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相談

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「春川さん?」
私が困っていると、後ろから先生の声がした。
「大谷先生」
私を呼んでいる、大谷先生がいた。
朝の会の後で、昨日のことを謝ったら、何でもないことのように許してくれた先生。

『春川さんだって、お友達と一緒に行動したいわよね?』
嬉しそうに言ってくれた言葉に、思わず照れてしまい頬が熱くなったのを思い出した。
乃田さんのことを、お友達と言ってくれたこと。
私が喜んでいることを、ちゃんと見て知ってくれる先生。

首を傾げてしまったけれど、教室ではなく廊下に呼ばれたことから2人で顔を見合わせる。
「あぁ、乃田さんも、少し良いかしら?」
乃田さんも、少し不思議そうに頷き大谷先生の元に一緒に行く。
「6時間目に、また体育祭の準備があるの。春川さんは怪我もしているし、その…参加は難しいかしらって思うんだけど…」
考えながら話す、大谷先生の言葉に私は頷く。

「でも、先生?春川だって、競技には参加しなくても、準備にはやれることもあるし」
乃田さんが、私を見ながらそう言う。
「昨日バスケの得点係をやって、春川すごく楽しかったって言ってたから」
「そうね、準備は勿論あるけれど、今日は全体で話を聞くことが主な内容だから」
「じゃ、春川も参加できるじゃないですか?なら、一緒に参加もできますよね?」

乃田さんの言葉は、私にも出来ることがあって、それに参加するのはどうかって言ってくれているように聞こえた。
「乃田さん」
「あ、悪い春川。また私のダメなとこが出た。春川の気持ちを確認してからだったな…ごめん」
「ち、違うの」

「そうね?春川さんは、どう思うのかしら?」
大谷先生の言葉に、私はどうしたいのか考えるが、すぐに返答は出なかった。
「あの、その…どうしたいのかなんて、聞かれると思っていなくて…」
正直に口から出た言葉。

そんな私に、大谷先生が笑った。
何でだろう?
「そうね、だから乃田さんも一緒に保健室で給食を食べながら相談したらどうかしらって思って」
先生の言葉に、乃田さんも笑った。
「はい!そうしたいです」

乃田さんのあっさりとした答えに、私の方がポカンとしてしまった。
「え?」
「だって、春川?さっき『嫌じゃない』って言った」

さっき?
「給食食べるの、場所はどこでも良いんだ。春川と一緒なら」
弱い私の考えだって、乃田さんにしてみたら、解決方法はいくつでも出てくるんだろう。
何も答えられなかった弱い私。
なのに、何でもないことのように、“一緒”を選んでくれる乃田さん。

『一緒なら』
何で、こんなに嬉しいことを、たくさん言ってくれるんだろう。
あっさりとした乃田さんの言葉を反芻する。
何で、私が望んでいることを叶えてくれるんだろう。
私も『乃田さんと一緒が良い』と、そう言えれば良かったのに…。

不思議な気持ちになりながら、乃田さんを見つめてしまった。
「春川?」
乃田さんの声に、ハッとする。

「ありがとう、乃田さん」
「何がありがとう?」
「えぇと、私のことを、考えてくれて…?」
「何だ、そんなこと」

乃田さんには“そんなこと”でも、私にしてみたら大事なこと。
「布之さんには申し訳ないけれど…」
大谷先生の困ったような言葉。
布之さん?

何が申し訳ないんだろう?
「そういう時に、貧乏くじなのは委員の宿命ですか?」
すぐに聞こえた布之さんの言葉に、思わずびくりとする。
私の後ろに、布之さんが立っていた。
それも、少し怒っているような表情だった。

「ふ、布之さん?」
私の怯えたような声にはニコリと笑ってくれたけれど、先生にはスッと無表情になってしまった。
「あら?丁度布之さんもいたのね?」
でも、大谷先生は気にしないようにそう話しかける。
移動教室の前で見た、高杉君のよう。

「先生、分かっていて言っていますよね?」
布之さんの言葉は、私にはよく分からなかった。
でも、先生はゆっくりと頷く。
「そうね、布之さんならきちんと割り切ってくれると思って」

割り切る?
何を?
「私のことを利用しているんですね?分かります、使い勝手が良いんでしょうね?」
利用?使い勝手?
私には理解できない言葉のやり取り。

1つの単語に気を取られていると、すぐに次の気になる単語がやって来る。
そんなイメージだった。
「拗ねないで?きちんと布之さんにも、春川さんのことでお願いすることがあるから」

拗ねる?
布之さんが?
私のことを、お願いする?
「そういうことなら、仕方がないと涙を飲みましょう」
「ありがとう、流石学級委員の布之さんだわ」
先生と布之さんの言葉は、すごく早くてサラサラと流れていった。

私と乃田さんは、それをただ眺めているだけ。
「かすみ?気が済んだか?」
「済むほど、出し切った感はないわね」
やっぱり、表情は変わっていない布之さん。
でも、怒っているような表情ではなくなった。

大谷先生は、ずっと苦笑している。
「ごめんなさいね、布之さん。ありがとう」
「いいえ、大きな貸しと思えば安い物です」
「お前な、いい加減に…」

「あかりは良いわよね?春川と仲良くお昼ご飯、楽しいだけじゃない」
「まぁな」
「ほら、ただのご褒美。たかが給食なのに、春川と一緒というだけで、極上の時間になるわ」
ご褒美?極上?

布之さんの言葉は、やっぱり良く分からない。
「良いのよ、春川。そのなんにも理解していない感じが、すごく今満たされているわ、私」
「かすみ?」
「あかりは、これからの春川との時間があるから、余裕よね?私なんて、すごくかわいそうじゃない?」
「全然」

「これだもの。友達甲斐がないわ」
「私だから、お前と友達やれてんだろ?」
「そうかしら?」
「そうだろ?」

「あぁ、春川。時間がなくなってしまうわね?ごめんなさい。給食を運びましょうか?」
「お前の、その春川だけしか見えてない時間、何なんだよ?」
「大事にしたいじゃない?春川との時間だけは」

私が何も話さなくても、やっぱり2人で時間が進んで行く。
それにしても、布之さんも何で私のことを甘やかしてくれるんだろう?
私なんかのことを、大事にしたいとか、優しくしたいと言ってくれる布之さん。
もし嘘だったとしても、こんなに堂々とした嘘なら私は幸せだ。

「あの、布之さんもありがとう」
「何に対して?」
「その、大事に思ってくれて…」

自分で言って、自分で照れてしまう。
何だろう、大事に思ってくれてって。
すごくうぬぼれている発言だろう。
でも、確かに言われている言葉。

「当たり前じゃない。私が春川を大事にするのなんて、同じクラスになる前から決まっていたことだもの」
「そ、そうなの?」
「そうよ」
「もう良いだろかすみ?今度こそ、気が済んだか?」

「そうね、済んだか済んでいないかで言ったら、済んだよりの方ね」
「何だ、その曖昧な表現は」
「だって、まだ話していたいもの、春川と」
3人での、温度差はあると思われる会話。

でも、大谷先生が「そろそろ良いかしら?」と言ったことで、2人が静かになる。
「じゃ、乃田さんと春川さんは保健室に行ってちょうだい。春川さんの給食は準備しているんだけど、乃田さんの分はまだだから」
「自分でやります」
「できることがあって良かったわね」

「うるせーぞ、かすみ」
「春川、午後は私と一緒に行動しましょうね?」
「うん、ありがとう」

さっきまでの、「どうしよう」は完全になくなっていた。
弱い私のままでも、2人は一緒にいてくれる。

そういうことに気付いたら、途中でサインが来ても今日中に2人に目のことを伝えたいと、強く思えた。
私のことを知ってほしい。
そして、判断してもらおう。
2人と過ごすことが許されるのなら、私も一緒にいたいんだって。
はっきり言わないといけないこと。

「春川?先に保健室に行っててくれるか?」
乃田さんの言葉に、首を傾げる。
「私の分を準備してから、すぐに追いかけるから」
「…あの」

「どうした?」
「…待っていちゃ、ダメ?」
震えてしまったけれど、どうにか口にする。
「ダメなわけないだろ?良いのか、待たせるぞ?暇じゃないか?」

「じゃあ、私とお話していれば良いのよ」
「かすみ?」
「何よ?」
「何か、気持ち悪いぞお前」

「え、心外だわ」
「何が?」
「乙女に向かって、『気持ち悪い』なんて言葉許されるのかしら?」
「誰が乙女だ」
「私が」

「乙女が、ニヤけながら『お話しましょ』なんて気持ち悪いだけだろ?」
「感情が溢れてしまったの。それを、よりにもよって2回も言うなんて」
「悪い」
「気分が回復しないわ。そうじゃなくても、私だけ仲間外れなのに」
「ご、ごめんなさい」

仲間外れ、そんな言葉に、反応してしまった。
思わず謝った私に、布之さんはニコリと笑う。
「違うのよ。春川のせいじゃないもの。先生とあかりのせい」
「布之さん、本当にごめんなさいね?」
「先生はもう良いですから、教室にどうぞ」

大谷先生のことを、教室に戻そうとする布之さん。
「あかりも、早く給食の準備をしたら?」
乃田さんのことも、教室に戻るように促していた。

「仕方ないか、じゃ春川待ってて」
「うん」
乃田さんと大谷先生は顔を見合わせ、教室に戻って行く。

「春川と、この時間まで話せるなんて、幸せだわ」
布之さんの表情には、やっぱり変化がない。
じっと見ていると、布之さんが視線を合わせてくる。

「春川も、気持ち悪かったかしら?ごめんなさいね」
「全然!そんなことない」
「そうよね?あかりも先生も、私のことを変態のように言うから…。まぁ、あながち間違いじゃないんだけれど…」
「…布之さん?」

布之さんの言葉は、最後の方が掠れて聞こえなかった。
でも、聞き返すのは悪い気がしてしまい、それ以上が出てこなかった。
「春川、今日は体調が良さそうね?」
布之さんの言葉に、目のことを言われている気分になった。

「あのね、布之さん?」
「なあに、春川…」
応えて布之さんがふふっと笑った。
「どうしたの?」
「ううん。春川が話しかけてくれるって、すごく良いわって思っただけ」

話しかける?
私が、布之さんに?
それの、何が良いんだろう?

「ごめんなさいね、こういう所よね?気を付けるわ。で、何かしら?」
「あ、あの。…今日の放課後、少しだけ私に時間をもらえないかなって思って」
声は、震えている。
手も思わず握りしめてしまった。

「良いわよ。喜んで」
乃田さんのように、あっさりとした言葉。
「少しなんて言わずに、時間ならたくさんあるもの。私の時間で良ければ、いくらでも使ってちょうだい」
「ありがとう」

どうして、2人は私の相手をしてくれるんだろう?
何で、優しくしてくれるんだろう?

「春川、お待たせ」
トレーに給食を乗せて、乃田さんが戻って来た。
「もう来ちゃったの?」
「来ちゃ悪いのかよ?」
「そうね、もう1回戻ってもらえる?」

「ふざけんなよ。給食の時間なくなるだろ?」
「あら、願ったり叶ったり」
「お前な」
「でも、今の私は機嫌が良いから、素直になれるわ。ごめんなさいね、あかり」
「お…おぉ。何だ急に?」

「春川に、可愛くお誘いされて気分が良いの」
「何だ?お誘いって」
「私と春川の秘密」
秘密なのかな?
でも、乃田さんにも聞いてほしい。

「まあ、秘密のことなんて、廊下では言わないわね?春川、あかりにもちゃんと言うのよね?」
さっきの、放課後のことだろう。
今度は、布之さんの言葉をしっかり理解できた。

「うん」
「じゃ、それは保健室で言ってちょうだい」
「うん」
「何が?」

「良いから、早く行かないと春川の給食の時間がなくなるでしょう?急いで、あかり」
「本当、お前って自分の意思に忠実な」
「長所でしょ?」
「時に短所な?」
「春川も、後でね」

「うん、ありがとう」
「転ばないように行くのよ?」
「母親か」
「そんなおこがましいことは言わないわよ」

「もう行くぞ春川」
「うん」
嬉しくて、大きく頷いてしまった。
乃田さんと一緒に給食を食べる。

そんなことを想像して、とても楽しみにしている自分。
私って、こんなに現金な性格をしていたっけ?
思わず考えてしまう。

1人でいることが、当たり前だったはずなのに。
1人で過ごす空間が、日常だったはずなのに。

誰かと過ごす、ではなくて乃田さんと過ごすから意味があるんだ。
私が一緒にいたくて、乃田さんも私の勘違いではなくて、一緒にいたいと思ってくれている。
そんな奇跡みたいなことが、私の世界にも起こっている。
そう思うだけで、すごく貴重な時間に思えた。
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