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6時間目
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高杉君の視線を疑問に思い、1度不意に問いかけてしまった。
「…どうしたの?」
聞く私に、高杉君は意外そうな顔をした。
「…いや、何でもない」
それ以降は、会話はなかった。
授業中に話をすることは、思った以上に緊張したから。
それ以上聞けなかったというのもある。
休み時間になり、いつもの癖で指先で机を確認しながら席を立つ。
「春川」
高杉君が私を呼び止める。
疑問に思い、高杉君の方を向く。
「どうしたの?」
問いかける私に、高杉君は首を振った。
「いや、その、そろそろ黒板消しに、疲れてきたんじゃないかって思ったら」
心配してくれる高杉君に、やっぱり“優しいなぁ”とぼんやり思う。
「ありがとう、でも大丈夫」
小さい声になってしまったけれど、前に出て黒板を消そうとする。
「先にやる」
高杉君が黒板消しを手に持ち、本日何度目か分からない作業を繰り返す。
それを眺め、次の体育祭準備について少しドキドキしている自分に気付く。
何を、話すのだろう。
何があるんだろう?
心配をよそに、クラスメイトは体育館に移動している。
この後、部活の生徒もいるためかジャージの生徒も廊下を歩いている。
廊下を移動する生徒を眺めながら、私は着替えをしなくても良いのか疑問が湧く。
「春川、6限始まるぞ。そろそろ移動しようぜ」
乃田さんが声をかけてくれた。
乃田さんはジャージだった。
でも、布之さんは制服のままだ。
不思議に思う。
「今日は、熱中症とか貧血とかの保険衛生の話が中心なの」
布之さんの言葉に、そうなのかと頷く。
毎年、秋の運動会では具合が悪くなる人が出ているけれど、春でもその可能性があるのだという。
「でも、体育委員とか運動部は、その後で体育祭で使う道具の搬出があるから、ジャージなんだ」
乃田さんはそう言った。
それにも、そうなんだと頷く。
「わ、私も着替えた方が良いのかな?」
私の疑問に、乃田さんが笑う。
「だから、運動部とか体育委員な。春川は怪我もしているし、運び出しに参加しなくても良いんだよ」
「当然だわ。それに、春川は運び出しには、申し訳ないけれど戦力にはならないと思うの。無理に参加しても、回りに気を遣わせてしまうわ」
『私はそうだもの』と布之さんに言われてしまえば、わざわざ着替えるとは言えない。
布之さんの言葉に、確かにそうかもしれないと納得する。
「それに、制服は私と一緒よ?私と一緒じゃ、不満かしら?」
「そんなことない。あの、着替えないで移動します」
見えていると、積極的に動くことができる。
私の行動が遅くても、見えているというだけでとても安心する。
乃田さんと布之さんが、並んで移動してくれる。
「高杉は、急いで着替えてその後で合流するんだろうな」
さっきまで、教室で一緒に黒板を綺麗にしていた高杉君を思い出す。
確かに、高杉君も運動部だった。
でも、日直の仕事だからと付き合ってくれた。
申し訳ない気持ちになる。
体育館では、全校生徒がほぼ揃っていた。
林先生の話や事例などを聞きながら、過ごした。
すぐに6時間目の時間が終了した。
座って聞いているだけで済んで良かった。
「ほら、春川さん、運び出しやるってよ?」
「今日は日直でしょ?当然参加するよね?」
クラスメイトの、村野さんと越川さんがそこにはいた。
視線を合わせないように、でも不審がられないように1度呼吸を整える。
「な、何かを運ぶくらいなら…」
「だよね?普通そうだよね?」
「いつも早退してるから、学校行事に興味ないのかと思ってた」
クスクス笑う声に、曖昧に頷く。
背筋がチリチリする感覚に、指先の温度が下がって行くのを感じた。
「またお前らか、懲りないなー?イジメしかやることないのか?」
乃田さんの声がした。
体育祭の道具を準備しに行ったんだと思っていた。
だから、側に来てくれたことにびっくりしてしまう。
驚いている私に構わず、目の前の2人は顔を見合わせた。
「また、乃田?」
「お前、本当に何なの?」
村野さんと越川さんの声は、呆れていた。
私の横に来た乃田さんに、そう言ったけれど乃田さんはそれを聞いても「はー」と溜め息をついた。
迷惑をかけている気持ちになり、思わず俯いてしまった。
でも乃田さんは、私の背中に手を添えた。
曲がっている背中を伸ばすような仕草に感じた。
下に落ちていた視線が、自然と上がる。
乃田さんは、私が向いたことで笑ってくれた。
「それは、こっちのセリフ。今日は春川と一緒に過ごせて、気分が良かったのに、迷惑料でももらわないとやってられないなー」
『一緒に過ごせて、気分が良かった』
そう、乃田さんは言ってくれた。
そんなの、私の方がずっと思っている。
ずっと、ずっと一緒にいて楽しいって、ありがたいって感じている。
「どういう意味?」
村野さんの言葉に、乃田さんは「何が?」と聞き返す。
「お前らが、無駄に春川に絡んでいる時間。迷惑しか発生していないから、迷惑料払ってほしいくらいってこと。それに、制服着てるの見えてないのか?」
乃田さんの言葉に、ジャージを着ている2人は気まずそうにしていた。
「何かにつけて春川をいびり倒して、これ見よがしにいちゃもんつけて、マジで輩じゃん」
乃田さんの声が大きいことで、回りのクラスメイトもこちらを見る。
クラスメイトではない視線もあったようで、2人は回りをキョロキョロしている。
私も、オロオロするしかできない。
「昨日はバスケのボールをぶつけて怪我をさせて、その上図々しく係を押し付けたのに、飽きもせずまた嫌がらせ?あなた達2人は、春川に嫌がらせをしないと生きていけない呪いにでもかかっているのかしら?」
淡々と言いながら、布之さんもやって来た。
「春川、ここにいたの?大谷先生が呼んでいるわ。今のこと、報告しておくから安心して。怖かったのに、良く耐えたわね、偉いわ」
布之さんは、2人を見ることなく私にそう言った。
また、布之さんが褒めてくれた。
嬉しがっている場合ではないのに。
「布之まで、何なんだよ?」
「私ら、何か悪いことしてる?」
「自覚がないのも、困ったものね。逆に聞くわ、何がかしら?クラスメイトが迷惑を被っているんだから、それを諫めるのも委員の仕事じゃないかしら?」
「迷惑って、私らは何も…」
「あら?私の聞き間違いじゃなければ、制服を着ている春川に運び出しを催促していたと思うのだけど?」
「それは…」
「ほら、春川さん、今日日直だったし…」
「日直だったから何かしら?他にも制服を着ているクラスメイトはいるのに、ピンポイントで春川にだけ声をかけることを逆に聞きたいわ。怪我だってしているのに…ねぇ?」
布之さんの言葉にも、クラスメイトはこちらをチラチラ確認している。
「ほら、他にも帰宅部のクラスメイトはいるわ。怪我人の春川に声をかけたってことは、他のクラスメイトにも声をかけるんでしょう?」
布之さんの言葉に、制服を着ている生徒たちの視線が2人に集まる。
「えぇ?」
「何で?」
「それこそ、何でかしら?イジメじゃないなら、春川にだけ声をかけるわけはないわよね?」
さっきから、布之さんが私の怪我を示す度に指に巻かれた包帯が恥ずかしくなる。
見えないように、ぎゅっと隠そうと思うけれど思うように手が動かなかった。
布之さんの言葉に、帰ろうとしているクラスメイトが「帰って良いんでしょ?」と口にしている。
少し迷惑そうな声に、村野さんと越川さんが困っているように見えた。
「私は、帰って良いと思っているけれど、村野さんと越川さんは違うのかしら?」
布之さんの声に、2人は「行こう」と体育倉庫の方に向かって行った。
「あら?返答もなく、いなくなるの?ということは、春川にだけ嫌がらせなのかしら?困ったわね」
布之さんの溜め息に、乃田さんが「まぁまぁ」と宥めている。
「何か、ごめんなさい」
恥ずかしい…。
何か目立っているのではないか。
急に、注目されるようになって、何だかいたたまれない。
他の学年の子たちも、少しずつ入り口に向かっていたり、体育倉庫に集まっていたりと、流れが出来ている。
乃田さんは、「やべ」と言い、体育倉庫に向かって走って行った。
「あら、ごめんなさい。春川に恥をかかせたいわけじゃなかったのに、ごめんなさいね」
布之さんに、謝られてしまった。でも、布之さんが私に嫌なことをしているわけじゃないので、何も気にならなかったし、怖くもなかった。
「はい、あの、大丈夫です…」
「もうすぐ、保健室に行くのよね?」
布之さんの小さくなった声に、そうだったと思い出す。
「はい」
「じゃ、荷物を取りに行きましょう?大谷先生も呼んでいたし」
そうだった、日誌を職員室に届けに行かないと。
「あの、日誌を届けに行きたいので…」
「そうね、日直だものね。偉いわ、ちゃんと最後まで仕事を行って」
布之さんが、また褒めてくれた。
嬉しい。
当たり前のことをしているだけなのに、すごく認めてもらったような気がする。
「ありがとうございます」
「可愛い、本当に」
布之さんの言葉に、何でそんなことを言うのか不思議に思う。
恥ずかしいより、不思議が勝ってしまった。
「何で?」
思わず、口にしてしまった。
「ふふ、春川と仲良くなって嬉しいって、思っているから?かしら?」
「私も…」
嬉しい。
仲良く…。
布之さんに、そんなことを言ってもらえるなんて。
「私も、布之さんと仲良くできて、嬉しい…です」
本当に。
「ありがとう、じゃ行きましょう?」
乃田さんと高杉君は、運び出しがあるってことだよね?
今日は、日が悪かったと、また後日に伝えられれば良いやと思っている私。
「あかりに、先に行くことと、話をする場所を伝えているから、安心して?」
「え?」
「だって、春川が私達に話したいことがあるんでしょ?」
布之さんの言葉は、まだ待っていて良いんだと教えてくれた。
「…はい!」
「じゃ、準備して、2人を待ちましょうね」
布之さんと一緒に、教室に向かう。
大谷先生は教室にはいなかった。
でも、きっと職員室にはいると思うので、日誌の記入を行う。
ほとんど、高杉君が記入してくれていた。
帰宅準備をしてから、日誌を届けに職員室に向かう。
「失礼します。大谷先生はいらっしゃいますか?」
頑張って、大きな声を出す。
震えてしまったけれど、大谷先生は気付いて手招きをしてくれた。
職員室にいる先生は、半分ほど少なかった。
体育祭の準備に出ている先生がいるからだろう。
「日誌を届けに来ました」
緊張していたけれど、そう伝えると大谷先生は私の手を握ってくれた。
「はい、ありがとうございます。日直のお仕事も、お疲れさまでした」
「はい」
「今日は、表情も顔色も良さそうだわ」
嬉しそうな先生の声に、私も嬉しくなる。
「はい。高杉君が、ほとんどのお仕事をしてくれたので、私でも最後までできました」
大谷先生だから、日誌の文字を見てきっと気付いてくれるだろう。
「高杉君が、そう。…良かったわ。布之さんもありがとうね」
「はい、今日は悲しい日になると思いましたが、こうやって春川と職員室に来られるのなら、委員で良かったと思いました」
表情の変わらない布之さんに、大谷先生は目を丸くしそのまま笑いだした。
「そうね、ごめんなさい」
「いいえ、大きな貸しだと思えば」
「…そうね、覚えておきます」
「それより、大谷先生?村野さんと越川さんが、また春川さんを困らせていましたが?」
「え?それは本当?」
布之さんというよりは、私に向けて大谷先生は問いかけて来た。
「えぇと…、その、困らせてというか…、あの」
「布之さんは、それを確認したのかしら?」
「はい、見ましたし聞きました。勿論あかりも、クラスメイトも何名か確認しているはずです」
大谷先生は、困ったように溜め息をついた。
「す、すみません」
気まずくなり、思わず謝る。
「春川さんの、せいじゃないのでしょう?」
伺う視線は、布之さんに向かっていた。
「当然です。制服を着ている春川に、わざわざ名指しで運び出しをやれって、催促をしていました。怪我だってしているのに、何の言いがかりなのか自分の耳を疑いましたから」
「あの子たちも、春川さんに構いたいのかしら?」
「心外です。私達、いえ私と同列に並べられるのは、迷惑です」
布之さんの言葉に、大谷先生はまた目を丸くする。
「それで?」
「春川は、催促されたものだから、何かを運ぶのなら…と返答を」
「あらあら」
大谷先生が、私の手をちらりと見る。
「そこで、あかりが乱入して2人に絡みました」
えぇと、そうだったっけ?
ついさっきのことなのに、思い出せない自分。
緊張が強くて、乃田さんと布之さんが来てからあっという間に会話が過ぎて、村野さんと越川さんはいなくなってしまった。
「私の個人的な見解として、制服を着ているクラスメイトは他にもいたので、春川にのみ声をかけるのはおかしいのではないか、それは嫌がらせの類ではないのか確認しました」
「あらあら…」
先生の眉が下がる。
困っている表情だった。
「それで?」
「村野さんも越川さんも、気まずいようで明確な返答はないまま体育倉庫に逃げて行きました」
「そうだったの…」
「…すみません」
やはり、気まずいので謝ってしまう。
「春川さんが気にすることではないわ。その、嫌な気分になっていないかしら?」
背中がチリチリしたけれど、すぐにそれはどこかに行ってしまった。
なので、しっかりと頷いた。
「…どうしたの?」
聞く私に、高杉君は意外そうな顔をした。
「…いや、何でもない」
それ以降は、会話はなかった。
授業中に話をすることは、思った以上に緊張したから。
それ以上聞けなかったというのもある。
休み時間になり、いつもの癖で指先で机を確認しながら席を立つ。
「春川」
高杉君が私を呼び止める。
疑問に思い、高杉君の方を向く。
「どうしたの?」
問いかける私に、高杉君は首を振った。
「いや、その、そろそろ黒板消しに、疲れてきたんじゃないかって思ったら」
心配してくれる高杉君に、やっぱり“優しいなぁ”とぼんやり思う。
「ありがとう、でも大丈夫」
小さい声になってしまったけれど、前に出て黒板を消そうとする。
「先にやる」
高杉君が黒板消しを手に持ち、本日何度目か分からない作業を繰り返す。
それを眺め、次の体育祭準備について少しドキドキしている自分に気付く。
何を、話すのだろう。
何があるんだろう?
心配をよそに、クラスメイトは体育館に移動している。
この後、部活の生徒もいるためかジャージの生徒も廊下を歩いている。
廊下を移動する生徒を眺めながら、私は着替えをしなくても良いのか疑問が湧く。
「春川、6限始まるぞ。そろそろ移動しようぜ」
乃田さんが声をかけてくれた。
乃田さんはジャージだった。
でも、布之さんは制服のままだ。
不思議に思う。
「今日は、熱中症とか貧血とかの保険衛生の話が中心なの」
布之さんの言葉に、そうなのかと頷く。
毎年、秋の運動会では具合が悪くなる人が出ているけれど、春でもその可能性があるのだという。
「でも、体育委員とか運動部は、その後で体育祭で使う道具の搬出があるから、ジャージなんだ」
乃田さんはそう言った。
それにも、そうなんだと頷く。
「わ、私も着替えた方が良いのかな?」
私の疑問に、乃田さんが笑う。
「だから、運動部とか体育委員な。春川は怪我もしているし、運び出しに参加しなくても良いんだよ」
「当然だわ。それに、春川は運び出しには、申し訳ないけれど戦力にはならないと思うの。無理に参加しても、回りに気を遣わせてしまうわ」
『私はそうだもの』と布之さんに言われてしまえば、わざわざ着替えるとは言えない。
布之さんの言葉に、確かにそうかもしれないと納得する。
「それに、制服は私と一緒よ?私と一緒じゃ、不満かしら?」
「そんなことない。あの、着替えないで移動します」
見えていると、積極的に動くことができる。
私の行動が遅くても、見えているというだけでとても安心する。
乃田さんと布之さんが、並んで移動してくれる。
「高杉は、急いで着替えてその後で合流するんだろうな」
さっきまで、教室で一緒に黒板を綺麗にしていた高杉君を思い出す。
確かに、高杉君も運動部だった。
でも、日直の仕事だからと付き合ってくれた。
申し訳ない気持ちになる。
体育館では、全校生徒がほぼ揃っていた。
林先生の話や事例などを聞きながら、過ごした。
すぐに6時間目の時間が終了した。
座って聞いているだけで済んで良かった。
「ほら、春川さん、運び出しやるってよ?」
「今日は日直でしょ?当然参加するよね?」
クラスメイトの、村野さんと越川さんがそこにはいた。
視線を合わせないように、でも不審がられないように1度呼吸を整える。
「な、何かを運ぶくらいなら…」
「だよね?普通そうだよね?」
「いつも早退してるから、学校行事に興味ないのかと思ってた」
クスクス笑う声に、曖昧に頷く。
背筋がチリチリする感覚に、指先の温度が下がって行くのを感じた。
「またお前らか、懲りないなー?イジメしかやることないのか?」
乃田さんの声がした。
体育祭の道具を準備しに行ったんだと思っていた。
だから、側に来てくれたことにびっくりしてしまう。
驚いている私に構わず、目の前の2人は顔を見合わせた。
「また、乃田?」
「お前、本当に何なの?」
村野さんと越川さんの声は、呆れていた。
私の横に来た乃田さんに、そう言ったけれど乃田さんはそれを聞いても「はー」と溜め息をついた。
迷惑をかけている気持ちになり、思わず俯いてしまった。
でも乃田さんは、私の背中に手を添えた。
曲がっている背中を伸ばすような仕草に感じた。
下に落ちていた視線が、自然と上がる。
乃田さんは、私が向いたことで笑ってくれた。
「それは、こっちのセリフ。今日は春川と一緒に過ごせて、気分が良かったのに、迷惑料でももらわないとやってられないなー」
『一緒に過ごせて、気分が良かった』
そう、乃田さんは言ってくれた。
そんなの、私の方がずっと思っている。
ずっと、ずっと一緒にいて楽しいって、ありがたいって感じている。
「どういう意味?」
村野さんの言葉に、乃田さんは「何が?」と聞き返す。
「お前らが、無駄に春川に絡んでいる時間。迷惑しか発生していないから、迷惑料払ってほしいくらいってこと。それに、制服着てるの見えてないのか?」
乃田さんの言葉に、ジャージを着ている2人は気まずそうにしていた。
「何かにつけて春川をいびり倒して、これ見よがしにいちゃもんつけて、マジで輩じゃん」
乃田さんの声が大きいことで、回りのクラスメイトもこちらを見る。
クラスメイトではない視線もあったようで、2人は回りをキョロキョロしている。
私も、オロオロするしかできない。
「昨日はバスケのボールをぶつけて怪我をさせて、その上図々しく係を押し付けたのに、飽きもせずまた嫌がらせ?あなた達2人は、春川に嫌がらせをしないと生きていけない呪いにでもかかっているのかしら?」
淡々と言いながら、布之さんもやって来た。
「春川、ここにいたの?大谷先生が呼んでいるわ。今のこと、報告しておくから安心して。怖かったのに、良く耐えたわね、偉いわ」
布之さんは、2人を見ることなく私にそう言った。
また、布之さんが褒めてくれた。
嬉しがっている場合ではないのに。
「布之まで、何なんだよ?」
「私ら、何か悪いことしてる?」
「自覚がないのも、困ったものね。逆に聞くわ、何がかしら?クラスメイトが迷惑を被っているんだから、それを諫めるのも委員の仕事じゃないかしら?」
「迷惑って、私らは何も…」
「あら?私の聞き間違いじゃなければ、制服を着ている春川に運び出しを催促していたと思うのだけど?」
「それは…」
「ほら、春川さん、今日日直だったし…」
「日直だったから何かしら?他にも制服を着ているクラスメイトはいるのに、ピンポイントで春川にだけ声をかけることを逆に聞きたいわ。怪我だってしているのに…ねぇ?」
布之さんの言葉にも、クラスメイトはこちらをチラチラ確認している。
「ほら、他にも帰宅部のクラスメイトはいるわ。怪我人の春川に声をかけたってことは、他のクラスメイトにも声をかけるんでしょう?」
布之さんの言葉に、制服を着ている生徒たちの視線が2人に集まる。
「えぇ?」
「何で?」
「それこそ、何でかしら?イジメじゃないなら、春川にだけ声をかけるわけはないわよね?」
さっきから、布之さんが私の怪我を示す度に指に巻かれた包帯が恥ずかしくなる。
見えないように、ぎゅっと隠そうと思うけれど思うように手が動かなかった。
布之さんの言葉に、帰ろうとしているクラスメイトが「帰って良いんでしょ?」と口にしている。
少し迷惑そうな声に、村野さんと越川さんが困っているように見えた。
「私は、帰って良いと思っているけれど、村野さんと越川さんは違うのかしら?」
布之さんの声に、2人は「行こう」と体育倉庫の方に向かって行った。
「あら?返答もなく、いなくなるの?ということは、春川にだけ嫌がらせなのかしら?困ったわね」
布之さんの溜め息に、乃田さんが「まぁまぁ」と宥めている。
「何か、ごめんなさい」
恥ずかしい…。
何か目立っているのではないか。
急に、注目されるようになって、何だかいたたまれない。
他の学年の子たちも、少しずつ入り口に向かっていたり、体育倉庫に集まっていたりと、流れが出来ている。
乃田さんは、「やべ」と言い、体育倉庫に向かって走って行った。
「あら、ごめんなさい。春川に恥をかかせたいわけじゃなかったのに、ごめんなさいね」
布之さんに、謝られてしまった。でも、布之さんが私に嫌なことをしているわけじゃないので、何も気にならなかったし、怖くもなかった。
「はい、あの、大丈夫です…」
「もうすぐ、保健室に行くのよね?」
布之さんの小さくなった声に、そうだったと思い出す。
「はい」
「じゃ、荷物を取りに行きましょう?大谷先生も呼んでいたし」
そうだった、日誌を職員室に届けに行かないと。
「あの、日誌を届けに行きたいので…」
「そうね、日直だものね。偉いわ、ちゃんと最後まで仕事を行って」
布之さんが、また褒めてくれた。
嬉しい。
当たり前のことをしているだけなのに、すごく認めてもらったような気がする。
「ありがとうございます」
「可愛い、本当に」
布之さんの言葉に、何でそんなことを言うのか不思議に思う。
恥ずかしいより、不思議が勝ってしまった。
「何で?」
思わず、口にしてしまった。
「ふふ、春川と仲良くなって嬉しいって、思っているから?かしら?」
「私も…」
嬉しい。
仲良く…。
布之さんに、そんなことを言ってもらえるなんて。
「私も、布之さんと仲良くできて、嬉しい…です」
本当に。
「ありがとう、じゃ行きましょう?」
乃田さんと高杉君は、運び出しがあるってことだよね?
今日は、日が悪かったと、また後日に伝えられれば良いやと思っている私。
「あかりに、先に行くことと、話をする場所を伝えているから、安心して?」
「え?」
「だって、春川が私達に話したいことがあるんでしょ?」
布之さんの言葉は、まだ待っていて良いんだと教えてくれた。
「…はい!」
「じゃ、準備して、2人を待ちましょうね」
布之さんと一緒に、教室に向かう。
大谷先生は教室にはいなかった。
でも、きっと職員室にはいると思うので、日誌の記入を行う。
ほとんど、高杉君が記入してくれていた。
帰宅準備をしてから、日誌を届けに職員室に向かう。
「失礼します。大谷先生はいらっしゃいますか?」
頑張って、大きな声を出す。
震えてしまったけれど、大谷先生は気付いて手招きをしてくれた。
職員室にいる先生は、半分ほど少なかった。
体育祭の準備に出ている先生がいるからだろう。
「日誌を届けに来ました」
緊張していたけれど、そう伝えると大谷先生は私の手を握ってくれた。
「はい、ありがとうございます。日直のお仕事も、お疲れさまでした」
「はい」
「今日は、表情も顔色も良さそうだわ」
嬉しそうな先生の声に、私も嬉しくなる。
「はい。高杉君が、ほとんどのお仕事をしてくれたので、私でも最後までできました」
大谷先生だから、日誌の文字を見てきっと気付いてくれるだろう。
「高杉君が、そう。…良かったわ。布之さんもありがとうね」
「はい、今日は悲しい日になると思いましたが、こうやって春川と職員室に来られるのなら、委員で良かったと思いました」
表情の変わらない布之さんに、大谷先生は目を丸くしそのまま笑いだした。
「そうね、ごめんなさい」
「いいえ、大きな貸しだと思えば」
「…そうね、覚えておきます」
「それより、大谷先生?村野さんと越川さんが、また春川さんを困らせていましたが?」
「え?それは本当?」
布之さんというよりは、私に向けて大谷先生は問いかけて来た。
「えぇと…、その、困らせてというか…、あの」
「布之さんは、それを確認したのかしら?」
「はい、見ましたし聞きました。勿論あかりも、クラスメイトも何名か確認しているはずです」
大谷先生は、困ったように溜め息をついた。
「す、すみません」
気まずくなり、思わず謝る。
「春川さんの、せいじゃないのでしょう?」
伺う視線は、布之さんに向かっていた。
「当然です。制服を着ている春川に、わざわざ名指しで運び出しをやれって、催促をしていました。怪我だってしているのに、何の言いがかりなのか自分の耳を疑いましたから」
「あの子たちも、春川さんに構いたいのかしら?」
「心外です。私達、いえ私と同列に並べられるのは、迷惑です」
布之さんの言葉に、大谷先生はまた目を丸くする。
「それで?」
「春川は、催促されたものだから、何かを運ぶのなら…と返答を」
「あらあら」
大谷先生が、私の手をちらりと見る。
「そこで、あかりが乱入して2人に絡みました」
えぇと、そうだったっけ?
ついさっきのことなのに、思い出せない自分。
緊張が強くて、乃田さんと布之さんが来てからあっという間に会話が過ぎて、村野さんと越川さんはいなくなってしまった。
「私の個人的な見解として、制服を着ているクラスメイトは他にもいたので、春川にのみ声をかけるのはおかしいのではないか、それは嫌がらせの類ではないのか確認しました」
「あらあら…」
先生の眉が下がる。
困っている表情だった。
「それで?」
「村野さんも越川さんも、気まずいようで明確な返答はないまま体育倉庫に逃げて行きました」
「そうだったの…」
「…すみません」
やはり、気まずいので謝ってしまう。
「春川さんが気にすることではないわ。その、嫌な気分になっていないかしら?」
背中がチリチリしたけれど、すぐにそれはどこかに行ってしまった。
なので、しっかりと頷いた。
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