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わだかまり?
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さっき、2人と話をしていた時はちゃんと見えていた。
でも、今は見えていない。
話の途中だったのに、何で私は2人のことを信じられなかったのだろう。
今の2人を。
どうして、拒絶なんてしてしまったのだろう。
寂しかったのかもしれない。
昔のことを思い出して、あの頃のことに触れたくないと、そう思ってしまったのだろう。
だから、乃田さんと布之さんを遠ざけてしまった。
「大丈夫?春川さん?」
大谷先生の声で、我に返る。
「だ、大丈夫です」
「…乃田さんと布之さんと、お話をすることは…」
「しますっ!」
小さな声だったけれど、咄嗟に出た言葉。
「…そう。じゃあ、先生は春川さんのお母さんにお電話をするので、その間廊下と中の空間とどちらが良いかしら?」
「中の空間をお借りします」
布之さんの声だった。
「そう、短いと思うけれど話せるかしら?すぐに通院に行きたいから…」
「じゃ、すぐに移動します。春川、動くぞ?」
乃田さんの声は震えていた。
でも、その声と同時に私を乗せた椅子がゆっくりと動く。
軽い椅子は、ゆっくりと動きカーテンが動く気配がした。
「どうしたんだよ?そんなに足…何があった?」
乃田さんの声はずっと震えている。
「あ、あの…転んで、しまって」
もごもごと小さく返答する。
でも、溜め息が一つ聞こえた。
「違うだろ?階段から落ちたんだ」
高杉君の声だった。
息が止まる。
「…落ちた?階段、から?」
乃田さんの声がしたと思うと、気配が増えた。
急に頬に触れた手に、びくりと体が強張る。
「ごめんなさい、驚かせて。この顔の痣もそうなのかしら?冷やすものを借りて来ないと」
布之さんの声が聞こえ、すぐに頬の手が離れる。
「お前、そばにいたのか?」
乃田さんの言葉は、私には向いていなかった。
「側と言うか、近くにはいた」
答えたのは、高杉君だった。
「…何で?何でこのタイミングなんだよ!こんな大怪我するんだ。あの時も手を貸さないで、今回もまた…」
乃田さんの声が大きくなった。
「ご、ごめんなさい」
消えそうな声で、呟いたのは私だった。
「違う!そうじゃない!私は、私に怒ってるんだ!あの時も、今も、何で私は役に立てないんだ。いつも!…いつも、肝心な時に、役に立たない私じゃ…。何のために春川と友達になったのか、これじゃ意味がないんだ!」
「そういう言い方はやめろって。春川が自分を責めるだろ?」
「うるさい!」
高杉君の落ち着いた声が聞こえたけれど、乃田さんの大きな声にかき消される。
「お前みたいに、知ったかで話をされたくない!お前には関係ないことだ!」
「言い争いをしている時間はないでしょ?」
平坦な声と共に、冷たい物が頬に触れた。
「足は、痛くない?顔も?」
「あ、ありがとう。大丈…」
「大丈夫のわけがない。すごい腫れているし、色がとても悪かった」
私の言葉を遮って、高杉君が答えた。
「あら、高杉は春川の怪我も確認したの?」
「あぁ、紫色の濃い感じだった。それにすごい皮膚が膨張していた」
「ということは、内出血だけじゃないってことね」
「そうだろうな」
冷静な高杉君の声を聞いていて、肩を貸してもらったことをふと思い出す。
「高杉君、手伝ってもらってごめんなさい」
「手伝ってもらって、ごめんなさい?」
ゆっくりと聞き返され、おかしいことに気付いた。
「手を…貸してくれて、ありがとう」
言葉を考えて、もう1度伝える。
「どういたしまして」
「何だよ。私はいつも役に立たない。私だって、お前を助けたいのに。義務感とか、謝罪じゃなくて、そんなんじゃなくて!春川に頼られて、力を貸したいんだって。どうしたら分かる?何をしたら伝わる?具体的に、何をしたら良いんだよ?教えてくれよ。もっと、頼れって。ちゃんと、お前と友達になりたいよ!」
乃田さんの言葉はすごく力強かった。
「あ、あの…乃田さん?ごめ…」
「謝るな!お前と対等になるにはどうしたら良い?もっと頼れよ、春川とケンカしたり、揉めたり、普通にしたいんだよ。面倒かけろって、めんどくせえなって思わせろよ。そんなことにもっと巻き込めよ。喜んで、お前と一緒の時間を過ごすから。拒絶すんな。私はずっと春川と対等に、ちゃんと友達になりたいんだ。それが、すごく嬉しくて、私の望みなんだからさ!」
触れた手が、温かい。
しっかりと握られた手。
繋がれた手に、力が入っている。
痛いと思う力でも、それはとても嬉しい気持ちになった。
「なぁ?春川…頼むよ…」
乃田さんの声が、震えている。
まるで、泣いているみたいな響きだった。
対等に…?
乃田さんの言葉は、私が昨日思ったこと、そうだったら良いなと思うことと似ていた。
迷惑をかけるだけの関係は嫌だ。
でも、もう少し頼っても良いのかな?
私が「大丈夫」ということで、乃田さんは悲しい気持ちになっていたのかな?
「あかりは、春川と一緒にいたくて仕方ないのよ?ケンカしたり、怒らせたり、困らせたり…。遠慮じゃなくて、共有したいんだって、色々なことを。勿論私もよ?償いなんて、大層なものじゃなくて。もっというと、昔は本当に関係なくて、ただ…今の春川と一緒にいたいだけ。今の春川を知って、たくさんの時間を過ごしたいって願っているの。勿論、ただの友達として、ね?」
布之さんの言葉が、静かに通り過ぎる。
「高杉なんかじゃなくて、何で私はあの時に追いかけなかったんだろう。追いかけていたら、春川は怪我をしなくて済んだのに!私のせいで、こんな大怪我を…」
乃田さんの言葉に、それは違うと感じた。
繋がった手を、今度は私がしっかりと握る。
「あの、ね?心配してくれて、ありがとう。…楽しい時間を、一緒に過ごしてくれて、ありがとう。今、…色が無くても、何も…映らなくても、学校に来たいと思うのは、やっぱり乃田さんと、布之さんと、高杉君のおかげなんだよ?一緒に見た、色のある記憶と言葉が、私の支えだから。本当に、そう思っているよ!だから、ありがとう。乃田さん、乃田さんのせいで、怪我なんてしていないよ?だから…だから、ありがとう」
繋いでいた手に、出来る限り力を込める。
私だって、乃田さんとちゃんとお友達になりたいという気持ち。
それを伝えるのは謝るのよりも、きっと感謝の方だろう。
頬を流れる感覚は、ここの所馴染んでいるものだ。
「すごく、嬉しいの。どう言えば、上手に伝わるの、かな…。すごく考えても、分からなくて。心配されるのも…嬉しい、の。だけど、すごく苦しくなることが、あって。でも、嫌なわけじゃなくて…」
震える声で、そう告げる。
「楽しいと、思ってくれているの?」
布之さんの声は、少しだけ震えていた。
「うん、勿論だよ。布之さんも、いつもありがとう。私、助けてもらうばかりで、何もできない。何も返せない…。だから、一緒にいても、迷惑しかかけないから…本当に、本当に申し訳なくて…」
「春川に、そう思わせないためには、どうしたら良いのかしらね?これからの課題だわ」
少しだけ、笑った声がした。
「あかりとね?春川が申し訳ないと思わないようにするには、どうしたら良いのかって、真剣に相談しているのよ。春川が、安心して私と、あかりと一緒にいるには、何が必要なのかしらって?」
こんなに、嬉しいことがあるのだろうか。
私といるために、なんて何も必要ない。
ただ、一緒にいてくれればそれで…。
「ありがとう」
声が途切れて掠れてしまったけれど、声に出来ていたかな?
私の感謝の気持ちは。
「お話は、終わったかしら?」
大谷先生の声がした。
ハッとして、乃田さんの手を離す。
スカートのポケットに入れていた、ハンカチを取り出す。
見えていないけれど、とりあえず目元と頬の涙を拭う。
「春川さん、すぐに病院へ行くから、車椅子に乗ってちょうだい」
静かに動くゴムの音がした。
林先生が言っていた、車椅子が近くに来たのだろう。
「はい」
「あ、林先生?保冷剤をお借りしています」
布之さんの声がした。
ずっと頬を押さえてくれている、冷たい存在。
「はいはい、というか君達は春川のためにしか、薬剤を使用しないのか?」
「…否定はしないっす」
乃田さんの小さな声がした。
「あの時も、結局怪我をしたのは春川で、乃田はピンピンしてるし」
いつかの、作戦を実行した時のことだろうか。
林先生の言葉に、乃田さんが「すみませんでした」と続けて謝罪していた。
「もう良いよ。とりあえず、救急で通院することにしたから、春川立てるか?」
林先生の言葉に、返事をしようとした時。
急に触れた膝裏の感触は、何だったか分からなかった。
「掴まれる?」
言われた言葉に返答する前に、座ったままの私の体が浮いた。
びっくりして、思わず「ひゃ」と声が出てしまった。
「落とさないから、体重を預けて」
近い距離で言われた言葉に、こくこくと頷くのがやっとだった。
背中と膝裏を支えられて、私は座ったまま再度柔らかい場所に座っていた。
「あら、まあ」
大谷先生の言葉が聞こえ、その後バンッという音が響く。
私の体にも、微かに伝わる振動。
「セクハラ!」
乃田さんの大きな声が聞こえた。
「こらこら、保健室で暴力沙汰はやめなさい」
林先生の言葉に首を傾げる。
何があったのだろう?
「春川、嫌だった?」
「う、ううん」
「…だってさ」
高杉君の言葉の後に、もう1度バンッという音が響いた。
私には何も見えていないけれど、何かはあったのだろう。
「さ、あなたたちは、掃除の時間になるから教室に戻ってくださいな」
大谷先生の言葉に、「えー」と言う乃田さんの声が聞こえる。
「何で?着いて行けないですか?心配で、掃除どころじゃないっていうか」
「保護者枠は埋まっているものね。親友枠に3人じゃ多いでしょうし」
「布之さんは、どこまでか本気か分からないから、判断に困るのよね」
大谷先生の言葉に、「心外です」という布之さんの声。
「いつだって、春川を中心に回っています。本気も本気ですよ」
「分かったから、春川のためを思うなら引き留めるな。早く行かないといけないんだから、君達とコントをしている場合も時間もない」
林先生の言葉と共に、車椅子が動く。
「大谷先生?もう、表にタクシーは来ていると思うので行きましょう」
「そうですね」
大谷先生と林先生のみで、会話をしている。
「…あの、先生?終わったら、学校に戻って来ても良いですか?」
さっきの今で、名残惜しいと言うのか。
何だか、勿体ない気持ちになってしまった。
欲張りになってしまったのだろうか?
「春川?学校に戻って来たいなら、きちんと親御さんに理由を話して、許可をもらうこと」
林先生の言葉に、コクリと頷く。
「そうね、春川さんのお母さんだって、とても心配していると思うから、家に帰らないで学校に戻るなんて驚いてしまうでしょうし」
「…はい」
「やった!ありがとう先生」
「ありがとうございます」
乃田さんと布之さんの声が聞こえ、びっくりする。
保健室に残っていると思っていたので、素直に驚いてしまった。
「ま、もし春川さんのお母さんが渋ったら、結果だけでも私が教えるから」
林先生のさっぱりとした声に、小さな返事が聞こえた。
「春川さんのお母さんは、まっすぐ病院に行ってくれるそうだから、向こうでお話をしましょうね」
「…はい」
大谷先生の言葉に、お母さんがなんて言うのか少し不安になる。
玄関まで移動し、タクシーに乗る際再度抱えられるように体が浮いた。
「本当に、男の子の腕力ってすごいのね」
大谷先生の言葉が、ぼんやりと響く。
「あんなに軽々と抱き上げるのは、やっぱり男性の腕力だな。もう中学生とは思えないですよね?」
抱き上げる…?
林先生の言葉に、この場にいる男子は1人しかいない。
高杉君が、さっきも今も?
私の体は、ふわりと浮いていた。
つまり…?
高杉君が、私のことを抱えてくれたということなのだろうか?
重かったと思うのに、2回も私を移動させてくれた。
大変なのに、2回も移動させてくれたことを思い出す。
「あ、ありがとう。高杉君」
「どういたしまして」
私はタクシーに乗り、扉が閉まった。
反対側から隣に座ったのは、林先生だった。
「他に痛い所はないか?向こうで調べてもらわないとだな」
「…はい。すみません」
大谷先生は前に乗っていたようで、運転手さんに色々と説明をしていた。
「3人は、掃除の時間ですよ?」
大谷先生の言葉に返事があったようだけれど、後ろの席にいた私には聞こえなかった。
「じゃ、お願いします」
足首を覆う冷たさで、痛みが少し麻痺していた。
でも、今は見えていない。
話の途中だったのに、何で私は2人のことを信じられなかったのだろう。
今の2人を。
どうして、拒絶なんてしてしまったのだろう。
寂しかったのかもしれない。
昔のことを思い出して、あの頃のことに触れたくないと、そう思ってしまったのだろう。
だから、乃田さんと布之さんを遠ざけてしまった。
「大丈夫?春川さん?」
大谷先生の声で、我に返る。
「だ、大丈夫です」
「…乃田さんと布之さんと、お話をすることは…」
「しますっ!」
小さな声だったけれど、咄嗟に出た言葉。
「…そう。じゃあ、先生は春川さんのお母さんにお電話をするので、その間廊下と中の空間とどちらが良いかしら?」
「中の空間をお借りします」
布之さんの声だった。
「そう、短いと思うけれど話せるかしら?すぐに通院に行きたいから…」
「じゃ、すぐに移動します。春川、動くぞ?」
乃田さんの声は震えていた。
でも、その声と同時に私を乗せた椅子がゆっくりと動く。
軽い椅子は、ゆっくりと動きカーテンが動く気配がした。
「どうしたんだよ?そんなに足…何があった?」
乃田さんの声はずっと震えている。
「あ、あの…転んで、しまって」
もごもごと小さく返答する。
でも、溜め息が一つ聞こえた。
「違うだろ?階段から落ちたんだ」
高杉君の声だった。
息が止まる。
「…落ちた?階段、から?」
乃田さんの声がしたと思うと、気配が増えた。
急に頬に触れた手に、びくりと体が強張る。
「ごめんなさい、驚かせて。この顔の痣もそうなのかしら?冷やすものを借りて来ないと」
布之さんの声が聞こえ、すぐに頬の手が離れる。
「お前、そばにいたのか?」
乃田さんの言葉は、私には向いていなかった。
「側と言うか、近くにはいた」
答えたのは、高杉君だった。
「…何で?何でこのタイミングなんだよ!こんな大怪我するんだ。あの時も手を貸さないで、今回もまた…」
乃田さんの声が大きくなった。
「ご、ごめんなさい」
消えそうな声で、呟いたのは私だった。
「違う!そうじゃない!私は、私に怒ってるんだ!あの時も、今も、何で私は役に立てないんだ。いつも!…いつも、肝心な時に、役に立たない私じゃ…。何のために春川と友達になったのか、これじゃ意味がないんだ!」
「そういう言い方はやめろって。春川が自分を責めるだろ?」
「うるさい!」
高杉君の落ち着いた声が聞こえたけれど、乃田さんの大きな声にかき消される。
「お前みたいに、知ったかで話をされたくない!お前には関係ないことだ!」
「言い争いをしている時間はないでしょ?」
平坦な声と共に、冷たい物が頬に触れた。
「足は、痛くない?顔も?」
「あ、ありがとう。大丈…」
「大丈夫のわけがない。すごい腫れているし、色がとても悪かった」
私の言葉を遮って、高杉君が答えた。
「あら、高杉は春川の怪我も確認したの?」
「あぁ、紫色の濃い感じだった。それにすごい皮膚が膨張していた」
「ということは、内出血だけじゃないってことね」
「そうだろうな」
冷静な高杉君の声を聞いていて、肩を貸してもらったことをふと思い出す。
「高杉君、手伝ってもらってごめんなさい」
「手伝ってもらって、ごめんなさい?」
ゆっくりと聞き返され、おかしいことに気付いた。
「手を…貸してくれて、ありがとう」
言葉を考えて、もう1度伝える。
「どういたしまして」
「何だよ。私はいつも役に立たない。私だって、お前を助けたいのに。義務感とか、謝罪じゃなくて、そんなんじゃなくて!春川に頼られて、力を貸したいんだって。どうしたら分かる?何をしたら伝わる?具体的に、何をしたら良いんだよ?教えてくれよ。もっと、頼れって。ちゃんと、お前と友達になりたいよ!」
乃田さんの言葉はすごく力強かった。
「あ、あの…乃田さん?ごめ…」
「謝るな!お前と対等になるにはどうしたら良い?もっと頼れよ、春川とケンカしたり、揉めたり、普通にしたいんだよ。面倒かけろって、めんどくせえなって思わせろよ。そんなことにもっと巻き込めよ。喜んで、お前と一緒の時間を過ごすから。拒絶すんな。私はずっと春川と対等に、ちゃんと友達になりたいんだ。それが、すごく嬉しくて、私の望みなんだからさ!」
触れた手が、温かい。
しっかりと握られた手。
繋がれた手に、力が入っている。
痛いと思う力でも、それはとても嬉しい気持ちになった。
「なぁ?春川…頼むよ…」
乃田さんの声が、震えている。
まるで、泣いているみたいな響きだった。
対等に…?
乃田さんの言葉は、私が昨日思ったこと、そうだったら良いなと思うことと似ていた。
迷惑をかけるだけの関係は嫌だ。
でも、もう少し頼っても良いのかな?
私が「大丈夫」ということで、乃田さんは悲しい気持ちになっていたのかな?
「あかりは、春川と一緒にいたくて仕方ないのよ?ケンカしたり、怒らせたり、困らせたり…。遠慮じゃなくて、共有したいんだって、色々なことを。勿論私もよ?償いなんて、大層なものじゃなくて。もっというと、昔は本当に関係なくて、ただ…今の春川と一緒にいたいだけ。今の春川を知って、たくさんの時間を過ごしたいって願っているの。勿論、ただの友達として、ね?」
布之さんの言葉が、静かに通り過ぎる。
「高杉なんかじゃなくて、何で私はあの時に追いかけなかったんだろう。追いかけていたら、春川は怪我をしなくて済んだのに!私のせいで、こんな大怪我を…」
乃田さんの言葉に、それは違うと感じた。
繋がった手を、今度は私がしっかりと握る。
「あの、ね?心配してくれて、ありがとう。…楽しい時間を、一緒に過ごしてくれて、ありがとう。今、…色が無くても、何も…映らなくても、学校に来たいと思うのは、やっぱり乃田さんと、布之さんと、高杉君のおかげなんだよ?一緒に見た、色のある記憶と言葉が、私の支えだから。本当に、そう思っているよ!だから、ありがとう。乃田さん、乃田さんのせいで、怪我なんてしていないよ?だから…だから、ありがとう」
繋いでいた手に、出来る限り力を込める。
私だって、乃田さんとちゃんとお友達になりたいという気持ち。
それを伝えるのは謝るのよりも、きっと感謝の方だろう。
頬を流れる感覚は、ここの所馴染んでいるものだ。
「すごく、嬉しいの。どう言えば、上手に伝わるの、かな…。すごく考えても、分からなくて。心配されるのも…嬉しい、の。だけど、すごく苦しくなることが、あって。でも、嫌なわけじゃなくて…」
震える声で、そう告げる。
「楽しいと、思ってくれているの?」
布之さんの声は、少しだけ震えていた。
「うん、勿論だよ。布之さんも、いつもありがとう。私、助けてもらうばかりで、何もできない。何も返せない…。だから、一緒にいても、迷惑しかかけないから…本当に、本当に申し訳なくて…」
「春川に、そう思わせないためには、どうしたら良いのかしらね?これからの課題だわ」
少しだけ、笑った声がした。
「あかりとね?春川が申し訳ないと思わないようにするには、どうしたら良いのかって、真剣に相談しているのよ。春川が、安心して私と、あかりと一緒にいるには、何が必要なのかしらって?」
こんなに、嬉しいことがあるのだろうか。
私といるために、なんて何も必要ない。
ただ、一緒にいてくれればそれで…。
「ありがとう」
声が途切れて掠れてしまったけれど、声に出来ていたかな?
私の感謝の気持ちは。
「お話は、終わったかしら?」
大谷先生の声がした。
ハッとして、乃田さんの手を離す。
スカートのポケットに入れていた、ハンカチを取り出す。
見えていないけれど、とりあえず目元と頬の涙を拭う。
「春川さん、すぐに病院へ行くから、車椅子に乗ってちょうだい」
静かに動くゴムの音がした。
林先生が言っていた、車椅子が近くに来たのだろう。
「はい」
「あ、林先生?保冷剤をお借りしています」
布之さんの声がした。
ずっと頬を押さえてくれている、冷たい存在。
「はいはい、というか君達は春川のためにしか、薬剤を使用しないのか?」
「…否定はしないっす」
乃田さんの小さな声がした。
「あの時も、結局怪我をしたのは春川で、乃田はピンピンしてるし」
いつかの、作戦を実行した時のことだろうか。
林先生の言葉に、乃田さんが「すみませんでした」と続けて謝罪していた。
「もう良いよ。とりあえず、救急で通院することにしたから、春川立てるか?」
林先生の言葉に、返事をしようとした時。
急に触れた膝裏の感触は、何だったか分からなかった。
「掴まれる?」
言われた言葉に返答する前に、座ったままの私の体が浮いた。
びっくりして、思わず「ひゃ」と声が出てしまった。
「落とさないから、体重を預けて」
近い距離で言われた言葉に、こくこくと頷くのがやっとだった。
背中と膝裏を支えられて、私は座ったまま再度柔らかい場所に座っていた。
「あら、まあ」
大谷先生の言葉が聞こえ、その後バンッという音が響く。
私の体にも、微かに伝わる振動。
「セクハラ!」
乃田さんの大きな声が聞こえた。
「こらこら、保健室で暴力沙汰はやめなさい」
林先生の言葉に首を傾げる。
何があったのだろう?
「春川、嫌だった?」
「う、ううん」
「…だってさ」
高杉君の言葉の後に、もう1度バンッという音が響いた。
私には何も見えていないけれど、何かはあったのだろう。
「さ、あなたたちは、掃除の時間になるから教室に戻ってくださいな」
大谷先生の言葉に、「えー」と言う乃田さんの声が聞こえる。
「何で?着いて行けないですか?心配で、掃除どころじゃないっていうか」
「保護者枠は埋まっているものね。親友枠に3人じゃ多いでしょうし」
「布之さんは、どこまでか本気か分からないから、判断に困るのよね」
大谷先生の言葉に、「心外です」という布之さんの声。
「いつだって、春川を中心に回っています。本気も本気ですよ」
「分かったから、春川のためを思うなら引き留めるな。早く行かないといけないんだから、君達とコントをしている場合も時間もない」
林先生の言葉と共に、車椅子が動く。
「大谷先生?もう、表にタクシーは来ていると思うので行きましょう」
「そうですね」
大谷先生と林先生のみで、会話をしている。
「…あの、先生?終わったら、学校に戻って来ても良いですか?」
さっきの今で、名残惜しいと言うのか。
何だか、勿体ない気持ちになってしまった。
欲張りになってしまったのだろうか?
「春川?学校に戻って来たいなら、きちんと親御さんに理由を話して、許可をもらうこと」
林先生の言葉に、コクリと頷く。
「そうね、春川さんのお母さんだって、とても心配していると思うから、家に帰らないで学校に戻るなんて驚いてしまうでしょうし」
「…はい」
「やった!ありがとう先生」
「ありがとうございます」
乃田さんと布之さんの声が聞こえ、びっくりする。
保健室に残っていると思っていたので、素直に驚いてしまった。
「ま、もし春川さんのお母さんが渋ったら、結果だけでも私が教えるから」
林先生のさっぱりとした声に、小さな返事が聞こえた。
「春川さんのお母さんは、まっすぐ病院に行ってくれるそうだから、向こうでお話をしましょうね」
「…はい」
大谷先生の言葉に、お母さんがなんて言うのか少し不安になる。
玄関まで移動し、タクシーに乗る際再度抱えられるように体が浮いた。
「本当に、男の子の腕力ってすごいのね」
大谷先生の言葉が、ぼんやりと響く。
「あんなに軽々と抱き上げるのは、やっぱり男性の腕力だな。もう中学生とは思えないですよね?」
抱き上げる…?
林先生の言葉に、この場にいる男子は1人しかいない。
高杉君が、さっきも今も?
私の体は、ふわりと浮いていた。
つまり…?
高杉君が、私のことを抱えてくれたということなのだろうか?
重かったと思うのに、2回も私を移動させてくれた。
大変なのに、2回も移動させてくれたことを思い出す。
「あ、ありがとう。高杉君」
「どういたしまして」
私はタクシーに乗り、扉が閉まった。
反対側から隣に座ったのは、林先生だった。
「他に痛い所はないか?向こうで調べてもらわないとだな」
「…はい。すみません」
大谷先生は前に乗っていたようで、運転手さんに色々と説明をしていた。
「3人は、掃除の時間ですよ?」
大谷先生の言葉に返事があったようだけれど、後ろの席にいた私には聞こえなかった。
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