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2章

お伽話

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「それより、何で大谷先生がいるの?」
乃田さんの後ろに布之さんと、高杉君が見える。
3人ともお迎えに来てくれたんだ。

乃田さんと布之さんと高杉君の顔を見て、ホッとする。
わざわざ来てもらったと、申し訳ない気持ちは勿論ある。
だけど、嬉しい気持ちが出てしまう。
「せんせー?」

乃田さんの問いかけに、大谷先生は困ったように笑った。
「春川さんが別行動だったので、その確認です」
大谷先生は、乃田さんに説明するように話していた。
「だって、話は林先生がしたんでしょ?」

「乃田さん?先生には、先生で確認することがあるんですよ?」
「そうだったんだ」
乃田さんのあっけらかんとした声。

さっぱりとしている乃田さんの言葉。
元気な乃田さんの声に、私も元気になる。
「本当に、あかりは考えなしね。大谷先生が可愛い大事な春川のことを、悲しい気持ちにさせないようにしていたっていうのに…」

布之さんの言葉に、大谷先生は咳払いをした。
思わず大谷先生の方を見てしまう。
目が合った大谷先生は、にっこりと笑ってくれた。
嬉しい。
大谷先生は、やっぱり私のことを気にしていてくれていたんだと思う。
保健室に私の様子を見に来てくれたということ。
そのことが、とても嬉しい。

「布之さん?先生は皆さん全員のことを、大事に想っていますよ?」
「それは嬉しいです。ありがとうございます」
「思ってもないだろ?お前」
大谷先生と、布之さんと乃田さんの言葉が流れていく。

「まぁまぁ、大谷先生も布之も乃田もその辺で…」
林先生の言葉で、3人が林先生を見る。
私も林先生を見る。
「林先生は、春川と一緒にこの空間で過ごしていたんですよね?ただのご褒美じゃないですか?」

林先生は『やれやれ』と大きなため息をついた。
「何だ?布之は大人にも嫉妬するのか?面倒だな」
林先生の言葉に、布之さんが『何でですか?』と返している。
「林先生、思春期の児童に何ていう暴言を言うんですか?私が春川にだけ執着しているのは、もはやそういう特性だと思ってください。林先生への嫉妬で、私がおかしくなったらどうするんですか?」

「まぁ、十分おかしいけどな?」
乃田さんは、あまり相手にしていないようにそう言った。
私に相槌を求めるように私を見ている。
「え、えぇと…」
返事に困ってしまい、言葉が止まる。

「あかり?あなたはどっちの味方なの?」
「かすみの味方じゃないことは確かだな。な?春川?」
「えぇ?」
乃田さんは私の返答を気にしていないように、また私に向かって笑っていた。

笑ってくれるだけで、私はホッとする。
お家に来てくれた時の会話のように、とてもたくさんの言葉が行き交っている。
すごく、賑やかだ。
聞いているだけでも、とても楽しい。
一緒の空間にいるだけで、満足する私。

「あかり?春川を困らせないでくれる?」
「お前だろ?」
「春川の時間を無駄にしないでくれる?」
「いや、それもお前な?」

「ふふ、乃田さんと布之さんは本当に仲良しだね」
思わず口にする。
「…本当に、春川は天使なのかしら?」
布之さんの言葉に、思わず首を傾げる。

「さっきも、布之さんはそんなことを言っていたね?そんなに呑気に見えるかな?」
「春川の中での天使のイメージがどうなっているのか疑問だわ、何で呑気が先に出て来るのかしら?」
布之さんの言葉にも、首を傾げる。

「あぁ、もうきょとんとするのも可愛い。そうよね?高杉?変態仲間でしょ?」
「…俺を巻き込むな」
高杉君は、ちらりと私の方を見たけれど、そのまま布之さんの方を見た。
横にいた乃田さんが、急に笑い出した。

「流石に、先生の前ではスルーしないか。高杉って、ほんとおもろいな。流石大物!」
何が面白いのかは分からないけれど、布之さんも一緒に笑っていた。
「…乃田も、その妙に認めるような発言は控えて欲しい」
高杉君の声は、いつもと変わらない。

「悪い悪い」
乃田さんも、変わらずあっけらかんとしている。
「思ってないだろ?」
乃田さん、布之さん、高杉君の会話はやっぱり早くはない。

「高杉君も苦労するわね」
大谷先生の言葉に、また分からず首を傾げる。
私の視線に気付き、大谷先生が『うーん』と首を傾げる。
「あぁ、春川さんのせいではないのよ?」

「ま、春川を中心に、この3人がいるなんて…。まぁ求心力ですかね?春川の…」
林先生の言葉に、大谷先生が『ですね』と答えていた。
あちこちで、会話があり言葉が流れる。
声がした方を見ることに追われ、回りをキョロキョロしてしまう。

きゅうしん?
私が中心?
林先生の言葉も良く分からない。
あちこち見ている私は、視線が追いつかない。

「さ、姫。話は以上だから、もう帰りなさい」
誰のことを言っているのか分からないけれど、林先生を見ると私のことを見ていた。
じゃあ、今の言葉は私に向かって言っていたのかな?
林先生の言葉に、不思議な気持ちになる。

姫?
誰が?
私が?

「何なんですか?林先生、その発言は?」
私が考えている間にも、会話は止まらない。
布之さんの言葉に、林先生がまた『やれやれ』と言った。
「布之?横は狭いんだから、暑苦しくなるなって」
コロコロと動く椅子に座ったまま、林先生はパーテーションに近付く。
布之さんは、その林先生を追いかけるように近付いていた。

「狭いと、距離が近くて良いじゃないですか?それより、春川がお姫様とは?」
「だって、この椅子にすっぽりくるまれて座る春川は、ほら?童話の親指姫みたいな感じがしないか?」
林先生が振り返り、私を見る。
自分だけ座ったままだったことに気付き、慌てて立とうとする。
「良いから良いから」
側にいた乃田さんに肩をポンポンと叩かれ、また椅子に納まる。

確かに、この空間は2人か3人で丁度良いのだろう。
私は座っているのに、乃田さんも布之さんも高杉君も立っている。
勿論、大谷先生も立っている。
林先生はコロコロの椅子に座っている。

不思議な空間。
パーテーションの横辺りに、高杉君がいる。
高杉君は狭くなると思って、中には入って来なかったのだろうか?
そんなことを思ってしまう。

「林先生って、意外に乙女だったんですね」
「布之?お前は、やっぱり私にケンカを売ってるんだな?」
座っている林先生が、立っている布之さんにそう言っていた。
「違いますよ?とても、良い発想です。確かに、春川は天使であり、お姫様であるべきです。ただ、お伽話のお姫様は、総じてこう不幸感があるじゃないですか?春川には幸せなお姫様でいて欲しいと言うか」

私のことを言っているのだろうけれど、私には何とも言えない。
私は布之さんの中で、どういう印象になっているのだろう。
戸惑っている私に構わないでくれる空間。
キョロキョロしているのは、私だけ。

だけど、いても良いというだけでありがたい。
「幸せなお姫様ねぇ」
林先生は、私を見ながらそう言った。
幸せなお姫様?
私が?

でも、それにも何とも言えず困ってしまう。
「どうなんですか?林先生?大谷先生も」
布之さんの言葉に、林先生と大谷先生は笑っている。

「いるだろ?幸せな姫も…。お伽話の中を探せば何かしらは…」
「そこはいい加減なんですね…」
「思い付いただけだからね?」
「発言には責任を持ってくださいよ。林先生?」
「布之は、本当に春川にしか興味がないんだな。頭が良い奴は、どこか飛んでるのは世の常なんですね?大谷先生」

「…布之さんは、とても真面目ですよ?」
大谷先生の言葉に、林先生は首を傾げる。
「えぇ、何にでも、ね?」
林先生の言葉に、大谷先生は肩を竦めた。

「先生達?私のことを評価してくださるのは嬉しいんですが、過大評価はやめてください」
「真面目に前向き過ぎだな」
「長所ですね」
大谷先生と、林先生も楽しそうだ。

「もしくは、春川が攫われたお姫様で、3人で助けに行くみたいな感じか?」
林先生は、コロコロの椅子から立ち上がってパーテーションを動かす。
空間が広がり、視界が開ける。
「…林先生は、想像力が豊かで羨ましいですよ。ちなみに、私は犬・猿・雉だったらどれですかね?」
布之さんも楽しそうだ。
「何だそりゃ?」

林先生は、片付けを始めている。
そっか。
そろそろ、帰らないと。
みーちゃんが来ているかもしれないのに、少し遅くなってしまった。
この空間が楽しくて、つい時間を忘れてしまった。

「林先生?助けに行くと言ったら、敵が鬼なのはセオリーじゃないですか?」
布之さんは林先生を追いかけるように移動していた。
「鬼退治なら、ってことかしら?」
大谷先生が、ちらりと腕時計を確認していた。
下校時間はとっくに過ぎているだろう。
「大谷先生、ナイスです」

布之さんが移動してすでに入り口にいた高杉君の近くに行った。
もう、帰る準備は万端なのだろう。
「布之は、雉だろうな。一発で相手を仕留める感じが」
林先生が、布之さんを見ながらそう返答していた。

「えー、犬が良いんですけど」
布之さんの言葉に、大谷先生がクスクスと笑っていた。
「犬は、高杉君ぽいのよね」
大谷先生が、高杉君と布之さんを見ながらそう言った。

「あれ?大谷先生もそっち側?」
乃田さんの驚いた声に、大谷先生は楽しそうだった。
「残るのは猿しかないわね、あかりは猿なのね?」
布之さんは、私の横にいた乃田さんにそう言う。
「うわ、だる。猿かー、主役枠はないのかー」
「あら、確かに桃太郎も似合いそうね?」

乃田さんが桃太郎?
活発な所が、とても主役みたいだ。
考え事をしていることもあり、会話は途切れ途切れでしか耳に入って来ない。

「確かに、鬼が攫いそうな雰囲気あるものね?」
布之さんの言葉は、私に向かっている。
私?
鬼が攫いに来る?
攫われてしまったら、確かに怖い。

「鬼、って?」
思わず布之さんに問いかける。
「春川は、怖くないの?」
思わず首を傾げる。

「昔から、鬼は悪しき者として認識されているのに?」
布之さんの言葉に、確かに鬼と言う響きは怖そうな印象を感じる。
「でもさ…」
高杉君の静かな声。

「鬼と仲良く過ごす話もあるだろ?」
高杉君の声に、何となく思っていた鬼と言うイメージがやっぱり良く分からなくなった。
「高杉は、本当観点がぶれないな?お前は鬼、怖くないのか?」
乃田さんの問いかけに、少し考えるそぶりを見せる高杉君。
「や、怖そうだけど。実際に見たことないし…」

「あら、高杉は意外にも現実主義なのね?」
「うちとか弟とかは、夜になってふざけてると『鬼が来る』とか母さんに言われてたから、滅茶苦茶怖いんだけどな」
「それは、あかりだけね。でも確かに、見たことのない者を怖がるのは心理的にありそうだわ」

「俺は、兄貴達とか爺さんの方がよっぽど怖いけどな」
高杉君のあっさりとした言葉は、何となくすんなり入って来た。
少し前に聞いた高杉君のお兄ちゃんの話。
ケンカが多いと、教えてくれたのは高杉君だった。

「じゃあ、春川を攫った鬼は、春川に嫌なことしないのね?」
布之さんの問いかけに、高杉君は笑った。
「しないんじゃないか?春川なら、鬼とも仲良く出来そうだし」
私?
出来るかな?

「それこそ、探せばどこかには良い鬼もいるだろ?」
「仲良くしたくて攫ったなら、何とも言えないわね。だからと言って、春川のことは絶対に取り戻しには行くけれど…」
「かすみもブレないなー」
「あら?さっきまで桃太郎になりたがってた人とは思えないセリフね?」
「春川が嫌がってないなら、退治する必要ないじゃん?」
「それもそうね」

「解決したか?」
林先生の言葉に、乃田さんが頷いた。
「結果、春川が無事なら結果オーライでーす」
「何だそれ?」
「大物高杉の機転で、鬼が悪しき者ではないと判断されました」

高杉君の言っていたことに、小学生の頃に読んだ絵本?のことを思い出した。
「そっか。良い鬼もいるもんね?節分のお話みたいな…」
節分の日に、家を出てしまう優しい鬼の話を思い出す。
思い出したことで、ふとまた読みたくなった。

3人よりも遅い反応になってしまったけれど、言葉にした私に高杉君が頷いてくれた。
「だな」
「じゃ、大物高杉に免じて帰りますか?」
「乃田は、言いたいだけだろ?」
「バレたか」
乃田さんは私を見ながらちらっと舌を出していた。
お茶目な乃田さん。
可愛いなぁ。

「春川も、帰ろう?」
「うん」
高杉君の声に今度は私が頷いて、ソファから立ち上がる。
「乃田さん、バックありがとう」
荷物を持っててくれたことを思い出してそう言うと、乃田さんが通学バックを渡してくれた。

「…平和だな、高杉と春川は」
林先生の言葉に、大谷先生はクスクスと笑っていた。
平和なのかな?
でも、高杉君はいつも私の考えていないことや、思いつかないことを教えてくれる。
その時間は、色々な考え方や意見があってとてもお勉強になる。

「林先生、お話ありがとうございます」
「はいはい、テストお疲れさん」
林先生は、もう話には興味がないようにひらひらと手を振っていた。
「失礼しました」
高杉君が先に保健室から出る。
廊下から聞こえてくる音は何もない。

すでに、他の生徒は下校しているのだろう。
「林先生?春川の可愛さを再確認できました。ありがとうございます。失礼しました」
布之さんの言葉にも、林先生は笑うのみだった。
「失礼しましたー」
乃田さんに続いて、私も保健室の入り口で頭を下げる。
「ありがとうございます。失礼しました」

廊下は、少し暗くてヒンヤリとしていた。
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