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今日は、ここまで

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確かに、乃田さんと布之さんは同じ小学校だった。
あの時も、同じ空間にいたと思う。
でも、そんなに仲が良いとか、個人的に触れ合ったという記憶はない。

登下校の時に、一緒だったのは確かだけど…。
ぼんやりと思い出し、濡れている頬を拭う。
自分が泣いてしまったことは、少し恥ずかしい。
冷静になった自分がいた。

「大丈夫か?春川?」
乃田さんが、目の前でしゃがむ。
「う、うん。ごめんなさい」

「謝るなっての。こっちこそ、そんなに緊張させてごめん。まさかそんなへろへろになると思わなくて。でも、春川から教えてくれたってことは、私とかかすみを友達って認めてくれたってことだよな?」
「あら?友達なのは、クラス替えがあってからじゃないの?」
布之さんも、そっとしゃがみ込む。
近い視線に、乃田さんと布之さんを交互に見てしまう。

乃田さんと、布之さんの言葉がじわじわと広がっていく。
「ともだち?」
頭の中で、その言葉がゆっくりと浸透していく。

「ついでに高杉も、なのか?」
乃田さんが後ろを向き、立っていた高杉君のことを見る。
乃田さんの視線につられ、私もつい高杉君を見上げる。

「おともだち?」
繰り返す中で、3人が友達になってくれるなんて夢のようだと思った。
「乃田さんと、布之さんと、高杉君が…お友達?」
自分でも、口に出すと不思議な気分だった。

「嫌か?」
高杉君の言葉に、勢いよく首を振る。
「そ、そんなことない!」

「そういうこと。だから、気にすんなって!見えなくて大変なの、お前じゃんか。やっと同じクラスになれて、ようやく仲良くなれるって、すげー嬉しいんだからな!私でも、役に立てることは何だ?って考えるのとか、マジで難しいけどさ…」
乃田さんが、私に向き直りそう言った。

4月に一緒のクラスになって、この間席替えがあって、それから見える乃田さんの表情。
私に言ってくれる言葉、私に対する接し方。
何も変化がないと思った。

じゃあ、2年生で同じクラスになってから、乃田さんは私のことをずっと見ていてくれて、目のことも知っていてくれて、それでもずっと、側にいてくれたってことになる。
それに気付いたら、また涙が止まらなくなる。
何て、幸せなんだろう。

本当に、夢みたいなことが起きている。

「夢、じゃ…ない?」
涙をごしごしと拭いながら、目の前の乃田さんを見る。
私の言葉に、乃田さんが笑ってくれた。
「本当のほんと。現実。それと、目、擦んなよ」

「これからもよろしく、で良いのよね?」
布之さんの言葉にも、コクコクと頷く。
「あのね…あの」

「今日は、もう帰りましょ?」
布之さんの言葉に、「何で?」と思う自分がいた。
「“友達”の私達は、明日からも一緒にいられるんだし。そんなウサギさんみたいな目で、そんなに疲れ切った状態で、帰れなくなっちゃうわ」

「立てるか?春川?」
乃田さんの言葉に、座ったままだったことを思い出す。
「あ…」

「ゆっくりな」
乃田さんと、布之さんが手を差し伸べてくれている。
「ありがとう」
ゆっくりと、手を伸ばす。

「右手、痛いか?」
右手側の乃田さんが、心配そうに聞いてくれる。
「ううん。痛くない、よ?」

渇いた湿布の感覚が、さっき違和感を伝えてきたけれど…。
乃田さんの手にゆっくりと、自分の右手を重ねる。
左手の布之さんは、昨日のようにしっかりと繋いでくれた。

ゆっくり引き上げられ、ようやく立ち上がった。
「でもね、春川?」
布之さんは、真面目な顔をしている。
「…はい」

「明日からもね、見えないことを誤魔化そうとしないでほしいって、私は思うの。『助けて』なんて、言わなくても良いから、見えない時は無理をしないでほしいなって、思うのよ」
布之さんの言葉は、私の右手に注がれていた。

「そうだ。春川が怪我する方が大変だし、そっちの方が気になるな。力になれることは、これからも、勝手にするからさ?」
乃田さんの言葉に、コクリと頷く。

「俺も」
高杉君の声が聞こえた。
「俺も、やりたくて、やっていることがほとんどだから、これからも春川が気にすることは何もない、と思ってほしい」
その言葉にも、コクリと頷く。

私の涙腺はずっと、緩いままだ。
3人が私の目のことを、気持ち悪いとか、嘘吐きとか、そう言わないでくれたこと。
それだけでも、嬉しいのに。

私とお友達になってくれたこと。
私がお友達と思って良いんだってこと。
何よりも、嬉しい。

「ありがとう…。乃田さん、布之さん、高杉君」
だからこそ、苦しい。
「分からないの…。み、見えなくなるタイミングも、きっかけも、き…急に閉じていく、から。どうして、こうなったのかも、どうしたら、治るのか、も…。全然、分からな、いの…」

後半は、言葉にならなかった。
「大丈夫だから、見えなくなっても私は側にいる。絶対にな!」
乃田さんの言葉に、また涙が流れていく。

まだ私が小学生だったあの時。
みんなの疑うような顔を見ながら、視界が暗くなっていった。
置いていかれて、途方に暮れて、心配したお母さんがお迎えに来てくれた。
泣いている私の手を引いて、お母さんと帰ったあの日。

みんなに理解されなかった不思議と、何かが変わってしまったという不安。
それが、ぐちゃぐちゃに混ざって、お母さんに迷惑と心配をかけてしまった。
すごく、申し訳ない気持でいっぱいになった。

でも、今は感謝の気持ちがどうやっても大きい。
「ありがとう」
「こっちこそ、ありがとな。話してくれて」
何度呟いても、足りない。

打ち明けて良かった。
言って良かった。
信じてみて、良かった。

心の底からそう思った。
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