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2章
朝ごはん
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朝の気配を感じる。
タイマーよりも、早く目が覚めたみたいだった。
ふと目を開けると、カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。
昨日、ちゃんと閉めたと思ったのに。
やっぱり、手探りだけではきちんと出来ていなかったのだろう。
カーテンの端が、少しだけ開いていた。
昨日のことを思い出し、見えていない時は窓の淵も確認しようと思った。
今は、見えている。
遮光カーテンなので、それを開けると部屋の中に十分な光が入る。
レースのカーテンのみにして、少しだけ窓を開ける。
涼しい風を感じるけれど、日差しはもうすでに強かった。
昨日も、長袖越しに日差しを感じたことを思い出す。
今日も気温は高くなるのだろうか?
少しだけ迷って、半袖に着替える。
昨日、みーちゃんと歩いて少し汗をかいたから。
それよりも、みーちゃんと歩けたことが嬉しかった。
下に降りたら、半袖のことを言われそうなのでカーディガンをしっかりと持って行く。
「おはよう」
私の声に、さやかが笑顔で応える。
「おはよ、おねえ」
台所にいたお母さんも、いつも通りの表情だった。
「おはよう、のぞみ」
私が降りると、さやかは朝ごはんを食べている所だったようだ。
おいしそうに食べているさやかが、可愛い。
そんなことを思いながら、洗面台に行く。
顔を洗ってから、キッチンに戻る。
「のぞみ、半袖で大丈夫なの?」
お母さんは、何でもないことのように、だけど心配する口調だった。
「うん、昨日少し歩いたら、汗をかいちゃったから…」
「えー?帰って来た時のおねえ、別に汗臭くなかったけど?」
さやかの言葉に、困ったように頷く。
昨日も、距離が近いさやかにそのことを言ったけれど今と同じように『汗臭くないから平気』とくっつかれた。
「汗をかいたのは、本当のことだから」
「だって、おねえ火傷しちゃうじゃん。ほら!今日、初夏並みの気温って言ってるよ!」
ラジオから聞こえてくる天気予報に、さやかが反応した。
「去年のこと、覚えてないの?日差しも強いって言ってるよ!まだ、長袖で良いんじゃないの?」
「…えぇと。だけど、汗をかいたらかいたで、あせもとか出来ちゃうし…」
「おねえって、赤ちゃんみたい」
さやかの悪気のない言葉。
赤ちゃん、無力な存在だ。
「…私って、そんなに頼りないかな?」
「ごめん!そうじゃないの!おねえ、違うよ!ごめんね!嫌だった?赤ちゃんみたいに、…えーと、肌がデリケートって意味で…」
慌てたさやかと、言っている言葉に沈みそうになった気持ちが浮上する。
さやかの言葉に、悪意はない。
そんなことは分かっている。
さやかは、私のことを心配してくれただけなのに。
去年、火傷のようになってしまった肌を何度も心配してくれたさやか。
私よりも、私の肌を気遣ってくれた。
「ううん。気にしてないよ。だって、肌が弱いのは、本当のことだもんね」
席に着こうと、会話を終わらせる。
「本当に!おねえ、違うんだって!ごめんなさい!」
必死なさやかに、もう1度笑う。
「怒ってないよ」
笑う私に、さやかが気遣う視線をくれる。
「違うの、おねえ、気にしてるでしょ?だから、ごめんなさい」
「…いいよ?怒ってないし、気にしていないから、もう謝らないで」
さやかの素直な言葉に、昨日言われたみーちゃんからの過保護な言葉を思い出す。
きっと、みーちゃんへの意地で着てしまったのだろう。
なのにさやかにこんなに謝らせている自分。
いけないのは、私だ。
「ごめんね?さやか、後で着替えて来るから、心配しないで…」
「そうなの?」
さやかの、伺うような眼差し。
心配してくれたさやかに、何でこうやって上手に言えないんだろう?
嫌だな、こういう自分が。
「あ、お母さん?先にごはんよそっても良い?」
気持ちを切り替えたくて、朝ごはんに意識を向ける。
キッチンにいたお母さんは、私のご飯茶碗を持って来てくれた。
「ありがとう」
昨日の夜ご飯は食べられなかった。
お昼過ぎに、オムライスを食べたこととか。
アイスを食べたこととか。
みーちゃんと話をしたこととか。
何だか、胸がいっぱいで。
夜まで、食欲が湧かなくて。
お風呂に入って、何だかそのまま眠くなってしまった。
だから、すぐに眠ることにした。
朝までぐっすりだった。
でも、今はおなかが空いていると思う。
意識はないけれど。
食べないと、お母さんにもさやかにも心配されてしまう。
「今日は、納豆。それに卵焼きと、昨日の肉じゃがね」
小さな小鉢に入った肉じゃがは、私が昨日食べられなかったものだ。
食べられないと聞いて、お母さんが悲しそうにしていたからその時は小鉢に入っていなかったけれど。
「はい。ありがとう、お母さん」
「さやかは?もう2杯食べたでしょ?もっと食べられそう?」
2杯?
ご飯を?
私のご飯茶碗と大きさはそこまで変わらない。
食べる量まで、追い越されてしまう。
身長まで、ほぼ一緒なのに。
9歳のさやか。
成長期なのだろう。
羨ましい。
「どうしたの?おねえ」
「ごはんをおいしそうに食べるさやかが、可愛くて良いなぁって思って。…羨ましかったの」
私の言葉を聞いて、何故かさやかが大きなため息をついた。
「羨ましい?私ね、今クラスの男子に何て言われてるか知ってる?ゴリラ女だよ?それでも良いの?」
「ゴリラ?何で?」
「私、今ドッヂボールが楽しくて、男子とも同じように投げられるようにしてたらそうなった」
あっさりとしたさやかの言葉に、さやかは嫌な気持ちになっていないか気になった。
「さやか、それって嫌じゃない?」
「何で?ゴリラ、逞しいじゃん」
やっぱり、あっさりしたさやかに私の方が拍子抜けする。
「だって、女の子が…。こんなに、さやかは溌溂として可愛いのに、何で、ゴリラなんて言い方」
「おねえ、私そんなに弱くないから!強くないと、おねえのことも守れないでしょ?」
「…何で、私?」
「だって、おねえの将来は私が面倒みるって決めてるし」
さやかの飛躍した答えに、私の方が言葉に迷う。
「…どうして?そんな考えに、なっちゃったの?」
「え?前から言ってるじゃん?大きくなっても、一緒に暮らそうねって!」
それは、成長して…。
たとえば、結婚するまでの話じゃなくて?
というか、5歳も年下の妹に守ってもらう姉なんて。
どうなんだろう?
それは、とても情けないと思う。
「さやか、時間は良いの?」
お母さんの言葉に、さやかは時計を見て急いで残りのおかずを食べていた。
「ご馳走様!今日は、お皿洗いごめんなさい!歯を磨いて来る!」
流し台に、自分の食べた食器を片付けて洗面台に走るさやか。
元気に動くさやかに、やっぱり羨ましいと思う気持ち。
「慌てて怪我しないでね?」
「おねえと違うから、ぶつかっても大丈夫!」
「…もう、本当に一言多いんだから」
そう言いながら、手が止まっていたことを思い出す。
「何か、今の会話だけで十分なんだけど」
私の言葉に、お母さんが首を振る。
「駄目よ、少しでも食べないと。学校で持たなくなっちゃうわ」
やっぱり心配されてしまい、自分のご飯茶碗をしっかりと握る。
「…はい」
ご飯茶碗に、少しだけ白米をよそる。
お母さんに見られていたから、少ないと思われているかもしれない。
「熱はないわね?熱いから、半袖を着たとかじゃないなら良いんだけど…」
お母さんの心配するような言葉に、慌てて首を振る。
「大丈夫!あの、元気です」
席に着いて『いただきます』と手を合わせる。
納豆は、今は良いかな。
好きなんだけど、気分ではない。
卵焼きを1切れお皿に取る。
お母さんがお味噌汁を届けてくれた。
温かい内に、お味噌汁を飲む。
「おいしい」
喉を通る感覚に、ホッとする。
私は、ちゃんとおなかが空いている、はずだ。
食べたくないからって、食べないままだとさやかに本当に追い越されてしまう。
なので、ゆっくりと白米を口に入れる。
たくさん噛んでいると、やっぱりおなかがいっぱいになる。
だけど、卵焼きは食べないと。
自分でお皿に取ったんだから。
お母さんにこれ以上、心配をかけちゃいけない。
ゆっくりと、ご飯を食べ進める。
「じゃ、行って来まーす!」
さやかと、会話が途中で終わってしまっていたけれど、もうそんな雰囲気ではなかった。
「…行ってらっしゃい」
私の声は聞こえていたのだろうか。
さやかが、慌ただしく登校した。
「今、朝の時間にドッヂボールするのが、本当に楽しいみたいで。時々放課後も残ってやっているみたいなの」
「えー、良いな。楽しそう」
「だけど、さやかはのぞみに知られたくなかったみたいね」
「…何で?」
「少し前に、のぞみはバスケットボールに興味があったでしょう?その時に、さやかが言ってたの。『他のスポーツも興味を持つかもしれない』って。丁度体育の授業でドッヂボールが始まる時で、そのことをのぞみに言ったら、多分『良いなぁ』って言うだろうから言わないでって」
お母さんは思い出したように、クスクスと笑った。
「…良いな、って言っちゃった。さやかの言う通りだ」
さやかに想像された通りになる私。
「だけど、自分で言うってことは、開き直ったんでしょうね?」
「何を?」
「のぞみがやりたいって言ったら、自分が教えるんだって方向にしたみたいだから」
お母さんの言葉に、嬉しい気持ちが湧く。
「そうしている内に、本当に楽しくなっちゃったみたいで」
「だけど、酷いよ。女の子に、ゴリラなんて…」
私の言葉は、勝手にさやかを心配している。
「そうね、さやかも最初は怒ってたのよ?」
「え?じゃあ、何で?」
さっきは、すごくあっさりしてた。
「それだけ逞しいと、男子にも馬鹿にされないし、揶揄ってくる子はみんなドッヂボールで対決して勝ったり負けたりして、打ち解けたみたいだから」
「さやかはすごいね。運動神経が良いから、羨ましい。乃田さんみたい」
「…そうなの?」
「乃田さんは、陸上部なの。何回か県の大会とか、入賞してるんだよ?」
去年も、県大会で入賞して全校集会で表彰されていたはず。
ぼんやりとした記憶。
その頃は、接点がなかったから。
今年も、この前の大会で短距離走で1位になっていた。
その時に、乃田さんを『すごいなぁ』と思って見ていた。
その直後辺りから、席替えがあって乃田さんが私に話しかけてくれるようになって…。
今は、私のお友達になってくれた。
「種目も1種類だけじゃなくて、短距離走と長距離走と、ハードルなんだって。すごいでしょう?」
「そうね、すごいのね?乃田さん」
「今年の大会で、1位になったんだよ?いっぱい部活に参加してるから、その成果が出たんだって」
「…のぞみ、乃田さんの話をしていると、とても嬉しそうね」
お母さんの言葉に、開いたままの口を思わず閉じる。
食べることも忘れて、乃田さんのことを話すっておかしかったかな?
「そうだった?」
「自分のことのように、楽しそうに話すのね、って思ったらお母さんも嬉しいわ」
呆れられていないようで、ホッとする。
そんなにすごい人が私のお友達なんだって、とても誇らしい気持ちになる。
「…はい」
卵焼きを、口に運ぶ。
「おいしい」
「そう?良かったわ」
お母さんと、のんびりした時間。
「お茶は飲むかしら?」
「はい」
お母さんがお茶を淹れてくれる。
綺麗な緑色の温かいお茶。
湯呑の中で、静かに円の波紋が広がる。
「のぞみ?」
「ありがとう、お母さん」
お礼を言う私に、やっぱりお母さんはいつも通りだった。
「…良いのよ」
ゆっくりとした時間で、しっかりとご飯を食べる。
白米は2口くらいだったけれど、卵焼きと肉じゃがとお味噌汁でおなかがいっぱいになった。
お茶を飲んで、食器を持つ。
流し台にはさやかが置いたままの食器があった。
どうせなので、一緒に洗う。
「ありがとう、のぞみ。もう行けるかしら?」
「あ、着替えようかなって」
私の言葉に、お母さんは『良いじゃない?』と言ってくれた。
「のぞみが考えて半袖が良いと思ったんでしょう?きちんとカーディガンも持っているし、お母さんはのぞみが考えて行動したことならそのままで良いと思うわ」
お母さんの言葉に、じんわりと嬉しさが湧いて来る。
「ありがとう、お母さん。私も歯を磨いて来るね」
「えぇ」
私も洗面台に向かい、歯磨きをする。
昨日までは長袖だったのに、今日は半袖を着ている。
たったそれだけのこと。
だけど、みんなと同じになれたことが嬉しい。
袖がないことが少しだけ違和感。
腕がスースーしている。
今は焼けていない肌。
ワイシャツと同じように白い、自分の腕。
不健康そうだ。
少しは日焼けをしたい。
だけど、日を浴びすぎると肌がヒリヒリしてしまう。
だから、今年は日差しに注意しよう。
鏡に映る自分の顔。
今日は、目元は赤くないし腫れてもいない。
見慣れた自分の顔と、しばらく睨めっこをする。
睨んでも、何も変わらない。
頼りない顔。
自分で制服や髪型が変じゃないか、確認する。
「お待たせしました」
「忘れ物はない?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、行きましょう?」
お母さんの声に、笑顔で応える私がいた。
タイマーよりも、早く目が覚めたみたいだった。
ふと目を開けると、カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。
昨日、ちゃんと閉めたと思ったのに。
やっぱり、手探りだけではきちんと出来ていなかったのだろう。
カーテンの端が、少しだけ開いていた。
昨日のことを思い出し、見えていない時は窓の淵も確認しようと思った。
今は、見えている。
遮光カーテンなので、それを開けると部屋の中に十分な光が入る。
レースのカーテンのみにして、少しだけ窓を開ける。
涼しい風を感じるけれど、日差しはもうすでに強かった。
昨日も、長袖越しに日差しを感じたことを思い出す。
今日も気温は高くなるのだろうか?
少しだけ迷って、半袖に着替える。
昨日、みーちゃんと歩いて少し汗をかいたから。
それよりも、みーちゃんと歩けたことが嬉しかった。
下に降りたら、半袖のことを言われそうなのでカーディガンをしっかりと持って行く。
「おはよう」
私の声に、さやかが笑顔で応える。
「おはよ、おねえ」
台所にいたお母さんも、いつも通りの表情だった。
「おはよう、のぞみ」
私が降りると、さやかは朝ごはんを食べている所だったようだ。
おいしそうに食べているさやかが、可愛い。
そんなことを思いながら、洗面台に行く。
顔を洗ってから、キッチンに戻る。
「のぞみ、半袖で大丈夫なの?」
お母さんは、何でもないことのように、だけど心配する口調だった。
「うん、昨日少し歩いたら、汗をかいちゃったから…」
「えー?帰って来た時のおねえ、別に汗臭くなかったけど?」
さやかの言葉に、困ったように頷く。
昨日も、距離が近いさやかにそのことを言ったけれど今と同じように『汗臭くないから平気』とくっつかれた。
「汗をかいたのは、本当のことだから」
「だって、おねえ火傷しちゃうじゃん。ほら!今日、初夏並みの気温って言ってるよ!」
ラジオから聞こえてくる天気予報に、さやかが反応した。
「去年のこと、覚えてないの?日差しも強いって言ってるよ!まだ、長袖で良いんじゃないの?」
「…えぇと。だけど、汗をかいたらかいたで、あせもとか出来ちゃうし…」
「おねえって、赤ちゃんみたい」
さやかの悪気のない言葉。
赤ちゃん、無力な存在だ。
「…私って、そんなに頼りないかな?」
「ごめん!そうじゃないの!おねえ、違うよ!ごめんね!嫌だった?赤ちゃんみたいに、…えーと、肌がデリケートって意味で…」
慌てたさやかと、言っている言葉に沈みそうになった気持ちが浮上する。
さやかの言葉に、悪意はない。
そんなことは分かっている。
さやかは、私のことを心配してくれただけなのに。
去年、火傷のようになってしまった肌を何度も心配してくれたさやか。
私よりも、私の肌を気遣ってくれた。
「ううん。気にしてないよ。だって、肌が弱いのは、本当のことだもんね」
席に着こうと、会話を終わらせる。
「本当に!おねえ、違うんだって!ごめんなさい!」
必死なさやかに、もう1度笑う。
「怒ってないよ」
笑う私に、さやかが気遣う視線をくれる。
「違うの、おねえ、気にしてるでしょ?だから、ごめんなさい」
「…いいよ?怒ってないし、気にしていないから、もう謝らないで」
さやかの素直な言葉に、昨日言われたみーちゃんからの過保護な言葉を思い出す。
きっと、みーちゃんへの意地で着てしまったのだろう。
なのにさやかにこんなに謝らせている自分。
いけないのは、私だ。
「ごめんね?さやか、後で着替えて来るから、心配しないで…」
「そうなの?」
さやかの、伺うような眼差し。
心配してくれたさやかに、何でこうやって上手に言えないんだろう?
嫌だな、こういう自分が。
「あ、お母さん?先にごはんよそっても良い?」
気持ちを切り替えたくて、朝ごはんに意識を向ける。
キッチンにいたお母さんは、私のご飯茶碗を持って来てくれた。
「ありがとう」
昨日の夜ご飯は食べられなかった。
お昼過ぎに、オムライスを食べたこととか。
アイスを食べたこととか。
みーちゃんと話をしたこととか。
何だか、胸がいっぱいで。
夜まで、食欲が湧かなくて。
お風呂に入って、何だかそのまま眠くなってしまった。
だから、すぐに眠ることにした。
朝までぐっすりだった。
でも、今はおなかが空いていると思う。
意識はないけれど。
食べないと、お母さんにもさやかにも心配されてしまう。
「今日は、納豆。それに卵焼きと、昨日の肉じゃがね」
小さな小鉢に入った肉じゃがは、私が昨日食べられなかったものだ。
食べられないと聞いて、お母さんが悲しそうにしていたからその時は小鉢に入っていなかったけれど。
「はい。ありがとう、お母さん」
「さやかは?もう2杯食べたでしょ?もっと食べられそう?」
2杯?
ご飯を?
私のご飯茶碗と大きさはそこまで変わらない。
食べる量まで、追い越されてしまう。
身長まで、ほぼ一緒なのに。
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成長期なのだろう。
羨ましい。
「どうしたの?おねえ」
「ごはんをおいしそうに食べるさやかが、可愛くて良いなぁって思って。…羨ましかったの」
私の言葉を聞いて、何故かさやかが大きなため息をついた。
「羨ましい?私ね、今クラスの男子に何て言われてるか知ってる?ゴリラ女だよ?それでも良いの?」
「ゴリラ?何で?」
「私、今ドッヂボールが楽しくて、男子とも同じように投げられるようにしてたらそうなった」
あっさりとしたさやかの言葉に、さやかは嫌な気持ちになっていないか気になった。
「さやか、それって嫌じゃない?」
「何で?ゴリラ、逞しいじゃん」
やっぱり、あっさりしたさやかに私の方が拍子抜けする。
「だって、女の子が…。こんなに、さやかは溌溂として可愛いのに、何で、ゴリラなんて言い方」
「おねえ、私そんなに弱くないから!強くないと、おねえのことも守れないでしょ?」
「…何で、私?」
「だって、おねえの将来は私が面倒みるって決めてるし」
さやかの飛躍した答えに、私の方が言葉に迷う。
「…どうして?そんな考えに、なっちゃったの?」
「え?前から言ってるじゃん?大きくなっても、一緒に暮らそうねって!」
それは、成長して…。
たとえば、結婚するまでの話じゃなくて?
というか、5歳も年下の妹に守ってもらう姉なんて。
どうなんだろう?
それは、とても情けないと思う。
「さやか、時間は良いの?」
お母さんの言葉に、さやかは時計を見て急いで残りのおかずを食べていた。
「ご馳走様!今日は、お皿洗いごめんなさい!歯を磨いて来る!」
流し台に、自分の食べた食器を片付けて洗面台に走るさやか。
元気に動くさやかに、やっぱり羨ましいと思う気持ち。
「慌てて怪我しないでね?」
「おねえと違うから、ぶつかっても大丈夫!」
「…もう、本当に一言多いんだから」
そう言いながら、手が止まっていたことを思い出す。
「何か、今の会話だけで十分なんだけど」
私の言葉に、お母さんが首を振る。
「駄目よ、少しでも食べないと。学校で持たなくなっちゃうわ」
やっぱり心配されてしまい、自分のご飯茶碗をしっかりと握る。
「…はい」
ご飯茶碗に、少しだけ白米をよそる。
お母さんに見られていたから、少ないと思われているかもしれない。
「熱はないわね?熱いから、半袖を着たとかじゃないなら良いんだけど…」
お母さんの心配するような言葉に、慌てて首を振る。
「大丈夫!あの、元気です」
席に着いて『いただきます』と手を合わせる。
納豆は、今は良いかな。
好きなんだけど、気分ではない。
卵焼きを1切れお皿に取る。
お母さんがお味噌汁を届けてくれた。
温かい内に、お味噌汁を飲む。
「おいしい」
喉を通る感覚に、ホッとする。
私は、ちゃんとおなかが空いている、はずだ。
食べたくないからって、食べないままだとさやかに本当に追い越されてしまう。
なので、ゆっくりと白米を口に入れる。
たくさん噛んでいると、やっぱりおなかがいっぱいになる。
だけど、卵焼きは食べないと。
自分でお皿に取ったんだから。
お母さんにこれ以上、心配をかけちゃいけない。
ゆっくりと、ご飯を食べ進める。
「じゃ、行って来まーす!」
さやかと、会話が途中で終わってしまっていたけれど、もうそんな雰囲気ではなかった。
「…行ってらっしゃい」
私の声は聞こえていたのだろうか。
さやかが、慌ただしく登校した。
「今、朝の時間にドッヂボールするのが、本当に楽しいみたいで。時々放課後も残ってやっているみたいなの」
「えー、良いな。楽しそう」
「だけど、さやかはのぞみに知られたくなかったみたいね」
「…何で?」
「少し前に、のぞみはバスケットボールに興味があったでしょう?その時に、さやかが言ってたの。『他のスポーツも興味を持つかもしれない』って。丁度体育の授業でドッヂボールが始まる時で、そのことをのぞみに言ったら、多分『良いなぁ』って言うだろうから言わないでって」
お母さんは思い出したように、クスクスと笑った。
「…良いな、って言っちゃった。さやかの言う通りだ」
さやかに想像された通りになる私。
「だけど、自分で言うってことは、開き直ったんでしょうね?」
「何を?」
「のぞみがやりたいって言ったら、自分が教えるんだって方向にしたみたいだから」
お母さんの言葉に、嬉しい気持ちが湧く。
「そうしている内に、本当に楽しくなっちゃったみたいで」
「だけど、酷いよ。女の子に、ゴリラなんて…」
私の言葉は、勝手にさやかを心配している。
「そうね、さやかも最初は怒ってたのよ?」
「え?じゃあ、何で?」
さっきは、すごくあっさりしてた。
「それだけ逞しいと、男子にも馬鹿にされないし、揶揄ってくる子はみんなドッヂボールで対決して勝ったり負けたりして、打ち解けたみたいだから」
「さやかはすごいね。運動神経が良いから、羨ましい。乃田さんみたい」
「…そうなの?」
「乃田さんは、陸上部なの。何回か県の大会とか、入賞してるんだよ?」
去年も、県大会で入賞して全校集会で表彰されていたはず。
ぼんやりとした記憶。
その頃は、接点がなかったから。
今年も、この前の大会で短距離走で1位になっていた。
その時に、乃田さんを『すごいなぁ』と思って見ていた。
その直後辺りから、席替えがあって乃田さんが私に話しかけてくれるようになって…。
今は、私のお友達になってくれた。
「種目も1種類だけじゃなくて、短距離走と長距離走と、ハードルなんだって。すごいでしょう?」
「そうね、すごいのね?乃田さん」
「今年の大会で、1位になったんだよ?いっぱい部活に参加してるから、その成果が出たんだって」
「…のぞみ、乃田さんの話をしていると、とても嬉しそうね」
お母さんの言葉に、開いたままの口を思わず閉じる。
食べることも忘れて、乃田さんのことを話すっておかしかったかな?
「そうだった?」
「自分のことのように、楽しそうに話すのね、って思ったらお母さんも嬉しいわ」
呆れられていないようで、ホッとする。
そんなにすごい人が私のお友達なんだって、とても誇らしい気持ちになる。
「…はい」
卵焼きを、口に運ぶ。
「おいしい」
「そう?良かったわ」
お母さんと、のんびりした時間。
「お茶は飲むかしら?」
「はい」
お母さんがお茶を淹れてくれる。
綺麗な緑色の温かいお茶。
湯呑の中で、静かに円の波紋が広がる。
「のぞみ?」
「ありがとう、お母さん」
お礼を言う私に、やっぱりお母さんはいつも通りだった。
「…良いのよ」
ゆっくりとした時間で、しっかりとご飯を食べる。
白米は2口くらいだったけれど、卵焼きと肉じゃがとお味噌汁でおなかがいっぱいになった。
お茶を飲んで、食器を持つ。
流し台にはさやかが置いたままの食器があった。
どうせなので、一緒に洗う。
「ありがとう、のぞみ。もう行けるかしら?」
「あ、着替えようかなって」
私の言葉に、お母さんは『良いじゃない?』と言ってくれた。
「のぞみが考えて半袖が良いと思ったんでしょう?きちんとカーディガンも持っているし、お母さんはのぞみが考えて行動したことならそのままで良いと思うわ」
お母さんの言葉に、じんわりと嬉しさが湧いて来る。
「ありがとう、お母さん。私も歯を磨いて来るね」
「えぇ」
私も洗面台に向かい、歯磨きをする。
昨日までは長袖だったのに、今日は半袖を着ている。
たったそれだけのこと。
だけど、みんなと同じになれたことが嬉しい。
袖がないことが少しだけ違和感。
腕がスースーしている。
今は焼けていない肌。
ワイシャツと同じように白い、自分の腕。
不健康そうだ。
少しは日焼けをしたい。
だけど、日を浴びすぎると肌がヒリヒリしてしまう。
だから、今年は日差しに注意しよう。
鏡に映る自分の顔。
今日は、目元は赤くないし腫れてもいない。
見慣れた自分の顔と、しばらく睨めっこをする。
睨んでも、何も変わらない。
頼りない顔。
自分で制服や髪型が変じゃないか、確認する。
「お待たせしました」
「忘れ物はない?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、行きましょう?」
お母さんの声に、笑顔で応える私がいた。
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