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伝え方
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お母さんの伺うような声。
怪我の多い私だけど、誰かにされて出来ている物は1つもない。
そう、自分が原因で出来る怪我が全てだ。
全部が全部、自分が空回りしているせいだ。
「あのね、お母さん?これは…違うの」
口から出た言葉。
お母さんは不思議に思っているのだろう。
そうじゃない。
毎日きちんと説明しないことで、誤解されていることを。
誤解される原因は、自分が招いていることだ。
心配されたくない私が、説明をおざなりにしていることで、変な想像をさやかにされている。
私が学校でいじめられているから、毎日怪我をしているのだと…。
それを強く否定しても、どうして怪我をしたのかをきちんと伝えないことで、この状況になっている。
学校でも私がきちんと言葉で言えないことで、ぎこちなさが出ている。
家でも同じだ。
私が誤魔化さないで、きちんと最初から言えていればこんなに心配されなかった?
「違うの。あのね、お母さん。さやかが言うような、イジメとか酷いことをする人はいないんだよ?何かされている怪我なんて、1つもないの。本当だよ!本当に、私が慌ててしまったり、焦ってしまって、出来たものなの。誰も悪くないの。だって、私でも…見えない時の私でも、出来ることがあるんだって。その、見せたいって、思っただけ…、でも、まだ上手に出来てないんだけどね…」
勢いよく言った私だけど、最後の方はごにょごにょとしてしまった。
だって、まだ3人に見せられていないから。
私でも出来る証明は。
見えていない時の頑張りは、まだ3人には伝わっていない。
まだまだ、心配されるだけの私のままだ。
「…そうなのね」
温かい手が、私の手の上に置かれる。
「のぞみが、見せたいって思っているのは、誰にかしら?少し前に言っていた、お友達かしら?」
「…うん、お友達」
今は少しぎこちないけれど、確かに私の大事なお友達だ。
「そう。のぞみのお友達…」
改めて言われると、少し照れてしまう。
顔が赤くなるのが分かる。
だって、顔が熱いから。
きっと、赤くなっているのだろう。
お母さんが私の手に乗せた手を、少し揺らす。
「のぞみがしたいと思っていることなら、お母さんは応援するわ。でも、のぞみのお友達も、のぞみの体のことをきっと心配しているのよね?さやかは少し過剰すぎだと思うけれど、きちんとお話したらどうかしら?」
お母さんの言葉に、素直に頷く。
そうだ。
3人は、いつでも私の心配をしてくれる。
それは、素直に嬉しい。
でも、心配され過ぎて居心地が悪いのは本当のこと。
これじゃ、お友達との関係ではない。
「うん…。私のために、手を貸してくれることが元々多かったの。だけど、その、私の目のことを知ってもらって…、今まで以上に私のことを、助けてくれることが多くなって…」
だから、私が逆に気を遣うようになってしまった。
「でも、私のためにしてくれることを、断ったりしたら悪いのかなって…思ったら、何か言えなくて。どんな言葉で、どんな風に説明すれば良いのか、考えている内に時間が過ぎてしまって、その内に何も言えなくなってしまって…。結局、何も言えなくなるの」
3人と、もっと普通に一緒にいたい。
私の面倒を見るだけじゃなくて、私でも何かの役に立つとか、相手の力になりたい。
さやかには、必要とされているのが分かっている。
でも、乃田さんと布之さんと高杉君には、私がいなくてもきっと大丈夫だ。
そう考えてしまうと、とても寂しい。
自分に自信がないから、そんな卑屈な考えになってしまう。
考え込む私に、お母さんが私の頭を撫でてくれた。
「それが、社会勉強なのよ」
「…はい」
「困って、悩んで、考えて…。たくさん経験したことが、大人になっても役に立つのよ?だから、時にはお友達とケンカをすることも、必要なのかもしれないわ」
お母さんの言葉に、不思議な気持ちが湧く。
「…ケンカ?えぇと、仲良くしたいのに?」
問いかける、私の言葉にお母さんはふふふと笑った。
「そうよ?もっと仲良く、もっと一緒にいるために、ね?」
仲良く、一緒に?
しばらく、考える。
こんなことで、悩むのは初めてで、沈黙でも不安は感じなかった。
お母さんが頭を撫でてくれるのが、気持ち良い。
安心して、考えることが出来た。
沈黙の中、目を閉じて思うこと。
「…はい。明日、言ってみる」
「そう」
考えながら、説明して、理解して、理解されたい。
そう、自然と思えた。
3人と、ちゃんと話をしよう。
決意したことで、少し安心する自分。
嬉しくて、自分でも笑ってしまった。
すると、玄関からバタバタと走って来る音が聞こえて来た。
「あら?早かったわね」
お母さんの優しい声に、さっき否定した“もしかして”が戻って来る。
先に、うがいと手洗いをしているんだろう。
少しの間の後で、ドアが勢いよく開き「ただいま!」と元気な声が聞こえた。
「おかえり、さやか。ありがとう」
お母さんがふふっと笑った。
「お母さん!そこは、私の席!」
さやかが、私とお母さんの間にわざと座り、ソファが弾む。
「気を付けて行って来れた?」
私がそう言うと、私の上に乗るようにさやかが向きを変えて来た。
「うん、おねえのために行って来た」
「ありがとう」
「どういたしまして」
さやかは、私の首に自分のおでこを摺り寄せて来た。
「ネコみたいだね?急いでいて、飛び出さなかった?」
「おねえと違って大丈夫!それに、何で新しいの貼ってあるの!?」
腕に新しく貼った湿布薬に、さやかが気付いたようだ。
「あるなら、わざわざ買いに行かなくても良かったのに!」
「違うのよ?本当に最後の1枚が残っていただけ。さやかが買って来てくれて、良かったわ。次から安心して使えるわね、のぞみ?」
「…はい」
「お風呂の後で交換するから別に良いけど!おねえは、これ以上怪我しないように、本当に気を付けてよね?」
「うん、気を付けるね」
少し、気分が楽になった?かもしれない。
今までお友達なんていなかったし、どうすれば良いのか分からない。
でも、こうやってお母さんに言ったみたいに、相談してみて、必要ならケンカだって…。
…うぅ。ケンカ、できればしたくないけど。
そういうのも、した方が良いのかもしれない。
お風呂の後で、さやかにほぼ全身のアザに新しい湿布薬を貼られた。
というか、毎日のように交換しているこれのせいで、湿布薬はなくなっているのかな?
本当に、怪我には気を付けよう。
そう、改めて思った。
その夜も、考えるのは3人のことだった。
さっき、お母さんとした話を何度も思い出す。
私の行動を、見ていてほしいと3人に伝えること。
私の目のことを伝えるよりも、ドキドキしているかもしれない。
だってあの時は、嫌われても良いと思い決意したことだから。
でも、今は違う。
お友達になった3人が、これで離れてしまったらと思うと、とても不安になる。
折角親切にしてくれているのに、その手を貸さないでほしいなんて言うのは。
言ったら、何かが変わってしまうのだろうか?
決意した次の日、朝からふわふわする状態になった。
下に降りて行くと、お母さんとさやかが顔を見合わせている。
さやかは、嬉しそうに体温計を持って来た。
私の意思に反して、熱があったらしい。
さやかは嬉しそうに登校し、私は学校を欠席した。
病院に行くと、「知恵熱」と診断されたらしい。
お母さんは結果を聞き、目を丸くした後でクスクス笑っていた。
「考えすぎて熱を出すなんて、全く可愛い子」
ふわふわする頭で、お母さんが言っていたことを考えようとするけれど、何も浮かばなかった。
お母さんは、ずっと笑っていた。
そのまま、整形外科にも行ったけれど熱があるからと、湿布薬のみをお母さんがもらってきたみたいだった。
「ここのところ、無理をして学校に行っていたのだから、必要な休みよ?明日は元気に行けるように、しっかり休むこと」
さやかが帰って来るまで、お母さんと2人で過ごす。
お母さんは、私のしたいことや、してほしいことを聞いて来た。
特には思い浮かばなかったので、首を振って布団で横になった。
本当に、思いつかなかった。
こうやって、のんびり過ごすことで最近気にしていたこと、悩んでいたことが解れていく気がした。
熱がある間は、ウトウトしていることが多かった。
ほとんど寝て過ごし、目が覚めた時には大分スッキリしていた。
だって、病気じゃないから。
熱が下がって、改めて知恵熱と診断された自分が子どもに思えた。
恥ずかしい。
それもお友達のことを考えすぎて、熱を出すなんて。
今までの自分には考えられない、幸せな悩みと思うように切り替える。
熱が下がった後は、新しく図書室で借りた本を読んでいたり、復習をしていた。
本当に、ゆっくりとした時間だった。
お母さんがお買い物に行く時は、お留守番もした。
電話や訪問などがないか、ドキドキしていたけれど何も起こらなかった。
お昼のタイミングで、視界が薄暗くなった。
このタイミングだけは、本当に私のことに構わずやって来る。
「ごちそうさま。…もう、今日は終わりみたい」
私がそう言うと、お母さんも寂しそうに頷いた。
見える内に食器を片付けようとするが、お母さんが手を握ってくれた。
「良いのよ、今日はゆっくりしないと」
「…はい」
お母さんの悲しそうな顔が暗くなって行く。
私の視界が何も映さなくなっても、手を握っていてくれた。
「のぞみ、大丈夫?」
「はい」
「のぞみ、給食もそうだけどきちんと食べないと、体力もつかないのよ?最近、また痩せたんじゃない?」
「…そんなことないよ?」
本当は制服のスカートが少しだけ緩くなっている。
だけど、本当に少しだけだ。
だって、動けないとか貧血のような症状も起きていない。
頭痛も眩暈も起きていない。
自分で意識する不調は、何も感じていない。
「おやつは、何か食べたい物はある?」
ふるふると首を振る。
「もう、食べたくないの?」
「おなかいっぱい」
「夜は?何か食べたい物はあるかしら?」
「特には…」
「夜になったら、おなかが空くかしらね?」
「今日は、動いてないから…」
歯を磨いて、また布団でウトウトする。
夢の中で、私はみんなと一緒に過ごしていた。
目のことなんて気にしないように、笑ったり話したりしている。
こういう関係を築きたい。
夢の中の自分を羨ましいと思うのは、いつものことだけど、今日のことは「本当になったら良いな」と強く思ってしまった。
頭や手を触られる感覚に、目を覚ます。
きっと、さやかが帰って来たのだろう。
「起きた?」
嬉しそうな声に、寝ぼけたまま応える。
「…おかえり」
今、私が寝ているのは2階の自室ではなく、リビングの横にある和室だ。
私の具合いが悪いことで、さやかが和室に布団を運んでくれた。
階段を使うことが、さやかには不安だったらしい。
私には、どこでも同じ気分だったけれど。
さやかは、まだ私の頭を撫でていた。
まるで、さやかのお人形のようだ。
「さやか?のぞみを休ませてあげて」
「午前中に、十分休んだんでしょ?」
「寝ていたり、本を読んでいたり、お留守番をしてもらったわ」
「え?何でおねえ1人にお留守番なんて?泥棒に入られたらどうするの?危ないでしょ」
こんなに一生懸命心配してくれるんだから、私は恵まれている。
さやかの過保護ぶりに、少し笑ってしまったけれど。
明日、見えていても見えていなくても、きちんと3人に話をしてみよう。
虚ろな頭で考える。
家でのことが、少しだけ改善したことで学校でのことも解決すると良いなぁ。
さやかの手が気持ち良くて、またウトウトと眠りに落ちた。
怪我の多い私だけど、誰かにされて出来ている物は1つもない。
そう、自分が原因で出来る怪我が全てだ。
全部が全部、自分が空回りしているせいだ。
「あのね、お母さん?これは…違うの」
口から出た言葉。
お母さんは不思議に思っているのだろう。
そうじゃない。
毎日きちんと説明しないことで、誤解されていることを。
誤解される原因は、自分が招いていることだ。
心配されたくない私が、説明をおざなりにしていることで、変な想像をさやかにされている。
私が学校でいじめられているから、毎日怪我をしているのだと…。
それを強く否定しても、どうして怪我をしたのかをきちんと伝えないことで、この状況になっている。
学校でも私がきちんと言葉で言えないことで、ぎこちなさが出ている。
家でも同じだ。
私が誤魔化さないで、きちんと最初から言えていればこんなに心配されなかった?
「違うの。あのね、お母さん。さやかが言うような、イジメとか酷いことをする人はいないんだよ?何かされている怪我なんて、1つもないの。本当だよ!本当に、私が慌ててしまったり、焦ってしまって、出来たものなの。誰も悪くないの。だって、私でも…見えない時の私でも、出来ることがあるんだって。その、見せたいって、思っただけ…、でも、まだ上手に出来てないんだけどね…」
勢いよく言った私だけど、最後の方はごにょごにょとしてしまった。
だって、まだ3人に見せられていないから。
私でも出来る証明は。
見えていない時の頑張りは、まだ3人には伝わっていない。
まだまだ、心配されるだけの私のままだ。
「…そうなのね」
温かい手が、私の手の上に置かれる。
「のぞみが、見せたいって思っているのは、誰にかしら?少し前に言っていた、お友達かしら?」
「…うん、お友達」
今は少しぎこちないけれど、確かに私の大事なお友達だ。
「そう。のぞみのお友達…」
改めて言われると、少し照れてしまう。
顔が赤くなるのが分かる。
だって、顔が熱いから。
きっと、赤くなっているのだろう。
お母さんが私の手に乗せた手を、少し揺らす。
「のぞみがしたいと思っていることなら、お母さんは応援するわ。でも、のぞみのお友達も、のぞみの体のことをきっと心配しているのよね?さやかは少し過剰すぎだと思うけれど、きちんとお話したらどうかしら?」
お母さんの言葉に、素直に頷く。
そうだ。
3人は、いつでも私の心配をしてくれる。
それは、素直に嬉しい。
でも、心配され過ぎて居心地が悪いのは本当のこと。
これじゃ、お友達との関係ではない。
「うん…。私のために、手を貸してくれることが元々多かったの。だけど、その、私の目のことを知ってもらって…、今まで以上に私のことを、助けてくれることが多くなって…」
だから、私が逆に気を遣うようになってしまった。
「でも、私のためにしてくれることを、断ったりしたら悪いのかなって…思ったら、何か言えなくて。どんな言葉で、どんな風に説明すれば良いのか、考えている内に時間が過ぎてしまって、その内に何も言えなくなってしまって…。結局、何も言えなくなるの」
3人と、もっと普通に一緒にいたい。
私の面倒を見るだけじゃなくて、私でも何かの役に立つとか、相手の力になりたい。
さやかには、必要とされているのが分かっている。
でも、乃田さんと布之さんと高杉君には、私がいなくてもきっと大丈夫だ。
そう考えてしまうと、とても寂しい。
自分に自信がないから、そんな卑屈な考えになってしまう。
考え込む私に、お母さんが私の頭を撫でてくれた。
「それが、社会勉強なのよ」
「…はい」
「困って、悩んで、考えて…。たくさん経験したことが、大人になっても役に立つのよ?だから、時にはお友達とケンカをすることも、必要なのかもしれないわ」
お母さんの言葉に、不思議な気持ちが湧く。
「…ケンカ?えぇと、仲良くしたいのに?」
問いかける、私の言葉にお母さんはふふふと笑った。
「そうよ?もっと仲良く、もっと一緒にいるために、ね?」
仲良く、一緒に?
しばらく、考える。
こんなことで、悩むのは初めてで、沈黙でも不安は感じなかった。
お母さんが頭を撫でてくれるのが、気持ち良い。
安心して、考えることが出来た。
沈黙の中、目を閉じて思うこと。
「…はい。明日、言ってみる」
「そう」
考えながら、説明して、理解して、理解されたい。
そう、自然と思えた。
3人と、ちゃんと話をしよう。
決意したことで、少し安心する自分。
嬉しくて、自分でも笑ってしまった。
すると、玄関からバタバタと走って来る音が聞こえて来た。
「あら?早かったわね」
お母さんの優しい声に、さっき否定した“もしかして”が戻って来る。
先に、うがいと手洗いをしているんだろう。
少しの間の後で、ドアが勢いよく開き「ただいま!」と元気な声が聞こえた。
「おかえり、さやか。ありがとう」
お母さんがふふっと笑った。
「お母さん!そこは、私の席!」
さやかが、私とお母さんの間にわざと座り、ソファが弾む。
「気を付けて行って来れた?」
私がそう言うと、私の上に乗るようにさやかが向きを変えて来た。
「うん、おねえのために行って来た」
「ありがとう」
「どういたしまして」
さやかは、私の首に自分のおでこを摺り寄せて来た。
「ネコみたいだね?急いでいて、飛び出さなかった?」
「おねえと違って大丈夫!それに、何で新しいの貼ってあるの!?」
腕に新しく貼った湿布薬に、さやかが気付いたようだ。
「あるなら、わざわざ買いに行かなくても良かったのに!」
「違うのよ?本当に最後の1枚が残っていただけ。さやかが買って来てくれて、良かったわ。次から安心して使えるわね、のぞみ?」
「…はい」
「お風呂の後で交換するから別に良いけど!おねえは、これ以上怪我しないように、本当に気を付けてよね?」
「うん、気を付けるね」
少し、気分が楽になった?かもしれない。
今までお友達なんていなかったし、どうすれば良いのか分からない。
でも、こうやってお母さんに言ったみたいに、相談してみて、必要ならケンカだって…。
…うぅ。ケンカ、できればしたくないけど。
そういうのも、した方が良いのかもしれない。
お風呂の後で、さやかにほぼ全身のアザに新しい湿布薬を貼られた。
というか、毎日のように交換しているこれのせいで、湿布薬はなくなっているのかな?
本当に、怪我には気を付けよう。
そう、改めて思った。
その夜も、考えるのは3人のことだった。
さっき、お母さんとした話を何度も思い出す。
私の行動を、見ていてほしいと3人に伝えること。
私の目のことを伝えるよりも、ドキドキしているかもしれない。
だってあの時は、嫌われても良いと思い決意したことだから。
でも、今は違う。
お友達になった3人が、これで離れてしまったらと思うと、とても不安になる。
折角親切にしてくれているのに、その手を貸さないでほしいなんて言うのは。
言ったら、何かが変わってしまうのだろうか?
決意した次の日、朝からふわふわする状態になった。
下に降りて行くと、お母さんとさやかが顔を見合わせている。
さやかは、嬉しそうに体温計を持って来た。
私の意思に反して、熱があったらしい。
さやかは嬉しそうに登校し、私は学校を欠席した。
病院に行くと、「知恵熱」と診断されたらしい。
お母さんは結果を聞き、目を丸くした後でクスクス笑っていた。
「考えすぎて熱を出すなんて、全く可愛い子」
ふわふわする頭で、お母さんが言っていたことを考えようとするけれど、何も浮かばなかった。
お母さんは、ずっと笑っていた。
そのまま、整形外科にも行ったけれど熱があるからと、湿布薬のみをお母さんがもらってきたみたいだった。
「ここのところ、無理をして学校に行っていたのだから、必要な休みよ?明日は元気に行けるように、しっかり休むこと」
さやかが帰って来るまで、お母さんと2人で過ごす。
お母さんは、私のしたいことや、してほしいことを聞いて来た。
特には思い浮かばなかったので、首を振って布団で横になった。
本当に、思いつかなかった。
こうやって、のんびり過ごすことで最近気にしていたこと、悩んでいたことが解れていく気がした。
熱がある間は、ウトウトしていることが多かった。
ほとんど寝て過ごし、目が覚めた時には大分スッキリしていた。
だって、病気じゃないから。
熱が下がって、改めて知恵熱と診断された自分が子どもに思えた。
恥ずかしい。
それもお友達のことを考えすぎて、熱を出すなんて。
今までの自分には考えられない、幸せな悩みと思うように切り替える。
熱が下がった後は、新しく図書室で借りた本を読んでいたり、復習をしていた。
本当に、ゆっくりとした時間だった。
お母さんがお買い物に行く時は、お留守番もした。
電話や訪問などがないか、ドキドキしていたけれど何も起こらなかった。
お昼のタイミングで、視界が薄暗くなった。
このタイミングだけは、本当に私のことに構わずやって来る。
「ごちそうさま。…もう、今日は終わりみたい」
私がそう言うと、お母さんも寂しそうに頷いた。
見える内に食器を片付けようとするが、お母さんが手を握ってくれた。
「良いのよ、今日はゆっくりしないと」
「…はい」
お母さんの悲しそうな顔が暗くなって行く。
私の視界が何も映さなくなっても、手を握っていてくれた。
「のぞみ、大丈夫?」
「はい」
「のぞみ、給食もそうだけどきちんと食べないと、体力もつかないのよ?最近、また痩せたんじゃない?」
「…そんなことないよ?」
本当は制服のスカートが少しだけ緩くなっている。
だけど、本当に少しだけだ。
だって、動けないとか貧血のような症状も起きていない。
頭痛も眩暈も起きていない。
自分で意識する不調は、何も感じていない。
「おやつは、何か食べたい物はある?」
ふるふると首を振る。
「もう、食べたくないの?」
「おなかいっぱい」
「夜は?何か食べたい物はあるかしら?」
「特には…」
「夜になったら、おなかが空くかしらね?」
「今日は、動いてないから…」
歯を磨いて、また布団でウトウトする。
夢の中で、私はみんなと一緒に過ごしていた。
目のことなんて気にしないように、笑ったり話したりしている。
こういう関係を築きたい。
夢の中の自分を羨ましいと思うのは、いつものことだけど、今日のことは「本当になったら良いな」と強く思ってしまった。
頭や手を触られる感覚に、目を覚ます。
きっと、さやかが帰って来たのだろう。
「起きた?」
嬉しそうな声に、寝ぼけたまま応える。
「…おかえり」
今、私が寝ているのは2階の自室ではなく、リビングの横にある和室だ。
私の具合いが悪いことで、さやかが和室に布団を運んでくれた。
階段を使うことが、さやかには不安だったらしい。
私には、どこでも同じ気分だったけれど。
さやかは、まだ私の頭を撫でていた。
まるで、さやかのお人形のようだ。
「さやか?のぞみを休ませてあげて」
「午前中に、十分休んだんでしょ?」
「寝ていたり、本を読んでいたり、お留守番をしてもらったわ」
「え?何でおねえ1人にお留守番なんて?泥棒に入られたらどうするの?危ないでしょ」
こんなに一生懸命心配してくれるんだから、私は恵まれている。
さやかの過保護ぶりに、少し笑ってしまったけれど。
明日、見えていても見えていなくても、きちんと3人に話をしてみよう。
虚ろな頭で考える。
家でのことが、少しだけ改善したことで学校でのことも解決すると良いなぁ。
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