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2章
3日目
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「おはよう、乃田さん。おはよう、布之さん」
さっき、お母さんに話したばかりの乃田さんがいる。
不思議。
乃田さんはいないのに、話題に上がったことですでに会ったみたいに感じている私。
「おはよ、春川。半袖デビューだな!」
乃田さんの言葉に、照れてしまう。
「衣替えから、遅すぎたけど…」
「おはよう、春川。良いじゃない?カーディガンも可愛いわね?」
布之さんの言葉にも、何だか照れてしまう。
「そうかな?変じゃない?」
「何で変だと思うのかしら?心配なら、私もカーディガン着るわよ?春川とお揃い」
布之さんの言葉に、増々顔が赤くなる。
「朝から、どうしたの春川?可愛さが溢れているわ」
「か、可愛くなんて、ないです…」
「ほら、もうすでに可愛い。黙って見ている高杉は、変態枠で良いのよね?」
「え?」
下駄箱のすぐ先に、高杉君がいた。
「…お、おはよう!高杉君」
「おはよう、春川」
高杉君は、いつも通りの表情に見えた。
「お?かすみの変態扱にいは触れなかったな。流石大物高杉!」
乃田さんの声に、さっきの布之さんの言葉を思い出す。
そうだ。
何で?
高杉君が、変態枠?になるの?
言われた高杉君は、あまり気にしていないみたいだけど…。
「どうして?布之さん?」
「ん?私もそうだからよ?春川に対しては、変態の域で生息していると思って?」
「えぇ?」
どういうこと?
「おーぉー、困ってる困ってる」
「あら?悩んでるんじゃなくて?」
乃田さんと布之さんの声が聞こえるけれど、少し遠かった気がした。
私が考えている間でも、会話は続いている。
視界の端にいる高杉君が溜め息を付いている。
「…お前らは、本当に春川で遊ぶのが好きだな」
「失礼ね!そんなことをするわけがないでしょう!」
「おぉ、珍しくかすみが熱い」
「私は、春川と関わりたいだけなのに」
「かすみのはガチだからなぁ…」
「どう思う?春川?」
「え?…えぇと…」
「ほら、春川が困ってるだろ?大丈夫か、春川?」
高杉君が私に確認してくれる。
「えと…」
「何で高杉が春川サイドにいるのかしら?」
「かすみはさっきから、何だか鬱陶しいなぁ」
「そういう乃田も面白がってるだろ?」
目の前で3人で話す光景。
その場にいることが出来る。
楽しい。
そして、嬉しい。
一緒にいられることが。
「3人とも、朝から仲良しだね。良いな」
「あら?私は春川とだけ仲良くしたいわ、こんなむさい2人と一緒じゃなくて」
「おい?私はむさくないだろ?むさいのは図体のでかい高杉だけな」
「むさい?」
「良いから、春川教室に行こう」
高杉君の声に、まだ靴を履いたままだったのを思い出す。
「そうだね、まずは靴を脱がないと」
ゆっくりと靴を脱いで、靴を手に持つ。
「ほら、あかりとは雲泥の差」
「何がだよ?」
「脱いで、そのまま上がって、しゃがんで靴を持つ。綺麗ね、春川。あかりは後ろ向きに脱いで、腰を折って靴を持つ。この差よ?」
「だから?」
「良いのよ、あなたはそのまま大きくなりなさい」
「腹立つな、お前は」
「はいはい、ごめんなさいね?」
「春川、馬鹿かすみは放っておいて、早く行こうぜ?」
「酷い、春川?あかりはこうやって私のことないがしろにするのよ?」
3人の会話は決して早くない。
だけど、情報量が多くて追いきれない。
「えぇと」
「良いから、気にすんな?かすみは少し病気なんだって」
病気という言葉に反応してしまう私。
「布之さん、病気なの?」
怖々と聞く私に、布之さんはいつも通りの表情だ。
「そうね?春川病とでもいうのかしら?春川のことを考えると、他のことは手に着かない、そんな症状ね?」
「え?それは、ごめんなさい!」
「謝る所?」
高杉君の問いかける声に、不安そうに頷いてしまった。
でも、布之さんの表情はいつも通りだ。
「だって、今日も試験があるのに…。お勉強、手に着かなくなったら…だから、ごめんなさい」
なのに、布之さんは私の頭を撫でた。
何で?
「本当に、良い子。春川、ごめんなさいね?朝から可愛い春川が見れて、何だかいつもとは違うみたい。ちゃんとテスト勉強はしたから、気に病まないで?」
「本当?」
「えぇ、本当よ?」
「そうだぞ。そいつは春川とは違う意味で、勉強馬鹿なんだから、気にすんな?勉強なんて勝手にできるんだから」
「本当に、あかりは失礼ね」
「お前は無礼な」
乃田さんと布之さんの話す口調は早くないけれど、私には追いつけないのだろう。
「どっちもどっちだろ?春川、上履きに履き替えたら?」
高杉君の表情も口調もいつも通りだ。
靴を持ったままの自分に気付き、慌てて下駄箱に靴を入れる。
上履きを置いて、そっと履く。
「ありがとう、高杉君」
「…どういたしまして」
上履きを履いて、足がしっかり地に着くことを確認する。
「ごめんなさい、試験なのに遅れそう…」
「良いから、気にしないで」
高杉君は、いつものようにそう返してくれた。
「…ありがとう」
ゆっくりと歩き出した高杉君に続いて、私も歩き出す。
「本当に、爆発とかしてくれないかしら?」
後ろから、物騒な布之さんの声がする。
「え?」
「良いから!かすみは気にするなって。転ぶから前見ろ、前」
乃田さんの言葉に、止まりそうになった足をそのまま進める。
乱暴な言い方なのに、乃田さんの言うことは優しい。
「うん、ありがとう。乃田さん」
「やめろよ、照れんだろ?」
乃田さんの少し早い口調。
「かすみさ?いい加減、昨日のストレスをうちらで発散するのやめろよな?」
「違うわ。今日のラウンドに備えているだけ…」
「はいはい、それで空回りするんだから」
「本当に、無神経なあかりね」
後ろでは、布之さんが少しだけ怒っている?ように感じた。
思わず、止まって後ろを振り返る。
「布之さん、疲れているの?大丈夫?具合いが悪いの?」
「…違うわ。ありがとう、春川。こんな私の心配なんてしてくれて…。ただ、ちょっとだけ好戦的になっているみたい」
こうせんてき…?
って、何だろう?
「本当に、気にしないで?女の子には色々あるでしょう?それだと思って、気にしなくて良いから」
布之さんの珍しく濁す言い方に、もしかしたら女の子の日なのかと勝手に想像する。
お母さんが言っていた。
女の子は、その日で気分が変わったり、時々不安が強くなるって。
そういうのは“女の子の日”と言うのだと。
さやかのことも、そう言っている時があったから。
私には、まだ良く分からない。
だけどもしそうなら、そっとしておくことが良いみたい。
お母さんは言っていた。
女の子の気持ちは、変化が激しいんだって。
だから、あまり聞き過ぎてもいけないのだろう。
「そうなんだ。無理、しないでね?」
「えぇ、ありがとう」
布之さんはそこまで変化しているように見えない。
「優しい子。本当に、何でこんなに優しい子なのに…」
布之さんの言葉に、そんなことはないと首を振る。
「優しくなんて、ないよ?」
私は朝からさやかに気を遣わせてしまうような、嫌な子だ。
それでも、布之さんは私のことを大事にしてくれる。
乃田さんも、勿論高杉君も。
だから、私も布之さんを大事にしたいだけだ。
いけない。
止まっている足を動かす。
教室までの距離は、そこまで遠くない。
今日は、試験もあるんだから。
気持ちを切り替えて…。
今日の試験は、国語と地理。
みーちゃんは、今日も来ているのかな?
『また明日』
そう言っていた。
だから、今日もお迎えに来てくれるのだろう。
明日は、普通に授業がある。
毎日、みーちゃんは私のお迎えに来ていて大丈夫なのだろうか?
少しだけ心配になった。
大学のお勉強は、大丈夫なのかな?
私は、自分のことだけでみーちゃんのことを全く考えていないことに気付いた。
会えて嬉しいなんて思っていたけれど、みーちゃんだって学校はあるのに。
学校に行かなくて良いのかな?
そんなことを考えていると、教室に着いた。
「あら、今日は最終日なのに人が少ないわね?」
布之さんの言葉に、教室の中をぐるりと見る。
女の子は確かに少ない。
だけど、そこまで少ないとも思えなかった。
女の子達は、またみーちゃんのことを見に行っているのかな?
不思議。
机にバックを置いて、中の教科書とノートを取り出す。
「足は、もう普通に動かせるんだ?」
高杉君の声に、ふと自分の足を見る。
大分コンパクトになった足首。
「うん、もうギブスはほとんどしなくても大丈夫になったから」
痛みを感じるようなら、ギブスで補助した方が良いとお医者様は言っていた。
もう、ただ歩くのには痛みはない。
湿布薬のおかげも大きい。
「湿布薬の匂い、しているかな?」
自分では、時々感じる。
だけど、人によっては気にする人もいるだろうし。
「いや、俺達はそこまで気にならないかな?だって、運動部にとっては、日常的に使う物でもあるし」
「そうなんだ?」
「湿布をしなくても、テーピングのみとか…」
「そっか」
「それより、地理の勉強はしなくても良いの?」
高杉君の声に、そうだったと思う。
試験範囲の都道府県と県庁所在地などをざっと考える。
多分、大丈夫。
「うん、お家でも復習したから…」
「春川は、真面目だな」
「そうかな?」
「あぁ。毎日少しずつする学習とか、しっかりやりそうだ」
「そうかも」
特に、嫌いではない。
「俺は無理だな。元々が勉強嫌いもあるし、まとめてやろうと思っている内に溜めすぎるタイプだな」
「そうなんだ?後で、大変になっちゃうね」
「そ。だから、余計に勉強嫌いに拍車がかかる」
「典型的な悪循環だな」
前から乃田さんの声がした。
「乃田も、そのタイプだろ?」
「あったりまえじゃん?」
自信がある言い方で、乃田さんは言い切っていた。
「想像できる」
高杉君は笑っている。
「そうなの?高杉君は、色々できそうなのに…」
「器用貧乏って奴だろ?」
高杉君は、何でもないことのように言った。
「そうなんだ、不思議な言葉だね」
器用なのに、貧乏なの?
「本当に、こういうのが癒しというのよね?」
布之さんだった。
表情も、言葉もいつもと変わっていないように感じた。
さっきの玄関での布之さんは、何かあったのだろうか?
考えても分からないけれど、布之さんが苦しそうじゃないなら良いや。
「春川、さっきは心配をさせてしまってごめんなさいね?もう、平気だわ。気持ちが落ち着いたの」
「そうなんだ、良かった。試験中なのに、落ち着かなかったら集中できなくて困っちゃうから」
「本当に、何でこの子はこんなに天使なのかしら?」
「…天使?」
何だろう?
私のことを天使と言っているのかな?
「何か、呑気そうだね」
朝のさやかみたい。
赤ちゃんと言っていたさやかのことを思い出す。
「春川?」
高杉君の、不思議そうな顔。
「あ、何でもないの。…朝、さやかががね、私のことを『赤ちゃんみたい』って言ってて…。勿論悪い意味じゃなかったんだけど、言われた時。私の中で、とても無力な存在で、何もできないって捉えちゃって…」
「へぇ」
「さやかの中での赤ちゃんは、肌がデリケートだから大事にしないといけないからって意味だったみたいなんだけど…変だよね?そんなことを気にして、朝からさやかに気を遣わせちゃった…。悪いことをしちゃったなって思って」
「それでも、さやかちゃんとケンカしたわけじゃないんだろ?」
「うん、さやかに悪気がないのは分かっていたし、私のことを嫌な気にさせるとは思っていなかったんだから…。今はもう、気にしていないよ?」
「なら、良いんじゃないか?急に、春川が半袖を着て、驚いたんだろうな」
「分かるんだ?高杉君はすごいね」
「…さやかちゃんは、春川に過保護だからな」
高杉君にまで言われ、少しだけ複雑な気分になる。
「そうだよね、その後も…」
思わず言いかけて止まる。
さやかは、学校でゴリラ女なんて言われていること、気にするかもしれない。
言っちゃいけないかもしれない。
ふと、そう思った。
「春川?」
「あ…。えぇと、その」
「うん?」
「その、さやか…が、ね?」
迷って迷って、でも口をパクパクさせて。
「…私、のこと、を、将来的に養うって…飛躍したことを言い出して、困ったなぁって思っただけ」
結果的に、そうだったことを思い出したのでそれを告げる。
「…そうなんだ。さやかちゃんはしっかりしてるな」
「まだ、9歳なのに。そんなことを言うなんて、ビックリしちゃって…」
「9歳…か」
「うん、そうだよ。小学3年生」
「…確かに、すごいな。自分のことだって、まだ十分に出来るかって頃だろうに、な?」
「そうだね…」
「と、いけないな。そろそろ先生が来るな」
お喋りをしている内に、大谷先生が教室に来た。
朝会があって挨拶をして、席に着く。
「中間試験最終日です。今日で試験は終了しますので、学習したことを出来るだけ反映できるよう頑張ってください。では、机の上に出ている学習道具は片付けてください」
今日で、中間試験は終わりになる。
頑張ったこと、お勉強したこと、きちんと試験で出せるようにしないと。
気持ちを切り替えて、試験の時間が始まった。
国語は、特に問題はなかった。
漢字の読み書きも、教科書で学習した物語の内容も。
きちんと理解できている。
このまま、地理の時間も無事に終わりますように。
願いながら時間の経過を待つ。
「はい、筆記用具を置いてください」
回収した答案用紙を、前に回す。
乃田さんの表情は良かった。
「あー、あと1教科だな。何か、長い3日間だったな」
「終わってから言いなさいな?」
乃田さんの言葉に、布之さんがそう重ねる。
「でもさ、何っかもう終わった気になってる。今日は3時間目に、体育祭の集会があるじゃん?」
そうだった。
忘れていた。
「春川は、出るのか?集会?」
乃田さんの問いに、曖昧に頷く。
「うん、その…目?のことがなかった、ら?」
「そっか。じゃ次の試験も早く終わると良いな」
「…そうだね」
体育祭。
私は参加できるのだろうか?
この目で。
去年は、当日の朝に少し熱っぽくなってしまいお休みした。
腕が火傷状態だったこともあって、お母さんが行かない方が良いと言っていたから。
当日の種目も、私には100m走くらいしかなかったし。
係などもなかった。
だから、私がいなくても何も困らない。
そう思っていた。
だけど、今年はちゃんと参加したい。
乃田さんと、布之さんと、高杉君と一緒に参加したい。
「春川?」
乃田さんの声に、ハッとする。
「私、去年の体育祭お休みしちゃったから…今年は、ちゃんと出たいなって思っていたの。乃田さんと布之さんと、高杉君と…一緒、に?」
「そうだな、一緒に参加しような?」
「…うん!」
私の返事に、乃田さんは嬉しそうに笑ってくれた。
さっき、お母さんに話したばかりの乃田さんがいる。
不思議。
乃田さんはいないのに、話題に上がったことですでに会ったみたいに感じている私。
「おはよ、春川。半袖デビューだな!」
乃田さんの言葉に、照れてしまう。
「衣替えから、遅すぎたけど…」
「おはよう、春川。良いじゃない?カーディガンも可愛いわね?」
布之さんの言葉にも、何だか照れてしまう。
「そうかな?変じゃない?」
「何で変だと思うのかしら?心配なら、私もカーディガン着るわよ?春川とお揃い」
布之さんの言葉に、増々顔が赤くなる。
「朝から、どうしたの春川?可愛さが溢れているわ」
「か、可愛くなんて、ないです…」
「ほら、もうすでに可愛い。黙って見ている高杉は、変態枠で良いのよね?」
「え?」
下駄箱のすぐ先に、高杉君がいた。
「…お、おはよう!高杉君」
「おはよう、春川」
高杉君は、いつも通りの表情に見えた。
「お?かすみの変態扱にいは触れなかったな。流石大物高杉!」
乃田さんの声に、さっきの布之さんの言葉を思い出す。
そうだ。
何で?
高杉君が、変態枠?になるの?
言われた高杉君は、あまり気にしていないみたいだけど…。
「どうして?布之さん?」
「ん?私もそうだからよ?春川に対しては、変態の域で生息していると思って?」
「えぇ?」
どういうこと?
「おーぉー、困ってる困ってる」
「あら?悩んでるんじゃなくて?」
乃田さんと布之さんの声が聞こえるけれど、少し遠かった気がした。
私が考えている間でも、会話は続いている。
視界の端にいる高杉君が溜め息を付いている。
「…お前らは、本当に春川で遊ぶのが好きだな」
「失礼ね!そんなことをするわけがないでしょう!」
「おぉ、珍しくかすみが熱い」
「私は、春川と関わりたいだけなのに」
「かすみのはガチだからなぁ…」
「どう思う?春川?」
「え?…えぇと…」
「ほら、春川が困ってるだろ?大丈夫か、春川?」
高杉君が私に確認してくれる。
「えと…」
「何で高杉が春川サイドにいるのかしら?」
「かすみはさっきから、何だか鬱陶しいなぁ」
「そういう乃田も面白がってるだろ?」
目の前で3人で話す光景。
その場にいることが出来る。
楽しい。
そして、嬉しい。
一緒にいられることが。
「3人とも、朝から仲良しだね。良いな」
「あら?私は春川とだけ仲良くしたいわ、こんなむさい2人と一緒じゃなくて」
「おい?私はむさくないだろ?むさいのは図体のでかい高杉だけな」
「むさい?」
「良いから、春川教室に行こう」
高杉君の声に、まだ靴を履いたままだったのを思い出す。
「そうだね、まずは靴を脱がないと」
ゆっくりと靴を脱いで、靴を手に持つ。
「ほら、あかりとは雲泥の差」
「何がだよ?」
「脱いで、そのまま上がって、しゃがんで靴を持つ。綺麗ね、春川。あかりは後ろ向きに脱いで、腰を折って靴を持つ。この差よ?」
「だから?」
「良いのよ、あなたはそのまま大きくなりなさい」
「腹立つな、お前は」
「はいはい、ごめんなさいね?」
「春川、馬鹿かすみは放っておいて、早く行こうぜ?」
「酷い、春川?あかりはこうやって私のことないがしろにするのよ?」
3人の会話は決して早くない。
だけど、情報量が多くて追いきれない。
「えぇと」
「良いから、気にすんな?かすみは少し病気なんだって」
病気という言葉に反応してしまう私。
「布之さん、病気なの?」
怖々と聞く私に、布之さんはいつも通りの表情だ。
「そうね?春川病とでもいうのかしら?春川のことを考えると、他のことは手に着かない、そんな症状ね?」
「え?それは、ごめんなさい!」
「謝る所?」
高杉君の問いかける声に、不安そうに頷いてしまった。
でも、布之さんの表情はいつも通りだ。
「だって、今日も試験があるのに…。お勉強、手に着かなくなったら…だから、ごめんなさい」
なのに、布之さんは私の頭を撫でた。
何で?
「本当に、良い子。春川、ごめんなさいね?朝から可愛い春川が見れて、何だかいつもとは違うみたい。ちゃんとテスト勉強はしたから、気に病まないで?」
「本当?」
「えぇ、本当よ?」
「そうだぞ。そいつは春川とは違う意味で、勉強馬鹿なんだから、気にすんな?勉強なんて勝手にできるんだから」
「本当に、あかりは失礼ね」
「お前は無礼な」
乃田さんと布之さんの話す口調は早くないけれど、私には追いつけないのだろう。
「どっちもどっちだろ?春川、上履きに履き替えたら?」
高杉君の表情も口調もいつも通りだ。
靴を持ったままの自分に気付き、慌てて下駄箱に靴を入れる。
上履きを置いて、そっと履く。
「ありがとう、高杉君」
「…どういたしまして」
上履きを履いて、足がしっかり地に着くことを確認する。
「ごめんなさい、試験なのに遅れそう…」
「良いから、気にしないで」
高杉君は、いつものようにそう返してくれた。
「…ありがとう」
ゆっくりと歩き出した高杉君に続いて、私も歩き出す。
「本当に、爆発とかしてくれないかしら?」
後ろから、物騒な布之さんの声がする。
「え?」
「良いから!かすみは気にするなって。転ぶから前見ろ、前」
乃田さんの言葉に、止まりそうになった足をそのまま進める。
乱暴な言い方なのに、乃田さんの言うことは優しい。
「うん、ありがとう。乃田さん」
「やめろよ、照れんだろ?」
乃田さんの少し早い口調。
「かすみさ?いい加減、昨日のストレスをうちらで発散するのやめろよな?」
「違うわ。今日のラウンドに備えているだけ…」
「はいはい、それで空回りするんだから」
「本当に、無神経なあかりね」
後ろでは、布之さんが少しだけ怒っている?ように感じた。
思わず、止まって後ろを振り返る。
「布之さん、疲れているの?大丈夫?具合いが悪いの?」
「…違うわ。ありがとう、春川。こんな私の心配なんてしてくれて…。ただ、ちょっとだけ好戦的になっているみたい」
こうせんてき…?
って、何だろう?
「本当に、気にしないで?女の子には色々あるでしょう?それだと思って、気にしなくて良いから」
布之さんの珍しく濁す言い方に、もしかしたら女の子の日なのかと勝手に想像する。
お母さんが言っていた。
女の子は、その日で気分が変わったり、時々不安が強くなるって。
そういうのは“女の子の日”と言うのだと。
さやかのことも、そう言っている時があったから。
私には、まだ良く分からない。
だけどもしそうなら、そっとしておくことが良いみたい。
お母さんは言っていた。
女の子の気持ちは、変化が激しいんだって。
だから、あまり聞き過ぎてもいけないのだろう。
「そうなんだ。無理、しないでね?」
「えぇ、ありがとう」
布之さんはそこまで変化しているように見えない。
「優しい子。本当に、何でこんなに優しい子なのに…」
布之さんの言葉に、そんなことはないと首を振る。
「優しくなんて、ないよ?」
私は朝からさやかに気を遣わせてしまうような、嫌な子だ。
それでも、布之さんは私のことを大事にしてくれる。
乃田さんも、勿論高杉君も。
だから、私も布之さんを大事にしたいだけだ。
いけない。
止まっている足を動かす。
教室までの距離は、そこまで遠くない。
今日は、試験もあるんだから。
気持ちを切り替えて…。
今日の試験は、国語と地理。
みーちゃんは、今日も来ているのかな?
『また明日』
そう言っていた。
だから、今日もお迎えに来てくれるのだろう。
明日は、普通に授業がある。
毎日、みーちゃんは私のお迎えに来ていて大丈夫なのだろうか?
少しだけ心配になった。
大学のお勉強は、大丈夫なのかな?
私は、自分のことだけでみーちゃんのことを全く考えていないことに気付いた。
会えて嬉しいなんて思っていたけれど、みーちゃんだって学校はあるのに。
学校に行かなくて良いのかな?
そんなことを考えていると、教室に着いた。
「あら、今日は最終日なのに人が少ないわね?」
布之さんの言葉に、教室の中をぐるりと見る。
女の子は確かに少ない。
だけど、そこまで少ないとも思えなかった。
女の子達は、またみーちゃんのことを見に行っているのかな?
不思議。
机にバックを置いて、中の教科書とノートを取り出す。
「足は、もう普通に動かせるんだ?」
高杉君の声に、ふと自分の足を見る。
大分コンパクトになった足首。
「うん、もうギブスはほとんどしなくても大丈夫になったから」
痛みを感じるようなら、ギブスで補助した方が良いとお医者様は言っていた。
もう、ただ歩くのには痛みはない。
湿布薬のおかげも大きい。
「湿布薬の匂い、しているかな?」
自分では、時々感じる。
だけど、人によっては気にする人もいるだろうし。
「いや、俺達はそこまで気にならないかな?だって、運動部にとっては、日常的に使う物でもあるし」
「そうなんだ?」
「湿布をしなくても、テーピングのみとか…」
「そっか」
「それより、地理の勉強はしなくても良いの?」
高杉君の声に、そうだったと思う。
試験範囲の都道府県と県庁所在地などをざっと考える。
多分、大丈夫。
「うん、お家でも復習したから…」
「春川は、真面目だな」
「そうかな?」
「あぁ。毎日少しずつする学習とか、しっかりやりそうだ」
「そうかも」
特に、嫌いではない。
「俺は無理だな。元々が勉強嫌いもあるし、まとめてやろうと思っている内に溜めすぎるタイプだな」
「そうなんだ?後で、大変になっちゃうね」
「そ。だから、余計に勉強嫌いに拍車がかかる」
「典型的な悪循環だな」
前から乃田さんの声がした。
「乃田も、そのタイプだろ?」
「あったりまえじゃん?」
自信がある言い方で、乃田さんは言い切っていた。
「想像できる」
高杉君は笑っている。
「そうなの?高杉君は、色々できそうなのに…」
「器用貧乏って奴だろ?」
高杉君は、何でもないことのように言った。
「そうなんだ、不思議な言葉だね」
器用なのに、貧乏なの?
「本当に、こういうのが癒しというのよね?」
布之さんだった。
表情も、言葉もいつもと変わっていないように感じた。
さっきの玄関での布之さんは、何かあったのだろうか?
考えても分からないけれど、布之さんが苦しそうじゃないなら良いや。
「春川、さっきは心配をさせてしまってごめんなさいね?もう、平気だわ。気持ちが落ち着いたの」
「そうなんだ、良かった。試験中なのに、落ち着かなかったら集中できなくて困っちゃうから」
「本当に、何でこの子はこんなに天使なのかしら?」
「…天使?」
何だろう?
私のことを天使と言っているのかな?
「何か、呑気そうだね」
朝のさやかみたい。
赤ちゃんと言っていたさやかのことを思い出す。
「春川?」
高杉君の、不思議そうな顔。
「あ、何でもないの。…朝、さやかががね、私のことを『赤ちゃんみたい』って言ってて…。勿論悪い意味じゃなかったんだけど、言われた時。私の中で、とても無力な存在で、何もできないって捉えちゃって…」
「へぇ」
「さやかの中での赤ちゃんは、肌がデリケートだから大事にしないといけないからって意味だったみたいなんだけど…変だよね?そんなことを気にして、朝からさやかに気を遣わせちゃった…。悪いことをしちゃったなって思って」
「それでも、さやかちゃんとケンカしたわけじゃないんだろ?」
「うん、さやかに悪気がないのは分かっていたし、私のことを嫌な気にさせるとは思っていなかったんだから…。今はもう、気にしていないよ?」
「なら、良いんじゃないか?急に、春川が半袖を着て、驚いたんだろうな」
「分かるんだ?高杉君はすごいね」
「…さやかちゃんは、春川に過保護だからな」
高杉君にまで言われ、少しだけ複雑な気分になる。
「そうだよね、その後も…」
思わず言いかけて止まる。
さやかは、学校でゴリラ女なんて言われていること、気にするかもしれない。
言っちゃいけないかもしれない。
ふと、そう思った。
「春川?」
「あ…。えぇと、その」
「うん?」
「その、さやか…が、ね?」
迷って迷って、でも口をパクパクさせて。
「…私、のこと、を、将来的に養うって…飛躍したことを言い出して、困ったなぁって思っただけ」
結果的に、そうだったことを思い出したのでそれを告げる。
「…そうなんだ。さやかちゃんはしっかりしてるな」
「まだ、9歳なのに。そんなことを言うなんて、ビックリしちゃって…」
「9歳…か」
「うん、そうだよ。小学3年生」
「…確かに、すごいな。自分のことだって、まだ十分に出来るかって頃だろうに、な?」
「そうだね…」
「と、いけないな。そろそろ先生が来るな」
お喋りをしている内に、大谷先生が教室に来た。
朝会があって挨拶をして、席に着く。
「中間試験最終日です。今日で試験は終了しますので、学習したことを出来るだけ反映できるよう頑張ってください。では、机の上に出ている学習道具は片付けてください」
今日で、中間試験は終わりになる。
頑張ったこと、お勉強したこと、きちんと試験で出せるようにしないと。
気持ちを切り替えて、試験の時間が始まった。
国語は、特に問題はなかった。
漢字の読み書きも、教科書で学習した物語の内容も。
きちんと理解できている。
このまま、地理の時間も無事に終わりますように。
願いながら時間の経過を待つ。
「はい、筆記用具を置いてください」
回収した答案用紙を、前に回す。
乃田さんの表情は良かった。
「あー、あと1教科だな。何か、長い3日間だったな」
「終わってから言いなさいな?」
乃田さんの言葉に、布之さんがそう重ねる。
「でもさ、何っかもう終わった気になってる。今日は3時間目に、体育祭の集会があるじゃん?」
そうだった。
忘れていた。
「春川は、出るのか?集会?」
乃田さんの問いに、曖昧に頷く。
「うん、その…目?のことがなかった、ら?」
「そっか。じゃ次の試験も早く終わると良いな」
「…そうだね」
体育祭。
私は参加できるのだろうか?
この目で。
去年は、当日の朝に少し熱っぽくなってしまいお休みした。
腕が火傷状態だったこともあって、お母さんが行かない方が良いと言っていたから。
当日の種目も、私には100m走くらいしかなかったし。
係などもなかった。
だから、私がいなくても何も困らない。
そう思っていた。
だけど、今年はちゃんと参加したい。
乃田さんと、布之さんと、高杉君と一緒に参加したい。
「春川?」
乃田さんの声に、ハッとする。
「私、去年の体育祭お休みしちゃったから…今年は、ちゃんと出たいなって思っていたの。乃田さんと布之さんと、高杉君と…一緒、に?」
「そうだな、一緒に参加しような?」
「…うん!」
私の返事に、乃田さんは嬉しそうに笑ってくれた。
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児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
宝石のお姫さま
近衛いさみ
児童書・童話
石の国に住むお姫さま。誰からも慕われる可愛いお姫さまです。宝石が大好きな女の子。彼女には秘密があります。石の町の裏路地にある小さな宝石屋さん。お姫さまは今日も城を抜け出し、宝石店に立ちます。
宝石の力を取り出せる不思議な力を持ったお姫さまが、様々な人たちと織りなす、心温まる物語です。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
スコウキャッタ・ターミナル
nono
児童書・童話
「みんなと違う」妹がチームの優勝杯に吐いた日、ついにそのテディベアをエレンは捨てる。すると妹は猫に変身し、謎の二人組に追われることにーー 空飛ぶトラムで不思議な世界にやってきたエレンは、弱虫王子とワガママ王女を仲間に加え、妹を人間に戻そうとするが・・・
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