずっと会っているでしょう?」
「そうだけど、いつでものんちゃんに側にいてほしいからさ?」

みーちゃんの言葉は、やっぱり不思議なままだった。
「ねえ、のんちゃん?」
「なぁに?」
「あの子達、本当にのんちゃんのオトモダチ?」
みーちゃんの言葉に、みーちゃんと視線を合わせる。
「何で?」

「ぼくは、心配なだけ。だって、のんちゃんは…オトモダチが原因で…」
笑顔だったみーちゃんが悲しそうな顔をした。
この表情は見覚えがある。
声も、様子も。

私がお友達から置いていかれて、見えなくなって毎日泣いていた時、心配していた声だ。
あの日から何回も、聞き方や言い方を変えて聞いて来た時と同じ顔だ。
私の寂しさとか悲しさとか、知ろうとしてくれた様子だ。
その全部が、私のことを護ろうとしてくれる“お兄ちゃん”の表情だった。

だから、私は心配させちゃいけない。
安心してもらわないといけないんだ。
昨日は聞いてもらえなくて少し寂しいと思ったけれど…。

「ごめんね?だけど、心配しないで…」
「何で?」
「あのね、後でちゃんと聞いてほしいの。私のお友達もみーちゃんや智ちゃんと同じで、とても優しいの」
「…ふうん?」

「私と一緒にいること、過ごす?ことを大事にしてくれるの。だから、あのね…」
「…まぁ、反抗期ののんちゃんなら、仕方ないか」
溜め息と共にそう言われた。
「反抗期?」

私のこと?
でも、みーちゃんは『反抗期ののんちゃん』って言っていた。
反抗期って、お父さんとかお母さんとかに心配されてしまうような?
お母さんに嫌な気持ちにさせてしまうようなことだよね?
私、反抗期になっちゃったの?

「…私、悪い子になっちゃった?反抗期、になっちゃったから?」
「違いますー、のんちゃんの反抗期は『イヤイヤ期』と一緒です」
「イヤイヤき?」

「そ、家で調べてごらん」
みーちゃんの言葉に、コクリと頷く。
イヤイヤき。
お母さんなら知ってるかな?

でも、自分で調べよう。
何か、いけないことだったらお母さんを悲しませてしまうから。
「私、そのイヤイヤき?で、みーちゃんに心配させているの?」
「…してません。ぼくは、むしろ万歳します。のんちゃんの反抗期なんて最高です!」

「でも、みーちゃんは反抗期だって…」
「のんちゃんの成長が嬉しいだけです。今日はお赤飯ですね」
みーちゃんの言葉に、首を傾げる。
「お赤飯?何で?」

「のんちゃんが大人になったお祝いだから」
「大人になったの?」
みーちゃんの言葉は不思議だ。
反抗期と言ったり、大人になったと言ったり。

「あ!でも、智君には言っちゃダメだよ」
「何で?」
「セクハ…えぇと、のんちゃんにはまだ早いって怒られちゃうから、ぼくが」
「…余計、意味が分からないよ?みーちゃん」

「良いんです。のんちゃんはそのまま大人になってね?」
ウィンクされて、ハッとする。
「もう!みーちゃん?また、私のことを揶揄っているの?子どもだって、馬鹿にしているでしょう?」
「何でそんな悲しいこと言うの?のんちゃん?ぼくが、のんちゃんのことを揶揄うなんて、あるわけないでしょ?」

「でも、みーちゃん私のことを揶揄う時に、敬語を使うんだもん」
「ありゃ?意外と鋭い。そして、聡い子だね」
「さとい?」
「うん、賢い子ってこと」

みーちゃんと話をしていると、色々な言葉が出て来るから追いつくのが精いっぱいになる。
だけど、みーちゃんはそれで私が言葉を知らなくても、呆れたりはしない。
いつでも、そうだ。
みーちゃんはゆっくりって言ってたけれど、玄関から出て下り坂をゆっくりと歩いて降りていく。

「私、重くないかな?」
歩いた方が良いんじゃないかな?
「全然、羽みたいに軽い」
大袈裟な言い方に少しの違和感。
「そんなことはないよ」
「あります。大事なのんちゃんの足が完治するまでは、お散歩はもう少し我慢だよ?そうじゃなくても、今日は電車に乗ってじぃじの家に行くんだから」

そうだった。
今朝もさやかの反応は、薄かった。
お泊まりすることを話してからも、そこまで怒ることはなく拗ねることもなかった。
今までと違う様子のさやか。

私の布団で一緒に眠ることで、どうにか納得してくれたみたいだった。
今日からもう会えないけれど。
さやかは『気を付けて行ってらっしゃい』って言ってくれた。
それが、じわじわと嬉しかった。

みーちゃんに言ったら、何て言うのかな?
それにも『そうなんだ』って言って終わりかな?
だけど、みーちゃんだってきっとさやかと仲良く出来ると思うのに。
勿体ないなぁって考えてしまう。

「のんちゃん?大丈夫?おんぶが良い?」
「何で?」
「だって、恥ずかしいんでしょ?」
「…もう良いよ」

恥ずかしかったのは、さっきまでのこと。
今は、全然そうは思わない。
だって、それは乃田さんと布之さんと高杉君にどう思われていたのか気になっただけだから。

こうやって、いっぱい話している内に私でも気付かない感情を教えてくれる。
最後には、楽しい気分になっていることが多い。
「ありがとう、みーちゃん」
「どういたしまして」

ニコニコのみーちゃんにつられ、私も腕に入れていた力を抜く。
みーちゃんの肩に、おでこを押し付けるように力を入れる。
「どうしたの?のんちゃん、疲れちゃった?テスト、お疲れ様」
「ううん。…みーちゃんに、甘えたいだけ」
「そっか」

みーちゃんか3人か選べなかった私。
なのにどっちも一緒で良いと教えてくれた昨日の高杉君。
すごいなぁと思う。

「それより、のんちゃん顔を良く見せて」
「え?」
みーちゃんの声に、顔を上げる。
もうずっとみーちゃんは私を見ていたはず。

「のんちゃんの顔、しっかり見せて?可愛いお姫様」
みーちゃんは、ゆっくり歩きながらそれでも私に視線を合わせていた。
「みーちゃん?」

「うん、何度でも言うよ。久しぶりに会えて嬉しい。大好き、のんちゃんもぼくのこと大好きだもんね?やった、両想いだ」
「両想い?」
「そう、ぼくとのんちゃんはお互いに大好き同志ってこと」
「仲良し?」
「そう!仲良しさん」

みーちゃんの声も、表情も本当に嬉しそうだ。
だから、私もつられて笑ってしまう。
昔からそう。
みーちゃんが楽しいと喜んでくれることは、私にとってもすごく楽しいことになる。

何でだろう。
この優しいお兄ちゃんが、本当に全身で私のことを“好きだ”と“大事だ”と教えてくれるからだ。
だから、遠慮しないで甘えることが出来る。
みーちゃんと智ちゃんは、いつまでも私の自慢のお兄ちゃんだ。

さやかも。
私の自慢の妹なのに。
でも、さやかとみーちゃんはお互いに関わろうとしない。
何でだろう。

昨日の布之さんを思い出した。
みーちゃんに紹介してくれて嬉しいって言ってた。
それで、みーちゃんのことを知ってもらいたいって思えたんだ。
さやかみたいに敬遠されてしまったら、多分出来なかった。

「すごいなぁ」
「ん?何が?」
「私の、お友達…が、すごいなぁって思っただけ」
「…ふうん?」

「みーちゃんにも、…大事なお兄ちゃんにも、安心してほしいなって思ったの。だから、私のお友達のことを知ってほしいなって思って」
「可愛い可愛いのんちゃんのお願いなら、仕方ないか。うん、ぼく興味のないことは全然記憶に残らないけど、…覚えられなかったらごめんだけど、それでものんちゃんのオトモダチのこと、教えて?」

みーちゃんは、ふざけているのか真面目なのか分からない口調でそう言った。
でも、聞いてくれる気になったのなら、嬉しい。
みーちゃんの肩越しに後ろを見る。

乃田さんと布之さんと高杉君が、遠くから自転車に乗っているのが見えた。
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