27 / 68
伝え方
しおりを挟む
お母さんの伺うような声。
怪我の多い私だけど、誰かにされて出来ている物は1つもない。
そう、自分が原因で出来る怪我が全てだ。
全部が全部、自分が空回りしているせいだ。
「あのね、お母さん?これは…違うの」
口から出た言葉。
お母さんは不思議に思っているのだろう。
そうじゃない。
毎日きちんと説明しないことで、誤解されていることを。
誤解される原因は、自分が招いていることだ。
心配されたくない私が、説明をおざなりにしていることで、変な想像をさやかにされている。
私が学校でいじめられているから、毎日怪我をしているのだと…。
それを強く否定しても、どうして怪我をしたのかをきちんと伝えないことで、この状況になっている。
学校でも私がきちんと言葉で言えないことで、ぎこちなさが出ている。
家でも同じだ。
私が誤魔化さないで、きちんと最初から言えていればこんなに心配されなかった?
「違うの。あのね、お母さん。さやかが言うような、イジメとか酷いことをする人はいないんだよ?何かされている怪我なんて、1つもないの。本当だよ!本当に、私が慌ててしまったり、焦ってしまって、出来たものなの。誰も悪くないの。だって、私でも…見えない時の私でも、出来ることがあるんだって。その、見せたいって、思っただけ…、でも、まだ上手に出来てないんだけどね…」
勢いよく言った私だけど、最後の方はごにょごにょとしてしまった。
だって、まだ3人に見せられていないから。
私でも出来る証明は。
見えていない時の頑張りは、まだ3人には伝わっていない。
まだまだ、心配されるだけの私のままだ。
「…そうなのね」
温かい手が、私の手の上に置かれる。
「のぞみが、見せたいって思っているのは、誰にかしら?少し前に言っていた、お友達かしら?」
「…うん、お友達」
今は少しぎこちないけれど、確かに私の大事なお友達だ。
「そう。のぞみのお友達…」
改めて言われると、少し照れてしまう。
顔が赤くなるのが分かる。
だって、顔が熱いから。
きっと、赤くなっているのだろう。
お母さんが私の手に乗せた手を、少し揺らす。
「のぞみがしたいと思っていることなら、お母さんは応援するわ。でも、のぞみのお友達も、のぞみの体のことをきっと心配しているのよね?さやかは少し過剰すぎだと思うけれど、きちんとお話したらどうかしら?」
お母さんの言葉に、素直に頷く。
そうだ。
3人は、いつでも私の心配をしてくれる。
それは、素直に嬉しい。
でも、心配され過ぎて居心地が悪いのは本当のこと。
これじゃ、お友達との関係ではない。
「うん…。私のために、手を貸してくれることが元々多かったの。だけど、その、私の目のことを知ってもらって…、今まで以上に私のことを、助けてくれることが多くなって…」
だから、私が逆に気を遣うようになってしまった。
「でも、私のためにしてくれることを、断ったりしたら悪いのかなって…思ったら、何か言えなくて。どんな言葉で、どんな風に説明すれば良いのか、考えている内に時間が過ぎてしまって、その内に何も言えなくなってしまって…。結局、何も言えなくなるの」
3人と、もっと普通に一緒にいたい。
私の面倒を見るだけじゃなくて、私でも何かの役に立つとか、相手の力になりたい。
さやかには、必要とされているのが分かっている。
でも、乃田さんと布之さんと高杉君には、私がいなくてもきっと大丈夫だ。
そう考えてしまうと、とても寂しい。
自分に自信がないから、そんな卑屈な考えになってしまう。
考え込む私に、お母さんが私の頭を撫でてくれた。
「それが、社会勉強なのよ」
「…はい」
「困って、悩んで、考えて…。たくさん経験したことが、大人になっても役に立つのよ?だから、時にはお友達とケンカをすることも、必要なのかもしれないわ」
お母さんの言葉に、不思議な気持ちが湧く。
「…ケンカ?えぇと、仲良くしたいのに?」
問いかける、私の言葉にお母さんはふふふと笑った。
「そうよ?もっと仲良く、もっと一緒にいるために、ね?」
仲良く、一緒に?
しばらく、考える。
こんなことで、悩むのは初めてで、沈黙でも不安は感じなかった。
お母さんが頭を撫でてくれるのが、気持ち良い。
安心して、考えることが出来た。
沈黙の中、目を閉じて思うこと。
「…はい。明日、言ってみる」
「そう」
考えながら、説明して、理解して、理解されたい。
そう、自然と思えた。
3人と、ちゃんと話をしよう。
決意したことで、少し安心する自分。
嬉しくて、自分でも笑ってしまった。
すると、玄関からバタバタと走って来る音が聞こえて来た。
「あら?早かったわね」
お母さんの優しい声に、さっき否定した“もしかして”が戻って来る。
先に、うがいと手洗いをしているんだろう。
少しの間の後で、ドアが勢いよく開き「ただいま!」と元気な声が聞こえた。
「おかえり、さやか。ありがとう」
お母さんがふふっと笑った。
「お母さん!そこは、私の席!」
さやかが、私とお母さんの間にわざと座り、ソファが弾む。
「気を付けて行って来れた?」
私がそう言うと、私の上に乗るようにさやかが向きを変えて来た。
「うん、おねえのために行って来た」
「ありがとう」
「どういたしまして」
さやかは、私の首に自分のおでこを摺り寄せて来た。
「ネコみたいだね?急いでいて、飛び出さなかった?」
「おねえと違って大丈夫!それに、何で新しいの貼ってあるの!?」
腕に新しく貼った湿布薬に、さやかが気付いたようだ。
「あるなら、わざわざ買いに行かなくても良かったのに!」
「違うのよ?本当に最後の1枚が残っていただけ。さやかが買って来てくれて、良かったわ。次から安心して使えるわね、のぞみ?」
「…はい」
「お風呂の後で交換するから別に良いけど!おねえは、これ以上怪我しないように、本当に気を付けてよね?」
「うん、気を付けるね」
少し、気分が楽になった?かもしれない。
今までお友達なんていなかったし、どうすれば良いのか分からない。
でも、こうやってお母さんに言ったみたいに、相談してみて、必要ならケンカだって…。
…うぅ。ケンカ、できればしたくないけど。
そういうのも、した方が良いのかもしれない。
お風呂の後で、さやかにほぼ全身のアザに新しい湿布薬を貼られた。
というか、毎日のように交換しているこれのせいで、湿布薬はなくなっているのかな?
本当に、怪我には気を付けよう。
そう、改めて思った。
その夜も、考えるのは3人のことだった。
さっき、お母さんとした話を何度も思い出す。
私の行動を、見ていてほしいと3人に伝えること。
私の目のことを伝えるよりも、ドキドキしているかもしれない。
だってあの時は、嫌われても良いと思い決意したことだから。
でも、今は違う。
お友達になった3人が、これで離れてしまったらと思うと、とても不安になる。
折角親切にしてくれているのに、その手を貸さないでほしいなんて言うのは。
言ったら、何かが変わってしまうのだろうか?
決意した次の日、朝からふわふわする状態になった。
下に降りて行くと、お母さんとさやかが顔を見合わせている。
さやかは、嬉しそうに体温計を持って来た。
私の意思に反して、熱があったらしい。
さやかは嬉しそうに登校し、私は学校を欠席した。
病院に行くと、「知恵熱」と診断されたらしい。
お母さんは結果を聞き、目を丸くした後でクスクス笑っていた。
「考えすぎて熱を出すなんて、全く可愛い子」
ふわふわする頭で、お母さんが言っていたことを考えようとするけれど、何も浮かばなかった。
お母さんは、ずっと笑っていた。
そのまま、整形外科にも行ったけれど熱があるからと、湿布薬のみをお母さんがもらってきたみたいだった。
「ここのところ、無理をして学校に行っていたのだから、必要な休みよ?明日は元気に行けるように、しっかり休むこと」
さやかが帰って来るまで、お母さんと2人で過ごす。
お母さんは、私のしたいことや、してほしいことを聞いて来た。
特には思い浮かばなかったので、首を振って布団で横になった。
本当に、思いつかなかった。
こうやって、のんびり過ごすことで最近気にしていたこと、悩んでいたことが解れていく気がした。
熱がある間は、ウトウトしていることが多かった。
ほとんど寝て過ごし、目が覚めた時には大分スッキリしていた。
だって、病気じゃないから。
熱が下がって、改めて知恵熱と診断された自分が子どもに思えた。
恥ずかしい。
それもお友達のことを考えすぎて、熱を出すなんて。
今までの自分には考えられない、幸せな悩みと思うように切り替える。
熱が下がった後は、新しく図書室で借りた本を読んでいたり、復習をしていた。
本当に、ゆっくりとした時間だった。
お母さんがお買い物に行く時は、お留守番もした。
電話や訪問などがないか、ドキドキしていたけれど何も起こらなかった。
お昼のタイミングで、視界が薄暗くなった。
このタイミングだけは、本当に私のことに構わずやって来る。
「ごちそうさま。…もう、今日は終わりみたい」
私がそう言うと、お母さんも寂しそうに頷いた。
見える内に食器を片付けようとするが、お母さんが手を握ってくれた。
「良いのよ、今日はゆっくりしないと」
「…はい」
お母さんの悲しそうな顔が暗くなって行く。
私の視界が何も映さなくなっても、手を握っていてくれた。
「のぞみ、大丈夫?」
「はい」
「のぞみ、給食もそうだけどきちんと食べないと、体力もつかないのよ?最近、また痩せたんじゃない?」
「…そんなことないよ?」
本当は制服のスカートが少しだけ緩くなっている。
だけど、本当に少しだけだ。
だって、動けないとか貧血のような症状も起きていない。
頭痛も眩暈も起きていない。
自分で意識する不調は、何も感じていない。
「おやつは、何か食べたい物はある?」
ふるふると首を振る。
「もう、食べたくないの?」
「おなかいっぱい」
「夜は?何か食べたい物はあるかしら?」
「特には…」
「夜になったら、おなかが空くかしらね?」
「今日は、動いてないから…」
歯を磨いて、また布団でウトウトする。
夢の中で、私はみんなと一緒に過ごしていた。
目のことなんて気にしないように、笑ったり話したりしている。
こういう関係を築きたい。
夢の中の自分を羨ましいと思うのは、いつものことだけど、今日のことは「本当になったら良いな」と強く思ってしまった。
頭や手を触られる感覚に、目を覚ます。
きっと、さやかが帰って来たのだろう。
「起きた?」
嬉しそうな声に、寝ぼけたまま応える。
「…おかえり」
今、私が寝ているのは2階の自室ではなく、リビングの横にある和室だ。
私の具合いが悪いことで、さやかが和室に布団を運んでくれた。
階段を使うことが、さやかには不安だったらしい。
私には、どこでも同じ気分だったけれど。
さやかは、まだ私の頭を撫でていた。
まるで、さやかのお人形のようだ。
「さやか?のぞみを休ませてあげて」
「午前中に、十分休んだんでしょ?」
「寝ていたり、本を読んでいたり、お留守番をしてもらったわ」
「え?何でおねえ1人にお留守番なんて?泥棒に入られたらどうするの?危ないでしょ」
こんなに一生懸命心配してくれるんだから、私は恵まれている。
さやかの過保護ぶりに、少し笑ってしまったけれど。
明日、見えていても見えていなくても、きちんと3人に話をしてみよう。
虚ろな頭で考える。
家でのことが、少しだけ改善したことで学校でのことも解決すると良いなぁ。
さやかの手が気持ち良くて、またウトウトと眠りに落ちた。
怪我の多い私だけど、誰かにされて出来ている物は1つもない。
そう、自分が原因で出来る怪我が全てだ。
全部が全部、自分が空回りしているせいだ。
「あのね、お母さん?これは…違うの」
口から出た言葉。
お母さんは不思議に思っているのだろう。
そうじゃない。
毎日きちんと説明しないことで、誤解されていることを。
誤解される原因は、自分が招いていることだ。
心配されたくない私が、説明をおざなりにしていることで、変な想像をさやかにされている。
私が学校でいじめられているから、毎日怪我をしているのだと…。
それを強く否定しても、どうして怪我をしたのかをきちんと伝えないことで、この状況になっている。
学校でも私がきちんと言葉で言えないことで、ぎこちなさが出ている。
家でも同じだ。
私が誤魔化さないで、きちんと最初から言えていればこんなに心配されなかった?
「違うの。あのね、お母さん。さやかが言うような、イジメとか酷いことをする人はいないんだよ?何かされている怪我なんて、1つもないの。本当だよ!本当に、私が慌ててしまったり、焦ってしまって、出来たものなの。誰も悪くないの。だって、私でも…見えない時の私でも、出来ることがあるんだって。その、見せたいって、思っただけ…、でも、まだ上手に出来てないんだけどね…」
勢いよく言った私だけど、最後の方はごにょごにょとしてしまった。
だって、まだ3人に見せられていないから。
私でも出来る証明は。
見えていない時の頑張りは、まだ3人には伝わっていない。
まだまだ、心配されるだけの私のままだ。
「…そうなのね」
温かい手が、私の手の上に置かれる。
「のぞみが、見せたいって思っているのは、誰にかしら?少し前に言っていた、お友達かしら?」
「…うん、お友達」
今は少しぎこちないけれど、確かに私の大事なお友達だ。
「そう。のぞみのお友達…」
改めて言われると、少し照れてしまう。
顔が赤くなるのが分かる。
だって、顔が熱いから。
きっと、赤くなっているのだろう。
お母さんが私の手に乗せた手を、少し揺らす。
「のぞみがしたいと思っていることなら、お母さんは応援するわ。でも、のぞみのお友達も、のぞみの体のことをきっと心配しているのよね?さやかは少し過剰すぎだと思うけれど、きちんとお話したらどうかしら?」
お母さんの言葉に、素直に頷く。
そうだ。
3人は、いつでも私の心配をしてくれる。
それは、素直に嬉しい。
でも、心配され過ぎて居心地が悪いのは本当のこと。
これじゃ、お友達との関係ではない。
「うん…。私のために、手を貸してくれることが元々多かったの。だけど、その、私の目のことを知ってもらって…、今まで以上に私のことを、助けてくれることが多くなって…」
だから、私が逆に気を遣うようになってしまった。
「でも、私のためにしてくれることを、断ったりしたら悪いのかなって…思ったら、何か言えなくて。どんな言葉で、どんな風に説明すれば良いのか、考えている内に時間が過ぎてしまって、その内に何も言えなくなってしまって…。結局、何も言えなくなるの」
3人と、もっと普通に一緒にいたい。
私の面倒を見るだけじゃなくて、私でも何かの役に立つとか、相手の力になりたい。
さやかには、必要とされているのが分かっている。
でも、乃田さんと布之さんと高杉君には、私がいなくてもきっと大丈夫だ。
そう考えてしまうと、とても寂しい。
自分に自信がないから、そんな卑屈な考えになってしまう。
考え込む私に、お母さんが私の頭を撫でてくれた。
「それが、社会勉強なのよ」
「…はい」
「困って、悩んで、考えて…。たくさん経験したことが、大人になっても役に立つのよ?だから、時にはお友達とケンカをすることも、必要なのかもしれないわ」
お母さんの言葉に、不思議な気持ちが湧く。
「…ケンカ?えぇと、仲良くしたいのに?」
問いかける、私の言葉にお母さんはふふふと笑った。
「そうよ?もっと仲良く、もっと一緒にいるために、ね?」
仲良く、一緒に?
しばらく、考える。
こんなことで、悩むのは初めてで、沈黙でも不安は感じなかった。
お母さんが頭を撫でてくれるのが、気持ち良い。
安心して、考えることが出来た。
沈黙の中、目を閉じて思うこと。
「…はい。明日、言ってみる」
「そう」
考えながら、説明して、理解して、理解されたい。
そう、自然と思えた。
3人と、ちゃんと話をしよう。
決意したことで、少し安心する自分。
嬉しくて、自分でも笑ってしまった。
すると、玄関からバタバタと走って来る音が聞こえて来た。
「あら?早かったわね」
お母さんの優しい声に、さっき否定した“もしかして”が戻って来る。
先に、うがいと手洗いをしているんだろう。
少しの間の後で、ドアが勢いよく開き「ただいま!」と元気な声が聞こえた。
「おかえり、さやか。ありがとう」
お母さんがふふっと笑った。
「お母さん!そこは、私の席!」
さやかが、私とお母さんの間にわざと座り、ソファが弾む。
「気を付けて行って来れた?」
私がそう言うと、私の上に乗るようにさやかが向きを変えて来た。
「うん、おねえのために行って来た」
「ありがとう」
「どういたしまして」
さやかは、私の首に自分のおでこを摺り寄せて来た。
「ネコみたいだね?急いでいて、飛び出さなかった?」
「おねえと違って大丈夫!それに、何で新しいの貼ってあるの!?」
腕に新しく貼った湿布薬に、さやかが気付いたようだ。
「あるなら、わざわざ買いに行かなくても良かったのに!」
「違うのよ?本当に最後の1枚が残っていただけ。さやかが買って来てくれて、良かったわ。次から安心して使えるわね、のぞみ?」
「…はい」
「お風呂の後で交換するから別に良いけど!おねえは、これ以上怪我しないように、本当に気を付けてよね?」
「うん、気を付けるね」
少し、気分が楽になった?かもしれない。
今までお友達なんていなかったし、どうすれば良いのか分からない。
でも、こうやってお母さんに言ったみたいに、相談してみて、必要ならケンカだって…。
…うぅ。ケンカ、できればしたくないけど。
そういうのも、した方が良いのかもしれない。
お風呂の後で、さやかにほぼ全身のアザに新しい湿布薬を貼られた。
というか、毎日のように交換しているこれのせいで、湿布薬はなくなっているのかな?
本当に、怪我には気を付けよう。
そう、改めて思った。
その夜も、考えるのは3人のことだった。
さっき、お母さんとした話を何度も思い出す。
私の行動を、見ていてほしいと3人に伝えること。
私の目のことを伝えるよりも、ドキドキしているかもしれない。
だってあの時は、嫌われても良いと思い決意したことだから。
でも、今は違う。
お友達になった3人が、これで離れてしまったらと思うと、とても不安になる。
折角親切にしてくれているのに、その手を貸さないでほしいなんて言うのは。
言ったら、何かが変わってしまうのだろうか?
決意した次の日、朝からふわふわする状態になった。
下に降りて行くと、お母さんとさやかが顔を見合わせている。
さやかは、嬉しそうに体温計を持って来た。
私の意思に反して、熱があったらしい。
さやかは嬉しそうに登校し、私は学校を欠席した。
病院に行くと、「知恵熱」と診断されたらしい。
お母さんは結果を聞き、目を丸くした後でクスクス笑っていた。
「考えすぎて熱を出すなんて、全く可愛い子」
ふわふわする頭で、お母さんが言っていたことを考えようとするけれど、何も浮かばなかった。
お母さんは、ずっと笑っていた。
そのまま、整形外科にも行ったけれど熱があるからと、湿布薬のみをお母さんがもらってきたみたいだった。
「ここのところ、無理をして学校に行っていたのだから、必要な休みよ?明日は元気に行けるように、しっかり休むこと」
さやかが帰って来るまで、お母さんと2人で過ごす。
お母さんは、私のしたいことや、してほしいことを聞いて来た。
特には思い浮かばなかったので、首を振って布団で横になった。
本当に、思いつかなかった。
こうやって、のんびり過ごすことで最近気にしていたこと、悩んでいたことが解れていく気がした。
熱がある間は、ウトウトしていることが多かった。
ほとんど寝て過ごし、目が覚めた時には大分スッキリしていた。
だって、病気じゃないから。
熱が下がって、改めて知恵熱と診断された自分が子どもに思えた。
恥ずかしい。
それもお友達のことを考えすぎて、熱を出すなんて。
今までの自分には考えられない、幸せな悩みと思うように切り替える。
熱が下がった後は、新しく図書室で借りた本を読んでいたり、復習をしていた。
本当に、ゆっくりとした時間だった。
お母さんがお買い物に行く時は、お留守番もした。
電話や訪問などがないか、ドキドキしていたけれど何も起こらなかった。
お昼のタイミングで、視界が薄暗くなった。
このタイミングだけは、本当に私のことに構わずやって来る。
「ごちそうさま。…もう、今日は終わりみたい」
私がそう言うと、お母さんも寂しそうに頷いた。
見える内に食器を片付けようとするが、お母さんが手を握ってくれた。
「良いのよ、今日はゆっくりしないと」
「…はい」
お母さんの悲しそうな顔が暗くなって行く。
私の視界が何も映さなくなっても、手を握っていてくれた。
「のぞみ、大丈夫?」
「はい」
「のぞみ、給食もそうだけどきちんと食べないと、体力もつかないのよ?最近、また痩せたんじゃない?」
「…そんなことないよ?」
本当は制服のスカートが少しだけ緩くなっている。
だけど、本当に少しだけだ。
だって、動けないとか貧血のような症状も起きていない。
頭痛も眩暈も起きていない。
自分で意識する不調は、何も感じていない。
「おやつは、何か食べたい物はある?」
ふるふると首を振る。
「もう、食べたくないの?」
「おなかいっぱい」
「夜は?何か食べたい物はあるかしら?」
「特には…」
「夜になったら、おなかが空くかしらね?」
「今日は、動いてないから…」
歯を磨いて、また布団でウトウトする。
夢の中で、私はみんなと一緒に過ごしていた。
目のことなんて気にしないように、笑ったり話したりしている。
こういう関係を築きたい。
夢の中の自分を羨ましいと思うのは、いつものことだけど、今日のことは「本当になったら良いな」と強く思ってしまった。
頭や手を触られる感覚に、目を覚ます。
きっと、さやかが帰って来たのだろう。
「起きた?」
嬉しそうな声に、寝ぼけたまま応える。
「…おかえり」
今、私が寝ているのは2階の自室ではなく、リビングの横にある和室だ。
私の具合いが悪いことで、さやかが和室に布団を運んでくれた。
階段を使うことが、さやかには不安だったらしい。
私には、どこでも同じ気分だったけれど。
さやかは、まだ私の頭を撫でていた。
まるで、さやかのお人形のようだ。
「さやか?のぞみを休ませてあげて」
「午前中に、十分休んだんでしょ?」
「寝ていたり、本を読んでいたり、お留守番をしてもらったわ」
「え?何でおねえ1人にお留守番なんて?泥棒に入られたらどうするの?危ないでしょ」
こんなに一生懸命心配してくれるんだから、私は恵まれている。
さやかの過保護ぶりに、少し笑ってしまったけれど。
明日、見えていても見えていなくても、きちんと3人に話をしてみよう。
虚ろな頭で考える。
家でのことが、少しだけ改善したことで学校でのことも解決すると良いなぁ。
さやかの手が気持ち良くて、またウトウトと眠りに落ちた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
【総集編】日本昔話 パロディ短編集
Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。
今まで発表した
日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。
朝ドラの総集編のような物です笑
読みやすくなっているので、
⭐️して、何度もお読み下さい。
読んだ方も、読んでない方も、
新しい発見があるはず!
是非お楽しみ下さい😄
⭐︎登録、コメント待ってます。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
【完】ことうの怪物いっか ~夏休みに親子で漂流したのは怪物島!? 吸血鬼と人造人間に育てられた女の子を救出せよ! ~
丹斗大巴
児童書・童話
どきどきヒヤヒヤの夏休み!小学生とその両親が流れ着いたのは、モンスターの住む孤島!?
*☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆*
夏休み、家族で出掛けた先でクルーザーが転覆し、漂流した青山親子の3人。とある島に流れ着くと、古風で顔色の悪い外国人と、大怪我を負ったという気味の悪い執事、そしてあどけない少女が住んでいた。なんと、彼らの正体は吸血鬼と、その吸血鬼に作られた人造人間! 人間の少女を救い出し、無事に島から脱出できるのか……!?
*☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆*
家族のきずなと種を超えた友情の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる