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日常…?
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朝の明るい気配に、何となく目を覚ます。
意識が覚醒していく。
時計を確認しなくても、うっすらと分かる。
まだ明け方だ。
不思議な感覚。
見えない真っ暗な世界にいたはずなのに、微かな明るさを感じる瞼。
それは、確かに今は見えていることを表している。
ゆっくりと、瞼を開く。
そして、疑問が湧いて来る。
何で、見えなくなるのだろう?
何で、朝になると見えるようになるのだろう?
不思議な繰り返し。
まるで、造り話のような日常。
でも、私は覚えている。
完全に閉ざされたあの日から、数日間暗闇の中にいた私のことを。
朝も昼も夜も、寝ても覚めても何も映らない日々のことを。
確かに知っている。
絶望だった日々があったことを。
だから、朝が来て明るさを感じるとすごくホッとする。
感じられる光に、とても救われる。
あの日々には、絶対に戻りたくない。
1日が始まっても何も見えない、終わりのない悪夢のような時間に戻るのだけは絶対に嫌だ。
ゆっくりと、体を起こし部屋を見る。
見慣れたはずの、私の部屋。
今日も、学校に行くことが出来る。
3人がいる学校に。
ふと考えていた暗い考えを振り払うように、意識を学校に持って行く。
着替えようか、それとも登校準備をしようか。
着替えは、見えなくても出来る。
だから、学校の準備をした方が良いだろう。
昨日は、何だか胸がいっぱいになってしまって、そこまで考えられなかった。
学校の鞄から、昨日の時間割のノートを取り出す。
そして、今日の時間割を確認する。
下敷きがあることを確認し、書き始めるページの下に挟んでいく。
お母さんのアドバイスだ。
『自分で確認をしておけば、見えなくなっても焦らないで行動できるわ』
授業の途中で見えなくなった時に、私が焦らないようにと一緒に考えてくれた。
『書くところが分かるように工夫しましょ』
お母さんの、優しい口調を思い出す。
小さな目印のようなシールはどうかと言った私に、お母さんは「分かりやすくて良いと思う」と言ってくれた。
『のぞみが使ってみて、またどうしたら良いのか考えましょう?』
お母さんが、いつでも味方をしてくれること。
それで、自信がついたのだと思う。
だから、それからは欠かさずに毎日の習慣になった学校準備の時間。
準備をしておくだけで、不安の大きさが全然違うから。
登校準備をしている内に、目覚ましが鳴った。
待っているわけではなかったけれど、それをゆっくりと止めて着替えを始める。
そして、顔を洗って、歯を磨いて、髪を梳かして、身支度を整える。
2階の自分の部屋から出ると、すでに廊下には朝ごはんの香りが満ちている。
お母さんが、準備をしているからだろう。
さやかとお母さんの会話が聞こえてくる。
いつもの、日常。
ゆっくりと階段を降りる。
「おはよう、お母さん」
「あら、早いのね。おはよう、のぞみ」
さやかは、眠そうにしたいたけれど、しっかり朝ごはんを食べていた。
「おはよう、さやか」
「おはよ、おねえ」
「ちゃんと、起きられたんだ。偉いね」
頬を染める、珍しい様子。
「どうしたの?」
「おねえ、何か良いことあったの?」
問いかけたのに、さやかに質問をされる。
「何で?」
「朝から、すごく可愛い」
さやかの言葉を理解し、何でそんなことを言うのだろうと疑問が湧く。
「何で?」
さっきから、「何で」しか出て来ない。
「朝から、すごく可愛いから、何か良いことがあったのか気になっただけ」
「良いこと…」
考えるけれど、この日常がすごく嬉しいし十分良いことのような気がする。
「何もないよ?朝、自然に目が覚めて、学校の準備をして、廊下に出たら朝ごはんの香りがして、さやかとお母さんの会話が聞こえて…2人の顔が見れて、いつも通りが嬉しい」
考えながら言うことで、少し間延びした言い方になってしまったけれど、さやかは「ふーん」と口を尖らせた。
「どうして、そんなことを言うの?」
「オトモダチのことで、頭がいっぱいなんだと思ってたから」
さやかの口調は拗ねている時と同じだ。
「お友達は、確かに嬉しいけど…。でも、毎日の日常が送れることが、私には十分嬉しいことだから…」
「そっか、なら良い。ごちそうさま」
さやかは、食器を持って立ち上がった。
会話を聞いていたお母さんがクスクス笑っている。
「さやかでも、照れることがあるのね」
「もう、良いでしょ!お母さんは、歯磨きに行って来る!」
照れる。
何でだろう?
怒ったように、リビングから出て行くさやかを不思議そうに見送る。
「のぞみ、ごはんにしましょう?」
「はい」
お母さんが、私の分を準備しようとしていた。
「卵焼きは、いくついるかしら?」
昨日のことを、お母さんは覚えていてくれたみたいだ。
いつもは、2切れ~3切れお皿には乗っている厚焼き玉子。
1つでも、大きいし十分食べ応えがあるから。
「1つちょうだい」
私の返事に、お母さんが困った顔をする。
「でも、今日はほうれん草のお浸しと、昨日の煮物しかないわよ?」
小さめの小鉢に、すでにお浸しは準備されている。
同じく、里芋も3つお皿に乗っていた。
でも、お味噌汁とごはんがあるから。
たくさんな気がする。
それに、フルーツも。
今日は、キウイフルーツだった。
さやかの好きな、ゴールデンキウイ。
嬉しそうに食べるさやかが想像できた。
「ごはんは?」
「…自分でする」
伏せてあったご飯茶碗を持ち、自分で炊飯ジャーの前に行く。
「このくらいかな?」
お茶碗の半分辺りまで、そっと白米をよそう。
四角いお皿に、大き目な卵焼きが置かれていた。
お味噌汁は、ネギとしめじだ。
自分で準備したごはんを置いて、席に座る。
「いただきます」
さやかが、戻って来た。
「ねえ!おねえ、絶対に途中でおなかが空くって、ちゃんと食べないと、学校で倒れちゃうよ」
さやかの口調は、小さなお母さんだ。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。お母さん、おねえのこと、病院に連れて行って!どこか具合が悪いんだって」
決めつける言い方に、ムッとする。
「元気だもん」
「元気なら、ごはん2杯くらい食べられるでしょ?」
「さやか?のぞみは、大丈夫って言っているんだから」
お母さんが、私の擁護に回ってくれたけれど、さやかの言葉が気になった。
「さやかは、ごはん2杯食べたの?」
さやかの言葉に、さやかは「うん」と答える。
「すごいね、だから、身長も伸びているんだね」
「…おねえと話してると、こっちが疲れる」
「何で、意地悪なことを言うの?」
「そうだ!おねえ、手を出して」
「手?」
「湿布薬を貼り直さないと」
「…もう、大丈夫だよ」
「時間なくなっちゃう、だから、早く!」
さやかに、急かされ渋々と手を出す。
そうだ、思い出した。
「お母さん、サポーターを買っておいてくれてありがとう」
自分の指に巻かれた薄いサポーターを見て、お母さんを見る。
「のぞみが、包帯を気にするから、ね?」
「だから、早く出来るから」
ゆっくりと、サポーターを外し湿布薬を剥がす。
「色が薄くなってる、もう少しだね」
さやかの声は嬉しそうだ。
「ありがとう」
困惑しているけれど、お礼を伝える。
「良いの、怪我しないで帰って来てね?行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、さやかも気を付けてね?」
「はーい」
さやかは、私の処置をすると機嫌が直ったのかそのままランドセルを持ち、玄関に向かった。
お母さんは、それを見送りに同じくリビングを出て行く。
静かになったリビングで、もう1度「いただきます」と手を合わせる。
お味噌汁を飲んで、少しホッとする。
お母さんが戻って来て、食事する私をじっと見た。
「のぞみ、お茶は飲む?」
「…はい」
モグモグしていたからか、反応が遅れた。
「ゆっくり食べて?」
「はい」
ご飯の量は、丁度良かった。
でも、おかずを全て食べたら、おなかがいっぱいになった。
「お母さん、キウイフルーツを残しても良い?」
「…良いわよ」
「さやかに、あげれば良かったな」
ポツリと言う私。
「さやか、ゴールデンキウイは好きだものね」
お母さんも、さやかのことを思い出していたようだ。
「大丈夫よ、冷凍庫に入れておくと、帰って来た時におやつとして食べてくれるから」
「はい」
凍ったキウイフルーツもきっと、おいしいだろう。
喜んで食べるさやかが想像出来て、私も笑う。
「車の準備をしてくるわ」
「はい」
温かいお茶を飲んで、私も食べた食器を片付ける。
今日は、おかずを残さずに済んだ。
それだけでも、十分満足だ。
「お片付けありがとう。さ、行きましょう?」
「はい」
お母さんと車に乗る。
今日も歩いて行きたいと言ったら、お母さんは困ってしまうかな?
「のぞみ、今日は学校まで送って行くからね」
「…はい」
先に、お母さんに言われてしまい、それ以上のお願いは出来なかった。
「林先生に、少しご用事があるの」
「林先生に?」
何でだろう。
また、私のことを何か相談しようとしているのかな?
いつも、お母さんに心配をかけていることが心苦しい。
「ごめんなさい」
「のぞみ?」
「いつも、迷惑ばかりかけて…」
つい、言ってしまった。
「そんなことないわ、違うのよ?林先生に、先日借りた資料をお返ししたかったの。誤解させてごめんなさいね」
「そうなの?」
「そうよ。のぞみは、なにも迷惑なんてかけていないわ。だから、気にしないでちょうだい」
「…はい」
嘘だ。
お母さんは、私のことをとても大事にしてくれる。
さやかだって、本当はお母さんの関心が私にあって寂しいはずなのに。
2人は、私に優しすぎる。
でも、それを嬉しいと思う自分がいる。
だから、優しくしないでなんて言えない。
こんな私の状態に文句も言わずに、面倒を見てくれる。
だけど、今更放り出されても、何もできない私では2人に何も恩返しができないままだ。
こんな、私のずるい考えで、2人の生活を窮屈にさせている気がする。
「のぞみ?」
ハッとして、運転するお母さんを見る。
お母さんの視線は前を見ている。
「大丈夫?」
優しい、変わらないお母さん。
初めて会った時から、ずっとずっと優しいままのお母さん。
「はい、大丈夫です」
私の返事を聞いて、お母さんは少し困った顔をした。
「そう、何かあったら遠慮なく言ってちょうだい」
「…はい」
学校に到着し、いつもは玄関前で降りるけれど、今日はそこを通り過ぎる。
生徒用の玄関奥に、職員や来客用の駐車場がある。
車で送迎される生徒は、私1人だけじゃない。
お家の事情や、怪我や体調によって何人かがいる。
通学のピークが過ぎていることもあり、駐車場は空いていた。
来客用の駐車場に車を停め、一緒に降りる。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
優しいお母さんに、手を振って歩き出す。
駐車場から、生徒用の玄関に向かう。
見えていることで、迷わずに自分のクラスの下駄箱に向かう。
靴を脱いだタイミングで下を向き、思わず息を吐きだす。
少し、緊張していたようだ。
「おはよ、春川」
聞こえた声に、顔を上げる。
そこには、乃田さんがいた。
「おはよう、乃田さん」
「今日は、少し早いな」
「そうかな?乃田さんは、部活だったの?」
「そ。もうすぐ春の選考があるから、少し早めに来てさっき終わったとこ」
陸上部の乃田さん。
去年も、春の大会で賞状をもらっていた気がする。
「すごいね?早い時間に来て、たくさん動いたんだ」
羨ましい。
「動かないと、何か気持ち悪いからな。そろそろ期末もあるし、動かせる時に、めっちゃ動いとかないと」
「そうなんだ」
靴を脱いだままだったことを思い出して、靴を持つ。
朝から、乃田さんに会えてホッとする自分。
「朝から、乃田さんに会えて嬉しい」
靴を入れて、上履きを出す。
そして、顔を上げて気付く。
乃田さんの顔が赤い。
「何だそれ、やめろよ春川」
肘で顔を覆うように言う乃田さん。
何か変なことを言ってしまったのかな?
「ご、ごめんなさい」
「いや!違う。今のは、私の言い方が悪かった。ごめん!つい、春川が可愛くて…その、焦ったというか、なんつーか」
「なあに、付き合いたてのカップルかしら?」
下駄箱の陰から、顔を覗かせたのは布之さんだ。
「おはよう、春川。あかり?朝練から帰って来ないと思ったら、こんなとこでアオハルかしら?」
「おはよう、布之さん」
アオハルって何だろう。
「ところで、春川。私は朝から春川に会えて、とても嬉しいわ」
言われた言葉を理解して、瞬時に嬉しくなる
「わ、私も。朝から布之さんに会えて、すごく嬉しいよ」
本当のことだ。
でも、いつも無表情の布之さんも少し顔が赤くなった。
「…あら、両想いね」
私もきっと赤いだろう。
でも、嬉しいので気にしない。
恥ずかしいけれど…。
「お迎えに来た甲斐があったわね」
布之さんの言葉に、ハッとする。
「お迎えに、来てくれたの?ごめんなさい」
慌てて、上履きを履こうとして足を滑らせる。
「きゃっ」
下駄箱で、体を支えようとして、思わず顔を顰める。
手を付こうと思ったのに、手首辺りで体を支えてしまったみたいだった。
咄嗟に指先を庇ってしまったのがいけなかったみたいだ。
「大丈夫か!春川」
「う、うん。大丈夫」
「大丈夫じゃないわね、すぐに保健室に行きましょう?」
「え!大丈夫だよ!本当に」
もし、今保健室に行ってお母さんがまだいたら?
このまま、家に帰るのは嫌。
学校にいたい。
だから、大丈夫。
私は自分に、そう言い聞かせた。
意識が覚醒していく。
時計を確認しなくても、うっすらと分かる。
まだ明け方だ。
不思議な感覚。
見えない真っ暗な世界にいたはずなのに、微かな明るさを感じる瞼。
それは、確かに今は見えていることを表している。
ゆっくりと、瞼を開く。
そして、疑問が湧いて来る。
何で、見えなくなるのだろう?
何で、朝になると見えるようになるのだろう?
不思議な繰り返し。
まるで、造り話のような日常。
でも、私は覚えている。
完全に閉ざされたあの日から、数日間暗闇の中にいた私のことを。
朝も昼も夜も、寝ても覚めても何も映らない日々のことを。
確かに知っている。
絶望だった日々があったことを。
だから、朝が来て明るさを感じるとすごくホッとする。
感じられる光に、とても救われる。
あの日々には、絶対に戻りたくない。
1日が始まっても何も見えない、終わりのない悪夢のような時間に戻るのだけは絶対に嫌だ。
ゆっくりと、体を起こし部屋を見る。
見慣れたはずの、私の部屋。
今日も、学校に行くことが出来る。
3人がいる学校に。
ふと考えていた暗い考えを振り払うように、意識を学校に持って行く。
着替えようか、それとも登校準備をしようか。
着替えは、見えなくても出来る。
だから、学校の準備をした方が良いだろう。
昨日は、何だか胸がいっぱいになってしまって、そこまで考えられなかった。
学校の鞄から、昨日の時間割のノートを取り出す。
そして、今日の時間割を確認する。
下敷きがあることを確認し、書き始めるページの下に挟んでいく。
お母さんのアドバイスだ。
『自分で確認をしておけば、見えなくなっても焦らないで行動できるわ』
授業の途中で見えなくなった時に、私が焦らないようにと一緒に考えてくれた。
『書くところが分かるように工夫しましょ』
お母さんの、優しい口調を思い出す。
小さな目印のようなシールはどうかと言った私に、お母さんは「分かりやすくて良いと思う」と言ってくれた。
『のぞみが使ってみて、またどうしたら良いのか考えましょう?』
お母さんが、いつでも味方をしてくれること。
それで、自信がついたのだと思う。
だから、それからは欠かさずに毎日の習慣になった学校準備の時間。
準備をしておくだけで、不安の大きさが全然違うから。
登校準備をしている内に、目覚ましが鳴った。
待っているわけではなかったけれど、それをゆっくりと止めて着替えを始める。
そして、顔を洗って、歯を磨いて、髪を梳かして、身支度を整える。
2階の自分の部屋から出ると、すでに廊下には朝ごはんの香りが満ちている。
お母さんが、準備をしているからだろう。
さやかとお母さんの会話が聞こえてくる。
いつもの、日常。
ゆっくりと階段を降りる。
「おはよう、お母さん」
「あら、早いのね。おはよう、のぞみ」
さやかは、眠そうにしたいたけれど、しっかり朝ごはんを食べていた。
「おはよう、さやか」
「おはよ、おねえ」
「ちゃんと、起きられたんだ。偉いね」
頬を染める、珍しい様子。
「どうしたの?」
「おねえ、何か良いことあったの?」
問いかけたのに、さやかに質問をされる。
「何で?」
「朝から、すごく可愛い」
さやかの言葉を理解し、何でそんなことを言うのだろうと疑問が湧く。
「何で?」
さっきから、「何で」しか出て来ない。
「朝から、すごく可愛いから、何か良いことがあったのか気になっただけ」
「良いこと…」
考えるけれど、この日常がすごく嬉しいし十分良いことのような気がする。
「何もないよ?朝、自然に目が覚めて、学校の準備をして、廊下に出たら朝ごはんの香りがして、さやかとお母さんの会話が聞こえて…2人の顔が見れて、いつも通りが嬉しい」
考えながら言うことで、少し間延びした言い方になってしまったけれど、さやかは「ふーん」と口を尖らせた。
「どうして、そんなことを言うの?」
「オトモダチのことで、頭がいっぱいなんだと思ってたから」
さやかの口調は拗ねている時と同じだ。
「お友達は、確かに嬉しいけど…。でも、毎日の日常が送れることが、私には十分嬉しいことだから…」
「そっか、なら良い。ごちそうさま」
さやかは、食器を持って立ち上がった。
会話を聞いていたお母さんがクスクス笑っている。
「さやかでも、照れることがあるのね」
「もう、良いでしょ!お母さんは、歯磨きに行って来る!」
照れる。
何でだろう?
怒ったように、リビングから出て行くさやかを不思議そうに見送る。
「のぞみ、ごはんにしましょう?」
「はい」
お母さんが、私の分を準備しようとしていた。
「卵焼きは、いくついるかしら?」
昨日のことを、お母さんは覚えていてくれたみたいだ。
いつもは、2切れ~3切れお皿には乗っている厚焼き玉子。
1つでも、大きいし十分食べ応えがあるから。
「1つちょうだい」
私の返事に、お母さんが困った顔をする。
「でも、今日はほうれん草のお浸しと、昨日の煮物しかないわよ?」
小さめの小鉢に、すでにお浸しは準備されている。
同じく、里芋も3つお皿に乗っていた。
でも、お味噌汁とごはんがあるから。
たくさんな気がする。
それに、フルーツも。
今日は、キウイフルーツだった。
さやかの好きな、ゴールデンキウイ。
嬉しそうに食べるさやかが想像できた。
「ごはんは?」
「…自分でする」
伏せてあったご飯茶碗を持ち、自分で炊飯ジャーの前に行く。
「このくらいかな?」
お茶碗の半分辺りまで、そっと白米をよそう。
四角いお皿に、大き目な卵焼きが置かれていた。
お味噌汁は、ネギとしめじだ。
自分で準備したごはんを置いて、席に座る。
「いただきます」
さやかが、戻って来た。
「ねえ!おねえ、絶対に途中でおなかが空くって、ちゃんと食べないと、学校で倒れちゃうよ」
さやかの口調は、小さなお母さんだ。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。お母さん、おねえのこと、病院に連れて行って!どこか具合が悪いんだって」
決めつける言い方に、ムッとする。
「元気だもん」
「元気なら、ごはん2杯くらい食べられるでしょ?」
「さやか?のぞみは、大丈夫って言っているんだから」
お母さんが、私の擁護に回ってくれたけれど、さやかの言葉が気になった。
「さやかは、ごはん2杯食べたの?」
さやかの言葉に、さやかは「うん」と答える。
「すごいね、だから、身長も伸びているんだね」
「…おねえと話してると、こっちが疲れる」
「何で、意地悪なことを言うの?」
「そうだ!おねえ、手を出して」
「手?」
「湿布薬を貼り直さないと」
「…もう、大丈夫だよ」
「時間なくなっちゃう、だから、早く!」
さやかに、急かされ渋々と手を出す。
そうだ、思い出した。
「お母さん、サポーターを買っておいてくれてありがとう」
自分の指に巻かれた薄いサポーターを見て、お母さんを見る。
「のぞみが、包帯を気にするから、ね?」
「だから、早く出来るから」
ゆっくりと、サポーターを外し湿布薬を剥がす。
「色が薄くなってる、もう少しだね」
さやかの声は嬉しそうだ。
「ありがとう」
困惑しているけれど、お礼を伝える。
「良いの、怪我しないで帰って来てね?行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、さやかも気を付けてね?」
「はーい」
さやかは、私の処置をすると機嫌が直ったのかそのままランドセルを持ち、玄関に向かった。
お母さんは、それを見送りに同じくリビングを出て行く。
静かになったリビングで、もう1度「いただきます」と手を合わせる。
お味噌汁を飲んで、少しホッとする。
お母さんが戻って来て、食事する私をじっと見た。
「のぞみ、お茶は飲む?」
「…はい」
モグモグしていたからか、反応が遅れた。
「ゆっくり食べて?」
「はい」
ご飯の量は、丁度良かった。
でも、おかずを全て食べたら、おなかがいっぱいになった。
「お母さん、キウイフルーツを残しても良い?」
「…良いわよ」
「さやかに、あげれば良かったな」
ポツリと言う私。
「さやか、ゴールデンキウイは好きだものね」
お母さんも、さやかのことを思い出していたようだ。
「大丈夫よ、冷凍庫に入れておくと、帰って来た時におやつとして食べてくれるから」
「はい」
凍ったキウイフルーツもきっと、おいしいだろう。
喜んで食べるさやかが想像出来て、私も笑う。
「車の準備をしてくるわ」
「はい」
温かいお茶を飲んで、私も食べた食器を片付ける。
今日は、おかずを残さずに済んだ。
それだけでも、十分満足だ。
「お片付けありがとう。さ、行きましょう?」
「はい」
お母さんと車に乗る。
今日も歩いて行きたいと言ったら、お母さんは困ってしまうかな?
「のぞみ、今日は学校まで送って行くからね」
「…はい」
先に、お母さんに言われてしまい、それ以上のお願いは出来なかった。
「林先生に、少しご用事があるの」
「林先生に?」
何でだろう。
また、私のことを何か相談しようとしているのかな?
いつも、お母さんに心配をかけていることが心苦しい。
「ごめんなさい」
「のぞみ?」
「いつも、迷惑ばかりかけて…」
つい、言ってしまった。
「そんなことないわ、違うのよ?林先生に、先日借りた資料をお返ししたかったの。誤解させてごめんなさいね」
「そうなの?」
「そうよ。のぞみは、なにも迷惑なんてかけていないわ。だから、気にしないでちょうだい」
「…はい」
嘘だ。
お母さんは、私のことをとても大事にしてくれる。
さやかだって、本当はお母さんの関心が私にあって寂しいはずなのに。
2人は、私に優しすぎる。
でも、それを嬉しいと思う自分がいる。
だから、優しくしないでなんて言えない。
こんな私の状態に文句も言わずに、面倒を見てくれる。
だけど、今更放り出されても、何もできない私では2人に何も恩返しができないままだ。
こんな、私のずるい考えで、2人の生活を窮屈にさせている気がする。
「のぞみ?」
ハッとして、運転するお母さんを見る。
お母さんの視線は前を見ている。
「大丈夫?」
優しい、変わらないお母さん。
初めて会った時から、ずっとずっと優しいままのお母さん。
「はい、大丈夫です」
私の返事を聞いて、お母さんは少し困った顔をした。
「そう、何かあったら遠慮なく言ってちょうだい」
「…はい」
学校に到着し、いつもは玄関前で降りるけれど、今日はそこを通り過ぎる。
生徒用の玄関奥に、職員や来客用の駐車場がある。
車で送迎される生徒は、私1人だけじゃない。
お家の事情や、怪我や体調によって何人かがいる。
通学のピークが過ぎていることもあり、駐車場は空いていた。
来客用の駐車場に車を停め、一緒に降りる。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
優しいお母さんに、手を振って歩き出す。
駐車場から、生徒用の玄関に向かう。
見えていることで、迷わずに自分のクラスの下駄箱に向かう。
靴を脱いだタイミングで下を向き、思わず息を吐きだす。
少し、緊張していたようだ。
「おはよ、春川」
聞こえた声に、顔を上げる。
そこには、乃田さんがいた。
「おはよう、乃田さん」
「今日は、少し早いな」
「そうかな?乃田さんは、部活だったの?」
「そ。もうすぐ春の選考があるから、少し早めに来てさっき終わったとこ」
陸上部の乃田さん。
去年も、春の大会で賞状をもらっていた気がする。
「すごいね?早い時間に来て、たくさん動いたんだ」
羨ましい。
「動かないと、何か気持ち悪いからな。そろそろ期末もあるし、動かせる時に、めっちゃ動いとかないと」
「そうなんだ」
靴を脱いだままだったことを思い出して、靴を持つ。
朝から、乃田さんに会えてホッとする自分。
「朝から、乃田さんに会えて嬉しい」
靴を入れて、上履きを出す。
そして、顔を上げて気付く。
乃田さんの顔が赤い。
「何だそれ、やめろよ春川」
肘で顔を覆うように言う乃田さん。
何か変なことを言ってしまったのかな?
「ご、ごめんなさい」
「いや!違う。今のは、私の言い方が悪かった。ごめん!つい、春川が可愛くて…その、焦ったというか、なんつーか」
「なあに、付き合いたてのカップルかしら?」
下駄箱の陰から、顔を覗かせたのは布之さんだ。
「おはよう、春川。あかり?朝練から帰って来ないと思ったら、こんなとこでアオハルかしら?」
「おはよう、布之さん」
アオハルって何だろう。
「ところで、春川。私は朝から春川に会えて、とても嬉しいわ」
言われた言葉を理解して、瞬時に嬉しくなる
「わ、私も。朝から布之さんに会えて、すごく嬉しいよ」
本当のことだ。
でも、いつも無表情の布之さんも少し顔が赤くなった。
「…あら、両想いね」
私もきっと赤いだろう。
でも、嬉しいので気にしない。
恥ずかしいけれど…。
「お迎えに来た甲斐があったわね」
布之さんの言葉に、ハッとする。
「お迎えに、来てくれたの?ごめんなさい」
慌てて、上履きを履こうとして足を滑らせる。
「きゃっ」
下駄箱で、体を支えようとして、思わず顔を顰める。
手を付こうと思ったのに、手首辺りで体を支えてしまったみたいだった。
咄嗟に指先を庇ってしまったのがいけなかったみたいだ。
「大丈夫か!春川」
「う、うん。大丈夫」
「大丈夫じゃないわね、すぐに保健室に行きましょう?」
「え!大丈夫だよ!本当に」
もし、今保健室に行ってお母さんがまだいたら?
このまま、家に帰るのは嫌。
学校にいたい。
だから、大丈夫。
私は自分に、そう言い聞かせた。
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まりぃべる
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うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。
それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。
そんなぼくの話、聞いてくれる?
☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。
クール天狗の溺愛事情
緋村燐
児童書・童話
サトリの子孫である美紗都は
中学の入学を期にあやかしの里・北妖に戻って来た。
一歳から人間の街で暮らしていたからうまく馴染めるか不安があったけれど……。
でも、素敵な出会いが待っていた。
黒い髪と同じ色の翼をもったカラス天狗。
普段クールだという彼は美紗都だけには甘くて……。
*・゜゚・*:.。..。.:*☆*:.。. .。.:*・゜゚・*
「可愛いな……」
*滝柳 風雅*
守りの力を持つカラス天狗
。.:*☆*:.。
「お前今から俺の第一嫁候補な」
*日宮 煉*
最強の火鬼
。.:*☆*:.。
「風雅の邪魔はしたくないけど、簡単に諦めたくもないなぁ」
*山里 那岐*
神の使いの白狐
\\ドキドキワクワクなあやかし現代ファンタジー!//
野いちご様
ベリーズカフェ様
魔法のiらんど様
エブリスタ様
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