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給食の時間
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階段を降りてすぐの保健室。
私は慎重に降りていくけれど、乃田さんはトレーを持っているのに、すごく軽い足取りで歩いているように見えた。
「大丈夫か?春川」
なのに、私の心配もしてくれる。
「うん、大丈夫。乃田さんもトレーを持ったままだけど、その…大丈夫」
付き合わせていることを、申し訳ない気持ちになってしまう。
「任せろ?こんなん、軽いから」
乃田さんの言葉に、私が気にしている気持ちが減っていく。
2人で顔を見合わせ、思わず笑う。
「失礼します」
乃田さんに続いて、私も小さく「失礼します」と言う。
「本当に来たの?」
林先生の意外そうな声に、私が首を傾げる。
本当にって?
「さっき、大谷先生から内線をもらって、春川にくっついて乃田が来るって言うから」
林先生の口調は、思い出し笑いをしているようだった。
「くっついてきちゃ駄目でしたか?」
「駄目だったら、乃田はここにいないだろ?ごめん、言い方が悪かったね」
「良いです。気にしていないので」
「春川の分は、そこね」
ほぼ毎日のように給食を保健室で食べている私。
何故ほぼなのかというと、見えなくなったら給食の時間を待たずに早退をしていることもあるから。
見えなくなっても、すぐにはお迎えが来ない。
だから、先に避難するようにお母さんが大谷先生に頼んでいたのだろう。
途中で見えなくなったら、困るから。
形や距離感は掴めている。
でも、見えない状態で食事をするのは、緊張してしまう。
スプーンやフォークならまだしも、箸は見えていないとちゃんと使えない。
だから、私の食事には毎回スプーンが付いてくる。
家でも私の食事は、目の状態によって異なる。
私にとっては日常でも、乃田さんには変に思われないか。
もう、中学生なのに食事にスプーンが必ずある状況。
小さな子どものように思えて、少し恥ずかしい。
でも、食べこぼしをしてしまい、気まずい思いをするのも嫌だ。
だから、スプーンがあることに感謝しないといけない。
自分のトレーに乗っているスプーンを思わず見つめる。
「春川?食べないのか?」
気が付いたら、乃田さんは席に座っていた。
向かい合うように机を挟んで。
「ごめんなさい」
慌てて私も行こうとして、我に返る。
「手を洗って来ます」
「はいはい」
習慣になっていること。
林先生は、慣れたようにひらひらと手を振る。
言った私に、乃田さんが苦笑した。
何でだろう?
不思議に思う私に構わず、乃田さんが立ち上がる。
「私も行こ」
「う、うん」
廊下にある流し台で、手をしっかり洗いうがいもする。
家でも、ご飯の前には手を洗うことになっている。
でも、学校ではあまりしている人を見かけない。
何でだろうと思うけれど、しないと何かモヤモヤするのでとりあえず行う。
そんなことをぼんやり考え、保健室に戻る。
「先に食べているよ?」
林先生の言葉に「はい」と返事を返す。
いつもは、先生が机の横に座って会話をしたり、目のことを話しながら食事をする。
でも、今日は先生の給食は机には置いていない。
「ま、私のことは気にしないで、若い2人でお食べなさいな」
先生は、私達の机の横に位置する事務机に座っていた。
時々、『事務処理するから、私はこっちで食べるよ?』と言う時と同じだ。
「はい、ありがとうございます」
ようやく席に座り、目の前の給食に意識を向ける。
今日は、ちゃんと見えている。
だから、迷わず箸を選ぶ。
「いただきます」
「いただきまーす」
乃田さんも手を合わせて、私達の給食の時間になった。
「春川は、パンとごはんどっちが良い?」
どっち?
どっちが良いって、好き嫌いの話だろうか?
「えぇと、パンとごはん…」
特に考えたことはなかった。
どっちの方が食べやすいか、ならあるけれど…。
食卓に並ぶのは、ごはんの方が多いけれど、食べやすさで言ったらパンの方?
手で食べられるし、零してもあまり罪悪感がない。
「春川?」
ハッとして、前に座る乃田さんを見る。
「ごめん、そんなに考えると思ってなくて、もっと簡単な会話の方が良いか?」
乃田さんの、不思議そうな表情。
「あ、ごめんなさい。えぇと、好き嫌いは、特にないと思って、でも、どっちなんだろうって考えていたら…」
私が迷いながら言う言葉に、林先生が吹き出した。
「林先生?」
「春川は、真面目だな」
言われた言葉を考えて、真面目ではないと思う。
「ごめんなさい」
「こら、謝らないの、何も悪いことしてないんだから」
林先生の言葉に、素直に頷く。
「…はい」
「何か、悩ませてごめん」
乃田さんが、困ったように謝ってくる。
「違うの、悩んでいるわけじゃ…なくて」
「乃田も、もう少し中学生らしい話題ないの?何その話題、お見合いか?」
「えー、先生?お見合いしたことあるんですか?」
「馬鹿を言わないの、お見合いにパンかごはんかの話があがるわけないでしょ。春川に、もう少し中学生らしい話題を教えてあげなよ」
中学生らしい話題?
そんな話題があるの?
「えー、中学生らしい話題ですか?」
「何かないの?流行っているものとか、噂話とか、七不思議とか、何かあるんじゃないの?」
七不思議?
この間、さやかが言っていた話だ。
夏前になると、急に七不思議だの学校の怪談が出てくるのが『幼い』って言っていた。
さやかは小学生だけど、お化けは怖くないんだって言っていた。
もう家にはいないお兄ちゃん-智ちゃん-と、少し前に話した時そんな話題をして『懐かしいな』って言われたのを思いだした。
「七不思議って、小学生じゃないんで、そんなことで盛り上がるわけないじゃないですか?」
「呆れたような声を出さないの。春川は興味あるみたいだけど?」
「えっ!」
驚いたような乃田さんの声に、私が首を傾げる
「え?」
「春川、学校の七不思議に興味あるのか?参ったな、私、7個も知らない。どうしよう、かすみに聞くか?」
「えぇと…。さやか…、妹がね、小学校でその話題が増えるのが、夏前だって言っていたのを思い出して」
「あぁ、確かに」
林先生が、大きく頷く。
「前は、夏休みに学校の怪談とか、君たち向けの怖い映画がそれなりに出ていたからな」
だから、智ちゃんも『懐かしい』って言っていたのかな?
「映画?」
「そ、子どもが観ても、大丈夫な怖い映画」
「それって、本当に怖いんですか?」
「お、馬鹿にしてるな?今度レンタルとか、ネットで観てみたら良い」
「かすみが、ホラー映画好きなんだよな」
布之さんが?
「あぁ、イメージあるな」
林先生は、何でもないことのように言った。
布之さんが、ホラー映画。
私は、映画の予告だけでも、すごく怖い気分になってしまう。
「あいつ、年齢とか関係なくエグいのも、平気な顔して観てるんですよ?怖くないですか?」
乃田さんが、林先生に訴えている。
「うん、イメージ通り」
でも、林先生は流すように返答していた。
「やっぱり、あいつどこかおかしいんじゃないかって思うんですけど」
「おかしいって」
林先生は、手を止めて苦笑している。
「春川も思うだろ?かすみ、“時々おかしいな”って感じないか?」
私に接する布之さんを思い出し、おかしいと思う部分は特に思い当たらなかった。
「ううん。特には…」
「あいつ、春川の前でだけ擬態してんだな」
「こらこら、友達のことおかしいとか言わないの」
「だって先生、かすみは…」
「本人がいない所で言うんじゃないの。言うなら、本人に直接言いなさい」
「…本人に言っても、何も響いてないから言ってるんじゃないですかー」
「まぁ、乃田が特に悪く言っているとは思わないけど。…確かに、布之は年齢の割に大人びているな」
「ですよね?悪口じゃなくて、こいつ大丈夫かな?って心配になるんすけど」
「だから、そういうのは本人に言ってあげなさい。ほら、春川が置いてけぼり」
「え?」
私の名前が出て、びっくりする。
「乃田も布之も、春川に強引に構っていない?大丈夫?」
林先生は、気にしてくれている。
でも、全然強引なんかじゃない。
「はい、大丈夫です。乃田さんも布之さんも、優しいです」
「あと高杉な」
「うん」
乃田さんの言葉に、しっかりと頷く。
「ま、春川が良いなら問題ないよ。昼休みはまだあるし、ゆっくり食べて」
「はい」
止まったままだったのを思い出し、給食を食べる。
でも、話していたこともあってだろう、すぐにおなかがいっぱいになった。
気持ちで満たされているってことなのかな?
目の前の乃田さんは、すでに半分くらい食べている。
話しているのに、ごはんもちゃんと食べていた。
すごいなぁ。
話すことに集中すると、手が止まってしまう。
家ではそんなことないのに。
「春川?」
目の前にいる、乃田さんが気にかけてくれる。
「もう、おなかいっぱいなの」
「全然食べてないのに?」
「全然じゃ、ないよ」
今日の給食は、白米とお味噌汁。お味噌汁の具は、しめじと豆腐。おかずは肉じゃが、ぶりの照り焼き。りんごのゼリーがデザートだった。
ぶりは三分の一は食べた。肉じゃがは、じゃがいもと人参を食べたら、もう十分。白米だって半分食べたし、お味噌汁はほとんど飲み終わった。牛乳は先にほとんど飲んでしまったけれど、もう飲めそうもない。
「もう一口も入らない?」
「う…ん。あとは、ゼリーの分」
「ゼリーなんて水分と一緒だろ?先生?春川、貧血とか大丈夫ですか?」
「こらこら、本人がおなかいっぱいって言ってるんだから、構わないの」
「えー、というか思うんですけど、このメニューで牛乳ってどうなんですか?絶対お茶が良いと思うんだけど」
「そう言わないの。栄養バランスを考えて、牛乳が最適って言われてるんだから」
「えー、肉じゃがに牛乳とか、絶対合わない」
「…それは、私も幼少期から思っている」
林先生の言葉に、首を傾げる。
給食って牛乳のイメージが絶対だけど、林先生の言葉は乃田さんに同調するみたいだった。
「まあ、大きな声では言えないけれど…」
林先生の言葉に、再度首を傾げる。
「やっぱり、先生も思ってたんじゃないですかー」
乃田さんが同調し、また私には理解できない。
「春川は、気にならないか?」
何を?
「何で給食のメニューに関わらず、牛乳なんだって」
「もう、乃田は拘るなー」
林先生は苦笑している。
「だって、魚でカルシウム取ってるんだから、牛乳いらないじゃんって思いますけどー」
「だから、栄養士さんに失礼だからやめなさい」
林先生の口調は、ずっと優しい。
「~しなさい」「~なの」と言われても、怒られているという気持ちにはならない。
だからか、乃田さんの表情も明るい。
「だって、先生」
「さっきから、『だって』が多いよ?乃田?」
「…口癖なんです」
「お年頃だね」
お年頃。
昨日は、乃田さんが高杉君に向かって言っていた言葉。
今日は、林先生が乃田さんに言っている。
不思議。
「ところで、春川。6限の体育祭準備、出たいか?」
そうだった。
その相談をするために、保健室に乃田さんが来たのだった。
「…出たい、と思うけれど、その、途中で…何か動くこととか、参加しないといけないことがあると」
小さい声になってしまったけれど、とりあえず私の気持ちとしては“参加したい”だ。
でも、途中でサインが来てしまったり、この後で見えなくなったらと思うと、怖さが出てしまう。
見えない時に、何か昨日のようなことが重なったりしたら…。
「春川、目は?」
林先生の言葉に、言葉を失う。
「林先生?」
乃田さんの声は、不思議そうだった。
「今の、目の状態は?痛いとか、見えにくいとかないの?」
具体的な言葉に、思わず乃田さんを見てしまう。
「どうした?」
乃田さんの言葉に、首を振る。
どう答えたら良いんだろう。
「い、今は、大丈夫です」
指をぎゅっと握り、どうにか返答する。
「大丈夫じゃ、分からないよ?春川」
林先生は優しい。
だけど、優しいだけじゃない。
「あの…、今は、痛いとか不調は…ない、です」
「そう、なら良いよ。ただ、昨日のこともあるし、無理をしてほしくないから、様子を見て保健室に来てもらうようになるよ?」
私の様子を見ながら、林先生はそう言った。
「…はい」
「春川さんに、何て説明したら良いのか分からないことにならないために、私も気を付けたい。だから、春川の我儘は聞けないんだ。不調になったら、必ず保健室、それは守ってほしい」
「はい、すみません」
だから、素直に頷く。
林先生は、お母さんの考えに近いかもしれない。
私の心配をするお母さんと、あれこれ話をしていることもあるからだろう。
私は慎重に降りていくけれど、乃田さんはトレーを持っているのに、すごく軽い足取りで歩いているように見えた。
「大丈夫か?春川」
なのに、私の心配もしてくれる。
「うん、大丈夫。乃田さんもトレーを持ったままだけど、その…大丈夫」
付き合わせていることを、申し訳ない気持ちになってしまう。
「任せろ?こんなん、軽いから」
乃田さんの言葉に、私が気にしている気持ちが減っていく。
2人で顔を見合わせ、思わず笑う。
「失礼します」
乃田さんに続いて、私も小さく「失礼します」と言う。
「本当に来たの?」
林先生の意外そうな声に、私が首を傾げる。
本当にって?
「さっき、大谷先生から内線をもらって、春川にくっついて乃田が来るって言うから」
林先生の口調は、思い出し笑いをしているようだった。
「くっついてきちゃ駄目でしたか?」
「駄目だったら、乃田はここにいないだろ?ごめん、言い方が悪かったね」
「良いです。気にしていないので」
「春川の分は、そこね」
ほぼ毎日のように給食を保健室で食べている私。
何故ほぼなのかというと、見えなくなったら給食の時間を待たずに早退をしていることもあるから。
見えなくなっても、すぐにはお迎えが来ない。
だから、先に避難するようにお母さんが大谷先生に頼んでいたのだろう。
途中で見えなくなったら、困るから。
形や距離感は掴めている。
でも、見えない状態で食事をするのは、緊張してしまう。
スプーンやフォークならまだしも、箸は見えていないとちゃんと使えない。
だから、私の食事には毎回スプーンが付いてくる。
家でも私の食事は、目の状態によって異なる。
私にとっては日常でも、乃田さんには変に思われないか。
もう、中学生なのに食事にスプーンが必ずある状況。
小さな子どものように思えて、少し恥ずかしい。
でも、食べこぼしをしてしまい、気まずい思いをするのも嫌だ。
だから、スプーンがあることに感謝しないといけない。
自分のトレーに乗っているスプーンを思わず見つめる。
「春川?食べないのか?」
気が付いたら、乃田さんは席に座っていた。
向かい合うように机を挟んで。
「ごめんなさい」
慌てて私も行こうとして、我に返る。
「手を洗って来ます」
「はいはい」
習慣になっていること。
林先生は、慣れたようにひらひらと手を振る。
言った私に、乃田さんが苦笑した。
何でだろう?
不思議に思う私に構わず、乃田さんが立ち上がる。
「私も行こ」
「う、うん」
廊下にある流し台で、手をしっかり洗いうがいもする。
家でも、ご飯の前には手を洗うことになっている。
でも、学校ではあまりしている人を見かけない。
何でだろうと思うけれど、しないと何かモヤモヤするのでとりあえず行う。
そんなことをぼんやり考え、保健室に戻る。
「先に食べているよ?」
林先生の言葉に「はい」と返事を返す。
いつもは、先生が机の横に座って会話をしたり、目のことを話しながら食事をする。
でも、今日は先生の給食は机には置いていない。
「ま、私のことは気にしないで、若い2人でお食べなさいな」
先生は、私達の机の横に位置する事務机に座っていた。
時々、『事務処理するから、私はこっちで食べるよ?』と言う時と同じだ。
「はい、ありがとうございます」
ようやく席に座り、目の前の給食に意識を向ける。
今日は、ちゃんと見えている。
だから、迷わず箸を選ぶ。
「いただきます」
「いただきまーす」
乃田さんも手を合わせて、私達の給食の時間になった。
「春川は、パンとごはんどっちが良い?」
どっち?
どっちが良いって、好き嫌いの話だろうか?
「えぇと、パンとごはん…」
特に考えたことはなかった。
どっちの方が食べやすいか、ならあるけれど…。
食卓に並ぶのは、ごはんの方が多いけれど、食べやすさで言ったらパンの方?
手で食べられるし、零してもあまり罪悪感がない。
「春川?」
ハッとして、前に座る乃田さんを見る。
「ごめん、そんなに考えると思ってなくて、もっと簡単な会話の方が良いか?」
乃田さんの、不思議そうな表情。
「あ、ごめんなさい。えぇと、好き嫌いは、特にないと思って、でも、どっちなんだろうって考えていたら…」
私が迷いながら言う言葉に、林先生が吹き出した。
「林先生?」
「春川は、真面目だな」
言われた言葉を考えて、真面目ではないと思う。
「ごめんなさい」
「こら、謝らないの、何も悪いことしてないんだから」
林先生の言葉に、素直に頷く。
「…はい」
「何か、悩ませてごめん」
乃田さんが、困ったように謝ってくる。
「違うの、悩んでいるわけじゃ…なくて」
「乃田も、もう少し中学生らしい話題ないの?何その話題、お見合いか?」
「えー、先生?お見合いしたことあるんですか?」
「馬鹿を言わないの、お見合いにパンかごはんかの話があがるわけないでしょ。春川に、もう少し中学生らしい話題を教えてあげなよ」
中学生らしい話題?
そんな話題があるの?
「えー、中学生らしい話題ですか?」
「何かないの?流行っているものとか、噂話とか、七不思議とか、何かあるんじゃないの?」
七不思議?
この間、さやかが言っていた話だ。
夏前になると、急に七不思議だの学校の怪談が出てくるのが『幼い』って言っていた。
さやかは小学生だけど、お化けは怖くないんだって言っていた。
もう家にはいないお兄ちゃん-智ちゃん-と、少し前に話した時そんな話題をして『懐かしいな』って言われたのを思いだした。
「七不思議って、小学生じゃないんで、そんなことで盛り上がるわけないじゃないですか?」
「呆れたような声を出さないの。春川は興味あるみたいだけど?」
「えっ!」
驚いたような乃田さんの声に、私が首を傾げる
「え?」
「春川、学校の七不思議に興味あるのか?参ったな、私、7個も知らない。どうしよう、かすみに聞くか?」
「えぇと…。さやか…、妹がね、小学校でその話題が増えるのが、夏前だって言っていたのを思い出して」
「あぁ、確かに」
林先生が、大きく頷く。
「前は、夏休みに学校の怪談とか、君たち向けの怖い映画がそれなりに出ていたからな」
だから、智ちゃんも『懐かしい』って言っていたのかな?
「映画?」
「そ、子どもが観ても、大丈夫な怖い映画」
「それって、本当に怖いんですか?」
「お、馬鹿にしてるな?今度レンタルとか、ネットで観てみたら良い」
「かすみが、ホラー映画好きなんだよな」
布之さんが?
「あぁ、イメージあるな」
林先生は、何でもないことのように言った。
布之さんが、ホラー映画。
私は、映画の予告だけでも、すごく怖い気分になってしまう。
「あいつ、年齢とか関係なくエグいのも、平気な顔して観てるんですよ?怖くないですか?」
乃田さんが、林先生に訴えている。
「うん、イメージ通り」
でも、林先生は流すように返答していた。
「やっぱり、あいつどこかおかしいんじゃないかって思うんですけど」
「おかしいって」
林先生は、手を止めて苦笑している。
「春川も思うだろ?かすみ、“時々おかしいな”って感じないか?」
私に接する布之さんを思い出し、おかしいと思う部分は特に思い当たらなかった。
「ううん。特には…」
「あいつ、春川の前でだけ擬態してんだな」
「こらこら、友達のことおかしいとか言わないの」
「だって先生、かすみは…」
「本人がいない所で言うんじゃないの。言うなら、本人に直接言いなさい」
「…本人に言っても、何も響いてないから言ってるんじゃないですかー」
「まぁ、乃田が特に悪く言っているとは思わないけど。…確かに、布之は年齢の割に大人びているな」
「ですよね?悪口じゃなくて、こいつ大丈夫かな?って心配になるんすけど」
「だから、そういうのは本人に言ってあげなさい。ほら、春川が置いてけぼり」
「え?」
私の名前が出て、びっくりする。
「乃田も布之も、春川に強引に構っていない?大丈夫?」
林先生は、気にしてくれている。
でも、全然強引なんかじゃない。
「はい、大丈夫です。乃田さんも布之さんも、優しいです」
「あと高杉な」
「うん」
乃田さんの言葉に、しっかりと頷く。
「ま、春川が良いなら問題ないよ。昼休みはまだあるし、ゆっくり食べて」
「はい」
止まったままだったのを思い出し、給食を食べる。
でも、話していたこともあってだろう、すぐにおなかがいっぱいになった。
気持ちで満たされているってことなのかな?
目の前の乃田さんは、すでに半分くらい食べている。
話しているのに、ごはんもちゃんと食べていた。
すごいなぁ。
話すことに集中すると、手が止まってしまう。
家ではそんなことないのに。
「春川?」
目の前にいる、乃田さんが気にかけてくれる。
「もう、おなかいっぱいなの」
「全然食べてないのに?」
「全然じゃ、ないよ」
今日の給食は、白米とお味噌汁。お味噌汁の具は、しめじと豆腐。おかずは肉じゃが、ぶりの照り焼き。りんごのゼリーがデザートだった。
ぶりは三分の一は食べた。肉じゃがは、じゃがいもと人参を食べたら、もう十分。白米だって半分食べたし、お味噌汁はほとんど飲み終わった。牛乳は先にほとんど飲んでしまったけれど、もう飲めそうもない。
「もう一口も入らない?」
「う…ん。あとは、ゼリーの分」
「ゼリーなんて水分と一緒だろ?先生?春川、貧血とか大丈夫ですか?」
「こらこら、本人がおなかいっぱいって言ってるんだから、構わないの」
「えー、というか思うんですけど、このメニューで牛乳ってどうなんですか?絶対お茶が良いと思うんだけど」
「そう言わないの。栄養バランスを考えて、牛乳が最適って言われてるんだから」
「えー、肉じゃがに牛乳とか、絶対合わない」
「…それは、私も幼少期から思っている」
林先生の言葉に、首を傾げる。
給食って牛乳のイメージが絶対だけど、林先生の言葉は乃田さんに同調するみたいだった。
「まあ、大きな声では言えないけれど…」
林先生の言葉に、再度首を傾げる。
「やっぱり、先生も思ってたんじゃないですかー」
乃田さんが同調し、また私には理解できない。
「春川は、気にならないか?」
何を?
「何で給食のメニューに関わらず、牛乳なんだって」
「もう、乃田は拘るなー」
林先生は苦笑している。
「だって、魚でカルシウム取ってるんだから、牛乳いらないじゃんって思いますけどー」
「だから、栄養士さんに失礼だからやめなさい」
林先生の口調は、ずっと優しい。
「~しなさい」「~なの」と言われても、怒られているという気持ちにはならない。
だからか、乃田さんの表情も明るい。
「だって、先生」
「さっきから、『だって』が多いよ?乃田?」
「…口癖なんです」
「お年頃だね」
お年頃。
昨日は、乃田さんが高杉君に向かって言っていた言葉。
今日は、林先生が乃田さんに言っている。
不思議。
「ところで、春川。6限の体育祭準備、出たいか?」
そうだった。
その相談をするために、保健室に乃田さんが来たのだった。
「…出たい、と思うけれど、その、途中で…何か動くこととか、参加しないといけないことがあると」
小さい声になってしまったけれど、とりあえず私の気持ちとしては“参加したい”だ。
でも、途中でサインが来てしまったり、この後で見えなくなったらと思うと、怖さが出てしまう。
見えない時に、何か昨日のようなことが重なったりしたら…。
「春川、目は?」
林先生の言葉に、言葉を失う。
「林先生?」
乃田さんの声は、不思議そうだった。
「今の、目の状態は?痛いとか、見えにくいとかないの?」
具体的な言葉に、思わず乃田さんを見てしまう。
「どうした?」
乃田さんの言葉に、首を振る。
どう答えたら良いんだろう。
「い、今は、大丈夫です」
指をぎゅっと握り、どうにか返答する。
「大丈夫じゃ、分からないよ?春川」
林先生は優しい。
だけど、優しいだけじゃない。
「あの…、今は、痛いとか不調は…ない、です」
「そう、なら良いよ。ただ、昨日のこともあるし、無理をしてほしくないから、様子を見て保健室に来てもらうようになるよ?」
私の様子を見ながら、林先生はそう言った。
「…はい」
「春川さんに、何て説明したら良いのか分からないことにならないために、私も気を付けたい。だから、春川の我儘は聞けないんだ。不調になったら、必ず保健室、それは守ってほしい」
「はい、すみません」
だから、素直に頷く。
林先生は、お母さんの考えに近いかもしれない。
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