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クラスでのこと
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靴を入れ替え、上履きを履く。
見えている時は、こんなにも動きに迷いがない。
上履きを履いて落ち込んでいる場合じゃないと我に返る。
急がなくちゃいけないことを、思い出す。
早くクラスに行って、謝らないといけない。
私が登校してから必ずすること。
先生と、乃田さんと布之さんと高杉君に謝る。
意を決して、廊下を進む。
昨日は高杉君に手を引かれて歩いた廊下。
今日は職員室には行かないので、通り過ぎ教室を目指す。
朝の部活をしている時間だけど、もうすぐ終わりになるのだろう。
制服ではない生徒が教室に向かっている。
部活によっては、すでに終わっているのだろう。
すれ違う生徒や同じ方向に進む生徒。
色々な学年で、色々なクラスの生徒たち。
見えなくなった時に困るので、見えている時から視線はあまり動かさないで過ごす癖がついている。
階段をゆっくりと登り、教室を目指す。
上がってすぐの教室が自分のクラスだ。
ドアが見えて、1度そこで止まる。
「よし」
教室に入る前に、自分に喝を入れる。
立ち止まる自分を気にしている生徒はいない。はず…。
今は見えているけれど、視線はあまり動かさないで机に向かう。
私の机の前に、乃田さんとその隣に布之さんがいるのが見えた。
近付く私に気付いたようで、乃田さんは顔を上げた。
乃田さんの顔が見え、ドキリと心臓が音が立てる。
そろそろと近付く。
謝らないといけない。
思うのに、足が速く動かない。
「おはよ、春川」
近付いた私がモタモタしている間に、そう聞こえた。
私が口を開く前に、乃田さんの方が早かったようだ。
その表情は笑っていた。
乃田さんに続いて、布之さんも「おはよう」と言った。
2人ともこちらを見ている。
私から言うタイミングを逃してしまい、口をぎゅっと噤む。
変な顔をしてしまったのだろう。
乃田さんが、きょとんとしていた。
「どうした?」
問いかけられ、首を振る。
首を振って、謝ろうと思っていたことを思い出す。
クラスには、あちこちでグループで話している塊があった。
私の席とその周りに、人はいなかった。
2人とも、私と目が合うと再度笑ってくれた。
昨日、ひどい態度で帰ったのに、変わらない表情。
そんなことを思い、何だか泣きそうになる。
謝るのなら今だ。
「おはよう乃田さん、おはよう布之さん」
私の神妙な顔に、座ったままの2人も真面目な顔をする。
「あの、昨日はごめんなさい!」
思わず声が震えてしまったけれど、勢いで謝る。
謝って頭を下げる。
頭を下げた私に、クラスの中にいた数名が気付きこちらを伺っている。
雰囲気で、こちらを気にしている様子が伝わって来た。
クラスでしなくても良かった?
でも、したいと思った気持ちが優先だ。
頭を下げている私に、座っている乃田さんがこちらに体を向き直す。
「春川、何が?」
乃田さんのあっけらかんとした声。
「え?」
思わず顔を上げてしまったけれど、乃田さんの表情は怒っても呆れてもいなかった。
少し拍子抜けてしまい、私もその場に立ち尽くす。
乃田さんの反応が、想像していたもののどれにも該当しなかった。
そんな私と同じように、クラスの中に「なーんだ」「何かあったんだろうけど、騒ぐほどでは…」という空気が広がる。
でも、乃田さんの表情に変化はない。
「まぁまぁ、春川とりあえず座りなさいな」
布之さんが席を立ち、私の手を引きながら私の席に誘導してくれた。
布之さんも怒っていないように見えた。
私の手を引いて、昨日歩いてくれたことをぼんやりと思い出す。
布之さんの行動も相まって、クラスの中に「何か解決しそう?」「気にすることでも…」という空気が更に加わる。
私が謝っていることは、何でなのか気にはなるのだろうが、わざわざ聞き耳を立ててまで知りたいかといえばそうではない。
そんなところだろうか?
席に座ったことで、私達もクラスで話すグループの1つになれた?
クラスメイトは、こちらを気にする雰囲気があるものの、各々の話に戻っていったようだった。
教室の中に会話が戻って来る。
チラチラ見られているけれど、クラスの中は日常になったようだった。
ポカンとしている私に構わず、乃田さんも後ろに座り直し向き合う形になる。
乃田さんは、笑っていた。
「おはよう」
改めて挨拶をされた。
「お、おはよう」
私ももう1度挨拶をする。
昨日とはまた違って、見える状態での会話が嬉しい。
さっき、高橋さんとの時間を思い出し、やっぱり違うことを感じる。
「で?何がごめんなんだ?」
乃田さんが、そう聞いて来た。
乃田さんと布之さんの問いかける視線に、思わず目を逸らしてしまった。
「あの、昨日、図書室で…。その、気にしてくれたのに、ひどい態度を取ってしまったから」
私が言い終わると、2人は顔を見合わせた。
そして、困ったように笑った。
朝に見たお母さんのようだ。
気にしているのは、私だけだったのかな?
「違う、春川は悪くない。それを言うなら、しつこくした私が悪い!それを言うなら私もごめん!」
乃田さんの声が大きく、クラスの中に「今度は乃田?」「だから、何だ?」と言う雰囲気が広がる。
「乃田さんは、何も悪くないの」
「悪くなくない。春川が気にすることじゃないから」
乃田さんも、少し回りを気にしながらそう言った。
「でも…」
私の言葉に、乃田さんも譲らなかった。
私たちが黙ると、布之さんが口を開いた。
「じゃあ、私もごめんなさい」
布之さんも何故か謝った。
布之さんの口調は、昨日と何も変わらない。
乃田さんに合わせているようだけど、そうじゃない。
『じゃあ』ってわざわざ言っているみたいな気がした。
布之さんの口調には、やっぱり変化がないままだ。
「違うの、布之さんも何も悪くない」
どうしよう。
パニックだ。
慌てる私に、乃田さんはいつものように笑った。
「じゃ、お互い様だ。これでもう手打ちにしよ!」
乃田さんの言葉に、ポカンとする。
そんな簡単なことじゃないと思う。
でも、乃田さんはケロッとしていた。
私が謝らないといけないのに…。
乃田さんが謝ることはないのに…。
布之さんだって、謝る必要はないはずなのに…。
「お互い様ね、じゃ仲直り」
布之さんの言葉にも、私に甘すぎることを思う。
「しつこくしたのは、私も同じだったから。だから、春川に謝らないといけないの」
布之さんの言葉は、私には勿体ない。
首を振ることが、何を否定しているかは分からないけれどとにかく“違う”と思った。
2人は本当に、何も悪くない。
私のことを助けてくれた。
優しくしてくれた。
なのに、謝らないで良いって言ってくれる。
私の方が、嫌なことをたくさんしたのに…。
「お互い、違う意見なのは仕方ないことよ?」
布之さんの落ち着いた声に、そうなのかな?と考える。
「だから、仲直りしましょ?」
布之さんの言葉に、こくりと頷く。
「あ、ありがとう。布之さん」
「いいえ、こちらこそありがとう」
「許してくれてありがとうな」
乃田さんの言葉に、思わず首を振ってしまう。
「許すとかじゃ…」
「もう、あかり?やめなさいよ」
「でも、さ?嬉しくてさ」
乃田さんの言葉に、『嬉しい?』と疑問が湧く。
「春川と、こうなんていうか…?仲良くなったような気がするな」
仲良く…。
そんなことを言われて、どうしよう。
私の方が嬉しくなる。
乃田さんの言葉に、頬が熱い。
「私も、嬉しい…」
思わず言ってしまった。
「もう、春川。可愛い子」
布之さんの言葉に、恥ずかしい気持ちが湧く。
「可愛くなんて…」
「いいえ。誰が何と言おうが、春川は絶対に可愛い。間違いない」
「かすみも大概、春川贔屓だよな?」
「当たり前じゃない。こんなに可愛い子を、どうやって放っておけと言うの?」
布之さんは、さっき謝った時と何ら口調に変化がない。
乃田さんが呆れたように、布之さんを見る。
「春川、迷惑だったら言えよ?ちゃんと怒ってやるから」
「それを言うなら、あかりの圧が嫌だったら教えてね?春川。逆に私がこの子にお説教をしてあげるわ」
「何だよ説教って」
「じゃ、『お話しましょう?』かしら?」
「子どもじゃないんだから、やめろよ」
2人のやり取りが仲が良くて、私もそこに混ざっているようで思わず笑ってしまった。
「おはよう」
笑っていると、隣から声がした。
2人と話していて、高杉君が来たことに気付かなかった。
乃田さんは、私が来たことを気付いてくれたのに…。
思わず立ち上がる。
高杉君は部活だったのだろう。
すでにジャージだった。
「あの、高杉君。お、おはよう。あの、昨日は…」
言いかけて、止まる。
感謝をする?
謝る?
どっちが先なのか、迷ってしまう。
「春川?」
「あの、ごめんなさい」
「…何について、謝っているのか分からない」
高杉君の言葉に、思わず顔を上げる。
さっきの乃田さんと同じだ。
「あの、昨日の図書室で、折角本を持ってくれるって、言ってくれたのに…その酷い態度を取ってしまって、ごめんなさい」
高杉君は、「あぁ」と言い席に座った。
「春川も座った方が良い。それに、別に気にしないで良い」
「でも、優しくしてもらったのに、その…嫌な態度を取ってしまったから」
「全然。嫌な態度なんかじゃない。こっちこそ悪かった。早く帰りたがっていたのに、無理に引き留めてしまって…」
「そんなこと」
「座った方が良い」
同じことを言われ、ハッとする。
「うん」
今更だったけれど、席に座る。
「あのね、高杉君…」
話している時、視線を感じた。
高橋さんだった。
さっきのことと、昨日のことが思い出される。
優しくされて、勘違いしてはいけない。
優しさに甘えてはいけない。
「あのね、私は出来ないことの方が多いけれど、そんなに優しくしなくても大丈夫だから…」
言葉を選びながら、高杉君に甘えないように自分を戒めないと、と思う。
私の言葉に、高杉君は首を傾げた。
「優しくしているつもりはない、だから春川が気にすることじゃない」
高杉君も、視線を感じたのか高橋さんを見た。
見られた高橋さんが、視線を逸らす。
「去年図書委員で一緒だった時と、同じ感覚なんだけどな…俺としては」
確かに…。
本の修繕をしている際に、「ゆっくりで良い」「気にしないで良い」そう言ってくれた高杉君。
本を棚に戻す際に、「焦らないで」「落ち着いて」と言ってくれた高杉君。
去年過ごした1年の中で、何回もそういう時間があった。
昼休みでも、放課後でも…。
私が放課後までいることなんて、本当に数えるくらいだったと思うけれど。
でも、委員の仕事をできる日に必ず高杉君はいた。
私がいてもいなくても、きちんと活動に参加している高杉君。
去年と、何かが違う?
見ている部分で、変化はないと思う。
でも、高橋さんには優しくしているように見えている。
不思議。
そして、はたと気付く。
「ありがとう、高杉君」
「昨日も思ったけど、急に?」
「違うの。昨日、得点係に誘ってくれてありがとう。私でも出来ることがあるって分かって、すごく嬉しい」
「そうか、それは良かった」
高杉君も、口調が変わらない。
でも、表情は笑っていた。
見えていない時も、こうなんだろうか?
「指は?」
「え?」
「大丈夫なのか?」
高杉君の言葉を不思議に思うと、高杉君が私の右手を見ていた。
「これは!あの、妹が…大袈裟にしたから」
さやかのせいにしてしまう。
でも、本当に痛みはそこまでない。
お母さんに見られた時と同じように、左手で覆うように隠す。
「もう、痛くないの…ほとんど」
高杉君に見られると、緊張とは違うけれどドキドキする。
嘘はついていないし、本当に痛みも酷くない。
でも、高杉君が気にしていると思うと、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
見えている時は、こんなにも動きに迷いがない。
上履きを履いて落ち込んでいる場合じゃないと我に返る。
急がなくちゃいけないことを、思い出す。
早くクラスに行って、謝らないといけない。
私が登校してから必ずすること。
先生と、乃田さんと布之さんと高杉君に謝る。
意を決して、廊下を進む。
昨日は高杉君に手を引かれて歩いた廊下。
今日は職員室には行かないので、通り過ぎ教室を目指す。
朝の部活をしている時間だけど、もうすぐ終わりになるのだろう。
制服ではない生徒が教室に向かっている。
部活によっては、すでに終わっているのだろう。
すれ違う生徒や同じ方向に進む生徒。
色々な学年で、色々なクラスの生徒たち。
見えなくなった時に困るので、見えている時から視線はあまり動かさないで過ごす癖がついている。
階段をゆっくりと登り、教室を目指す。
上がってすぐの教室が自分のクラスだ。
ドアが見えて、1度そこで止まる。
「よし」
教室に入る前に、自分に喝を入れる。
立ち止まる自分を気にしている生徒はいない。はず…。
今は見えているけれど、視線はあまり動かさないで机に向かう。
私の机の前に、乃田さんとその隣に布之さんがいるのが見えた。
近付く私に気付いたようで、乃田さんは顔を上げた。
乃田さんの顔が見え、ドキリと心臓が音が立てる。
そろそろと近付く。
謝らないといけない。
思うのに、足が速く動かない。
「おはよ、春川」
近付いた私がモタモタしている間に、そう聞こえた。
私が口を開く前に、乃田さんの方が早かったようだ。
その表情は笑っていた。
乃田さんに続いて、布之さんも「おはよう」と言った。
2人ともこちらを見ている。
私から言うタイミングを逃してしまい、口をぎゅっと噤む。
変な顔をしてしまったのだろう。
乃田さんが、きょとんとしていた。
「どうした?」
問いかけられ、首を振る。
首を振って、謝ろうと思っていたことを思い出す。
クラスには、あちこちでグループで話している塊があった。
私の席とその周りに、人はいなかった。
2人とも、私と目が合うと再度笑ってくれた。
昨日、ひどい態度で帰ったのに、変わらない表情。
そんなことを思い、何だか泣きそうになる。
謝るのなら今だ。
「おはよう乃田さん、おはよう布之さん」
私の神妙な顔に、座ったままの2人も真面目な顔をする。
「あの、昨日はごめんなさい!」
思わず声が震えてしまったけれど、勢いで謝る。
謝って頭を下げる。
頭を下げた私に、クラスの中にいた数名が気付きこちらを伺っている。
雰囲気で、こちらを気にしている様子が伝わって来た。
クラスでしなくても良かった?
でも、したいと思った気持ちが優先だ。
頭を下げている私に、座っている乃田さんがこちらに体を向き直す。
「春川、何が?」
乃田さんのあっけらかんとした声。
「え?」
思わず顔を上げてしまったけれど、乃田さんの表情は怒っても呆れてもいなかった。
少し拍子抜けてしまい、私もその場に立ち尽くす。
乃田さんの反応が、想像していたもののどれにも該当しなかった。
そんな私と同じように、クラスの中に「なーんだ」「何かあったんだろうけど、騒ぐほどでは…」という空気が広がる。
でも、乃田さんの表情に変化はない。
「まぁまぁ、春川とりあえず座りなさいな」
布之さんが席を立ち、私の手を引きながら私の席に誘導してくれた。
布之さんも怒っていないように見えた。
私の手を引いて、昨日歩いてくれたことをぼんやりと思い出す。
布之さんの行動も相まって、クラスの中に「何か解決しそう?」「気にすることでも…」という空気が更に加わる。
私が謝っていることは、何でなのか気にはなるのだろうが、わざわざ聞き耳を立ててまで知りたいかといえばそうではない。
そんなところだろうか?
席に座ったことで、私達もクラスで話すグループの1つになれた?
クラスメイトは、こちらを気にする雰囲気があるものの、各々の話に戻っていったようだった。
教室の中に会話が戻って来る。
チラチラ見られているけれど、クラスの中は日常になったようだった。
ポカンとしている私に構わず、乃田さんも後ろに座り直し向き合う形になる。
乃田さんは、笑っていた。
「おはよう」
改めて挨拶をされた。
「お、おはよう」
私ももう1度挨拶をする。
昨日とはまた違って、見える状態での会話が嬉しい。
さっき、高橋さんとの時間を思い出し、やっぱり違うことを感じる。
「で?何がごめんなんだ?」
乃田さんが、そう聞いて来た。
乃田さんと布之さんの問いかける視線に、思わず目を逸らしてしまった。
「あの、昨日、図書室で…。その、気にしてくれたのに、ひどい態度を取ってしまったから」
私が言い終わると、2人は顔を見合わせた。
そして、困ったように笑った。
朝に見たお母さんのようだ。
気にしているのは、私だけだったのかな?
「違う、春川は悪くない。それを言うなら、しつこくした私が悪い!それを言うなら私もごめん!」
乃田さんの声が大きく、クラスの中に「今度は乃田?」「だから、何だ?」と言う雰囲気が広がる。
「乃田さんは、何も悪くないの」
「悪くなくない。春川が気にすることじゃないから」
乃田さんも、少し回りを気にしながらそう言った。
「でも…」
私の言葉に、乃田さんも譲らなかった。
私たちが黙ると、布之さんが口を開いた。
「じゃあ、私もごめんなさい」
布之さんも何故か謝った。
布之さんの口調は、昨日と何も変わらない。
乃田さんに合わせているようだけど、そうじゃない。
『じゃあ』ってわざわざ言っているみたいな気がした。
布之さんの口調には、やっぱり変化がないままだ。
「違うの、布之さんも何も悪くない」
どうしよう。
パニックだ。
慌てる私に、乃田さんはいつものように笑った。
「じゃ、お互い様だ。これでもう手打ちにしよ!」
乃田さんの言葉に、ポカンとする。
そんな簡単なことじゃないと思う。
でも、乃田さんはケロッとしていた。
私が謝らないといけないのに…。
乃田さんが謝ることはないのに…。
布之さんだって、謝る必要はないはずなのに…。
「お互い様ね、じゃ仲直り」
布之さんの言葉にも、私に甘すぎることを思う。
「しつこくしたのは、私も同じだったから。だから、春川に謝らないといけないの」
布之さんの言葉は、私には勿体ない。
首を振ることが、何を否定しているかは分からないけれどとにかく“違う”と思った。
2人は本当に、何も悪くない。
私のことを助けてくれた。
優しくしてくれた。
なのに、謝らないで良いって言ってくれる。
私の方が、嫌なことをたくさんしたのに…。
「お互い、違う意見なのは仕方ないことよ?」
布之さんの落ち着いた声に、そうなのかな?と考える。
「だから、仲直りしましょ?」
布之さんの言葉に、こくりと頷く。
「あ、ありがとう。布之さん」
「いいえ、こちらこそありがとう」
「許してくれてありがとうな」
乃田さんの言葉に、思わず首を振ってしまう。
「許すとかじゃ…」
「もう、あかり?やめなさいよ」
「でも、さ?嬉しくてさ」
乃田さんの言葉に、『嬉しい?』と疑問が湧く。
「春川と、こうなんていうか…?仲良くなったような気がするな」
仲良く…。
そんなことを言われて、どうしよう。
私の方が嬉しくなる。
乃田さんの言葉に、頬が熱い。
「私も、嬉しい…」
思わず言ってしまった。
「もう、春川。可愛い子」
布之さんの言葉に、恥ずかしい気持ちが湧く。
「可愛くなんて…」
「いいえ。誰が何と言おうが、春川は絶対に可愛い。間違いない」
「かすみも大概、春川贔屓だよな?」
「当たり前じゃない。こんなに可愛い子を、どうやって放っておけと言うの?」
布之さんは、さっき謝った時と何ら口調に変化がない。
乃田さんが呆れたように、布之さんを見る。
「春川、迷惑だったら言えよ?ちゃんと怒ってやるから」
「それを言うなら、あかりの圧が嫌だったら教えてね?春川。逆に私がこの子にお説教をしてあげるわ」
「何だよ説教って」
「じゃ、『お話しましょう?』かしら?」
「子どもじゃないんだから、やめろよ」
2人のやり取りが仲が良くて、私もそこに混ざっているようで思わず笑ってしまった。
「おはよう」
笑っていると、隣から声がした。
2人と話していて、高杉君が来たことに気付かなかった。
乃田さんは、私が来たことを気付いてくれたのに…。
思わず立ち上がる。
高杉君は部活だったのだろう。
すでにジャージだった。
「あの、高杉君。お、おはよう。あの、昨日は…」
言いかけて、止まる。
感謝をする?
謝る?
どっちが先なのか、迷ってしまう。
「春川?」
「あの、ごめんなさい」
「…何について、謝っているのか分からない」
高杉君の言葉に、思わず顔を上げる。
さっきの乃田さんと同じだ。
「あの、昨日の図書室で、折角本を持ってくれるって、言ってくれたのに…その酷い態度を取ってしまって、ごめんなさい」
高杉君は、「あぁ」と言い席に座った。
「春川も座った方が良い。それに、別に気にしないで良い」
「でも、優しくしてもらったのに、その…嫌な態度を取ってしまったから」
「全然。嫌な態度なんかじゃない。こっちこそ悪かった。早く帰りたがっていたのに、無理に引き留めてしまって…」
「そんなこと」
「座った方が良い」
同じことを言われ、ハッとする。
「うん」
今更だったけれど、席に座る。
「あのね、高杉君…」
話している時、視線を感じた。
高橋さんだった。
さっきのことと、昨日のことが思い出される。
優しくされて、勘違いしてはいけない。
優しさに甘えてはいけない。
「あのね、私は出来ないことの方が多いけれど、そんなに優しくしなくても大丈夫だから…」
言葉を選びながら、高杉君に甘えないように自分を戒めないと、と思う。
私の言葉に、高杉君は首を傾げた。
「優しくしているつもりはない、だから春川が気にすることじゃない」
高杉君も、視線を感じたのか高橋さんを見た。
見られた高橋さんが、視線を逸らす。
「去年図書委員で一緒だった時と、同じ感覚なんだけどな…俺としては」
確かに…。
本の修繕をしている際に、「ゆっくりで良い」「気にしないで良い」そう言ってくれた高杉君。
本を棚に戻す際に、「焦らないで」「落ち着いて」と言ってくれた高杉君。
去年過ごした1年の中で、何回もそういう時間があった。
昼休みでも、放課後でも…。
私が放課後までいることなんて、本当に数えるくらいだったと思うけれど。
でも、委員の仕事をできる日に必ず高杉君はいた。
私がいてもいなくても、きちんと活動に参加している高杉君。
去年と、何かが違う?
見ている部分で、変化はないと思う。
でも、高橋さんには優しくしているように見えている。
不思議。
そして、はたと気付く。
「ありがとう、高杉君」
「昨日も思ったけど、急に?」
「違うの。昨日、得点係に誘ってくれてありがとう。私でも出来ることがあるって分かって、すごく嬉しい」
「そうか、それは良かった」
高杉君も、口調が変わらない。
でも、表情は笑っていた。
見えていない時も、こうなんだろうか?
「指は?」
「え?」
「大丈夫なのか?」
高杉君の言葉を不思議に思うと、高杉君が私の右手を見ていた。
「これは!あの、妹が…大袈裟にしたから」
さやかのせいにしてしまう。
でも、本当に痛みはそこまでない。
お母さんに見られた時と同じように、左手で覆うように隠す。
「もう、痛くないの…ほとんど」
高杉君に見られると、緊張とは違うけれどドキドキする。
嘘はついていないし、本当に痛みも酷くない。
でも、高杉君が気にしていると思うと、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
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