38 / 68
ご対面
しおりを挟む
慣れた車の動き方に、お家に帰ってきたのだと気付く。
いつも乗っている車に、3人がいるという不思議。
お母さんとみんながお話をしているのも、とても不思議な感じがした。
「ありがとうございます」
高杉君の声がして、その後乃田さんと布之さんの声がした。
「降りられる?」
「はい」
お母さんの問いに、ハッとする。
ボーっとしている場合じゃないことに気付く。
助手席のドアを開けて、いつも通りに動くように意識する。
車から降りて、自分の足で歩く。
意識してもしなくても、慣れている動きはちゃんと体に染みついていた。
見えていないけれど、歩幅はちゃんと覚えている。
どこに捕まれば良いのかも、どこで止まれば良いのかも、だ。
乃田さんも布之さんも、高杉君もきっと見ているのだろう。
何も言葉が聞こえてこないということ。
「大丈夫?」や「平気?」がないということは、言うのを控えているのだと思った。
だから、慎重に歩く。
お家でなら、私は危ないことはないんだってことを、知ってほしいから。
見えなくても、私はちゃんと動けるんだって伝えたい。
お家の中に入って、いつも通りうがいと手洗いを先にする。
本当は着替えをした方が良いのだろうけれど、でも、階段の上がり下がりは時間がかかりそうだった。
迷っていることにお母さんが気付いたのか、「折角だから、お喋りをしたらどうかしら?」と言ってくれた。
リビングに移動し、ソファに座る。
リビングに置かれた、大きなL時型に配置されたソファは、昔から置いてある物だ。
お父さんが気に入って買ったというソファは大きすぎて、私とさやかとお母さんでは空間が余る。
だけど、今日は乃田さんと布之さんと高杉君がいる。
3人掛けのソファに私が座り、5人掛けのソファに3人が座ったのだろう。
少し横から、物音がしている。
「何が良いかしら?ジュースはあまり常備していないの。ごめんなさいね?お茶やコーヒーならすぐに出せるわ」
お母さんの「お母さん」はまだ、続いている。
「お構いなく、春川と過ごせるだけで十分なので」
「かすみ!またすぐそういうことを!あの、何でも良いです。飲めれば…何でも、ありがとうございます」
布之さんの声がして、乃田さんの声がした。
何となく2人の表情が浮かび、思わず笑ってしまった。
「そうなの?あ、いただきものの、リンゴジュースならあったわね…」
お母さんはカウンターの方にいるのだろう。
少し遠い声に、何となくの位置を想像する。
「苦手な飲み物はあるかしら?本当に、遠慮はしないでちょうだいね?みんなが飲みたい物がバラバラでも、勿論構わないし」
お母さんの声は、楽しそうだった。
だからだろうか、私も嬉しい。
お母さんと乃田さん、布之さん、高杉君が一緒にいる。
そしてお話をしている。
「のぞみ?」
お母さんの声に、またボーっとしていることに気付く。
「…はい」
「大丈夫?赤い顔をして、具合が悪い?」
「大丈夫!…あ」
また、口から出てしまった言葉。
慌てて口を抑えるけれど、溜め息は聞こえなかった。
その代わり、お母さんが笑う声がした。
「のぞみは、何が良いかしら?」
私は…。
「ミルクティーが飲みたい」
「はいはい」
「あ、じゃ私も春川と同じもので」
布之さんの声がした。
「私も!」
「あら?あかりは、ミルクティー嫌いじゃない」
「おま!余計なことは言うな!違います!嫌いじゃなくて、…あの、ただ飲み慣れていなくて…だから、すみません!」
「折角お母様が仰ってくださるのだから、甘えたら良いじゃない?同じミルクでも、カフェオレは好きなんですって。甘いカフェオレにしていただいたら?」
「かすみ!お前さっきから、何だ?感じ悪いぞ」
「…え?そうかしら」
「春川んちに来たからって、テンション上がって…。なんか、増々腹立つキャラだぞ、それ」
「…やだ、そんなことはないと思うけれど…」
布之さんの声は、いつも通り淡々としている。
だけど、乃田さんには違う印象なのだろうか?
「春川、私いつもと違うかしら?そんなことはないでしょう?あかりがいつもより突っかかって来るの、何だか怖いわよね?」
布之さんが、私に尋ねる。
「え?…えぇと」
布之さんの声は、いつもと同じに聞こえる。
表情が浮かぶくらいに。
でも、確かにいつもより少しだけ口調が早い…?気がした。
言葉が多いというか。
そして、お姉さん口調というか、いつもより乃田さんを怒らせている気が…。
「…えぇと、乃田さんは怖く、ないよ?布之さんは、今日は言葉が多くて、乃田さんを怒らせている…気がする、かな?仲良しそうなのは、いつもと…同じに聞こえるけれど」
考えながら言葉を言う。
「そうだったかしら?怒らせていたの?無意識に?ごめんなさいね、あかり。仲良しのあなたに、嫌なことをしてしまって。反省するわ。でも、折角春川のお家に来たのだから、諍いはみっともないから、仲直りしましょ?」
「…おぉ。お前のキャラ、やっぱ腹立つわ。春川の家で暴力沙汰は起こしたくない」
また乱暴な言葉が聞こえて来てびっくりする。
「そうね、高杉のように殴られてもびくともしない体が欲しいわ」
「お前との会話、さっきから疲れるな。マジで、私は春川と話したい」
「あら奇遇ね、私も春川とお喋りをしたいのよ。さっきから思っていたわ」
2人の会話は、どんどんと流れていく。
でも、気になる言葉が…。
「高杉君、殴…られたの?」
自分の口から、驚いたままの言葉が出てしまった。
「あ!違うぞ!春川!誤解するな、殴るって、顔とか頭じゃなくて、あの背中をな!…その、思わず手が出てしまって…。ごめん、高杉。悪かった」
「気にしていない」
高杉君の声は、いつも通りだ。
「そもそも、お前が春川のこと、姫抱っことかするからじゃんか」
ぼそぼそと言う言葉は早くて、私には聞き取れなかった。
「そうね、それに関しては私も、あかりに同意見だわ。いくら、緊急事態だとしても高杉だけ役得でズルい」
「…すまん」
3人だけで進む会話は、多分日常の教室の光景なのだろう。
…良いなあ、仲が良くて。
クスクスと笑う声に、またまたハッとする。
そうだった。
ここは、お家で少し離れたキッチンにはお母さんがいる。
「仲が良いのね、乃田さんと布之さんと高杉君は」
「お母様?私は、春川と仲良くしたいです」
「だから、気持ち悪いなそのキャラ!」
「すみません、騒がしくて。そして俺はリンゴジュースが飲みたいので、お願いします」
「はい、高杉君はリンゴジュースね?遠慮していない?」
「していません。果物は何でも好きなので」
「あら?そうなの。リンゴの他には何かあったかしら?」
「あ、特に探さなくても大丈夫です。りんごでも、ぶどうでもオレンジでも…何でも飲めます」
「分かったわ」
お母さんの声は、やっぱり楽しそうだった。
「ほら、あかりもカフェオレでお願いしなさいな」
「かすみ!お前さっきから、余計なことばっか言うな」
「だって、本当のことじゃない?お母様がご親切に言ってくださるのだから、ご厚意を無駄にすることはないわ」
「それとこれとは、違うだろうが」
「乃田さん?」
「はい!」
「布之さんの言う通り、無理に飲めないものを勧められないわ。遠慮しないで、飲みたい物を言ってちょうだい?」
「あ、はい…すみません」
「良いのよ。?カフェオレは、好きな物で良いのかしら?」
「はい!好きです。牛乳好きです」
「じゃあ、たくさん入れましょうね」
「ありがとうございます!」
「布之さんは、のぞみと同じミルクティーで良いのかしら?遠慮していない?」
「はい、していません。遠慮しないで良いと言うのなら、他にもお願いしたいことが色々あります」
「あら?何かしら?」
「それは、追々で構いません。今の状況に、とても満足していますので…。本当にお招きいただき、ありがとうございます。是非、今後ともお願いします」
「あら?」
お母さんが、ふふと笑う。
「布之さんは、のぞみと同じが嬉しいのかしら?」
「分かりますか?未熟者ですね」
「そんなことはないわ。だけど、のぞみはホットの紅茶にミルクのみを入れるのが好きなのだけれど、布之さんはお砂糖を入れた方がいいかしら?」
「そうですね。甘い方が飲みやすいですし、私も慣れていますね。でも、春川とお揃いでデビューしてみるのも、とても魅力的で迷ってしまいます」
「あらあら。じゃあ、まずはミルクのみで、飲んでみて?お砂糖は後で足せるからね?」
「とても、名案だと思います。お母様の仰る通りに」
「布之さん、その『お母様』って言うのは、他に何か変更はできるかしら?」
「あぁ、すみません。ご不快でしたか?では、何とお呼びすれば良いでしょう?」
「何だか、仰々しい気がするのよね?あくまで、のぞみの保護者として、接してもらえれば、おばさんは十分なの」
「おばさんなんて、似合わなさ過ぎて呼べません。こんなに若くて、お綺麗なのに…」
はっきりとした布之さんの言葉にお母さんが笑い出した。
「布之さんは、お上手ね」
「お褒めいただき光栄です。ですが、無理に褒めているわけではないですから。本心で、そう思っていますので、お世辞とは思わないでほしいです」
「かすみ!本当にいい加減にしろよ!すみません、おばさん」
「あかり?おばさんなんて、失礼よ。お姉さまでも十分なのに」
「まぁまぁ、乃田さんも布之さんも落ち着いて」
お母さんに言われ、2人が「すみません」と言っている。
思わず笑ってしまった。
「春川?」
乃田さんの不思議そうな声。
「何だか、おかしくて…。お母さんが楽しそうで、乃田さんも布之さんも…お喋りが上手で、羨ましいなって」
私には何も見えていない。
でも、ここにはたくさんの言葉が動いている。
私では、追いかけられないくらいの、とても貴重で大切な言葉が。
全部大事に持っていたいと思った。
イキイキとしている、お母さんの表情を想像していたら、何だかすごく胸が温かくなった。
私では、こうはならない。
だから、お母さんが楽しんでくれていることが、とても嬉しくなる。
いつも迷惑しかかけていない私だけれど。
いつでも「良いのよ」と言ってくれる優しいお母さん。
お母さんが、嬉しいとか楽しいとか感じてくれる時間になったのなら、こんなに素敵なことはない。
「私にとっては、大事な春川のお母様よ」
「そこは、『春川の大事なお母さん』じゃないのか?」
「あら?私としたことが…。でも、春川が大事なのは変わっていないから、間違いじゃないわ。大事な春川の、大切なお母様、で良いわね」
「さっき、おばさんに言われたろ?仰々しいって」
「『仰々しい』の、言葉の意味分かって言っている?あかり」
「分かるぞ。…何となくでな」
「はいはい、まずはお飲み物をどうぞ。ようこそ、春川家へ」
お母さんが私の隣に座ったのだろう。
色々な香りが漂っていた。
「いただきます」
高杉君の声がしているけれど、高杉君は退屈していないのかな?
「どうした?春川?」
思っていることが伝わってしまったのかと、ドキリとする。
「…うん、あの、高杉君。部活があったのに、焦らせてしまって、ごめんなさい。今日は…ありがとう」
「どういたしまして。足が治るまで、少し窮屈になるな」
「うん。でも、ギブス?で固定しているから、あまり痛みはなくてね…」
「そうみたいだな、でも折れていたり、重篤状態にならなくて、ホッとした。…すぐに手を貸さずにいたこと、ごめん」
言われた言葉を理解し、首を振る。
「ううん!そんなことない!高杉君が、助けてくれなかったら…、もっともっと大変なことになっていたかもしれないし、だから、ありがとう。…私が、変に意地を張らないでいれば…もっと…」
そうだ。
私はいつも、迷惑しかかけていない。
そのことに気付いて、不安になる。
「だから、次はちゃんと聞くから」
「え?」
「ちゃんと、『手を貸して良いか』って、な?」
「…うん」
次から。
そんなことを言われて、不安が薄まる。
高杉君の言葉に、救われる自分。
しんみりしていると、ガチャガチャと玄関から音がした。
ドアが開いていたから、玄関から響く音にピンとする。
鍵を開ける音と言うことは、さやかが帰って来たのだろう。
さやかは去年から、家の鍵を持つようになった。
私は持っていないけれど、さやかは学校に行く時に鍵を持つとお母さんに宣言していた。
私が急に見えなくなっても、お母さんが家にいなくても困らないように。
そう、私のため。
そう思うと、申し訳ない気持ちにしかならない。
いつでも、我慢をさせていると思うのに。
賑やかで優しいさやか。
時々、意地悪になるけれど…。
可愛くて大事な、私の妹。
どうしよう。
変にドキドキしてしまう。
先にうがいと手洗いをしているであろう音。
リビングに来たら、みんなと会うことになる。
なんて言うのだろうと、気になる私がいた。
いつも乗っている車に、3人がいるという不思議。
お母さんとみんながお話をしているのも、とても不思議な感じがした。
「ありがとうございます」
高杉君の声がして、その後乃田さんと布之さんの声がした。
「降りられる?」
「はい」
お母さんの問いに、ハッとする。
ボーっとしている場合じゃないことに気付く。
助手席のドアを開けて、いつも通りに動くように意識する。
車から降りて、自分の足で歩く。
意識してもしなくても、慣れている動きはちゃんと体に染みついていた。
見えていないけれど、歩幅はちゃんと覚えている。
どこに捕まれば良いのかも、どこで止まれば良いのかも、だ。
乃田さんも布之さんも、高杉君もきっと見ているのだろう。
何も言葉が聞こえてこないということ。
「大丈夫?」や「平気?」がないということは、言うのを控えているのだと思った。
だから、慎重に歩く。
お家でなら、私は危ないことはないんだってことを、知ってほしいから。
見えなくても、私はちゃんと動けるんだって伝えたい。
お家の中に入って、いつも通りうがいと手洗いを先にする。
本当は着替えをした方が良いのだろうけれど、でも、階段の上がり下がりは時間がかかりそうだった。
迷っていることにお母さんが気付いたのか、「折角だから、お喋りをしたらどうかしら?」と言ってくれた。
リビングに移動し、ソファに座る。
リビングに置かれた、大きなL時型に配置されたソファは、昔から置いてある物だ。
お父さんが気に入って買ったというソファは大きすぎて、私とさやかとお母さんでは空間が余る。
だけど、今日は乃田さんと布之さんと高杉君がいる。
3人掛けのソファに私が座り、5人掛けのソファに3人が座ったのだろう。
少し横から、物音がしている。
「何が良いかしら?ジュースはあまり常備していないの。ごめんなさいね?お茶やコーヒーならすぐに出せるわ」
お母さんの「お母さん」はまだ、続いている。
「お構いなく、春川と過ごせるだけで十分なので」
「かすみ!またすぐそういうことを!あの、何でも良いです。飲めれば…何でも、ありがとうございます」
布之さんの声がして、乃田さんの声がした。
何となく2人の表情が浮かび、思わず笑ってしまった。
「そうなの?あ、いただきものの、リンゴジュースならあったわね…」
お母さんはカウンターの方にいるのだろう。
少し遠い声に、何となくの位置を想像する。
「苦手な飲み物はあるかしら?本当に、遠慮はしないでちょうだいね?みんなが飲みたい物がバラバラでも、勿論構わないし」
お母さんの声は、楽しそうだった。
だからだろうか、私も嬉しい。
お母さんと乃田さん、布之さん、高杉君が一緒にいる。
そしてお話をしている。
「のぞみ?」
お母さんの声に、またボーっとしていることに気付く。
「…はい」
「大丈夫?赤い顔をして、具合が悪い?」
「大丈夫!…あ」
また、口から出てしまった言葉。
慌てて口を抑えるけれど、溜め息は聞こえなかった。
その代わり、お母さんが笑う声がした。
「のぞみは、何が良いかしら?」
私は…。
「ミルクティーが飲みたい」
「はいはい」
「あ、じゃ私も春川と同じもので」
布之さんの声がした。
「私も!」
「あら?あかりは、ミルクティー嫌いじゃない」
「おま!余計なことは言うな!違います!嫌いじゃなくて、…あの、ただ飲み慣れていなくて…だから、すみません!」
「折角お母様が仰ってくださるのだから、甘えたら良いじゃない?同じミルクでも、カフェオレは好きなんですって。甘いカフェオレにしていただいたら?」
「かすみ!お前さっきから、何だ?感じ悪いぞ」
「…え?そうかしら」
「春川んちに来たからって、テンション上がって…。なんか、増々腹立つキャラだぞ、それ」
「…やだ、そんなことはないと思うけれど…」
布之さんの声は、いつも通り淡々としている。
だけど、乃田さんには違う印象なのだろうか?
「春川、私いつもと違うかしら?そんなことはないでしょう?あかりがいつもより突っかかって来るの、何だか怖いわよね?」
布之さんが、私に尋ねる。
「え?…えぇと」
布之さんの声は、いつもと同じに聞こえる。
表情が浮かぶくらいに。
でも、確かにいつもより少しだけ口調が早い…?気がした。
言葉が多いというか。
そして、お姉さん口調というか、いつもより乃田さんを怒らせている気が…。
「…えぇと、乃田さんは怖く、ないよ?布之さんは、今日は言葉が多くて、乃田さんを怒らせている…気がする、かな?仲良しそうなのは、いつもと…同じに聞こえるけれど」
考えながら言葉を言う。
「そうだったかしら?怒らせていたの?無意識に?ごめんなさいね、あかり。仲良しのあなたに、嫌なことをしてしまって。反省するわ。でも、折角春川のお家に来たのだから、諍いはみっともないから、仲直りしましょ?」
「…おぉ。お前のキャラ、やっぱ腹立つわ。春川の家で暴力沙汰は起こしたくない」
また乱暴な言葉が聞こえて来てびっくりする。
「そうね、高杉のように殴られてもびくともしない体が欲しいわ」
「お前との会話、さっきから疲れるな。マジで、私は春川と話したい」
「あら奇遇ね、私も春川とお喋りをしたいのよ。さっきから思っていたわ」
2人の会話は、どんどんと流れていく。
でも、気になる言葉が…。
「高杉君、殴…られたの?」
自分の口から、驚いたままの言葉が出てしまった。
「あ!違うぞ!春川!誤解するな、殴るって、顔とか頭じゃなくて、あの背中をな!…その、思わず手が出てしまって…。ごめん、高杉。悪かった」
「気にしていない」
高杉君の声は、いつも通りだ。
「そもそも、お前が春川のこと、姫抱っことかするからじゃんか」
ぼそぼそと言う言葉は早くて、私には聞き取れなかった。
「そうね、それに関しては私も、あかりに同意見だわ。いくら、緊急事態だとしても高杉だけ役得でズルい」
「…すまん」
3人だけで進む会話は、多分日常の教室の光景なのだろう。
…良いなあ、仲が良くて。
クスクスと笑う声に、またまたハッとする。
そうだった。
ここは、お家で少し離れたキッチンにはお母さんがいる。
「仲が良いのね、乃田さんと布之さんと高杉君は」
「お母様?私は、春川と仲良くしたいです」
「だから、気持ち悪いなそのキャラ!」
「すみません、騒がしくて。そして俺はリンゴジュースが飲みたいので、お願いします」
「はい、高杉君はリンゴジュースね?遠慮していない?」
「していません。果物は何でも好きなので」
「あら?そうなの。リンゴの他には何かあったかしら?」
「あ、特に探さなくても大丈夫です。りんごでも、ぶどうでもオレンジでも…何でも飲めます」
「分かったわ」
お母さんの声は、やっぱり楽しそうだった。
「ほら、あかりもカフェオレでお願いしなさいな」
「かすみ!お前さっきから、余計なことばっか言うな」
「だって、本当のことじゃない?お母様がご親切に言ってくださるのだから、ご厚意を無駄にすることはないわ」
「それとこれとは、違うだろうが」
「乃田さん?」
「はい!」
「布之さんの言う通り、無理に飲めないものを勧められないわ。遠慮しないで、飲みたい物を言ってちょうだい?」
「あ、はい…すみません」
「良いのよ。?カフェオレは、好きな物で良いのかしら?」
「はい!好きです。牛乳好きです」
「じゃあ、たくさん入れましょうね」
「ありがとうございます!」
「布之さんは、のぞみと同じミルクティーで良いのかしら?遠慮していない?」
「はい、していません。遠慮しないで良いと言うのなら、他にもお願いしたいことが色々あります」
「あら?何かしら?」
「それは、追々で構いません。今の状況に、とても満足していますので…。本当にお招きいただき、ありがとうございます。是非、今後ともお願いします」
「あら?」
お母さんが、ふふと笑う。
「布之さんは、のぞみと同じが嬉しいのかしら?」
「分かりますか?未熟者ですね」
「そんなことはないわ。だけど、のぞみはホットの紅茶にミルクのみを入れるのが好きなのだけれど、布之さんはお砂糖を入れた方がいいかしら?」
「そうですね。甘い方が飲みやすいですし、私も慣れていますね。でも、春川とお揃いでデビューしてみるのも、とても魅力的で迷ってしまいます」
「あらあら。じゃあ、まずはミルクのみで、飲んでみて?お砂糖は後で足せるからね?」
「とても、名案だと思います。お母様の仰る通りに」
「布之さん、その『お母様』って言うのは、他に何か変更はできるかしら?」
「あぁ、すみません。ご不快でしたか?では、何とお呼びすれば良いでしょう?」
「何だか、仰々しい気がするのよね?あくまで、のぞみの保護者として、接してもらえれば、おばさんは十分なの」
「おばさんなんて、似合わなさ過ぎて呼べません。こんなに若くて、お綺麗なのに…」
はっきりとした布之さんの言葉にお母さんが笑い出した。
「布之さんは、お上手ね」
「お褒めいただき光栄です。ですが、無理に褒めているわけではないですから。本心で、そう思っていますので、お世辞とは思わないでほしいです」
「かすみ!本当にいい加減にしろよ!すみません、おばさん」
「あかり?おばさんなんて、失礼よ。お姉さまでも十分なのに」
「まぁまぁ、乃田さんも布之さんも落ち着いて」
お母さんに言われ、2人が「すみません」と言っている。
思わず笑ってしまった。
「春川?」
乃田さんの不思議そうな声。
「何だか、おかしくて…。お母さんが楽しそうで、乃田さんも布之さんも…お喋りが上手で、羨ましいなって」
私には何も見えていない。
でも、ここにはたくさんの言葉が動いている。
私では、追いかけられないくらいの、とても貴重で大切な言葉が。
全部大事に持っていたいと思った。
イキイキとしている、お母さんの表情を想像していたら、何だかすごく胸が温かくなった。
私では、こうはならない。
だから、お母さんが楽しんでくれていることが、とても嬉しくなる。
いつも迷惑しかかけていない私だけれど。
いつでも「良いのよ」と言ってくれる優しいお母さん。
お母さんが、嬉しいとか楽しいとか感じてくれる時間になったのなら、こんなに素敵なことはない。
「私にとっては、大事な春川のお母様よ」
「そこは、『春川の大事なお母さん』じゃないのか?」
「あら?私としたことが…。でも、春川が大事なのは変わっていないから、間違いじゃないわ。大事な春川の、大切なお母様、で良いわね」
「さっき、おばさんに言われたろ?仰々しいって」
「『仰々しい』の、言葉の意味分かって言っている?あかり」
「分かるぞ。…何となくでな」
「はいはい、まずはお飲み物をどうぞ。ようこそ、春川家へ」
お母さんが私の隣に座ったのだろう。
色々な香りが漂っていた。
「いただきます」
高杉君の声がしているけれど、高杉君は退屈していないのかな?
「どうした?春川?」
思っていることが伝わってしまったのかと、ドキリとする。
「…うん、あの、高杉君。部活があったのに、焦らせてしまって、ごめんなさい。今日は…ありがとう」
「どういたしまして。足が治るまで、少し窮屈になるな」
「うん。でも、ギブス?で固定しているから、あまり痛みはなくてね…」
「そうみたいだな、でも折れていたり、重篤状態にならなくて、ホッとした。…すぐに手を貸さずにいたこと、ごめん」
言われた言葉を理解し、首を振る。
「ううん!そんなことない!高杉君が、助けてくれなかったら…、もっともっと大変なことになっていたかもしれないし、だから、ありがとう。…私が、変に意地を張らないでいれば…もっと…」
そうだ。
私はいつも、迷惑しかかけていない。
そのことに気付いて、不安になる。
「だから、次はちゃんと聞くから」
「え?」
「ちゃんと、『手を貸して良いか』って、な?」
「…うん」
次から。
そんなことを言われて、不安が薄まる。
高杉君の言葉に、救われる自分。
しんみりしていると、ガチャガチャと玄関から音がした。
ドアが開いていたから、玄関から響く音にピンとする。
鍵を開ける音と言うことは、さやかが帰って来たのだろう。
さやかは去年から、家の鍵を持つようになった。
私は持っていないけれど、さやかは学校に行く時に鍵を持つとお母さんに宣言していた。
私が急に見えなくなっても、お母さんが家にいなくても困らないように。
そう、私のため。
そう思うと、申し訳ない気持ちにしかならない。
いつでも、我慢をさせていると思うのに。
賑やかで優しいさやか。
時々、意地悪になるけれど…。
可愛くて大事な、私の妹。
どうしよう。
変にドキドキしてしまう。
先にうがいと手洗いをしているであろう音。
リビングに来たら、みんなと会うことになる。
なんて言うのだろうと、気になる私がいた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
あさはんのゆげ
深水千世
児童書・童話
【映画化】私を笑顔にするのも泣かせるのも『あさはん』と彼でした。
7月2日公開オムニバス映画『全員、片想い』の中の一遍『あさはんのゆげ』原案作品。
千葉雄大さん・清水富美加さんW主演、監督・脚本は山岸聖太さん。
彼は夏時雨の日にやって来た。
猫と画材と糠床を抱え、かつて暮らした群馬県の祖母の家に。
食べることがないとわかっていても朝食を用意する彼。
彼が救いたかったものは。この家に戻ってきた理由は。少女の心の行方は。
彼と過ごしたひと夏の日々が輝きだす。
FMヨコハマ『アナタの恋、映画化します。』受賞作品。
エブリスタにて公開していた作品です。
フツーさがしの旅
雨ノ川からもも
児童書・童話
フツーじゃない白猫と、頼れるアニキ猫の成長物語
「お前、フツーじゃないんだよ」
兄弟たちにそうからかわれ、家族のもとを飛び出した子猫は、森の中で、先輩ノラ猫「ドライト」と出会う。
ドライトに名前をもらい、一緒に生活するようになったふたり。
狩りの練習に、町へのお出かけ、そして、新しい出会い。
二匹のノラ猫を中心に描かれる、成長物語。
10歳差の王子様
めぇ
児童書・童話
おれには彼女を守るための鉄則がある。
大切な女の子がいるから。
津倉碧斗(つくらあおと)、小学校1年生。
誰がなんと言おうと隣に住んでる幼馴染の村瀬あさひ(むらせあさひ)は大切な女の子。
たとえ10歳の差があっても関係ないし、 どんなに身長差があったってすぐに追いつくし追い越せるから全然困ったことじゃない。
今は小学生のチビだけど、 中学生、高校生になっていつかは大人になるんだから。
少しづつ大人になっていく2人のラブコメディでありラブストーリーなちょっと切ないお話。
※こちらは他サイト様で掲載したお話を加筆したものです。
名探偵が弟になりまして
雨音
児童書・童話
中1のこころは小柄ながら空手・柔道・合気道で天才的な才能を持つJC。けれども彼女はとある理由から、自分のその「強さ」を疎むようになっていた。
そんなある日、両親の再婚によってこころに義弟ができることに。
その彼はなんと、かつて「名探偵」と呼ばれた天才少年だった!
けれども彼――スバルは自分が「名探偵」であったという過去をひどく疎んでいるようで?
それぞれ悩みを抱えた義姉弟が織りなすバディミステリ!
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる