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診察の時間
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私は、遠回りに大丈夫と伝えていたけれど、やんわりとお母さんに止められる。
困ったように笑いながら、「私が安心するために、お医者様に行きましょう」と言われてしまうと、何も言えなくなる。
診察することになっているため、家に一旦寄ることになった。
「乗っていても良いのよ」と言われていたけれど、気になってしまい一緒に車から降りる。
お母さんが先に玄関を開け、私も続く。
さやかは、寂しがっているかもしれない…。
すでに帰って来ていたさやかが、玄関まで走って来る。
私の顔を見た途端、お母さんと同じように驚かれる。
「おかえり」も「ただいま」もないまま、さやかに顔を覗き込まれる。
お母さんを押しのけ、さやかがスリッパのまま玄関に降りて来てしまった。
「おねえ!何があったの!?」
近い距離で、見えていることは分かっているはずなのに、すごく見られている。
「…何もないよ」
「嘘だ!だって、こんなに帰りも遅いし、何でそんなに赤くなってるの?」
「あのね、さやか…」
どう言おうかと迷っていると、さやかの視線が後ろにいるお母さんに動く。
「お母さん!学校に迎えに行くの、遅くなったの?何で!?おねえに何かあったらどうするの?」
お母さんは、お迎えに遅れていない。
私が待ってもらっていたから。
でも、さやかにはそれを言っていないから分からない。
だから、私のお迎えが遅くなってしまったんだと誤解をしている。
「さやか、落ち着いて」
お母さんが、ゆっくりとそう言う。
「何があったの?先生にちゃんと話、聞いて来たんでしょ!?」
お母さんに詰め寄るさやかに、私も圧倒される。
「遅くなって、心配したわよね?1人でお留守番をさせて、ごめんなさいね」
お母さんの声は、少し困っていた。
「違う、お留守番は別に良い!おねえに何かあったんじゃないかって、すごく心配していたの!」
「そうよね」
笑うお母さんの気配は、やっぱり困っていた。
「何で、そんなに普通なの?こんなにおねえが、目を腫らしているのに!お母さんの馬鹿!」
「だから、今からお医者様に…」
「そうした方が良いに決まってる!」
私が口を挟む隙も無く、さやかがお母さんに怒鳴る。
「さやか」
興奮しているさやかの手を握ると、さやかがぐっと口を噤む。
「大丈夫なの?おねえ?目、痛くない?」
心配そうなさやかに視線を合わせると、さやかが泣きそうな顔をした。
「ありがとう、痛くないよ。あのね、聞いて?お母さんは、何も悪くないの。いつもと同じく、ちゃんと下校前に来てくれたんだよ?私が、用事で遅くなったから、帰るのがいつもより時間がかかっちゃったの。だから、酷いことを…言わないで?お願い」
しっかりと手を握りながら、それだけを言う。
私が遅くなっただけなのに、お母さんがさやかに怒られるのは違う。
今は見えていることもあり、しっかりとさやかの目を見ながらそれだけを伝える。
「だから、お母さんのせいじゃないの。目もね、私が勝手に泣いちゃっただけ。それは、分かって…?」
「…うん、ごめん。お母さん、ごめんなさい」
「良いのよ、さやかが心配しているだろうから、一緒に眼科に行くと思って、迎えに来たのよ」
「…うん、行く。ありがと」
さやかは、素直に謝ってくれた。
私の心配をしていて、それで怒っていたから。
お母さんも何も言えなかったんだろう。
でも私のせいで、お母さんが責められるのは違うと思う。
「ごめんなさい」
私も謝ると、お母さんはいつものように頭を撫でてくれる。
「良いのよ」
そのまま、さやかの頭も撫でる。
「じゃ、行きましょう」
家の前に停めたままの車に、さやかと手を繋ぎながら移動する。
「さやか、今は見えているから」
「知ってる。でも、繋ぎたいの。駄目?」
「…ううん。駄目じゃないよ、ありがとう」
私の言葉に、さやかは「なら、良いの」ってぎゅっと手を繋ぎ直した。
受付時間ギリギリになってしまったけれど、診察はしてもらえるようですぐに呼ばれた。
「今日は、どうされました?」
久しぶりに顔を見た先生は、変わらず優しい顔をしていた。
1日お医者様をしていたはずなのに、疲れている表情もなくニコニコしている。
「こんにちは、あの…」
困ったように後ろにいるお母さんを見てしまった。
そこには勿論、さやかもいる。
お母さんは、やっぱり困ったように笑っていた。
「あの、受付でもお伝えしたんですが、今日は放課後まで見えているので、見えている状態での診察と、その…今の目の状態を診ていただければと思いまして」
「そうですか、では…」
先生の視線が私に戻る。
つい、瞬きを何度かしてしまう。
先生の温かい手が触れ、目を覗き込まれる。
つい、先日も触れていた大きな手。
でも、あの日は見えていなかった。
「こんなに腫れて…何かあったんですか?」
手が離れ、診察機器に顔を乗せるように促される。
慣れていることもあり、すぐに顔を乗せる。
「あの、学校で…泣き、ました」
小さな声になってしまったが、それだけを返答する。
「擦ってしまったようですね、少し充血が見られています。眼球の表面に小さな傷が出来ていますが、大きく影響は出ないでしょう」
機械を操作しながら、先生がそう言った。
「いつもの目薬で大丈夫そうですね。まだ、先日処方した物はありますよね?」
「…はい、あります」
「時間の経過で、落ち着くでしょう」
器具を移動し、先生と向き合う。
先に、看護師さんと行った検査も、大きな変わりはなかったのだろう。
先生が用紙に目を通して「うん、うん」と頷いていた。
「目の状態としては、視力も焦点も眼圧も落ち着いているので、大丈夫ですよ。安心してください」
先生の言葉を聞いて、さやかとお母さんがホッとしている。
見えていないけれど、気配でそれが分かった。
私も、ホッとしてしまった。
「それで、のぞみからお伺いしましたが、新しい目薬はあまり効き目がなかったと…」
「あぁ、そうなんです。少し瞳孔に影響が出るかと思いましたが、効果としてはいまいちでした。すみません、期待させるようなことをお伝えしてしまって…」
先生の申し訳なさそうな言葉に、お母さんが「とんでもない」と呟く。
「いつも、先生には本当に良くしていただいていて、感謝しかありません」
お母さんの言葉に、先生が私を見る。
「のぞみちゃんも、期待させてしまってごめんね」
そう言われても、先生が謝ることは何一つない。
なので、首を振って「そんなことないです」と慌てて返答する。
こんな状態の私を、匙を投げずに診てくれている。
あの日から、ずっと。
それだけでも、ありがたいのに。
今でも、見えなくなった時の目に効く可能性のある薬や成分などを調べてくれる。
考えてくれる。
それだけで、本当にありがたいのに。
「いつも、ありがとうございます」
つい、口をついて出てしまった。
3人に感じている感謝とは違う、素直に感じる感情。
先生は驚いた顔をするが、すぐにいつものニコニコ顔になった。
「こちらこそ、そんなことを言われると困ってしまいますね」
先生の言葉に、首を傾げる。
「何でもないですよ」
先生の穏やかな声で、診察の時間が終了した。
受付で、さやかと並んで椅子に座る。
少し、くっつき過ぎなのが気になるけれど、さやかの機嫌があまり直っていないので、離れてほしいとも言えない。
「春川さん、春川のぞみさん」
受付で呼ばれ、お母さんが行き清算をする。
もう、診察する人も清算する人もいなかったようで、待合室には私達3人だけが残っていた。
「相変わらず、さやかちゃんはのぞみちゃんが大好きですね」
クスクスと笑いながら言うお姉さんの言葉に、お母さんが「本当に」と相槌を打っていた。
私が通い始めた、9歳の時からさやかは付いてきてくれている。
時間がかかっても、どれだけ待つことになっても、必ず付き添ってくれた。
暇なはずなのに、ずっと私に寄り添ってくれる可愛い妹。
一緒に成長する中で、毎回同行はできなくなったけれど…。
見えていても、見えていなくても側にいてくれる味方。
お母さんと同じく、信頼している大事な家族のさやか。
「いつまでも、お姉ちゃん子で…」
「仲が悪いよりは良いじゃないですか」
受付のおねえさんも、私達のことを知っている。
確かに、仲が悪いよりは仲良くしている方が良いけれど、外でこんなにくっつかなくても…。
「今日は、遅い時間に急に来てしまい、すみませんでした」
お母さんが受付で頭を下げている。
「大丈夫ですよ。のぞみちゃんに何かあったら、大変ですから。いつでもお気にせず、来院してください」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをぼんやりと眺め、お母さんが戻って来た。
「さ、帰りましょう?」
「ねえ、お母さん」
口を開いたのは、さやかだ。
「なあに?」
「今日の夜ご飯は何?」
「今日はね、酢豚と海藻サラダと里芋の煮物よ」
「お味噌汁は?」
「けんちん汁みたいに、お野菜をたくさん入れたわ」
「こんにゃくは?」
「入っているわよ」
「そっか」
さやかは、こんにゃくが苦手だ。
「でも、小さくしているから、無理に食べなくても良いのよ?」
「ううん、食べる。家に帰ったら、今日の夜ご飯の準備は、私がやるから」
「あら?どうしたの、急に?」
「良いの。私がやるから」
さっき、お母さんに怒鳴ったことを、さやかなりに気にしているのだろう。
「お母さんは、車の運転で疲れているんだから、先にお風呂に入って良いよ」
お母さんもそれを分かっているだろうけれど、さやかには何も言わない。
ずっとずっと、優しいお母さん。
「ありがとう、さやか」
「ううん」
さやかが、私を見る。
視線が合い、私が首を傾げる。
まだ見えているか、気にしているんだろう。
「行こ、おねえ」
「うん」
痛くない左手をゆっくりと引かれ、来た時と同じように車に乗る。
家に帰ると、そこはもう日常だ。
「ほら、お母さん先にお風呂に入って」
「でも、のぞみが先の方が…」
お母さんの言葉に、さやかが少し困っていた。
さやかにとって、私のことを優先するのはいつものこと。
でも、今日はどうしようか迷ってしまったのだろう。
可愛い、本当に可愛い妹だ。
困っているさやかを見て、私が笑う。
だって、私もお母さんに早くゆっくりしてほしいと思っていた。
「お母さん、遅くまでごめんなさい。私のことは良いから、先にお風呂に入って来て?」
私も、そう伝える。
「私も、さやかのお手伝いをしたいし」
「何言ってるの?怪我人はおとなしく、座って見ていて!」
さやかもいつも通りになっていた。
私とお母さんで顔を見合わせ、思わず笑う。
「じゃ、可愛い娘達に甘えましょう。ありがとう、さやか、のぞみ」
私達の頭を撫でて、お母さんは優しく笑う。
お母さんが、お風呂場に向かう。
それを見送り、さやかと2人で手を洗う。
「おねえ、湿布薬あるから」
さやかは気にしていたけれど、もう乾いているのでゆっくりと剥がす。
「まだ、青い」
さやかが、ポツリとそう言う。
「でもね、もう痛くないから」
「まだ、駄目。内出血している内は、ちゃんと湿布薬を貼らないと」
さやかは、私の怪我に厳しい。
でも、ここで何か言うと、もっと怒ってしまう。
それが分かっているから、「うん」と頷く。
「手を洗ったら、先に湿布薬貼ろう」
「もう、包帯はいらないよ?」
「分かった」
得意気なさやかに、苦笑する。
手を洗って、うがいをする。
すると、先にさやかが救急箱を持って来た。
湿布薬をして、薄いネットのような細い筒状のサポーターを巻いてくれる。
「お母さん、買っておいてくれたんだね」
さやかが、驚いていた。
私が包帯で気にすると思ってなのか、昨日はなかったはずの物が増えていた。
すごく動かしやすいし、気持ちも軽くなる。
おかげで、さやかとのんびりと夜ご飯の準備ができた。
困ったように笑いながら、「私が安心するために、お医者様に行きましょう」と言われてしまうと、何も言えなくなる。
診察することになっているため、家に一旦寄ることになった。
「乗っていても良いのよ」と言われていたけれど、気になってしまい一緒に車から降りる。
お母さんが先に玄関を開け、私も続く。
さやかは、寂しがっているかもしれない…。
すでに帰って来ていたさやかが、玄関まで走って来る。
私の顔を見た途端、お母さんと同じように驚かれる。
「おかえり」も「ただいま」もないまま、さやかに顔を覗き込まれる。
お母さんを押しのけ、さやかがスリッパのまま玄関に降りて来てしまった。
「おねえ!何があったの!?」
近い距離で、見えていることは分かっているはずなのに、すごく見られている。
「…何もないよ」
「嘘だ!だって、こんなに帰りも遅いし、何でそんなに赤くなってるの?」
「あのね、さやか…」
どう言おうかと迷っていると、さやかの視線が後ろにいるお母さんに動く。
「お母さん!学校に迎えに行くの、遅くなったの?何で!?おねえに何かあったらどうするの?」
お母さんは、お迎えに遅れていない。
私が待ってもらっていたから。
でも、さやかにはそれを言っていないから分からない。
だから、私のお迎えが遅くなってしまったんだと誤解をしている。
「さやか、落ち着いて」
お母さんが、ゆっくりとそう言う。
「何があったの?先生にちゃんと話、聞いて来たんでしょ!?」
お母さんに詰め寄るさやかに、私も圧倒される。
「遅くなって、心配したわよね?1人でお留守番をさせて、ごめんなさいね」
お母さんの声は、少し困っていた。
「違う、お留守番は別に良い!おねえに何かあったんじゃないかって、すごく心配していたの!」
「そうよね」
笑うお母さんの気配は、やっぱり困っていた。
「何で、そんなに普通なの?こんなにおねえが、目を腫らしているのに!お母さんの馬鹿!」
「だから、今からお医者様に…」
「そうした方が良いに決まってる!」
私が口を挟む隙も無く、さやかがお母さんに怒鳴る。
「さやか」
興奮しているさやかの手を握ると、さやかがぐっと口を噤む。
「大丈夫なの?おねえ?目、痛くない?」
心配そうなさやかに視線を合わせると、さやかが泣きそうな顔をした。
「ありがとう、痛くないよ。あのね、聞いて?お母さんは、何も悪くないの。いつもと同じく、ちゃんと下校前に来てくれたんだよ?私が、用事で遅くなったから、帰るのがいつもより時間がかかっちゃったの。だから、酷いことを…言わないで?お願い」
しっかりと手を握りながら、それだけを言う。
私が遅くなっただけなのに、お母さんがさやかに怒られるのは違う。
今は見えていることもあり、しっかりとさやかの目を見ながらそれだけを伝える。
「だから、お母さんのせいじゃないの。目もね、私が勝手に泣いちゃっただけ。それは、分かって…?」
「…うん、ごめん。お母さん、ごめんなさい」
「良いのよ、さやかが心配しているだろうから、一緒に眼科に行くと思って、迎えに来たのよ」
「…うん、行く。ありがと」
さやかは、素直に謝ってくれた。
私の心配をしていて、それで怒っていたから。
お母さんも何も言えなかったんだろう。
でも私のせいで、お母さんが責められるのは違うと思う。
「ごめんなさい」
私も謝ると、お母さんはいつものように頭を撫でてくれる。
「良いのよ」
そのまま、さやかの頭も撫でる。
「じゃ、行きましょう」
家の前に停めたままの車に、さやかと手を繋ぎながら移動する。
「さやか、今は見えているから」
「知ってる。でも、繋ぎたいの。駄目?」
「…ううん。駄目じゃないよ、ありがとう」
私の言葉に、さやかは「なら、良いの」ってぎゅっと手を繋ぎ直した。
受付時間ギリギリになってしまったけれど、診察はしてもらえるようですぐに呼ばれた。
「今日は、どうされました?」
久しぶりに顔を見た先生は、変わらず優しい顔をしていた。
1日お医者様をしていたはずなのに、疲れている表情もなくニコニコしている。
「こんにちは、あの…」
困ったように後ろにいるお母さんを見てしまった。
そこには勿論、さやかもいる。
お母さんは、やっぱり困ったように笑っていた。
「あの、受付でもお伝えしたんですが、今日は放課後まで見えているので、見えている状態での診察と、その…今の目の状態を診ていただければと思いまして」
「そうですか、では…」
先生の視線が私に戻る。
つい、瞬きを何度かしてしまう。
先生の温かい手が触れ、目を覗き込まれる。
つい、先日も触れていた大きな手。
でも、あの日は見えていなかった。
「こんなに腫れて…何かあったんですか?」
手が離れ、診察機器に顔を乗せるように促される。
慣れていることもあり、すぐに顔を乗せる。
「あの、学校で…泣き、ました」
小さな声になってしまったが、それだけを返答する。
「擦ってしまったようですね、少し充血が見られています。眼球の表面に小さな傷が出来ていますが、大きく影響は出ないでしょう」
機械を操作しながら、先生がそう言った。
「いつもの目薬で大丈夫そうですね。まだ、先日処方した物はありますよね?」
「…はい、あります」
「時間の経過で、落ち着くでしょう」
器具を移動し、先生と向き合う。
先に、看護師さんと行った検査も、大きな変わりはなかったのだろう。
先生が用紙に目を通して「うん、うん」と頷いていた。
「目の状態としては、視力も焦点も眼圧も落ち着いているので、大丈夫ですよ。安心してください」
先生の言葉を聞いて、さやかとお母さんがホッとしている。
見えていないけれど、気配でそれが分かった。
私も、ホッとしてしまった。
「それで、のぞみからお伺いしましたが、新しい目薬はあまり効き目がなかったと…」
「あぁ、そうなんです。少し瞳孔に影響が出るかと思いましたが、効果としてはいまいちでした。すみません、期待させるようなことをお伝えしてしまって…」
先生の申し訳なさそうな言葉に、お母さんが「とんでもない」と呟く。
「いつも、先生には本当に良くしていただいていて、感謝しかありません」
お母さんの言葉に、先生が私を見る。
「のぞみちゃんも、期待させてしまってごめんね」
そう言われても、先生が謝ることは何一つない。
なので、首を振って「そんなことないです」と慌てて返答する。
こんな状態の私を、匙を投げずに診てくれている。
あの日から、ずっと。
それだけでも、ありがたいのに。
今でも、見えなくなった時の目に効く可能性のある薬や成分などを調べてくれる。
考えてくれる。
それだけで、本当にありがたいのに。
「いつも、ありがとうございます」
つい、口をついて出てしまった。
3人に感じている感謝とは違う、素直に感じる感情。
先生は驚いた顔をするが、すぐにいつものニコニコ顔になった。
「こちらこそ、そんなことを言われると困ってしまいますね」
先生の言葉に、首を傾げる。
「何でもないですよ」
先生の穏やかな声で、診察の時間が終了した。
受付で、さやかと並んで椅子に座る。
少し、くっつき過ぎなのが気になるけれど、さやかの機嫌があまり直っていないので、離れてほしいとも言えない。
「春川さん、春川のぞみさん」
受付で呼ばれ、お母さんが行き清算をする。
もう、診察する人も清算する人もいなかったようで、待合室には私達3人だけが残っていた。
「相変わらず、さやかちゃんはのぞみちゃんが大好きですね」
クスクスと笑いながら言うお姉さんの言葉に、お母さんが「本当に」と相槌を打っていた。
私が通い始めた、9歳の時からさやかは付いてきてくれている。
時間がかかっても、どれだけ待つことになっても、必ず付き添ってくれた。
暇なはずなのに、ずっと私に寄り添ってくれる可愛い妹。
一緒に成長する中で、毎回同行はできなくなったけれど…。
見えていても、見えていなくても側にいてくれる味方。
お母さんと同じく、信頼している大事な家族のさやか。
「いつまでも、お姉ちゃん子で…」
「仲が悪いよりは良いじゃないですか」
受付のおねえさんも、私達のことを知っている。
確かに、仲が悪いよりは仲良くしている方が良いけれど、外でこんなにくっつかなくても…。
「今日は、遅い時間に急に来てしまい、すみませんでした」
お母さんが受付で頭を下げている。
「大丈夫ですよ。のぞみちゃんに何かあったら、大変ですから。いつでもお気にせず、来院してください」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをぼんやりと眺め、お母さんが戻って来た。
「さ、帰りましょう?」
「ねえ、お母さん」
口を開いたのは、さやかだ。
「なあに?」
「今日の夜ご飯は何?」
「今日はね、酢豚と海藻サラダと里芋の煮物よ」
「お味噌汁は?」
「けんちん汁みたいに、お野菜をたくさん入れたわ」
「こんにゃくは?」
「入っているわよ」
「そっか」
さやかは、こんにゃくが苦手だ。
「でも、小さくしているから、無理に食べなくても良いのよ?」
「ううん、食べる。家に帰ったら、今日の夜ご飯の準備は、私がやるから」
「あら?どうしたの、急に?」
「良いの。私がやるから」
さっき、お母さんに怒鳴ったことを、さやかなりに気にしているのだろう。
「お母さんは、車の運転で疲れているんだから、先にお風呂に入って良いよ」
お母さんもそれを分かっているだろうけれど、さやかには何も言わない。
ずっとずっと、優しいお母さん。
「ありがとう、さやか」
「ううん」
さやかが、私を見る。
視線が合い、私が首を傾げる。
まだ見えているか、気にしているんだろう。
「行こ、おねえ」
「うん」
痛くない左手をゆっくりと引かれ、来た時と同じように車に乗る。
家に帰ると、そこはもう日常だ。
「ほら、お母さん先にお風呂に入って」
「でも、のぞみが先の方が…」
お母さんの言葉に、さやかが少し困っていた。
さやかにとって、私のことを優先するのはいつものこと。
でも、今日はどうしようか迷ってしまったのだろう。
可愛い、本当に可愛い妹だ。
困っているさやかを見て、私が笑う。
だって、私もお母さんに早くゆっくりしてほしいと思っていた。
「お母さん、遅くまでごめんなさい。私のことは良いから、先にお風呂に入って来て?」
私も、そう伝える。
「私も、さやかのお手伝いをしたいし」
「何言ってるの?怪我人はおとなしく、座って見ていて!」
さやかもいつも通りになっていた。
私とお母さんで顔を見合わせ、思わず笑う。
「じゃ、可愛い娘達に甘えましょう。ありがとう、さやか、のぞみ」
私達の頭を撫でて、お母さんは優しく笑う。
お母さんが、お風呂場に向かう。
それを見送り、さやかと2人で手を洗う。
「おねえ、湿布薬あるから」
さやかは気にしていたけれど、もう乾いているのでゆっくりと剥がす。
「まだ、青い」
さやかが、ポツリとそう言う。
「でもね、もう痛くないから」
「まだ、駄目。内出血している内は、ちゃんと湿布薬を貼らないと」
さやかは、私の怪我に厳しい。
でも、ここで何か言うと、もっと怒ってしまう。
それが分かっているから、「うん」と頷く。
「手を洗ったら、先に湿布薬貼ろう」
「もう、包帯はいらないよ?」
「分かった」
得意気なさやかに、苦笑する。
手を洗って、うがいをする。
すると、先にさやかが救急箱を持って来た。
湿布薬をして、薄いネットのような細い筒状のサポーターを巻いてくれる。
「お母さん、買っておいてくれたんだね」
さやかが、驚いていた。
私が包帯で気にすると思ってなのか、昨日はなかったはずの物が増えていた。
すごく動かしやすいし、気持ちも軽くなる。
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