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2章

今日の私

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「さっき、校門のとこですっごいカッコいい人見たんだけど?」
「やっぱり!?私も見た気がするんだけど!」
「おしゃれな感じの人じゃなかった?」
「顔は見えなかったけどね?」
「また見に行こっか」
「早く下校になんないかな?」

きゃあきゃあと黄色い声が響く中で、のぞみはゆっくりと歩いていた。
その横であかりが溜め息をつく。
「先輩達、中間だってのに元気だな…」
「あら、楽しみくらいないと、中間なんて乗り切れないでしょ?」

乃田のださんの言葉に、布之ふゆきさんがそう返事した。
「春川、荷物先に保健室に運ぶか?」
乃田さんの言葉に、「ううん」と首を振る。
「大丈…。えぇと、まだ自分で出来るから、その…見えなくなったらお願いする、ね?」

この癖は、直らない。
何で咄嗟に大丈夫って、言ってしまうのだろう?
「そっか、じゃその時に、ちゃんと言えよ?」
「うん、ありがとう。乃田さん」
でも、乃田さんはそう言ってくれる。
だから、私も気にしないように頼ることにした。

「それよりも、春川?歩く練習は、休み時間にも必要なのかしら?」
布之さんの声に、首を傾げる。
「お医者様は、ゆっくりなら筋力の良いリハビリになるって」
「そうなの?専門家のいうことなら仕方ないわね」

私は、少し前に階段が落ちてしまった。
焦ってしまい、滑ってしまったようだ。
そのせいで、右足は靱帯損傷とのこと。
左足は、強めの捻挫。

両足とも、歩けないことはない。
でも、右足は少しだけギブスのせいでぎこちない。
通うことになったお医者様は、すごく丁寧に診てくれる。
心配されないように、早く治したい私。
なので、学校でも散歩をする。

「春川の気が済むのなら、いつまでも付き合うわ」
「…ありがとう」
布之さんの言葉にも、ゆっくりとお礼を言う。
廊下を歩いて、ただ教室に戻る。
ギブスを巻いた右足は、いつもより大きい。

でも、巻いた時よりも隙間が出来ていたらしい。
腫れた部分が治って来ていると、お医者様が言っていた。
だから、昨日行った外科で新しくギブスを作ることになった。
今までは、膝下辺りまでを前後で挟む形の長いギブスだったけれど、今は足首中心の短い物になった。

足首のみを固定するギブス。
靴下を履く時、少しだけ広げないと履けないけれど。
でも今までよりも、足が自由に動かせる。
そう思った。

「今日の散歩は終わった?」
隣の席の高杉君が、戻った私に気付いてそう声をかけてくれた。
「うん、終わったよ。高杉君は、お勉強中?」
「あぁ、顧問から赤点厳禁と言われてしまったからな」

手にしている教科書に、中間試験のことを思い出す。
忘れていたわけじゃないけど。
でも、お医者様の言葉の方が気になったので、歩くことを選んでしまった。

見えている内はまだ良いけれど、見えなくなってしまったらテストそのものが受けられない。
去年は何度か、受けられなかった。
後日に改めて、保健室で林先生と担任だった志賀先生の付き添いの中で試験をした。
仕方がないが、みんなと一緒に出来ないことが多すぎて自分でもがっかりしたのを思い出す。

今年は、全部の試験が受けられますように。
思わず願ってしまう。
願っても、どうにもならないのに。

「そういえば、廊下が騒がしいような気がしたけど?」
高杉君の言葉に、私は首を傾げる。
「先輩達が、教室と玄関を行き来している、みたいな?」
さっき、横を通り過ぎた先輩たちの光景を何となく思い出す。

「お前らは、噂話とか興味なさそうだな?」
呆れたように言う乃田さんに首を傾げる。
「噂話?」
「あら、可愛い。春川は何でも興味を持つから、すごく教え甲斐がありそう」
布之さんの言葉も不思議だった。
「教え甲斐?」

「お前らこそ、中間の勉強良いのか?」
高杉君の言葉に、乃田さんと布之さんは顔を見合わせた。
「無我の境地」
「諦めの境地」

布之さんの言葉は、何となく意味が分かる。
私と散歩をしていても、乃田さんに単語を教えていたりと復習をしていた。
お勉強中モードのようだったから。
でも、乃田さんのは…。

「乃田さん?諦め、って?」
「もう分からん。私は次の古文は捨てる」
「えぇ?」
捨てる?
捨てるって、何を?

「陸上部は、ないのか?」
「あるに決まってんだろ?」
「じゃあ」
「でも無理。古文はもう同じ時代に生きていないと理解できないもの。以上」

「あかりは、言い回しとか例えとか、苦手なのよね」
「馬鹿にするなら馬鹿にしろよ」
「してないでしょ?」

乃田さんと高杉君、乃田さんと布之さんでお話しをしているのに。
「乃田さん?」
思わず口を開けていた。
「ごめんなさい」
「えぇ!?」

「私に付き添っていたから、お勉強する時間が無くなったってことだよね。ごめんなさい。どうしよう」
私は、見えている内にお勉強する癖がついている。
だって、見えていないとお勉強が成り立たないから。
それで、分からないことやあまり理解できなかった所は、お兄ちゃんに聞いたりお母さんに聞くようにしている。
今まで、お勉強で分からないことはあまりない。

でも、それはお勉強する時間があったからだ。
私は、乃田さんのお勉強する時間を奪ってしまった可能性がある。
「春川!」
「…はい」
「考えすぎ!」
「え?」

「誰がお前のせいって言った?お前のせいで、私が赤点取ったなんていう奴がいたら、私がぶっ飛ばす」
「えぇ?」
すごく物騒な言葉。
「また、何か余計なことを考えてたろ?」

余計な、こと?
「私は、自分の理解力のなさと頭の悪さを自覚している。その上で、次の古文の試験は諦めた。春川は全く関係ない。無関係だ」
「…うん」
「無関係って、悪い方で捉えるなよ?」

「…うん」
「分からない古文の勉強で足掻くくらいなら、春川の散歩に付き合った方が私が楽しい。色々話せて、私のイライラがなくなる」
「…うん」
「だから、春川のせいで勉強をしていないんじゃなくて、自分のせいで勉強をしていない。ここまでは良いか?」

「良くないでしょう。乃田さん、前を向きましょうね」
大谷先生だった。
「え?先生?」
「はい、先生です」
「早くないですか?」

「そうかしら?そろそろ声をかけないと、教室に戻らない生徒がいるかもしれないからって、先生達も早めに声をかけるようにしたの」
教室の中は、まだ少しだけ閑散としている。
「試験の最中に、まぁ仕方ないけれど…」
大谷先生は、私を見た。

分からないので、何も出来ずに首を傾げてしまった。
「あぁ、春川さんは関係ない…。とも言い切れないのかしら、この場合は。でも…本人が知らないのなら…」
「大谷先生?」
高杉君の声掛けで、大谷先生がハッとした。

「そうね、そろそろ廊下の生徒にも声を…」
「チャイムが鳴るぞー。教室に戻りなさーい」
大きな声が廊下に響いた。
体育の真田さなだ先生だ。

「相変わらず、真田は声がでかいな」
乃田さんの言葉に、布之さんが大きく頷く。
「野球部なんて、声張ってなんぼでしょうから」
「それは、俺にも言っているのか?」

「あら?高杉が野球部なのに声が小さいなんて、私は一言も言ってないわよ?」
「そうか」
「高杉って、野球部のイメージないんだよな?」
乃田さんの言葉にも、高杉君は「そうか」と答えていた。

「私は高杉君のイメージで、合っていると思う」
思わず言っていた。
1年生の委員会で一緒になった時、高杉君は野球部だと教えてくれた。
それから、お母さんのお迎えを待つ間に、遠くからグラウンドを見たことがある。

ボールを追いかける高杉君。
ボールを打つ高杉君。
動けることもそうだし、走れることも羨ましいと思った。
黙々とボールを拾うのも、準備をするのもすごいと思った。

「春川さん?」
大谷先生の声にハッとする。
「すみません」
「良いのよ。そろそろ、教室の子達も揃うし、お勉強道具は片付けましょうか?」
「…はい」

回りを見ると、半分ほど生徒は戻っていた。
と言っても、女の子達はまだ廊下にいたのだろうか。
「次の古文で、今日の中間試験は終了です。ホームルームは短くするので、皆さん学習に励んでください」
乃田さんの項垂れた背中に、思わず笑ってしまった。

さっきの乃田さんとのやり取りをふっと思い出す。
お勉強。
難しいのかな?
私と一緒にやろうって言ったら、迷惑になるかな?

何でも力になってくれる乃田さんに、私も少しで良いから恩返しがしたい。
そう思った。
中間試験で嬉しいのは、午前中で学校が終わること。
1時間目は自習だったけれど、2時間目は数学だった。
3時間目が古文。
今日はこれで終了だ。

明日、歴史と英語と化学だ。
給食がないので、早く帰れることも今までは嬉しかった。
でも、今はお友達が出来たから、早く帰ることが少しだけ惜しい気持ちになる。

もう少し、学校にいたいのに。
乃田さんと布之さんと高杉君と、もう少しお話をしたい。
騒がしい気配と共に、走りながら教室に戻って来る生徒達。
「急がないように、時間を見ましょうね」

大谷先生の言葉に「はーい」と言う返事が聞こえてくる。
「では、答案用紙と問題を配りますので、着席してください」
教室の中に、緊張感が漂う。
試験が始まってしまう。

気を引き締めて、姿勢を直す。
終わりまで、視界が閉ざされませんように。
何度目か分からない願掛け。
自分でも、呆れてしまう。

私の目は、急に見えなくなる。
それを毎日繰り返す。
見えていても、視界に陰りが現れたらその日は閉ざされてしまう。
そんな生活を繰り返しながら、中学2年生になった。

今年、私にとって嬉しいこと。
お友達が出来た。
それも3人も。

それが、乃田さんと布之さんと高杉君だ。
3人と一緒に過ごせることが、ただ嬉しい。
中学校での生活は、淡々と過ぎていた。
見えなくなる生活と、家と学校、そして病院。

私が過ごすのは、そのくらいだと思っていた。
だけど、今年からお友達が出来た。
お友達がいることで、時間があっという間に過ぎている気がする。
気のせいではなく、本当に同じ1時間なのかと思うこと。
同じ1日なのかと思うこと。

お友達がいることの嬉しさ。
お友達と話せる喜び。
そんなことを、噛みしめる。

私の日常。
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